Side 楯無
『……中々面白い事を考えるね。
部品のアテは別につけてたんだけど、そっちのほうで進めてみようか』
「そのように言っていただけたなら良かったです」
学園の設備を使おうとした私も大概だったけど、この二人は多分輪をかけて酷かった。目の前で行われた会話はそれだけの衝撃のある会話だった。
とは言え、内心私も止める気なんて全く無いあたり人のことは言えないのだけど。
「更識会長のほうもよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。むしろそれで行きましょう。
簪ちゃんの専用機を放り投げた人にはそれ相応に吠え面かいてほしいし」
『僕のほうでも少し声をかけてみるよ。
《打鉄弐式》に直接関わっていた面々は結構不満溜まってる人多いしねぇ……!』
少なくとも、この場においての意見は纏まった。
『それじゃあ、僕はもうそろそろ失礼するよ。
さっさと行動して、一刻も早く打鉄弐式を完成させたいしねぇ~……♪』
如月さんが微妙に不気味な笑顔で宣言してから通信を切り、一時、静寂が生徒会室に訪れた。
だけど、それも少しの間の事。
「それでは、もうそろそろ戻らせていただきます。
今後ともよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそね。
今日はありがと」
軽く挨拶だけした後、影内君は帰っていった。
「……お嬢様、お茶をお入れしましょうか?」
「お願い」
一人が居なくなり一人分の声が聞こえなくなった生徒会室で、私たちは一息入れ始めた。
この後のことを決めながら。
―――――――――
Side 一夏
(さて……一度、簪には謝らないとな)
考えても見れば、《白式》の一件が無ければ簪の専用機に被害が波及することもなかった。その意味では俺の不始末でもあるので、謝っておかねば。
ちょうど、この後は様子を見るという意味も兼ねて色々と話すつもりだ。その時でいいだろう。
「ったく、まさかここまで大事になるとは……」
愚痴を言いつつ、簪の部屋に向かう事にしていた。
同時に、同室のデュノアに部屋に戻るのが遅くなる旨を伝えておく。色々と怪しい人物ではあるが、今は
電話越しに「分かった」と返事を貰い、そのまま切ろうとした。が、それだけに終わらなかった。
『そういえば、部屋に織斑先生が来たよ。
何か、話があるって言ってたけど』
危うく口から暴言が出そうになったが、何とかこらえて続きを促す。
「……分かった。
内容については何か言っていなかったか?」
『ううん。すぐに済む話としか言ってなかったよ』
「そうか……分かった。
部屋に帰るまでに寄るから、さらに遅くなる」
『了解』
そこまで話すと、互いに何言か言葉を交わしてから通話を切った。
「……さて」
今から行く簪の部屋での用事が終わってから、寮長室に行くとしよう。
今度はまともな話であればいいのだが。
―――――――――
Side 簪
「……簪、本気か?」
「うん」
最初は泣いていた。
今日はずっと落ち込んでいた。
でも、それじゃ何も変わらない。そのことを教えてくれた、そして実際に努力してみせた人がいる事も知っている異常、私もへこたれてなんていられない。
「そうか……正直、技術的なことは私には分からないから具体的に何を手伝えるというわけでもないが、出来る事があったら言ってくれ。
出来る限りは手伝う」
「……ありがとう、箒」
一度決めた以上は、止まる気はない。とにかく、やれることから一つづつ始めていく。
でも、それを応援してくれる親友がいるっていうのは素直に心強かった。
「とは言え、まず何から始める気だ?」
「えっと……確か、如月さんの話だと《打鉄弐式》が今抱えている問題は、部品の一部の未調達と、機体その物の組み立てが終了していない事。そしてソフトウェア……つまり、プログラム周りがまだ未完成って事。
この内、手持ちの物で解決できそうなのはプログラム周り。だから、そこから始めようと思う。
さすがに《マルチ・ロックオン・システム》その物を作るのは無理だから、既存のプログラムを引っ張ってきてそれを改造して、って言う形になるとは思うけど」
私の答えに箒は少し考え込んだ後、箒はさらに重ねて聞いてきました。
「そうか……。そうなると、プログラム方面では特に手伝えそうには無いな。元々、その手の事は私の不得意とする分野だし。
部品の調達は何か目処か心当たりはあるのか?」
「えっと……さすがに思い当たらない」
「使えるんだったら、《陽炎》の予備部品とかどうだ?
如月さんも《打鉄弐式》のためだといったら用意してくれそうだし」
箒の言った内容に、少し驚きました。
確かに、機体そのもののコンセプトで言えば《陽炎》と《打鉄弐式》は機動力、運動性重視という意味で被る部分があります。だけど、《陽炎》が通常の《打鉄》のカスタム機であるのに対し、《打鉄弐式》は新規設計の部分も多い。使えなくはないけど、接続周りの調製は必要でしょう。
とはいえ、今の状況ではこの上なくありがたい提案です。
「いいの?
