Side 一夏
凰との試合当日。
自分に割り振られたピットの中で《ユナイテッド・ワイバーン》の調律をしながら、静かにその時を待っていた。
そう間を置かない内に、時間になる。その時にはもうすでに十分な調律を終えており、十全に試合に臨めるまでに仕上げられていた。
「……さて、行くか」
二振りの
高まっていく戦意とともに、嘗て親友と呼んだ少女がどこまで強くなったのか、楽しみでもあった。
―――――――――
Side 鈴音
「さて、行きましょうか」
試合開始まで数分となくなり、自身に支給された専用機《甲龍》を展開し、カタパルトに固定する。
「……箒と、確か……イギリスの代表候補生を撃破、だったわね」
事前に軽く調べたら出てきた情報。
一組の子にそれとなく聞いてみたら、危なげだったとかギリギリそうに見えたという事もなく二戦二勝したみたいだった。
しかも、内一人は嘗て私自身も苦戦したほどの格闘戦特化の搭乗者である箒と来ている。
(どんな相手なのかしらね、影内一夏)
それほどの相手を前に、どこか試合を楽しみにしている自分もいる。
(まあ、どんな相手でもいいけど。
私と甲龍の力で叩き潰すだけだし)
中国製の第三世代IS《甲龍》の特徴は燃費と安定性だけど、性能面においては他にもパワーが高い事があげられる。
「凰鈴音、甲龍。
―――――――――
Side 一夏
俺がアリーナ内部に出たのとほぼ同じくらいに、凰はカタパルトから出てきていた。
その身には、濃紫の装甲を纏うISを身に着けている。その肩に佇む
「って、なんでIS展開してないのよ!」
俺を見つけた凰が開口一番に言ってくる。
さすがに二度目ともなると慣れるもので、少し待つように伝えそのまま二振りの機攻殻剣を構え
「――降臨せよ。天を穿つ幻想の楔、繋がれし混沌の竜。〈ユナイテッド・ワイバーン〉」
後ろに現れた《ユナイテッド・ワイバーン》を確認し、さらに接続。
「
《ユナイテッド・ワイバーン》の装甲が緩み俺の体を覆う。
これで此方の準備は終わったので、凰の方へと向き直る。そこには、興味深そうな顔色を隠そうともしていない凰がいた。
「随分面白い形式で展開するISね。
で、性能のほうはどうなの?」
「それは今から確認すればいいだろう?」
俺の軽口に、凰が「確かに」と言って笑っていた。そして表情を少し引き締め、こちらを真っ直ぐに見据えてきた。
「で、準備はいいのね?」
「ああ」
俺の短い返答に、実に楽しそうな声音で凰は告げた。
「オッケー。
それじゃ、山田先生お願いします!」
そして、審判役を引き受けてくれた山田先生の声が響く。
『はい。それでは、影内一夏、対、凰鈴音。
さて、嘗ての親友との試合の開幕だ。
―――――――――
Side 鈴音
(さて。まずは軽く行かせてもらうわよ。影内一夏!)
心の中で叫びながら《甲龍》の主兵装、互い違いの向きに柄を繋ぎ合わせたような形の大型の青龍刀《
対して影内は二振りの大型実体剣を取り出すと、それを同時に振り抜いて真正面から迎撃してきた。
「いいわね、そういうの!」
正面からの格闘戦は嫌いじゃない。というか好みだった。
だから迎撃される事が分かっていてもあえて止まらない。そのまま切り合いに持ち込む。
ガギャギンッ!
鋭利な金属塊同士がぶつかり合う音が響き、青龍刀と大剣が打ち合わされる。《甲龍》の双天牙月を相手に、影内の機体が振るった二刀はまったく劣る事無く拮抗してみせた。どころか、気を抜くと私の方が弾き飛ばされかねないほど重い。
「……ッ! やるわね!」
軽く毒づきつつ、体を捻って双天牙月を引きながら同時に捻った勢いのまま足を突き出し、蹴りを放つ。
だけど、影内も特徴的な四脚を器用に操ると豪快な回し蹴りを放ってくる。
ゴガンッ!
重い金属塊同士が衝突した音が響く。
互いに攻撃しきれずに弾かれるように離れ、再接近しあい再度斬り合う。私は双天牙月を回転させて遠心力を乗せ破壊力と連続性を両立させた上で蹴りも混ぜて。影内は二刀の大剣を主軸にして蹴りを始めとした体術を混ぜながら。
互いに似ている戦術だと思ったが、だからこそ感じた。
(このままだと、マズイかもね……)
純粋な格闘戦技能では多分私よりも影内の方に分がある。
(剣崎を下したっていうのも、納得ね)
さすがにかつて勝敗率が同率になった相手を下しているという事もあり、侮っていたつもりは無かったけど苦戦は必須みたいだった。
(けど、こっちにも隠し玉ってものがあってね……)
そして、影内が再度剣の間合いという至近距離に入った直後――
「かかったわね!」
――虎の子の衝撃砲を撃ち放った。
―――――――――
Side 一夏
凰が叫んだ直後、その両肩の球体にスパイクがついたようなあの非固定浮遊部位の装甲が一部開き、その内部に光を蓄えた――
ガゴンッ!
