IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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三度更新間隔が空いてしまい申し訳ありません。
それでは、続きをどうぞ。


第四章(19):邪竜纏う偽刀

Side アイリ

 

「なっ……アレは!?」

「……」

 

 思わず声を荒げてしまいましたが、目の前で起こった現象はそれだけの驚きを伴っていました。横で一緒に見ていたフィルフィさんの表情も険しくなっています。

 

「な、なんですか!?」

「一体、何が起こったんです!?」

 

 さらに、近くに居た剣崎さんや凰さん、オルコットさん、デュノアさん、布仏さんも驚きの表情や戸惑いの声を上げています。

 

(マズいですね……あの神装機竜の性能は不明ですが、仮に《ユナイテッド・ワイバーン》本来の出力で戦ったとしても苦戦は必須……教師部隊のほうも被害がどうなるか……)

 

 決断までに、さほど長い時間はかかりませんでした。

 

「フィルフィさん、支援に行ってくれませんか?」

「うん……いいよ」

 

 私の問いに、フィルフィさんが頷いてくれました。

 同時に、剣崎さんに対してあることを打診しておきます。

 

「剣崎さん、少々よろしいでしょうか?」

「な、なんですか?」

「私はこちらにいる際、諸般の事情により基本的に護衛を付けるように言われてます。今回、フィルフィさんにはその役目で来てもらいました。

 ですが、そのフィルフィさんに一夏の支援に言って貰うように頼みました。つまり……」

「私に、護衛の任を任せたいという事なのでしょうか?」

 

 剣崎さんへと、護衛の役目を一時的に引き受けてもらうためです。

 最も、実際には完全にただの口実です。本当の目的は、更識会長へと通信をつなぐため。厳密には、その時に諸々の説明の時間を省き、自分たちの秘密を厳守するためです。

 剣崎さんは私の思考を知ってか知らずか、戸惑いながらも了承してくれました。一方、フィルフィさんは既にアリーナの方へと向かって凄まじい速度で走り去っていました。

 

(間に合ってください……!)

 

 どうしようもない焦燥感を覚えながら、私も足手纏いにならないように早々にやるべき事を始めました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

(神装機竜だと……どうする!?)

 

 あまりのも予想外の変化を遂げた目の前の機体を前に、一瞬迷いが生まれた。

 目の前に佇む神装機竜《ヴィーヴル》は、赤黒い色の装甲に焦げ茶色が所々入った装甲と紫に光るラインを纏い、その中心にISを据えていた。

 四脚型であるところから特装型の神装機竜であることが窺い知れるが、本来、機竜では装甲が無いはずの部分に黒を基調とした《シュヴァルツィア・レーゲン》の意匠が見て取れる装甲が存在している。また、右腰の部分には《シュヴァルツィア・レーゲン》の大型砲と酷似した装備が搭載されており、左腰にも追加の装甲と思しきものが見て取れる。その他に、機竜の二の腕にあたる部分の内側が異様に膨らんでおり、その装甲の色が黒色が基調であったことからそこもおそらく《シュヴァルツィア・レーゲン》から派生したそれであろうことが予想できる。

 無理矢理にその状態を言い表すのであれば、ISの上からさらに装甲機竜(ドラグライド)を纏っている、重ね着の様な物だった。

 

『《幻惑の宝玉(ファスネイト・クリスタル)》』

 

 だが、思考に没頭している余裕は無かった。機械音声が鳴り響くと同時に、虚ろな表情のままのボーデヴィッヒの頭に着いた特徴的なデザインをしている機竜のバイザーが、ボーデヴィッヒの顔を覆った。

 

「ガ、あ……ああアァァァァあああアァァァぁ!?!?」

 

 そのまま強く発光すると同時、ボーデヴィッヒが絶叫を上げた。

 今までその異様な状況に様子を見守らざるを得なかった教師部隊や簪、そして俺自身も一斉に動き出した。教師部隊と簪はそれぞれの得物を一斉射して攻撃しにかかっており、その中で俺は咄嗟に《ユナイテッド・ワイバーン》を本来の出力状態まで引き上げる。

 そして、その直後。

 

「……《狂気誘う至宝(トレジャー・マドネス)》」

 

 ボーデヴィッヒが《ヴィーヴル》の特殊武装と思しき名前を呟くのとほぼ同時に、《ヴィーヴル》の装甲のラインの一部が強く発光した。

 その状態のまま、大盾とガトリングを構えた教師部隊の前衛の一人へと向かって四つ足全てを使い跳躍、突進した。その速度は尋常なものではなく、神装機竜と言えど特装型のそれとは思えないほど。

