IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

58 / 90
更新間隔が空いたわりに、前回に比べて短めです。申し訳ありません。

それでは、続きをどうぞ。


第四章(18):悪イ正夢

Side 一夏

 

「チィッ!」

 

  ガギャリイイィィィン!

 

 機竜牙剣と《雪片》モドキの刀がぶつかり合い、金属質で耳障りな音が鳴った。そこにはよく見なくても火花が散っている。

 

「影内君!」

 

 後ろに庇った形になった簪が叫び、咄嗟に《山嵐》の引き金を引いたみたいだった。

 だが、その動き方はもはやボーデヴィッヒ自身のものではない。だからこそ、対ボーデヴィッヒを想定した対抗戦術は通じない。

 

「……」

 

 ボーデヴィッヒを取り込んだ《暮桜》モドキが簪の方を向くと、そのままそちらの方へと全力で接近した。しかも、その道中に狂気的としか思えないような超高速での鋭角な軌道をとると、四十八発のミサイルを斬り落としている。爆風も発生するが、それさえもダメージソースになっていない。

 

(……何の冗談だ!)

 

 姿のみならず、その剣技や操縦技術までもを模倣している。それは、正しく偽物の世界最強(ブリュンヒルデ)と言える存在だった。

 が、そんな事を考えている余裕はない。ミサイルを全て切り払うという凶行に出た《暮桜》モドキはそのまま簪の方へと進路を変更している。

 

(マズい!)

 

 簪の腕前が信頼できるものであることは知っているが、それでもこの《暮桜》モドキを相手するには危険すぎる。なにより、《暮桜》モドキは恐らく取り込んだボーデヴィッヒへの負担を無視して動いているため、非常識な軌道で動き回っている。半面、簪はいくら機体が機動性重視とは言ってもどちらかと言えばオールラウンダー。純粋な近接戦のみとなればどちらに軍配が上がるか。それは目に見えていた。

 なんとか強引に前に割って入り、振り抜かれた剣筋に合わせて神速制御をもって機竜牙剣を振るう。なんとか一太刀はいなせたが、次ぐ一手は四つ足でのバックステップと障壁へのエネルギー供給で間に合わせた。

 だが、衝撃を殺しきれずに後ろへと半ば吹っ飛ばされた形となる。

 

「全く……無様晒してるな……。

 簪、大丈夫か!?」

「それは影内君でしょ!」

 

 自身の晒した無様を不甲斐無く思いつつ、簪の方を見た。横目で見た限りでは特に問題なく見え、元気な返事が返ってきている。おそらくは、()()問題ないだろう。

 だが、いつどこでどのように転ぶかもわからない。最悪、《ユナイテッド・ワイバーン》を調律し本来の出力状態へと移行、機竜本来の性能で闘う事も視野に入れている。

 

(だが、それだと今後の活動がな……)

 

 あくまで任務でこの世界に来ている以上、優先すべきはその達成。ゆえに、ギリギリのところまでそれを考えなければいけない。

 ひとまず、今目の前にいる《暮桜》モドキに対する情報が無さすぎる。

 

「簪。さっき、今のボーデヴィッヒのISの変化に心当たりがあるようなことを言ってたな?」

「う……うん。

 あれは、多分だけど……《VTシステム》だと思う」

「よければ、解説貰ってもいい、か……ッ!?」

 

 簪へと解説を頼もうとした瞬間、こちらへと再度狙いを付けてきた《暮桜》モドキが急接近してきた。そのまま《雪片》モドキの刀を振り、こちらへと斬撃を加えてくる。

 再度、神速制御を用いて機竜牙剣を振るう。が、其の後の斬り合いには付き合わず弾いた際の速度を利用して後退。今度はキッチリと避けていく。

 

「影内君!」

「大丈夫だ。それよりも……」

 

 俺の返答と催促に、簪も幾分落ち着きを取り戻しながら説明をしてくれた。

 

「う、うん。

 《VTシステム》……正式名称《Valkyrie(ヴァルキリー)Trace(トレース)System(システム)》は、過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣するシステムなの。

 だけど、相応の鍛練を積んでない人が部門受賞者(ヴァルキリー)の……特に、高機動系や格闘系の人の動き方を真似すると操縦者の身体が付いていけずに、最悪死に至る可能性があったから、今はアラスカ条約でいかなる国家や組織でも研究、開発、使用の全てが禁止されてるはずなんだけど……」

「今回、ボーデヴィッヒの《シュヴァルツィア・レーゲン》には搭載されていた、と……」

 

 システムその物への嫌悪感を覚えるが、今は目の前にいる以上どうにかして対応しなければならない。

 

「簪、逃げれるんだったらすぐにでも逃げろ」

「影内君は!?」

「どうも此方を狙ってきているみたいだしな。

 教師部隊が来るまでは、壁役やっているさ!」

『非常事態発令!

