IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第四章(5):重なる不運

Side 一夏

 

(なんでこうも厄介事が立て続けに起こるのか……)

 

 内心で少し愚痴りながら、廊下を少し速めに歩いていた。

 ボーデヴィッヒとのいざこざの後、その時のアリーナの責任者を勤めていた教員の一人に口頭で簡単に経緯を説明することになり、それが終わってからある部屋に向かって進んでいた。

 場所は生徒会室。用件は二つ。簪の専用機についての事と、デュノアについて追加で分かった事について。

 

(少々遅れているし、なるべく速く行くか)

 

 少し気持ちが逸っていた事もあり、自ずと急ぎ足になる。

 だが、その足も途中で止まる事になった。

 

「……ぜです、教官!?

 なぜ、こんな所で教師など!!」

「だから、何度も言わせるな。

 私には私の役目がある。それだけだ」

 

 聞こえてきたのは織斑教諭とボーデヴィッヒの声。ちょうど曲がり角の先で言い争っているみたいだった。息を殺して様子を伺うと、廊下を挟むようにして立っている。

 だが、それは正直言ってどうでもいい。重要なのは言い争っている場所が俺が進もうとしている先であり、そして二人が廊下を挟むようにして向かい合って立っている以上、そこを通過するときは嫌でも二人の目に留まることになる。そして、ボーデヴィッヒとは少し前に問題があったばかりであり、織斑教諭も今となっては会いたくはない相手に入る。

 当然、この二人の間に割って入って行くのは得策とは言えない。止むを得ず傍らで休みつつ、この二人の会話に聞き耳を立てた。後で何かの役に立てばいいのだが。

 

「このような極東の学園で、教官に一体何の役目があるのです!?

 どうか、どうかお願いします教官。もう一度、ドイツに来てください。ここでは、教官の能力の半分も生かせないではないですか!?」

「それは決めるのはお前ではないし、何度も言うが私の役目があリ、必要だからやっている」

「この学園の者たちの何処に、教官の時間を割く価値があるのです!?

 力の象徴であり、今や世界のパワーバランスの代名詞ともなっている……そして、なにより、その気になれば他の兵器を圧倒しての勝利すら約束するISを、ファッションか何かのように……そんな危機感も無く程度も低い者たちのために、教官の時間を使うなど……!」

 

 少なくとも、この学園に入って以来初めて見るほど饒舌に語るボーデヴィッヒの姿に、色々と察しがついた。

 

(なるほど……織斑教諭を連れ戻しに来たわけか)

 

 これまでの言動からして、彼女がドイツ軍内での織斑教諭の教え子であることは察せる。そして、どうしてもドイツ軍に戻りもう一度指導してほしいために、わざわざこの学園にまで来たのだろう。だが、織斑教諭にその意思は無いらしい。

 

(……織斑教諭がボーデヴィッヒの提案を受け入れてくれれば、俺としては色々と楽になりそうだが)

 

 織斑教諭が何を思ってここに居るのかは知らないし興味もない。が、仮にボーデヴィッヒの言う通りにすれば関わる機会が激減することは確実なので、俺としては機体の押し付けを始め様々な問題が離れていくことになるのだが。

 今の応答を見ている限り、その可能性は限りなく低そうなので期待はしないけれども。

 

「……いい加減にしておけよ、小娘」

「っ!」

 

 一瞬だが殺気さえ乗せて放たれた千冬の言葉に、あれほど饒舌だったボーデヴィッヒの言葉が途切れる。自身を言葉で押しつぶそうとでもしているような重圧を伴う師の言葉を受け、彼女はたじろいでいた。

 

「少し会わない間に、随分と偉くなったな。十五歳で選ばれた人間気取りとは」

「わ、私はそんなつもりは!」

 

 明らかに恐怖していることが読み取れる態度で、ボーデヴィッヒが何かを言おうとした。

 その内にあるのは、二種類の恐怖だろう。単純に圧倒的な力を前にした恐怖と、自身にとって絶対的な存在から見放されることに対する恐怖。

 

「これでも私は忙しい身なのでな。

 お前も、さっさと部屋にでも戻れ」

「……はい」

 

 声をいつもの調子に戻し、織斑教諭がボーデヴィッヒに告げた。対するボーデヴィッヒは完全に沈んだ状態で、一言返事した後は何も言わずにその場を去っていった。

 

「……さて、いつまで覗いている気だ?」

「ただ単に話が終わるのを待っていただけなのだが……」

 

 苦笑しつつ、その場を後にしようとする。話しが終わって道が空いたので、この場に止まる理由もない。

 そのまま通り過ぎて目的地に行こうとした、その時だった。

 