――直後、《ユナイテッド・ワイバーン》に強烈な衝撃を感じた。
「何――ッ!」
自動展開の障壁がその機能を発揮し、大した事こそ無いものの姿勢を崩してしまった。
格闘を得意とする凰を相手に、この隙を晒したのは痛い。先程の不可思議な攻撃とともに距離を詰めると再度、一撃一撃の威力がある連撃が襲い掛かってくる。
それ自体は問題ないのだが、やはり今はあの攻撃が加わっている事が厄介だった。此方も格闘戦で応戦しようにも体勢を崩すには十分な威力のあるそれが邪魔をしてくる。
(格闘だけで付き合うには少々厄介だな……)
少なくとも正面に捕らえられている限りは避けきることは難しい。そう思って後ろに回りこんだ上で攻撃を仕掛けようとしたが――
ゴンッ!
――再度、機体に衝撃を感じる。
念のために障壁と推進器に出力を回していたためダメージも無く体勢もすぐに治せたが、凰のこの一手のおかげでそれ以上に重要な事が分かった。あの攻撃は砲身を必要とせず、全方位に放てる可能性が高いという事。
(回り込みも意味は無いか……)
常に動きを止めないようにしながら一回距離を離し、
勿論、探知機を使っている間は攻撃などの戦術的な行動は取りづらくなるため行わず、探知機に回している以外の出力は障壁と推進器に多めに回している。
その結果は、存外多くの成果を得られていた。
(何も無いところにエネルギーが集中している……)
何も無い空間に集まったエネルギーの集まり、それが一気に減ってから数秒の後にあの衝撃が来ている。
察するに、衝撃波か空気砲のような何か。それらだったら見えないことにも納得がいく。
(ここまで分かれば、後は……)
対策戦術はいくつか心当たりのあるものがあるが、今の凰に対して一番簡単そうなのはやはりその射線を読む事だろう。幸い、発射されるタイミングと凰が此方へと視線を向けてくるタイミングに重なる部分がある。これを基にすれば避けられるだろう。
そう思い、探知機を一回切ると再度武装へとエネルギーを回す。ただし、今回は
その後は射撃戦になり始めていた。だが、俺は元々射撃はそこまで得意ではない事に加えどちらかといえば避けるほうに注力しているため命中率は悪く、凰のあの攻撃もある程度射線が読めるようになってきてからは命中率が悪くなってきていた。
「……よく避けるじゃない。
《龍砲》は見えないことが特徴であり強みなんだけどね」
最初は当たりまくったがな、というセリフは飲み込んでおく。
だが、自身の攻撃の命中率の低下を意に介していないかのように、凰は不敵な笑みを浮かべていた。
「けど、
直後、凰の視線の先とはまた別の位置に衝撃が放たれた。
―――――――――
Side 鈴音
中国の第三世代兵装《龍砲》。空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、その余剰で生じる衝撃自体を砲弾として打ち出すこの装備はその性質上、砲身も砲弾も全く見えない。衝撃砲とかも呼ばれたりする。
だからこそ正確な弾道を予測することは難しいし、避けることもままならない装備だと……
(しっかし、剣崎と簪に披露する前に使うことになるなんて……ね)
三ヶ月前の日中合同演習の時の事。私はあの二人とも対戦をした。
最終的には剣崎と二勝二敗。簪には全勝したけど、簪は量産型の武装を調節しただけの機体でチューンアップさえ碌にできなかった機体だから私の中ではノーカン。本番は、簪の専用機が届いて同じ土俵に立ってからだと思ってる。
その二人との対戦の中で、私は初めて龍砲を避けられた。それも、向けた視線の先から逃れるというだけの方法で。
武装そのものの欠点ならばともかく、これは完全に使う側の、つまりは私自身の問題。
虎の子が虎の子足りえるのは、それの性能を十分に引き出せているときだけ。私はそれができていなかったことを悟り、それからはひたすら訓練した。
ここで止まるようだと、決意を貫くにはあまりにも力不足だと思ったから。
その結果は今ここにある。視線でフェイントを挟みながら微妙に、時には影内の軌道を予測してその位置に放つ。
精度はガタ落ちするが、ある程度狙えればそれだけでも戦術の幅が違う。
「まだまだ!」
さらに龍砲で追撃を仕掛ける。同時に、回転させた双天牙月をブーメランのように投げてさらに攻撃。
双天牙月が派手なのでそっちに目が行きがちだけど、そればかりに注意していると龍砲の衝撃波が襲い掛かる。
(さて、どうでるの? 影内!?)
