IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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更新までかなり時間が空いてしまい申し訳ありません。
それでは、続きをどうぞ。


第五章(7):蒼い雫

Side 一夏

 

「本当に、いいんだな?」

「ええ。

 これは、ある意味では私にとっての儀式の様な意味合いもありますから」

「師匠達相手ならともかく、俺では大仰すぎるだろうに……」

 

 思わず苦笑しつつ言った台詞に、オルコットは静かに首を振った。

 

「それは過小評価というものですわ。

 代表候補生が国家代表と闘って勝負にならないから弱いと言っている程度には」

 

 そこまでか、と疑問の声を上げた俺に対してオルコットは確かな確信を持って頷いた。

 

「ええ。貴方の、本当の意味での『本気』を知る事。そして、私自身の今の実力を直視する事。

 それすらも出来ずして、貴方を撃ち抜くなど叶うはずもないでしょうから」

 

 オルコットはいっそ清々しいほど澄み切った笑顔で宣戦布告を言い切った。

 既にその身には《ブルー・ティアーズ》を纏っており、臨戦態勢を整えている。

 

「……なら、俺も対等な条件の上で全力を出させてもらおう。

 ご要望の通り、《アスディーグ》のほうでな」

 

 かく言う俺も、既に《アスディーグ》を召喚し、接続(コネクト)を済ませてある。いつでも始められる態勢だった。

 

『それでは、試合を開始します』

 

 アナウンスが流れ、試合の開始が告げられる。

 場所はデュノア社が保有していた施設の中で、生き残っていた施設の一つ。稼働試験も兼ねてとのことだったが、それは多分、大義名分の類の物だろう。

 こちらの要望を聞き入れてくれたデュノア社長には頭の上がらない思いだった。

 

(さて……最初はどう出てくる?)

 

 《機竜光翼(フォトンウイング)》を用意し、いつでも攻撃及び回避の両方に移れる様に備えておく。対して、オルコットは手にした長大なレーザーライフル《スターライトMk-Ⅲ》を躊躇なく、尚且つほぼ一瞬と言ってもいいほどの時間で照準を合わせ、撃ち放ってきた。

 

  ビシュ!

 

 いつぞやのクラス代表決定戦と同じような幕開けだが、あの時とは互いに違うものも多かった。

 

  ゴッ!

 

 撃たれたタイミングに合わせ、《機竜光翼》を用い回避すると同時にオルコットの方へと接近する。

 

「《竜毒牙剣(タスクブレード)》、ライフルモード」

 

 両手の《竜毒牙剣》をライフルモードに変更し、牽制射撃を放っていく。元より大した攻撃になるとは思っていないが、それ以上にオルコットがこちらの予想を上回ってきた。

 

「あの時ならともかく……今なら、その程度!」

 

 オルコットは躊躇なく射撃を止めると、そのまま回避へと移っていた。だが、あのライフルは握りしめたまま、すぐにでも再度の攻撃へと移れる体勢を維持している。

 そして、回避軌道の最中、一瞬で狙いをつけると的確な射撃を仕掛けてくる。此方も接近を試みるものの、回避と並行して行わなければならない以上はやはりやり辛さを感じざるを得なかった。

 

(だが、それでも踏み込めないほどではない……!)

 

 再度、《機竜光翼》を使い加速。同時に、《竜毒牙剣》の片方をパワードモードへと変更。楯代わりに振るいつつ、最速を持って此方との距離を詰めていく。

 

「強引ですわね……ですが!」

 

 オルコットが周囲へと円形に《ブルー・ティアーズ》を配置した。それをそれぞれにタイミングをずらしながら、絶え間ない射撃を仕掛けてきている。しかも、それぞれ微妙に射線をずらしていることで避けにくくしていた。

 さらに、ビットの軌道をかなり制限することで制御の負担を軽減しているらしかった。かなり限定的ではあるものの、自身も移動しつつそれに追従させる形でビットを操っている。

 

「今回こそ、その剣舞を私と《ブルー・ティアーズ》の円舞曲(ワルツ)で凌駕してご覧にいれますわ!」

 

 絶え間ない射撃の中、オルコットが一切の油断なく宣言してみせた。

 

「中々だ……だが!」

 

 だが、俺もこの程度で止められるものではない。

 

「生憎、荒っぽいダンスを踊り慣れているんでな。

 もう少し早いテンポで頼む!」

 

 瞬間、推進器と《機竜光翼(フォトンウイング)》を同時に操りつつ、脚部で機体のバランスを意図的にある程度崩して回避軌道を取っていく。同時に、牽制としていたライフルモードの《竜毒牙剣》をパワードモードへと変更しておき、防御をしやすくしておいた。

 

(さて、その攻撃方法でいつまで持つ?)