「お前は……ラウラの事を、どう思う?」

 

 唐突に織斑教諭が言葉を紡いだ。

 その言葉に律儀に答える義理も無いが、いくつかは言いたいことがあったので言っておくことにする。

 

「先を急ぐので手短にですが……兵器としての側面からISを見ている事には好感を覚えますね。少なくとも、現状ではそのように扱われているわけですし。

 ですが、それだけです。その他の部分に関しては、良くも悪くも織斑教諭の考えから色濃い影響を受けているように見受けます。妄信か狂信と言い換えてもいいですが」

「何……?」

「では、先ほども言いましたが先を急ぐのでこれで」

 

 後は何も話さず、その場を足早に去っていく。

 元々先を急いでいるのだし、別にいいだろう。

 

 

―――――――――

 

 

「本日二度目だけど、生徒会室にようこそ」

 

 様々な問題が起きはしたが、それでもなんとか目的地である生徒会室についていた。そして、本日二度目となる更識会長からの出迎えの言葉をいただいていた。

 今現在この場に居るのは俺と更識会長、虚さんと本音の四人。最初はこの四人でデュノアについての話を聞き、次に如月さんから簪の専用機について詳しい話を聞けるとの事だった。

 

「まず、デュノア君について分かった事から。

 虚ちゃん、お願い」

「はい、お嬢様。

 まず、学園長より許可を貰い学園側の資料からも調べた結果、フランスについて不信な点が浮上しました。これをご覧ください」

 

 虚さんの言葉とともに配られた資料に記載されていたのは、ある生徒に関する資料だった。個人に関する部分が隠されてはいるが、フランスの代表候補生として転入してくる予定だった人であることが見て取れる。

 

「……デュノアではない?

 虚さん、この人は?」

「フランスから留学してくる予定だった代表候補生みたいなのですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 理由としては専用機の開発の遅れとされていますが、その説明にも後述の調査結果と合わせていくつか不審な点が見られます」

 

 資料を捲るように促され、ページを進める。

 

「まず、この資料にある人物に渡されるはずだった専用機についてですが。

 彼女について調査した結果、第2.5世代機に分類される機体であることが判明しました」

「2.5世代機?」

「第三世代機のテストベットとして、既存の第二世代機に第三世代兵装を積んで使えるように調製しただけの機体ね。

 基本性能的には第三世代機に劣るけど、既に確立された技術で製作された機体だから信頼性と安定性に優れているし、もし仮に何か問題が起こったときに破棄も容易。加えて、問題があった時の原因は大体追加された第三世代兵装だから、純粋な新型の第三世代機よりも原因の特定がしやすいっていう利点もあるわ」

 

 更識会長の説明に、機体については理解できた。

 だが、同時に新たな疑問も出てくる。

 

「……デュノア社は、確か第三世代機の開発の遅れが原因でフランス政府からの支援が打ち切られていたんですよね。なのに、なぜ第三世代兵装が?」

「それについて、興味深い資料が見つかってね」

 

 更識会長に促されて、資料をめくっていく。

 そこにあったのは、《ラファール・リヴァイブ》を基に改修したと思われる第三世代機があった。詳しい事は分からないが、それでもこれが存在しているというだけで疑惑としては十分である。

 

「フランスが計画していたと思われる第三世代機に関する資料です。

 機体についての詳細な情報は不明ですが、フランス政府はデュノア社と共同でそのISの開発を進めようとしていたと思われます」

次世代機開発計画(イグニッション・プラン)から外されたのは本当だけど、その後しっかりと第三世代機の開発をしているあたりはさすがね。しかも、高性能の追求を基本方針としていた欧州各国の次世代機開発計画の試作機と違って、すでに確立された量産機の技術を惜しげも無く使っているものだから操縦性や整備性では群を抜いてるんじゃないかしら。

 でも、なんでかは分からないけどこの計画も凍結されてるのよねぇ……」

 

 それはそれでわからない話だった。

 フランスにとっては起死回生ともなりうる可能性のある機体の開発を、わざわざ自主的に凍結。企業側に問題があったとしても、フランスの状態を考えれば無理やりにでも開発したいはずだ。

 

「さらに、本番はここからよ」

「シャルロット・デュノアとデュノア社についても追加調査を行った結果、このような資料が発見されました」

 

 示された資料に写っていたのは、ある意味で意外過ぎる代物だった。

 

「……デュノアの、企業代表の申請書?」

「そうよ。

 この資料が本物だとすると、デュノア君は一度はデュノア社の企業代表になろうとしていたことになるわ。にも関わらず、その申請を突然取り下げ、その後に国家代表候補生の資格を得たことになる」