 トーナメントの全試合を中止! 状況をレベルDと認定。来賓、生徒は直ぐに避難する事! 教師部隊は速やかに鎮圧にあたれ!

 繰り返す!――――』

 

 聞こえてきたアナウンスに、ようやく事態が動き始めたことを察する。

 そして、もう一つハッキリしたことがあった。

 

『一夏、聞こえますか?』

「アイリさん?

 聞こえます。ご用件は?」

 

 アイリさんからの通信だった。今日は観客席の方で観戦をしていたはずなので、今は避難誘導の只中にいる事だろう。誘導しているのかされているのかまでは言及しないが。

 

『現在、観客席のほうでは一般生徒と来賓の避難誘導が行われていますが、その安全確保のためにアリ-ナを覆っているシールドバリアとシャッターを破壊することは避難誘導への支障が出ることが予想されるためできません。

 ですので……』

「教師部隊が来るまでか、最悪でも避難誘導が終わるまでは持ちこたえる事……ですか?」

 

 俺の答えに、ギリ……と歯噛みしたような音が聞こえた。

 

『……はい、そうです。無理をしろとは言いません。万が一の事態になる前に、本来の性能で相手してしまっても構いません。

 ……一夏。二つ目の約束は、覚えていますね?』

「はい。忘れるなど、ありえません」

 

 俺の答えに、アイリさんは念を押すように続けた。

 

『決して、あれだけは破らないでください。

 此方もできる限り早く済ませます』

 

 そこまで言うと、通信が途切れた。

 観客席の方を横目で見ると、慌ただしく避難誘導されている多数の観客と来賓が見える。そして、その中で避難誘導している教師陣と代表候補生、そしてアイリさんとフィルフィさんも見える。

 色々と言いたいことは多いが、今やるべきことは変わらない。先の強制超過(リコイルバースト)で少々疲労が溜まっているが、それでもやらなければならない。

 

 目の前から再度襲い来る《VTシステム》を前に、俺は再度、機竜牙剣を構えた。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「速く避難してください!」

「落ち着いて、避難経路はこちらです!」

 

 つい先ほど、研究機関のテストパイロットを務める箒さんから、今起こっている現象――《VTシステム》についての説明を受けましたが、

 ですが、それそのものへと嫌悪感を覚えたことはとにかく、今はそれによって引き起された事態を収拾しなければいけません。

 

(ですが、今の状況では……)

 

『非常事態発令!

 トーナメントの全試合を中止! 状況をレベルDと認定。来賓、生徒は直ぐに避難する事! 教師部隊は速やかに鎮圧にあたれ!

 繰り返す!――――』

 

 非常事態と教師部隊の招集を示すアナウンスが相変らず流れまていましたが、それはいいです。むしろ、前よりはよくなったと思うべきでしょう。

 私たちにとって問題なのは目の前の隔壁で、これのおかげでフィルフィさんが一夏の支援に行けません。というより、観客席にいた誰もが行けません。

 

(しかも、教師部隊も大部分が避難誘導……事実上、今アリーナで《VTシステム》の相手をしているのは一夏と簪さんだけ……)

 

 教師部隊の避難誘導が余り上手く行っておらず、結果的に質の低さを数で補っていました。ですが、それだけ数を割いているという事はそもそも《VTシステム》に割いている人数が減ることを示しており、結果的に一夏と簪さんの負担が相対的に増えることを示しています。

 

(この学園の危機管理体制はどうなっているんですか!?)

