IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第六章(3):死線への序曲

Side 一夏

 

「まさか、夕飯に刺身の盛り合わせが出るとは……」

 

 時刻は既に十九時を数え、夕食の時間。海の幸を中心とした豪華としか言えない夕食が開放された大広間の卓に所狭しと並べられていた。

 そして、それは食事を見つめてはしゃいでいるIS学園の一年全員に言えた。『お食事中は浴衣着用』という決まりがあるらしく、全員が浴衣を着ている。

 だが、完全に和で固められた食事内容とは違いテーブル席まで完備されているあたり、この学校が留学生もいる国際色豊かな学校であることを思い出させる。

 

「羽振りがいいものだな」

 

 関心半分、呆れ半分といった具合で呟いたのは剣崎だった。だが、しっかりと夕餉に舌鼓を打っている。

 

「ン~ん……♪」

 

 そして、それは剣崎に限った話ではなかった。ほど近い席では既に箸の使い方と正座をマスターしたデュノアが頬を緩めつつ食べている。

 

「な、生身の魚がここまで美味だったとは……!」

 

 一方、今は学園でもデュノアと相室となっているボーデヴィッヒも用意された食事に満足している様子だった。もっとも、方向性が少しおかしい気がしないでもない。

 

「……ま、こういうのもいいわね♪」

 

 ちらりと近くの二組の様子を見れば、凰も若干、頬を緩めながら夕食を食べている。

 

「これが和食……良いものですわね」

 

 一方、テーブル席で品よく食を進めているのはオルコット。こういう所で育ちの良さを出すことには特に思う事は無いが、頬の緩みは他の面々と同じく抑えられていない。

 

「……おいしい」

 

 一方、四組のほうでは簪が級友たちと談笑しつつ舌鼓を打っていた。なんとも幸せそうに頬が緩んでいる。

 

(……平和なものだ)

 

 このまま平穏無事に終わってくれることを心の中で願いつつ、俺も箸を進めていった。

 

 

―――――――――

 

 

Side ???

 

「さてさて皆さん。楽しい楽しい襲撃(お仕事)の時間ですよ」

 

 場違いなほど明るく楽しそうな声で、『刺刑』のセルラが号令をかけた。

 最近『亡国企業(ファントム・タスク)』へと加入してきたこの女と一緒に、とある米国軍艦と自衛隊防衛艦の一団を望遠鏡を使って観測していた。

 理由は単純。今からこの場にいる四人で襲撃を仕掛けるからだ。

 

「まったく、浮かれてくれてるわね」

 

 呆れた声を意図的に出しつつも、強い緊張が滲んでいるのがわかる声。出しているのは、()()()()()()のあるスコール。

 もう一人、亡国に入って以来の付き合いとなる実動部隊員のM。此方は完全に不信感と警戒心を隠そうとする気さえないらしい。

 だが、私も含めた三人揃ってこの女を含めた六人組の仲介をしたあの変人科学者から新装備を受け取った以上、下手な事も出来なかった。

 

「ま、なんでもいいからよ。

 早く行こうぜ。どうせ、手筈も整っているんだしよ」

 

 適当な事を言って席を立つ。本当に、此奴は色々な意味で気味が悪かった。

 

「さてさて、それでは少しばかりお相手になってもらいましょうか。

 《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》、殺し甲斐があるといいのですけどね……♪」

 

 恐怖も何もなく、まるで遠足に出かける子供のように、いっそ浮かれてさえいる。

 

快楽殺人者(シリアルキラー)が……)

 

 その姿に、内心で唾棄するほどの嫌悪感が湧いた。

 確かに、俺自身も殺しなんて数えるのも億劫になる程度には熟してきた。だが、それでもここまで楽しんで襲撃に挑むようなことは無い。

 

(……まぁ、その矛先が俺たちに向かなけりゃいいけどよ)

 

 内心でそんな事を思いつつ、俺も仕事をこなすために席を立った。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 明くる日。

 

「二日目の今日はISの起動実験及び野外での実習だ。

 各員、特にパッケージを送られてきた専用機持ち達は各自インストール後、速やかに試験を始めるように。送られていない者は送られてきた者を手伝うように」

 

