それでは、続きをお楽しみください。
Side 一夏
「専用機の開発が凍結!?」
「……う……うん……」
如月さんから一通りの連絡があった後、電話を切った簪がいきなり泣き出してしまい、その後少しして若干落ち着いてきてから俺もかいつまんで事情を聞いていた。
その中で聞いたのは、簪の専用機の開発が凍結された事とその経緯について。
「……すぐに何とかするのは無理か。
引っ越しの事もあるし、後でもう少し詳しい話を聞いて……そこからか」
聞いた経緯を考えれば、今この場で対策を練るというのは流石に無理がある。
ひとまず、今は引っ越しを済ませ、どこかでより詳しい話をしっかりと聞くべきだろう。対策はそのうえで、できる限りのものを用意しなければならない。
(なにより……理由が理由だったしな……)
一度、簪が強くなろうとしている理由を聞いているうえ、俺としてもこのまま放っておくという事にはしたくない。それに加え、その理由にも思うところが無いわけでもない。
幸い、早い時間から引っ越しの準備を始めていたためそちらの方は問題ない。それなりに重い荷物もあるが、それは俺が運び、剣崎と本音にも連絡して手伝って貰えばすぐに終わることだろう。
(少々難しいが……できる限りはやってみるか)
どこまでやれるかはわからないが、何かしらできることを模索しよう。
まずは、そこからだ。
―――――――――
Side シャルル
「今日からよろしくね、影内君」
「ああ、よろしく。
まだ慣れないかもしれないが、俺の事は気にせずくつろいでくれ」
「うん。
ありがと」
影内君と元々相部屋だった人に何か問題が起こったらしく、それで少し引っ越しが遅れたけど日が暮れるころには無事引っ越しはでき、その後の荷解きも影内君が
それからは、少しの間他愛の無い世間話をしていました。
「そういえば、影内君は専用機持ってるんだよね」
「まあ、確かに支給されてはいるが……」
「それってさ、どんな機体なの?
学園の専用機はある程度調べたんだけどさ、やっぱり直接聞きたいし……」
話がIS関連になったところで、影内君の専用機について少し聞いてみることにした。
その時の影内君の表情は、何と言うか、少し困ったようなそれに見えました。
「言ってもいい部分の説明自体は構わないが……少々長くなるし、試作特殊システムも積み込んでいる機体だから、多分言葉だけで説明してもわかりにくいと思うが。
良かったら、後で模擬戦でもするか? その方が色々と分かり易いと思うが」
影内君の提案は、正直言って少し迷いました。
確かに、彼と彼の機体である《ユナイテッド・ワイバーン》の戦闘能力を知りたい気持ちはある。ですが、彼の提案では僕の《ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ》も晒さざるを得ず、その能力も露呈させることになってしまう。
(……それでも、やるべきかな。
ここであまり嫌がって不信感を抱かせても仕方ないし、それに私にもちゃんとメリットもあるし)
少し逡巡はしたけど、提案を受けて模擬戦をすることにした。
「うん。良かったらやらせてもらうよ。
いつだったら大丈夫かな?」
「早ければ明日だ。元々アリーナは使うつもりだったから申請は出しているし、やる分には問題ないしな。
ただ、生徒会の方で一回呼び出しを貰っているから、それが終わってからになるが……」
生徒会の用事というのが少し気になったけど、それについては生徒会のメンバーでない以上はどうしようもない。守秘義務がある可能性もあるし、あまりしつこく聞いて不信がられるのも避けたい。
「うん。じゃあ、それでお願い。
終わるまでは部活動を見て回っているよ」
「じゃあ、終わったら一報入れる」
「うん。お願いね」
ひとまず、明日やることも決まった。確かめなけれないけない事も、もう見えている。
(とにかく、まずは明日の摸擬戦からだね……)
やるべき事も決まり、その後はまた他愛のない世間話へと戻っていった。
―――――――――
Side 楯無
IS学園にデュノア君が転校してきた翌日。
私は今現在影内君と同室になっているデュノア君について、いくつか伝えたほうがいと判断したことを伝えるために呼び出していた。
正直言って、
(だけど、何かしらねぇ……)
この調査結果に、違和感を感じている私もいた。
(何と言うか……見事すぎる、って言えばいいのかしらね……)
