そして思ったところまで進まないこの不出来…………。
第一章(1):再び開かれた扉
アティスマータ新王国
やっと暖かい風が吹き始めた時期の、深夜と早朝の間と言って差し支えない時間。
ゴゥッ!!
本来なら使っている人間などまだ誰も居ない時間だが、その日の演習場には機竜を纏い飛行訓練に精を出す者がいた。纏う機竜はワイバーンなどの汎用機竜とは一線を画する造形であることが見てとれる。
だが、何より目を引くのはその白さだろう。鮮烈な白の輝きを放つ機竜だった。
しばらく白い機竜は飛んでいたが、その内に眼下に何かを見つけたらしい。速度を緩めつつ、その場所に降りていった。
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Side 一夏
「アイリさん、こんな時間にどうしてこんな所に?」
俺―織斑一夏、改め、影内一夏―は、普段行っている訓練を途中で切り上げ、普段のこの時間には、あまり見ない人に話を聞きに降りた。
アイリ・アーカディア。俺がこの世界に来てから今に至るまでずっとお世話になっている、恩人の一人。
だけど、アイリは普段はこんなに早く起きることは無いはず。何事かと思って話を聞くと―――
「兄さんからの伝言を伝えに来ました。
至急、指定した場所まで来て欲しいとの事です」
―――との事だった。
「……ルクスさんから、至急?
何かあったのか?」
「詳しくは私も聞いてませんけど、兄さん自身がわざわざ王都から来るくらいですから、また何かしらの厄介事だと思いますよ。私もなぜか一緒に来るように言われましたし。
それと、レリィさんには私と兄さんの方からもう話しておきました。準備が終わり次第、すぐに行きますよ」
「ありがとうございます」
さすがはアイリさん。手際がいい。
「このくらい、兄さんの無茶に付き合わされて慣れましたよ」
「は、ハハハ……」
この一言には苦笑いするしかない。そして、なんで一言も言っていないのに言いたいことが分かったんですか。
「最近は少しまともになってきましたけど、結構顔に出てますよ」
「……そこまで、ですか」
さすがにそこまで分かりやすいとなると少し凹む。
そんなことを考えていたら、不意にアイリが表情を柔らかくした。
「まあ、そんなに気にしなくていいと思いますよ。
表情に出るのは私や兄さんとかの、一部の人達の前だけですから」
「それを聞いてほんの少し安心しました」
そんなことを言いつつ、お互いに準備を整えていく。と言っても、何度も遠出をしたことがあるのでそこまでの時間をかけることも無かったけど。
その後はさして時間をかけずにお互いに準備を終え、そのまま用意されていた馬車に向かう。
同時に、挨拶も忘れない。
「お久しぶりです。ルクスさん」
「久しぶり、一夏。
元気そうで何よりだよ」
この世界に来たばかりのころから、今でもお世話になっているもう一人の人。
こちらの生活の基盤を用意してくれた人でもあり、最初の機竜操作の師でもある大恩人。
「申し訳ないけど、詳しい説明は現地についてからじゃないと出来ないんだ。
だから、とにかく今は先を急ごう」
多少不安に思う部分が無いわけでは無いけど、そう言われればそうする他は無い。
そのまま馬車に乗り込み、目的地を目指して出発する。
この後待ち受ける出来事を、俺はまだ知らない。
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Side アイリ
「まったく……兄さんにも困ったものですね。連絡の一つも寄越さないでいきなり来て、すぐに来いなんて。学園長がレリィさんじゃなかったら絶対に無理でしたよ。手続きの手間という意味で」
「ご、ごめん……」
でもまあ、兄さん自身が無茶な事をするのはいつもの事ですけど、私達にまで能動的にそれを言うのは最近では稀な事です。何か、本当に大変な事態になっているのかもしれません。
とは言っても、今はまだ何もできません。できることと言えば、馬車に揺られつつ到着を待つくらいです。
「しかし……本当に急ですね。
それに、早急にと言っている割には機竜ではなく馬車ですし。本当に何があったんですか?」
「私は機竜が使えませんし、馬車なのはわかりますが……。
でも、戦力を要する問題だけだったら私がついてくる意味はありませんし。確かに、気になりますね」
「さっきも言ったけど、今はまだ言えないんだ。
着いたらちゃんと説明するよ」
道中、少しばかり今回の呼び出しについて話しましたが、やはり教えてもらえませんでした。
けれど、だからこそはっきりした事もあります。
この案件は、非常に機密性が高い。
言い換えれば、それだけ重要な案件だということ。
そうこう考えているうちに馬車が止まり、馬車での目的地までは着いたみたいです。
ですが、終点ではありませんでした。どうも、ここからは機竜を使っていくみたいです。私は一夏に連れていって貰う事になりましたけど。
