Side 一夏
様々な問題が起こったが、何とか授業には間に合った。
グラウンドに着替えたうえで出てみれば、既に一組と二組の生徒が整列していた。一応時間には間に合ったが、どうやら俺たちが最後らしい。
「それでは、今日の授業を始める。
まずは、見本としてIS同士の模擬戦闘を見てもらう。オルコット、凰。出て来い!」
織斑教諭が二人を呼び出し、前に立たせた。
この二人は代表候補生でもあるし、見本にはちょうどいいかと思ったらどうも違うようで――
「織斑先生、私達で模擬戦をすればよろしいので?」
「いや、違う。お前たちの相手は別に用意してある。もうそろそろ来るはずだが……」
――織斑教諭が確認するように視線を上空に向けると――
キイィィィン
――ISの駆動音がその視線の先から響いてきたが、それだけに止まらず――
「ど、どどど……退いて下さい~~!!」
――上空から叫び声、それも不吉な響きのそれが聞こえてくる。
そして、同時に緑色の装甲で覆われたISが飛んできている。纏っている使い手は山田教諭。それはいいのだが、今進んでいるコースをそのまま進むと明らかに生徒たちが密集している場所へと突っ込むことになる。
今現在進んでいるコースを修正しておらず、警告を口頭で発している。つまり、コントロールを失って墜落していると考えるべきだろう。
「陽炎!」
「――降臨せよ。天を穿つ幻想の楔、繋がれし混沌の竜。〈ユナイテッド・ワイバーン〉」
咄嗟に詠唱し、《ユナイテッド・ワイバーン》を召喚。同時に、剣崎も自身の専用機である陽炎を展開していた。
まず剣崎が器用に軌道を合わせると、掴んで山田教諭の負担にならないように減速し始めていた。元々機動力に余裕のある機体なだけに、問題なく受け止められている。
こっちはこっちで障壁を展開しつつ、四つ足の内後ろを伸ばして杭代わりにしつつ前脚は少し曲げて腕と合わせて衝撃を和らげられるようにしておく。
直後、感じた衝撃はそれなりだったが特に問題は起こらずに止められた。
「山田先生、大丈夫ですか?」
「す、すいません~……」
剣崎が山田教諭をゆっくりと下ろしながら言葉をかけ、そんな剣崎へと陳謝している山田教諭がいた。
普通、逆ではないのだろうか。
「山田教諭、落ち着いてください。
入学試験の時に俺を撃ち倒した貴女は何処へ行ったんですか……」
「面目ないです、影内君……」
個人的にも一度その実力を身をもって味わっている手前、これほどの実力者が侮られるような行動は注意してほしいと思う。
だが、割と本気で落ち込んでいそうな様子の山田教諭に、さすがに言い過ぎたかという罪悪感も募った。
「えっと……織斑先生。
もしかして、私達の相手というのは」
「山田先生だ」
オルコットの質問に、織斑教諭が答えていた。一方、当のオルコットには戸惑いが見受けられる。
そんなオルコットの様子を見て、織斑教諭は挑発するような口調で続く言葉を言い放った。
「安心しろ。今のお前たちでは相手にならん」
「ッ! じょ、上等です……」
先程の墜落を見たからだろうか、オルコットは山田教諭の事を侮り、織斑教諭の挑発に乗りそうになっていた。だが、正直に言って挑発に乗った今のセシリアでは模擬戦の内容の方にも不安が募る。
尤も、それも少々意外な人物によって諫められる事になるのだが。
「セシリア、落ち着きなさい。
影内、一度山田先生に負けたってのは?」
凰が一度オルコットを落ち着かせると、此方へと向き直って聞いてくる。その質問に嘘を吐く理由もないので、俺も素直に答えておく。
「入学試験の時に、実技の方で相手してもらってな。
見事に負かされたよ」
「……そう」
俺の答えを聞いた途端、凰の目付きが変わった。同時に、周囲が少しざわついた気がした。
「セシリア、答えは聞いたわね。
後衛頼むわよ」
「……分かりましたわ。前衛はお任せしますわよ」
どうやらオルコットも気持ちが切り替わったらしい。目付きが先程までと大分違う。
(今の二人で倒せるかは怪しいが……いい模擬戦にはなるか)
手本とする模擬戦が望まれている以上は、どちらかが一方的にと言うのはあまり望ましくない。
その点、今の二人と山田教諭なら手本とすべき模擬戦をしてくれることだろう。
