IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第四章(21):後始末

Side ラウラ

 

「……ここは?」

 

 奇妙といえば奇妙な夢から覚めた時、そこは見知らぬ白い天井だった。所々にある黄色が単調さを感じさせずに、小奇麗な印象を醸し出している。

 ただ、独特の薬品の臭いは誤魔化しきれていない。そして、それがここが何処であるかを推測させた。

 

「……医務、室?」

「気が付いたか」

 

 声を掛けられ、そちらへと顔を向けようとした時、激しい痛みに襲われて呻き声をあげてしまった。

 

「無理をするな」

 

 その声は、聞き間違えるはずもない。織斑教官の物だった。

 

「全身への過度な負荷が原因の疲労がある。

 ただ、思ったほど外傷は酷くないから暫く寝てれば直によくなるそうだ。そういう訳だから、寝てろ」

「何が、起きたのですか……!?」

 

 先ほど言ったことも嘘ではないのだろうか、おそらくは本題を避けるための誤魔化しという部分も含んでいるだろう。

 だが、今回ばかしは例え織斑教官にその気が無くても聞かなくてはならない。故に、多少は無理をすることになったとしても、上半身を起こして正面から見据えた。

 

「……一応、機密事項扱いだ。

 其のことを頭に入れておけよ」

 

 言われるまでもない。

 元々、私は軍人だった。機密など両手で数えられないほどには持っている。

 

「《VTシステム》は知っているな」

 

 その問いかけに、頷いた。

 アラスカ条約の締結以前、()()()()()()()()()使()()()をするために今は《シュヴァルツィア・レーゲン》となっているコアに搭載されていた時もあったからだ。

 

「はい……。

 過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣するシステムだったはずですが……」

「そう、アラスカ条約によって研究、開発、使用、そのいずれも禁止されているシステムだ。その改造版らしきものが、お前のISに組み込まれていた」

 

 言葉が出なかった。

 いや、薄々は予想していた。だが、改めて現実を直視すると気が滅入りそうだった。

 

「巧妙に隠されていたがな。

 機体のダメージ、操縦者の意志……むしろ、願望だな。それらを起動キーとして、起動するようになっていたらしい。近く、委員会も含めた合同調査がドイツに入る」

 

 願望、と聞いて俯いた。

 あの時は精神的に追い詰められていたことも手伝って、半ば錯乱していたように記憶している。だが、そこで何を願ったかは鮮明に覚えていた。

 

「……私が、願ったからですね」

 

 隊長として、強くあろうとした。

 そのために、どうしたら良いのか。その答えが、欲しかった。

 でも、分からなくなって、探し求めて、切望して、焦って――――――見失った。

 

(……その集大成が、あの醜態か)

 

 もはや何のために強くなろうとしたかも忘れ、挙句の果てに「自分ではない別の誰かになる」などと言う方法を選択した。

 

(全く……これでは、付ける薬も無いか)

 

 そうして、自虐的な方へと思考が傾きかけた時だった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、ハイ!?」

 

 突然、織斑教官が声を張り上げて私の名前を呼んだ。思考が追い付かず、返事した私の声は自分でも分かるほどに裏返っている。

 

「お前は、誰だ?」

「……」

 

 答えられなかった。

 ここで、「ラウラ・ボーデヴィッヒ」というのは簡単なのだろう。だが、それでは何かを間違えたままになりそうな、そんな恐怖にも似た感情があった。

 

「答えられないのなら、今からお前は「ラウラ・ボーデヴィッヒ」になれ。

 どうせ、後約三年ほどはこの学園に居るんだ。ゆっくり見付けるといい。それと、私にも責任はあるだろうし、気が向いたら来るといい。出来る限りは協力しよう。

 ……今度は、ちゃんと見つけろよ」

 

 そこまで言うと、織斑教官は医務室から出て行った。

 後に残ったのは、言葉も出なくなった私だけだった。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

 会議の後。私たちは、更識さんに呼ばれて生徒会室に行っていました。

 理由は簡単で、あの神装機竜《ヴィーヴル》に関することと、今後の活動方針について、だそうです。

 