 

「くっ……!?」

 

 狙われた教師部隊の一人が咄嗟に照準を調整し、ガトリングを発砲した。その弾丸の狙いは素晴らしく正確であり、確かに《ヴィーヴル》を捉えており、仮借無い弾丸の雨となって襲い掛かる。

 だが、其の弾丸が《ヴィーヴル》へと傷をつける事は無い。其の弾丸の全てが全ての機竜に共通する基礎的な機能である障壁に阻まれる。さらに、仮にその先へと言っても今度はISのバリアーに阻まれる。

 

「ヒッ……!」

 

 《ヴィーヴル》と狙われた教師部隊の前衛の間に割って入ろうとしたが、特装型とは思えない速度で移動した《ヴィーヴル》を相手に僅かに間に合わず、そのまま到達を許してしまった。

 

  ザギンッ!!!

 

「……が、ハッ!?」

 

 構えていた大盾ごと叩き切られ、さらにその衝撃により前衛を務めていた教師部隊の一人は中衛と後衛をそれぞれ一人ずつ巻き込んでアリーナの壁面へと叩き付けられた。

 この一撃とその余波により、前衛の教示部隊員のISは大破して強制解除され、巻き込まれた二人のISも壁面との激突時の衝撃を吸収しきれずに搭乗者が気を失う事態となっていた。

 

「た……ただの一撃で、三機も!」

「こ、こんな事が……」

 

 この一撃が教師部隊へと与えた衝撃は大きく、明らかな動揺が広まっている。

 

(マズい……味方の士気が落ちている上、相手する戦力も高い……このままだと、全滅もあり得るな)

 

 周囲の状況を鑑み、それがあまり良くない事を察する。さらに、先程の剣技を見てもう一つ、推察できることがあった。

 

「い、今の……まさか、一閃二断……!?」

 

 その呟き声は、山田教諭からだった。

 

(やはり、間違いない……。《VTシステム》の影響か、機竜の影響かは不明だが……)

 

 目の前の機竜が繰り出した技は、一閃二断。嘗て織斑千冬が切り札とした、二撃必殺の剣技。横一線の一撃目で相手の刀を弾き、直ぐ様上段に構え、縦に真っ直ぐ相手を断ち斬る剣技。

 今回のそれは本来速度を重視しているはずの初撃の居合の横一閃で大盾を両断し、斬られた大盾ごと二撃目で切り伏せたのだろう。が、やったことがわかると同時にその異常性が浮き彫りになる。

 

(いくら神装機竜と言っても、ここまでの基礎性能は異常だ……。

 軌道の補助はISの機能の恩恵があるにしても、あの剣戟の威力は特殊武装か神装の類のはず。その正体が分かれば楽なのだが……)

 

 思考するが、同時にそう上手く行くはずもない事もわかっている。だが、分かっている範囲だけで考えてもその危険性は非常識に高い事が分かる。

 が、思考している間も《ヴィーヴル》は止まらない。そして、次の標的は俺だった。

 

  ドッ!

 

 ただの踏み込みだけで四つ足全てから盛大な土煙が出て、一気に距離が詰まる。

 

神速制御(クイックドロウ)!」

 

 咄嗟に神速の一閃を振るい、辛うじていなす。

 が、完全には威力を逃がしきれなかったらしく、《ユナイテッド・ワイバーン》が僅かに傾きかけた。咄嗟に踏ん張り、返す刀で斬り合いを演じる。

 

  ゴガギギャギギィィィン!!!

 

 数度の打ち合いは演じたが、それでも状況は芳しくなかった。

 

「本来の出力に戻しても、コレか……ッ!?」

 

 《ユナイテッド・ワイバーン》本来の出力状態であるにも関わらず、一撃一撃の威力で負けているためにあまりにも不利な状況だった。

 

  ギ……ギギ……

 

 が、そんな中で不意に金属が歪んでいるような異音が聞こえた。

 

(《ユナイテッド・ワイバーン》じゃない……とすると、まさか!?)

 

 異音の発生源は《ヴィーヴル》だった。見れば、其の駆動部分が動く度に歪んでいる。

 

(この機竜……装甲が耐えられずに歪むほどの高出力で、駆動し続けているのか!?)