確証はないけど、引っかかりも感じている。何より、あまりにも出来過ぎているようにさえ思える。
だけど、どのみち彼に注意を促さなければいけないことに変わりはない。
「失礼します」
資料を捲りながら考えを纏めていたところ、影内君が来た。
「ようこそ。
取りあえず座って」
私が勧めると、影内君も割り振られた席に座りました。
これで、この場にいるメンバーは私と影内君、そして虚ちゃんの三人。普段なら簪ちゃんと箒ちゃんもいるんだけど、この二人は色々あったみたいで今は居ない。
(出来れば詳しい話を聞かせて欲しかったんだけどねぇ……)
今からの話には全く関係のない事を考えたけど、そこは頭を切り替えてきましょう。
「じゃ、話を始めてもいいかしら?」
「どうぞ。
それと、後で此方も頼みたい事があるので、それについてもよろしいでしょうか?」
「ええ。内容にもよるから、それについては後でまた話しあいましょう」
影内君が言ってきたけど、内容による部分もあるからあまり確実なことは言えない。けど、彼の重要性は私も重々分かっているつもりなので出来るだけその要望には応えようと思っている。
だけど、それも話が終わった後の事。今は私が話すべきことを話しましょう。
「取りあえず、内容は先日転校してきたデュノア君についてよ」
私の言葉に、影内君は少し驚いた顔をした後、少しの満足を覚えているような表情になっていた。
「此方の頼みたい事もデュノアに関することだったのですが……。
手間が省けましたか」
確かに、それなら手間が省けるというもの。むしろ、お互いにとってちょうどよかったというべきでしょうね。
「それならちょうどよかったわね。
さて、改めて始めるわよ」
虚ちゃんに目配せして、影内君に資料を渡してもらう。
影内君の手に渡ったのを確認してから、改めて説明を始めた。
「まず、デュノア君の身元に関してだけど。
社長夫妻の周りを洗ったところ、『シャルル・デュノア』っていう名前の息子は居なかったわ」
影内君が資料を捲り、件の彼女について書かれたページを開く。
そこに書かれていたのは、とある少女の名前。
「社長夫妻……というか、社長周りにいた血縁者の中に居たそれらしい人物で当たったのは、この子ね」
「名前は『シャルロット・デュノア』。
社長夫妻の間に生まれた子供ではなく、社長と愛人の間に生まれた子供ですね。愛人だった母親のもとで暮らしていたみたいですが、その母親も2年前に他界し、その後デュノア社長夫妻に引き取られたいたみたいです。
その際にIS適性検査を受け、高い適性が発覚。デュノア社所属のISテストパイロットとして働いていたみたいですね」
「そんな立場だから、大方、影内君の機体か影内君自身を狙ったスパイとして潜り込まされた、って言った所かしらね。実の所、少し前にデュノア社から一応の所属にしている企業宛てに事業協力の話があったし。
まあ、他にあった同じような話も含めて全部断っていたけどさ。
さて、虚ちゃん。説明ありがとうね。下がってもいいわよ」
「畏まりました」
虚ちゃんが絶妙なタイミングで情報の詳細を補足してくれたことにより、私の仕事は後の話し合いを纏めるだけとなった。
そして、虚ちゃんが生徒会室から出て行ったタイミングを見計らって影内君に声をかけた。その時の表情は、何かを訝しんでいるようなものだった。
「影内君、彼女たちへの対応はどうするつもりかしら?」
「そうですね……。
当面は、彼女の方から何かをしてこない限り今まで通りの対応をしていくつもりです」
「そう……ついでに、何かあった場合は?」
私の質問に、影内君は僅かに……ほんの僅かに、眼を鋭くしながら答えた。
「出来るのであれば現場を取り押さえ、場合によっては実力行使といったところでしょうか。
影内君が言った言葉に、私は少し意外な思いを抱きながらその部分について聞くことにしました。
「資料の通りなら、ね。
まるで資料の方に疑わしい部分があるような言い方だけど。そんなに信頼できないかしら?」
私の言葉に、影内君は困ったような顔を浮かべながら答えました。
「別に調査結果そのものの内容は疑っていませんが……。
ただ、いくら何でも出来過ぎているんじゃないかと思いましてね」
「その理由は?」
私の問いに、影内君は少し考えながら答えた。
「まず、この資料によるとデュノアは最初、母親のもとで父親とは別に過ごしていたんですよね?