 臨海学校二日目は、この課外授業最大の目的である野外でのISの起動実験、及び野外実習となっている。一般生徒もISスーツを着てすでに山田教諭を始めとした教員の方々の指導の元、それぞれに実習を始めていた。

 一方、専用気持ちは各国から送られて来たパッケージのインストールから始めることになる。それが終わった後に実戦データの収集となるが、それが無い人間――この場には二人いる――は手伝いをしなければいけないらしい。

 

「……で、デュノアと俺が手伝いか」

「そうなるね。

 本当は僕もデュノア社製の追加パッケージがあったはずなんだけど、《イクス・ラファール》の増産の方が優先されることになって、そっちに人手が割かれてね。

 僕も自分の会社が賑わっているのは嬉しいからいいんだけどさ」

 

 そんなこんなで、デュノアと二人でオルコット、凰、ボーデヴィッヒ、簪の四人の手伝いをすることになった。

 なお、()()()()()で剣崎はここにはいない。別な場所で受け取ることになっている。

 

(上手くやっているといいが……)

 

 友人の武運を祈りつつ、手伝いを始める。とはいっても、インストールの段階ではあまりやることが無いので少々手持ち無沙汰になるため、その間はもう一人であるデュノアと雑談でもしていることにした。無論、手伝う事があればそちらが最優先だが。

 

「そう言えば、開発される筈だったパッケージってどんなものだったんだ?」

 

 興味本位で聞いてみた所、意外とデュノアはノリノリで答え始めた。

 

「えっと……名前は『サザーランド・J』って言って、《イクス・ラファール》を挟み込むようにして角ばった大形兵装ユニットを取り付ける感じかな。で、前面にも追加装甲を付けるね。

 武装の内約は、ミサイルポッド、ワイヤーで接続された円錐形の投擲槍を複数、下部にリニアライフル、《ガーデン・カーテン》と同様の原理の防御装備をほぼ全面に、だったと思う」

「なんだその空飛ぶ武器庫は……」

 

 ノリノリで応えた内容が割と本気で途轍もないものだった。敵に回したくない。というか何故そんなものを作ろうとしたデュノア社。

 

(……いや、身近に似たようなことをする人ならいるか。

 主にドリル関連で)

 

 某新王国の王女のドリル好きを思いだし、一気に人の事を言えない気がしてきた。

 

「フランスは新型機があるからいいでしょう……尤も、イギリスも負けてはいませんがね」

 

 そんなことを話していたところ、声をかけてきたのはオルコットだった。

 

「そっちはどうなの?」

 

 デュノアが若干の対抗意識を燃やしながらオルコットに問いかけた。対するオルコットはどこか得意げに、だが同時に少し不満げにも答え始める。

 

「本来だったら二つだったのですが……技術的な問題から片方の開発が断念してしまったので、一つですわね。名前は『ストライク・ガンナー』。高機動用パッケージですわ」

 

 今現在の装備は高機動用のそれらしい。それはそれで興味が引かれるが、其の内約自体は「見てのお楽しみ」と言われてしまい、そこまでとなった。

 

「高機動か……そう言えば、もう一つは何だったんだ?」

「重砲撃用パッケージで、名前は『ローズセラヴィ・オブ・ムーン(月のローズセラヴィ)』。

 ビットを特殊なものに変えて周辺の雷雲などからエネルギーをチャージし、スカートアーマーと背部ユニットに分割していた砲撃用ユニットを合体させ大出力の砲撃装備を形成、一気に敵を焼き払うというコンセプトのパッケージですわ」

 

 興味本位で聞いてみた装備の内容が単純明快かつ分かり易い脅威となりうる物だっただが、同時にあまりにも分かり易い弱点の予想がついた。

 

「浪漫に溢れた装備だな……チャージさえ出来れば強力そうだが」

「実際にその通りですわ。

 ですが、その……チャージしたエネルギーの回収と、チャージ時間そのものが長すぎたという欠点が解消できず、頓挫した次第ですわ」

 