 

 確かに、そこまでの異常な出力で動いているのなら今までの基礎性能の高さにも説明がつく。

 だが、こんな原因での損傷など暴走か強制超過(リコイルバースト)にでも失敗した時くらいにしかならない。ボーデヴィッヒはISの操作しか知らないはずであり、暴走状態ではそもそも先程の二閃一断のような剣技は扱えない。

 

(とすれば、神装か特殊装備……なら、あの機竜は長時間稼働すればやがて自壊する!)

 

 僅かに光明を見出し、この戦いに勝利するための策を模索し始めた時だった。

 

「《宝玉の守護龍(バーサーク・ドラグーン)》」

 

 ボーデヴィッヒが再度、呟くように言い放った。

 その瞬間、《ヴィーヴル》の罅割れていた装甲や歪んでいた駆動部分から金属製の触手に濃い紫に光る血管の様な物が浮かび上がっているようなものが絡みつくように覆うと、濃い紫に強く発光しつつ在り得ない速度で損傷や歪みが修復されていき、発光が収まるころにはほぼ召喚されたときと変わりない状態にまで再生していた。

 

「再生した……そんな……」

「あ、ISの修復能力だってこんなには……」

 

 一方、アリーナに立ち往生する形となった教師部隊はただ茫然としていた。

 だが、無理もない。下手に手を出せば最初に切り伏せられた教師の二の舞になりかねないこの状況下では散発的な攻撃がほぼ意味をなさない事を、むしろ一門の腕があるためによく分かっているのだろう。

 だが、悪い知らせは続く。今度は、仕切り直すために俺が距離を置いた時だった。

 

  ガオオォォォン!

 

 《ヴィーヴル》の腰に搭載されていた、《シュヴァルツィア・レーゲン》の大型砲が火を噴いた。しかも、機竜からのエネルギー供給で撃っているのか、試合の中で放たれたそれよりも威力は格段に高かった。

 ――そう、流れ弾の一撃で教師部隊の後衛の内一機が戦闘不能にさせられるほどには。

 

「こ、こんな……勝てっこない!」

「この……このォ!」

 

 そして、その一撃が引き金になって教師部隊に広がっていた動揺は狂乱へと変わり、パニックを引き起こした。

 

「陣形を崩さないでください! 弾幕を張り続けて!!」

「チィィィ!」

 

 正気に戻った山田教諭が声を張り上げるが、時既に遅し。もはや陣形は総崩れに近く、少しでも陣形から離れ孤立しかければそこから喰らわれる。

 

(こうなったら、《アスディーグ》を使うしか無いか……ッ!?)

 

 以後の活動に多大な影響を与えかねないが、これ以上被害を大きくするわけにも行かない。《アスディーグ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を伸ばしかけ、一回止まった。

 今現在は戦闘中であり、しかも今現在は俺自身が《ヴィ-ヴル》の標的となって引き付ける形でその相手を引き受けていた。この状態で機竜を切り替えれば、確実に致命的な隙をさらし殺される結果となるだろう。だが、かと言って教師部隊に任せるのは無理筋だ。特に、今現在の陣形が辛うじて保たれているような状態では尚更だった。

 

「今のままで、やるしかないのか……ッ!」

 

 そんな気持ちを抱きながら、機竜牙剣を構えた。

 もとより不利な条件だが、それでも為すべきことに変わりはない。そう思い、再び挑もうとした時だった。

 

『影内君、聞こえる!?』

「……更識会長?

 手短にお願いします」

 

 余裕が無さすぎたため少し粗雑な口調になったが、更識会長も分かっているのか特に気に留めないで続けてくれた。

 

『今から教師部隊を全員退避させるわ。

 それと、今そっちに増援が行ったわよ』

「増援……?」

『アーカディアさんの護衛で来ていた人よ』

 

 その言葉に、一気に勝機を見出せた気がした。

 それと同時に、ピットの扉が開け放たれ、陸戦型機竜に特有の車輪の音が聞こえてくる。

 

  ゴガアアァァァ!

 

 真っ直ぐに近づいてきたその機体は、そのままの勢いで強烈な回し蹴りを《ヴィーヴル》へと叩き込んでいた。

 間違えるはずもない、その姿は――

 

「ごめんね……ちょっと、遅くなっちゃった」

 

――体術を教えてくれた師匠にして、陸戦型神装機竜《テュポーン》を纏う機竜使い(ドラグナイト)

 フィルフィ・アイングラムその人だった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 真耶

 

「ご、互角に渡り合っている……」

 

 目の前の光景に、もはや言葉を失う他ありませんでした。

 あの異様なまでの近接能力を持った機体を相手に、あろうことか、あの紫色の大柄な機体は格闘戦で対抗していました。

 

  ドシュシュシュン!