模擬戦の内容を若干楽しみにしながら、俺も座っている生徒の列へと戻っていった。
―――――――――
Side 鈴音
(影内を下した相手、か……)
影内自身からしたら何気なく発した言葉だろうけど、今の私からしてみれば圧倒的と言っていい実力者を一度は下したと言われれば、侮るなんてできるはずもなかった。
そして、それはセシリアにもいい具合に伝わったみたいで、今は油断なく山田先生を見ている。
「倒せたと言えるほどの試合はできてなかったんですが……」
山田先生はそう言って謙遜してるけど、私からしてみればあの影内にあそこまで言わせた時点でもう実力差が開いているのが容易に想像できる。
さっきの墜落の事は頭の中から綺麗に追い出したほうがいいでしょうね。
ひとまず私は《
「やるわよ、セシリア!」
「ええ、よくってよ!」
「お手柔らかにお願いしま~す」
直後、山田先生は私の《龍砲》とセシリアの《スターライトMk-Ⅲ》の先制攻撃を軽やかに避けた。
その時には既に三人とも上空へと飛び上がっている。私とセシリアは直ぐに前と後ろに分かれてそれぞれの獲物を手に持ち、再度の攻撃を試みる。
だけど、その時には既に山田先生がその手に持ったアサルトカノン《ガルム》をこちらへと撃ち放ってきていた。その狙いは正確で、私とセシリアは回避か防御のどちらかをとらざるを得なくなる。
だけど、その時にはすでに山田先生が次の行動に移っている。手に持った銃器を《ガルム》から連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》へと切り替えている。
ショットガンの弾幕に押されていると、今度はグレネードランチャーが準備されている。
さすがにあれに直撃するのはまずいから強引に接近して《双天牙月》を振るうけど、盾を装備した腕で器用に受け流された。
この一連の動きには思わず嫉妬を覚えた。
山田先生が使っている《ラファール・リヴァイヴ》は確かに汎用性が高いISだけど、基本装備の関係から本来は中距離戦を得意としている。にも関わらず、山田先生は近距離戦にも十分以上に対応していて、私の《双天牙月》もいなされる。しかも同時進行でセシリアの攻撃にも対応してくるのだから、彼我の実力差は歴然としているといってもいい。
機体の性能でいえばこちらが上である以上、二対一でこうも押されるというのは年季の違いというものを見せつけられている気持にさせられる。
(これじゃ、影内がああいうのも納得だわ)
奇妙な納得を覚えながら、私は再度攻撃に移っていた。
―――――――――
Side 一夏
凰とオルコットと山田先生の試合が始まって数分。
(……案の定、押されてるな。
今度、連携とかの訓練もやってみるか)
凰とオルコットの二人は前衛と後衛に分かれて波状攻撃を試みているが、どうにも互いの攻撃タイミングが噛み合っておらず上手く行っていない。かと言ってそれ以外に何かしら連携を取ろうにも互いの動き方がいまいち掴めていないのか上手く行っていない。
何より、互いが互いの攻撃タイミングを潰し合っているような印象になっているのが口惜しい。
俺自身、そこまで連携攻撃などが得意というわけではないが、一通りの訓練は受けたことがある。それに、一時期は連携において最高の見本とも言ってもいい
「さて、今の間に……そうだな。
デュノア、山田先生が使っているISの解説をしろ」
「あ、はい」
織斑教諭が突然デュノアに説明を丸投げしたが、とうのデュノアは気にした様子もなく説明を始めていた。
「山田先生が使用されているISは、フランスのデュノア社製第二世代型IS《ラファール・リヴァイヴ》です。量産型第二世代機で、現在運用されている量産型ISの中では第三位のシェアを持つ機体です。十二ヵ国で制式採用、内七ヵ国でライセンス生産されています。
第二世代最後発の機体ですが、基本性能面では初期型第三世代機と肩を並べられる程度はあります。特徴は安定した性能と豊富な
ファミリーネームの会社の機体というだけあってか、説明はさすがの物だった。
「……一旦、そこまででいい。
もうそろそろ終わるみたいだしな」
そして、丁度説明が終わる頃に模擬戦の方も決着がついていた。
