IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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今回、機竜側の人が一夏をどう思っているのかを書こうと思ったんです。結果、妙に長くなってしまいました。
それと、フランス編は後何話か続きます。

どうしてこうなった…………。


第五章(6):戦い、終えて

Side 一夏

 

「それでは、作戦の成功を祝しまして……乾杯!」

 

 デュノア社長ことレイヴィング・デュノア氏が乾杯の音頭を取り、そのまま『(ネスト)』攻略成功記念祝賀会が開かれていた。

 と言っても、俺とアイリさん、メルは壁にもたれながら互いにオレンジジュースを煽っているのだけれども。

 

「二人とも、今回はお疲れ様でした」

 

 喧噪の中で話すには少し小さな声で、アイリさんが話し始めた。

 

「別に」

「これが役目であると心得ていますので」

 

 集まった三人とも、そう大きくは無い声で会話していた。メルだけは予め持ってきていた料理を頬張っていたため、少しばかりくぐもった声だったけども。

 

「それでも、ですよ。

 ギザルト卿、今更ですがユミル教国よりのご足労有り難うございました」

「気にしなくていいわよ。

 幻神獣(アビス)は殺せたし、お兄ちゃんや一夏にも会えたし、最近お兄ちゃんに会えない関連の愚痴が増えたクルルシファーにとってもお兄ちゃんに会う良い言い訳にもなっただろうし」

「クルルシファーさん、そんな事になってたんですか……」

 

 続く返答に僅かながらに呆れつつ、そのまま三人で集まって談笑していた。

 と言うのも―――。

 

「おい、ルクス!

 今回の報酬としてあれ(電化製品)を貰えないかと交渉したいから、私は少し戻るのが遅れると新……」

「リーシャ様、自重してください!

 それはマズイですよ!」

「そうよ。今は私達の代表者なんだから、自重してちょうだい。

 それよりルクス君。婚約者を放っておくのは感心しないのだけど……」

「クルルシファー、そう言いながらしな垂れかかるのは不許可ですよ!

 ……いや、ここは私も乗っかるべきなのでしょうか……?」

「是非そうしてください。

 これで、お世継ぎまでの道のりが短縮されますわね」

「いや、クルルシファーさんもセリス先輩も夜架も止まってよ!」

「ルーちゃん、この料理美味しいよ。

 食べる?」

「あ、うん。頂くよ。

 ……って、なんでカートごと持ってきてるの!」

 

 何時もの方々が、あの様子(騒ぎ)である。もう慣れたものだが、突撃する気にはならなかった。一方、各国の方々もそのある種異様な様子に、話しかけようにも話しかけられない様子だった。恐らくは今後、自陣営を贔屓してもらうために何かしら話しかけたいのだろうが、完全に平常運転である師匠達相手にそれを為せるものは多くないようだった。

 加えて、振る舞いが振る舞いとは言え全員が機竜側では政治的な部分にも大なり小なり関わってきた身である。一筋縄で行くものでもない。

 

(そもそも、住む世界が文字通りに違う以上は余り贔屓も()()()()のだが。

 それは言えないしな……)

 

 そういった事情が重なり、現在は仮に話しかけられても煙に巻いている状況だった。こちらの方に人が来ないのは、事前にアイリさんがこちら側の代表者がリーズシャルテ様であることを広めておいたかららしい。

 それでも、たまに来る実際に戦闘に参加した者、特にIS部隊に属していた人達から絡まれたりはしているのだが。

 

「楽しんでるかしら?」

 

 そうして三人で話し込んでいたところ、第三者の声が割って入った。

 

「どうも、更識さん。今回はお世話になりました。

 それで、今回はどのような要件でしょう?」

「挨拶回りよ。一応、こんなんでもそれなりに立場ある身でね。

 貴方達相手なら必要もないかと思ったけど、今回はお世話になったことだし、御礼の一つくらいはとも思ったから」

「別に私は気にしてないわよ。

 あの獣共は私にとっては殺したくて仕方ない怨敵なわけだしね」

「俺の方も、元よりそういう取引でしたから。お気になさらず」

「何と言うか……相変わらずね、貴方達」

 

