IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第四章(20):過ちの生まれた場所

Side ラウラ

 

(ここは……どこだ……)

 

 激しい頭痛の中で、意識が僅かに覚醒した。

 未だ朦朧としてはいるが、それでも現状を認識して、まだ自分は眠っていることを自覚した。

 

(私は……IS学園にいたはず……だが、ここは……)

 

 見慣れた景色だった。

 一時期は、通い詰めていた場所だったのだから。

 

「ドイツの、基地の……訓練場……」

 

 まだ私が優等生だったころ、そして、其の後に劣等生になってからも、通い詰めた場所。

 そして、その中には、黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の部下の姿もまばらに映っていた。

 

「……この頃は、まだ共に訓練に励んでいたな」

 

 私がまだ、教官と出会う前の事だった。

 

 元々、遺伝子強化試験素体(アドヴァンスド)として生み出された私は、軍人として十二分な存在であることを求められた。

 その中でも、ISの登場以前はそれ以前のほぼ全ての主力兵器に適合できたために前線指揮官としての役割りを求められ、私はその任を負った。

 軍人として、振る舞った。乱れた規律を正し、他の隊員たちの指針となり、率先して腕を磨き、統制のとれた実力ある部隊の一員になろうと努力した。

 

 だけど、それもISの出現と同時に一度は終わりを迎えた。

 私が、ISに適合できなかったから。

 

 ISの性能をより引き出すために、私の瞳には《越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)》が移植された。人体に埋め込む擬似ハイパーセンサーとでも呼ぶべき其れは、適合さえできればISへの適性を大きく引き上げることができるとさえ言われた。

 だが、結果は散々だった。私へと移植された《越界の瞳》は機能不全を起こし、事実上制御不能に陥った。しかも、そのせいで左目は普通の眼としては使えなくなり、日常生活にも支障をきたしたため常に眼帯をしなければいけない始末。

 もはや、この金色の瞳は私が落ちこぼれとなった証左でしかなくなった。

 

 私は交代部隊員に降格された。当然といえば当然の結果だった。

 

 だが、それでも休むことは許されないと、せめて、練習を続ける姿と、態度だけでも模範的な軍人であろうとした。

 どのみち、私にはここ()以外で生きていける場所などないのだから。

 

 だけど、成績の低迷の一途をたどるばかり。どう足掻いても結果はついてこなかった。

 

「すいません、隣で訓練してもいいですか?」

「私は構わない」

 

 短いやり取りをしていただけで、隣で練習をしていた隊員とそれ以上話すことは無かった。ただ、互いに黙々と訓練を続けただけ。

 それが、何日か続いた。シミュレーションを欠かした日は無かったし、出来ない日は別な訓練をした。その度に、なぜか誰かが近くにいる事が多かった。

 

(……そう言えば、あの頃は誰かと一緒に訓練をしていない日の方が少なかったな)

 

 別に一緒に訓練をしたから成績が上がったという事は無かったが、一人でやるよりは幾分、身が引き締まるような思いだったのは確かだった。

 どのみち成績は最底辺だが、それでも欠かすことなく訓練を続け、態度だけでも模範的であること。それだけが、あの時の自分にできた事だった。

 同時に、一緒に訓練をするようになっていった何人かの隊員から、相談事や愚痴といったものも聞くようになっていった。特に気の利いた事が言えたわけではなかったが、それでも無下にする理由もなかったので付き合った。たまに消灯時間ギリギリになる時もあったが、それはそれでいいかと思ってた。多少は注意されたが、それ以上に至ることは無かったのだし。

 同僚同士でのいざこざが発生した時に、仲裁に行った時の風景が映った。行ったら大体私に矛先が向き、適当に受け流していると其のうち終わるので気に留めるような事でもなかった。それで訓練時間などが確保できるのであれば、それは喜ばしい事だったのだし。

 だけど、私自身は、こんな日々の中で、当たり前のようにできる事しかできない自分に、無力感だけが募っていた。

 

 そして、そんな中で決定的な事件が起きた。

 私達の所属する黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)が、ドイツで開催されることになった第二回モンド・グロッソの警備を担当することになった。