 

 オルコットも何時かに戦った時とは見違えるほどに強くなっていることがわかる。複雑な操作に固執することなく、あくまで現状に対して有効と思われる戦術を繰り出していく。そして、それは一撃一撃の精度に現れ、同時に自身も動いていることから接近までの猶予を引き延ばしていた。

 しかし、絶え間なくビットを使っているという事は――

 

「……くっ!

 このままでは……」

 

――エネルギーを補填する間が無いという事でもある。

 五分と経たない内に、《ブルー・ティアーズ》のビットのエネルギーが底をついたらしかった。やはり、稼働時間の問題は払拭できていないらしい。

 

「そこ!」

 

 オルコットがビットのエネルギーを補給するために肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)へと戻した瞬間を狙い一気に距離を詰める。

 

「見逃しませんね……だからこそ!」

 

 だが、オルコットも二の手が無いわけではなかった。腰の細長いアーマーからあのミサイルタイプのビットを撃ち放ってくる――だけでなく。

 

「ッ!?」

 

  ビシュン!

 

 此方がミサイルを切り落とした時の爆炎と煙により視界が奪われたその一瞬に、ほぼ最高と言ってもいいのではないかと思われるタイミングで《スターライトMk-Ⅲ》の引き金を引いてきていた。

 

「味な真似を!」

 

 咄嗟に二刀の《竜毒牙剣》を壁代わりになるように円形に振るい、被害を抑える。だが、それでも無傷とは言えなかった。

 だが、裏を返せば――この、距離は。

 

「悪いが、俺の距離だ!」

 

 《機竜刃麟(ブレードアーマー)》も展開しつつ、両手の《竜毒牙剣》とともに一気に攻め立てる。最初に片方の《竜毒牙剣》で切り裂いた後に、両腕と両足の《機竜刃麟》、最後に残っていた方の《竜毒牙剣》による神速制御(クイックドロウ)を締めとした連撃を仕掛けた。

 

  ザザザザザザギィィン!

 

 オルコットは無理に受け止める事は無く、機体を後ろに下げつつ左手でかわしきれなかった分を受けていた。攻撃を受ける羽目になった左腕は辛うじて動く程度の大破だったが、半面、右腕はほぼ無事だった。

 そして、無事だった右手のみでライフルを発射。一拍空けてから再度展開されたビットによる時間差の攻撃が此方へと襲い掛かる。

 が、ここまで近いとオルコットがライフルを構えるまでの一動作の間にその射線から外れることなど容易く、ビットの射撃は無理をせずにパワードモードの《竜毒牙剣》が纏う防御障壁を利用して防いでいく。

 

「ならば!」

 

 オルコットが再度、ミサイルタイプのビットを放とうとした。

 だが、それはこの状況では悪手だった。

 

「ロングモード」

 

 わずかに空いていた距離を一気に詰めると同時に、《竜毒牙剣》の形態を変更。さらに――

 

神速制御(クイックドロウ)

 

――神速をもって振るい、腰に付いていたミサイルビットの発射口を潰した。

 オルコットが一瞬、驚愕の表情に包まれる。だが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「……お強いとは、分かっていましたが。

 やはり、手も足も……」

 

 だが、それは現状の不利を自覚しての事。或いは、最初の台詞からして既にある程度覚悟していたのかもしれないが、さすがにそれだけで終わりというのは余りにも呆気なく感じた。

 

「まさか、その程度では終わらないだろう?