 

 ですが、その中であの赤黒い機体は《シュバルツィア・レーゲン》の武装だったワイヤーカッターを左腰から撃ちだしてきました。それがあの紫の機体を包囲するように動いています。

 ですが、それでも一切、あの紫の機体の搭乗者は顔色を変えませんでした。

 

「《竜咬縛鎖(パイル・アンカー)》」

 

 ですが、あの紫の機体も全身からワイヤーアンカーの様な物を射出すると、それで《シュヴァルツィア・レーゲン》のワイヤーカッターを叩き落としていきました。

 ワイヤーが通じないことを悟り、強化された《シュヴァルツィア・レーゲン》の火砲が火を噴きました。ですが、それもあの非常識に強固な防壁の前に阻まれ、弾かれています。

 

 戦況は総じて互角。ですが、やはり不安定であることには変わり在りませんでした。

 

(何より……何のための、教師部隊ですか!)

 

 そして何より、統制も何も無くただ自分の身を守るために必死になるかただ茫然と戦況を見守るかの二択になっている体たらく。私も後者の一人であるため、本来ならこんなことを言えた義理ではないのですが。

 

『……い……おい、聞こえるか!?

 全員、返事をしろ!!』

 

 そこで、織斑先生からの通信が聞こえてきました。

 いえ、通信ログを見るとずっと前から呼びかけていたみたいです。ただ、現場の方の混乱が酷すぎて聞こえていなかったみたいです。

 

「お、織斑先生!」

『真耶か!

 いいか、今すぐ撤退しろ! このままではあの紫の機体が倒れた瞬間に全滅するぞ!』

「で、ですが!」

『影内と更識も退避させる。

 いいか、お前たちはあの紫の機体が倒れる前に再度突入するんだ!』

 

 織斑先生の言葉に、歯噛みしながらもなんとか行動しました。更に、通信が聞こえた他の教師部隊員もそれぞれに撤退を始めています。既に倒されていたり気を失ったりしている隊員には、他の隊員が手を貸したり抱え込んで退避させたりしていました。影内さんと更識さんも長時間闘っていたためか消耗こそ激しいみたいですが、一人でも帰還できるほどに無事みたいで安心しました。

 

(今現在の、唯一の戦果ですね……)

 

 教師として最低限果たさねばならなかった事だけは何とか果たせていたことだけが、その時の唯一の救いでした。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「一夏、無事ですか!?」

「はい。なんとか……」

 

 ひとまずピットに入り、アイリさんの問いに《ユナイテッド・ワイバーン》の接続を解除してから答えた。

 今現在、アリーナではフィルフィさんが一人で戦っている。あの人の実力に疑いなど抱いては居ないが、それでも不確定な要素がある以上は支援に行くべきだろう。無論、《アスディーグ》のほうで。

 

「アイリさん、更識会長に……」

 

 そう考え、打診しようと言葉を口に出した時だった。

 

「もう既に打診は済んでいますよ」

「影内、こっちに。

 場所は私が聞いている。後は、そこまで行って本音と虚さんに扉を開けてもらうだけだ」

 

 アイリさんが答え、それに補足するように臨時の護衛を引き受けていてくれたらしい剣崎が続いた。だが、剣崎は苦々しそうな表情で簪の方へと向いた。

 

「それと、簪……本来なら私がやるべきことなのだが、数をそろえた方が確実なんだ。

 もう少しだけ、頑張ってもらえないか?」

 

 その一言に、簪は一瞬だけ面食らったような表情になったが、すぐに表情を引き締めた。

 

「任せて!」

 

 この力強い一言とともに、俺たちは移動を開始した。

 

 

―――――――――

 

 

Side 真耶

 

(予想以上に、疲弊している……)

 

 何とか撤退しピットへと待機していましたが、それでも状況は良くありませんでした。

 何より、疲弊の具合が酷い。体力的な面ではなく、()()()()()の。

 

「あ……あんなのと、どうやって戦ったら……」

「か、勝てる、の……?」

「あ、あの紫の機体に任せた方が……」

 

 あまり人の事は言えませんが、それでも今現在、あの機体を相手に戦うことそのものに恐怖感を覚えている人は少なくありません。

 

(仮にこのまま出撃しても……結果は……)

