IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第四章(17):悪夢の始まり

Side 一夏

 

「ハアアァァァ!」

「オォ!」

 

 互いに叫びながら、動き出す。俺は機竜牙剣を構えて急接近しながら、ボーデヴィッヒは肩の砲撃装備を準備しながら。

 

  ガオオォォン!!

 

 最初に仕掛けてきたのは、ボーデヴィッヒの方だった。正確に狙いをつけてくるとそのまま躊躇う事無く射撃を仕掛けてくる。

 それ自体はサイドステップで特に問題なく避けられたが、その先にあのワイヤーのような装備が待っていた。

 

(……この程度で対策のつもりではないだろうな)

 

 確かに避けにくいが、それでも大きな問題になるようなものではない。

 

「フッ!」

 

 神速制御(クイックドロウ)を用いて手にしていた機竜牙剣を振るい、ワイヤーを弾き返す。

 すぐさま弾かれた先で進路が再度修正されて此方へと来るが、それまでには十分に接近の猶予がある。背翼の推進器にエネルギーを回しさらに加速。

 が、ここでボーデヴィッヒは右手を突き出してきた。

 

(また、あの停止装備か?)

 

 ボーデヴィッヒのISが持つ、第三世代兵装。相手の行動や弾丸などの物理的な運動を一定範囲内に限って停止させるあの装備は、格闘戦や実弾射撃を主体としている機体に対しては非常に強力であり効果的と言える。

 

(……いや、そう安直な選択肢には走らないだろう。

 となれば……)

 

 現在、周囲には背後から迫るワイヤーが数本。照準が向けられたままの大型火砲。そして、向けられた右腕。

 

(……そういう事か)

 

 俺が得意とするのは基本的に近接戦であり、当然接近して動き回ることになる。

 が、それは同時に動きが止められれば一気に窮地に陥ることを示している。そして、ボーデヴィッヒにはそれを行うにはうってつけの装備(第三世代兵装)がある。だがそれは前にも一度俺に見せている上に、すでに限定的にしか止められないという弱点を露呈している。となれば別な手段も考えるはずだ。

 そして今現在の状況でそれと思しきものは、後ろから迫るワイヤー。今現在まで知り得る限りの状況では補助装備の印象が拭えないが、嘗てのコーラル卿が示したように補助装備だからと言って侮れば痛い目を見ることになる。現に、関節付近に巻き付けるだけでも動き位なら止められるだろう。

 

(なら、此方が取る手は簡単だな)

 

 一度四つ足全てを使って急停止をかけ、空いていた片手に機竜息砲を用意。多少の威力と引き換えにチャージ時間を短縮し極短時間で引き金を引く。

 

「……チッ!」

 

 ボーデヴィッヒは舌打ちしつつ、最低限の横移動のみで回避する。が、それにより火砲の照準が逸れ、ワイヤーも一時的にコントロールを失う。

 その隙に機竜息砲をしまうと、改めて推進器を吹かしつつ地面を蹴って一気に接近を仕掛ける。

 

「この程度で!」

 

 だがボーデヴィッヒもされるがままではなく、回避した際の勢いを殺さぬまま火砲の照準を合わせることなく撃ち放った。その狙いは俺ではなく、ボーデヴィッヒが組んでいるペア――唐澤靖子さんと言って、簪の《打鉄弐式》製作も手伝ったらしい――と戦っている簪に向かってだった。

 

(考えることは同じ、か……ッ!)

 

 今回、簪に唐澤さんの相手を頼んだのは不確定要素を出来る限りなくすことだった。

 ボーデヴィッヒ自身は進んで二人で戦おうとはしないだろうが、誰にとっても今回の戦いぶりが自身の評価に繋がる事には違いない。となれば、半ば無理矢理にでも介入してくることは十分に考えられる。

 その可能性を早期に無くすために簪に頼んでいたのだが、どうやらボーデヴィッヒも同じようにこれまでの戦闘データが一回しかない簪と《打鉄弐式》を不確定要素として不意打ちを使ってでも潰しに来たのだろう。

 咄嗟に防ぎに行こうとしたが――

 

「大丈夫!

