Side 一夏
「な……!」
「ッ!」
今現在目の前のアリーナ内部で起こった光景に、俺と隣で一緒に観戦していたアイリさんは言葉を失っていた。
(グリプスの群れ……マズい!)
単独での能力でもISを上回る敵が群れてきている。少数を相手にするのみならまだ可能性はあったが、あの数を相手にしては勝ち目が無い。
今すぐにでも《アスディーグ》で出撃したいところだが、ある意味でさらに状況を悪化させる事態が目の前で起こっていた。
「ちょ、ちょっとなんなのよアレは!」
「は、早くどきなさいよ!」
「お願い逃げさせて!!」
まず、観客席にいた生徒たちが突然出現したグリプスがISと思しき物を破壊していることに気づき、パニックに陥り始めている。その状態で出入り口に殺到しているのだが、当然あちこちで人の流れが滞りさらなるパニックを誘発する事態に陥る悪循環になっていた。
さらに、悪い事が重なる。
「は、早く避難させたまえ!
私は……」
「いや、私の方が先だ!」
要人の一部たちが優先して避難させろと騒ぎ出した。
ここまで分かり易く威厳も何もないとむしろ清々しいほどだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
『……影内……える?
影内君、聞こえる!?』
「……! 更識会長!?」
その時、通信用に持っていたあの腕輪から聞こえたのは更識会長の声だった。
「更識さん、今避難状況はどうなっていますか?」
その声に答えたのは俺ではなくアイリさんだった。だが、今はそんなことはどうでもよく、そのまま話が進む。
『なぜかは分からないけど、今アリーナの扉に取り付けられた緊急用の隔壁が下りて出られない状態なの。同じ理由で教師部隊の突入も遅れてるわ。
今、外でハッキング部隊の面々を揃えて隔壁を開放するから、それまで何とかパニックを……』
「
更識会長の話を遮り、アイリさんは隔壁の方を目で示しながら言った。かく言う俺も、既に《ユナイテッド・ワイバーン》の
「委細了解」
返す返事は一言。今は時間が惜しい。
「――降臨せよ。天を穿つ幻想の楔、繋がれし混沌の竜。〈ユナイテッド・ワイバーン〉」
すぐに召喚し、接続。
「
短く瞬間的に飛翔し、向かう先は隔壁の降りている出入り口。
「どけ!」
俺の叫びに、隔壁の前で右往左往していた一部の生徒たちが蜘蛛の子を散らすようにして場所を開けた。
構わず空いた場所へと飛び込み、
「――
バゴギン!
金属同士がぶつかり合う異音と無理やり曲げられる音と破砕音が一緒に響き、隔壁がクワンクワンと間抜けな音を出して放り出される。
さすがにパニックへと陥っていた生徒や要人達も、呆気に取られて言葉を失っていた。だが、それも一瞬の事でグリプスの咆哮が再度聞こえると再びパニックへと陥りかける。
「落ち着きなさい!」
その状況を再度落ち着かせたのは、アイリさんの叫びだった。
―――――――――
Side アイリ
「更識会長、学園長の方につないでもらってもよろしいでしょうか?」
『アーカディアさん、あなた一体何を!?』
私が一夏に言った事に、更識さんが慌てて聞き返してきました。ですが、この状況でやることなど決まっています。
更識さんたちから借り受けた腕輪型の通信機に向かい、私も答えます。
「一夏に隔壁を破壊させて避難経路を作ります。経路上の隔壁はあの一枚だけですか?」
『か、隔壁はアレ以外にも何枚かあるけど、それはもう開けてあるから問題ないわ……でも、破壊って……』
更識会長が一瞬言葉に詰まってましたが、構いません。
その意味で、一刻も早い避難経路の確保は必須です。
「人命優先です。それに、あれだけの数ですから、何時こちら側に興味をもつかも分かりません。それに、早く迎撃もしなければいけませんが、その時に終わっていないと色々とやりづらいでしょうし」
『た、確かに……』
『アーカディアさん、費用や後始末の事は心配しないでやってくれないか?』
『が、学園長!?』
向こうで何があったかは分かりませんが、どうやら学園長さんが来てくれたみたいです。そして、話が早くて助かります。
「ありがとうございます」
簡単に伝えた時に、轟音が響きました。丁度、一夏が隔壁を破壊してくれたみたいです。
ですが、グリプスの咆哮が聞こえると同時に再度のパニックに陥りかけています。
「落ち着きなさい!」
その状況を再度落ち着かせるため、不本意ではありますが少しばかり声を張り上げます。
「全員、素早く落ち着いて避難して下さい。
その幅だと同時に行けるのは二人が限界でしょうから、前にいる人たちから二人ずつ落ち着いて素早く避難するように。
専用機持ちの方々、扉の前に待機して避難誘導と万が一の事態への備えをお願いできるでしょうか?」
私の言葉に、近くにいた簪さんとオルコットさんは一瞬言葉に詰まりましたが――
「任せてください!」
「勿論ですわ」
――二人とも、頷いてくれました。
同時に、一夏も行動に移っています。私の方に視線が集中した時に、扉の外へと出ると避難経路とは別の道へと入っていきました。
(頼みましたよ。私の騎士)
―――――――――
Side 箒
(クッ……まさか試合中に来られるとはな!)
