IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第三章(4):特訓

Side 鈴音

 

「負けたかぁ……」

 

 前評判に違わず、影内はその実力の程をまざまざと見せ付けてくれた。

 圧倒的な格闘戦技能と判断力。一体どうすればあそこまでの物が培われるのだろうかと考えずには居られなかった。

 私だって、代表候補生になるために積んできた時間は決して軽い物じゃないと自負している。けど、それを上回る影内に強い興味を抱いたのも事実だった。

 

「……聞きに行くか」

 

 教えてもらえるかどうかはともかく、まずは聞きに行くことにした。教えてもらえるんだったらそれでいいし、駄目だったら駄目で自分でまた訓練すればいい。

 そもそも、私はどちらかというと考えるより先に体が動く側の人なのだし。それで何も問題ないでしょう。

 

 そんな事を考えていたら、入り口のほうから足音が聞こえてきた。

 

「いい試合だったな、凰」

「それ、負けたほうに言う言葉じゃないわよ?

 剣崎」

 

 入って来たのは嘗て二勝二敗の痛み分けに終わらせられた倉持技研の企業代表、剣崎箒だった。

 受け取り様によっては皮肉にも聞こえるかもしれない言葉だったけど、剣崎に限ってそれは無いだろうと素直に思った。良くも悪くも気質が真っ直ぐな彼女の事、悪意など無いただの賞賛で言ったんでしょう。

 

「まあ、別にいいけど。

 で、何か用?」

「いや、私も改めて言いたい事があってな。

 後日のクラス対抗戦でのお前との試合、楽しみにしている」

 

 挑むような、鋭い目付きで言われた宣言。

 

(つまり、宣戦布告を改めてしに来たって言う事ね)

 

 言われた言葉の意味を理解して、思わず私も笑みが浮かんだ。

 

「ええ、精々楽しみにしてなさい。

 今回色々見せちゃったけど、そんなの関係無い。私と《甲龍》でしっかり叩き潰してあげるわ」

「それでこそ、だな」

 

 そこで一旦会話が途切れ、互いに少しばかり無言になった。だけど、それは悪い居心地じゃない。

 だけど、ふいにある事に気づいた私は得に深くは考えないでそれを聞いていた

 

「そういえば、一緒に居た簪はどうしたのよ?

 そこに本音はいるのに」

 

 そう、いつもは一緒に居る事の多い簪が今は居ない。彼女の従者だという(とてもそうは見えないが)本音は居るのにだ。

 

「ああ。簪は今は影内のところに行っているよ」

「影内のところに?」

 

 私が見た時は確かに仲は良さそうにしてたし、それはそれでおかしな事ではないのかもしれない。

 けど、だったら剣崎と本音は何故わざわざ私のほうに来たのか。それを聞くと、二人は一瞬顔を見合わせて笑いあってから、こう言った。

 

「一つは私がお前に言いたい事があったから。で……」

「もう一つは~、かんちゃんの応援のためなのです~」

「応援?」

 

 その言葉を聴いて少し怪訝な思いを抱いた私の心情を読み取ったのか、剣崎と本音の二人はさらに説明を続けた。

 

「ああ。簪にとって、影内は最初会った時の事もあってある種のヒーローのように思っている部分があってな」

「そんな人との一時を~、お邪魔虫が邪魔しちゃだめだよね~って」

「へぇ……」

 

 中々興味を引く話だった。

 とはいえ、私がそこまで踏み込む訳にもいかない。適当な頃合いを見計らって影内のところへは行くとしましょう。

 

「そういえば、凰。

 整備は当然としても、この後は何か予定はあるのか?」

「そうね……私も影内のところに行こうかと思ってたけど、今の話を聞いたらちょっと迷うわね」

「なんで行こうと思ったの~?」

「別に。ただ、あいつが一回トレーニングしてるの見たし、どんな内容なのか気になったのよ。

 今回ものの見事に下されたわけだし、どうやったらああも動けるようになるのかはちょっと気になるじゃない」

 

 私の言葉に、二人は「確かに」とでも言いたげな感じで頷き、その直後に本音が口を開いた。

 

「じゃ~、ちょっと時間を置いて~、その後に行こっか~」

 

