Side 楯無
影内君が出て行ったのとほぼ同時、入れ替わるように生徒会室に虚ちゃんが再度入ってきた。
その顔は、神妙だった。
「お嬢様、どうでしたか?」
「ひとまず、デュノア社については再調査ね。
どうにも腑に落ちない部分が多いってことで意見が一致したわ」
「分かりました。すぐに始めます」
「お願い」
この事については比較的すんなりと話が進み、家の方にも連絡が行った。
だけど、ある意味でこの先が本番だった。
「それと、影内さん、アーカディアさん、バルトシフトさんの三名に対する調査結果なのですが……」
「やっぱり、何も出ない?」
「はい……」
ある意味でデュノア君以上に身元が不祥な存在である、影内君を含めた三人について。
最初は普通に身元調査をしたけど何も出てこず、入国ルートから割り出そうにも何も出てこず、それ以外に手を尽くしても何もわからない。
(……少なくとも、影内君個人に関しては何も問題無さそうなんだけどねぇ)
あくまで感覚的な部分が出てきてしまうため、不確定ではあるけど、関わってみた感じだと、影内君個人に関してはあまり警戒しなくてもいいように思われる。
だけど、個人と組織の方針については別。もし仮に彼の所属する組織が何か企んでいたとしても、今の状況では何もわからない。
「余計ないざこざを避けたかったから、あえて所属組織については聞いてこなかったけど、そうも言ってられなくなってきたかしら」
「ですが、それで協力関係が崩れてしまうと……」
「そうなのよねぇ……」
悩ましいのはその点で、正直私達の側に付いてくれている戦力だけで考えると、あの化け物たちへの対処が極めて厳しい事になる。その点、影内君という戦力の重要性は並大抵のものではない。
けれど、その戦力が所属している組織がどういったものなのか、それが全然分からない。
「まあ、そこはゆっくりと進めていきましょう。
今まで何も起こしていないし、私達に要求する情報も、基本的にあの化け物関連か、流出しているかもしれない機体のデータに関するものだけ。当面は大丈夫でしょうから」
「分かりました」
そこで一旦、影内君に対する話題は打ち切った。
でも、この先に私としてはもう一つ調べておきたいことがある。
「それと、虚ちゃん。
もう一つ、調べて欲しい事があるんだけど……」
「簪お嬢様の専用機の事ですか?」
虚ちゃんの思わぬ一言に、私は一瞬硬直した。
「な、なぜそれを……」
「先程、本音から話が来ました。
そして、今の状況でお嬢様が調べて欲しいなどと言いそうな事はそれしかありませんから」
何か色々な意味で負けた気がしたけど、それを気にしていては話が進まない。
ここは気を取り直して、次に行きましょう。
「そ、そうね。
それじゃあ、早速……」
「如月さんに連絡しますか?」
「それはダメ!」
「はい、簪お嬢様に知られるからですね」
確かに虚ちゃんの言う通りだし、そこは認めざるを得ない。
(でもそれは、ちょっと怖いというかなんというか……)
言い淀んだ私を見かねたのか、虚ちゃんが話し始めた。
「だから、いい加減素直になって直接簪お嬢様と話しあいましょうって……」
「それはそうなんだけど……」
この後、小一時間ほど私は虚ちゃんに説教されることになった。
―――――――――
Side シャルル
「ハアアアァァァァ!」
ドンッ! ガガガガ! ガギュ! ガンガンガンガンガンッ!
模擬戦の約束をした日の放課後。僕は、生徒会の用事が終わった影内君と約束通りに模擬戦をしていた。
「引き出しの多い機体だな!」
僕の機体、《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》はカスタム前の機体である《ラファール・リヴァイヴ》の
今の攻撃は追加武装の内アサルトカノン《ガルム》、重機関銃《デザート・フォックス》、連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》、55口径
普通の相手なら複数種の弾丸への対処を行うのは難しい。なによりそれぞれの弾丸への対処が違う以上、複数の対処を正確かつほぼ同時に行うのは本来並大抵の事じゃない。だからこそ、この攻撃方法なら通じると踏んでの事だった。
なのに、結果は余りにも呆気なく突破されるという始末だった。まず、大口径のキャノンのようなもので大半の銃弾を消し飛ばした後、ステップしつつ大剣を構えて消しきれなかった弾丸を防ぎつつも回避していた。
さらに、今度は鞭のようなものを使い牽制していた。さすがにそれを避けるには苦労しないけど、その後に来るライフルの射撃が地味に避けづらくなるのがつらい。
「影内君のほうが凄いけど、ね!」
鞭のような装備は避けつつ、ライフルは左手のシールドで防いでいく。同時進行で右手に近接ブレード《ブレッド・スライサー》を呼び出し、接近してきた影内君の大剣を火花を散らしながら受け流していく。
(武装構成は一部除いて量産機っぽいのに、この攻撃性能はなんなの!?)