「一夏、アイリの事お願いできる?」
「お任せ下さい」
「一夏、お願いしますね。
どうも、私の兄は私を乗せたくないみたいなので」
「アイリ……ちょっとは手加減してよ……」
兄さんが文句を言ってきましたけど、聞きません。
確かに一夏に乗せて行ってもらえるのは少し嬉しいですし、それはほんの少しは感謝しますけど、私だって文句が一つもないわけではないんですからね。
この割り当ても、万が一機竜での移動中に敵に襲われた時のためでしょう。兄さんの場合はバハムートでもワイバーンでもとにかく相手か自分が接近するという場合が多いです。言い換えれば攻撃を受けやすいということでもあります。大抵はその後兄さんの反撃が突き刺さるんですけど。反面、一夏は近接特化という意味では兄さんと変わりませんが、三種の特殊武装のおかげで多少ではありますが射程は兄さんよりも長く、さらに言えば速度関係は
つまり、兄さんが敵の相手をしている間に私は一夏と一緒に逃げろということでしょう。勿論、私自身が戦えない以上は、この人数のみで行軍するのにこの割り当てが最適なのは理解できます。
ですので、この一言はささやかな仕返しです。私に心配ばかりかける兄さんへの。
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Side 一夏
それなりに久々に会うにも関わらず、相も変わらぬ兄妹のやり取りに思わず微笑ましい気持ちになる。
少し気分が解れると同時に、機竜でアイリさんを乗せていくと言われた事から今回の案件に関しては少し想像できたことがあった。少なくとも行軍中には
アイリさんを機竜で連れていくという、実質的に一人が非常に戦いにくくなる手段をとっている時点で、それは確実だと思えた。
「それじゃ、行こうか。
一夏も召喚して。終わったら、先導するから」
「はい」
ルクスさんがワイバーンの
「――来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が剣に従い飛翔せよ、《ワイバーン》」
俺も自分の機攻殻剣を抜き、その
「――覚醒せよ、血毒宿す白蛇の竜。其の怨敵を喰らい尽くせ、《アスディーグ》」
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Side アイリ
一夏と兄さんが機竜を召喚し、一夏は兄さんに促されるまま私を両手に抱えました。
「それでは一夏。
改めて、エスコートお願いしますね」
「はい。それでは、失礼します」
間もなく兄さんの先導に従い、私を抱えたまま緩く加速しつつ飛んでいきます。恐らくはできるだけ負担にならないようにしてくれての事なのでしょうが、その気持ちは素直に嬉しいです。
移動については、目的地までさほど時間をかけることもなかったです。
そこには、簡易的なテントのようなものがいくつか張られており、機竜の整備も簡単なものならできる程度に整えられていました。
だけどそこを見たのは一瞬のことで、私の視線はその先にあるものに釘付けになりました。
「……え?」
そこにあったのは、空中に浮かぶ光る球体。
明らかに自然の現象ではないことが見て取れる、異様な光景。
「これは……一体……?」
そう呟いた直後、あることを思い出した。同時に、なんで私と一夏を呼んだのかも分かった気がしました。
そう、私と一夏が初めて会ったあの時に聞いたこと。
「まさか……!?」
私を抱えたまま見ていた一夏も気付いたようです。いえ、むしろ私の想像が正しければ、当事者である以上、私よりも先に気付くのも当然なのでしょう。
私と一夏の反応を見るのと同時に、兄さんが頷いてから話し始めました。
「二人を呼んだのは、あの光球について聞くためだよ。
……二年前、一夏が来た時についてのことも含めて。そして、これからあれをどうするのかも、話さないといけないしね」
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Side 一夏
あの光球を飛んだまま見た後、俺とアイリさんは敷設されていたテントの中の一つの前まで案内され、機竜の接続を解除してから中に入ることになった。
「ああ、二人とも。来てくれたか」
「リーズシャルテ様?」
「リーシャ様、どうしてここに?」
テントの中には、新王国の現王女であるリーズシャルテ様がいました。今は学園を卒業し、前に話を聞いた時には基本的に王都で政務に精を出す生活と言っていたはずです。
その人がいるということは―――
「久しぶりに会ったところいきなりで悪いが、単刀直入に言わせてもらう。
今から話すことは新王国の中でも一部の人間しか知らない、最重要機密事項の一つだ。まずはそれを理解してほしい」
―――やはり、機密だった。
「まず、あの光球について。
あれは、数日前からこの場所に発生しているんだが……実のところ、今回が初めてじゃないんだ」
「初めてじゃない?