父親であるデュノア社長からしてみれば、揉み消せるのかもしれませんが……それでも、自身のスキャンダルになりえる要素であるデュノアを、そこまで近しい場所に置くものなのかと思いまして。
もし仮にですが、デュノアが最初からそのことを知らなければ、そもそも放っておけばいいだけでしょうし」
「なるほどね……。
でも、それは少し根拠としては弱いと思うけど」
私の軽い反論に、影内君も「確かに、これだけでは弱いですよね」と認めつつも、他にも理由があることを告げて続けた。
「さらに言えば、今現在のデュノアは立場や目的の問題があるとはいえ一応は他国の目にも付く場所に一国家の代表候補生として送り込まれています。
他国の眼にもつく場所にそれなり以上の立場を持たせて送り込んでいる以上、スパイ行為がバレた時の事を考えれば搭乗者を失う可能性も高い場所にそうも優秀な搭乗者を送り込むものかと思いまして。今はまだデュノア自身の実力を知らないので何とも言えませんが、彼女自身が優秀な搭乗者であるならそうも簡単に切り捨てるられる存在とは言い難いのではないかと。仮に彼女の実力が低く、すぐに切り捨てても問題ない程度なら今度は国のレベルが疑われかねませんし」
「それも一理あるわね。
まあ、追い詰められていれば何をするか分からないのが人間でもあるから、一概には言えないけど……」
私の返答に、影内君も「そうですね」と返しながらさらに続けた。
「最後に、企業代表ではなく国家代表候補生として編入させている点です。
もし仮に企業代表として編入させているのであれば、最悪の場合を考えても一企業を切り捨てるのみで済みます。ですが、国家代表候補生という国にも関わりある立場で編入させているのであれば、必然的に国家が関わっていることが推測されます。
当然、偽造にも関わっているでしょうしそれが疑われて当然です。一部の人の暴走だとしてもそれによって国家の信頼そのものに傷が付く事は避けられないでしょうし、あまりにもリスクが高いのではないかと」
その言葉には私も頷いた。
もし仮にこれが企業だけの問題で済むのなら、私もそこまで違和感を感じなかった。けれど、国家が行ったとなれば、しかも言ってしまえば対策が杜撰な部分も多分に見受けられるこの状況では、正直に言ってこの事実が白日の下に晒される可能性を否定できない。
言い換えてしまえば、お粗末ですらある始末なのだ。
「……実の所、私も結構違和感っていうか、見事すぎるような印象は受けていたのよね。
確かに、国家ぐるみとなればデュノア君を追い詰めて無理矢理にでも言う事を聞かせることも十分できると思う。でも、一応は国家からの不干渉を謳っている場所に行かせている以上、最悪、手痛い反撃を喰らう可能性がある。
それに……まあ、ぶっちゃけて言えばわざわざ男性として、っていうのもそれなりにわからない話なのよね。正直、普通に女性として入学させて、卒業までの期間でゆっくりとスパイ活動させればいいだけだし」
私の話を、影内君は頷きながら聞いていた。
「それに加えて。もし仮にデュノア社を切り捨てるような事態になれば、フランスにとって痛手になるのは避けられない。確かにフランスのIS開発は他の欧州各国からは遅れ気味で、
確かにフランスはデュノア社への財政支援を一度打ち切っているけど、その原因になった経営不振も元をただせば異常なほどの違約金が原因とされているわ。けれど、いくらなんでも過去に例を見ないほどの額に膨らんでいる以上、今回の案件と合わせて何か裏がありそうだし」
資料をめくって関連するページを一通り見た影内君は、私の意見に同意を示してくれていた。
「では、今後のデュノアに対する対処はどうしましょうか?」
そして、一通りの資料も見た後で、影内君は私に聞いてきた。
「ひとまず、影内君は最初に影内君が言っていた通りでいいわ。でも、できれば現場を押さえて連れてきてくれないかしら?」
「委細了解しました。
更識会長は?」
「ひとまず、追加で調査ね。
影内君も違和感があるみたいだし、私としても色々と不審に思う部分もあるし」
私の返答に、影内君は満足を覚えているような表情で頷いた。