 影内君はボーデヴィッヒさんに集中して!」

 

――簪は特に苦にした様子も無く回避し、そのまま唐澤さんとの戦闘を続行していた。しかも、戦況を見るにあちらは終わりが見え始めている。

 

(……いくら専用機を得たとはいえ、ここまで変わる物か)

 

 簪の動きを見て、実際に彼女の言う通りにボーデヴィッヒの方へと集中する。

 ボーデヴィッヒは砲撃の反動を殺さずに利用することで、さらに勢い良く旋回していた。無防備に背面をさらしていたためそのままブレードで切りかかろうとするが――

 

「その程度で、通じる物か!」

 

――ボーデヴィッヒは器用に右腕を後ろへと正確に突き出すと、その手首に当たる部分から光刃を展開していた。そのまま受け流すと、さらにもう片方の手にも同様の物を展開して格闘戦を仕掛けてくる。

 ボーデヴィッヒの手首に取り付けられたその武装は、単純に腕の延長として使える分小回りと手数が圧倒的に多い。こちらも機竜牙剣二振りで対応するが、攻撃回数ではむしろボーデヴィッヒが上だった。

 

「フン……口ほどにもない奴め!」

 

 ボーデヴィッヒが勢いづき、より直接的な攻撃を多く仕掛けてくるようになる。

 が、それこそがこちらの狙い目だった。

 

神速制御(クイックドロウ)

 

  ギャギン!

 

「……ッ!」

 

 神速の一振りに、攻撃に寄った戦い方へと移行し始めていたボーデヴィッヒが動揺した。そのまま受けきる事が出来ずに直撃する。

 

「この……小癪な!」

 

 直撃したことで動揺はしたが、さすがにそこは現役の軍人。すぐさま体勢を立て直すと三度の攻撃を仕掛けてくる。

 が、その時にはこちらも次の一手の準備を終えている。

 

戦陣(センジン)劫火(コウカ)!」

 

 ボーデヴィッヒが大上段に振るった手刀を、袈裟懸けの一閃で弾き飛ばす。攻撃力を強化して放ったその一撃は、確かにボーデヴィッヒにもダメージを与えていた。

 が、ボーデヴィッヒの方も咄嗟に地面に肩の火砲を撃ち込み、盛大な土煙を目晦ましにしてきた。ISのハイパーセンサーのように咄嗟に索敵ができない機竜には、この目潰しは意外と効く。

 

(……まあ、これが一対一だったならばの話だが)

 

 簪から聞こえてきた通信の声を聞きつつ、俺は俺で次の一手の準備のためあえて普通に機竜牙剣を振るいボーデヴィッヒの第三世代兵装に捕まっていた。と同時に、機竜牙剣の握り手に竜尾鋼線を巻きつけておいた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「ごめんなさい、唐澤さん!

 これで終わりです!」

 

 《打鉄弐式》の主兵装である《山嵐》を一斉射して唐澤さんの最後のSEを削り取った。その時、唐澤さんがどことなく満足そうな良い笑顔だったのはこの際気にしないでおくことにした。

 唐澤さんが無事に着地したのを確認した直後に、影内君に通信を入れる。

 

「影内君、こっちは終わった!」

『分かった。

 出来るなら、こちらの援護に入ってほしい』

「何をすればいいの?」

 

 影内君からの返答を聞いて、身構えました。

 

(最初に、影内君が言っていた……二人で、適切に攻め立てる。

 それが、ボーデヴィッヒさんへの最大の対処になる!)

 

 心の中で気合を入れ直して、影内君からの返答を待ちました。

 

『まず、此方が意図的にボーデヴィッヒの第三世代兵装に捕まる。そこに荷電粒子砲を撃ち込んでくれ。

 前に凰とオルコットが襲われた時、ボーデヴィッヒはオルコットのビームを避けるだけで止めなかった。つまり……』

「エネルギー系の装備は止められない……!」

『推論だがな。

 駄目だったら、また別な手を使うさ』

 

 言われたことに納得しつつ、連射型荷電粒子砲《春雷》を準備します。今は土煙が上がっていて正確には狙えないと思いましたが、それは杞憂でした。

 

『簪、狙えるか?』

「土煙が上がっているから、正確には……センサー類の反応だけだと大雑把になりがちだし……」

『分かった。

 取りあえず、今から直上に上がる。その時、真下の位置に』

「分かった!」

 

 言われた直後、影内君が真っ直ぐに飛び上がっていました。その手には鞭のような装備が握られていています。

 そして、その先にはボーデヴィッヒさんが見えました。

 

「逃がさない!」

 

