IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第三章(12):折れて尚、強く(後編)

Side 簪

 

 箒が始めて会ったころの事を鈴に話して、少し気恥しい思いもあったけど、それ以上に懐かしい思いに私も浸っていました。

 あの時は、正直私に家の仕事が押し付けられたと思ってあまりいい気持ではなかったけど、でも実際に箒に会ってそんな気持ちは吹き飛んだのを今でも覚えている。

 

 そこには、憎しみと怒りとやるせなさに満ちた目で自分の体を壊そうとしている、私と同い年の女の子がいたから。

 その時に、私の頭の中は綺麗に単純になっていた。彼女を、なんとか止めたかった。

 事前に貰った資料で知っていたつもりになっていたけれど、目にした彼女は資料の文字なんかじゃ伝わらないほどに。それこそ、私なんかとは比べ物にならないほどに追い詰められていたから。

 

 そうして一緒に訓練をするようになって、直接話すようになって。

 境遇が境遇だったからあのようになってしまっただけで、素の彼女は本当に真っ直ぐないい人だと分かって。そうしたら、私の中から家の事とかはほとんど抜けていた。監視対象と監視者ではなくて、ただの個人として彼女に接していた。

 

「……簪の家の事や立場の事はよく分かんないけど。

 でも、会えてよかったわね。お互いにさ」

 

 「これじゃ仲良しになるわけだ」と少し冗談めかして、鈴がそう言いました。けど、その言葉は確かに私達の関係をよく言い表しています。

 その言葉に今更気恥ずかしくなったのか、箒は少し急ぎ足で続きを話し始めました。

 

 

―――――――――

 

 

side 箒

 

 それから暫くして、基本的な操作がようやく様になってきたころだった。如月さんから、試作した装備の試験を頼まれたんだ。

 意外だったよ。当然の事ながら当時の私は素人に毛が生えた程度でしかなかったし、もっと頼むのに相応しい人がいると思った。けど、それを確認しても私がいいと言うし、私としても断る理由が無かったから、そのまま引き受けて。

 まあ、頼まれたその装備の中身は「機体を完全に固定し、普段は折りたたまれた巨大な多薬室砲と背部の円筒状のガスタービンジェネレーターを用い、特殊な榴弾を撃ちだす」という装備だったものだから、実際に使ってみると色々と問題は見つかったんだ、でも、威力()()()多分私が知りえる限り最強だったと思う。

 

 だけど、その時の報告書類を書くのにも書き方や何を書けばいいのかとか全然知らなかったから、結局簪とその頃紹介された本音に手伝ってもらって、ようやく書き上げたんだ。

 で、その報告書を如月さんに提出して内容を確認してもらったら、なんでか凄く喜ばれたんだ。

 

 その時から、徐々に徐々に私に頼まれる試験装備の数が増えていったんだ。私としても、最初に提出した時に普段お世話になっている人があれだけ喜んだものだから、ついついやるようになってしまって。

 

 そうして、如月さんとは少しづつ話す時間が増えていった。

 

 それから暫くして、如月さんが食事に誘ってくれたことがあったんだ。その時は、たしか簪と本音も一緒だったよな。

 で、その席で如月さんに二人になる時間があって、その時に思わず聞いてしまってな。

 なんで、あの時喜んでくれたのかって。

 

 そしたら、帰ってきた答えが「私が真面目に報告書を書いていたから」って言ってさ。

 流石に報告書さえ真面目に書かないものと思われていたのかと思って少し不満に思ったら、如月さんが誤解だといった後に、少し付け足してくれたんだ。

 今まで試作した装備のほとんどで、まともに報告書が書かれた事が無かったらしくてな。武装自体の癖が強すぎるのもそうだし、後、対人関係の面でも色々会って、そもそも報告書の作成がまともに行われたことがあまり無かったらしい。

 私のときも実際に使っている場面を見れればいいという程度の気持ちだったらしくて、かなり真面目に書かれていた事が嬉しかったって言ってたな。しかも、それが一度きりじゃなかったというのも拍車をかけたらしい。

 

 私としては当たり前のことをその通りにやっただけだったから、それだけで喜ばれるなんて思いもしていなくて。

 それを知ったときは、私も嬉しかったよ。どんな形にせよ、自分のした事で誰かに喜んでもらったのなんてもう何年かぶりだったから。

 