 

 今までの話を纏めて考えると、この代表候補生は一度は開発の目途が立っていた専用機が突然開発打ち切りになったために留学を取りやめたことになる。だが、機体の開発凍結事態に不審な点がみられるし、そもそもとして専用機の開発が遅れても従来型のカスタム機でそれなり以上の性能を叩き出せる《ラファール・リヴァイブ》がある以上、一時的な代替機としてそれを使ってもらい、完成した専用機に代替機で集めたデータをフィードバックするなどして方法はあるはずだ。

 そして、その後釜にデュノアをスパイ目的でこの学園に留学させた事になる。それも、わざわざ企業代表から国家代表候補生の後釜にしてである。だが、その細部を見れば不審な点が多々出てくるうえ、やっていることの内容にもリスクが大きすぎる。

 

「……何と言うか、デュノアのスパイ行為以外にも何か隠してそうですね。

 ついさっきの摸擬戦の時も、色々とあったのですがどうも無理矢理やらされているとは思えない台詞がありましたし」

「そっちも聞き及んでいるわ。確かに、無理矢理やらされている人の台詞じゃないわね。

 いずれにせよ、こっちは追加で調査するわ」

「お願いします。

 対応については変わりないですか?」

「ええ。その方向でお願い」

 

 ひとまず、デュノアについて新しく分かったことはここまでらしかった。

 最早怪しさしかないが、その裏に何があるのかはいまだ読み取れない。そういう意味では、まだまだ警戒は解けなかった。

 

「さて、デュノア君についてはここまでね。

 次は簪ちゃんの専用機についてよ」

 

 その言葉とともに、何処かと通信が繋がった。

 モニターに通信先の人が映った。

 

『こうして直接話すのは初めてだね。

 僕は如月網太。倉持技研で研究員やっていて、剣崎君の専用機の整備主任と更識君の専用機の開発にも関わっている。

 それと、今君が身に着けている腕時計型通信機と多機能仮面も僕が作ったんだよ』

「お世話になってます。

 それで、今日は確か……」

『うん、僕の方から更識君の専用機《打鉄弐式》の開発凍結までの経緯を説明するよ』

 

 その一言を言ってから、如月さんは一回言葉を切った。

 そして、少しの間をおいてから語り始めた。

 

『事の発端は、おそらくは君も知っているであろう《白式》だったんだ。

 まず、僕も所属している《打鉄弐式》の開発チームのほうでは順調に開発が進んでいた。一部を除いた機体フレームの部品と《打鉄弐式》専用の特殊仕様部品は大体出来上がっていたし、更識君個人に合わせるためのデータも通常の《打鉄》を使って十分に集まっていた。後は、残っている部品の調達と機体そのものを組み上げて第三世代装備の《マルチ・ロックオン・システム》と、ソフトウェア周りの調製を残すのみとなっていたんだよ。

 でも、そこで政府が《白式》を開発するよう言ってきた。世界唯一の男性IS操縦者である君に渡すためと言ってね。だけど、さすがに倉持技研でもIS二機の同時開発はできなくてねぇ……。結局、所長は《白式》を最優先にして、それに全ての技術者をつぎ込んだ。私達《打鉄二式》開発チ-ムも含めてね。ただ、僕も含めて直接《打鉄弐式》に関わっていた人は開発の全面的な凍結に反対して、まあ、揉めてね。その時は一時的な凍結のみで後から開発を再開するってことで決着はついていたはずなんだ』

 

 あの機体が関わっていたのかと思うと少々複雑な思いもあるが、今はそれはいい。

 重要なことは、《打鉄弐式》に関する諸事情だ。

 

『だけど、その後になって新型量産機の開発計画が持ちあがってね。

 その量産前の機体として、《白式》が選ばれたんだ』

「あの途轍もなく『世界最強』用とでもいうべき機体が?」

 

 更識会長が驚きとも呆れとも似つかない声で疑問の声を上げたが、声には出していないだけでその意見については俺も深く同意していた。

 

『まあ、実際に機体性能そのままで量産したら使う人はほとんどいないだろうね。シェアで考えても《打鉄》より遥かに小さくなるだろうし。

 だけど、さすがにそこまで馬鹿じゃなかったみたいでね。《白式》に搭載されている専用装備の《雪片弐型》には、第四世代に分類される技術が使われている事がわかってね』

「第四世代?」

 

 疑問の声を上げた俺に対し、如月さんは特に嫌な顔をするでもなく答えてくれた。

 