 ボーデヴィッヒさんが気付いて回避しようとしましたけど、その時には既に私の《春雷》が届いています。数発は当てられましたが、大したダメージにはならずボーデヴィッヒさんは回避軌道へと移っています。

 さらに、影内君も主力としている大剣を回収しました。

 

「簪、そのまま!」

「うん!」

 

 ですが、そこで影内君が援護に入ってくれました。彼が得意とする格闘ではなく、マシンピストルと大型砲に似た性能の二種の射撃装備でです。

 

「……チッ、小癪な!」

 

 ボーデヴィッヒさんが反撃しようと、肩の大型実体砲を向けてきました。

 ですが、それ位なら今の状態でも十分に回避できます。《白式》のスラスターやブースターの一部を組み込んで推力に余裕があるために、《春雷》を向けた状態のままでも余裕で移動ができるからです。影内君も空中では支えるのに苦労するだろう大型砲を仕舞うと、ライフルのような形状の装備に変更して移動しながらの射撃に移っています。

 そのまま影内君と私はボーデヴィッヒさんを中心とした円運動を描くようにしての回避運動と同時に射撃攻撃を仕掛けていきます。

 

(影内君の言った通りだ……中距離以遠のまともな火力があの大型砲以外にないから、必然的に単射化する。それなら、撃たれるタイミングを読んで回避さえすれば此方から一方的に攻撃出来る!)

 

 ボーデヴィッヒさんへの対策が上手く行っていることに実感を抱きながら、私たちはさらに次の一手を考え始めました。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「上手く戦っていますね。流石です」

「本当に……二人とも、凄くいい流れを作っていますね」

 

 一夏とそのパートナーである簪さんのタッグマッチを眺めながら、呟きました。それに相槌を打つように答えてくれたのは、試合後に合流したシャルロットさんです。

 一度はスパイをしようとした相手ですが、事情が事情だったためこれ以上の実害が出ない限りは此方としてもそこまで厳しい対応はしない方針です。

 

(まったく……いつもあんな感じで闘ってくれたらいくらかは安心できるのですが……)

 

 ここで考えるべきではない事を考えながらも、観戦を続けていました。

 

「簪も随分いい動きをするようになった。

 影内との訓練はやる気も出た事だろうし、影内の指導もよかった。あそこまで伸びるのも納得と言えば納得だが」

「フフ……再戦が楽しみになってくるじゃない。

 影内相手には当然だけど、簪にも後でリベンジね」

 

 簪さんの友人である剣崎さんと凰さんは、やはり友人の事が気になるのか簪さんの動きにも注目しているようでした。

 

(……一夏も、貴女達がよく知っているであろう人なんですがね。

 本当に、一夏は……)

 

 一夏が彼女たちにとって友人である事を知っている身としては、少し寂しい感情も感じます。ですが、それが一夏の彼女たちに対する、彼なりの気遣いであることを知っている身としては迂闊に話すこともできません。

 

(果たして、それが本当に気遣いと言えるかどうかは甚だ疑問ですが……)

 

「いっち~に~、かんちゃんもがんばれ~!」

「……お菓子、食べる?」

「いただきます~」

 

 そして、今回護衛として同行してもらったフィルフィさんは、横に座っている本音さんと一緒に応援していました。

 ただ、途中途中でお菓子を食べていたりと、完全にマイペースです。そして、あの二人の周辺だけ時間の流れがゆっくりになったように感じました。

 

「……戦況は概ね影内さんと簪さんに優位、半面ボーデヴィッヒさんは影内さん一人への対策に固執しすぎて簪さんへの対策が不十分だったみたいですわね。

 このままの流れでしたら、あのお二人の勝利は揺るがないでしょう」

 

 オルコットさんが今の状況を分かり易く纏めてくれました。

 そして、試合の方も更なる動きが見られています。

 

(……本当に、強くなりましたね。一夏)

 

 一時期の彼を知っている身としては、この試合に少し感慨深いものを感じました。

 

(なんせ、あの時期の一夏は兄さんに教えられながら、必死になっていましたからね。

 それが今では教える側とは……)

 

 彼の成長も感じながら、私は試合を見守っていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「行っけぇぇぇ!」

「この……邪魔だああぁぁぁ!」

 

 ボーデヴィッヒさんを相手に、《山嵐》の四十八発のミサイルを撃ち込みました。ボーデヴィッヒさんはあの第三世代兵装で対応する……のかと思いましたが、そこで意外な手を打ってきました。

 

(……ワイヤーカッター!?)

