Side 一夏
クラス代表決定戦を終えた後、俺は簪と一緒にアイリさんを見送っていた。外出届を出していないため、普段はやっている護衛の任ができない事が不覚だった。
「それでは、簪さん。今日はお世話になりました」
「い、いえ!
私も、色々な話を聞けて良かったです」
「そう言って貰えるのであれば私としても嬉しいです。
一夏。こちらの事は基本的に任せますが、必要があればちゃんと呼んでくださいね」
「委細了解しました」
別れる間際、僅かな時間で会話を交わしていた。
常と変わらない様子に安堵を覚えるが、それも僅かな間で間も無く更識家の関係者の下去っていった。
やがてその姿が見えなくなったころ、簪が徐に口を開いた。
「もうそろそろ部屋に戻らない?」
「……そうだな。
いや、少し待ってくれ。《ユナイテッド・ワイバーン》に必要最低限の整備はしておきたい」
「ん、分かった。
じゃあ、少し待ってるね」
「すまない」
簪の言葉に頷きかけたが、冷静に考えれば最後の試合のダメージがまだ残っている。これをそのままにしておく訳にはいかない。
道中は簪と話しつつ、《ユナイテッド・ワイバーン》の整備をするため整備室へと向かっていった。
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Side セシリア
「オルコットさん……貴女は自分がどんな立場か、分かっていて今回のような事をやったんですか!?」
「も、申し訳ありません!
……ウェルキン先輩」
クラス代表決定戦を終えた夜。
私は、IS学園在籍の2年生でありイギリスの代表候補生の先輩にあたるサラ・ウェルキン先輩から自室に来るように呼び出されました。ルームメイトの方は別の部屋に行って貰っているそうです。
なぜ呼び出されたのかなどは、言うまでもないでしょう。今回のクラス代表決定戦に関する経緯についてです。
「男性操縦者と倉持技研の代表への暴言に始まり、提案者は別とは言え言葉で片付けることなく決闘と言う形での武力による解決。しかもそこで連戦連敗……」
ウェルキン先輩は報告書と指示書が一緒になった束を見ながら一回深く溜息を吐くと、私の方へと向き直りました。
「ハッキリ言って、代表候補生を解任されてもおかしくないほどの問題行動です。分かっていますね?」
「はい……」
さすがにこれは言い訳ができません。甘んじて受ける以外は無いでしょう。
その先に、何が待っていたとしても。
「さて、オルコットさん……あなたの処分に関してですが。
本来なら本国から直接伝えられるべきなのですが、日程の都合もあり私が代理として伝えることになりました。そのつもりで聞いてくださいね?」
「……はい」
覚悟していた事とは言え、恐怖が無いとは言えません。
震えそうになるのを何とか抑えながら、ただ黙って次の言葉を待ちました。
「結論から言わせてもらいますが……厳重注意、並びに一定期間の報告義務の強化、になりました。
いいですね?」
「……え?」
一瞬、聞き間違いかと思いました。
(……か、軽すぎますわ)
「……意外そうな顔ですね。
では、オルコットさん。確かに今回の行動は問題を避け得ない、悪い言い方をしてしまえば愚かな行動です。それがなぜ、この程度で済まされたのか。分かりますか?」
そう言われて思い当たることは、一つしかありませんでした。
「……BT適性」
「正解です。本国としては
そのためには、少しでも高い適性を持つ搭乗者が欲しい。そして、貴女はイギリス国内で今現在最高のBT適性を持っています。
後は、言わなくてもわかりますね?」
「……はい」
言われた言葉の意味はすぐに理解できました。
BT適性の高さによって容認してもらえるとの事ですが、言い換えればBT兵器が完成すれば、あるいはその目途が立てばこのような事は無いという事です。
「ついでに言っておきますが、今回の一件は学生同士の揉め事……つまりは喧嘩として処理することになっています。ですが、こんな事はそう何回もできません。
わかりましたね?」
「は、はい……」
次は無いと、釘を打たれました。
「今後、このような行動は厳に慎むように」
「はい……」
そこまで話すと、ウェルキン先輩は手に持っていた紙の束をおいて、私の方に向き直りました。
「……さて。これで、本国の代理として貴女に話す事はお終いです。
次に、代表候補生の先輩として貴女に言いたいことがいくつかあります」
ここで少し言葉を切ると、ウェルキン先輩は私の方を見ながら真剣な顔で言いました。
「私はあなたよりも少しばかり長い間、代表候補生をやっています。その上で言わせてもらいます。
前にも言った事があると思いますが、確かに代表候補生は一般の人に比べれば優遇されていますし、それなり以上の権力も保証されています。
ですが、あくまで
ましてや、事は国家全体に関わる事です。それ相応の実力はもちろんですが、同時に品位ある行動が求められます」
ウェルキン先輩の話を、私はただ黙って聞いていました。
いえ、何も反論することができなかっただけです。
「今回、貴女はその類稀な適性を見込まれました。
ですが、貴女が起こしたことが褒められたことでない事には変わりはありません。また、問題にならないようにするための後始末と根回しに労力が割かれたのも事実です。
言っておきますが、私個人としても好ましくは思いません」
「はい……」
そこまで言うと、ウェルキン先輩はフッと表情を和らげました。
「さて、以上で代表候補生の先輩として貴女に言いたかったことは全てです。
最後に、私から個人的な頼みです」
「……頼み、ですか?