 更識会長が苦笑とも呆れとも感心とも似つかない表情を浮かべたが、直後にその様子を消し去った。

 その様子を見て、こちらもある程度気になっていたことを確認することにした。

 

「そういえば、目論見の方は大丈夫そうですか?」

「それに関してはなぜ聞いてきたのと言いたくなるわね。

 十分を通り越して過剰なくらいよ」

「それは良かった。

 私達としても、今回の一件の発端になった案件のようなこと(スパイ騒ぎ)はもう起きて欲しくないですしね」

「ってか、単純に運が良かったのもあるでしょ?

 私だったら、確定した時点で即時ひっとらえるだろうし」

 

 俺たちと同じように壁にもたれかかった更識会長からの返答に、アイリさんとメルがそれぞれに返していた。

 

「そう言えば、アイリさんとギザルトさんと少し話したいことがあるって子がいるのだけれど。

 もし良かったら何処かで少し時間を貰えないかしら?」

 

 そうして少し話し込んだあたりで、唐突に更識会長が問いかけてきた。

 

「話せる内容であれば、今からでも。

 それで、どちらでしょうか?」

「わたしも構わないわよ。

 で、誰?」

「ありがとう。今から連れて来るから、少し待って……」

「雑談しかしていませんでしたし、私の方から行きますよ。

 今、其の人が何処にいるのか教えてもらってもよろしいですか?」

「私もよ。

 問題ないようだったら早いうちに済ませておきたいし」

 

二人がそれぞれ話があるという人の元へと行ったが、俺は行かなくてよいとのことだったので其の場でそのまま待っていた。

 とは言っても、手持ち無沙汰になっただけなのだが。

 

(取りあえず、何か食べるか……)

 

 そう考え、食べ物の乗せられた手近なカートに近づこうとした時だった。

 

「影内君、ちょっといいかな?」

「デュノアか。

 フランスの方はその後どうだ?」

 

 意外な声の主だったが、邪険にする理由も今となっては無い。当たり障りのない話題を選びつつ、手ごろな料理を手に取っていた。

 

「おかげさまで。

 政府からデュノア社への援助も再開の目途が立ったし、不幸中の幸いなことに崩壊した研究所の中から新型に関する資料や試作されていたISのパーツとかが発見されたみたいだから、意外と早く完成するかもしれないね。

 それもこれも、あの脅威を排除する方向で動いてくれた影内君達のおかげだけどさ」

「それは俺じゃなくて代表のリーズシャルテ様に言った方がいい。或いは、手筈を整えてくれたデュノア社長か、更識会長の方にでもな」

「それでも、影内君があの人達に伝えてくれなかったらどうなっていたか分からないしね。

 だから、これはその分のお礼だよ」

 

 デュノアからのお礼を貰った後、僅かばかりの会話を交わした後そのまま離れていった。デュノアもデュノアであいさつ回りなどをしなければならないらしい。

 

「すいません、影内さん。

 少々お話よろしいでしょうか?」

 

 そうして再び一人になった時に話しかけてきたのは、宝飾品こそ少ないものの品良く仕立てられたドレスを着こんだオルコットだった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「それで、私に話とは?」

 

 アイリさんに無理を言って話をする時間を貰った私は、自分から頼んだにも関わらず緊張していました。

 

「……影内君に関することで、どうしても気になることがあったんです。

 本人に聞くような事ではないと思って、付き合いが長い貴女にと思ったのですけど……」

「答えられる事でしたら、構いませんよ」

 

 微笑さえ伴った返事に、それでも私はどうしても内容が内容なだけに気後れしてしまいます。

 

「以前から、影内君と話をしている時に感じていたのですけど……。自分の実力に対し、何と言うか……過少評価をしているように思うんです。

 あくまで、私の主観ですので……間違っているのかもしれませんけど」

 

 先の作戦で見た影内君の師匠達の動きを見れば、確かに影内君よりも一歩も二歩も先に行っているように思えました。

 ですが、それはあくまで彼の師匠達と比較しての事。彼自身の腕前が非常に高い事を否定する理由にならないことには変わりありません。

 