 

 一部の部隊員は弱気、その他の一部に何も言わずに何とか恐怖に耐えて出撃しようとする者、そしてあの機体をアリーナの外に出してはいけないとむしろ戦おうとするもの。今の教師部隊の状態を分けるのであれば、主にこの三種です。

 ですが、総じて士気はボロボロ。単機の性能では勝ち目がない事がわかり切っているからこそ、この状態は致命的でした。

 

(今まで、一対一か同程度の数での試合……それも、一方的な戦闘になんてなった経験がある人はほとんど居ないか、駆け出し以来なかったか……)

 

 原因の心当たりもありますが、それがすぐに解決できるようなものでないことがわかっているからこそ気が重くなりました。

 

「泣き言を言うな!」

 

 ですが、その中で一際大きな声が響きました。

 

「前衛と中衛はミサイル系の軽量高火力の装備に切り替えろ。どのみち弾幕兵装では削る事さえ出来ん。盾も要らん。基本的に回避を最重視し、攻撃されそうになったら躊躇なく離脱しろ。

 いつまで呆けている気だ? 倒すべき敵と救助すべき生徒がすぐ近くにいるんだぞ!」

 

 声の主は織斑先生でした。指令室から走ってきたのでしょうか、少し息が上がっています。

 そして、その姿を見てわずかに希望を見出したような表情になっている人もいました。それだけ、本物の世界最強(ブリュンヒルデ)に対する信頼は厚いのです。

 其の後、織斑先生の指示のもとに再編成している中、アリーナの戦況に更なる非常事態が起こりました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「それでは、皆さん。今から作戦を開始します」

『手筈通りにお願い。

 一応、教師部隊が手を出そうとしたら止めてもらえるように学園長には連絡しておいたから』

 

 目の前にいる虚さんと、通信機越しに俺達が立ち回り易くなるように取り計らってくれた更識会長

 

「まず、目の前の扉の電子ロックを私が解除します。その直後に、剣崎さんと簪お嬢様が大量の煙幕弾を投射して視界を塞ぎます。その隙に、予め用意した影内さんが出撃してください。後は、本音が扉を閉めた後に開閉記録を改竄しておきますので」

 

 全員が頷き、作戦が開始される。同時に、既に用意を終えていた俺はフィルフィさんに竜声を介して今からやることを掻い摘んで伝えておく。

 

「それじゃ、開くね~」

 

 本音が相変わらずの口調で告げ、作戦が開始された。

 まず、隔壁が開け放たれるのと同時に簪と剣崎が全力で煙幕を作り上げ、視界を一気に奪い去る。煙幕が形成されるのと同時に、《機竜光翼(フォトンウイング)》も使って俺は一気に戦場の只中へと戻っていく。後ろで扉が閉められる音がしたが、それはむしろ安心出来ることだった。

 

  ゴッ!

 

 加速の反動を受けながら、同時に腰だめに《竜毒牙剣(タスクブレード)》の内一刀を構える。

 だが、《ヴィーヴル》も自身へと近づく機影に気付いたらしい。煙幕が薄くなってきたときに見えたそれは、バイザーに覆われたままの顔をこちらへと向け大型の《機竜牙剣(ブレード)》に似た装備をこちらへと向けてきている。

 だが、それが振るわれる事は無かった。

 

「《竜咬縛鎖》」

 

 フィルフィさんの《テュポーン》が持つ特殊武装、全身から放たれる鋼線《竜咬縛鎖》が《ヴィーヴル》を捕獲した。そのまま動きが一瞬止まる。

 

「アックスモード。

 戦陣(センジン)劫火(コウカ)!」

 

 出来る限りの威力が出る形態で、叩き切る。

 さすがに一撃で倒せはしないが、それでも障壁を大きく削ることができた。同時に、後ろへと弾き返すことにも成功している。

 

「《竜咬爆火(バイティング・フレア)》」

 

 さらに、弾かれて姿勢を崩したままの《ヴィーヴル》を《竜咬縛鎖》を巻き取るような形で引き寄せつつ、《竜咬爆火》で攻撃を仕掛けていた。

 爆発によって再度此方へと飛ばされてきたため、攻撃を仕掛けようとした。だが、《ヴィーヴル》もやられるままではなく、姿勢を強引に整えるとそのまま跳躍し()()()()()()()

 

(ISの……PICか)

 

 この現象の正体はすぐに分かったが、だからと言ってどうにかできるわけではない。

 