「生徒会と協力者の皆さん。

 この度は、本当にありがとうございました」

 

 まずは今回の協力に関して、始まる前にお礼を言っておきましょう。

 彼女の協力が無ければ、今回の一件は恐らく人的被害も出ていたことでしょう。

 

(『VTシステム』……説明を聞いただけでも相当に嫌悪感のある代物ですが、それに神装機竜を重ねた。

 おそらく、これをやった人は機竜についても造詣があるはず。となれば、私たちとしても無視できませんね)

 

 さらに、今回の一件で無視し得ない事実が出てきました。

 フランスの一件も含めて、今後は先行調査ではなく、近いうちに本腰を入れた対応になるかもしれません。

 

「気にしないで。むしろ、お礼を言うのはこっちなのだから。

 ……だけど、いくつかは聞かせてもらうわよ」

「ええ。答えられる範囲でしたら、どうぞ」

 

 幾許か、いつもよりは鋭い視線で問いかけられました。

 ですが、それも想定の範囲内でしょう。特に、今回の事件とその後の会議の内容を含めて考えれば。

 

「まず、最初に確認しておきたいのだけど……貴女達の機体、本当に絶対防御が付いてないの?」

「付いていない、というのは言いすぎですね。

 厳密には、例の化け物に抗いうる出力状態の時だけ、機能しなくなるだけです。それに、防御障壁が展開されていますから無防備ではありませんよ」

 

 私の返答に、更識さんは顔をしかめました。そして、それは同席している学園長や、他の生徒会メンバーもです。あの布仏本音さんまでもが同様でした。

 そのまま少し思案した更識さんは、再度、話し始めました。ただし、それは一夏に向けた物みたいです。

 

「影内君。

 会議中も言われたらしいけど、本当にその機体で大丈夫なの?」

「ええ。

 会議中にも言いましたが、個人的にも気に入っていますから。それに、あの化け物共を相手取るとなると()()()()()()を気にしている余裕なんてありませんし」

「……その程度の事、ね」

 

 更識さんが軽く引いているようにも見受けましたが、それはこの際気にしなくていいでしょう。

 

(しかし……こちら側の人たちは、随分と『絶対防御』を信頼しているみたいですね。

 確かに、有用な防御手段ではありますが)

 

 有用な防御手段であることには同意せざるを得ませんが、だからと言ってそればかりを信頼し頼るのは過信と言わざるを得ません。

 現に、一夏が受けた授業の中でもそれを貫通し得る手段が存在することは確定しているみたいですし。

 

(そうでなくても……原理は不明ですが、幻神獣(アビス)の攻撃も貫通するのはシャルロットさんの話からほぼ確定していますしね。

 まあ、それでもやるべき事に変わりはありませんが)

 

「ともかく……貴方たちがそれを了承しての上の事なら私たちとしてもこれ以上何かを言う気はないけど。今後は、その事も考慮して行動予定を立てていくわ。

 影内君や、今回協力してくれたフィルフィさんに万が一の事があってほしくは無いし」

「との事ですが……一夏?」

 

 横目で軽く見ると、穏やかな笑みを浮かべている一夏が視界に入ってきました。

 どういう意味かにもよりますが、一夏の事ですから、彼女たちの事を好ましく思っての事だったのでしょう。

 

「お心遣い痛み入りますが、これまで通りでも問題ありません。

 それに、こちらとしても為さなければいけない事があります。そして、それは貴女達の方針とも一致しているはずです。ですので、今まで通りで構いませんよ。そちらに問題があるというのであれば此方から口出しをする気はありませんが」

 

 そこまで言うと、一回話すのを止めて相手の反応を待っていました。

 一方、更識さんは何とも言い難い微妙な表情になっています。学園長は学園長で難しい顔で唸っていますし。

 