 撃ち抜いて見せろ、オルコット!」

 

 故に、この言葉をかける。

 彼女が試合前に言った言葉は嘘ではないと信じて。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「中々、オルコットさんも善戦していますね。

 ですが、やはりまだ一夏には及ばない、でしょうか」

 

 試合を見つつ、呟くように言っていました。

 今現在、この試合を見ている人は実は多くいます。施設を貸してくれたデュノア社の方々を始め、機竜側から来た面々に、IS学園でよく一緒に行動している方々、ドイツの黒兎隊(シュバルツェ・ハーゼ)の方々、イギリスの開発陣の方々。

 

(意外に、多いものですね)

 

 周りをほんの少し見渡しただけでも結構な人数が目に入り、改めてこの試合が当人たちの考えているよりも注目されていることを実感します。

 ですが、そのほとんどが納得できる立場の方々なだけに、そう意外な事でも無いのかも知れませんが。

 

「でも、油断は禁物ね。

 彼女も中々悪くない腕前だし」

「ええ。まだまだ改善できそうな点も多いですが、それをよく分かった上で戦術を組み立てて行っている傾向が見られます。

 自分の弱さも強さも知っている、油断ならない相手ですね」

 

 クルルシファーさんとセリスティアさんがそれぞれ口々にオルコットさんを評価していました。

 

「……でも、一夏君も負けてない」

「ええ。

 実戦経験の違いというものを教えて差し上げなさいな」

 

 フィルフィさんが相変わらず言葉少なに的確な表現で形容し、夜架さんが聞こえてはいないでしょうけども激励ともいえる発言を発していました。

 

「私の背中を任せられるような奴が弱いわけないじゃない」

 

 ギザルト卿は自信満々に言いつつ、どこか誇らしげに胸を張っています。

 

「ふ……私たちと共に闘い抜いた仲間であり、そして愛弟子でもあるんだ。

 そうそう簡単に負けるものか」

 

 リーシャ様も誇らしげです。事実、一夏はすでにアティスマータ新王国でも実力でいえば有数の機竜使い(ドラグナイト)でもあるので、何もおかしなことなどないのですが。

 

(さて……ここからはどう戦う気ですか? 一夏)

 

 一夏の勝利を信じながら、私も私で試合の経過を見守っていきました。

 

 

―――――――――

 

 

Side セシリア

 

(まだ……全然、届かない!)

 

 彼と私の腕前の差は、分かっているつもりでした。

 ですが、改めて対峙した彼の『本気』は、私の想像を超え、戦慄を覚えざるを得ないものでした。

 

「まさか、その程度では終わらないだろう?

 撃ち抜いて見せろ、オルコット!」

 

(そうですわ……こんなところで!)

 

 思い起こすのは、影内さんと最初に対峙した時の事。

 

『俺は、最初から全力で勝ちに来るお前に勝ちたかったよ』

 

 最後の最後。あれほどの暴言を吐いていた私に対し、影内さんがくれた言葉は余りにも意外なものでした。

 飾りなどは無く、無骨なまでに、だからこそその言葉の真意が伝わってくるような、そんな気のする言葉。

 あれほど傲った私を正面から切り伏せたうえで、尚そんな言葉を紡げる。

 

 その、愚かなまでの眩しさに。輝かしいまでの愚直さに。決して自らが傲る事を許さぬ先達への敬意に。

 

 私はきっと、久方ぶりに当たり前の感情を抱いていた。

 

 それはきっと、多分、競技に参加したことのあるISの搭乗者ならば誰もが一度は持ち得るはずの感情。

 

(この人に……勝ちたい)

 

 誰もが最初は弱い物。故に、誰もが最初はそれを夢見る。だけど、夢に見るだけでは終われないから。夢に見るだけで終わりたくないから。

 だから、誰もが強くなろうとする。勝ちたいと、願い。その願いを、叶えるために。

 

(何時から、だったのでしょうね……記憶の片隅からすらも消え去ってしまったのは)

 

 だけど、強くなるほどに。勝てるようになるたびに。勝つことが、徐々に当たり前になっていくたびに。

 何時しか、傲り高ぶるようになっていってしまう。思考の上ではまだまだ強い人がいると分かっていても、感情の上では自分に酔いたくなってしまう。

 私は、そんな一人でした。

 

(ですが、そんな心の淀みも見事に切り伏せられた。

 力のみならず、何を語るでもないその姿からさえも……)

 

 ただ、己の研鑽を怠ることは無く、相対した時に全力での勝負が許される状況ならばそれを望む。

 相手が例え格下であろうとも、侮りはせず、けなしもせず、ただ己の目指す果て無き高みを目指していく。

 実戦ともなれば先陣を切り、己の役割を熟す。確かに恐怖があるでしょうに、それを見せる事も無く。

 