「……私は、戦闘能力という意味でいえば皆無です。ゆえに、今から話す事にはその側面において十全な能力を持った人から聞いた伝聞や、それを基にした個人的な結論が入ってきます。

 それを、前提に聞いてください」

 

 それだけ言うと、最初にアイリさんは困ったような表情になっていました。

 

「結論から言ってしまうと……()()()()()()()()()()()んです」

 

 不思議な結論に対し、私が疑問の表情を浮かべたのを見て取ったらしいアイリさんがそのまま説明をしだしてくれました。

 

「一夏は当初、《ユナイテッド・ワイバーン》の元になった二種の量産型機の内一機を使って練習に励んでいました。

 その頃はまだ乗り始めて間もない、初心者と言って差し支えない腕前でしたよ」

 

 懐かしそうに目を細めたアイリさんでしたが、その視線はどこか下向きでした。

 

「ですが、其の後……何度か大規模な事件があったんです。

 一夏自身はまだ戦力になれるほど強くないという事で、実戦に出ることは滅多になかったんですが、それでも偶発的に戦闘や何かに巻き込まれたことは何度かありましたね。

 今にして思えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という時点で、才能の片鱗が出ていたのかもしれません」

「……!」

 

 その言葉の意味を考えた時、戦慄が走りました。

 もし、私が同じようにISに触れたばかりの頃にそんな戦闘に巻き込まれでもしたら―――。

 

(無理だ……私じゃ、同じことはできない……!)

 

 そんな私の様子に気づいているのかいないのか、アイリさんは視線を天井の方へと移して続きを話し始めました。

 

「彼が私たちの所に来て暫く経って、詳しくは話せませんがある事件がありました。

 《アスディーグ》を手に入れたのは、その時です。そして、その時に一緒にいた三人組……内一人は、貴方も知っているバルトシフトさんですが、その人達と一緒に戦ったのです。と言っても、あの時の一夏の役割は参加した他の人の予備の武器の運搬等でした。

 つまり、あの時もまだまだ機体(機竜)を動かす分には何とか問題ないという程度で、とても実戦に耐えられる実力ではない……()()()()()

 

 そこで、少しだけ言葉を区切ってから続きに入りました。まるで、その話の内容を話す前に確認するみたいに。

 

「ですが、その予想に反し……偶発的な要因による鹵獲とも言えますが、一夏は《アスディーグ》を手に入れました。そして、その後から当時一緒にいた三人と戦う事となったのですが……一緒に戦っていた三人は、その戦闘が終わった後の報告で口を揃えてこう言ったんです。

 『あの時、()()()()()()()()言えば、一夏は確実に自分達を凌駕していた』と」

「凌駕していた、って……」

 

 あまり意識せずに発した私の呟きに対する答えとして、アイリさんはより具体的な表現を用いてきました。

 

「そうですね……本来なら格上と表現できる相手を前に、自身の機体を一撃で葬り去るような攻撃に一切当たる事無く完全に避けきり、しかも自分の攻撃はほぼ確実に当てる。それも、本来機動性に特化した機体では動きづらいだろう限定された空間の中で。

 それに近い事を、《アスディーグ》を手に入れたばかりの一夏は実行したそうです」

「そんなの……人間技じゃない……!」

 

 私が畏怖にも似た感情を持って思わず口にすると、アイリさんが補足するように話し始めた。

 

「ですが、それを熟せるだけの機動力と攻撃能力が《アスディーグ》にはありましたし、一夏はそれを十分以上に引き出して見せていた。

 無論、先程話した三人組も一緒に戦闘に参加したのですが、戦果を挙げたのはむしろ一夏の方だったとも言っていましたね。同時に、おそらく一夏以上に《アスディーグ》の性能を引き出せる人はいないのではないか、とも」

 

 それは、一体どんな凄まじさだったのだろう。

 明らかに当時の影内君よりも腕の良い人達から、手放しに認められる。どんな操縦をすれば、そんな事を現実足らしめることができるのだろう。

 

(想像以上だ……一体、影内君はどれだけ強いの……!?)

