Side 一夏
「うん……うん。
それじゃあ、その方向でお願い……うん、詳しい事は……」
色々ありつつも、迎撃を終えて帰路に着いた、その道中。
更識会長は後方で即席オペレータとしての役割を担っているらしい虚さんに連絡して、無人機の残骸とコアの収容の準備を整えてもらうよう手配しているとの事だった。
更識会長がコアを全て格納領域に仕舞って運搬し、機体そのものの残骸は、推力に余裕のある俺が二機分を運んでおり、更識会長と簪、剣崎が一機ずつで計五機分を運んでいる。
そうして暫く飛行していくと、学園が見えてきた。虚さんと本音が出迎えの準備をすでに済ませているらしく、裏口らしきところへと行くように指示が出た。
(さて、これからどうなる事か……)
一応意図的だったとは言え、冷静に考えれば現状において各国が欲して止まないだろうISコアが五機分。学園に
正直に言えばこれだけでもかなりの揉め事になるだろう事は想像に難くない。機竜世界でも
(何を考えているのか……)
わからないのは篠ノ之束の真意。機体を欲しがっていたようなので、さすがに早々に迎撃させてもらったが、もう少し上手く話して何か情報を引き出した方がよかったか、とも思う。
振り返ってみれば、反省の多い事この上ないが、同時に疑問点も多かった。
(何事も無ければいいが……)
今後に多大な不安を残しつつ、俺達は帰路を進んでいた。
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Side アイリ
「……では、一夏。
件の無人島にて、小型
「はい。
セリスティアさんや夜架さんの見た幻神獣と同じかどうかは分かりませんが、少なくともそのようなものは居ました」
「そう、ですか……」
件の島から帰って来た一夏の報告に、私は少し頭を悩ませました。
まず、単純な戦力的脅威といった面から、複数種で連携をとるというのは、脅威度を跳ね上げることに繋がるでしょう。私自身は戦闘経験などありませんが、多少はそちらの方面にも造詣があります。
それに、件の島は元々四十体近い幻神獣が居たと思われる場所です。もし島で確認された種が、あの四十体近い幻神獣とも連携をとれるなら、それは悪夢と言っても間違いではないでしょう。
「それと、もう一つ。
帰路の途中で無人ISの一団に襲われました。主犯は恐らく篠ノ之束……こちらでISを開発した人物で、《アスディーグ》を要求してきましたが、撃破しました」
「それは……マズイですね。
ただでさえこちら側で天災等と言われ、各国の追跡を振り切っている人ですし……」
追加で頭を悩ませることになる報告に、この場で十分な対策を練ることは無理だと考え、いったん新王国に持ち帰り、兄さんたちにも相談することを決めました。
ですが、最も大きな問題はここからでした。
「それと……申し訳ないのですが、織斑教諭に正体が割れました。
今は適当にあしらっていますが……」
「……何を言ってきましたか?」
「機体の変更をするようにしつこく言ってきています。
俺にその気は無いともう何度も言っているのですが……」
この事実には流石に頭を抱えました。
「まだ言ってきてるのですか……。
もう正体が割れたのは仕方ないとして、今後の対応をどうするかですね。更識さんたちを頼ろうにも貴方の来歴を話すのは気が引けますし……」
「申し訳ありません……」
一夏が謝りましたけど、正直言って一夏自身を責める気は少なくとも私にはありません。一応の血縁関係はあった事ですし、気が付いてもそこまでおかしな事とは思わないからです。嘗ての一夏と彼女の関係を、果たしてどこまで家族と呼んでいいのかは疑問ですが。
むしろ、問題は機体の変更を積極的に行わせようとしていることでしょう。しかも、本人から否定され、なおかつ一度は上層部の人たちに止められたうえでなお進めようとしているのですから、今後止まるとは考えにくいです。更に言えば、一夏の来歴……過去に一度は日本政府から見捨てられている、という点を考えれば、日本の暗部組織にあたる更識さんたちに相談するのは、リスクがある物と考えられます。交渉次第では完全に捨て去るべき選択肢ではないでしょうが、積極的に取るべきとも言えません。
なんにしても、ここで対応を決定するには問題が些か大き過ぎます。一度新王国に持ち帰り、兄さんやリーシャ様、セリスさんたちにも相談しましょう。