何でしょうか?」
それまでの話の流れを切るように、柔らかな口調で言われました。
「オルコットさんを倒したという二人との試合を、見れないものかと思いましてね。貴女とは本国にいたころに何度か試合もしましたが、さすがに二連敗するような事になるとは思えませんしね。
記録されている映像データを見せてもらっても?」
「そ、そういう事でしたら……」
意外と言えば意外でしたが、断る理由もありません。
ウェルキン先輩に今日の試合の映像を見せるため、私は準備を始めましたわ。
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Side 簪
1年1組のクラス代表決定戦が終わり、影内君が《ユナイテッド・ワイバーン》の整備も終えて私達の部屋に戻ってきた後。
「ねえ、影内君」
「なんだ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ああ、答えられる事ならいいけど」
私は、ずっと聞きたかったことを聞くことにしました。
「なんで、影内君はそんなに強いの?」
ずっと、ずっと疑問に思ってた事。彼がなぜこんなにも強いのか。
どうやったら、その強さを手に入れられるのか。
私の言葉に、影内君は少し考え込んだ後、困ったような笑顔を浮かべながら話し始めてくれました。
「……正直なところ、俺自身はあんまり強いって思えないんだ。
俺に戦い方を、あの機体の使い方を教えてくれた人たちは、俺よりも遥か高みにいるから」
「影内君よりも、強い人たち……」
そう言えば試合の合間にアイリさんも言っていたっけ、と思いました。
影内君が師と仰ぐ人と比べて弱いと言って、比べる相手がおかしいって。
「俺が強く
強く
影内君はそこで、一回言葉を切りました。
でも、聞きたいという思いが止まらなかった私は、すぐに次の質問をしていました。
「え、えっと!
その人たちの事を、教えて!」
私の新しい質問に、影内君はまた少し考え込むと、何かを思い付いたように話し始めました。
「……そう、だな。
あの人たちの話も全てするわけにはいかないけど。でも、あの人たちの事を話すんだったら絶対に外したらいけない事がある」
「……どんな事?」
私が少し身を乗り出し始めた様子を見て、影内君は楽しそうな顔で言いました。
「俺にとって最初の師である人には、二つ名があるんだ。
どんな二つ名だと思う?」
「……最強、とか?」
影内君はその答えを聞いて、悪戯が成功した子供のような顔で笑いました。
何か凄く恥ずかしかったけど、でも影内君もこんな顔をするんだと不思議な新鮮さもありました。
「ハズレだ。正解は……」
――ここから紡がれた言葉は、私にとって思いもかけないものでした。
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Side 一夏
クラス代表決定戦を終えた翌日。
「では、クラス代表が決定しましたので発表します」
一限目が始まる前のSHRの時に山田教諭が告げた。内容はクラス代表についての事。
と言っても、もう俺には関係無いのだが。
「1年1組のクラス代表は、剣崎箒さんに決定しました」
山田教諭からその名前が出た時、クラスメイトの反応は、その多くが戸惑いに彩られていた。
まあ、しょうがないだろう。
「先生、なんで二勝した影内君じゃないんですか?」
クラスメイトの一人が山田教諭に質問し、それを皮切りに他のクラスメイト達も口々に質問し始めた。
「静かにしろ!」
「ええと……影内君は確か、生徒会へ誘われたんですよね?」
織斑教諭が怒鳴り声で黙らせ、山田教諭が確認してきた。同時に、クラスメイト達の視線が俺に集まる。
「はい。生徒会に知り合いがいまして、その人から入ってほしいと頼まれました。
俺としても断る理由はありませんでしたし入ることにしたのですが、その場合現実の仕事量を考えればクラス代表は辞退すべきかと思いまして。