 中々に途轍もないものを開発しようとしていたイギリスだが、この分だと他の次世代機開発計画(イグニッション・プラン)参加国も大変なものを作り出しそうな気がしてならない。

 

「すまない、師匠。少しいいか?」

「だから、その任を了承した覚えは無いと……。

 で、なんだ?」

 

 そうこうしていたところ、ボーデヴィッヒからお呼び出しがかかった。

 

(さて、優先はこちらだな)

 

 今やるべきことをこなすため、俺も席を立った。

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

「さて、ここいらのはずだが……」

 

 ガサガサと茂みの中をかき分ける事、すでに一時間近く。旅館からさして遠くへは来ていないはずだが、それでもそこそこ運動した気持ちになっていた。

 

「箒君、こっちこっち!」

 

 そうして愚痴が出始めたころに、如月さんの声が聞こえ始めた。相変わらず、胡散臭そうな口調をしている。

 

「如月さん、お世話になります」

「い~のい~の!

 さ~て、今週の新装備は~っと」

 

 何処かの毎週日曜夜6時30分から放映している某国民的アニメの次回予告とよく似た口調で如月さんが掛け声をかけると、後ろに控えていたトラックのコンテナがゴゴゴ……という音を出しながら開き始めた。

 積荷の内容は、新造の脚部パーツと腕部パーツに、新しくなった非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)、背面用と思われる追加ブースター。さらに細かい装甲類と、なにやら妙な形状のマシンガン。一目見ただけで分かるのはここまで位である。

 

「なぜなにISの時間だよ~」

 

 そう言いながらコンソールを操作し、どこからか指示棒を出していく。なお、この時にコンテナに備え付けられたスピーカーから「手古摺ってるようだな、手を貸そう」と聞こえた気がするが努めて気にしない事にした。と言うか、いい加減に慣れた。一々この程度の事で狼狽えていてはこの人の相手は務まらない。

 

「最初は地味な方から行こうか。

 まず、新造の脚部ユニット。基本的に装甲削って機動性を上げた感じだから、そこはまあつまらないけど許してね」

「いえ、最低限の装甲のみで後は機動性、運動性重視はむしろ私好みなのでいいのですけど」

 

 私の言葉に、如月さんは「それは良かった」と言いつつも不敵な笑みで此方を向いた。

 その不敵な笑みに、猛烈な不安を掻き立てられる。

 

「でも安心してほしい。

 しっかりと大出力ショックブースタを搭載しておいたから!」

「……何を基にしたんですか?」

 

 字面だけを見れば特に何も間違っていない気がするが、それでも疑問は残った。

 

(この人の事だ。

 なにか……何かあるはずだ……!)

 

「うん?

 別に、普通の背面用か肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)用のブースタを改造して単発仕様にしただけだけど」

「それ、ちゃんと出力は調整しましたよね?」

 

 基本的に、背面、或いは肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)用のブースタという物は大出力大型のものが多い。其れに見合った性能がある―—極一部の例外は気にしないとして―—のが常だが、それと同時に十分な固定を施すなどしなければ使い物にならないという事も少なくない。簡単に言えば、使いどころの問題という事でもある。

 だが、足などと言う自由度が高い代わりに単純に体積が小さい、つまり場所が狭いのでは何らかの工夫が無いと十分な固定ができない。ましてや、軽量化に主眼をおいて装甲を減らすなどしている今回のケースでは尚更だった。普通に考えるのであれば、腰にも既に追加のスラスターがあることを考えれば、出力を落としつつ単発化して固定に必要な強度を落とすほうが定石とも言える。

 

「勿論!

 ちゃんと元にしたブースタの性能を損なうことなく最大出力で吹かせられるようにしっかりと取り付けておいたから!」

 

 だが、そこはやはり如月クオリティと言うべきか。私の想像の斜め上を行く代物であったらしい。

 

(……私に扱えるだろうか?)

