Side 一夏
「……本当に、そこまでのメンバーでこちらに来るのですか…………?」
「はい。そういう運びになりました」
新王国へのあの報告から暫く経って。
俺は、
「そ、そんなに来て大丈夫なんですか……?」
「心配、ないよ……」
「新王国には極秘裏ではありますが一時的にローザ卿が滞在する手筈となっています。ユミル教国の方にはヴァンハイム公国からコーラルさんが、ヘイブルク共和国には市場への出席の名目でヴァンフリーク卿が滞在することでそれぞれ穴を埋めています。
まあ、コーラルさんとローザ卿はともかく、もう一人で危ない橋を渡ったのは本当みたいですが」
約一名、おそろしく相手したくない
「しかし、なぜそこまでして……?」
増援メンバーについては俺が付いて行く必要性を感じないほどの安心感があるが、むしろそこまでの事をしてこれほどの人員をそろえた理由が気になった。
「簡単に言うと、蟻の『巣』が出現しているという話が出たためです。
新王国の方でもいくつか確認されていますが、そのいずれも蛻の殻か小規模で有力な情報が得られていないのが現状です。そこで、こちらの方で大規模化した巣から何か有力な情報が得られないかと考えての事だそうです。
また、一国のみでは情報の信憑性について何かと問題にされる可能性があるため、ユミル教国のほうからも来る運びになりました」
アイリさんの説明に、なるほど、と思った。
確かに、あの蟻によって実害が出ているにも関わらず未だ詳細が不明。情報戦で後手になることがどれだけ恐ろしいかなど、言うまでもない。
ただ、一部の貴族はその調査の際に此方の戦力で行えれば
「ひとまず、こちらの協力者である更識会長達にはその方向で話しておきます」
「ええ、お願いします」
そこまで話した時、唐突にフィルフィさんが俺の目を見ると、そのまま話し始めた。
「一夏君」
「はい」
そして伝えられた言葉は、俺にとっては嬉しいものだった。
「ルーちゃんが、ご苦労様って。後、またこんな事があったら、ちゃんと伝えてって。一人でやろうとし過ぎないようにって、言ってたよ」
「一応私からも言っておきますが。
一夏、貴方は自分でやろうと
……兄さんの弟子という時点で、無茶をしないようにというのは半ば無意味でしょうが」
「……さすがに、それは」
最後が酷い言われようだったけど、それ以上に嬉しい事を言われた。
だからこそ、裏切ってはいけないと。改めて、そう決意できた。
―――――――――
Side 楯無
「さて。デュノア夫人、そしてデュノアさん。
此方として、現時点までで決定したことを伝えます」
「……はい」
『さて、どうなったのかしら?』
影内君から報告を受けた日の放課後。
下準備は既に終わっており、そこに影内君から増援メンバーが決まったという旨の報告を受け、早速デュノアさんを読んだうえでフランスに連絡を取っていた。
「まず、前提の確認をしますが……。
今現在、貴女達が抱えている問題は大きく分けて三つ。デュノア社の主幹工場が占領されていること、化け物への対抗戦力の不足、ISコアが破壊されたことによる責任追及。
これで、合っていますか?」
『ええ。そうなるわね……』
「でも、これだけの問題を一度に解決する事なんて、もう……」
横で箒ちゃんと一緒に見ていたデュノアさんが悲観的に呟く。さらに、通信先に居るデュノア夫人も同じような顔。けど、それこそがある意味で私の狙い目。
わざとらしく溜めを作った後、それとなく話す。
「そうね。確かに、一度に三つ全てを解決するのは不可能だわ。
『……なんですって?』
「会長……貴女は、一体何を言って……?」
私の言葉に、デュノアさんとデュノア夫人が揃って不信感に満ちた声を上げる。
だけど、それでいい。向こうの手札は知っている。今はこちらの手札を切る番。
「まず、貴方達が抱える問題ですが……。
内二つに関して、非常に簡単な解決方法があります。しかし、そのためには貴女達にも協力していただく必要があります。いいですか?」
『……何を、しろと?』
デュノア夫人は相変わらず不信感に満ちた声で問いかけてくるけど、それは構わない。
第一、すぐに信用されるとおも思ってはいないし。
「まず、フランスの方で破壊されたISについて。
今から私が提示した形で説明していただけますか?」
『……内容は?』
「簡単です。
私の説明に、デュノア夫人は相変わらず不信の目を向けている。
そして、次の台詞はそれを一切隠そうとしていないものだった。
『……それで、一体何が好転すると?