 多分、抱いたのは憧れにも近い感情だったことでしょう。

 嘗ては、私もそうでありたいと願い、そうなろうと研鑽を積んだ時代もありましたから。

 

 無論、オルコット家存続のために代表候補生になったという面があったのは否めません。私にあったBT兵器への適性が次世代機開発計画(イグニッション・プラン)に対して有利に働くということも手伝った、言い換えれば私自身の腕前では無い部分で選ばれる要因があったのも事実です。。

 ですが、代表候補生の訓練課程の中で実際に軍の訓練にも参加して行くうちに、IS搭乗者として祖国を守る一人になれたという事と、試合の中で勝ち上がっていく喜びを見出していたことも事実でした。

 

 だけど、心は何時しか淀み、確かにあったはずの誇りは下らぬプライドへと置き換えられていって。

 

(ですが、今は……)

 

 出会ってしまった。

 嘗て私自身がそうでありたいと願った姿を体現したような、其の人に。私が忘れてしまった姿を思い出させてくれた、其の人に。

 

(故に、こんなところで……!)

 

 終わりたくなど、ない。

 届かぬ憧れのままに、終わらせたくない。

 

「ええ!

 このままで終わるとは思わないでくださいまし!」

 

 自分でも意外なほどの声量で出た声とともに、ライフルタイプの《ブルー・ティアーズ》を四機とも射出しました。そもそもミサイルタイプは既に発射口を破壊されているので使えないのですが。

 射出した《ブルー・ティアーズ》を破壊しようと剣を振ろうとした影内さんに、《スターライトMk-Ⅲ》を撃って回避行動を取っていただきます。たったの一動作ですが、《ブルー・ティアーズ》を配置するまでの時間を稼ぐには十分でした。

 

「今度こそ!」

 

 そのまま、狙いは多少大雑把でもいいのでとにかく数で押していきます。影内さんを囲むように配置したそれらから放たれた攻撃は乱射と言って差し支えないでしょう。そして、時には照射時間を長めにとって撃ちながら照準を調整していきます。弾丸というよりは擬似的な刃に近い感じです。

 

「《機竜刃麟(ブレードアーマー)》!」

 

 ですが、そのような五方向からの弾丸の雨すらも、影内さんは上を行きました。あの全身に装備した刃を展開すると、その一つ一つを用いて乱射された弾を文字通りに全て切り裂いて見せたのです。その動きは荒々しいと同時に洗練された剣技でもあり、ある種の舞の様にさえ感じます。

 

「切り裂くなんて! 本当に貴方は人間ですか!?」

「失礼な! 俺はまだまだ人間だ!」

 

 人間技とは思えない動きに思わず上げた叫び声に、律儀にも影内さんは答えていました。声が若干不服そうに聞こえたのは、目指している場所が違うからなのか戦闘経験を積んできた場所が違うからなのでしょうか。

 

「それに、この程度で諦めるような人間でもないだろう!?」

「無論ですわ!」

 

 確かに人外染みた剣戟に驚きこそしましたが、闘志の炎は全く衰えることを知らず。むしろ、目指す高みを認識するほどにその場所への渇望を薪に燃え上がっていって。

 だけれど、思考は闘志とは全く逆に静まり返った湖のように冷静で。

 

 倒すという強い決意と、ひどく冷静な思考。戦略を思考し、それを実行に移していく。

 ですが、その尽くを影内さんは切り伏せていく。私の想像を上回るほどに積み重ねた鍛錬と経験によって。

 

(……足りない)

 

 だからこそ、認めざるを得なかった。今の私では、()()()()()私では、どう頑張ってもこの人を超えることはできないと。

 

(だから何なのですか!)