 

 至極単純な疑問が上がるが、そこは戦術と腕だと思い直して無いも言わない事にした。

 

「さて、次も地味と言うかお決まりな品だけど。

 背面用の追加ブースター。大型大出力で瞬発力最重視だからそこは安心してね」

「最高速度の方は?」

「標準的な物よりは速いよ」

 

 決してズバ抜けているわけではないという意味も含まれているのだろうが、そこは良しとした。加速力が高い方が実はありがたかったりするし。

 

「さてさて、それじゃあ地味な物シリーズの最後を飾ろうか。

 で、これは各部の追加装甲と交換部品。全部、実体剣としても使えるか実体剣その物を内蔵しているから、これで一部が破壊されても攻撃できるね」

 

 追加の装甲と一部の交換部品の正体は、近接用ブレードを内蔵した装甲と、ブレード兼装甲と呼べる代物だった。中々に使えそうな代物だけに、期待が持てる。

 

(身近に似たような特性の装備を使っている人間もいるしな。

 後でコツでも教われたらありがたいが)

 

 後で影内あたりに相談しようかなどと考えつつ、その他の追加装備の説明を聞いていく。

 

「さて、さてさて! 持ってきました! 私が! 如月が! 私の自信作シリーズを!

 まずはこの五連装マシンガン《フィンガー》。見た目のとおり、五発同時発射するマシンガン! 集弾性は悪いけど元々密着撃ちするためのものだし、牽制とかに使ったら超短時間で弾切れするけどそんなの使わなければいいだけだよね!」

 

 確かに私の射撃技能では中距離以遠の攻撃は絶望的だし牽制よりも接近行動を優先してしまう事は少なくない。だが、それでも最初からその選択肢をそぎ落とすのは如何な物かと思わずにはいられなかった。

 

「お次はこの新造腕部ユニット! 袖の内側、つまりは掌の側に熱粒子放射銃《日輪(ニチリン)》を仕込んでいるんだ!

 これで派手に戦おうじゃねぇか! これから毎日敵を焼こうぜ!」

「如月さん、後半はマズイですよ!」

 

 熱粒子放射銃。高エネルギー化させたビーム粒子を収束させずに直に吹き付けて攻撃する熱攻撃用装備。攻撃時の様子は完全に火炎放射器であるこの装備には、覚えがあった。大分前の事だが、如月さんが例のごとく試作した装備に似たようなものがあったからだ。

 尤も、あの時は形状は銃と言うか現実の火炎放射器と似通っていたし、性能面も至近距離まで構えながら近づかないといけない事を考えると今一つと言わざるを得ないものだった。

 だが、今回は腕部の内臓。隠し武器としても期待できるので、使い道はあるかもしれない。

 だが、それでも後半の台詞はいただけない。何と言うか、KもしくはVの文字の書かれた黄色いスーツを来てヘルメットを被った男の子が持ったギリシャ文字の最初の文字とほぼ同じ名前の光線銃に一撃でやられそうな気がしてしまう。

 

「そしてそして、最後も最後! トリもオオトリ!

 新造された肩の非固定浮遊部位に内蔵されたというか装備された特殊装備《アリエス》! 凄まじい連射速度の三連装ビームショットガンだよ。これに直撃でもすれば、その瞬間にSEを凄まじい勢いで消し飛ばせるね……フフフフフ……♪」

 

 これも知っている。以前、手持ち式の似たようなものの試験を担当したことがあった。

 

(だけど、あの時は……)

 

「もう分かってると思うけどこれも以前テストした装備の改良版だね。

 ほら、あの時は武装用のエネルギーゲインを怖ろしい速度で食い荒らしていって使い物にならないって話だったでしょ?」

「要約すれば確かにそうですね」

 

 この武装の原型をテストした当時の事を思いだしていた。

 確かに、撃って数秒するともう武装用エネルギーゲインが枯渇していた。余りの速さに、そして攻撃手段としてのピーキーさに絶句したのは言うまでも無い。

 はたして、あの欠点はどうなったのか。

 

「だが、安心してほしい。

 《イクス・ラファール》の《砂漠の呼び水(アモサージュ・デ・デザート)》を改造した専用エネルギーパックを一機に付き一個搭載しといたから!」

 