―――――――――
Side 一夏
(侮っていたつもりは無かったが……ここまでか)
格闘戦の技術もそうだが、衝撃波の使い方も上手かった。視線で射線を読むだけで対策を取ろうとしたのは早計だったと言わざるを得ないだろう。
そして今度はあの巨大な青龍刀を投げてきた。さながらブーメランのように回転しており、見るからに大迫力。それの軌道が緩く湾曲しており、弧を描いてこちらに襲い掛かってきている。
当たる直前にライフルを機竜牙剣に持ち替えて弾き、
が、
ガギンッ!
予想より遥かに速い速度で戻ってきた青龍刀が、後ろから襲い掛かってきていた。
(あの衝撃波か……!?)
おそらくはあの衝撃波を青龍刀に当てる事で軌道を調節したのだろうが、この状況でそこまで器用なことをしたのには素直に驚かされる。
そして、そのタイミングで凰本人からの衝撃波が放たれる。咄嗟に剣を構え盾代わりにして凌いだ。
「人力で二方向からの同時攻撃を一人でやるなよ……」
そして、この攻撃を見てある人を思い出していた。方法こそ全く違うが、一人で多方向からの同時攻撃を行うというのはセリスティアさんの《重撃》を思い起こさせるものがある。
(だが……あの人のように、本人が瞬間移動するわけでもない。
そろそろ、反撃させてもらおうか!)
この間の攻撃で気付いた、ある一点。
ようやく見つけたそれを突き崩すため、俺は準備を始めた。
―――――――――
Side 鈴音
(……何か、企んでいるわね)
何か妙な画面のようなものを出したけど、それが何なのかはわからない。分かり易い変化と言えば、剣の輝きが増した事だけ。
だけど、手を抜く理由はない。そのまま攻撃しようとして――
「
――再度仕掛けようとした双天牙月のブーメランが影内に弾かれた。しかも、私の方に向かってさっきよりも遥かに速く。
「ちょ、早っ――!」
咄嗟に衝撃砲を二門とも使い速度を緩め、双天牙月をなんとかキャッチした。
けど、その時には既に影内の接近を許していた。
(そういえば、本人も速いんだったわね!)
心の中で毒づきながら、双天牙月をその手で振るい影内の大剣と競り合う。だけど、最初の打ち合いの時よりも威力を増しており、あっさりと私が打ち負けた。
そのままで終わらせる気もなく龍砲を起動して何とか仕切り直そうとして――
「
――とんでもない速さの一閃が振り抜かれた。
さすがに反応が間に合わず、追撃を貰った。そして、そのまま蹴りが続く。このままやられるままになるわけにも行かないから、体勢を立て直して龍砲を撃つ。
けど、今度はそれが避けられた。
(――なんでっ!?)
さらに数発の龍砲を叩き込むけど、影内は一瞬あのバイザーみたいなのを降ろして何かを確認するとすぐに上げ、その直後に回避してきていた。
「一体、どんな手品よ……っ!」
何をしているかはわからないが、当たらない以上は意味はない。
双天牙月を二刀に分割し、龍砲は一応準備しつつも再度の格闘戦へと移行した。
―――――――――
Side 一夏
(半ば賭けだったが……上手くいったみたいだな)
あの装備について確認できたこと。それは同時発射数で、最大で二発だった。おそらくは、あの装備一機で一発撃つのが限界なのだろう。そして、連射効率もそこまでではない様子。
その中で有効打を撃とうとすれば、必然的に狙う位置は限られる。とくに、至近距離で格闘しているのであればなおさらに。
だから、まずは接近して狙う位置を絞らせる。そして、エネルギーがたまり発射するタイミングを見計らって急加速して移動。
移動パターンが見切られてしまえば通じなくなるが、今回に限り上手く行ったようだった。
「ハァアアッ!!」
「オオオォッ!!」
そして、凰を迎え撃つ形で再度始まった互いに叫び声をあげながらの格闘戦。
機竜牙剣の二刀で斬りかかれば、凰も分割した青龍刀の二振りで斬りかかってくる。
凰がその二振りを時間差で振るえば、俺もそれを迎え撃つ形で機竜牙剣を振るう。
此方が蹴りを入れれば、凰も豪快な蹴りで迎え撃ってくる。
剣崎の時とは違う、互いに連撃を主体とした格闘戦。だけど何処か似通った部分も感じていた。
そうして互いが互いを削り合っていたが、それももうそろそろ終わりを迎えようとしていた。
表示を見れば《甲龍》のSEがかなり削られていることが見て取れる。かく言う俺の《ユナイテッド・ワイバーン》の稼働時間もそこまで長くない。
互いに最後の駆け引き。
「行くわよ、影内……!」
「上等……!」
再度連結されたあの二振りの青龍刀が弧を描きながら襲ってくる。
「ハアァァァァァァアアア!!」
裂帛の気合が込められた一撃が叫び声とともに叩き付けられる、その直前――
「戦陣・劫火!」
――再度戦陣を使用。正面から切り伏せる。
直後に、もう一刀を振るう。
「神速制御!」
回避しようのない間合いでの、神速の一閃。
凰に直撃したそれは、《甲龍》のSEを最後まで削り取った。
『《
勝者は影内一夏君です!』
管制室で山田先生が俺の勝利を告げてくれた。