結局、ISコアが失われていることに変わりは』
「デュノア夫人、これが見えますか?」
言葉と同時に、ある物を取り出して見せる。
今回の交渉における、切り札その一を。
「……!? そんな……ISの、コア!!?」
『ど、どこから……』
デュノアさんと夫人が揃って驚愕の声を上げたけど、それも想定の範囲内。
「実は以前、この学園には無人ISが襲撃を仕掛けてくるという事件が発生してまして。
このISコアはその時、鹵獲した物です」
「そ……そんな話、どこからも……」
「箝口令が出ていたし、当然といえば当然でしょう?」
あえて軽い口調で、流すように話しておく。
「私達のさっき言った説明も、コレがあれば問題ないでしょう?」
『……それを、私たちに渡すというの?』
「まあ、そうなりますね。
今はまだ手元に隠して置いていますが、このまま世界大戦の火種にでもなったら一大事ですし。だったら、角が立たない方向で有効に活用したほうがいいとは思いませんか?」
私の発言に、デュノア夫人はいったん黙ると何か考え込んでいるようだった。その様子は、商談の内容を吟味している商人のようにも見える。
『……確かに、それがあれば事後処理の問題は大幅に軽減できるでしょう。
しかし、そもそもとして事後に至れるかどうか、という問題が残っていますが?』
「それは……つまり、あの化け物を殲滅できる戦力が無い、という事ですね?」
私の確認に、デュノアさんと夫人がそろって苦い顔になった。
「それでは、戦力の不足に関して……影内君、いいかしら?」
「ええ、構いませんが」
そして、ここで一度影内君の方に話を振る。
増援の決定は聞いていたけど、やはりここは当人から直接聞いた方がいいでしょう。
「まず、断言してしまいますが。
貴女達が対抗戦力として欲した、あの白い機体。貴女達が推測した通り、俺の会社はあの白い機体と繋がっています。
それと、本社の方からは基本的な方針として殲滅が可能な戦力を送り込むためにあの化け物を確認次第所在を知らせるようにと、仰せつかっていまして」
影内君の宣言に、デュノアさんとデュノア夫人が揃って絶句した。が、
「そして今回、貴女達フランスへも同様の対応……つまり、出来うるのであれば殲滅する方向で本社の方では話が進みました。
その結果、あの白い機体を
「…………え?」
『…………影内さん。貴方、今なんて言いましたか?』
デュノアさんと夫人の二人が信じられないという声を上げたけど、私としても、自分の耳が疑わしくなる発言が飛び出してきた。
「いえ。ですから、あの白い機体を
《アスディーグ》を含んだ上で
けれど、そこで驚いてばかりもいられないからひとまず続きを促しておく。
「……と、まあ。そういう事です。
貴女達が喉から手が出るほど欲しがった戦力は、私達の出す条件を守れば無理に奪わなくても協力してくれるという事です」
『……二つは解決できるとは、こういう意味ですか。
しかし、それを以って貴方達はいったい何を望むというのです?』
言葉には相変わらず不信感が見えるけど、向こうは乗り気になってきている。少なくとも、糸口は掴めている。
そう確信して、私は続きの言葉を紡ぐ。
「まず、いずれはあの化け物を殲滅するための軍事作戦が決行される……それは間違い無いですね?」
『ええ。
そうしなければ、フランスには後が無い』
「その作戦に、フランスや影内君の方からの増援以外の……他国のISを参加させること。また、その作戦の決行日時を二週間ほど後の日とする事。
これが、第一の条件です」
私の言葉に、デュノア夫人は再び思案顔になった。
『第一という事は、他にもあるのかしら?』
「ええ。とはいっても、次の条件の方がおそらくは大前提なのですが……。
第二の条件は、ここでの交渉……特に、ISコア周りの事を極秘裏とする事。ISコアの受け渡しが行われたなんて知れたら、お互いに大事になるでしょう?」