『一夏君、これって……』

「PIC……ISの機能の一つに、自機の慣性を制御するものがあります。おそらく、それではないかと」

『PIC……』

 

 竜声を介して聞いてきたフィルフィさんの問いに、短く答える。

 空中で静止していた《ヴィーヴル》だが、すぐにこちらへと向きを整えるとそのまま加速しながら降りてきた。その手に握った《機竜牙剣》を腰だめに構えている。

 だが、そのまま攻撃されるままになる理由もなく、こちらも迎撃に移る。

 

「ショットモード」

 

 まず、二振りともショットモードに移行して光波を飛ばし、牽制。当然《ヴィーヴル》は避けるが、その先には《竜咬縛鎖》が待っている。狙い通りに引っかかり、《ヴィーヴル》の動きが一瞬制限された。

 だが、《ヴィーヴル》は進行方向をテュポーンの方へと変更すると、自身でもワイヤーを射出してテュポーンに絡ませそのまま接近している。

 

「《機竜刃麟(ブレードアーマー)》、パワードモード」

 

 だが、その前に此方が接近している。先程のショットモードの直後から移動し、其の眼前へと一気に躍り出る。後は、全身の《機竜刃麟》と《竜毒牙剣》のパワードモードでの連撃を叩き込む。

 

「ガ……アアァぁぁああぁァァ!!」

 

 流石に《ヴィーヴル》もこれ以上は喰らわないようにと判断したのか、こちらへと反撃を仕掛けてくる。

 だが、それも織り込み済みだ。

 

「フィルフィさん!」

「任せて」

 

 言葉少なに、だが確実に予め絡めていた《竜咬縛鎖》を引っ張り、自分の距離へと持っていく。

 さらに、俺も俺で先程の連撃の間に《シュヴァルツィア・レーゲン》のワイヤーを切ってある。片側にだけワイヤーが巻かれた形になった状態で引っ張れば、自然と横を向く。そして、それは剣技を扱う相手には有効だった。

 

  ドゴンッ!!

 

 強烈な打撃音を響かせて、フィルフィさんが操る《テュポーン》の回し蹴りが炸裂した。さらに、返す勢いで拳が放たれる。しかも――

 

「《竜咬爆火》」

 

――この特種装備まで付けての拳打である。当然、威力は凄まじい事になり、特装型で機竜としては装甲の薄い部類にある《ヴィーヴル》は一気に吹き飛ばされた。

 だが、そこで攻撃の手を緩めるようなことはしない。再度、俺の方で接近して連撃を仕掛ける。空中だったが《PIC》で機体を支えた《ヴィーヴル》はそのまま反撃をしようとして来ている。

 が、空中だと此方は足技を使いやすい。最初に《機竜刃麟》も使っての回し蹴りを叩き込み、次いでアックスモードへと変更した《竜毒牙剣》を二刀同時に叩き込む。さらに、《機竜光翼》を使って切った際の勢いを殺さぬまま前転するように回転し、再度、踵の《機竜刃麟》を叩き込む。無理矢理な反撃が来るが、肘と二の腕の《機竜刃麟》で受け流しつつ、同時にもう片方の手の《竜毒牙剣》で切り裂く。

 さすがにここまで喰らわせれば無傷とはいかず、《ヴィーヴル》の損傷はかなりの物になっている。だが――

 

「《宝玉の守護龍》」

 

――再度、あの修復能力が起動し、其の損傷を直していった。のみならず、今度は使用し続けることでさらに強引に攻め立てようとしているみたいだった。

 

「……一夏君」

「はい」

 

 竜声を介した、ISの通信記録には残らない形でのやり取りを通してフィルフィさんがすこしだけ話しかけてきた。

 その声は、心なしか、いつもよりも少し真剣実を帯びているように思われる。

 

「……どうやったら、助けられるかな?」

 

 その問いに、すぐに返せなかった。

 別に、ボーデヴィッヒを助ける気が無いわけでもそのために考えている策が無いわけでもない。ただ、少し博打性が強いように思われたから、躊躇った。

 

「案は、あるのですが……」

「どんなの?」

 

 フィルフィさんが、自身の方へと迫ってきた《ヴィーヴル》を捌きながら重ねて聞いてきた。

 俺の方でも《竜毒牙剣》のライフルモードとショットモードを使い分けて適度な距離を保ちつつ援護しながら、答えた。

 

「それは、ですね……」

 

 

―――――――――

 

 

Side 千冬

 