 省エネルギー化ではなくエネルギーその物の大容量化で対応する当たり、この人らしいと思った。

 

「つまり、《アリエス》一機に付き事実上、通常のIS一機の80%に及ぶエネルギーが割り当てられているという事ですか……」

 

 だが、その意味する事を悟った瞬間に一気に呆れ返る。少なくとも真っ当なやり方ではない。

 

(この人らしいと言えば、そうだが……)

 

 そんな私の心を知ってか知らずか、如月さんは最後の蛇足とばかりに説明を付け加えた。

 

「あ、それと機体全体の稼働時間延長のために通常の《砂漠の呼び水》も搭載してあるから」

 

 言われて追加される品々を見れば、確かに《陽炎》に合わせたカラーリングに変更された《砂漠の逃げ水》もその中にあることが見てとれる。

 

(と言うか、それは物のついで扱いするような物でもないでしょうに……)

 

 冷静に考えれば色々と発言が可笑しい気がするが、もう今更だと思って気にしない事にした。

 

「しかし、贅沢な機体ですね。

 私用にこんなに使っていいんですか?」

「いいんじゃない?

 君好みのものを揃えたつもりだけど」

 

 確かに中々に私好み――使用経験の無さすぎる一部の装備は割愛――だが、そういう問題でもない気がする。

 

(ま、そこは戦術と腕でどうにかするか)

 

 現状どちらも伴っていないので厳しいが、そこは今後、鍛錬を積んでいくとしよう。

 

 

 そんなことを考えつつ、もう一つ、テストしなければいけないものを受け取ろうとした時だった。

 

  ヒュルルル……

 

 風を切るような音と共に、上空からこちらへと向けて何かが落ちてきている。

 

「《陽炎》、来い!」

 

 直ぐに《陽炎》を纏い、飛翔。通常の飛行と瞬時加速(イグニッション・ブースト)瞬時旋回(イグニッション・ターン)の三種を使い分け、真横へと肉薄。

 人参色のコンテナにも似た落下物へと向けて、《(ムラクモ)》を構える。

 

「どうせ、これで壊れるほど軟ではないんだろう……?」

 

 その中身に心当たりのある身としては遠慮する気も無く、瞬時旋回を用いて一気に《叢》を振り抜く。

 

  ゴガンッ!

 

 思い金属塊同士を打ち付けたような音が響き、コンテナのようなものがその落下先を変える。

 

  ズドンッ!

 

 圧倒的な質量が地面へと落下する音が響き、同時に派手な土煙が上がる。

 そして、間もなく――人参コンテナの正面が開くと、中から些か奇妙な、例えるのであれば「不思議の国のアリス」に出てくるようなエプロンドレスのような服を纏った()()が出てくるのがわかった。

 其の人が誰であるのかに心当たりがあるだけに、溜息を抑えられなかった。

 

「もう!

 いきなり叩くなんて酷いじゃないかぁ、箒ちゃん!」

「あんなもので空から降ってくるとは思っていなかったので、足元の安全確保のために逸らそうかと思った次第です。

 ですので、悪しからず」

 

 出てきた誰か、つまりは篠ノ之束博士が出てくるなり文句を言ってきた。

 だが、そもそも色々な物をすっ飛ばしたり無視したりされているだけに此方も皮肉や嫌味の類にあたる言葉しか出て来ない。

 

(二重の意味で、砂浜の方での受け取りでなくてよかった)

 

 万一、砂浜で同じようなことになろうものなら、他の生徒達への直撃コースなどもあり得たかもしれない。そう思うとゾっとする。

 しかも、それを逃れたところで私の素性がばれる可能性は低くない。正直に言って、あのバスジャックの二の舞のような事態の遠因になりかねないだけに、この場所にしてくれた楯無さんと応じてくれた如月さんには頭が上がらない思いだった。

 

「でねでね、箒ちゃん!

 箒ちゃん専用に開発したISなんだけどね……」

「私用の専用機でしたら、既に存在しています。

 それに、私の一存で機体の変更などできません。ですので、どうか担当者に通してください」

 

 わりと普通の事を言ったつもりだったが、どうやら癇に障ったらしい。

 

「むぅ~!