 

 あの六本のワイヤーカッターを空中の一点で固定したように止めると、そこから先を円形に振り回して即席の盾にしてきました。

 ミサイルはあくまでボーデヴィッヒさんへと向かって進んでいくため、そのワイヤーの盾を超えることができません。ほぼ全て撃ち落とされ、凄まじい爆風が発生しました。

 ですが、これだけでは当然終わりません。

 

「影内君!」

「任せろ!」

「……後ろから、だと!」

 

 爆風の発生した反対側から、影内君が突撃しています。その手には二振りの大剣を携え、完全に格闘戦を仕掛ける気です。

 

「ッチィ!」

 

 ボーデヴィッヒさんが毒づきながら、あの第三世代兵装で止めに掛かりました。

 何とか止められたみたいですが、彼女にとってかなり辛い状況であるのは表情から読み取れます。

 

「爆炎を目晦ましにして後ろからの不意打ちなど……卑怯者が!」

「生憎、敗北が許されない場所に立ったことも一度や二度じゃなくてな。

 この程度の策、弄するのも慣れているんだよ!」

 

 挑発を仕掛けていきますが、その時には既に私たちの次の一手を打っています。

 

「ハァッ!」

 

 私が《夢現》を持って接近戦を仕掛けて行きます。

 この時、ボーデヴィッヒさんは体を横に向けながら片腕だけを向けて影内君を第三世代兵装で捕縛しています。でも、この体勢だとあの大型砲は射角の問題から使えず、ワイヤーカッターは射出位置の問題から注意を怠らない限りは十分に避けられます。

 

「ッ!」

 

 ボーデヴィッヒさんが選択したのは、手首に仕込まれているエネルギー刃の手刀による反撃でした。ですが、薙刀である《夢現》と手刀では余りにも大きなリーチの差があります。加えて、今この瞬間に限っては影内君を《A・I・C》で拘束しているボーデヴィッヒさんは事実上その場に釘付けにされており、反撃の余裕があるとは思えません。

 

  ザギイイィィィン!

 

 何度かの格闘のやり取りの後、《夢現》の刃が私の狙っていた左肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)を捉えました。そのままの勢いで、内側まで深く抉っていきます。

 

「この……ッ!

 卑怯者どもが! 1人では勝てないとでも言う気か!?」

 

 ボーデヴィッヒさんが啖呵を切りましたが、それに対して意外といえば意外な反応を示してくれた人が居ました。

 

『簪、少し我儘を言ってもいいか?』

「……我儘、って?」

 

 《打鉄弐式》の個人用回線(プライベート・チャンネル)へと、影内君が通信を繋いできました。

 以前は影内君側の機体の問題でできませんでしたが、それ自体は如月さんが専用の通信機を作りそれを《ユナイテッド・ワイバーン》に増設する形で問題を解決しています。

 そして、そんな形でボーデヴィッヒさんに聞こえないように行ったその会話の内容は、影内君の言葉としては意外なものでした。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 ペアを組んでいる簪に要点だけ掻い摘んで説明し、了承は得た。

 これで、何も憂うことなどない。

 

「一人では勝てない……ね。

 そう言えば、ボーデヴィッヒ。前に言っていたな。『ほざけ、最弱風情が。そこまで言うなら、足元にも及ばないと言ったその証拠を示して見せろ』と」

「ああ、そんな事もあったな。

 で、それがどうした?」

 

 時間稼ぎの意味も含めて、何時かにボーデヴィッヒが凰とオルコットを襲撃した時の話を始めた。予想通りではあるが、ボーデヴィッヒはその話に乗っかってきている。

 

「何、此方としてもその台詞には多分に思う所があってな。

 加えて言わせてもらうが、俺としてもあの時に友人二名が襲撃されている。というわけで、だ」

 

 ボーデヴィッヒに目にもの見せるため(俺自身の我儘)の次の一手の準備のため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()続きの台詞を話していく。

 

「……あの人には、遠く及ばないが。

 よく見ておけ。これが、『最弱』と呼ばれた人が生み出した奥義が一つだ……!」

「フン……見せてみろ、最弱風情の剣を!」

 

 ボーデヴィッヒも啖呵を切るが、俺は稼がれた時間を使って準備を終えている。

 

  ゴッ!