『織斑先生、聞こえますか?』

「……学園長!?」

 

 予想外の通信相手に、戸惑いを覚えた。

 確かに今現在、アリーナで非常事態が発生していることは確かだ。だが、それでもあくまで現場指揮官は私である以上、こういった事態に直接介入してくることは考えにくかった。

 

『申し訳ありませんが、突入は少し待ってください』

「なんでですか!?」

 

 次いで、告げられた内容は耳を疑いたくなるものであり、同時に受け入れがたい内容だった。

 

『其の理由ですが……()()()()()()()()()()()、以前にも出現した詳細が不明の機体が現れたためです。

 もし、今の状態で暴走したボーデヴィッヒ君の《シュヴァルツィア・レーゲン》とあの白い機体を同時に相手取るような事態になれば、人的被害も避けられないでしょう』

 

 学園長からの指摘に、歯噛みした。

 私自身としても薄々は分かっていたことだが、それでもこうして指摘されると改めてその現実を突きつけられている気分になる。

 

『ですので、()()()()突入は止めて下さい。幸い、監視されているボーデヴィッヒ君の生命(バイタル)データは安定しており、早急な生命の危険は低いでしょう。

 なので、何時でも迅速に突入できる準備だけは済ませておいてください。そして、突入タイミングは決して早まるようなことが無いように、お願いします』

「……了解、しました!」

 

 何とかそれだけ返事を返し、次いで伝えるべき点のみを他の教師部隊員へと伝えていく。

 この時の私は、さすがに苦い気持ちでいっぱいだった。

 

(あの白い機体が一夏だと本人が伝えていれば、支援にも行けただろうに!)

 

 ドイツ軍時代の教え子と、弟が戦っている中で指を咥えて見ている現状に、歯痒い思いが募っていった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「分かった……やってみる、ね」

 

 案を話した直後、フィルフィさんは特にそれ以上、何かを言うでもなく二つ返事で了承してくれた。

 意外といえば意外な展開に、一瞬慌てた。だが、それよりも早く、フィルフィさんが続く言葉を言い放ってくれた。

 

「一緒に戦ってきた仲間を、信じる……だから、一緒に頑張ろう」

「……はい!」

 

 その一言だけで、吹っ切れる。

 

「でも、アイリちゃん……賛成してくれるかな……?」

「正直、難しいかと……」

『あくまで保険、ですね?』

 

 突然聞こえてきた声だが、間違えるはずもない。

 

「アイリさん」

『確かに、『笛』は持ってきています。

 ですが、あれは本来あまり使わない方がいいものであることを忘れないでくださいね』

 

 その答えに、俺とフィルフィさんは頷き合った。

 

「行くよ」

 

 まず、フィルフィさんが《竜咬縛鎖》で《ヴィーヴル》を絡めとりつつ、その先端を適当な場所に突き刺してその場所に固定。身動きも回避も取れないようにする。さらに、フィルフィさん自身も地面を《竜咬爆火》で抉り取りつつ、其の場に自分自身も固定する。

 《ヴィーヴル》の異常な駆動出力ならある程度強引にその拘束を取り払ってくるだろうが、それでも一時的に動きを止められる。

 

「《機竜刃麟》、《機竜光翼》」

 

 同時に、両手の《機竜刃麟》の準備をしつつ《機竜光翼》を起動。一気に距離を詰める。

 

「……《消滅毒(アナイアレイト・ヴェノム)》!」

 

 此方の間合いに入った瞬間、両手の《機竜刃麟》を介して《消滅毒》を使用。展開された障壁を消し去りつつ、()()()()()()()()()()

 ――ISの、シールドバリアーの領域へと。

 

  バチィィィィィ!!

 

 甲高い異音が鳴り、一気にSEを消し去っていく。

 だが、その減り具合が妙に遅い。

 

幻創機核(フォース・コア)からのエネルギー供給でも受けているのか……)

 

 厄介と言えば厄介な事態だが、同時に予想の範疇でもある。

 元々、ISのSEを直接消し飛ばす事を想定して、その内側のボーデヴィッヒを傷付けないようにある程度出力を落としていた。それを、少しずつ上げていく。

 無論、こんな悠長な事をしていれば本来は反撃は避けられない。だが、今はフィルフィさんが動きを拘束してくれているため、それが外れる前に決着を付ければいい。

 

「……ッアアアァァァ!」

 

 出力を徐々に上げつつ、同時に両手にも力を込めて強引に捻じ込んでいく。

 だが、そこで予想外の事態が発生した。

 

  ジ……ジジジジ!!