 それからは、試作装備の試験により力が入るようになっていって。

 如月さんに面倒を見てもらいながら、簪とも一緒に訓練をする時間も、増えていったな。

 

 

―――――――――

 

 

「……良い関係じゃない。

 その中で、今のアンタはいろいろと身に付けてったんだ」

 

 「アタシは中国に行ってからは基本一人だったし、その関係性は羨ましいくらいね」と、凰は言った。凰のこのセリフは、正直私としてもうれしいものがある。

 簪や如月さんとの関係は、私にとっても大事なものだから。

 

「その中で、瞬時旋回(イグニッション・ターン)とかも生み出されたんだ」

 

 凰がおそらくは何気なく言ったであろう一言に、少し誤解が混じっていそうなので私は早々に訂正する事にした。

 

「ああ、あれは元々失敗の産物だ」

「……は?」

 

 凰が素っ頓狂な声を上げたが、実際に失敗の産物なのだから仕方が無い。

 

「いや、如月さんに勧められて、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の練習をしていた時に、左右のブーストのバランスを崩して盛大に錐揉み状態で墜落した事があったんだ。

 だけど、その時に『うまくやれば瞬時加速と同じ速度で旋回できるんじゃ』と思って。如月さんに相談したら是非やろうとなったんだ」

「当時その発想を聞いた私はまさか本当に出来るとは思わなかったけどね」

 

 隣の簪の突っ込みに、凰も大いに頷いていた。解せぬ。

 

「とは言っても、最初は肩が外れそうになったりした時もあったけど、それだけに特化した訓練を暫く続けるうちに何とか形にはなってったんだ」

「その時点でアンタは色々とトンデモナイわよ。

 普通は大惨事引き起こして止めるだろうし」

 

 「私もそうすると思うし」と、最後に凰は付け加えていた。

 何か色々と釈然としないが、もう少しだけ残っているので続ける事にした。

 

 

―――――――――

 

 

 瞬時旋回もようやく形になってきたころだった。

 如月さんから、倉持の代表試験を受けないかって話が来たんだ。

 

 驚いたよ。当時の私にしてみれば、何かの代表を務めるなんて考えもつかない話だったから。色々と考えて何度か断ったんだが、如月さんはそのたびに説得してきたんだ。

 結局、受けることにしてしまった。とは言え、当時の倉持技研の人たちからは、色々と言われたものだったよ。事情を知らない人からは姉の七光りとか、知っている人からは弁えろとか。

 

 その中でも如月さんはいつも通りだったし、簪も訓練に付き合ってくれてたな。

 

 ただ、その中で一つ問題が起こってな。

 私は当時から今とあまり変わらない戦術だったんだが、あの時はまだ専用機なんて贅沢なものは無いし当然ながら打鉄の標準装備でもある日本刀型近接用ブレードの《葵》を使っていたんだが、瞬時加速と瞬時旋回の二つ分の加速を載せた斬撃を直撃させた場合、高確率で《葵》が折れる事が発覚したんだ。

 私と簪と本音は途方にくれて、加速のほうを緩めるかそもそも剣ではなくもっと頑丈な近接装備を持っていくかと話をしてたんだが、そこで如月さんが「たくさん持ってけばいいじゃないか」って言って、最終的に粒子化して格納している分も込みにして三十本ほどの《葵》を持っていく事にして対処する事になったのだが。

 

 

 そうして、試験の日がやってきた。

 筆記は意外と問題なく済んで、後は実技試験。つまり、当時の倉持技研の代表との一騎打ちだけだった。

 

 とは言え、試合前には散々な言われようだったよ。特に、実際に当時の代表と相対した時なんか、姉の七光りとか、未熟者とか、経験不足とか、役者不足とか、適性を考えろとか。まあ、考えようによってはほとんど全部その通りだったが、それまでも何度も言われた分なんだか慣れてしまって。あまり気にはならなかったかな。

 

 そのまま試験が開始された。

 当時の代表を務めていた人が使っていたISは大量の銃火器を積み込んだ、弾幕形成を得意とする専用仕様の打鉄だった。半面、私が使ってたのは普段の練習の時も使っていた特にこれと言った変哲のない、普通の打鉄。どう頑張っても同時使用できる銃火器の数に差がありすぎて、単純な火力勝負じゃ勝ち目がなかった。