「ひとまず、私は一度新王国に帰らなければいけないので、その時に兄さんやリーシャ様にも報告し、相談しておきます。
それまでは、ひとまず今まで通りにお願いできますか?」
「委細了解しました……」
一夏がいくらか気落ちしたように返事を返してきましたが、一夏を責める気はありません。
むしろ私個人としては、制約と警戒事項の多い中でよくやってくれていると思います。
「一夏。確かに好ましくない事実はありますが、それでも考えるべきはこれからの対応です。
いくつかの事は不可抗力ですし、そこまで気にしないでください」
「はい……」
それでも中々晴れない顔をする一夏に、私も少し言葉を続けました。
「一夏。貴方はよくやってくれています。
それに、今日も二度の出撃と戦闘を繰り返した後なんですから、気を楽にして、今は休んでください」
それから、いくつかの話を挟んで、その日は更識さんたちの手配してくれた宿へと向かいました。
一夏の腕前については心配していませんが、今後の展開が一部を除いて読みづらい事と、一夏が無茶をしないかだけが非常に心配でした。
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Side 箒
「ほーちゃんお帰り~♪」
「ただいま、でいいのか?」
例の島に赴き、帰り道で一悶着あったものの、無事に帰還した後、IS学園での自室に戻った私は、本音に迎えられていた。
「だいじょぶ~?
怪我とかしてない~?」
「特に問題ない。
基本的に戦闘していたのは影内で、私はたまに手伝っただけだしな」
事実、付いて行ってやった事といえば、周辺の監視と極少数の無人機の共同撃墜、その処理の手伝いくらいなものだ。むしろ、心配すべきは影内だろう。特に今日は昼間も多大な戦闘行動をしているのだし。
もっとも、私などが心配するのもおこがましく思えるほどには、実力差が開いているのも事実なのだが。
「そっか~……。
シャワーの用意できてるよ~。使う~?」
「ああ、使わせてもらう。
すまないな」
「どうぞごゆっくり~♪」
本音の気遣いに感謝しつつ、用意してもらっていたシャワールームに入ろうとした時だった。
「もう遅い時間だし、大浴場の方も空いてるんじゃないかな~って、思うよ~」
遠回しに、入って来たらどうだ、と言われているだろう事はすぐに分かった。
だけど、それはしない。出来ない、と言い換えてもいいのだが。
「いや、シャワーのほうを浴びさせてもらうよ。せっかく用意してもらった事だしな。
……それに、見ていて気持ちの良くないだろう物もある事だし」
「……そっか~」
私の返答を聞いた本音は、それ以上言及することはせず、少しだけ無言となった。
その間に私はシャワー室へと着替えを持って入り、それまで着ていたものを脱いでいた。
「……見せられるものでは、ないな」
シャワー室に元々設置してあった鏡に写った自分の体を見て、呟いていた。元々の怪我が酷く、さらにその上に第三度の火傷を負っていたので、胸と胴だけだが見せられたものではない。
(幸い、隠すのには苦労しない場所ではあるが……)
隠すのに苦労しないことに加え、どうも治療には大分時間がかかるらしい。加え、それでも完治するかどうかは怪しいとのことだった。
(先にやることもあるしな……)
今はまだ先にやらなければならないことがあるうえ、多大な時間を費やして治療なんてすると、その分練習時間が削られるし、話を聞いてみると、どうにも内容にも制限がかかるみたいだった。
(さすがにそこまでやってしまうと、なぁ……)
私自身、才能やら何やらに恵まれなかったことは知っている。だからこそ、練習などの後付けでできることを徹底しなければならないというのに、それを削ってはどうしようもない。
(……もう少しは放っておいてもいいか)
今のままでも特に問題は起きていないし、時間が無さすぎる。
あの日の誓いを守るためにも、今はまだ治療などで足を止めてはいられない。
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Side 簪
影内君が自室に戻ってくるまでの間、私は色々と思う事はあったけど纏まらずにいた。
箒や鈴から話を聞いた限りでは、影内君が織斑先生の元に戻らなかった理由を推測はできる。でも、それなら二年間何処で何をしており、そして何を考えて今の私達との協力関係を築いたのか。謎は深まるばかりだった。