驚異的なのは武装構成ではなく、一つ一つの基礎性能。武装の威力も高い上に、それらを支えうる機体の基礎性能も十分に確保されているように思える。
そして、それを扱う影内君自身の腕前も十分以上。というより、下手な代表候補生以上は強いと思う。至近距離で銃撃を行って反撃をしようにも、推進器らしい翼と特徴的な四つ足を動かしての巧みな重心移動を併用しての回避能力は途轍もないものがあり、早々には当たってくれない。
「けど……僕にも、ささやかな意地があってね!」
とっさに両手の装備を《ヴェント》に切り替え、フルオートで連続射撃。回避した先へと移動して《ブレッド・スライサー》を振るう。数回斬り合ったけど、さすがに近接戦で勝ち目はなさそうなので、すぐに《レイン・オブ・サタデイ》に切り替えて至近距離からの射撃。
今度は何とか当てれたけど、有効打にはなっていない。けど、一筋縄でいく相手とも思っていないから気にすることもなく、次の攻め手へと移っていく。
「そちらも、斬り合いと銃撃の切り替えが上手いな……攻め手に移りづらくてしょうがない!」
「それでも押している人の台詞じゃないよ、それ!」
私の戦術は
(本当に、なんで今まで無名だったのさ!?)
予想をはるかに上回る実力者を相手に、僕も持ちこたえるので精一杯だった。
それから攻防を繰り広げること数分。
私のSEは、ついに底をついた。
―――――――――
Side 一夏
デュノアとの模擬戦を終え、それからはもうアリーナの使用時間が残り僅かだったこともあり、それぞれに撤収の準備を始めた。
異変が起こったのは、その時だった。
――キィィイイィィン!!
「……ISの飛行音?」
「此方に向かってきていますわね」
鳴り響いたISの飛行音。近づいてくる音の方に目を向ければ、その正体はすぐに分かった。
「ね、ねえ! あの機体って!」
「ドイツの第三世代機、だよね……?」
「まだ本国での
周囲の生徒たちのざわめきも大きくなって来たころには、もう目の前まで来ていた。
搭乗者はラウラ・ボーデヴィッヒ。その身には、漆黒を基調としたISを纏っている。
「影内一夏、私と戦え」
「いきなりだな……理由を聞いてもいいか?」
「貴様が知る必要はない」
「そう言われてもな……」
彼女の態度は頑なであり、おそらく言葉だけで断るのは困難だろう。かといって、他の生徒が撤収の準備をしている手前、ここで戦闘をするわけにはいかない。
だが、俺がその先を考える前にボーデヴィッヒが動いていた。
「フン……なら、戦わざるを得ないようにしてやる!」
言うや否や、彼女はいきなり肩に装備された大口径砲を向けてきた。
回避すれば後ろへと砲弾が逸れ、後ろで撤収しようとしている他の生徒が巻き添えを喰らう事は避けられない。防御したとしても、弾かれた砲弾がどこへ行くかは不透明であり、最善の策とは言えない。
ではどうするか。答えは、簡単だった。
「フッ!」
軽く息を吐いて四つ足全てで跳躍、同時に推進器を吹かせて一気に距離を詰める。
同時に、ある行動も挟んでおく。
「フ……直線での行動など!」
一方、ボーデヴィッヒは何も気にせずに此方へとその大口径砲を撃とうとした。
が、それはすでに対策済みだ。
「……何!?」
そう。すでに大口径砲の内部には
ボーデヴィッヒの表情から察するに、内部の異常を検知して発射不能となった、と言ったところだろう。
「チィッ!」
ボーデヴィッヒが今度は両手を構えて何かしようとしたが、その前にすでに接近は終了している。
四つ足を使ってボーデヴィッヒの機体の両足を挟み込み、一度空中で前転してから地面に叩き付けた。
「ガハッ!」
叩き付けた際の衝撃が十分通じているのを確認してから、声をかける。
いい加減、俺も
「もうアリーナの使用時間も終了間近だ。
勝負なら後で正式に時間をとって相手をするから、この場は引いてくれ」
「貴様……ここまでやっておきながら、引けだと!?