 私は成績が低迷していたのもあって後方の基地で待機を命じられていた。不測の事態が来た時のためとのことだったが、あの頃の黒兎隊の中から選抜されたメンバーはその時の最精鋭と呼べる隊員達ばかり。加えて、あの時の会場には世界最高峰のIS操縦者たちが集っていた。

 その中で問題が起こるなど、考える人間は少なかっただろう。それに、起こることを想定していた人間でも、最悪の手段としてISによる力押しでの解決という手で何とかなると考えているものが少なくはなかった。

 同僚たちのそれに関しては何度か注意したが、もとより実力の側面で大きく劣っている人間が言ってもさして説得力は無かっただろう。それでも、それなりに真剣に頷いてくれた同僚がいたのは幾許か安心できたことだった。

 だが、それも数時間後に崩れ去ることになる。

 

 誘拐事件の発生と、それを誘拐された当事国である日本が一切報告せずにほぼ見捨てる形で放置したこと。

 

 完全に予想外の事態だった。特に、報告さえ無かったというのは。

 其のことが知れ渡ると同時に、直ちに基地で待機していた黒兎隊の隊員達にも情報収集の側面での補助を行うよう命令が出された。無論、私も参加した。私自身、直接的なIS運用能力は低かったが、それでもそれ以外の方面では()()()()()優秀だったからだ。実際、捜索対象の監禁場所は私が推測した場所だった。

 その行動を行っていく風景の中で、捜索対象とその名前も、思い出した。

 

(名前は、織斑一夏……だが、この顔は……)

 

 ふと激しい既視感に襲われ、やがてその正体に思い当たった。

 

(そう言えば、影内と随分似ているな……)

 

 影内の顔をいくらか幼くしたら、こんな感じだろうか。そんな顔だった。

 だが、そこまで認識した所で急激に風景が切り替わっていった。それは、事件の報告でのこと。

 

「ひ、被撃墜率……70%以上……っ!」

「あ、ありえない……こんなの、ありえない!」

「…………」

 

 私と他の黒兎隊の同僚たちは、顔面蒼白となっている()()()()()()()()()()となった隊員のうちの一人から報告を受けていた。

 そこで語られた内容は、もはや悪い冗談にしか思えない物だった。だが、報告を受ける直前に見た重症の隊員と、それ以前の通信から聞こえてきた悲鳴が現実であることは静かに物語っていた。

 その時、叫び声をあげたり恐慌状態に陥ったりする隊員が居なかったのは、不幸中の幸いだった。だが、顔面蒼白になっている隊員は決して少なくは無いので、多大な悪影響は与えていたことだろう。

 

 再び、景色が切り替わった。

 

 この事件の時、選抜された隊員の多くが重症となったために部隊は再編を余儀なくされていた。そして、その時に私にとって予想外の事態が発生した。

 

「私が、隊長……ですか?」

「うむ、そうだ。

 異論は無いな?」

 

 黒兎隊も所属している基地の指揮官から告げられた、意外な内容。

 だが、どうしても聞かなければならない事があると。この時は、ただそう感じていた。

 

「……質問の許可を頂けないでしょうか」

「いいだろう。内容は何かね?」

 

 私の返答に、特に表情を変えるでもなく指揮官は許可してくれた。

 

「なぜ……私が、隊長なのですか?」

「他の隊員たちからの強い推薦があったからだ」

 

 やはりあまり表情を変えずに、指揮官は答えてくれた。

 だが、それでも私の疑問は深まるばかりだった。

 

「さて、以後は君の副官にハルフォーフ大尉が付く事になる。

 今後は書類仕事も増えていくことになると思うが、よろしく頼むぞ」

 

 それだけ言うと、もう話すことは無いとでもいうように椅子に深く座り直していた。今現在の部隊の状況を考えれば、心労が溜まっているのだろうと容易に推測できた。

 部屋を出ると、すぐに見知った顔が現れた。それまでも何度か交流があった同僚だが、今の私の成績では逆立ちしても勝てない事はよく知っていた。

 

「よろしくお願いします、ボーデヴィッヒ隊長」

 