それって、箒や如月さんにも……」
「私のことは気にしなくていい。
それに。如月さんは元々完成させる方向で考えているようだったし、案外受け入れてもらえるかもしれないぞ」
「……ありがと。
如月さんに頼む時は、私も同席させてもらってもいい?」
「ああ」
そうして、私たちが話を纏めて行っている時だった。
コンコン
「あ、はい。
どちら様ですか?」
「影内だ。入ってもいいか?」
扉をノックしてきたのは、影内君でした。
断る理由などなくむしろ色々と話したいこともあったので、箒と頷き合ってからそのまま部屋に入ってもらいます。
「どうぞ」
「失礼する」
そう言って部屋に入ってくると、影内君は一回扉を閉めてから近場の空いていたところに座りました。
ひとまずお茶を出して一息入れてから話しをしていくことにします。
「ちょっと話があってきたのだが、いいか?」
「うん、何?」
「いや……簪の専用機についての事なのだが」
その一言に、思わず動きが止まりそうになりました。
「実は、さっき如月さんの方から詳しい話を聞いてな。《白式》が絡んでいることも聞いた。
まず、意図しなかった事とは言え、俺の機体の問題を波及させてしまった事について。申し訳ない」
それだけ言うと、影内君は一回深々と頭を下げました。
影内君自身は悪くない事はすでに知っていたので、その反応に驚くと同時に慌てました。隣で一緒に聞いていた箒も予想外だったのか、目を丸くしています。
「か……影内君のせいじゃないのは知っているし、別にそんな……」
「いや、あれは俺の不始末でもあった。機体を早々に解体に追い込んでおけばよかったものを……」
「影内、それを言ってしまうと一応の企業代表である私の立場はどうなる。
内情を全然知らなかったどころか、何もできてはいないというのに」
何か話が暗い方向に行ってしまいそうでしたが、今話すべきことは多分それじゃない。そう思い、何とか話題の転換を試みます。
「か、影内君。
その……まず、って言ってたし、話しってそれだけじゃないよね?」
「ん、ああ……。まずは謝っといた方がいいかと思ってな。
次の話だが。簪、部品の調達先の事だが、アテは?」
その話を聞いた時、つい先ほど話したばかりだった事もあって私と箒は顔を見合わせました。
ですが、特に隠し立てる内容でもないので素直に話したことをそのまま伝えることにします。
「えっと……さっき箒とも似たような話をしたばっかりで。
で、如月さんに頼んで箒の《陽炎》の予備パーツを使わせてもらえないか相談しようって事になって……」
「そうか……実は、さっき俺も同様の事を聞いてな。
それで、少し考えた事があるのだが」
「考えた事?」
『それについては僕から説明しよう!!』
突如としてこの場にはいないはずの第四の声が響きました。
声の発生源は通信用ディスプレイ。声の主は、私達もよく知っている如月さんでした。
『いや~、さっきの影内君の提案の件なんだけど、意外なほどすんなり話が通ってねぇ。
少し拍子抜けした位だけど、ま、僕としてはこの方向で進めるのがいいかなって思うんだよね。ただ、少し箒君にも手伝ってもらう事態になるかもしれないけど』
「私が、ですか?
出来ることと言えば機体のテスト位なのですが」
『そう、まさしくソレをして欲しいんだよ!』
今一つ話が見えてきませんが、それは箒も同じみたいで少し困惑しています。
「すいません、如月さん。
まず、何がどうなったのかを聞きたいんですけど……」
『ああ、そうだったね。
事の発端はそこにもいる影内君の出した提案でね。まぁ、要約すると『《白式》を解体して機体部品を《打鉄弐式》に組み込んで、第四世代装備としての《雪片弐型》を別に試せばいいのではないか?』って内容だったんだ。
確かに、これらを別にする理由なんていくらでも思いつく。まあ、そこは僕が適当に所長相手に言っといたから、心配しないで。
まあ、一度は自分の専用機を開発中止に追い込みかけた機体の部品なんて使っていられるか、って事だったら方向転換するけど』
「私は別に……そんな……」
『OK,OK! じゃあ、決まりだ!』
先日とは打って変わってハイテンションな如月さんに少し押されかけるけど、内容自体は特に拒むところもない。確かに、一度は《打鉄弐式》を開発中止に追い込みかけた機体ではあるけど、それをとやかく言っても始まらない。むしろ、
「如月さん。私のテストというのは、もしや……」
『《雪片弐型》だね。
一応コアも纏めてテストする必要があるけど、それ自体は高機動仕様の《打鉄》に積み込んで諸々のデータをとるから《陽炎》を弄る必要はないよ』
「良かった……。
日程の方はどうなっていますか?」
『そこは調整中だね。追って連絡するよ』
そこまで聞くと、剣崎は頷いていた。
「如月さん。何から何まで、有り難うございます」
『い~やいや、前にも言ったけど、僕も更識君が《打鉄弐式》を纏って飛ぶその雄姿を是非とも、是非とも! 見たいからねぇ~。