 

 だからと言って、このまま終わるのを認めるわけにはいかない。

 足りないというなら、足らせるまで。

 

(……そうですわ)

 

 今のままでは無理筋と言うのなら、ほんの僅かでも一瞬一秒前の自分を越えるまで。

 

(越えればいいだけ。足りないというのなら、満ちていないというのなら……)

 

 闘志の炎が制御できていないと言うのなら、ほんの少し、雫の一滴でもかけて冷静になりましょう。

 思考の湖がまだ満ちていないと言うのなら、僅かながらの雫の一滴でも満たしましょう。

 

 

 ――そう、私には蒼い雫(ブルー・ティアーズ)が共に在ってくれるのですから。

 

「……な、にっ!?」

 

 刹那、私自身ですら思いもかけない一撃が放たれて――。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「これは……!?」

 

 一夏が被弾した攻撃に、私は少なくは無い衝撃を受けました。それは私だけではなく、兄さん達も驚いたり唸ったりとしています。

 

「おお……まさか、ここにきて至るとは……!」

 

 その中で、一人、明らかな驚嘆を示している人が居ました。イギリスのIS開発主任だという人、つまりオルコットさんに《ブルー・ティアーズ》を託した人です。

 

偏光射撃(フレキシブル)……第三世代兵装である《ブルー・ティアーズ》が最大稼働状態となったときに使用可能となる攻撃方法だ。

 だが、それもあくまで理論上の話。今まで、この攻撃を実行できた人は居なかった。年単位の時間を掛けてもできるかどうかと思っていたが、それをこんなに早く見れるとは……」

 

 開発者さんは感極まったように、少し涙声で言っていました。

 

「《ブルー・ティアーズ》が最大稼働状態となった時のみ使用できる攻撃方法……つまり、今のオルコットさんは《ブルー・ティアーズ》の性能を引き出し切っていると?」

「そこまで言うのは早計だが……確実に、その領域へと近づいて行ってはいるな」

 

 私の疑問の声に、開発者さんが幾分冷静さを取り戻した声で答えていました。

 

「……オルコット君には、元々才能は有った。後は、精神的、技術的な面で開花する条件さえ揃えばと踏み、IS学園行きを提言したが……そうか。無駄ではなかった……」

 

 的確にデータをとりつつも、その声はどこか感慨深げです。それだけ、この人には《ブルー・ティアーズ》に対して費やしてきた物が、或いは彼女へと期待していたものがあったという事でしょうか。

 

(ですが、この位の事で倒される貴方でもないでしょう。

 信じて待っていますよ……それだけしか出来ないのが……)

 

 心の奥底の想いを表に出さないように気を付けつつ、再び試合を見守っていきました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「……な、にっ!?」

 

 目の前で起こったことに一瞬、思考の隙間ができてしまった。

 オルコットの放つビーム相手に、それは隙にしかならない。しかし、だからと言ってもこれに驚くなというのは出来なかった。

 だって、誰も考えないだろう。まさか、目の前で放たれた()()()()()()()などとは。

 

「パワードモード!」

 

 咄嗟に《竜毒牙剣》の形態を切り替え、曲がった末に俺の方へと向いたビームを防ぐ。

 だが、この現象はこの一度だけに止まらない。背後からの一撃を回避したかと思えば横からの一撃に変わり、或いは避けにくくなるように複数のビームを同時に曲げることで逃げ場をなくそうとしたりしていた。

 

「こんな隠し玉があったとは、な……」

 

 何とか一通りの攻撃を凌ぎ、こちらの損傷を軽微に済ませた。

 一方、この攻撃を仕掛けたオルコットはと言うと――

 

「……ま、まさか……」

 

――自分で自分の攻撃に驚いていた。

 今まで訓練に付き合ってきた中で俺も見たことのない攻撃だったが、オルコットの反応にもしやと思った。

 

「……今しがた、出来るようになったのか」

 

 確かにあのまま終わるとは考えていなかったが、だからと言って無茶苦茶にもほどがある。試合中の土壇場で新しい操縦技術を習得するばかりか、あまつさえ戦術として昇華させるなど。

 

「ええ……今しがた、出来るようになりました。

 まだまだ十全とは行きませんが……それでも、狩られるばかりの私ではなくなりましたわよ?」

「別に狩られるばかりではなかっただろうに。

 だが、その力で倒しに来るというのであれば……一切の油断も容赦もなく、切り伏せさせてもらおう!」

「ええ。それでこそ、ですわ!」

 

 互いに短く言葉を交わした後に、飛翔。

 オルコットは距離をとるように、俺は距離を詰めるように。

 

(厄介だな……)

 