 

「その後、何度かの戦闘や鍛錬も挟んだりした後、一夏が最初の師匠とも呼んだ私の身内とも話して、一夏に関してある結論が出たんです。

 一夏の持つ最大の才能は、努力を一切躊躇わないというのもそうですが……同時に、第六感(センス)と呼ばれるものが、より具体的に言えば『当て勘』と『避け勘』と呼ばれる物が、異様なまでに鋭いのです。それこそ、天性の第六感であったと言えたでしょう。

 そして、『敵の攻撃を回避する事』と、『攻撃を当てれば一撃必殺になり得る』という二点に特化した性能を持った《アスディーグ》は、一夏の持っていたこの才能に、怖ろしいほどに()()()()()()()()()()()んです」

「で、でも……それだけなら、自分と最高の相性を持った機体との出会いっていうだけで済むんじゃ……」

 

 私が咄嗟に放った台詞に対し、アイリさんは目を軽く瞑るとゆっくりと頭を振りました。

 

「……一夏が戦闘能力という意味で本格的に強くなっていったのは、大雑把に言えば《アスディーグ》を入手した頃です。そして、私達と出会う前の一夏自身の経験から、彼は自分自身の強さを信じていなかった。

 これらが大きな要因となった結果、戦闘能力という意味での自分の強さは入手した《アスディーグ》による部分が大きく、自身の才能によるものではないと()()()()()()()()んです」

「……!」

 

 この時のアイリさんの顔が切なそうだったのは、多分見間違いではないと思います。

 

「しかも、一夏にそれに関する技能を教えていた人達、つまり彼が師匠と呼んだ人達が所謂その道の凄腕揃いと言う事も拍車をかけてしまい……私達の所に来る以前は指導を受けた事その物がほとんど無かったというのもあり、それだけの能力を持っている人達から教えを乞うているのだから、強くなれるのは必然と考えてしまったみたいで……」

「それは、絶対に違う……!」

 

 もし仮に、私が同じ様に教えを受けたところで同じ様には絶対になれない。それは断言できる。

 

「しかも、更に言うのであれば……。

 一夏の持つ天性の第六感が発揮されるのは、極限まで追い詰められて集中力が異様に研ぎ澄まされた時の……つまり、命の懸かった瞬間の事。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。

 ですから、模擬戦等ではそれまでと余り変わらなかったんです。それでも、一夏自身の努力もあって着実に腕前は上がっていったのですが」

 

 補足で締めくくったアイリさんの表情は、決して晴れやかとは言えないものでした。

 私としても、思う所は多分にあります。以前に箒と鈴から『織斑一夏』の過去を聞いた時の事と合わせて考えれば、特に。

 

(……織斑一夏だった時間が、今も影響を及ぼしているんだ。

 でも、それでも……)

 

 あれほど強く、完全とは言えないのかもしれないけど前を向いて進んでいる。でも、過去の記憶が足を引っ張っている。

 

「それと、今までの話を聞いてもらえれば解ると思いますけれども。

 一夏は、自分の戦闘能力のほとんどを彼が師匠と呼んだ人達から受けた訓練と、《アスディーグ》の性能によるものだと考えています。

 裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも考えていることでしょうね」

「……そんな事って!」

 

 淡々と、だけど血が出かねないほどに強く拳を握りしめたアイリさんを見て、私はそれ以上は何も言えませんでした。

 

(……『織斑一夏』を、『影内一夏』の事を大切に思っている人だって、ちゃんと居るのに!!)