最後、鈴音に至近距離からガトリングを叩き込みつつオルコットにグレネードランチャーを直撃させた山田教諭の勝利となっていた。
二人は悔しそうに唸っているが、二人とも負けず嫌いな事を考えれば、これをバネにさらに実力を付ける事だろう。
「諸君もこれで教員の実力は理解出来たな? 以後は敬意を持って接するように。
では、次に専用機持ちをリーダーとしたグループに分かれて歩行訓練を行う。では分かれろ!」
その後は織斑教諭の指示で、実際に訓練機を用いての歩行訓練が行われることになった。
現在、一組と二組の専用機持ちは俺と剣崎、鈴音、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒの六名。この六名をリーダーとした六班それぞれに三機ずつ用意された《打鉄》か《ラファール・リヴァイヴ》のうち一機があてられ、担当する一般生徒達に順番で搭乗、歩行まで行ってもらうとの事らしい。
だが、自由に振り分けさせた結果、俺とデュノアのグループに大多数、次いで剣崎、それより僅かに少ない人数がオルコットと凰のグループに入り、ラウラの所には極少数が来るのみとなった。いくら何でもふざけ過ぎではなかろうか。
「均等に分かれんか、馬鹿者ども!
出席番号順に各グループに一人ずつ入れ!!」
さすがにこれには織斑教諭の一括が入り、間もなくして各グループの再編成が終わった。さすがに今度は均等に分かれている。
その後、各班ごとに練習用のISを振り分けることになり、俺と剣崎、凰が《打鉄》、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒが《ラファール・リヴァイヴ》となった。
「さて、実際に装着して歩行するぞ。とりあえず出席番号順でいいな?
それと、降りる時は次の人が乗り易いように前屈みにしておくのを忘れないでくれ」
「「「はーい!」」」
妙に息の合った返答が返ってきたのを確認して、順次実際に装着して動かしていく。
俺の方はそれなりにスムーズには進められていたが、一番早く終わっていたのは剣崎のグループだった。次いで、ファミリーネームの会社の機体を使用しているデュノアが一通りの訓練を終え、それに少し遅れる形でボーデヴィッヒのグループが終わっていた。半面、感覚頼りの説明をしている凰と、説明が不必要に細かいオルコットのところは若干苦戦しているようで、最終的に山田教諭が助けに入る事態となっていた。
こうして、幾許かの課題を残しつつISの実機を使用した初の授業は多少の課題を残しつつ無事に終わった。
―――――――――
Side 簪
「引っ越し?」
「うん、引っ越し……」
一組にシャルル・デュノアという名前の男性の転校生が来た、その日の放課後。私の元に、引っ越しのお知らせが来ていた。男性同士で相部屋にするためらしい。
できればもっと影内君と色々と話したかったことがある手前、私としてはかなり不本意だったりする。
そのことを説明すると、影内君は少し苦い顔になっていた。
「デュノアが来たからか……。
できれば、現状維持がよかったが。そうも行かないか」
「元々、一時的にっていう事で通していた話だし、『男女七歳にして席を同じくせず』っていう事らしいけど……」
現状維持がよかったというのは仕事方面の事も含めての事なんでしょうけど、正直言って嬉しかったです。
ですが、それとは別に疑問のようなものもありました。
「それにしても、なんで今になって男子の転校生が……」
「……やはり、妙か?」
「私としては、そう思うけど……」
私の言葉に、影内君が確認するように聞いてきました。
「そうか……後で更識会長に相談しようとは思っていたが、早い方がいいか」
そうして、今後の事に関して少し話しながら引っ越しの準備をしていました。
「あ、ちょっと待って」
そうしている最中、私の携帯の着信が鳴りました。
手にしてみれば如月さんからです。
「はい、もしもし」
そのまま、電話に出た私に告げられた言葉は――
『更識君かい?
ちょっと、大事な話があってね……』
――私にとって、悪夢以外の何でもありませんでした。
おそらく、年内最後の更新になると思います。
それでは皆さん、少し早いですがよいお年を。