 なんでさなんでさ! 折角箒ちゃんように作ったのに、受け取ってくれないの!?」

「ですから、私一人では決められないと言っています。

 私も、今は倉持技研の人間ですから」

「じゃあ何! 倉持の人間黙らせれば受け取ってくれるの!?」

「黙らせないでください。

 取りあえず、倉持の方に送ってください。其の後、諸々の手続なりなんなりをした後ならもしかしたら私の方に来るかもしれませんね」

「んもぅ~~!

 そんな面倒で時間かかることしなくても、今受け取って後で言えばいいじゃん! 束さん製だよ! それとも何!? こんなやつが作ったISの方がいいっていうの!!?」

 

 癇癪を起こした子供のように、あるいは駄々をこねるように次々と言葉を発していく。内容がまるで暴論なだけに、終わりが見えない。

 そう思った、その時だった。

 

「こんなやつとは御挨拶だね。

 これでも一応、僕は箒君の専用機の開発者としては誰よりも優れているけれど」

 

 何の気なしに、其れこそ何も気負わずに発された言葉。それは、如月さんから発された言葉だった。

 

「……言ってくれるじゃん。

 有象無象風情が。私より優れているなんてさ」

 

 私の恩人に対して一気に食って掛かったが、噛みつかれた如月さんは何処吹く風とでも言いたげに涼しい顔のままだった。

 そもそも、この変態(如月さん)に対してこの手の威嚇は意味を為さない。

 

「いやいや、別に僕は君より優れた人間だって言ったつもりは無いよ」

「ハァ? 何言ってんの?」

「僕が君より優れているのは、ただの一点。

 箒君の専用機の開発者としてさ」

 

 如月さんが飄々とした、相も変らぬ態度で篠ノ之束博士の台詞と威嚇をいなす。どころか、さらに食って掛かっていく。

 

「この束さんよりも、箒ちゃん用のISの開発者として優れているって。

 ふざけてるの? 野良犬が。調子に乗って殺されたいの?」

 

 さらに濃密な怒気が篠ノ之束博士から発されていくが、如月さんは何処吹く風とも言いたげな様子でさらに言葉を重ねていく。

 

「だって当然でしょ?

 君は、箒君と直接会話して機体に関する話をしたことがどれだけあるのかな?」

「……は?」

 

 如月さんの発言に、篠ノ之束博士が素っ頓狂な声を上げた。

 

「いや、不可欠な事でしょ?

 試験機だったらともかく、完全に個人用に調整するんだったら何よりもその人自身が何を欲しているか、どんな機体が使いやすいと思えるのか。

 それは決して、全ての性能を追求していく事とイコールじゃない。その人の特性に合わせて突き詰めていくことであって、全く似合わない形の高性能を追求してもしょうがないからね」

 

 この台詞に、篠ノ之束博士は再び不敵な笑みを浮かべた。まるで、自身の圧勝を疑っていないかのように。

 

「フフン♪ だったら、私の圧勝じゃん!

 何てったって、この《紅椿(アカツバキ)》は箒ちゃん専用に私が開発した近接特化形に近い万能機なんだから♪」

 

 その言葉に、如月さんはむしろニンマリと笑った。悪い事を考えていることが私からでもわかるような笑顔だったが、生憎、他所への関心が極端に薄い篠ノ之束博士は気付いていないようだった。

 

「OK。じゃあ、こうしよう」

「ふん、もうお前の話しなんてどうでも……」

「評価してもらおうじゃないか。

 普段から、僕もお世話になっているそこのテスト搭乗者にさ」

 

 この言葉を聞いた直後、篠ノ之束博士の態度が変わった。

 満面の笑みで何かを取り出すと、それを私の方へと突き付けてくる。よく見れば、それは雑に纏められた紙束だった。内容を見るに、《紅椿》というISの諸性能を纏めた物であることが見て取れる。

 

「だったら、箒ちゃんにしっかりと見てもらう事にするよ。

 私の《紅椿》がどれだけ優れているのかを、ね♪」

 

 そのまま、その紙束を私の方へとさらに突き出してくる。

 

(事前にこうなるように誘導すると言うのは話し合っていたが。

 いざその時になると、こうも気が重いものなのだな)

 

 心の中で少し気合いを入れ直し、スペック表を受けとる。見た目に反さず中身も決して正規のまとめ方ではない乱雑なそれを、何とか読み取ろうと努力していく。

 

「正直に言えば、確かに()()()()()()()()()素晴らしいの一言に尽きます」

「でしょでしょ!

