それでは、続きになります。
Side 一夏
「……以上が、俺が知る限りの経緯です」
「……分かった。
ご苦労。これで事情聴取は終わりだ」
ボーデヴィッヒの一件の後、当事者である俺達は織斑教諭の主導で事情聴取されていた。とは言うものの、ボーデヴィッヒ自身がかなり話したらしく後の面々は簡単な補足だけで済んでいるのだが。
「それでは、これで失礼します」
いずれにせよ、俺としては事情聴取が終わった以上これ以上ここに居る理由も無い。
「……なあ、一夏」
が、そこで織斑教諭に呼び止められた。
無視して進んでも良かったが、その判断を下す前に織斑教諭が話を切り出してきた。
「アイツは……ラウラは、前はこんな事をする奴じゃなかった。
出会ったころのアイツは、アイツの部隊の隊員皆から好かれている面倒見のいい……それこそ、模範的な隊員だった。なのに、いつからか、ああなっていった……」
「……で、それを語った上で俺に何を言いたいんだ?」
今のボーデヴィッヒの姿からは少し想像がつかない話しが出たが、その先の流れがわからない。確かにそのボーデヴィッヒから目を付けられてはいるが、だからどうしろと言うのだ。
「今のお前なら、ラウラを救えるんじゃないかと思ったんだ……。
この二年間、お前がどこで何をしていたかまではわからないが、明らかにお前は成長していた。私よりも成長したお前のほうが、アイツをより良い方向に導けるんじゃないかと思って……」
取りあえず言いたい文句は山ほどあるが、それを言ったところで聞き入れるような人でもない。そして、ボーデヴィッヒもなぜこんな人を崇拝するようになったのか。
が、それでも言うべきことは多分他にあるだろう。これからの話がそれに対して最善であるかの自信は持てないが。
「……一々答える義理も無いが、いい機会だから答えておく。
「何……?」
ここで
特に、今の話を聞いたうえでは尚の事だった。
「ボーデヴィッヒにもある程度は話したが。俺にはな、師匠と呼んだ人たちがいてな」
「……初耳だな。
一体、何処の誰なんだ?」
「そこまで話す気はない」
ルクスさん達について多くを話す気は無いが、それでもこの位なら問題は無いだろう。
「ただ、確実に言えるのは随分とお世話になっている……其の人達全員が全員、大恩人だという事だ。
俺はその師匠達から色々と教わった。向こうの方での常識や生活様式もそうだし……戦い方や、そのために必要な事も色々と学ばせてもらった。
あの人たちが居なければ、今の俺は居ない……どころか、生きてすらいないだろうな」
ルクスさんからは機竜の基本操作から特殊な操作などを学んだ。
リーズシャルテ様からは機竜そのものに関する機械的な知識を学んだ。
クルルシファーさんからは射撃や相手の行動の予測に関する知識を学んだ。
セリスティアさんからは鍛え方を学んだ。
フィルフィさんからは体術を学んだ。
夜架さんからは実戦での戦い方を学んだ。
だけど、全員に共通して言えるのは、これら以外にも共通して『戦う理由』を学ばせてもらった事。
それぞれに違う理由だが、それに支えられた強さには、今でも届かない憧れのような想いさえ抱いている。
「その中でも特に最初の師匠と呼んだあの人には返せないくらいの多大な恩があるし、その人たち以外にも色んな人に様々な形でお世話になった。
その人達から、強くなる理由も貰った」
「……それが、なぜラウラを救う事が出来ないという話に繋がるんだ!?」
業を煮やしたのか、多少の苛立ちさえ見せながら織斑教諭が話を遮って聞いてくる。
「分からないのか、賢姉殿?」
いい加減、勿体ぶる事も無い。早々に吐き出してしまうとしよう。
「結局、俺も―――――ボーデヴィッヒと、大差無いんだよ」
この一言に、織斑教諭の瞳が鋭くなった。が、気にすることでもない。
(褒められたものではないが……事実ではあろうしな)
「どういう、意味だ?」
「だって、そうだろう? ボーデヴィッヒにとっては織斑教諭が、俺にとってはあの人達が様々な事を教わった尊敬する師であり、救ってくれ恩人だ。加えて、ボーデヴィッヒは織斑教諭には基本的に逆らう気が無いみたいだが、俺もあの人達相手には滅多な事が無い限り逆らう気が無い。そして、俺が強くなろうとした理由も言ってしまえば借り物の理想と結んだ約束のためだが……それらも、元を正せばあの人たちから貰ったものだ。アイツがアンタを戦う理由にしたのと、まあ少し似ているかもな。
強くなるために誰かに教えを乞う事はあるし、俺はそうだった。けど、その先が未だに見つけられていない。そんな人間が、何を教えられると言うんだ。
こんな、ボーデヴィッヒと同じ穴の狢か……下手すればそれ以下とも言える俗物を相手に救えなどと。よくも言えたものだな。尊敬すらするよ」