 

 もどかしい思いを抱きつつも、この場ではもう何も言う事が出来ずにそのまま会話へと戻っていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 鈴

 

「それで、私に話って何?」

「聞きたいことがあったの。

 でも、答えたくないならそれでもいいから」

 

 今回の参加メンバーの中の一人であるギザルトさんに、無理言って来てもらっていた。本当はこっちが頼んだ以上、私の方から行くのが最低限の礼儀だと思ったんだけど、私が行く前にギザルトさんの方から来てくれていた。

 

「別に、答えられないようなこと以外は別にいいわよ。

 で、内容は?」

「……実は、影内の事で少し聞きたいことがあるのだけど」

 

 そう言うと、ギザルトさんは少し驚いたような顔をした後にどこか納得したような顔になっていた。

 

「話せる内容は、多くないわよ」

「それでも、少しでもと思って。

 影内が師匠って言っていた人って、貴女なの?」

「違うわ。

 それは、あっちに固まっている人達の方よ」

 

 そう言ってギザルトさんが指さして見せたのは、一部で固まって何やら騒いでいる一行だった。あの中に入っていく気にはなれない。

 

「そういう訳で、私は一夏の師匠じゃなくてただの親友ね」

「親友、か……」

 

 その響きに、どうしても少しの羨望を感じてしまっていた。

 だからか、どうしてもその馴れ初めが気になってしまった。

 

「よければでいいけど。どこで知り合ったのか、教えてもらってもいい?」

「貴女、意外と遠慮無いわね」

 

 別にいいけど、とも言いつつギザルトさんは話し始めてくれた。

 

「詳しくは言えないけど、最初に会ったのは仕事の関係よ。

 本当は別の人と色々と調整する予定だったんだけど、其の人が急用が入っちゃったみたいでね。内容が内容だったから、私も我慢してたけどさ。

 一夏と会ったのは、そんな時ね。急用で少し遅れるって伝言を伝えに来てくれてたわ。ただ、そのまま待つのも暇だったから少し話し相手になってもらおうと思って、そのまま話し込んだんだけど」

 

 そこで少しだけ話を切ると、多くの想いを込めながら再度話し始めた。

 

「その時に、一夏と私は、少し似ている部分があるって分かったから。

 だからかしらね、親近感が湧いたのよ。そのことを話したら、すぐに意気投合しちゃったわ」

 

 誇らしげに、だけど何処か寂しげな雰囲気も混ぜながらギザルトさんはそれだけ話しました。

 その内容が気になった私の心情を察したのか、ギザルトさんが説明の続きを始めてくれた。

 

「まず、一夏には搭乗者としての才能があった。私も人並み以上には才能があった方だけど、それは同時に同年代の搭乗者が少ないって事でもあって……ぶっちゃけ、同年代の搭乗者として親しく話せた相手なんて相当限定されてね。一夏は、そんな私にとって数少ない気の置けない相手だった」

「……まあ、さっきの戦闘を見れば才能があったなんて分かり切っているけれど……」

 

 同じことを訓練だけでやれと言われたら、私は裸足で逃げる自信がある。

 

(ま、実際はやれるだけやってやるけどさ)

 

 そんなことを考えていた私の事を知ってか知らずか、ギザルトさんが話の続きを始めた。

 

「それと、最大の理由として……。

 そうね、これを話す前に聞いておこうかしら」

「何を?」

 

 真剣な顔で私を正面から見据えたギザルトさんの問いに、私も身構えた。

 

「貴女は、善意というものが常に誰かにとっての救いになる物だと思う?」

「思わない」

 

 即答した。これだけは、何の躊躇いも疑いも無く答えられた。

 

「私もそれは同じ想いよ。

 だから、私と一夏は同じ痛みを知っていると言えたの。それだけとは言えないけど、多分それが一番大きかったと思う。

 細かい事を言えば、一夏と私でその内容も少しは違ってたんだけどね」

「どういう所が?」

「そうね……。

 詳しく話すと一夏自身の過去にも触れないといけないからほとんど話せないけど、私は周囲の人が信じている物を全くと言ってもいいほど信じていなくて、よくて形だけ。言ってしまえば、周囲の反応を立場に関係ある時しか気にしないってところかしら。

 反面、一夏は過剰なほど周囲の反応を気にしていたの。私はそれなりに早い段階から頭角を示すことができたけど、一夏はそうじゃなかった、或いは示しても一夏自身の物にはならなかったからでしょうね。