 それでいいのかとも思ったけど、結局影内がどういったトレーニングをしているのか知りたいという誘惑に勝てなかった私と剣崎は時間を置いてから影内の方に行こうかと頷いていた。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「影内君、今度も勝ったね!」

 

 ピットに返ってきた時、ちょうど簪が入ってきた。心なしか、少し興奮気味のように見える。

 

「凰もかなり強かったけどな」

 

 軽く返しながら、調律を終了する。今回はダメージを確認するに止め、後に使う生徒のために場所を開けることを優先し本格的な整備は後にしていた。今日はあくまで場所を借りての摸擬戦で、この後は別な生徒が練習に使うために届け出を出しているみたいだし。

 

「えっと、それで……今からいいかな?」

「昨日の約束の事か? 俺はいいが」

「うん、じゃあお願いします」

 

 この後やることは事前に簪との約束という形で決まっていたし、それ自体は俺も普段からやっている事なので何も問題はない。

 そう、ただ単に一緒に鍛錬をして欲しいというただそれだけの内容だ。今日はもうアリーナが使えないので普通に鍛える他ないし、俺としてもそのくらいだったら特に文句を言う必要もない。

 互いに鍛錬用の服に着替えそのまま鍛錬に行こうかとしていた時だった。

 

「影内、ちょっといいかしら?」

 

 声をかけてきたのはつい先ほど試合をした凰だった。さらに、一緒に剣崎と本音もいる。

 そして、本音以外の二名はトレーニングウェアのような衣服を着ていた。

 

「どうかしたか?」

 

 ひとまず要件を確認するため答えたところ、凰はその服装からある程度予想出来る答えを言い放っていた。

 

「ちょっとアンタのトレーニングに付き合わせてもらってもいい?」

 

 いきなりだったが、俺としては断る理由も無い。

 

「俺としてはいいが……」

「私もいいけど」

 

 簪の方も、特に気負うことなく答えたところを見ると問題は無いようだった。

 

「サンキュ。

 で、今からやるの?」

「その予定だが」

 

 その返答を聞いて、凰は俄然やる気になっていた。

 

「っし、じゃあ一丁やってやりますか!」

「私も少し突き合わせてもらってもいいか?」

 

 剣崎も聞いてきたが、彼女だけを断る理由は無い。簪も同様の考えらしく、笑顔で頷いていた。

 

「ああ、もちろん」

「私は見学だから気にしないでね~」

 

 最後に本音が不参加を宣言したが、そこは予想通りだったので特に何も言うつもりは無い。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 こうして、参加者三名と見学者一名を迎えて俺の鍛錬は少しだけ賑やかになった。

 最も、基本的なメニューに関しては()()セリスティアさん製作のそれであるため、彼女たちが嘗ての俺の様に倒れないようある程度の手加減はしながらやることは心の中で決めていた。

 

 

―――――――――

 

 

 その後、暫く鍛錬(主に体力方面)をしていて分かったが、やはり企業代表か国家代表候補生になっているだけの事はあり皆それぞれにかなり鍛えこんでいるようだった。

 最も、その彼女たちも今は肩で息をして座り込んでいた。やはり最初からセリスティアさんのメニューを全てこなすのは無理なようだったので、そこはおよそ三分の一程度で一回止めたが。

 

「……私も、結構、鍛えてるつもり、だったが。

 まだまだ、だったか…………」

「私が、中国の、代表候補生に、なるまで、やった訓練は、何だったのよ……」

「……こんなトレーニングを、毎日……やっぱり、凄いなぁ……」

 

 三者三様の感想を漏らしながら、肩で息をして休んでいる。その中で本音が「どうぞ~」と言いながら冷えたスポーツドリンクを配っており、三人とも飲んでいた。

 俺も受け取ったスポーツドリンクを飲むのもそこそこに、その様子を見てこの後の事を考えていた。

 

「ってか、何なのよ。

 このメニュー、私が中国でやってたメニューの倍くらいは平気でありそうなんだけど……」

「少なくても、企業代表として私がやっていた訓練よりはよほどだな。

 あれだけ動けたのも、普段これだけやっているからこそか」

「これだけやってるから、あれだけの動きができるんだ……。

 私も頑張らなきゃ……」

「このメニュー考えた人、絶対普通じゃないよね~」

 