 その呼び方に、激しい違和感を覚えた。

 むしろ、ハルフォーフ大尉の方が適任なのではないかと。私はどう足掻いてもISの実機訓練の成績が足りていないのに対し、彼女はその成績も十分。一部の隊員からは階級ではなく親しみを込めて「お姉さま」などと呼ばれてもいる。加えて、彼女はあの時の誘拐事件の際の数少ない無傷の生存者の一人。

 実力とそれを証明する実績、そして隊員たちからの信頼。理想的な隊長なのではないかと――

 

「……いちょう、ボーデヴィッヒ隊長。どうされましたか?」

 

――そこまで考えて、何度か呼びかけられていたことに気付いた。

 

「いや……何でもない。

 これからよろしく頼む、ハルフォーフ大尉」

「は、隊長!」

 

 それからしばらく、互いに無言で歩いてた。

 隊長室で今後の指針を話すためだが、その道中でついに聞いてしまった。

 

「……なあ、ハルフォーフ大尉」

「何でしょうか?」

「……お前は、不満は無いのか?」

「……? 仰られる意味がよく分かりませんが」

 

 表情を見るに、本当に分かっていないらしい。だから、続けた。

 

「私が、隊長になったことだ。

 こういう言い方も本来あまり良くないが、私もそれなりに自身の成績は理解しているつもりだ。だからこそ――」

「隊長、何故ご自身が隊長に任命されたかはお聞きになりましたか?」

 

 唐突に、ハルフォーフ大尉が聞き返してきた。

 だが、それ自体は既に指揮官から聞いている。

 

「ああ。他の隊員からの推薦があったとのことだったが……」

「私も、推薦した者の一人です。

 その私が隊長に対して不満を持つなど、ありえません」

 

 その言葉を言い放った時の顔は、大真面目だった。

 

「……そうか」

 

 それだけを返答し、それ以降は私の就任に関する会話はしなかった。

 だが、疑問が尽きたわけではない。

 

(なぜ、私だったんだ? ……ハルフォーフ大尉)

 

 だが、個人の疑問など今は重要なものではない。

 隊長室に付いてからは、その時様々な面で再編を余儀なくされていた部隊の再編成を進めつつ、自身の執務もこなしていく。同時に、それまでと同様に他の部隊員の起こした問題も片付けていく。

 それだけが、その時の自分に出来た唯一の事だった。

 

 やがて、そんな無力感を深めていた日々も終わることになる。

 臨時教官として就任した、織斑千冬教官の手によって。

 

 それまで最底辺だった成績が、劇的に改善した。それも、基本としか言えないような訓練の積み重ねだけで。

 教官の課した訓練を忠実に熟せば熟すほど、私の成績は良くなった。右肩上がりの、劇的な改善だった。これは私に限ったことではなく、部隊全員の成績が大小の差異こそあれど上がっていた。

 その状況に、私はある種の希望も見出していたと思う。私自身の事もそうだが、それよりも部隊の事に関して。

 あの事件以後、部隊には常に不安が巣食っていた。元々が軍人と為るべくして作られ、今は最強の兵器と謳われているISの運用部隊としての側面が強いのが「黒兎隊」の現状だった。だが、その前提である「I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時に、果たして自分たちはどうなるのかと。そうでなくても、そのISを倒しうる存在が現れた時に、果たして自分たちは生き残れるのかと。

 だからこそ、其の疑念を否定しうる事実(自身達の成績の劇的な向上)へと、縋るような思いで飛びついていた。

 

 私も、その中の一人だったと思う。特に、部隊を纏める立場(隊長)という責任を負っている以上、隊員たちが不安に駆られながら日々を過ごしていくのは好ましくない事だと考えていた。

 だから、聞いた。強くなるにはどうしたらいいか、その答えが知りたかった。そうして、より強くなれば。隊員たちに無意味な不安など抱かせることも無くなるのではないかと思って。

 

 だけど、織斑教官は自身の強さを否定した。だから、分からなくなった。わからなくて、強くなるための答えを探そうとして、ただ闇雲に訓練をするようになっていった。

 その時の訓練風景が映し出されたときに私が見たのは――訓練場で、一人だけで訓練をしている私の姿だった。劣等生だったころのように、或いはISの登場以前のように、誰かと訓練している場面を見かける事は無かった。