それに、過剰に自信を持つよりはマシだろう。
「俺とボーデヴィッヒに違いがあるとすれば、それは恐らくただの一点。
俺は、俺が師匠と呼んだ人たちから多くの事を教わった。が、それと同時に止められた事も一度や二度じゃなかった。やってはいけない事、間違った事、あの人たちにとってしてほしくはない事をしようとした時は、懇切丁寧に止めてもらえたよ。
俺は、あの人たちに何度も止めてもらえた。おかげで最終的にまずい事をすることは無かった。だけど、アンタはどうだ? 賢姉殿?」
驚愕の表情を顔に貼り付けていた織斑教諭だが、それも短い間の事ですぐに憤怒の様相を見せ始めた。
「じゃあ、お前はその借り物で満足なのか!?
それでいいというのか!!?」
「まあ、確かに借り物の理想だが……それでも、借りてきた理想そのものに、あの理想そのものに価値があると信じている。だから、そのために戦っている。その一助にでもなれればいいと思ってな。
それだけでもないのは確かだが……」
ここまで言ったところで、織斑教諭は多少たじろいでいるような様子になったが、それでも言葉を止めるつもりは無い。
「い、一夏……」
「それと、俺の名前は『影内一夏』です。いい加減に覚えてください」
直接的な言い方は避けるが、多少は伝わるだろう。
「……目を付けられている以上、無関係ではいられない。それは分かっているし、それ相応の対応はする。
が、それ以上に関わり合う気は無い」
ここまで言ったところで織斑教諭が何か勘違いした希望でも持っていそうな雰囲気を出したが、変に希望を持たれても困るというものだ。
だから最後に、織斑教諭から嘗て言われた台詞を少し借りて意趣返しをするとしよう。
「確かにボーデヴィッヒから目を付けられはしましたが、この問題は貴女とボーデヴィッヒの問題でしょう。
俺は関与する気はなかったし、ボーデヴィッヒの事情については認識もしていなかった。それで一体どうしろと言うんですか?」
その言葉を言い終えると同時、俺は扉を開けて部屋を後にした。
―――――――――
Side 鈴音
(……結局、最後は押し込まれちゃったわね。
まだまだ弱いままってわけか)
医務室で検査を受けながら、先程の一件の事を考えていた。
最後の瞬間までは二体一という事もあってそれなりに優位に進められていたけど、それでも最後は押し込まれた。
「……セシリア。最後、格闘戦している時にどうにかして撃てたりはしなかった?」
「その……あまりにも近すぎた上、思いの他」
しかも、セシリアにも聞いてみたらこの有様。言っている意味はよく分かるので、セシリアを責める気はない。
(むしろ、私自身の不出来を呪いたくなるところよ……っ!)
あそこまでの状況にしておきながら、得意としている格闘戦で押されるどころか逆転さえ許し、あまつさえダメージ判定がCに近いBにまで膨らんでいる。
代表候補生なら常識ともいえるけど、『ISは戦闘経験を含む全ての経験を蓄積する事でより進化した状態へと自らを移行させる』と言われている。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれていて、ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまい、平常時での稼働に悪影響を及ぼす可能性がある。
今回はギリギリそこまで行ってなかったから、これから修復に専念すれば何とかトーナメントには参加出来る。でも、一歩間違えばそれさえ出来なかったかもしれない。
結果に対して不甲斐無さを覚えたていたけど、そんな時に不意に声をかけられた。
「入っても大丈夫か?」
声の主は影内。
私もセシリアも、招き入れて特に問題があるわけではない。頷き合うと、そのまま招き入れた。
「失礼する」
「二人とも、大丈夫か?」
「大変なことになったって聞いてるけど……」
影内以外にも箒と簪もいた。
普段から一緒にいる面々なだけに、
「一応、私たち自身に問題は無いわ。
ただ、機体の方は少し厄介なことになったわね」
「ひとまずトーナメントには参加できそうではありますが……そのために、今からは修復の方に専念せねばなりませんから、練習時間は大幅に削られることになりましたわね」
私たちの答えに、影内たちは少し苦々しい顔になっていた。
「すまないな。
もう少し早く来れていたらよかったんだが……」
「別に、影内のせいじゃないでしょ。だから、謝るのは無し。
いいわね?」
私の言葉に、影内は渋々といった具合に頷いていた。表情も少し暗く見える。
だけど、そんなしんみりとしていられたのも短い間の事だった。
ドドドドドドドドッ!