それと、もう一つ。今までの話を加味すると、影内君がこの常識外れともとれる能力を手に入れるのに費やした時間は、僅か二年という事になる。それはそれで不可思議だった。少なくとも、私にはどうやればそれができるかなんて考えもつかない。
そうこうと色々考えていたら、アーカディアさんを見送った影内君が部屋に戻ってきました。
そのまま自然な流れでいくらか話しているうちに、今日の出撃の事に関する話も出てきます。
「……今日も、結局影内君ばっかり戦ってたね」
「元々俺はそれが役割だし、気にすることでもないだろ」
「うん、それは分かってるんだけど、ね……」
そこで私は少し気持ちを落としながら、ほんの少しの自虐的な気持ちも込めて呟いていた。
「それでも、何も出来ないのは情けないし……。
それに、今日は結局どっちも影内君に頼ることになっちゃったし……」
箒と鈴の話を聞いた後だと、なおさらこの思いは強くなった。
そんな私の言葉を聞いて、影内君は
「だから、それが俺の役目なんだから気にしなくていいと言っているのに。
まあ、襲撃された時はともかく、無人機の時は相手が迂闊だったのにも助けられたんだがな」
「……どういう事?」
今一つ影内君が何を言いたいのか分からなかった私は、聞き返していた。
「実のところ、今回の無人機は交戦距離が短かった……つまり、《アスディーグ》の得意な距離で戦えていたんだ。そうじゃないと、《アスディーグ》の攻撃手段はかなり限られることになるから、ちょっと厳しかったかもな」
影内君の言葉に、私は疑問を持ちました。
それを聞くのに躊躇う理由は無く、そのまますぐに聞くことにしました。
「でも、あの
あの能力があれば、一撃で墜とせるから問題ないんじゃないの?」
私が直接聞いた内容に、影内君は少しかぶりを振りました。
「《アスディーグ》の《消滅毒》もそうそう万能というわけでもないんだ。
一つ目として、発生部位の問題。当然の事だが、《消滅毒》を使っていても、その効果が得られるのは攻撃に使っている部位だけで、他は通常時と大差ない状態だ。だから、効果範囲外に致命打を貰えば当然墜ちる」
言われれば当たり前にも思える事だけど、当然のようにビーム弾を切れる人に、果たしてその弱点を適用してもいいのかどうかは疑問でした。
「二つ目として、近距離装備限定の能力である事。
《消滅毒》はその能力の上での問題として、遠距離武装に使うと射程の低下を招くんだ。今のところは三分の一程度が目安か。だから、根本的に射撃装備との相性が悪い」
「……あれ?
それだと、なんでオルコットさんの時は問題なかったの?」
冷静に考えてみれば、化け物が襲撃してきた時にオルコットさんのビットにも付与していたけど、遠距離装備であるにも関わらず、威力は激増しているように思えました。
「あれはオルコットが接射したからだ。
もし普段通りの距離で撃とうとしたら、むしろ低威力化していたかもな」
「あ。そっか……」
私の疑問に影内君が簡潔に答え、冷静に振り返れば解る事実を告げました。
「三つ目として、付与できるのはエネルギー兵器限定だって事。
俺が使っているのは、いずれもエネルギーを内包してるか、直接放出するものだから問題ないけど、誰かに付与する場合は、そもそもとして付与できる相手が限られる」
確かにエネルギー兵器にしか適用できないのであれば、いま現在多くのISが主力としている実弾、実剣などの実体装備には付与できないという事であり、いくら付与できるといっても宝の持ち腐れになる可能性も出てきます。
まさしく、今日の出撃なんかそのいい例でしょう。私と箒の装備は実弾と実剣のみ。お姉ちゃんも水という従来の装備とは一線を画す装備を使ってはいるけれど、それでも実体を持つ装備という意味では、付与はできないと考えられます。
「最後に、使用負荷の高さ。
一応戦闘する分には困らないけど、とにかく使用負荷が高いから、使い過ぎると継戦能力に支障が出るんだ。とはいえ、これに関しては使いどころを見極めるか、使用時間を極力短くするかで対応してるけど」
この話を聞いた時に私が思ったことを素直に言えば、普通はそんな事できない、に尽きます。
「更に言えば、《消滅毒》以外の側面でも色々とあってな。
機体そのものも高機動近接系中心で、武装もそれ用。他の装備も基本的に近接補助だから、対応射程が短めなんだよ」
「……?