 

 背翼を全力で吹かせて、最短距離を真っ直ぐに進んで行く。同時に、機竜牙剣を大上段に構えた。

 《ユナイテッド・ワイバーン》から小刻みな震えが伝わってくる。それが、俺達の勝利への確信を持たせてくれた。

 

 

―――――――――

 

 

Side ラウラ

 

「フ……そんなに震えていて、よくも大口が聞けたものだな!」

 

 今しがた啖呵を切った影内一夏の様子をよく見れば、それが虚勢に過ぎない事がわかる。

 小刻みな震えを隠しきれず、よく見ればその機体にも震えが伝播していることが見て取れる。そのような状態で振るわれる剣など、嘗て世界最強(ブリュンヒルデ)と呼ばれた教官の剣を見てその指南を受けた身とすれば脅威などではない。

 其のことを知ってか知らずか、その状態のまま影内は何の捻りも無く正面から突っ込んできた。

 

  ゴッ!

 

(……愚かな。

 まだ、格闘では有効打を撃てない事に気付かないのか!)

 

 迎撃してもいいが、回避される危険性があるくらいなら一度接近させたうえで振るわれた剣を《A・I・C》で捕縛したほうがより確実に仕留められる。

 

「行くぞ……!」

 

 影内一夏は両手で大上段に一振りの大剣を持ち上げるが、そのような大振りの動作は《A・I・C》の格好の的だ。

 

(愚か者めが……貴様は、今ここで仕留める!)

 

 疑いようのない勝利に向け、右手を突き出し《A・I・C》を起動する。

 影内一夏の何の捻りも技術も工夫も無いその剣を、確かに受け止め――

 

「……な、にッ!??」

 

――()()()()()()。ゆっくりとだが、確実に影内の剣は《A・I・C》の停止結界の中を()()()()()

 やがて、その剣は徐々に徐々に停止結界の中で加速していき――

 

強制超過(リコイルバースト)!」

 

――完全に、食い破った。

 

  バキャアアァァドゴオォン!!!

 

 ISの金属装甲が力任せに無理矢理に叩き切られていく不協和音が響き、斬った大剣が勢いあまって地面に激突しクレーターを作り其の周囲に亀裂を作る程の圧倒的な破壊を(もたら)していく。

 ただの、大剣の一撃が、である。

 

「ば、バカなあああぁぁぁぁァァァァァ!」

 

 《A・I・C》を使用して尚、装甲には優れた部類のISである《シュヴァルツィア・レーゲン》の右半分がほぼ壊滅するという悪い冗談のような被害を確認する。

 

(こんな、事が……信じられん……)

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「まったく……何も、正面から破らなくてもいいでしょう……」

「でも……少し、一夏君らしいね。

 一夏君、ルーちゃんを悪く言う人、許そうとしないから」

 

 この顛末を呆れながら見ていた私のぼやきに、フィルフィさんが微笑みながら返しました。

 

「…………」

 

 一方、横を見ると皆さん言葉が出ないようでした。

 

「……皆さん、どうしましたか?」

 

 流石に居心地が悪くなってきたのでそれとなく声をかけてみた所、皆さんすごい勢いでこちらを振り向いてきました。正直に言うと少しだけ気味が悪く感じました。

 

「アーカディアさん!」

「は、はい……なんですか?」

 

 思わず冷や汗が出かけるレベルの気迫でオルコットさんから話しかけられ、次いで皆さんが口々に問いかけてきました。

 

「今、影内は何をしたんですか!?」

「アレ、どう考えても尋常じゃないですよ!」

「絶対おかしいよね~、アレ」

「……なん、だったんだ……あの一撃は……」

 

 皆さんが混乱の只中にあることは分かりましたが、だからと言っても気迫が入り過ぎています。

 

「落ち着いてください。

 そうですね……説明できる範囲での説明はしますよ」

「是非、お願いします」

 

 剣崎さんが凄い勢いで頼み込んできましたが、さすがに機竜とISでは根幹的な操作が異なる以上は詳しく教えたところで意味はありませんし、そもそも教えることもできません。

 ですので、要点だけ伝えることにしました。

 

「あれの名前は、強制超過(リコイルバースト)と言います。少々特殊な操作技術で、それにより超絶的な威力の一撃を放つ事を可能とするものです。

 神速制御(クイックドロウ)同様、訓練を積めば誰でも使える可能性はありますが……。色々と難点もありますので、使う人はあまり見ませんね」

 

 私の説明に、幾人かの人が食いついているようでした。さらに質問が続きます。

 