それに、お礼だったらむしろこの提案を最初に思いついた影内君に言っておきなよ。
それじゃ、僕はこれで。アディオス!』
それだけ言うと、如月さんは一回通信を切ってしまいました。
「影内君、ありがとね」
「いや、俺は思いついたことを伝えただけで、他には何もしていない。むしろ、実際に動いてくれている人に感謝した方がいい。
それと、俺もできることがあったら手伝うから言ってくれ」
それだけ言うと、影内君は部屋を後にしました。
―――――――――
Side 一夏
簪と箒との話がおおよそ纏まり、部屋へと戻る道の道中。ある部屋へと寄っていた。
寮長室、と呼ばれる部屋。はっきり言って入りたいとは全く毛ほども思わないが、呼ばれている以上はこの学園の一学生として応じないわけにも行かない。
その要件がこの学園の一学生として、ならよいのだが。
コンコン
「失礼します。影内です」
「入れ」
ノックをしてから扉を開け、部屋へと入る。
中にいたのは、当然と言えば当然の事ながら織斑教諭だった。
「それで、何の用件でしょうか?」
「いや……知り合いから、ISの試験をしてくれそうな人はいないかと話が来てな。
できれば近接系の人がいいらしいが……」
「……言っておきますが、俺はやりませんよ」
俺はそう言ったが、織斑教諭は聞く耳を持っていないようで――
「そう言うな。
今回は客員という事だから、別にお前の所属している会社の方針とぶつかる事もないだろう。試すISは前にも言った《白式》だが、お前の技能なら十分だ。
私としてもこの話自体は予想外の物だったが、お前の立場を変える必要が特に無いのであれば断ることもないだろう。それに、これは倉持技研の今後の計画にも関わることが決まっているから、人助けという意味も込めて……」
――またあの機体を薦めてきた。
簪の一件もあり、もはやあの機体には忌々しい思いさえ抱いている。無論、《白式》自体が悪いのではない事は知っているが。
「……いい加減にしてください、織斑教諭。何度も言いましたよね? 俺はそんな機体に乗る気はないって。
予想外とか言ってますけど、手を回していたりはしてませんよね?」
「いや……これは私としても本当に予期していなかった事態だった。
だが、別にそこは気にしなくてもいいだろう」
言葉をその通りに受け取るなら、確かに関係は無いのだろう。
もっとも、だからと言って許しがたい事には変わりないのだが。
「気にしますよ。それに、何度も言いましたがおれは乗る気はありませんので。
それに、その機体もいつまでその形のままあるか分かりませんし」
「何……?
どういうことだ?」
説明を求めてきたが、馬鹿正直に答える義理もない。ここで下手な事を言って振出しに戻るの好ましくないし。
「さぁ。その知り合いに直接確認すればいいでしょう。
それと織斑教諭。《打鉄弐式》って機体は知っていますか?」
「倉持のほうで試作している機体に、似たような名前の機体があったことは知っているが……それがどうかしたか?」
織斑教諭が食いついてきたので、自分の蒔いた種がどうなったのかも一応は言っておこう。
「倉持技研の方で製作される筈だった、日本代表候補生の専用機ですよ。
《白式》の開発が無理矢理捻じ込まれたために開発が一時凍結、その後は貴女が言った重要計画とやらを進めるために正式に開発凍結されかけている第三世代機です」
「それがどうした。私にもお前には関係ないだっろう」
割と本気でこの時は殴り掛かろうかと思ったが、それをしたところで意味は無い。何とか堪え、次の言葉を吐き出す。
「彼女は少し前までルームメイトでしてね。随分世話になりましたよ。
それでも、関係ないと?」
「確かに悪い事をしたとは思うが、専用機の事はそいつと倉持技研の問題だろう。
私は関与していないし、その事については認識もしていなかった。それで一体どうしろと言うんだ」
この瞬間、この人には何を言っても無駄だと確信した。
「……自分の行動がどういった影響を及ぼすか。貴女は、行動する前に考えたりなどしないんですか?」
自分の都合のいいように物事を解釈する人や、自分の思惑通りに事を運ぼうとする人は機竜側でもよく見てきた。だが、この人はそれがさも当然のように押し通る物と思っている分、余計に質が悪い気がする。しかも、悪気も無しにだ。
この話題を話すだけ無意味だと判断し、別な話題を持ち出すことにした。
「そういえば、前に出した問題は解けましたか?」
「……名字の事、か?」
「ええ」
最初から期待はしていないが、話の締めの代わりに聞いておくことにしよう。
結論から言えば、聞いたことが間違いだったかもしれないが。
「回りくどいことなどせず、言いたいことがあれば最初から口で言えばいいだろう。
どんな意味なんだ、一体?」
この瞬間、割と本気で《アスディーグ》の
「……分からないのなら、結構です。
それでは、失礼します」
それから、もう何も喋らずに部屋を出ていく。
もう、何も話す気にならなかった。