 ビームが曲がるようになったことで、射線が読みづらくなっていた。今までならビットの位置と向きから比較的簡単に射線が読めたが、撃った後に曲がるようになったことでオルコットの射撃の自由度が格段に上がっている。

 それは単純に今まで以上に回避や防御へと注力せざるを得ないという事実を示しており、ひいては此方の不利へと繋がる事実だった。

 

(まあ……それでも師匠(ルクスさん)ほど勝ち目が無いわけではないか)

 

 気持ちを切り替え、改めてオルコットの新しい戦術についての攻略法を思考する。

 これまで通りでは持久戦が確定するが、それを《アスディーグ》で実行するのは得策とは言えない。何より、《アスディーグ》の燃費の悪さとそれに起因する消耗の速さを考えるのであればむしろ下策とさえ思えた。

 

「なら、手は決まっているな……!」

 

 狙うは一気に踏み込んでの決戦。究極的な見方をしてしまえばあの曲がる射撃も、射撃であることには変わりがない。つまりは遠距離攻撃。

 位置関係を変えやすい近接戦では自身への誤射の可能性が拭えない以上、使用頻度はどうあっても減る。そして、それは同時に《アスディーグ》の得意な距離でもある。

 

(後は、そこまでどうやって接近するか。

 手は無いわけではないだろうが……今考えているものでは、賭けになるな)

 

 いの一番に思い付いた策に自分で苦笑してしてしまった。考えようによっては《アスディーグ》の特性を殺しかねない策であることに思い当たってしまったからだ。

 

「……えっ?」

 

 オルコットが一瞬、呆けた声を上げた。だが、それも仕方がないだろう。なんせ、今撃とうとしていた相手が()()()()()のだから。

 其の結果、移動先を読んで撃った射撃は全て外れる。

 

「《機竜光翼(フォトンウイング)》」

 

 さらに、今現在の此方へと撃たれた射撃に関しては到達する前に《機竜光翼》による急加速によって回避。

 

「まさか……そのような……!」

 

 オルコットが此方の考えに気付いたらしい。信じられないといった表情をしていた。

 確かにやっている事は中々に分の悪い賭けではある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。射線が曲がるという現象は脅威だが、停止して最終的に攻撃が来る場所を其の場へと限定してしまえば予測は容易かった。

 

(さて、此方の距離に入るのが先か、オルコットに撃たれるのが先か……)

 

 俺としても僅かなタイミングの狂いが命取りになる状況に、一瞬たりとも気を抜けない。停止と加速、どちらか一方でもタイミングが狂えば当然、被弾する。今のオルコットならばその隙に攻撃を続けて当てることもやってのけるだろう。

 しかも、この方法だと体へとそれなりに負担がかかる。元々、機竜はそこまで急停止や急加速は得意ではない。

 

(だがまあ、手抜きは失礼極まりない事だし、な!)

 

 全力を以って、オルコットを倒しに行く。

 それこそが、この試合を望んでくれた彼女への最低限の礼儀というものだと思ったから。

 

 

―――――――――

 

 

Side セシリア

 

(何てこと……まさか、こんな方法で!?)

 

 急停止と急加速を繰り返しながら、影内さんが確かに距離を詰めてきています。

 

(確かに、狙われる場所とタイミングを絞ってしまえば偏光射撃(フレキシブル)と言えど回避は可能です。

 ですが、それをまさかこの短時間で……!)

 

 移動先を狙った射撃は急停止によって予想を狂わされ、逆にその場を狙った射撃は一瞬で途轍もない速度まで加速することによって避けられ、二点を狙った攻撃はそれ以外の場所へと行くか、あの大剣によって防がれる。

 

「本当に、どれだけの経験を積んできたのですか!? 貴方は!!」

 

 偏光射撃(フレキシブル)へと至って尚、足らない。その埋めがたい差を前に、羨望とも嫉妬とも言える感情が鎌首をもたげてきます。

 

「それなりの経験は積んできたつもりだ。

 だが、そんな俺を倒すと言ったのはお前だぞ!」

 

 ですが、それらはただの一言を皮切りに全て闘志の炎へと薪となってくべられていきました。

 

「ええ! そうでしたわね!!」

 

 再び、全力で堕としにかかる。最早、劣等感やそれに近い感情を抱いている余裕等ありませんでした。

 

  ビシュシュシュシュシュン!