 四人とも好き勝手に言っているが俺としてはむしろやっている三人の事を賞賛したいくらいの気分だった。少なくとも俺がこのメニューをやり始めた当初は今の彼女たちほども持たずに倒れている。

 そして本音、これを考えた人についてはある意味で当たっている。王立士官学校(アカデミー)最強なんて呼ばれた人なのだし。

 

「むしろ、俺としては驚いてるよ。

 俺がこのメニューをやり始めたばかりの頃は、倒れてばっかりだったからな」

「……は? 冗談でしょ?」

 

 そして、その事を伝えたら凰からこの反応である。他の三人も、言葉にしていないだけで内心は似たようなものだろう。

 

「いや、本当だ。

 俺がこのメニューをやり始めた当初は、今くらいやると倒れていたと思う」

「だったら何で今は『いい運動したなぁ』レベルで済んでんのよ……」

「このメニューで鍛え始めてもう何年かになるのでな。

 さすがに、ある程度は慣れもする」

 

 というか、これ位は熟せないと《アスディーグ》で戦うのに差し障るのだ。

 なにせ、ルクスさんやセリスティアさんをして「燃費がひどい」と言わせてせしめた機竜である。通常時は二人の機竜と同等の悪さなのだが、神装が上乗せの形であるため自分で使う場合は通常時の消耗に加えて神装の消耗になるのが最大の原因である。それも、神装そのものも高負荷であるにもかかわらずだ。

 そのような事情がある以上、《アスディーグ》自体を調整するのは当然として、俺自身も鍛えなければいけなかったという事である。

 だが、この三人がそんな事情を知るはずは無いし言う事もないのだが。

 

「こともなげに言ってんじゃないわよ……」

「だが、それ位の方がやり甲斐があるというものだ」

「そうだね……私は自分から言い出したんだし、頑張らなきゃ」

 

 三人とも気合を入れ直しているのはいいのだが、もうそろそろ日没になる。区切りもいいし、凰に至っては試合の疲労もあるはずだ。ここら辺で今日は止めておくべきだろう。

 そう考え、三人にもうそろそろ止めようと思っているという事を理由と一緒に言うと、納得したようで一年生寮の方へと四人揃って戻ることになった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

 ひとまず影内君が普段やっている訓練を一緒にやらせてもらい、その激烈なメニューに疲労困憊になりながらそれぞれの部屋へと戻って言っていく途中の事だった。

 

「一体、あんなメニューだれが考えたのよ……。

 絶対まともな練習量じゃないって」

「一応、あれでも三分の一くらいだが」

「「「「……え?」」」」

 

 歩きながらしていた雑談の中で出た影内君のこの言葉に、私を含めた四人全員が間抜けな声を上げることになりました。

 何か恐ろしい事を聞いた気がします。

 

「……何と言うか。その、凄まじいな」

 

 箒が何とも言い難い表情で感想を言いましたが、本当に驚くのはその次の台詞でした。

 

「まあ、考えた人はもっと凄いメニューを自分でこなしてるしなぁ……。

 ここで音を上げてると、あの人達と一緒になんて戦えないし」

 

 もう、この台詞は悪い冗談にしか思えませんでした。

 余談ですが。この時、影内君以外の四人が揃って思い浮べたのは筋骨隆々とした人でした。

 

「まあ、それはいいだろう。

 さっきも言ったけど、俺も最初は倒れまくったけど今はそれなりに熟せるようにはなった事だし。」

 

 影内君が纏め、その通りだと自分に言い聞かせながら、私たちがそれぞれの部屋への分岐に差し掛かる少し前でした。

 私達は分かりませんでしたが、影内君が何かを見付けると一回私たちに断りを入れてそこへ嫌々と言った感じで歩いていきました。

 

「いっち~、何があったのかな~?」

「分からなかったが……嫌々そうだったな」

「さあ。ま、気にしても仕方がないでしょ。

 っと、そう言えば、簪。アンタの専用機は今どうなってんのよ?」

 

 影内君の動向が気になりましたが、それ以上に鈴が聞いてきたことに私は暗鬱とした気持ちを覚えてしまいました。

 

「じ、実は……開発が一時凍結になってて……」

「……ハァ!?