「……ん?」
廊下から聞こえたのは大量の足音。一人や二人とかじゃない。しかも、間隔からして多分走っている。廊下は歩きましょうという常識は
そして、ちょうど医務室の前くらいでその音が止まった。その次の瞬間には、恐ろしい勢いで扉が空けられたけど。
入ってきたのは一年生の女生徒の一団。見知った顔もちらほら見える。
(一応医務室なんだし、少しは静かにしなさいよ……)
―――――――――
Side 一夏
医務室で騒ぎが起きるという非常識なことが起こったが、押し寄せた一団が俺を包囲した時点でその目的が俺と関わりがあることも知れた。
だが、いくら男性が少ないと言っても酷すぎる。
「影内君!」
「デュノア君……は、いない」
そして、ようやく騒ぎが収まってきたころを見計らって声をかけることにした。
「ど……どうしたんだ?
何があった?」
状況がほぼ把握できていなかったところに、一枚の紙が差し出された。内容を見るに、学内の緊急告知文が付随した申込書のようだが、その内容が問題だった。
「……『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行う為、二人組みでの参加を必須とする。尚、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』―――」
「そういう事なので!」
再び叫び声が木霊すと、申請書を持った手が付きだされた。
「「「「私と組もう、影内君!」」」」
誰に対しても返事を出した時点で面倒事になるのが確定しているので、出来れば返事を先延ばしにしたい。
(さて……どうした物か)
切り抜けるためのいい手を模索していたが、結論から言うとそれすらする必要がなくなった。
「いっち~、ちょっといい~?」
「のほほんさん?
どうしたんだ?」
「生徒会の方で~、用事があるから呼んで来てって言われたので、来ました~♪」
この時はナイスタイミングと言いたくなったが、それよりも先に離脱することにしよう。
お礼はその後でもいい。
「分かった。すぐに行く」
返事だけ返すと、そのまま部屋を後にした。
後ろが少し騒がしくなった気がしたが、そこは気にしない。
歩きながら、この時呼ばれた意味を確認していた。この時呼ばれたのは普通の生徒会活動とは大きく意味合いが違う事は事前に把握している。
蒔いた疑似餌の成果を確認しなければならないのだし。
(さて……フランスの王子様の仮面を剥がしに行きますか)
―――――――――
Side 楯無
「……虚ちゃん。この情報、確実なのよね?」
生徒会室でデュノア君に関する追加の報告書を読んでいる。
内容は、今までの調査書類は何だったのかと言いたくなるほどの物だったけど。
「はい……。信じがたい事ではありますが、確かな情報筋からの物です」
「……にしたって、ねぇ。
これは、やられたかしら」
「ですね……。事前に気付けた事だけが、幸いでしょうか。
手遅れになる前に、気付けた事だけが」
危うく引っかかる所だったのには、かなり肝を冷やしたけど。
この時、生徒会室が防音であることをいい事に私は思いっきり私怨を込めて叫んでいた。
「やってくれたわねフランスゥゥゥウウウゥゥゥーーーーーーーーー!!!!」
―――――――――
Side シャルル
(暫くは部屋に誰もいない……専用機は更新プログラムのインストールのために放置したまま……やるなら、今しかない)
生徒会での活動があった後、ボーデヴィッヒさんの一件で影内君が事情聴取を受け、部屋に一度戻ってきて専用機の更新プログラムのインストールのためにあの装飾の付いた短剣のような待機形態の専用機を置いて行ってお見舞いに行くと言っていた。
お見舞いだけならそう時間はかからないだろうし、僕だってこんなことは考えなかった。
けど、その少し後に「急に生徒会からの呼び出しが入った。しばらく時間がかかる」って連絡が来た時は「この時しかない」と思った。
今なら、誰にも見られずにデータを盗める。しかも、もともと更新プログラムのインストールのために内部のデータが見放題な状態だから、痕跡を隠す必要性すらない。
(今なら、確実にデータを盗める……いや、そのものをダミーにすり替える事だって……)
パソコンに繋がれたままになっている専用機の片割れに、いくつかのコードを接続して専用のデータ記憶端末にコピーして記憶していく。
そう時間はかからずにコピーの作業は終わり、次に影内君の専用機の待機形態を模したダミーとすり替えておく。
(すり替えさえしてしまえば、後は今夜か明日にでも『緊急の呼び出し』を言い訳に
僕の目的は、悲願は達せられる。
そこまで考えた、その時だった。
「……何をやっているんだ?