 

 そして、再び景色が暗転した。今度の景色は――織斑教官と対面し、どうして、強いのかと聞こうとした時の事だった。

 その記憶の中での、嘗ての私は――

 

「私は、部下達のために、強くなければいけないと考えています。

 だから、教えてください。貴女が、どうやって強くなったのかを」

 

――そう、言っていた。

 記憶の中の私は、確かにそう言っていた。

 

「……あ」

 

 ようやく、気付いた。いや、思い出した。

 私が強くなりたかったのは――

 

「あ、あアアあぁあぁぁぁぁ……あアァァァァッぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!!?!??!」

 

――部下となってくれた、人達のためだったんだと。

 強さの証明とかは、本当は手段だったんだという事に。

 

 

(私は、最初から……間違えていた?)

 

 

 過ちを明確に認識し、吐き気の様な物に襲われそうになった。咄嗟に手で覆った口からは嗚咽が漏れかける。同時に膝から崩れ落ちた。

 

 

『――――お前が、もう一度立ち上がることを信じている。

 だから、もう一度……私を、正しく使え』

 

 

 最後。顔もよく見えない誰かの声が響いた気がした。

 そのまま、私の意識は急激に遠退いて行き――――。

 

 

―――――――――

 

 

Side 千冬

 

「さて……揃いましたか。

 それでは、これより会議を始めます」

 

 呼び出された面々全員が揃った事を確認し、轡木学園長が告げた。

 

「まず、今回の事件の経緯の説明を……織斑先生、お願いします」

「はい」

 

 まず、経緯の説明から入り、今回の事件の大筋の説明から入っていく。

 

「今回の事件が発生したのは、第三アリーナ。影内、更識ペアとボーデヴィッヒ、唐澤ペアの対戦中に起きました。

 ボーデヴィッヒの《シュヴァルツィア・レーゲン》が《VTシステム》を起動し、ボーデヴィッヒを取り込んで暴走を開始。以後、教師部隊は緊急事態発生時の対応マニュアルを基に避難誘導を開始すると同時に、シールドバリアとシャッターを展開。避難終了と同時に装備を整え突入しました」

 

 スクリーンに記録映像を映しつつ、説明を続けていく。

 

「それで一次的に《VTシステム》を制圧しかけましたが、その後、《VTシステム》が詳細不明の刀剣を取り出すと同時に形態を変化」

 

 あの、異形と狂気を詰め込んでいるとしか思えない機体を思い出し、戦慄しかける。

 が、それを内心で押し殺して説明を続けた。

 

「量産型ISである打鉄、ラファール両機種を圧倒しうる性能で教師部隊と逃げ遅れていた影内へと攻撃を加えてきましたが、最終的には影内の支援者の護衛役として来ていたフィルフィ・アイングラム氏の協力と、乱入してきた例の『白い機体』により鎮圧」

 

 横目で一夏とアイングラムとかいう女の方を見ると、一夏の方は疲れ気味なのか、座っている椅子にもたれかかるようにしていた。アイングラムの方も同じようにしている。最も此方は目を開けておらず、既に舟をこいでいるが。

 

(いい加減な奴め……)

 

「ご苦労様です。

 さて、何かご意見のある方はいますか?」

 

 この台詞とともに、一斉に腕が上がった。

 かく言う私も、その一人だが。

 

「予想通りですが多いですね……では、席順という事で山田先生からとします。

 山田先生、どうぞ」

「はい。

 今回《シュヴァルツィア・レーゲン》に搭載されていた《VTシステム》について。

 条約違反のシステムに対して、ドイツの関与が疑われますが……それについて、ドイツ政府は何処まで関与を認めているのでしょうか?」

 

 今回の事件の経緯からすれば、ごく自然な質問だった。私としても、聞きたいことの中の一つに入っていたことである。

 だが、それに関して。学園長は微妙な表情で意外な言葉を返してきた。

 

「それに関しては、今後、国際IS委員会を中心に各国の合同調査隊が派遣される予定です。また、ドイツからもこれを可能な限り全面的に受け入れるとの回答が来ています。

 ですが、それに先んじて……先程、こちらからの問いかけに対してドイツからある程度の返答が来ました。

 その内容ですが。ドイツとしては確かに、アラスカ条約締結以前は研究したことを認める。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としています」

「……!?」

 

 この返答には、その場にいたほぼ全員が面食らった。

 

「ま、待ってください!