内心で毒づきながら、必死に時間稼ぎをしていた。
そもそもとしてこういう事態への対処のために影内に来てもらっているが、今の状況では影内が出ずらいだろうことは想像に難くない。なにより、観客席があの状況ではすぐに増援が来るとは思えなかった。
「ああもう、何なのよコイツら!」
凰が苛立たし気に衝撃砲を放つが、一体が多少姿勢を崩した程度でさらに他のバケモノが殺到する事態へと陥っている。
一体一体の能力だけでも厄介なのに、これだけの数だ。覆しがたい戦力差を相手に、私たちは早々に迎撃を諦め時間稼ぎという名の消耗戦を強いられる結果になっていた。
『剣崎、凰! 聞こえるか!?』
「……織斑先生!?」
その最中に聞こえてきたのは、今はモニター席に居る織斑先生の声だった
『今教師部隊が突入の準備をしている。
突入まで何とか持たせろ!』
「観客席の避難は!?」
私が聞くよりなお早く、凰が聞き返していた。
その問いに、織斑先生はある種驚きの返事を返してきた。
『……上級生でハッキングをかけて閉鎖された隔壁を空けようとしたところ、影内が内側から強引に破って避難経路を確保した。
今現在は避難中だが、じきに終わる』
その言葉に、一応は最悪の事態を免れている事は分かった。
だが、私達のほうとしては未だ予断を許さない。私は
私は最初から映像で見た事があったから知っていたし、凰も最初に撃墜されていたあの残骸からある程度その威力を察しているらしく、自分から仕掛けるような事はせずにひたすら消耗を抑える方向で戦っている。
だが、正直言って長くは持たない。なにより、圧倒的な物量差が私達の集中力を時間の経過と共に確実に着実に削り取っていっている。
だが、一向に教師部隊が来る気配が無い。どういう訳かは知らないが、思っていた以上に時間がかかっているらしい。
「更識会長、聞こえますか?」
『箒ちゃん!? そっちは大丈夫!?』
通信の相手を更識会長にして、今どのような状態なのかを確認する事にした。慌てている声に対して、苦しい声しか返せないのが不甲斐無い事この上ないが。
「正直、キツいです……それより、影内は今どのように?」
『今、虚ちゃんの案内で準備しているわ。もうすぐよ。
私も今アリーナで避難誘導の手伝いをしているけど、もうすぐ終わる。お願い、影内君がそこに行くまで持ちこたえて!』
その一言に、背中を押される。現金な事に、私はもう一踏ん張りだと分かるとすこし活力を取り戻したような気になっていた。
「凰、大丈夫か!?」
「結構キツいけど……まだやれるわよ!」
凰が叫び声と共に何とかあのバケモノの攻撃を受け流した、その直後の事だった。
「グァアアアァァァ!」
その真後ろから、あのバケモノが飛来した。
―――――――――
Side 鈴音
「グァアアアァァァ!」
真後ろから来たバケモノを相手に、咄嗟に衝撃砲を撃ってなんとか直撃を免れた。
けれど、その直前に攻撃を受けたらしく背中側にあったメインスラスターがやられていた。
(マズイ!)