「君たちの好意は、有り難く受け取っておく。

 だが、此方にも守らねばならない一線というものがある」

「そういう事ね。

 確かに、貴方達に頼らざるを得ない現状ではあるけれど……でも、貴方達に過剰な負担をかけてしまうのは、本末転倒だしね。十分な休息も含めたスケジュールとか、後は周辺の警戒とか……今後は、より一層気を付けないといけないかしらね」

 

 学園長が厳しい顔で言い始め、更識さんもそれに同調しつつより実務的な側面から話をしていました。

 ですが、その内容はむしろ安心できるものだったことは、純粋に良かったと言うべきでしょう。

 

「気に、し過ぎないで」

 

 そして、私たちの中で最初に話し始めたのは、少々意外でしたがフィルフィさんでした。

 

「そうですね……。

 元々、私たちは『戦力』を提供する。そういう取引でしたし、私たちとしても本当に対応できないような事態に陥った際に進言しますので、その時に最大限の配慮をしていただければ十分ですよ」

「俺としても同意見です。

 それに、先程の学園長と更識会長の発言は十分信頼できそうなものでしたし」

 

 フィルフィさんに続いた私の言葉に、さらに一夏も続いてくれました。

 そして、この反応を見た更識さんが少し意外そうな表情になっていきます。

 

「それは、どういう意味かしら?」

 

 ほんの少しの不信感も混ぜて、更識さんは私たちの方を見据えてきました。

 

「単純に、貴女達がこちらの事情を考慮したからですよ。

 もし、絶対防御の付いていない機体であると聞いた時に、『自分たちの機体でなくてよかった。私たちの懐は傷付かない』とでも言う反応を少しでも見せれば、こちらも取引相手以上の信用はしなかったでしょう」

「ですが、更識会長達は此方の命まで考えて行動する方向へと舵を切った。これは、個人的にも信頼し得る対応なのではないかと考えたのですよ」

 

 私たちの返答に、更識さんは少し不本意そうな表情になりました。

 

「貴方達にとっては取引相手でしかないのかもしれないけど。

 でも、命を懸けて戦ってくれている相手を蔑ろにするほど人間として腐った覚えもないわよ」

 

 少し拗ねたような口調のその言葉にに、思わず笑みが零れかけました。それは一夏とフィルフィさんも同じみたいで、少しだけ笑みの形へとなっています。

 そのことに気付いたのか、更識さんの顔が赤くなり始めました。

 その様子を少しの間微笑ましく見守っていたうちの一人が、いい加減会議に進展をもたらすためか、話し始めました。布仏虚さんです。

 

「さて。それでは、アーカディア様。

 依頼していた機体解析の件はどのように?」

「具体的には、まだ何とも言えませんが……基幹的な技術はほぼ私たちの物と同一ですので、何らかの形で盗用されたと考えていいでしょうね。

 それについては、私たちの方でも調査します」

「それ以外の面では?」

 

 重ねられた質問に、すこしだけ顔をしかめました。

 それだけ、この《ヴィーヴル》と言う機竜には非人道的なものが搭載されていたためです。

 

「最初に言っておきますが、細かい製造元等についてはほぼ記録が無かったため分かりませんでした。ですが、性能面ではある程度の事がわかったため、それを述べさせていただきます。

 まず、《ヴィーヴル》は基礎性能的には私たちが運用した《アスディーグ》とフィルフィさんの機体には及びません。ですが、優れた索敵性能や光学迷彩機能など、特種装備に優れているようです。主兵装として大型の剣と小型の剣が搭載されていますが、それ自体は非常に強固であることを除きこれといった特徴はありませんね。

 ですが、《ヴィーヴル》には直截的な戦闘力を大幅に引き上げる、そういう機能が付加されていました」

「……具体的には?」

 

 更識さんの問いに、頷いてから答え始めます。

 