『そうね……。そこは、まあ当然かしら。
他は?』
提示した第二の条件に対しては特に反応を示すでもなく、デュノア夫人が続きを促してきた。
「第三に、今後このような事……つまり、スパイ行為を行わない事です」
『それは大丈夫でしょうね。
今回の事で、骨身に染みて分かったことですし』
呆れたような声で答えたデュノア夫人だけど、多分その呆れ声を向けた対象は自分たちだったことでしょう。
そこに対して突っ込むようなことはせず、あくまで話の続きへと戻っていく。
「第四に、私達が今後、フランスを始めとした欧州各国において何かしらの行動や調査を行う際、そのバックアップとなって頂く事」
『……なるほど。
しかし、私達も種々のパイプはあるとは言え、それでも限界はありますが?』
「それで、十分です」
私の言葉に、デュノア夫人は思案顔に戻った。
多分、内容を吟味しているのだろう。デュノアさんは話に付いていけていないのか黙っている。そうして少しの間、生徒会室は静寂に包まれた。
だけど、それも長い間の事ではなかった。
『……今すぐ解決しなければいけない問題の解決には、協力する。けれどその先の経営回復は自分たちでやる。そして、協力の見返りに先ほど言った条件を呑む。
今までの話を要約すると、こういう事ね?』
「そうなりますね。
で、どうします?」
今までの話の中身を簡単に確認し、再び思案顔になったデュノア夫人。返事には時間がかかるかもしれないと思っていた私の耳に、第三者の声が響いた。
『いいじゃないか。
この話、受けよう。シルヴァーナ』
響いたのは、低くてもよく通る男性の声。ゆっくりとした口調であり特に迫力を感じるようなものではないけど、不思議な抗い難さがある。
『れ、レイヴィング!?』
「父さん!?」
その正体は、ディノアさんと夫人の二人の叫び声ですぐに割れた。
デュノアさんの実父にして、デュノア夫人の夫。そして、デュノア社の社長。レイヴィング・デュノア其の人だった。
金属の擦過音も聞こえるのは、おそらく車椅子を押しているからでしょう。
「……レイヴィング・デュノア社長御自らが対応なさるとは。
ところで、確認しますが。返事は先程の言葉の通りでいいのですか?」
『今のフランスの状況を鑑みれば、当然の結果だろう。
このままでは、我々どころかフランスも座して死を待つばかりとさえ言える状況なのだしね』
どこか達観したような声に、疲れのような物がにじんでいたようなのは多分間違いじゃないでしょう。
「と、父さん……こんな、すぐに決めて大丈夫なの……?」
『そうよ!
どう返事をするにしても、まずは方々に……』
二人からの抗議を、デュノア社長は軽く手を翳して遮ると通信先から私へと声をかけてきた。
『フム……更識さん、と言ったね。
返事はどれくらいの間、待ってもらえるのか。聞いてもいいかな?』
「そうですね……。
先ほど言った、第一の条件については聞いておられましたか?」
『ああ』
私の問いに、短く、だがしっかりとデュノア社長は返事した。
「先程話した、決行日時。
貴方達がそれに間に合うように返事してくだされば、それで十分です」
『となると、二週間後までに準備を終えられるようにか……。
時間が無いね。可及的速やかに準備を始めよう』
デュノア社長はさして気負うでもなく、さらりと言ってのけた。その言葉にデュノアさんと夫人が何か言う前に、社長が続く言葉を話していた。
『シルヴァーナ。君にも負担をかけることになる。が……もう少しの間だけ、頼む。必用なのは今を乗り切ることだけだ。
なに、首が切れるにしても私だけさ』
この言葉に、ついに夫人が折れた。
諦めたように、だけどどこか吹っ切れたようにも聞こえる声音で叫んでいた。
『ああもう!