 今でこそ大分改善されているように思えるけど、それでも自分の事を根本的なところで軽視しているような部分が見受けられるのが、ね……」

 

 そこまで少し暗い声音と表情で話していたけれど、そこでギザルトさんは一気に雰囲気を切り替えた。

 

「ま、一夏が私の親友だって事には変わりないから。

 それだけは断言できるわね」

 

 最後に、少し悪戯っぽい笑顔でその言葉を言ったその姿を、私は素直に眩しいと思った。

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

「えっと……あの……」

 

 影内の師匠だという人達と話すために近づいたまでは良かったものの、一種の異様な雰囲気に呑まれてなかなか近づけずに居た。

 

「……どうしたの?」

 

 そんな私の元に、両手に料理の乗った皿を器用に持ったアイングラムさんが来てくれた。どうやって食べてるのだろうと思ったのは完全な愚問だと判断し、そのまま聞きたかったことを聞くことにした。

 

「その……影内がよく師匠と呼んでいる人のことを話していたので、良ければ誰なのか教えていただけないかと思いまして」

「いいよ。

 ルーちゃん、呼んでる」

 

 アイングラムさんが仲介し、黒いローブを相変わらず着込んでいたルクスさんを呼んでくれた。

 

「一夏君の師匠に、会いたかったんだって」

「そ、そっか。

 えっと、剣崎さんだったよね? 一応、僕が最初の師匠って呼んでもらっているよ」

「あ、えっと……改めてですが、お会いできて光栄です。

 先の作戦を含め、諸々、お世話になります」

 

 突然の事であったために少々間抜けな返答になってしまったが、それでも会えた分は前進だと思って前向きに考えることにした。

 

「でも、ここに居る全員が師匠と言えば師匠なんだよ。

 皆、何かしらを一夏に教えていることだしね」

「許可します。

 一夏の体力関連を鍛えたのは私です」

 

 ルクスさんが苦笑とともに言った言葉に、ラルグリスさんが心なしか誇らしげに体を反らしながら答えた。

 

「……ん?

 あの、失礼ですが、もしや貴女が影内の特訓メニューを考えたのですか……?」

「ええ、そうですよ」

 

 アイングラムさんの時も思ったが、人は見かけによらないと思った。特に、影内の師匠達は。

 が、ここでそのことを追及しても仕方がないと思い直し、話題を変えることにした。

 

「先の戦闘ではお世話になりまして、ありがとうございました」

「その礼は不許可ですよ。

 それが、今回の私達の為すべきことだったのですから」

「そうね。それに、貴女もよくやっていたじゃない。

 もう少し誇ってもいいんじゃないのかしら?」

 

 ラルグリスさんの言葉を引き継いだのは、エインフォルクさんだった。そして、その言葉に、ラルグリスさんも頷いている。

 

「……過分な評価、痛み入ります。

 ですが、貴女達や貴女達の弟子である影内の方が活躍していたのも事実です。それに、影内とは普段からある程度良くしてもらっていますから。

 追いつきたいという思いも無きにしも非ずですよ」

「追い付きたい、か……。

 そう言って貰えれば、一夏も少しは自分を認めてあげられるのかな……」

 

 私の返答に対して、ルクスさんはどこか物憂げな様子で独り言のように呟いていた。

 

「……? どういうことですか?

 確かに影内が普段から言っている通り、貴女達の方が腕前は上のように思われます。ですが、だからと言って影内の腕前が認められないなどと言った理由にはならないと思うのですが……」

 

 私が特に深く考えずに上げた疑問の声に、ルクスさんたちはそれでも丁寧に対応してくれていた。考えようによっては、非礼ともとれる発言をしたのに。

 

「まず、最初に言っておくけど……。

 一夏は、凄く……自分の本心を隠すのが、非常識なほど上手だったんだと思う。あるいは……自分でも気付いていなかったのかもしれないけど……。

 だから、これから話す事は推測とかも入っているから」

 

 それだけ前置きすると、ルクスさんから話し始めた。

 