『第二世代が装備の換装を前提に汎用性を向上、第三世代は操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の搭載を目標としているのに対して、第四世代は装備の換装無しでの全領域・全局面展開運用能力の獲得を目指した世代だよ。今は机上の空論とされているんだけどね。

 で。さっきも言ったけど《白式》の《雪片弐型》には、第四世代機に類する技術が使われていてね。最初から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)の《零落白夜》が使えるのはその恩恵なんだ。

 今現在の所長の構想としては、すでに各国が開発を開始している第三世代機を開発して競争するより、手元にある第四世代機を解析して技術的に一足先に行きたいみたいだね。しかも、装甲部分にこの技術を使えれば最初から単一使用能力を使える量産機が手に入ることになるから、それはそれで売りになるし。

 そのために、第三世代機に分類される《打鉄二式》の開発を凍結して、新型量産機の開発に尽力したいみたいでねぇ……』

「……単刀直入に聞きますが、出来るんですか?」

 

 今の話を聞いていて、単純に疑問に思った。

 そもそもとして、今の話を聞けば解析しようとしているものが技術的に難しいものと解釈できる。そして解析が出来なければ、新型量産機の計画自体が最初から潰れているという事になる。

 

『機械的な解析がちゃんと終わって、モニターデータさえきちんと録れれば、後々他の機体でも同じ機能の再現くらいは可能性があるとは思うよ。

 でも、そのモニターデータは一つも無いし、解析するにしても膨大な時間と多大な費用が掛かるからしばらくはそれ以外何もできなくなるだろうね』

 

 可能性が皆無ではないという返答を聞き、言葉に詰まる。

 

(この線から開発再開に導く材料を探すのは困難か……)

 

 新型量産機の開発が完全に行き詰まれば、あるいは。そう考えたが、現状を鑑みるにその可能性は低そうだった。

 

「……一応聞いておきますが、モニターデータをとるのに企業代表である剣崎が駆り出される可能性は?」

『完全に無いとは言えないけど、可能性は低いと思うよ。

 もう既に対外的に大々的に宣伝している別な専用機が支給されてるし、わざわざ広告塔を潰すような事はしないと思うけどねぇ…….

 もしモニターデータをとろうとするなら、最悪外部から誰かを招くという可能性も否定できないし』

 

 モニターデータ方面もあてにできないことがこの返答で分かった。

 同時に、ある可能性にも思い当たる。

 

(まさか、な……)

 

 某世界最強の事が一瞬頭をよぎったが、今はそれを気にしている時ではない。

 

「如月さん、《打鉄弐式》を組み上げるのには何が必要ですか?」

 

 唐突に、それまで沈黙を守っていた更識会長が言葉を紡いだ。

 その声音は、ひどく真剣だった。どれだけ妹の事を大事に思っているかが伝わってくるような気がした。

 

『ひとまず、未だ揃っていない部品の調達が必要だね。推進系と駆動系の部品だよ。それと、機体そのものの組み上げが出来る設備と機材。最後に、ソフトウェア……というより、機体のプログラミングが出来るだけのコンピュータとそのための接続ケーブル類かな。

 とは言っても、最悪、部品は流用するアテがあるからいいし、ソフトウェア系の開発は相応に上等なコンピュータがあれば出来るから何とかなるか。その気になればコンピュータ周りは僕が使えるモノで済むし。

 だから、この中で問題になるのは機体そのものの組み上げを行うための設備と機材かな』

「機材と設備ねぇ……」

 

 更識会長はそれだけ呟くと、何かを考え込んでいた。

 

「……虚ちゃん、確か整備課って機体の分解から組み立てまで一通り行えるだけの設備があったわよね?」

「確かに、ありますが……お嬢様、まさか!?」

「言い訳を考えればいいだけよ。

 大義名分があれば案外なんとかなるものだし」

 

 そこまで言われたところで、俺も更識会長が何を考えているのかは大凡推測が付いた。

 そして、俺としても一つ思いついたことがある。

 

「如月さん、一つ質問よろしいでしょうか」

『何かな?』

「さっき言った第四世代に類する技術の解析ですが……話を聞くに、解析すべき部分は《雪片弐型》だけですよね?」

『まあ、そうだね』

「《白式》の扱いはどうなるのでしょうか?」

『今は実質、宙に浮いている状態かな。

 遠慮なく言っちゃうと、別に機体がアレじゃなくても、コンセプト上の大元になった高速機動仕様の《打鉄》に《白式》のコアを入れれば済む話だし』

 

 そこまで聞いたところで、ある提案をすることにした。

 

「じゃあ、こんな事はできますか?」


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