 

 出来うる限りの軌道予測と射撃精度を以ての全力攻撃。偏光射撃(フレキシブル)も混ぜて放ったそれは、並みの手合いならこれだけでも決定打となるでしょう。

 

  ゴッ!

 

 ですが、影内さんは急加速と急停止を駆使して的確に避け、避けきれなかった攻撃は全身の剣で切り裂くか大剣で防いでいっています。

 攻防の結果としては、総じて私の不利。ですが、終わってはいません。

 

「まだまだ!」

 

 密度も精度もさらに上げていき、より攻勢へと打って出ます。どのみち、守勢に出たところで私の不利は覆せません。

 

「いい攻撃だ……だが!」

 

 その攻撃さえも、あの狂的な域にある回避能力の前に避けられていきます。

 

  ドゴッ!

 

 影内さんが何度目かの急加速を仕掛けた瞬間、私の視界から消えました。

 ほとんど反射と言える反応のままに、私は《スターライトMk-Ⅲ》を目の前に簡易の楯代わりに構えます。

 

  ザギィンッ!

 

 ですが、それは無意味な事でした。見事な膝蹴りと、その膝部分についた刃によって《スターライトMk-Ⅲ》は切り裂かれるだけに止まらず貫通しました。

 そのまま押し出されるように、私自身へと膝が突き刺さってきます。その勢いは馬鹿馬鹿しいものがあり、私は呆気も無く地面へと叩き付けられました。

 

「俺の勝ちだ、オルコット」

 

 そうして地面へと大の字になって寝転がっている私の首元へと、未だ立ったままの影内さんの大剣が突き付けられます。それは、どうしようもなく私へと敗北の実感を植え付けていきました。

 

「……ええ。そして、私の敗北ですわね」

 

 自然と、敗北を認める台詞が口をついて出てきました。

 ですが、そこに暗い感情はありません。

 

(何時ぶりでしょうね……ここまで、負けて清々しい気分になったのは)

 

 立場もしがらみも主義主張も何も無く、ただ全身全霊で試合へと臨んだ。結果としては負けてしまい悔しい思いは尽きませんが、それはこれからの私の原動力となって新しい場所へと導いてくれることでしょう。

 故に、今すべきは勝者への惜しみない賛辞です。

 

「貴方と今ここで戦えたこと……誇りに思います」

 

 ですが、思っていた以上に疲労の色が濃い今では碌な言葉を紡げませんでした。

 

「……それは、俺もだ」

 

 短く、だけど今の私にとっては最大級の賛辞とも言える台詞に、胸が震える思いでした。

 影内さんが剣を収めたのを確認してから、震える足を叱責しつつ立ち上がり、正面から見据えます。

 

「何時か……何時か、貴方に勝ちます」

「ああ。待っている」

 

 待っている。根拠も何もない期待ではなく、ただ何時かはそうなると疑い無く信じているということなのでしょうか。

 

「そして……貴方と、肩を並べられるような搭乗者になって御覧にいれますわ」

「……そう、か。

 俺に対しては過分に過ぎる評価だが……其の日を、楽しみに待っている」

 

 楽しみに待っていて下さるのはとても嬉しいですが、いまだにご自身の事を特に評価しようとしないその態度にほんの少しの苛立ちと、悪戯心が湧いてきました。

 

「私と戦ったことを誇りに思って下さるのであれば、どうか貴方自身を誇ってくださいまし。

 それこそが、最大の称賛ですわ」

「そうは言われてもな……」

「歩みを止めなければよいだけでしょう。

 それとも、私はそのくらいの価値さえないほどの手合いでしたか?」

「そういう事では無いが……だからと言って、な……」

 

 割と本気で困っていそうな様子の影内さんに、不思議と笑みが誘われました。

 

「冗談ですわ。ですが、過ぎた謙遜は相手に対する侮辱も同様であること、覚えておいてくださいまし。

 貴方の場合は目指す高みが遥かな場所であることも原因の一つなのでしょうが」

 

 そこまで言うと、互いに向き合い直して右手を差し出し合いました。

 

「改めて、今日はありがとうございました。影内さん」

「此方こそ」

 

 そして、未だ少し震える手で握手を交わしました。

 これが、この試合の幕引きでした。


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