「一夏は、確かに普段は自分の命もちゃんと大事にするし、其の上で他の人も守ろうとする。けれど、それは……()()()()()()の話だったんだ。

 戦っているのであれば、其れこそ今回のような実戦の時は誰しもが命を懸ける。それが必然になると思う。

 けれど、どうしても勝ち目が無くて誰かが殿を務めて撤退しなければならないとなった時や、途轍もない戦力差の中で足止めを誰かが努めなければならないとなった時、一夏は()()()()自分の命を懸けてしまう。

 もっと要約して言うと、どうしても命を懸けなければいけない時に真っ先に自分の命を懸けようとしてしまうんだ」

「悪い言い方をしてしまえば、()()()()()()()()()()()()()使()()()()方向へとその思考を走らせてしまうのでしょうね」

 

 その言葉を引き継ぐように、エインフォルクさんが続きを話し始めた。

 

「多分、普段は釣り合っている命の天秤が、その時だけは自分の方が軽くなっているのでしょうね。

 だから、躊躇なく一番危険な場所へと踏み込んでしまう」

「私とは似て異なりますわね。

 私は未だに人の心と言うものに疎いですが、一夏は()()()()()()()()。だから、普段は私でさえほとんど気付かないほどに律することができ……引いては結果として隠せてしまう。或いは自分からですらも。

 自分の命を、どう思っているのかを」

 

 エインフォルクさんの話に続くように、切姫さんが言い放った。言葉の端々に気になる事はあったけど、其れ以上に内容が衝撃的過ぎた。

 

「実の所、私達の所属している場所は諸々の事情が重なって一夏のように腕のいい、あるいは腕の良くなる可能性が十分にある搭乗者を放っておくことができなかったんだ。

 アイツ(一夏)の腕前は知っているが……追い込まれたときの判断が、生き残る方ではなく敵を殲滅するために自ら命を懸けに行く方向へ行きがちになってしまうのが、どうしても不安を拭えなくてな」

 

 それは、おそらく影内が師匠と呼んだ人達の共通認識なのだろう。ほぼ全員が一抹の不安を感じていることが見て取れた。

 

「今までの話を聞いてもらえれば分かると思うけど、僕は多分、一夏が言うほど出来た人じゃない。本当に出来た人なら、早々に一夏の精神的な問題を見つけて、諭していただろうから。

 今回のように、事前にちゃんと準備できるのならまだいい。けれど、どうしても緊急での対応が必要な時があるから、不安は残る。

 それでも、できる限りは一夏の助けになるよ。それが、一夏に師匠って呼んでもらった人の、最低限の責務だと思うから」

 

(……ああ、これは確かに尊敬に値する相手だな)

 

 優秀ではあったが人間ができていなかった人、というのを二人ほど知っている。だからと言うわけではないだろうが、この人達が真剣に影内個人の事に気を配っていることがなんとなくわかった。

 

(私も、今この瞬間は友人でいさせてもらっていることだしな。

 一夏の時の後悔は、もう二度とごめんだ。なら、私もできる限りは……)

 

 話を聞き、心の中で一つの決意を固めていた私もいた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「先の戦いぶり、凄まじい物でしたわね」

「元々、あれが俺の役割だしな。

 それに、俺よりも師匠達の方が凄まじかっただろうに」

「だからと言って、貴方の戦いぶりが無かったことになるわけでもないでしょう」

 

 オルコットが来てから、少しばかり話し込んでいた。

 相も変わらず、それこそ俺よりも腕前のいい人(師匠)達の戦いぶりを見ているにも関わらずだ。

 

「評価してくれるのは素直に嬉しいが、まだまだ手放しで喜べもしないのでな」

「ストイックというか、謙遜が過ぎるというか……。

 だからこそ、貴方ともう一度戦いたいのですがね」

 

 そこまで言ったところで、オルコットの表情が変わった。その顔には、静かながら同時に内側で闘志の炎に薪をくべていることが容易に分かる表情を浮かべている。

 

「影内さん。

 今度、よろしければ《アスディーグ》の方で、私と試合してくれませんこと?」


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