 

 金属が焼き切られる音が、絡めとられているはずの《ヴィーヴル》の右腕から聞こえた。

 眼だけで音の発生源を見ると、《シュヴァルツィア・レーゲン》の物と思われる部分から、《シュヴァルツィア・レーゲン》も使っていた光波の手刀が発生し、それが徐々に《竜咬縛鎖》を焼き切っていた。

 

(こんな、時に!)

 

 焼き切れていく速度から考えて、おそらく向こうの方が早い。一気にマズい状況になったが、それでもここまで来た以上は下手に下がると最初まで逆戻りもあり得る。

 

「……アイリさん、フィルフィさん。

 万が一の時は、お願いします」

『……いいよ』

『フィルフィさんがいいのでしたら、私もいいですよ』

 

 最後の保険もかけておき、心置きなく攻撃と回避にのみ集中していく。

 

 が。それでも一瞬、《ヴィーヴル》が腕の拘束を焼き切るほうが早かった。

 躊躇なく拘束されたままの《機竜牙剣》を手放した《ヴィーヴル》は、その腕に取り付けられた光刃で此方の顔を突き刺そうとしてきた。

 普通だと必殺の距離。だが生憎、今は普通の状況ではない。

 

「《竜咬爆火》……!」

 

 絡めていた部分の一部を緩めると、フィルフィさんはそこを爆破した。

 結果、姿勢を僅かに崩した《ヴィーヴル》の狙いが少しそれる。だが、それだけでは足らない。だから――

 

「……ッ!」

 

――顔だけを逸らして、やり過ごした。

 そして、この瞬間に此方の策が成った。

 

  ギ……ギギ……ギッ……

 

 ISの部分の動きが急速に劣化していき、間もなくその活動を停止した。それと同時に、ISが粒子化して待機形態へと戻っていく。

 

「……ありがとうございました。フィルフィさん、アイリさん。」

 

 自然と、お礼が口をついて出た。

 フィルフィさんは微笑みを返してそれを返事としたようで、それ以上は何も言わなかった。だけど、それだけで下手に言葉をつづけるよりも気持ちが伝わってくるような気がした。

 一方、アイリさんは呆れと感心と安心をないまぜにしたような口調で続く言葉を言ってくれた。

 

『いざという時のための『笛』は用意していましたが……使わなくてよかったです。

 それにしても、ISの方だけを停止、ですか。あの状況でよく思いつきましたね』

「ええ。

 ISの方だけでも停止させてしまえば、決着を付けられると踏んだので」

 

 この戦いの中でこの策を思いついたのは、ボーデヴィッヒがIS操縦者であることと、わざわざ《シュヴァルツィア・レーゲン》の制御(コントロール)を《VTシステム》で奪ったうえで《ヴィーヴル》を使用したためだった。

 一見すれば強力な組み合わせに思えるが、いくつか不可思議なこともある。その最たる物が、操縦系だった。

 IS学園でISについて学んだためにより強く自覚したことだが、そもそも神装機竜とISでは大きく操縦方法が違う。この二種を同時に十分以上に使いこなすには、おそらく長期間の鍛錬によって十分に習熟する必要があるだろう。

 ボーデヴィッヒ自身はISの搭乗者だが、神装機竜の機竜使い(ドラグナイト)ではないはずだ。そうなれば、動かせるのには何か秘密がある。

 そして、様々な理由により機竜の方に大きな変更を加えるのは容易ではない以上、考えられるのはISへの機能の付随。つまり、IS用の操作を機竜の操作へと変える変換装置としての役割を持たせること。

 

(そして、見事に的中か……)

 

 現在、《シュヴァルツィア・レーゲン》だった部分のみが解除された様子の《ヴィーヴル》を見ながらそう思った。その中心に居るボーデヴィッヒは、気を失っているのか一切動かない。

 

『一夏、もうすぐ教師部隊が来てその機体を回収するそうです。

 本来ならその機体(神装機竜)も回収してほしい所ですが、手遅れになると面倒なので早く離脱をお願いします』

「了解しました」

 

 指示を受け、その場から離脱していく。

 

 

 間もなく教師部隊が入って来たみたいだが、その時にはすでに俺は其の場にはいなく、ボーデヴィッヒが無事に保護されたのとフィルフィさんも事情聴取に付き合わされる羽目になったのを知ったのはその少し後だった。


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