 幾らなんでも、そんな見え透いた……」

 

 質問の主である山田先生から反論が出るが、それはこの場にいる全員が抱いていた感情だった。

 一夏や、いつの間に起きたのかアイングラムまで疑わしそうにしている。

 

「それはそうですが、どうもドイツの内部も今回の問題で大分混乱している様子です。

 ですので、これ以後の展開は合同調査の報告を待つ他無いでしょう」

 

 学園長の言葉に、其の場が一旦静まり返った。これ以上、この場で言及しても展開が無いと分かったのだろう。

 

「では、次に……誰か、他の質問がある方は居ないでしょうか」

 

 だが、あれだけで質問が終わるとはだれも考えておらず、それは学園長もらしい。

 すぐに場の空気を切り替えると、会議の続きを促していく。

 

「質問、いい?」

 

 少し間延びしたような、独特の口調で真っ先に再度の質問を投げかけたのは、整備課所属のインド出身黒人女性「ラクシャータ・チャウラー」先生だった。常と変わらぬ気だるげな所作でありながらも、その目は真剣そのものだった。

 

「何でしょうか?」

「さっきのドイツの返答だと、《VTシステム》には関与してないんだよねぇ……。

 だったら、機体の方は? アレは、完全に《シュヴァルツィア・レーゲン》とは別物の……と言うよりは、既存のISとは一線を画している。アレはアレで……というより、あちらの方が問題が大きいと思うんだけどねぇ」

 

 この質問に、場の雰囲気が一斉に動いた。反応は様々だが、特に前線に出た教師部隊の隊員からの反応は著しいものがある。

 

(まあ、仕方ないか……。

 あの機体……《ヴィーヴル》という名前だったか。あれは、完全にISの外側の代物にしか思えないものだったからな。

 まあ、それの所有者ならこの場にもう二人ほどいるわけだが)

 

 一夏とアイングラムの方を見ると、二人とも真剣に聞いていた。

 

「それに関しても、ほぼ同様です。

 そもそも、あんな機体が存在したのならもっと早く正式採用に向けて動いている、とも話されていましたしね」

「そうかしらねぇ……。

 ま、こっちも進展は見込め無さそうか」

 

 やはり気だるげに、ラクシャータ先生はそれ以上言及する事は無かった。

 が、個人的にはこの質問に関して、別に聞くべき人間がいるのではないかと考えていた。

 

「それに関して。

 聞きたいことがある人がいるのですが、よろしいでしょうか?」

「当人同士での同意が取れればいいでしょう。

 それで、誰に何を?」

「影内と、アイングラム氏、アーカディア氏に」

 

 私の言葉に、学園長が渋い顔になった。

 さらに、一夏とアーカディアも幾分真剣な表情になった。アイングラムの表情は相変わらず無表情に近いが、その瞳は私の方へまっすぐに向けてきている。無表情でありながらのそれは、此方の事を全て見透かしてきているような感覚さえ覚えさせられた。

 

(だが……今回の一件は、さすがに疑惑では済まさんぞ)

 

 止められはしていないことを確認し、話を続けた。

 

「先程ラクシャータ先生も言っていた、あの機体。機体の特徴が、影内の《ユナイテッド・ワイバーン》とアイングラムが使用した機体にかなり酷似していた。それについて、何か心当たりは無いのか?