「《ヴィーヴル》には、大きく分けて二つの特殊装備と、単一使用能力と思しき能力があります。

 一つ目は、《幻惑の宝玉(ファスネイト・クリスタル)》。簡単に言うと、使い手の脳に作用して一種の強力な暗示、催眠状態に陥らせる装備ですね。これにより、一時的に精神を異様な状態にすることで、精神が無意識にかけている肉体の制限を強制的に外し、同時に負担を認識させなくするみたいです。

 二つ目は、《狂気誘う至宝(トレジャー・マドネス)》。こちらは先程とは逆に、機体の方の制限(リミッター)を強制的に解除することで機体性能の限界、あるいはそれ以上を引き出すための装備みたいです。ですが、その反動として、機体の方には自壊の危険性が付き纏うみたいですが。

 そして、最後。単一使用能力と思しきものですが、名前は《宝玉の守護龍(バーサーク・ドラグーン)》。これの能力は単純で、一時的に激烈な再生能力の付与を行うものです。ですが、その間、使用者にかかる負荷は常軌を逸する物みたいですが」

 

 その意味に、真っ先に気付いたのでしょう。更識さんとフィルフィさんがそれぞれに表情を変えていきました。他の人たちも、少し遅れてその表情が概ね悪い方向に変わっていきます。

 

「統括するのであれば……。腕が折れるくらいの力で剣を振れ、脚が砕けるくらいの力で動け。砕けても全て再生能力で清算するから。

 こんな所でしょうか」

 

 私の言葉に、解析に携わった私と一夏以外の人は、言葉も無くなっているようでした。フィルフィさんは怒りによって、他の方々は青ざめた表情になって。

 

「控え目に言って……嫌悪感しか抱きませんね」

 

 私の言葉に、その場にいた全員が頷いていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side ラウラ

 

 時間の経過を、傾いた日だけが伝えてくれていた。

 

(私は……)

 

 いつまで経っても答えの出ない問いを抱えながら、ただ寝ているだけだった。

 少なくても、体の調子そのものは良くなっているように思う。派手な外傷は無く、内蔵等も不思議と致命的な傷などは無かったみたいだった事。そして、元々体内に医療用ナノマシンを持っていたことなどが原因だろう。

 

  コンコン

 

「……? 誰だ?」

 

 そうして、取り留めも無い思案に耽っていた時だった。不意に、ノックの音が聞こえた。

 特に深く考えることなく返事を返した時に聞こえてきた声は、意外な人物の物だった。

 

「入っても構わないか?」

 

 聞こえてきた声は、つい数時間前まで対立関係と言ってもいい関係だったと思っているだけに、意外な来客だったと言うべきだろう。

 

(……いや、影内は最初から相手になどしていなかった。

 相手にしたのは、私が彼の友人たちを襲撃し、彼にとっての大恩ある師を侮辱した時からだったな……)

 

 冷静になって見直してみれば、一層と愚かしさを自覚した。

 が、ここで何時までも返事をせずに待たせておくのも望ましくない。

 

「構わない」

 

 それだけ返事を返して、部屋へと入ってもらう事にした。

 直後、プシュ、と空気の抜ける軽い音が鳴って扉が開く。その先には、影内が佇んでいた。

 

「怨み事と侮蔑、どちらだ?」

「別にそんな時間の無駄にしかならない事をするために来た訳じゃない。

 それよりも、容態は?」

 

 私の自虐にも似た軽口にも取り合わず、当たり障りのない話題を振ってきた。

 

「過度な負荷が原因の疲労だそうだ。

 安静にしていれば直によくなる、とも」

「そうか……。

 まあ、後遺症になるような傷が残らなかったことは不幸中の幸いか」

 

 そのまま少しの間、無言の時間が続いた。

 

「……気を失っている間、少し、昔の事を思いだしていた」

「昔の事?」

 

 だが、その中で私はどうしても聞きたくなったことがあり、そして実行に移していた。

 

「昔の……織斑教官に出会う前の事と、出会ったばかりの頃の事。そして、出会った後の間もない頃の事だ」

 