「その、特殊な操作ってのは……?」

「企業秘密ですので、さすがに答えられません」

神速制御(クイックドロウ)って、あの高速の一振りですよね? それも同様ってことは……」

「あれもちょっと特殊な操作を行う事で、神速の動作を可能とする技術ですよ。系譜的には強制超過(リコイルバースト)とはちょっと違うものですが。

 ついでに、これも教えることはできませんよ」

「そ、そうですか……」

 

 それぞれからの質問に答えつつ、誤魔化すところは誤魔化していきます。

 ですが、私の答えを聞くたびに皆さんが打ちひしがれたように沈んでいっています。

 

「しかし……停止させることに特化した装備を前にして、正面から切れるなんて……」

「すっごい威力だね~」

 

 デュノアさんと本音さんが感心したように言いましたが、私は切れたこと自体にはさほど驚きは持っていません。私が呆れたのは、その手段を選択したことについてです。

 

「それ自体は、別に不思議な事ではないでしょう」

「……え?」

「どんな物にも、限界があるという事です。

 あれだってISが運用する装備には変わりないのですから、ISが運用できる以上のエネルギーを出力することができません。しかも、その中でさらに他の武装の運用などにも割り振りますから、もし今回の強制超過のように威力のみに特化した一撃を受けた場合、受け止めきれなくなることは十分に考えられることです」

 

 機竜の側(私達の世界)においても、一見すると強力無比に思える神装でも何らかの制約や欠点を有していることなど珍しい事ではありませんでした。その意味で言えば、この結果もそう驚くような帰結でもありません。最も、この考え方をISに適用していいのかどうかは疑問の残るところではありますが。

 ですが、私の言った考え方はIS搭乗者の方々には特に新鮮に聞こえたようで、皆さん呆気にとられたような表情になっていました。

 

(……やはり、考え方に違いがありますか。

 まあ、それはそれでいいのですが)

 

 こういう所で私たちと彼女たちの考え方の違いを実感しつつ、視線をアリーナに戻します。

 

「そもそも、先程の一撃もある程度の加減はしている事でしょうし」

「あ、アレで加減……!?」

 

 そして、特に意識せずにボヤいた私の言葉に、更に混乱が広がりました。

 

「ええ。

 そもそも、正中線で切っていませんしね。もし本気で切りに行っていたら、ボーデヴィッヒさん自身を含めて半壊程度では収まらなかったことでしょう。だから当たる直前に剣筋を無理矢理逸らして、半壊程度で済ませたんです。後は、あの停止装備を超えた直後に駆動系の出力もある程度は落としていることでしょうね。

 実際は一夏に聞かないと分かりませんが……」

 

 私の言葉に、一緒に見ていたIS関係者の皆さんは唖然としています。ですが、視線をアリーナの中に戻した直後に、その驚きは全く別なものへと向けられます。

 向けられた先は、アリーナの中。そこでは、()()()()()()予想外の展開が繰り広げられていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side ラウラ

 

(負ける……こんな、ところで? 私が、負ける?)

 

 霞がかかり始めた頭で、思考していた。

 《シュヴァルツィア・レーゲン》はすでに半壊状態であり、当然の事ながらSEはすでに尽きている。私の敗北は、変わりようのない現実となっていた。

 

(……負けられない……私に、敗北は許されない……!)

 

 塗り潰された思考の中で、何時かの記憶が霞がかった頭の中で鮮明に思い起こされる。

 

『……私は、強くないさ。

 唯一の家族を……弟を、失いたくなかった。そのためにここまで来た。でも、出来なかった。だから、強くなどは無いさ』

 

 その件は知っていた。というよりも、ある意味では私も当事者だった。

 第二回モンド・グロッソの決勝戦で、教官を辞退させるためにその弟であった人間が誘拐された。が、日本政府は教官を優勝させるためにその事実を隠蔽し、最終的に弟であった人物は行方不明――事実上の死亡扱い――になったらしい。

 そして、その時の私は基地での待機だったが、会場の警護にあたっていた部隊は――私が隊長を務める以前の『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』だった。

 

『ただ、弟を失いたくなかった。それだけだったんだがなぁ……』

 

 その時の、泣きそうな笑みを今でも覚えている。

 それまでの自分は、ISが登場して以後、成績が低迷するばかりだった。最底辺の成績と言っても間違いではないほどに。

 その中で、教官の弟の誘拐事件が起こった後に隊長へと抜擢された。多くの隊員が交代を余儀なくされるほどの大怪我を負ったこともあり、隊長も交代することになったからだ。

 

 最底辺の成績だった自分が隊長に、である。

 

 強くならなければいけないと思った。その思いを叶えてくれたのが、織斑千冬教官だった。

 なのに、其の人は自分を強くないといった。

 

(力を……さらなる、力を……!)