部屋の出入り口から聞こえてきたのは影内君の声。
しかも、ご丁寧に声をかけた直後に部屋の扉の鍵をかけている。何とか押し切って逃げようにも、影内君の実力なら鍵を開けるという一動作の間に僕を取り押さえることなど容易い事だろう。
(こ、こうなったら……)
不確実なのであまり頼りたくは無いが、あの捏造設定の方を使うしかない。
完全に温情頼りなので、本当はやりたくないけど。
「……言い逃れは、できそうにないね」
「そうだな。
薄々想像は付いているが、一体何をやっていたんだ?」
言葉を間違えないように気を付けながら、言葉を紡いでいく。
「多分影内君も調べがついているんだろうけど、僕は父の命令で男のフリをして入学した」
「目的は俺自身か、もしくは専用機である《ユナイテッド・ワイバーン》か?」
影内君の言葉に、頷きを一つ返してから予め用意していた事情を話し始めた。
「今現在のデュノア社は、量産機の世界シェア第三位の業績がある有数のIS開発企業……だけど、実際には倒産の危機にある。
欧州では今、
そのせいで次期主力機体選定からフランスは外された。デュノア社もその影響を受けて、政府からの援助は大幅カット。開発資金は激減、経営は困難。
この状況を打開するためにデュノア社が講じたのが、僕を男として学園に送り込んで、社の広告塔とする事。そして影内君に接触する事で《ユナイテッド・ワイバーン》の……稼働状態の第3世代型の情報を取得する事。デュノア社にとっては幸いな事に、僕は切り捨てても問題ないだろうしね」
ここまで話したところで一回話を切り、少し間を開けてから次を話し始めた。
「でも、ここまでだろうね。
結局はバレちゃったし、本国に呼び戻されて事情聴取と投獄かな。デュノア社も今まで通りとは行かないだろうけど、僕にはもう関係ないかな」
ここまで話してしまえば、後は相手の出方次第。
次に影内君がどんな言葉をかけてくるかで、僕の命運も決まる。
「……今の話が、全て本当だったとしてだ。
だったらなぜ、お前の事を調べている最中に
「……ッ!!」
(……マズい!!)
この言葉を聞いた瞬間、僕は咄嗟に隠し持っていた拳銃に手をかけていた。
その事は、知られてはいけない事実だったから。その事にまで手を伸ばしているという事は、僕の本当の出生と今現在のフランスとデュノア社の本当の現状について知られている可能性が高いから。
そして、僕が拳銃を構えた瞬間だった。
キンッ!
「……接近戦では剣の方が速い。
覚えておけ」
影内君が、僕の拳銃を切り裂いていました。そのまま私の片腕を片腕で捻り上げると片足を当てて足の動きも妨害し、さらに喉元にも剣を突きつけてきました。
それも、
「ど……どうして……」
「元々、置いてあったものはダミーだ。
本物はこの通り。今お前の喉元に突きつけている方だよ」
茫然とした僕に、影内君の声が無慈悲なまでの響きを伴って告げてきました。
「さて。
本当の事を、話してもらおうか」
もう、本当に言い逃れできない。
その時の僕はそう考えて、半ば自暴自棄になりながら叫んでいた。
「……アイツらさえ来なければ、こんな事にはならなかったんだよ!!!!」