 それから、なぜだかは分からないが、当時の事を語り始めてしまった。

 だが、影内は嫌な顔一つせず、むしろ所々で語り口に詰まっている私に対して上手い具合に言葉尻を掴まえ、時折軽い質問を交えながら聴いてくれていた。

 もしかしたら、能動的にここまで話したのは、初めての事かもしれなかった。

 

「……そして、気が付いたらあの醜態を晒していた、というわけだ」

 

 そして、最後の締めとして今回の事も踏まえた自身の醜態を特に気にすることも無く語った。そもそもとして目の前にいる人物はその醜態を晒した私を間近で見ており、なおかつ切って捨ててみせた猛者なのだ。今更、取り繕う事も無かった。

 

「……なんだかな。

 少しだけ、親近感が湧いてくる」

「……な、に?」

 

 だが、其の猛者の口から放たれたのは意外に過ぎる言葉だった。

 その不可思議さはそう間を置かない内に興味へと変換され、私の口からそのまま問いかけとなっていた。

 

「どういうことだ?」

「……俺には、師匠と呼んだ人達がいる。それは、話したよな」

「ああ」

 

 自分が小突いた内容なだけに、よく覚えている。

 

「その師匠達に、幾つかの技も教えてもらった。

 お前に見せた強制超過(リコイルバースト)も、その一つだな」

「そういえば、言っていたな。

 『最弱』と呼ばれた人が生み出した奥義が一つだ、と」

「ああ。

 ただ、そうして色々と教えてもらいはしたんだが……一時期、伸び悩んでいてな。あの時は随分と悩んで、迷走したよ。思えば、あの時に今も使用禁止になっている技を生み出したりもした」

 

 この台詞に、私は二重の意味で驚いた。

 

「お前ほどの人間が、悩んでいた……?

 しかも、使用禁止を言い渡された技があるだと!?」

 

 これは私にとって衝撃でしかなかった。

 自分の事を過剰に信用する気は今は無いが、それでも目の前のこの男が臂臑式なまでの実力を持っていることは確信している。にも関わらず、禁止を言い渡された技が存在している。

 しかも、この男が弱かった頃というのもそれはそれで想像が出来なかった。

 

「何、俺も所詮()()()()でしかないということだ。

 それに、誰でも最初は弱いものだろう? それこそ、例外でもない限りはな」

「……そうだと頷きたいが、今はお前も例外に思えている」

「買い被りだな」

 

 私の話を、ただの一言で否定した影内は「話を戻すか」と繋げて言った。

 

「そうして暴走して、その時に物理的にも精神的にも止められたりしたんだ。痛い目も見た。

 けど、その時に一つ、大事なことを教えてもらったと思う」

「大事な、事?」

 

 私の言葉に、大事な思い出を傷つけないように慎重に言葉を選びながら、話してくれた。

 

「直接言葉にしてもらったわけじゃないんだがな。

 力を持つには、それ相応に強い心が必要だって事。そうじゃないと、安直に強い力や結果ばかりを求めるようになって、結局、本当に欲しかった何かや成し遂げたかった何かを忘れてしまう

 心が力に、負ける。それだけは、あってはならないって言う事。それを、学ばせてもらったように思う」

「……私は、心が力に負けた側の人間、という事か」

 

 影内は何を言うでもなく、頷いた。

 だが、それで終わりにはしなかった。

 

「俺も、一度どころじゃなく何度も間違った。だけど、その度に止めてくれる人や、正してくれる人がいた。そして、強くなる理由をくれた人もいる。

 お前は、どうだ?」

 

 影内の言葉に、ようやくもう一度見つける事のできた答えを言おうとした。

 

「部下になってくれた人たちのために、強くなりたかった。

 だが、どうやって強くなればいいか分からなくなって……焦って……見失った」

 

 だが、口から出たのは後悔の言葉だった。

 そんな私の情け無い様子を一切笑う事無く、正面から真剣に見据えて言い放った。

 

「なら、もう大丈夫だろう?」

「……え?」

 

 疑問の声を上げた私に、少しの微笑みを混ぜながら真剣な顔で影内は答えてくれた。

 