確か、遠距離武装も二つくらいなかったっけ?」
「ライフルモードとショットモードだな。
けど、あの二つも良くて中距離までだから、本格的な遠距離戦されるとな……」
そこで少しだけ影内君が言い淀みましたが、さすがにそれ以上は言われなくてもわかりました。
あの機動力と回避能力を相手に、どうやったら遠距離戦なんてできるのかについては甚だ疑問でしたが。基本的に、同等の機動力を持つ機体に遠距離用のFCSと長射程の射撃武器を搭載していれば、さっき影内君が言った弱点を突けますが、そもそも同等の機動力の機体が私には思い当たりませんでした。
「まあ、要するに《アスディーグ》は運用の癖が非常に強い。だから、活躍できるときは活躍できるが、そうじゃない時は上手く立ち回らないと、どうしようもなくなる可能性もある」
内容は十分に理解できるものでしたけど、影内君の戦闘技能を考えると、どこまでこれらの弱点を適用していいのかは疑問でした。少なくとも、私は今までの弱点のどれも突ける気がしません。
あるいは、影内君が師匠と言っていた人たちは、これらの弱点をあっさりと突けるような化け物じみた人なのでしょうか。
それからはもう遅い時間だったという事もあって、特に何事もなく互いに就寝しました。
結局、影内君について何かを聞くことはできませんでした。
―――――――――
Side ???
「特別中尉、お呼び出しがかかっております」
「あ、分かりました。
すぐに行きます」
出撃から帰ってきて、すぐの事だった。
いきなりの呼び出し。しかも、相手を聞くとなんと国防長官という話だった。
(……一体、何があったんだろう?)
今の私は一応陸軍の所属になっていて、長期の特別作戦に参加している。
呼び出した人の待つ臨時の作戦指令室に着き、ノックと来たことを告げてから返事を待ちます。そう時間をおかずに、「入れ」と中から聞こえてきました。
そのまま中に入ると、国防長官が座っていました。
「よく来てくれた。
さて、まずはこの写真を見てくれ」
勧められるまま写真を手に取ってみると、そこには信じがたい光景が写されていました。
今日も戦ってきた……そして、倒すことはついに敵わず、防衛線がさらに後退する結果となったあの獣たちを、ほとんど蹂躙と呼んでもいいほど一方的に倒す白い機体の姿がありました。
「こ、これは……!?」
「私としても信じがたいが、現実らしい。
記録された場所はIS学園。先日、かの獣たちとおそらくは同程度の脅威度があると思しき害獣を、ほぼ一方的に駆逐したらしい」
「そんな……」
そこで国防長官は一度言葉を切ると、私にもう一枚の写真を見せました。
そこに写っていたのは、世界初の男性IS操縦者と言われる人と、その搭乗機……確か、名前は《ユナイテッド・ワイバーン》と言った機体だったと思います。
「その二機を見比べて、君はどう思う?
率直な感想を聞かせて欲しい」
言われて、見比べます。
そして、少しの間思考した後に意見を述べました。
「写真のみですので推測の域を出ませんが……この二機は、おそらく同じ製造元で製造された、量産試作機と個人仕様の特機か特装機という関係にあると思います。
どちらがどちらかは解りませんが、操縦方法や機体の構成に、従来のISとは一線を画する類似点が多数見受けられるかと」
「そうか……」
私の意見を聞いて、国防長官は深く息をつきました。
そして、ややあって告げられた言葉は、直ぐには信じがたい物でした。
「もはや、我が国には後が無い。
ここで何らかの手を打たなければ……それこそ、たとえ国際法を犯しかねないようなものであったとしても、手を打たなければならない。そうでなければ、
……君に、頼みたい事がある」
――そして、私にある意味で命がけの命令が下りました。
これにて第三章は終わり、次から次章へと移ります。
ようやくあの二人の出番か……。