 だけど、私の武器は計三十本の《葵》だったから、火力勝負をする気が無かったという意味ではあまり関係が無かった。

 とは強がっても、私が当時出来た事の中でまともな火力が望めたのは《葵》の一撃だけ。それも、最低でも四回、実質はもっと当てなければいけないから、相当に緊張したよ。

 

 だけど、試合が始まるとそんな事も言ってられなくなった。

 当時の代表の使う專用の打鉄が形成する弾幕は凄まじくて、無駄な事を一切考えないほどに集中しなければすぐに飲み込まれて押し潰されそうなほどだったんだ。

 それでも多少のSEを犠牲に何とか近づいて、一撃を当てたよ。その時に削れた相手のISのSEは三割前後だった。直後に至近距離からガトリングくらって私もそれなりに削られたが、それでもギリギリでダメージレースに勝ってた。

 それからは、とにかくどれだけ近づけるかの勝負だった。当時の代表は多種の銃火器を用いた弾幕で迎撃してくるからまだ武器やその特性に対してあまり深い知識は無かった私にとっては中々辛いものがあったけど、それでも一撃を当てればそれまで蓄積したダメージと同等かそれ以上に削る事ができたから。

 後から見直せば、一進一退の攻防と言ってよかったと思う。

 

 そして、最後。

 私のSEは残り僅かだったが、それは相手も同じ。どちらが先に当てるかだけだった。

 そこまで行くともう小細工なんかはしている余裕が無くて、なんのひねりも無く全力で突っ込んでいた。そして、分厚い弾幕で迎撃された。

 だけど、一瞬だけ私のほうが速かった。

 

 ギリギリのところで、勝ててた。

 

 少しの間、私も含めて周囲の全員が固まった。その後、当時の代表が纏っていた專用仕様の打鉄だけが解除されて、ようやくその場の全員が動き出したんだ。

 まあ、反応はそれぞれに違ってたけど。

 私も私で終わって確認してみたら、SEの残量がIS用のハンドガンの一発にも耐えられないくらいにしか残っていなくて、その時に改めて肝を冷やしたのを今でもよく覚えてる。

 

 その後は、色々と忙しくなった。

 新しい代表に就任することになったのもそうだし、そのために必要な事務的な手続きがかなり多かったりして。

 

 その時に、書類上の名前の事で如月さんから提案されて、簪経由で楯無さんに名前を変えてもらえるように頼まないかって話になったな。ついでに、事務的な話からでも簪と楯無さんが話す機会にでもなればいいともな。

 その時になって簪立会いの下で初めて楯無さんとも会って、その時に実用上の問題とか一度バスジャックが起こっていた事とかを含めて、最終的には手を回してもらえる事になって。

 

 最終的に、必要書類には剣崎姓の方で登録できたよ。

 

 

 後、書類を提出した後にもう一つ、私にとって嬉しい事があってな。

 

 専用機を製作するように倉持の代表から言われて、誰に製作してもらうかという話になったんだ。

 私としては、頼みたい人は一人しかいなかったからその人に頼んでも大丈夫かどうかだけ確認して、すぐに頼みに行った。如月さんの所にな。

 それまでも散々面倒をかけたけど、でもあの人以外に思いつかなかったというのもあって。会ってすぐに、経緯だけ説明して製作してほしいと頭を下げて頼み込んだ。

 そしたら、見て欲しいものがあるといわれて、そのまま図面をみせられたよ。

 

 そこには、打鉄を基に機動性と運動性を再重視する形で改修した機体の図面があったんだ。もう図面の段階で左腕にマウントされてた《叢》が目を引いてたな。

 それを見て言葉の無くなった私に、君のための機体だと、如月さんがそう言ってくれたんだ。

 一朝一夕にできるものでは無いし、それなりの時間をかけて設計してある事は知識面で疎い私でも分かった。でも、予め設計してあったのには驚いたけど、よく考えてみると私が来なかったらどうする気だったのかと気になって、聞いてみたらその時はその時だと笑い飛ばしてた。

 それから、それまで私に貸し出されていたISのコアを中核に専用機が製作されることになってたのも、嬉しかったな。

 それで機体の名前を聞いたら、如月さんが自慢げに《陽炎》って言ったんだ。

 その時は、私にとって丁度いい名前だと思ったよ。

 

 あの時が、私と《陽炎》の初対面だったな。コアに限って言えば最初からの付き合いだったけど。

 

 

―――――――――

 

 

「第二回モンド・グロッソのころから私にあったことは、大体そんなところだな。

 その後、色々と代表としてやることができて、その何ヵ月後かくらいに日中合同演習で凰と会った」

「あの時の二勝二敗は忘れないわよ」

 

 凰の冗談めかした台詞に、私も思わず笑ってしまいそうになった。

 でも、こういう関係も悪くないと、今は素直に言える。

 

「……そういえばさ、何で苗字を剣崎にしたのよ?