 専用機が開発凍結ってどういう事よ!?」

 

 正直に白状したら、鈴が素っ頓狂な声をあげました。ですが、それも当然と言えば当然です。

 

「えっと……開発を担当している倉持技研の方に、国の方から無理矢理、新しい専用ISを早急に開発の指示が入ったらしくて……」

「でも~、さすがに二機同時には開発できなくって~」

「で、そっちが優先される事になって多大な人員を持っていかれてしまい、簪の専用機の開発が一時凍結になったんだ。

 この前整備のために倉持技研に行った時に、如月さんが盛大に文句を言っていたよ」

 

 この話を聞いて、鈴は驚きと呆れで怒りが入り混じったような表情になりましたが、それも少しして収まりました。

 

「……日本政府には本当に呆れたわ。

 ま、二年前から屑がいることくらいは知ってたけどさ」

 

 その一言に、私と箒は何とも言えない気持ちになりました。

 その後はここでこれ以上話しても仕方がないとなってそれぞれの部屋へ行くことになりました。

 

「……そういえば、影内君はどこにいったんだろう?」

 

 さっきの話の事もあって気分を変えたかったのも手伝って、私はそのまま部屋へと戻らずに影内君が歩いて行った方へと歩を進めました。

 

 これが、大変な事になるとも知らずに。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「……で、何かご用ですか?

 織斑教諭」

「今日の試合、さすがの試合内容だったな。一夏」

「質問に答えていただけませんか?」

 

 物陰から他の四人に気付かれないように呼び出された

 

「まあ、そう言うな。

 それに、こうして来てくれたという事は……」

「どうせ、あそこで無視しても後で呼び出されると思いましたので。

 で、何用でしょうか?」

 

 口振りから見るに今の苗字の意味が分かったとは考えにくい。分かった上でこの態度なら底無しの能天気と言わざるを得ないが。

 

「そう焦るな。良い試合だったが、何度か攻撃を貰っていたな」

「格闘戦で打ち合った事ですし、凰も十分以上の腕前がありましたしね。

 当然の事でしょう」

「一撃で勝負を決めれば良かったのではないか?」

 

 言わんとする事が分かったので進む方向を180°変えて再度自室へと向かう。もはや何も言うまい。

 

「待て。

 私の弟なら……」

「それを話すのは、今の俺の名前の意味が分かってからと言ったはずですが」

 

 それ以上に話す気は無かったので早々に退散した。織斑教諭が何か言おうとしたのは完全に無視した。

 

 だがこの時、俺はある重要な見落としをしてしまっていた。

 織斑教諭と話したのは寮の隅とも呼べる場所で、普段は滅多に人が来るような場所ではない。何も無く何処にも繋がっていないため来る理由が無いからだ。寮長室よりは近かったため、織斑教諭はあそこに連れて行きそこで話し始めた。

 もし誰かが来るとすれば、それこそ誰かを探している時くらいなもの。

 だからこそ、この時の会話が聞かれていたなど、俺は思いもしていなかった。

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

(……どういう事!?)

 

 特に深い考えがあったわけではなく、ただ影内君が何処に行ったのか気になっただけだった。

 だけど、その結果とてつもない話を聞いてしまった。

 

 その後、混乱し始めた私はとにかく気づかれないように部屋に戻った。

 

(織斑先生、私の弟って……影内君も、鬱陶しそうだったけど否定はしていなかった……でも)

 

 なぜ更識家(私たち)の元に居て、織斑先生の元に行かないのか。

 苗字の意味とは。

 

 分からない事が多すぎて、考えが全く纏まらない。

 

 とにかく、今は気持ちを落ち着ける事に注力した。そうじゃないと、影内君が帰って来た時に何か取り返しの付かない事を聞いてしまいそうだったから。

 

 やがて影内君が帰って来た。

 影内君の方はすでに落ち着いているのか、常日頃の様子と変わらない。そのまま、それまで通りに普通に過ごした。

 けど、どうしても頭からあの事が離れない。

 

 そのまま、私は中々寝付けない夜を過ごすことになった。もしあの激烈な訓練の疲労が無かったら、もしかしたら一晩中寝られなかったかもしれなかった。


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