 

 王立士官学校(アカデミー)でも、問題が全くなく過ごしたという事は出来ません。ですが、そもそも想定される事態への対策が杜撰な部分が二度に渡って散見された以上は疑問を禁じ得ませんでした。

 さらに、もう一つ心配な部分が今回はあります。

 

(……一夏、無理しないでくださいね)

 

 今回、一夏は後ろに簪さんという共に闘うパートナーがいますが、それはあくまで試合での話。実戦となれば、多少の無理をしてでも一夏は簪さんを守るように動くでしょう。

 

(それ自体が悪いとは思いませんが……)

 

 心の中で無事に事態が収まることを祈りながら、私も避難誘導を手伝いました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「つ、強い……!?」

 

 目の前から迫りくる《VTシステム》を相手に、私たちは常に後手に回る結果となっていました。

 しかも、どういう訳か《VTシステム》は第一に影内君に、その次に私に向かって積極的に攻撃を仕掛けてきており、そもそも逃げるに逃げられない状況へと陥っています。

 

  ガギャン!

 

「影内君!」

「大丈夫だ! それよりも、逃げれるなら逃げておいた方がいい!」

 

 その状況下で、影内君は積極的に迎撃に出ていました。半面、私は手を出しかねる状況になっています。

 理由は明白です。私の《打鉄弐式》は高機動をコンセプトとした全距離対応機であり、其の主力とされる装備は第三世代兵装《マルチロックオン・システム》との併用を前提とした多弾頭ミサイル《山嵐》です。そして、その他に連射型荷電粒子砲《春雷》と、対複合装甲用超振動薙刀《夢現》の三つ。主力である《山嵐》は《マルチロックオン・システム》が未完成のため性能を出し切れず撃墜され、《春雷》は連射性を重視したため威力が不足している上、そもそも切り払いされるとかいう始末の悪さ。《夢現》では根幹的な近接戦の技量不足で話にさえなりません。

 

(こんな時に、何もできないなんて……ッ!)

 

 いざという時に何もできない不甲斐無さを感じて、思考を切り替えました。

 

(……違う。

 守られるだけは、もう嫌だって……でも、どうすれば……)

 

 援護をしようにも攻撃は切り払われるか当たらず、《VTシステム》によって強引に動いている《シュヴァルツィア・レーゲン》だった機体はたとえ切り払った後でも影内君の攻撃を避けることを可能としていた。

 

(どうすれば、攻撃が当てられる……当てられる?)

 

 ふと、影内君と鍔迫り合っている《VTシステム》の足元を見ました。そこには、足があり――当然、地面を踏みしめて踏ん張っています。

 

「影内君、聞こえる!?」

「なんだ!?」

「足場を崩すから、その隙に反撃できる!?」

 

 思わず怒鳴るような感じになってしまった私の問いに、影内君は不敵な笑みを浮かべて答えてくれました。

 

「……任せろ!」

 

 その答えが聞こえるのとほぼ同時。反射的に、《山嵐》を発射していました。

 狙いは、《VTシステム》が踏みしめている地面。

 

「行っけぇぇぇ!」

 

  ドドドドドド

 

 当然《VTシステム》も反応しようとしましたが、それは影内君が許しませんでした。

 

「させるか!」

 

 そのまま鍔迫り合いの形で半ば強引に押し込んで抑え込み、《VTシステム》の行動を阻止しました。さらに、弾こうとした時の反動を使ってそのまま下がっています。

 そして、その直後。《山嵐》から放たれたミサイルが地面と《VTシステム》の両方へと着弾しました。ですが、《VTシステム》は自分に届くミサイルのみ正確に切り落としました。

 

「影内君!」

「オォッ!」

 

 ですが、そこに影内君が上側から接近していました。そのまま神速制御(クイックドロウ)という非常識な速度での一閃が襲い掛かります。

 それも迎撃しようとした《VTシステム》ですが、剣を構えて踏ん張ろうとした時。姿勢を崩しました。

 それも当然です。なぜなら、足場としていた地面がさっきのミサイルの爆発で抉れており、不安定になっています。

 普通の相手だったら切りかかられるまでの間に立て直しができたのでしょうが、影内君の神速の一閃はその隙を与えずに切り裂いていました。

 ですが、やられるままの《VTシステム》でもなく、反撃を仕掛けようとしてきます。

 

 私と影内君が、再度の攻防に移ろうとした直後――

 

  ゴガンッ!