本社からも、やるにしてもどちらか片方のみと釘を刺されましたし」
俺の言葉に、クラスの多くから溜息や机に突っ伏したような音が聞こえた。が、決まったものは変えようが無いのでそこは諦めて貰おう。
それに、剣崎だって別に悪い腕ではないのだし。
「ええと……剣崎さん、いいですか?」
「はい。全力を持って当たります」
剣崎が返事を返し、クラス代表が正式に決まった。
と言っても実のところ、この人事にも此方側の都合が無いわけでもない。仮にクラス内でイベント等で面倒なことを任せられそうになった際、剣崎にそれとなく止めて貰おうという思惑である。
「先生方、少々お時間貰ってもよろしいでしょうか?」
そのまま一時間目が始まろうかという時、オルコットの声がそれを遮っていた。
自然と、オルコットに視線が集まる。
「なんだ、オルコット?」
「この前の不適切な発言について、謝罪をさせて頂きたく思いまして」
「そういう事か。いいぞ」
織斑教諭の返事に、オルコットは「ありがとうございます」とだけ言ってから教壇に立った。
「先日はクラスの皆さんを不快にさせるような発言をしてしまい申し訳ありませんでした。遅ればせながら、この場をお借りして謝罪させて頂きます。
本当に、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げると共に言われた謝罪の言葉は、未だ一部では戸惑いもあるものの概ね受け入れられていた。
あるいは、オルコットの態度から見下したような部分が抜けているように見えたのも大きかったのかもしれない。
「それと、影内さんと剣崎さんも。
過日の不用意な発言について、改めて深くお詫び申し上げますわ」
「別に気にはしていない。
試合前は俺もずいぶん言ってしまった事だしな。それについては、むしろ此方がすまなかった」
「私も慣れている内容ばかりだったからな。
気にしないでくれ」
俺と剣崎の返事に、オルコットは「ありがとうございます」とだけ言い再び頭を下げると、席へと戻っていった。
その時のクラスの雰囲気は、心なしか少し温かいものに感じた。
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「影内、少し残れ」
授業の終わった放課後、いつかの放課後と同じように織斑教諭が呼び止めてきていた。
ハッキリ言って残りたくない。だが、今までの行動から考えても無視すれば物理で押しとどめられる可能性もある。
結局、残ることにした。
「それで、何用でしょうか?」
「貴様の機体についてだ」
本当にいい加減にしろ、そう思った俺はきっと悪くない。
「それについては何度も断ったはずですが」
「そういう訳にも行かん。
取りあえず貴様のISをこっちに渡せ。その代わりに政府から支給……」
(……前よりも酷くなっていないか?)
言うに事欠いて今現在の機体を渡せとまで来ている。さすがにそんな事を聞く気はないが、上手い事言ってこの場から離れなければならないというのが少し面倒だった。
「あ、織斑先生。
少しいいですか?」
だが、俺のそんな考えも杞憂に終わった。
山田教諭が何か焦ったような様子で戻ってくると、そのまま織斑教諭に話しかけていた。
「山田先生、要件は?」
「それが……学園長が、至急学園長室に来るように、と」
その言葉を聞いた瞬間、織斑教諭が露骨に不愉快そうな顔をした。
だが、それだけに終わらず。
「あ、影内君。
ちょっといいかな?」
今度は簪が来た。
「簪? 何用だ?」
「えっと、生徒会の人たちが出来ればすぐに来てほしいって……」
「分かった」
渡りに船、とはこのことだろう。
「織斑教諭。お互いに用事ができたみたいですし、俺はこれで失礼しますね」
ひとまずもう相手をしなくてもよくなった俺は、簪とともに早々にその場を去っていった。
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Side 千冬
(……まったく、こんな時に余計な事を!)