 なんてったって、この束さんが丹精込めたISなんだからさ♪」

 

 しばらくして、まず私の口から出てきた言葉はこれだった。

 たったこれだけで上機嫌になったのは能天気と言わざるを得ない。あるいは、単に今までのテスト操縦者などという物と無縁なだけだったのかもしれないが、少なくとも私の戦い方を考慮するのであれば()()()()()()()()()素晴らしいという評価に行きつかざるを得ない。

 そして、それは決して()()()()()()()()

 

「――ですが、実運用には大きな不安が残りますね」

「――え?」

 

 私の言葉に、篠ノ之束博士は一瞬凍り付くと、そのまま私の方へ振り向いて凄い勢いでまくし立ててきた。

 

「ちょちょちょ!

 いったい何を言ってるのさ!?」

「最大の理由は、第四世代の象徴である()()()()()()()()()()ですね。

 あまりにも多くの機能を()()()()()()()()ように感じます」

「それの何が問題なの!?」

 

 篠ノ之束博士が噛みついてくるが、努めて冷静に、いつもの評価試験の時と同じような気持ちで言葉を紡いでいく。

 そこに私的な感情を入れてはいけない。それでは、適正な評価にならない。

 

(あくまで、感じた事、予想できることを並べる。

 それが、企業代表と言う名のテスト搭乗者のやることだ)

 

 あくまで普段通りに、言葉を述べていく。

 

「基本的に、私は、と言うか近接系の搭乗者はある程度()()()()()()()()()行動します。無論、最大限避けようと行動しますが、普通の人間が搭乗するのであれば、全て避け切るなどは机上の空論もいいところなんです。それが出来るのは、それこそ『特別な人』だけと言っていいでしょう。どこぞの世界最強(ブリュンヒルデ)みたいな、ね。

 そして、私は言うまでも無く『普通の人間』の側です。避ける方向で行動しますが、同時に当たる瞬間の事も頭に入れておかないといけません。

 そして、この機体は被弾に対して極端に弱いことが予想されます。複数の機能を装甲に内蔵したそれを全身に配している以上、それは避け得ないでしょう」

 

 実際問題、第四世代が机上の空論とされている理由の一つが機械的な脆弱性――複合装備の常――を未だに越えられていないというのがある。

 そもそも、複合装備自体が本来、無茶な類の装備なのだ。分かり易い例を挙げるのであれば、銃剣の類だろう。格闘戦で剣としての機能を使った後、その時に受けた衝撃などで銃身部分が破損したり歪んだりすれば、よくて使用不能、悪ければ即時の暴発なども考えられる。

 ISの場合、IS自体が持っている自己修復機能などを使って多少無茶な形でそれを実現している例は少なくないし、それ以外にも組み合わせ次第では無茶にならない事もある。

 だが、その中にブースタやスラスタなどの機動系が入った時点で私個人としては期待はできなくなる。万一、《展開装甲》が被弾して破壊されることがあれば必然的に独立していない機動系にまで被害が及び、機動力が落ちることが容易に予想できる。私のような「動き回ること」が前提になる搭乗者に取って、これは致命的過ぎる。

 

「そんな事、箒ちゃんがこの《紅椿》に慣れれば何の問題にもならないよ!」

「過大評価ですね。

 生憎、私は『普通の人間』の域を出ていないので」

 

 もう私も素人と呼べる時期は過ぎたと自負している。だからこそ、ある程度は今の自分に出来る事と出来ない事の分別も付けている。無論、出来ないことを出来るようにするための訓練も欠かすことは無いが、実を結ばない事も多かった。

 

「それに、この高性能を支えるために消費しているエネルギー量が無視できないレベルです。特に、スラスターと《展開装甲》の装甲にあたるEシールドの同時使用なんてしたらそれだけで馬鹿食いと言えますし。

 試合だったら運用次第とも言えますが、実戦でこの可動時間の短さは素直に怖いです」

「一気に決着付けちゃえば問題ないよ! それが出来るだけの性能はちゃんとあるんだし!