 アンタの事だし、無意味に決めるとも思えないんだけど」

 

 凰に聞かれて、少し戸惑ったが答えない理由もないので答えることにした。

 

「さっきも話した通り、私自身は一度自暴自棄になっている(折れている)のでな。一度折れた剣の切っ先。剣の先。漢字を変えて剣崎と。それだけだよ。後は、もう篠ノ之流剣術に対する誇りもなかったし、決別したかったというのもあった。

 いい加減な決め方と言われれば否定する気は無いが」

 

 私の短い説明に、簪と凰は両方とも顔を曇らせた。

 そんな可笑しい事を言ったか、と思ったところで、まず凰が口を開いた。

 

「……今のアンタを見てると、むしろ研ぎ澄まされてるんじゃないかとしか思えないんだけど」

「私もそう思う」

 

 二人から嬉しい言葉を貰ったが、でもその評価はまだ受け取れない。なにより、私自身が受け取る事を許せない。

 

「いや、そうでもない。

 どこぞのIS開発者への消し得ぬ恨みはまだまだあるし、企業代表でこそあるがそれも何時降ろされるかも分からないくらいには不安定だし。それに、簪には結局世話になりっぱなしだし。

 まだまだ、鈍刀もいいところだろう。

 加えて言えば、実際に名乗ったりする時に困るような名前では無いつもりだが、過去の事を忘れなくて済むようにもしたかったんだ。

 だから、これでいい」

 

 さらに何か言おうとした二人に先駆け、「それに」と続けさせてもらった。

 

「一度は半ばで折れて切先だけになった残骸でも、まだ粉々になったわけでも錆びて朽ち果てたわけでもない。

 だから、粉々になるその時まで、錆びて朽ち果てるその時までは。誰かを恨むだけじゃなく、一緒にいてよかったって言ってもらえるような人間になってみようって。代表になった時、そう決めた。それを忘れないためでもあるんだ。

 今はまださっきも言った通り、誰かの世話になりっぱなしでまだまだ遠い話なのが情けないところだが」

「私は箒と会えてよかったと思ってるよ」

 

 柄でもない事を言った私に、簪が真顔で返答していた。

 その言葉は嬉しいが、簪には普段からかなり世話になっているだけに素直に受け取っていいものかどうか。

 

「……そっか。

 私も、張り合いのある相手と会えてよかったと思ってるわよ。()

 

 そして、凰からも意外といえば意外な一言が貰えた。

 「別にいいいでしょ?」と冗談めかした言葉に、私も嬉しくなってそれまでとは違う呼び方をしていた。

 

()()がよければな」

 

 私の返答に、鈴音は笑んでいた。

 思わず笑ってしまいそうになったのをこらえようとして、視界に指輪が入った。私のIS《陽炎》の待機形態である指輪が。

 

(……お前にも、苦労をかけるな。

 出来る事も少ない、未熟と無才の主で)

 

 あるいは、《陽炎》は決して優れているとは言えない人間の手に渡った事に不満に思っているかもしれない。

 ISには心があるとも言われるし、あり得ないとは言えない事だろう。

 

(だけど……もう少しだけ、よろしく頼む)

 

 如月さんにその意思が無い事は知っているが、《陽炎》という名前も私にはちょうど良いものだと思った。

 如月さん然り、簪然り、本音然り、楯無さん然り。所詮は、そういった人達に照らされてないと浮かび上がることさえない。その意味では、本当に丁度良いと思った。

 そして《陽炎》もまた、今は私を照らしてくれている。

 

 一時は自殺まで考えたが、でもここまで救い上げてもらったのだから。照らされているのだから。

 朽ち果てるその時までは、せめて必死になって企業代表になった時の誓いを守り抜く。それくらいしか、できないのだから。

 

(そして、いつか……)

 

 あの世かこの世かはわからないが、もしもう一度あいつに会えるなら。

 

(お前にも、友人でよかったって言って貰えるような人間になってみれるように頑張ってみるよ。

 ……一夏)


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