 

――私と影内君以外の第三者が、《VTシステム》の頭部を正確に撃ち抜きました。

 直後、私達へと向けた通信が入ります。

 

『お待たせしてすいません、二人とも!』

 

 その射線の先には、通信の声の主である山田先生が教師部隊の先頭に立っていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 真耶

 

 更識さんと影内君がなんとか時間稼ぎをしている間に避難が終わり、教師部隊と共に増援に入りました。

 そのまま、押し返し作戦が始まります。

 

(ここまでの機数の差と、専用の対策を講じてもギリギリ……)

 

 《VTシステム》で再現された現役当時の先輩(織斑先生)の動きを前に、私たちは優位な状況にも関わらず冷や汗が出るのを止められませんでした。

 

 《VTシステム》の取り押さえ作戦自体の内容は、そう難しいものではありません。

 まず、大口径ライフルを持った中衛部隊がSEを削り取る攻撃の主軸を担い、ほぼ攻撃に専念します。その前には前衛部隊として大盾と大型ガトリングガンを持った部隊が展開し、《VTシステム》の行動を抑えます。さらに、後衛部隊としてミサイルランチャーやグレネードランチャーといった爆破系の装備を採用し、前衛に近づいた時や抜かれそうになった時の足止めを担当します。

 文字通りの、三段構え。そして、全てのISに共通する『絶対防御が起動した時点でSEがなくなり、ほぼ行動が不能になる』という欠点を突くための物量作戦。

 さらに、先輩(織斑先生)からのアドバイスもあって基本的には自分たちに近寄らせない事を最優先にしての布陣。

 影内君と更識さんのこれまでの頑張りを無駄にしないためにも、確実に迎え撃つ……そのための、作戦だった。

 

(なのに……押し切れない!)

 

 ですが、そこまでしても戦況は決して有利とは言えない。むしろ、何とか拮抗している状況。

 本来であれば避難してもらうはずだった影内君と更識さんも、今は《VTシステム》を逃がさないためにシャッターが下ろされているため、立ち往生している状況です。

 

「弾幕を途切れさせないで!

 影内君、無理はしないでください!」

「そう言われましても……こうも狙われるのでは、相手するしかないでしょう!」

 

 それどころか、《VTシステム》の標的が影内君に向いているため積極的に接近しに行っており、しかも時折、搭乗者であるボーデヴィッヒさんへの負担を無視しているかのような挙動も見せているため私たちの予想を超えた挙動も見せています。

 更識さんも後衛部隊と一緒にミサイルで援護していますが、先生という立場で言えば、本来、避難してもらわなければならないはずの生徒にまで参加させていることに歯噛みしそうになります。

 

(ですが、それでも着実に追い詰めて行っているはず……)

 

 戦況は芳しくありませんが、このまま行けば私たちが勝てる。そう、希望が持てる状況ではあります。

 

 

 ですが、その最中。誰にとっても予想外の事態が起きていました。

 更識さんと影内さん、そして教師部隊に囲まれて攻撃され続けた《VTシステム》が突然行動を停止しました。

 

 

 その直後、そこで起きた反応は私達全員を混乱の只中へと突き落とすのに十分すぎるものでした。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 それは、今までとは明らかに違う反応だった。

 黒い汚泥を塗り固めたような機体の腹部にあたる一部分が溶けたように波打つと、その中心から()()がゆっくりと突き出された。

 それは、ISの装備としては装飾過多な()()()()()だった。

 

「……あ、れは!?」

 

 その剣には、見覚えがあった。

 いや、それ自体には見覚えが無い。ただ、似たようなものは数多く知っている。

 

 そして、その剣が見えてくるのとほぼ同時。

 機体の胸部からボーデヴィッヒの上半身だけが露出された。幾許もしない内にゆっくりとその目が見開かれるが、その瞳にはまるで光が無い。虚ろで、何も映していないかのような瞳だった。

 さらに、ボーデヴィッヒの腕が動いた。酷くゆっくりとした、緩慢で脱力したような動作で機体の腹部の当たる部分から突き出された剣を握ると、そのままに無造作に剣を鞘から引き抜いた。

 

「『――這い出でよ、暗闇の世界に住まう蛇竜。至宝の光を見せよ、〈ヴィーヴル〉』」

 

 最後。機械音声とボーデヴィッヒ自身の声が混じり合った不気味な声音で唱えられた()()は、間違うはずもない。

 

 ――それは、神装機竜の詠唱符(パスコード)だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。