 それにそれに、単一使用能力(ワンオフ・アビリティ)が使えたらそんな事問題にさえならないよ!」

 

 言われて、もう少し詳しく雑なスペック表を何とか読み取っていく。だが、それらしい記述が見当たらない。

 

「……すいません。

 その根拠が見当たらないのですが」

「そ・れ・は♪

 使ってからのお楽しみという事に――」

「出来るわけがないでしょう」

 

 呆れた言葉が出てきたが、到底容認できることではない。何より、あの化け物共がいつ出てくるか分からないのであれば、性能を把握しきれない、或いは把握できる範囲で考えれば致命的な難点を孕んでいる機体は正直言って乗るのが怖いとさえ思えてしまった。

 

「なにさ! そんなに《紅椿》を使いたくないの!?

 そんなに束さんの事が信頼できないの!?」

「……信頼、ですか」

 

 その言葉に、一瞬で色んな想いが溢れそうになる。だけど、その想いは全て噛みしめるだけに止めた。そして、評価はいったんここでやめることにする。そうでもしないと、真っ当な評価にはならないと確信出来た。

 それに加え、どのみち、感情論をぶつけるだけで聞き入れるような人とも思っていない。

 

「篠ノ之博士、そもそも貴女は信頼とは何だと思っていますか?」

「そんなの、この私と箒ちゃんの間にある揺るぎ無い……」

「私は……あくまで私個人の考えですが。信頼とはどれだけ相手の事を理解しようとしたか、どれだけ相手に理解してもらおうとしたか、そしてどれだけ相手と一緒にあろうとしたか。そういったものをひっくるめた、相手に対する誠意。

 そういうものだと、私は思っています」

 

 意図的に、平坦に、静かに、話していく。そうでもしなと、胸の内に押し込んだものが溢れそうだった。

 

「貴方は、そういった事をどれだけしてきましたか?」

「そんな事必要ないくらいの物が私と箒ちゃんの間には――」

「生憎ですが、私は感じていません」

 

 そこまで言ったところで、いったん言葉を切った。意図的に気を落ち着けながら、出来るだけ憎しみだけを吐き出さないようにしながら、今まであった事を短く言葉に直していく。

 

「第一、今までも散々、七光りだの依怙贔屓だの言われてきた身ですのでね。もういい加減、言われ飽きました。

 今以上には、不公平な要素を増やす気もありませんから」

 

 私の言葉に、篠ノ之束博士は不満そうに頬を膨らませた後、さらに言葉を重ねようと口を開いていく。

 

「そもそも、人類史が始まって以来、公平だった日なんて一日もないよ。

 なのに、そんな馬鹿馬鹿しい事に拘るの?」

「それは、言い訳です。最初は平等であろうとした人が言うのならとにかく、最初から不平等を助長するような行動を取っている人が言うのでは、言い訳でしかない」

 

 私が発した言葉に続けるように、さらに如月さんが言葉を重ねた。

 

「それに。今、君のISが使って貰えない事もある意味で不公平とも言えるしね。信頼と責任に端を発する不公平。

 ほら、君が肯定した不公平がここにある」

 

 如月さんのトドメとも思える一言に、篠ノ之束博士は顔を真っ赤にした。そのまま、人参コンテナとは別にあった人参ロケットに乗りつつ、此方を振り向いた。

 

「……後悔しても知らないんだからね!!」

 

 捨て台詞のようにそれだけ残すと、そのまま乗り込んでいく。

 だけど、この時、最後に篠ノ之束博士が発した言葉を私も如月さんも聞き取れていなかった。

 

「――だったら、使いたいような状況にしちゃえばいいんだよね……♪」


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