だけど、それから少し真剣な表情になって、唐突に全く別な話題を切り出してきた。
「話を変えてしまって申し訳ありませんが。
簪の事についてはもう聞きましたか?」
「簪ちゃんの事……って?」
影内君が何を言いたいのかわからず、私はその続きを促した。
「簪の専用機が、開発凍結になったそうです。
詳しい話は」
この時の私の気持ちを正確に一言で言い表すなら、憤怒と言えばいいでしょう。
「おぉのぉれぇええぇぇぇ倉持技研ーーーーーーーー!!!」
そして思わず叫んでしまってもいた。
「よくも……よくも、私の大事な簪ちゃんを蔑ろに……!!」
そして、一言で一気に怒髪天になった私を、影内君は微笑ましいものを見たという目で見ていた。
「何よ。何か文句でもある?」
その態度に若干の苛立ちを覚えてしまい、
「いえ。ただ、簪の事を大事に思っているんだな、と思いまして」
「そんなの、当然じゃない」
確かに色々あったけど、簪ちゃんの事を大事に思っていることだけは変わりない。これだけは、自信をもって言える。
「その割には、どこか他人行儀な部分が見受けられますが?」
そして、影内君は痛い所を的確に突いてきた。
「……今でこそ、簪ちゃんも家の事に関わるようになってきたんだけど。
一時期は本当に疎遠だったの。今のような関係になったのも、箒ちゃんと出会ってからだから、それ以前は話す機会も数えるくらいの時もあったしね」
簪ちゃんの自慢の姉で居たくて、色んな事を頑張った。武術や勉強は当然の事として、他にも沢山の事を習って、できるようになった。
でも、いつの事だったか。気が付くと、簪ちゃんは私の事を化け物でも見るような目で見ていた。
それからだった。私は簪ちゃんに話しかけるのが、徐々に怖くなっていった。
「それに、家の当主になってからはむしろ疎遠のままでいた方がいいんじゃないかと思う事もあったの。
だって、そっちの方が簪ちゃんが安全かもしれないから」
対暗部用暗部なんて家柄である以上、常に手段を問わず殺される危険に晒されるのが宿命ともいえるのが更識家。そこの当主になったのであれば、必然と私にもそれは適用される。
私はそれでもいい。元々、なった時から覚悟なんてできている。
だけど、簪ちゃんにはそんな事を気にせずに過ごしてほしかった。
「それに、今の簪ちゃんを見ていると、余計にそう思えてしまう部分もあるのよね」
私の呟きに、影内君はどこか興味深そうに続きを促してきた。
「確かに、簪ちゃんが離れていくのは寂しいけれど。でも、それだけ立派になって、私なんかが近くに居なくてもいいくらいに成長してくれたのだとしたら。それはそれで嬉しいじゃない?
実際、簪ちゃんも今は代表候補生になっているし、私が見てきた他の代表候補生と比べてみても実力的には悪くない……どころか、むしろ上位に入るくらいじゃないかしら。加えて、箒ちゃんに会って、一緒に訓練をやるようになってからはさらに伸びている。
専用機も持って、その機体と一緒に伸びていったら、私なんかが守る必要なんてそれこそなくなるんじゃないかしら」
これは本音だった。
最初は私と同じようにIS搭乗者になる必要なんかないと思って、それとなく止めようとした時もあったけど、でもしっかりと着実に実力をつけていっている今の簪ちゃんを見ていると、
それに加えて、箒ちゃんという親友に如月さんという信頼できる人を、簪ちゃんは得ている。自分の力で得た、信頼できる人達を。
「でも、今までの話を聞いていると、本当は仲直りしたいようにも聞こえますが」
それまで静かに聞いていた影内君が、唐突に言葉を発した。
そして、その言葉は確かに私の心情を言い当てていた。
「……いやに言ってくるわね」
見透かされている事に対するささやかな苛立ちを込めた私の言葉に、影内君は「そうですね」と肯定しつつ「ですが」と続けていた。
「俺が確実に言えることがあるとすれば。
仲直りしたいのでしたら、できる限り早いうちにしてしまう事をお勧めしますよ」
それだけを言って、影内君は生徒会室を出ていった。
だけど、影内君が出ていく直前、その時に呟いていた言葉は、私には聞こえなかった。
「……簪が、俺のようになる前に…………」