叫ぶ暇も無く、次のバケモノが来る。
「グァアアアァァァ!」
衝撃砲で姿勢は崩せるけど、決定打になら無い以上は引き剥がすしかない。にもかかわらず、引き剥がすための足がやられた今はそれができない。
徐々に数が増えていく化け物の群れに、私は飲み込まれそうになっていた。
「凰!」
剣崎がこっちへ来ようとしたみたいだけど、私と同じように物量に阻まれて身動きが取れていない。どころか、何か爆発音までしている。
察するに、私と同じようにスラスターをやられたか。
(万事休す……か)
何とか抵抗こそ試みているけど、そのどれもが効果的とは言えず進行を食い止めるには至っていない。
そしてついに、私の目の前といえる距離にまでバケモノが近づいてきた。
最後を覚悟し、思わず目を瞑りそうになった―――その瞬間。
ズドンッ!
深い青の光を従えながら、何かが異様な速度で降ってきた。それは、私の目の前のバケモノの上に降り注ぐと、その体躯を中心から二つに切り裂いた。
さながら白い流星。だけど、それは着地しながら敵を切り裂いていた。
一瞬何が起こったのかわからなかったけど、それが立ち上がり、続く化け物を切り伏せた時にようやく思考が動き出した。
異様に巨大な剣を二振り握り、それ以外にも全身に剣を備えた、暗く深い青に光るラインが入ったどこか禍々しさを感じさせる白い装甲に覆われた巨大なISのようにも見える機体。私の方に向けている背には、翼を模したのではないかと思える巨大な推進装置が備えられている。その中心には、機体と同じような白と青のフルフェイスヘルメットのような物を被り白く緩い服を着ている。
「味方、なの……?」
―――――――――
Side 一夏
「影内さん、こちらです!」
隔壁を破壊して周囲の人たちの目から逃れた上で適当な場所を探そうとしたところに案内として来てくれたのは布仏虚さんだった。反対に、更識会長は現場で避難誘導の手伝いに入ったらしい。
その先導で《アスディーグ》を展開できる場所まで案内されると、すぐに準備を済ませ《アスディーグ》の
「――覚醒せよ、血毒宿す白蛇の竜。其の怨敵を喰らい尽くせ、〈アスディーグ〉」
「
すぐに接続し、翼の推進器を叩き起こすと同時に《
「影内さん、どうかよろしくお願いします」
「委細お任せください」
虚さんの言葉に答えつつ、飛翔。適度な高度まで上昇し、凰の直近にいたグリプスに狙いをつけて《
「――落鋼刃」
直後、全力で加速しながら降下し、グリプスの一体を切り裂く。派手な着地音がしたが、俺にも《アスディーグ》にも支障はない。
接近してその爪で攻撃しようとしてきた別なグリプスをパワードモードのままの《竜毒牙剣》で切り伏せる。倒すまでには至らなかったが、それでも十分な傷跡を残せている。
「味方、なの……?」
そこまで至ったところで、後ろにいた凰が驚いたような、あるいは戸惑っているような声を上げた、
だが、今は答えるよりも先にやることがある。
「ショットモード」
《竜毒牙剣》をショットモードに切り替え、二振りをほぼ同時に振るう。狙う先に居るのは、剣崎の方へと向かっているグリプスの群れの最後尾。
「グァァァアアアアアアア!」
耳障りな叫びをあげ、グリプスの一体の両翼がもがれる。
その叫びに呼応したのか、他のグリプスも此方を向く。結果的に剣崎への注意は逸らせた。
『信用はできないかもしれないが、安心しろ』
「……え?」
仮面に付いている変声機付きのスピーカを使い、凰へと伝える。
『俺の敵は、あの化け物共だ。
お前たちじゃない』
それだけ言うと、改めて周囲のグリプスを見渡す。最初から分かっていたがかなりの数のグリプスがいる。
だが、一部のグリプスは元々二人へとそれぞれに近づいていたためか何体か固まっている。
「竜毒牙剣、ロングモード」
この機を逃す手は無い。広範囲へと攻撃できるロングモードへと二振りとも変更。
「《
二集団の間へとすぐさま移動し、《アスディーグ》の神装を起動。青い光で延長された刀身が禍々しい白に変色していく。
「――円水斬」
――グゥァアアアァァァァアアァァァアアァァァ!!!
グリプスの断末魔が木霊し、何体かを核まで消滅させたことを示した。
同時に、他のグリプスも完全に此方へと注意を向けている。もはや、逃げる事は叶わないだろう。
「さあ、来いよ」
だが、元より逃げるつもりなど無い。
来るというのならその悉くを消滅させるだけだ。
時間が空いてしまった上中途半端なところで切ってしまい申し訳ありません。
そして、次の話ももしかしたら時間がかかってしまうかもしれません。重ね重ね、本当に申し訳ありません。