 それと、影内。お前があの機体と対峙した時、明らかに《ユナイテッド・ワイバーン》の性能が引き上がっていたように見えた。さらに言えば、アイングラムの機体に至っては単機で互角に戦ってみせている。それについても、聞かせてもらえるな?」

 

 主だった内容は二つ。絶対に、ここでハッキリとさせておかなければならない内容だった。

 

(さぁ……どう、答える気だ)

 

 私の質問に、その場にいたほぼ全ての人間の眼が三人に集まった。

 

「それについては私の方から。よいでしょうか?」

 

 答えたのはアーカディアだった。その目で私を射抜くように睨みながら、言葉を発している。

 

(フン……その程度で威嚇のつもりか?)

 

 だが、そうして発せられた答えは半ば以上に予想外なものだった。

 

「まず、今回の事件で相対したあの機体との類似性についてですが。

 今現在、社内での調査を進めている段階ですので明言はできません。ですが、社内から何らかの経緯で機体の設計データに関するものが持ち出された可能性も視野に入れて調査中です。無論、厳重に管理していますのでその可能性は低いのですが……」

 

 ここまではいい。予想通りと言えば予想通りの内容だった。

 ある意味での本番は、この次。

 

「それと、機体性能についてですが……。

 《ユナイテッド・ワイバーン》の基礎性能が向上していたのと、フィルフィさんの機体があの機体に対して、単機で何とか互角に戦えるレベルの()()性能を持っていることは事実です」

 

 意外といえば意外なほど明言されたこの回答に、私を含めて多くの教師が驚き、浮足立つ。だが、本当の意味で問題になるのはこの次だった。

 

「ですが、それは()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()です。

 具体的に申し上げるなら、あの戦闘能力を発揮できる出力状態では()()()()()()()()()()()()()()。ですので、真っ当なISを使用している皆さんは使わない方をお勧めします」

「……!??」

 

 この回答に、一切動じなかったのはこの場で三人だけ。そう、当事者である一夏、アイングラム、アーカディアの三人だけだった。

 

「ど、どういう事ですか!?

 絶対防御が機能しなくなるって、そんなの……!!」

「貴様ら、正気か!?

 そんな物を使わせるなど、どういう了見だ!!?」

「そんな物を使っていたの!?」

「き、危険すぎます!

 即刻、通常の機体への変更を……」

 

 最初に山田先生が反論の声を上げ、次に正気に戻った私が抗議した。更に、他の教師部隊員たちも続いて声を上げる。

 

「落ち着いてください」

 

 だが、それはただの一声の前に押し止められる事になった。再び、アーカディアが口を開いたからだ。

 

「確かに《ユナイテッド・ワイバーン》とフィルフィさんの機体は、あの状態では絶対防御が機能しなくなります。

 ですが、それはあの状態の時のみの話しです。普段はSEの残量が表示されないだけですよ。それと、あの出力状態の時に限った話ではありませんが、機種によって強度こそ違いますが基本的に強固な防御障壁が張られています。完全な代替とは言えませんが、それでも全く無防備になる、というわけではありません。

 更に言えば、基本的な方針として私たちは機体を使うかどうかは使用者本人に任せています。つまり、本人が拒否すればこちらとしても強要することはありません」

 

 言外に、本人が承認しての上だ、と言われていた。

 

(だからと言って、許容出来る物ではないだろう!)

 

 だが、そこで私よりも早く反応した者がいた。

 

「か、影内君!

 影内君は本当にその機体でいいんですか!?」

 

 山田先生だった。鬼気迫る表情で、一夏の方へと問いを投げかけていた。

 

「ええ。

 特に大きな問題は起きていませんし、個人的にも気に入っていますので。それに、あの出力形態になれるのは基本的に自身の命の危険があると判断した場合だけですので、普段はそんなに危険でもありませんよ」

「で、ですが!