内心悪態をついていたが、表に出してもしょうがないので努めて冷静に振る舞う事にする。
コンコン
「織斑です」
「ああ、入ってください」
学園長室の中から聞こえてきたのは、男性の声。その時点で、重要な話であることは知れた。
「失礼します」
中へと入り、轡木学園長の座っている机の前に出る。
そのデスクにはそれなりの量の書類が置かれていた。
「織斑先生、なぜ呼ばれたか分かりますか?」
「……いえ」
私の答えに、学園長は深く溜息をついていた。
だがそれも僅かな間のことで、学園長は改めて私のほうに向き直ると確認するように口を開いた。
「最近、影内一夏君に彼の登録している専用機とは別の専用機を渡そうとしたそうですね」
「はい」
日本政府からの指示だったのだし、所属企業と学園長には後日改めて通達すると言われていたのもあって特に気にはしていなかったが。
「その件です。今後一切、彼に対し専用機関連で干渉する行為は禁止します。破った場合は厳罰があるものと考えておいてください」
「……!?」
(待て、それでは話が違うぞ!)
戸惑いを覚えた私をよそに、学園長は話を進めていた。
「まず、政府からの指示ということですがこの時点で正確な表現ではありません。厳密には、政府の一部の人間が強行した結果であり、正式な決定ではないとの事です」
未だ固まっているままの私に対し、轡木学園長は書類を何枚かめくりとあるページを私に見せてきた。
「そして、これが日本政府の正式な決定です。
要約すれば、それまでの一部のみが断行した行為に関しては謝罪するとともに、今後再発防止に努めるとの事ですね」
そのまま書類を机の上に置くと、轡木学園長は再度私の方に向き直った。
「当然、それは貴女に対しても同じです。
いいですね?」
「し、しかし……」
「いいですね?」
有無を言わさぬ口調。ここで何を言ったとしても、この男は引き下がらないだろう。
(面倒な事を……!)
内心忌々しく思ったが、この場では何を言ったところで変わらないだろう。
それこそ、決定的な何かを持ってこない限りは。
「……分かりました。
それでは、失礼します」
出来るだけ平静を装いつつ、私は学園長室を後にした。
―――――――――
「……余計な事を!」
教師用に割り当てられた個室である自室に戻ってきたが、苛立ちは抜けなかった。
(これでは……調べられん! クソッ!)
暫く荒れていたが、やがてそこに第三者が現れた。
「千冬様、少々よろしいでしょうか?」
「……クロエ、か。
どうした?」
来たのは束の子飼いであるクロエ・クロニクル。こいつが来るときは、大体束絡みの時だ。
「はい、束様からの伝言を承っています」
「内容は?」
「まずは先日の指紋について。合致しました。彼、影内一夏様は、織斑一夏様で間違いないと束様は仰っています。また、あわせて詳しい状態を探るため早急に《白式》を使わせてほしいと」
「……ッ!! そうか……そうか!!」
この時、私の中に駆け巡った喜びを言い表すのに相応しい言葉は見つからなかった。それほどの喜びだった。
だが、完全に安心はできない。姉である私に対してあの反応だ。記憶喪失か何かになっている可能性も否定できない。
だからこそ、政府の連中が渡そうとした時に束が手を加えた《白式》を使って正確な状態を知る必要がある。
「それと、例の機体について。
《紅》はもう少々あれば完成するとのことです。ですが、《桜》と《騎士》はまだ暫く時間がかかると。また、これらを完成させるために《白式》の稼働データが欲しいとのことです」
「……分かったと、束に伝えておけ」
「了解いたしました」
それだけ返事を返すと、クロエは束の下へと戻っていった。
(……あの時、死んだのかと思ったが。生きていて、くれたのか)
誰もいなくなった自室で、一人考えた。
(なのに、何故戻ってこない? 家族は一緒にいる物だろう?)
……いや、あれはきっと何か理由があっての事なのだろう。だが、それを知るためには色々と邪魔な物が多い。
(あるいは……あの日の事、か)
だが、あの化け物どもを屠れる力を示し、真実を伝え、二度と繰り返さないという決意を伝えれば、きっと戻ってきてくれるはずだ。
(……そうだ。そもそも一緒に居ないことが間違いなんだ)
ならば、間違いは正さなければならない。
(弟は姉の物だろう? なぁ……一夏)
再び家族一緒に過ごしたあの日々に戻るため、私は決意を新たにした。
パーティーまで行けませんでした。申し訳ありません(震え声)。
もう一話とオマケでこの章は終わりの予定です。