いっつもそうやって人の話を聞かないのだから!!』
言葉とは裏腹に、その顔には活気が満ちている。
『シャルロット』
「は、はいっ!」
今までのやり取りの間ずっと呆気に取られていたデュノアさんは、デュノア社長からの返事で正気を取り戻した。
『苦労をかけて、すまなかったな。
もう少しで終わる。それまで、辛抱してくれ』
父親からのその一言にデュノアさんは張りつめていた何かが緩んだようで、その場で膝をつくと嗚咽を堪えるように俯いて震えていた。
それから幾許と掛からず、話は纏まっていった。
概ね、私の狙い通りに。
―――――――――
Side 一夏
「……思っていたよりは要求内容が普通のように思われますが。
その実、何を考えてあのように?」
一通りの話が終わり、デュノア夫妻との通信も切り、デュノアと剣崎も退室した後。
生徒会室に残っているのは、俺、虚さん、更識会長の三人だけになっていた。
「……あんまり良い手とは言えないけど。
今後、手を出されないようにするためよ」
少しの苦々しさを含めたように、更識会長は返事を返した。
「具体的には、どのように?」
「ぶっちゃけると、手を出すよりも協力した方が得だと思ってもらえればいいのよ。
手を出せば手痛いしっぺ返しを貰う、けれど協力すればあの化け物周りの件での協力は得られる。並みのISでは太刀打ちもできない化け物が現れた時の、問題解決の協力が。
そうなれば、どちらの手を出した方が得かは算数ができればわかる話でしょう?」
更識会長の言葉に納得すると同時に、其の手腕と豪胆さに呆れとも関心ともに似つかない溜息が自然と出てきた。
「要は、力を見せつけて抑え込みつつ協力体制を一時的にでも築き上げるのが目的と。
だからこそ、量産型とはいえISが手酷いダメージを受けて撃墜されたという事実は知らしめつつ、各国のIS部隊を集めた上で作戦を決行させようとしたわけですか。そして、内容において譲歩する部分が多かったのはそもそも他国のISを参加させたうえでの作戦の決行そのものが目的だったからと」
俺の返答に、更識会長は頷いた。
「圧倒的な力を見せつけられた上、武力以外での圧力をかけようにも相手の得体は知れない。
そんな相手と事を交えるなんて、少なくとも私ならごめんだしね」
「しかし、そう上手く行きますか?」
確かに更識会長の思い通りに事が運べば此方としても動きやすくなるが、逆に各国を刺激して此方に降りかかる厄介事が増えればそちらの方が面倒なことになる。
が、更識会長は否定の意を示した。
「その可能性は低いと思うわよ。
国防において、迎撃不可能な兵器っていうのはそれだけでも脅威なのよ。だからこそ、町中にいきなり現れて戦車一台や戦闘機一機とかでは全然足らないほどの火力を叩き出すISは脅威足り得る。でも、それを簡単に倒せるような脅威……それも、人間同士の損得勘定ではなく、野生の本能で動くような化け物がいる。
そして、それを倒しうる戦力も存在する。それだけの能力を持った相手を自国の敵に回そうとするのはそういないわよ」
更識会長の話に、そんな物なのか、と思いつつも納得しておくことにした。
「それとさ」
それあでの口調とは打って変わって。
幾分優しく、同時に悪戯に成功した子供が得意げになっているような、そんな感じを漂わせる口調になっていた。
「やっぱり、家族は仲良く居て欲しいじゃない?」
「それについては全面的に同意します」
この言葉には、素直に頷いた。
「……っていうかさ。
私も驚いたんだけど、増援に来てくれる人達が影内君と《アスディーグ》が最低戦力になるっていうのは本当?」
「対等な条件で行った模擬戦の結果、勝率が四割を超えた人がいません。というか、中には本気出された時点でまともな模擬戦にならない人もいます」
「……世界は広いわね」
異世界の
それに、俺が強いのは《アスディーグ》あっての事なのだが。
(……俺如きでこれだと、ルクスさんやメルを見たらどうなることか)
いずれ行われる殲滅作戦を成功させるのは当然だが、其の後の事が少し不安になってきた。