侮辱する気か!!?」
一向に引く気の無いボーデヴィッヒに、内心頭を悩ませた。
「私は……教官の教え子として、力を示さねばならない!!
このような醜態を晒したままで、終われる物か!?」
この叫びに、何処かで不可思議な納得も覚えた。
(……あの師匠にして、この弟子ありか)
おそらく、ボーデヴィッヒは織斑教諭の教えを歪んだ形で、あるいはどこかが抜け出たまま受け継いでしまったのだろう。だが、力が全て、敵を作ることに躊躇していない、自分にとって価値ある事以外がまるで目に入っていない。そういったところは、よく似ていた。
だが、思考していたのはそこまでだった。今はこの場をおさめることが先決だ。そう思い、何とか説得しようとした時――
「……
――横から聞こえてきたのは、酷く冷め切った声だった。
「何だと!?」
「だってそうでしょ。
君は、自分の行動が織斑先生の評価を貶めかねない事になっているって気づいてないの?」
声の主は、デュノアだった。
彼女の様子を横目で窺えば、酷く冷め切った……それこそ、哀れみの感情さえ向けているような様子さえ見受けられる。
「君の行動は、厳密に言えば君が織斑先生の名前を出して行動している時点で、君が織斑先生から色濃い影響を受けているっていうのは誰でも想像できることだよ。その行動も、必然的に織斑先生の教えを受けての事って考えるのは簡単だね。
その行動が、極端な言い方をすれば誰もの模範になるような行動だったら織斑先生の評価も間接的に上がったろうね。けど、その逆を言えば君の行動が粗悪なら織斑先生の評価を間接的に下げている事になる」
「貴様……言わせておけば!」
ボーデヴィッヒがデュノアを睨むが、対するデュノアに怯んだ様子はない。
「それに、君の機体は、確かドイツで開発されていた
その君のとった今の行動は、どう考えても評価を下げることにしかならないよ」
そこで一息置いたうえで、デュノアは畳みかけるように言い放った。
「僕は、曲がりなりにも小さくても、デュノア社とフランスを背負って此処にいる。
君に、その自覚と覚悟はある?」
静かに、だが堂々と言い放ったその一言には、見る者を何処か圧倒する風格が備わっていた。
「それと……君がいくら望んでも、この場で決着を付ける事はできないよ」
『其処の生徒、何をしている!
学年とクラス、出席番号を言え!』
そして、タイミングよくスピーカーから大音量の教員の声が聞こえた。
ようやく騒ぎを嗅ぎつけたらしい。今度からはもう少し早く気付いてほしかった。
「フン……今日は引いてやる」
ここまでになって、ようやくボーデヴィッヒは引く気になったようだった。
(それにしてもな……)
だが、今この時引っかかっていたのはデュノアの台詞。
(負い目のある……ましてや、無理矢理やらされている人間が、あそこまで言う事は無い。しかも、この前見た資料の通りとしては欧州周りの事情に詳しすぎる。
一体、何があったんだ?)
引っかかりと疑問を感じつつも、その時は何も聞かずに終わらせた。
(だがまあ……好ましいものでは、あったな)
出会った形さえ違えば、何の疑いも無しに友人になれたかもしれない。
今の行動は素直に、そう思えた。
―――――――――
Side 鈴音
(……織斑先生の教え子、ねぇ)
ボーデヴィッヒの発言や行動を見聞きして、納得できる部分も多々あった。
正直、この学園で見てきた織斑先生の行動や態度を、良くない意味で受け継いでいる部分が多々見受けられる。
(近いうちに嵐が来そうね……)
多分、ボーデヴィッヒはまた影内を狙ってくることでしょう。
今回だけでは、終わらない。そんなことくらい私にもわかる。
(まあ、いいわ)
影内を狙ってきてはいるけど、周囲に被害が出ないとは限らない。その矛先が、もし私か私の友人に向いたとしたら……その時は、叩き潰すだけ。
もう二度と、奪わせたりはしない。