 最後の命綱の無い機体を生徒が使うなんて、教師としては……」

「……確か、ISは未完成なもの、なんでしたよね?」

 

 山田先生の言葉を遮り、唐突に、一夏が要領を得ない事を言い出した。

 

「え……あ……はい」

 

 不意打ちのように言われたからか、其の場の全員の勢いが止まっていた。

 同時に、影内の方から畳みかけるように次の台詞が放たれる。

 

「俺の《ユナイテッド・ワイバーン》は確かに、多少は他の機体より危険性が高いことは事実です。

 ですが、それは過去にも前例があったはずです。例えば、攻撃に特化するという形では《零落白夜》を搭載した《暮桜》などで。

 それに、俺の機体は元々、今回の相手ほどではありませんが、それでもある程度格上の相手や不利な状況で戦う事も想定されています。その意味では、最後の命綱よりも状況を逆転できる切り札とも呼べる何かがあった方がいいのではないかとも考えていますので」

 

 恐らく、この話自体は嘘ではないのだろう。

 その考え方自体は理解できる。一夏が例に挙げた《暮桜》を使っていたのは私であり、確かにあの機体は攻撃に特化していた。

 そして、一夏自身も一度は命の危険に晒されている。その上、今は世界唯一の男性IS操縦者である以上、狙われる危険性は高いだろう。その意味では、強ち的外れとは言えない。

 

(だが……だからと言って)

 

 私も、姉として、一教師として、容認できる事実ではない。さらに反論しようとして――

 

「では、この話はここまで。

 これ以上の事は、正式に学園の方から影内君たちの会社の方へと協議の場を設けられるように依頼を出しておきます」

 

――学園長が、いらぬ横槍を出してきた。

 

(ええい、余計な真似を!)

 

 だが、これ以上この話に終始しているといつまでたっても話が終わらない。其のことを分かっているのか、誰もそれ以上言及しようとはしなかった。

 

(……この場では、これ以上続けようとしたところで横槍が入るだけか。

 仕方ないが、また後にする他無いか)

 

 私自身、この場でこれ以上追及するのは無理だろうと判断し、それ以上言及することは無かった。

 だが、同時にもう一つ確認しておきたかった事を聞いておくことにした。

 

「そう言えば、影内。

 お前たちの会社について、調べてもあまり詳しい情報が出てこなかった。単に私の問題ならばそれでいいのだが、何か心当たりはないか?」

「新興の会社といって差し支えない状態ですし、今は余り大々的な宣伝などもしていないので、知らなくてもおかしい事では無いかと」

「……そうか」

 

 言っていることを完全に否定する気は無いが、むしろ不信感の強くなる答えだった。

 

(見え透いた嘘を……)

 

 以前、束とともに調べたことがあったが、その時は実体のない架空会社という結論に至っていた。

 あれだけの機体を所有する、得体の知れない集団。その中に一夏がいる。

 

(それに、今までの事実を考えるだけでも恐らく相当に戦い慣れている。

 そんな集団の中になど、なぜ……)

 

 思わず怒鳴りたくなったが、そこは堪えておく。今はまだ、その時ではない。

 

「さて。他に誰か質問はありますか?」

 

 轡木学園長が再度、続きを促した。が、先程の衝撃的なやり取りがあったためか、誰も言葉が出てこない。

 

「はい、いいでしょうか?」

 

 その中で飛び出た質問は、教師部隊の一員だった教師からだった。

 

「あの機体の解析などは、どのようになっているでしょうか?」

 

 出てきた質問は、むしろ今まで出てこなかったのが不思議なくらいのものだった。

 

「それに関しては、学園の設備での解析は難しいと判断されたため専門機関に任せようと考えています」

「専門機関というと……倉持技研ですか?」

 

 妥当といえば妥当な場所を挙げた山田先生の台詞に、意外なことに学園長は首を振った。

 

「それが妥当なのでしょうが……倉持技研は現在、内部に抱えていた問題によって揉め事が起こっているため、通常業務以上の事を行うのが難しい状況だそうです。

 ですので、それ以外の機関を探すことになるでしょう。そちらの選定は、此方で済ませます」

 

 そこまで言ったところで一旦話を切り、反論がないことを確認してから再度、話し始めた。

 

「まだ何か、質問はありますか?」

 

 轡木学園長が続きを促すが、今度は誰も出てこない。

 

「では、これで会議は終了とします。

 この事件に関する一切の事実と会議で話された内容の一切は箝口令を敷くものとし、一切の口外を厳禁とします。破った場合は厳罰ある物と考えてください」

 

 轡木学園長が会議の終了を宣言し、解散となる。

 それが、この会議の呆気ない幕切れだった。


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