 

 分からなかった。だから、答えが欲しかった。

 なのに、その答えをくれるかもしれなかった人は、自分を強くないといった。だから、答えを探そうとした。強くなれば、答えが見付けられると思った。答えが見つかれば、私の望みが叶えられると思った。

 

 だから――力が、欲しかった。

 

 

―ダメージレベル:D―

精神状態(セイシンジョウタイ)規定値(キテイチ)クリア―

起動条件(キドウジョウケン):クリア―

 

―VTシステム:起動(キドウ)

 

 

「ッがアアあぁぁぁあああァァァ!?」

 

 激痛と共に思考が塗り潰され、戦闘時の動き方が大量に頭の中に入ってくる。

 だが、その中で一欠片だけ、戦闘とは関係のない記憶が混じっていた。

 

『私は、――――のために、強くなければいけないと考えています。

 だから、教えてください。貴女が、どうやって強くなったのかを』

 

 そこで、少しの違和感を覚えた。

 

(……私は、あの時。何と、言っていた…………?)

 

 だが、大量の記憶で塗り潰された思考の中で、それ以上考える事はできなかった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「ッハァ……ハァ……」

 

 強制超過で《A・I・C》を超え、万が一の事を考えて半壊程度で済むように多少の手加減を交えつつ、ボーデヴィッヒへと止めを刺した。ボーデヴィッヒを倒しきれなかった時の事を考え簪に後詰を頼んでいたが、SEの残量を見るにそれは必要なさそうだった。

 無理に手加減を加えたおかげでいつもよりも疲れたが、それをしただけの価値はあっただろう。簪も緊張状態から解放されたためか、

 

 ――そうして勝利の余韻に浸れていたのは、短い間だった

 

「ッがアアあぁぁぁあああァァァ!?」

 

 突然、ボーデヴィッヒが悲鳴を上げた。

 流石に俺も簪も驚いてボーデヴィッヒの方を見るが、その時には既に異変が起こり始めていた。

 

「な、なんだ……コレは……?」

「ISが……溶け、てる?」

 

 ボーデヴィッヒのISが、真っ黒に染まった粘性の高い液体のような状態になると、そのまま原型など一切とどめない形状にまで溶けていく。見た目に言えば、まるで黒い汚泥だった。そして、その汚泥は意識が朦朧とし始めた様子のボーデヴィッヒを飲み込み、その身へと纏わり付いていく。

 ISは、少なくとも習った範囲で言えば、その形状を変えるのは搭乗者のデータ入力である初期化(フィッティング)とそれによって機能を整理する最適化(パーソナライズ)の最初の起動時と、形態移行(フォーム・シフト)の時のみのはず、それにしても、ここまでの変異ではないはずだ。

 

「こ、この形状って……まさか、じゃあ……コレは!?」

「……簪、知っているのか!?」

 

 簪には思い当たる事があるみたいなので、説明を求めようとした。

 だが、その前に変異したボーデヴィッヒのISの形状を確認した時、俺は我が目を疑った。

 

 全身が黒い汚泥を塗り固めた人形のようにも見えるが、それは確かに人型だった。成人女性のような体形の周りには、腕、足、頭部のみに必要最小限の装甲のみを纏った、近接戦闘に特化したISのようにも見える。そして、その手には、一振りの日本刀を握っている。

 その形には見覚えがあった。

 

 嘗て、一振りの刀のみで世界最強(ブリュンヒルデ)と呼ばれるにまで至った人物とその時の専用IS。今、量産機として幅広く使われている《打鉄》の参考元にもなった機体。

 

「……《暮桜(くれざくら)》、なのか?」

「うん。多分、そうだと思う……。でも、もしそうなら、あのシステムは……まさか、《VTシステム》、なの?」

 

 簪が、そのシステムの名前を言った時。

 ボーデヴィッヒを()()()()()ISが、此方へと一気に接近してきた。




初めて一万文字以上書きました。

最初に確認した時は、何かの間違いかと思いました。

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