「俺も、嘗ては間違ったから言わせてもらうが。一度間違うと、次間違えるのが怖くなる。だからこそ同じ間違いを犯さないようになる。だけど、その傷跡は残り続ける。

 皮肉な話かもしれないが、転んで出来た傷跡が俺を強くしてくれた。重ねた後悔の数だけ間違いに気付けるようになった。

 特に、俺のような凡人かそれ以下にとっては尚更だったんだよ」

 

 そのセリフを聞いて、私は俯いた。

 自分の事を必要以上に卑下しているように感じるが、同時に言葉の端々に敬意を感じられる。誰に対しての物かなど、言わずもがなというものだろう。

 そんな私の様子を見て、何を思ったのか、影内は再度、私へと話し始めた。

 

「そうだな……。

 一度、お前の部下たちと話したらどうだ? 今まで、ずっと分からなかったことも含めて」

「隊長に推薦した理由か……。

 だが、今となっては手遅れだろう。私の《シュヴァルツィア・レーゲン》には《VTシステム》が搭載されていた。最悪を想定するのであれば、私ごと事実を『無かった事』にするかもしれない」

「ならば、尚更だ。

 最後の挨拶くらいは済ませておいた方がいい。()()()()()()()()()()()前に、な」

 

 影内の台詞を聞いて、逡巡した。

 だが、影内はそんな様子の私へとそれ以上言う事は無く、時計を横目で見ると席を立った。

 

「さて、思っていたよりも長居してしまったし、もうそろそろおいとまさせてもらう。

 お大事に、な」

 

 それだけ言うと、もう話す事は無いと言わんばかりに医務室から出て行った。

 

 

 それから暫く考え込んで、私は軍の秘匿回線へと接続できる支給品の通信機を手にしていた。

 だが、それを押す手が震えていた。体の症状とは全く別の意味で。

 

 さらに暫くして、震えながらようやく番号を押すことができた。通信先は、自身の副官でもあるハルフォーフ大尉の物。

 

『隊長ですか!?』

 

 通信が繋がるまでの時間を考慮すれば、向こうはほぼワンコールで出たであろうコール時間の短さだった。

 

「……ああ」

 

 短く、それだけ返事した。

 

(まだ、私が隊長だったのだな……)

 

 ほんの少しの感慨を覚えつつ、つぎの言葉を口にしようとした。だが、それよりもはるかに早く、ハルフォーフ大尉の

 

『隊長、そちらで隊長の《シュヴァルツィア・レーゲン》が《VTシステム》を起動したと聞きましたが……』

「ああ、そうだ」

 

 何も躊躇う事無く、ただ淡々と述べた。

 

『その……もう通信為されているという事は、ある程度回復したと推測いたしますが、お体の調子の方は?』

「まだ本調子とは言えないが、大分マシだ。

 それよりも……大事な、話がある」

『何でしょうか?』

 

 息を呑む音が聞こえ、少しの間、沈黙が訪れる。

 

「……私は、今回の一件で恐らく隊長職を、というよりは軍を追われることになるだろう。

 そこで、次の隊長になるのはお前ではないかと考えている。だから――」

『絶対に認めませんよ!』

 

 私の言葉を途中で遮り、ハルフォーフ大尉が大声を張り上げた。

 

『いいですか?

 隊長がご自身で辞退なさるご決断を下されたならともかく、証拠隠滅のために望まずに辞めさせられるなど私たちが断固阻止します!

 私たち黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊長は、ラウラ・ボーデヴィッヒなのです! そのことを、忘れないでください!』

 

 そこまで言うと、『動きがあったみたいなので、失礼します!』とだけ言われて通信が切られた。

 暫く呆けていた私は、頬に冷たい感触を感じた。

 

「……涙?」

 

 悲しいわけでもないのに、涙が出ていた。次いで、嗚咽が漏れ出る。

 

 

 ――嬉し涙と言うのだと知ったのは、暫く後の事だった。


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