もしかして……二年前の」
「それもだけど、もっと最近の物もだよ」
アイリさんの疑問に対しルクスさんがそう答えると、リーズシャルテ様が一回頷いて続きを話し始めました。
「ルクスの言う通りでな。具体的にはここ一か月くらいの間で大小様々な規模の光球が見つかっている。
今は、関係者の間で暫定的に『
発見された当初のは精々長くて十分くらいだったらしいんだが、今目の前にあるのはもうすでに数日存在し続けている」
「そんなに、長く……」
思わずつぶやいた俺に対し、ルクスさんがさらに続けた。
「さらに言うと、『球体』は別に新王国だけの問題じゃない。クルルシファーさんとメルから、ユミル教国でも確認されているって情報も入っているんだ」
「そして、発生しているのがこの二国のみだとは考えにくい。
現に、ヴァンハイム公国でも似たようなのが見つかっているらしい」
そこまで話すと、二人は一旦話を切って、今までよりもさらに真剣な表情になった。
「で、ここからが本題なんだが。
あの球体が発生した直後に、新王国の武官が何人か巻き込まれてな……。
ひとまず落ち着いた後に周囲を確認したところ、光球は存在したままだったらしいんだが、その周辺が全然違ったらしくてな。最初は同じように森の中だったんだが、ドレイクで色々と調べたところ、明らかに新王国では聞かない言葉がいくつも聞かれたそうだ。
例えば、そう……IS、とかな」
「……!!」
分かってはいたけど、やはりその単語が出てきたか。
「その後、再度『球体』の中に突入したところ無事新王国に戻れたらしい。怪我も何もなく、これといった問題も起こらなかったとのことだった」
その時の新王国の武官たちが無事だったことに一安心したけど、そうなると今度は聞き捨てならない単語が出てきたことに対し気が向くことになる。
「……一夏、アイリ。
二人に聞くけど、二年前の一夏に関する調書は何も嘘偽りはなかったんだね?」
「はい」
「勿論です」
ルクスさんからの問いかけに、二人そろって答える。
そこで一回話は途切れ、少しの間沈黙が支配した。
沈黙を破ったのは、リーズシャルテ様だった。
「実は、この前の軍議で向こうの世界に調査隊を派遣しないか、という話になってしまったんだ。
で、その先遣隊として、一夏に白羽の矢が立ってしまって、な……」
珍しいくらいに歯切れが悪く、リーズシャルテ様が言った。
さらに、補足するようにルクスさんが続ける。
「今日アイリに来てもらったのは一夏の調書についての確認のため。と言っても、念のためっていう意味合いが強いんだけど。
今回『球体』に関していろいろ調べていくうちに、どうしても一夏の調書について目が行った執政官がいてね。向こうの世界の出身者っていうのもあって最小限の調査人員として最適じゃないか、なんていうことまで言い出し始めたんだ。出来れば僕が行くか止めるかしたかったんだけど……。
目的としては幻神獣が向こうの世界にいるかどうかの調査。もう一つとして、機竜が流れていないかどうかの確認。
ラフィ女王からは、行く場合は幻神獣のことを最優先にするように仰せつかっているよ」
最後にリーズシャルテ様が「機竜のこと以外はどうでもいいなんて言い出した執政官については黙らせたがな」と言っていったん締めくくっていた。
そこで、再びルクスさんが話し始めた。
「一応、この話はまだ正式に決定したわけじゃない。拒否したいならできるし、僕としても一夏に無理強いするようなことはしたくない。それに、今はまだ一緒に行ってくれるメンバーが決まっていないし……」
「ルクスさん」
この話が出た時点で、ルクスさんが躊躇うのは分かっていた。自分が無茶なことをするのはとにかく他の人にそれを求めるのは滅多にないのも、今までのことを考えれば分かることだった。
隣のアイリさんが少し不安そうにしてるけど、何も言わない以上はわかっているのだろう。
「俺が影内一夏っていう新しい名前をもらったその時から、こここそが俺の帰る場所であり、守るべき場所です。任務を与えられれば、確実に遂行し、帰ってきます」
当時、怪しさしかなかったであろう自分を受け入れ、居場所を与えてくれた人たち。
この人たちと出会わなかったら、今の俺は居なかった。
「ですので、何も気にすることはありません。
どうぞ、ご命令を」
少し、ルクスさんは目を閉じて逡巡して。
ややあって開かれた目は、真っ直ぐ俺を見つめていた。
「一夏、任せたよ」
「お任せください」
多分、次の話でやっとIS世界へ行くと思います。
いつ投稿できるかはわかりませんけど…………。