IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第二章(8):紅と青の決着、そして

Side セシリア

 

(この射線なら、外しません……貰いましたわよ!)

 

 箒さんが直進に転じた瞬間を狙っての、ミサイルビットの発射。軌道と射線が一点ではなく線で交わるのであれば、いかに高い回避能力があっても直撃は避け得ず、仮に回避軌道をとってもその範囲は限られているはずです。《ブルー・ティアーズ》のシステムを応用した高い誘導性能を持つこのミサイルビットなら、そのくらいなら当てられるでしょう。

 そして、爆発の反動で動けなくなったところを集中砲火で一気に勝負を決めます。

 

(先の試合では私自身への止めに使われてしまいましたが……二度も、無様を晒すつもりなどありませんわ!)

 

 ある意味で非常に無様な負け方でしょう。威信をかけて開発された自慢の装備が自分に返ってくるという精神的にダメージが非常に大きい負け方でした。

 ですが、ここで二度も同じ過ちを繰り返すようなことはしません。必ず、反撃の機運にしてみせます。

 

「ッアァ!」

 

 なのに、目論見が崩されましたわ。

 彼女はその一太刀で、直撃する寸前のミサイルを切って見せたのです。さすがに爆発の煽りを受けて多少はダメージと衝撃を受けていたようですが、大した事にはならずすぐに体勢を立て直していましたわ。

 

「そ、そんな……ありえませんわ……」

 

 さすがに切って迎撃する人は今まで相対した事が無かったため、一瞬だけ反応が遅れました。

 その一瞬に、箒さんは瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用。一気に距離を詰め、その長大な刀で切りかかってきましたわ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に後退し、さっきと同じように直撃だけは避けます。しかし、今度はそれだけで攻撃が終わらず、一夏さんほど激しくはありませんでしたが連擊を仕掛けてきたのです。

 《ブルー・ティアーズ》のSEがさらに削られ、五割を割り込みました。危ない状況です。

 このままやられるばかりでは、先ほどの試合の二の舞にしかならない。そう判断した私は、賭けに出ることにしましたわ。

 

「こ……の!」

「何……!」

 

 至近距離で再度ミサイルビットを使用し、多少のSEへのダメージと引き換えに強引に引き剥がします。さらに続けて通常のビットとライフルから射撃し追撃。

 私自身も無事とは言えませんが、それ以上に箒さんを削らせていただきますわ。

 

(このまま、最後まで削り取れれば……!!)

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

(苛烈だな……これでは近づくことも……)

 

 至近距離からのミサイルという手痛い反撃を貰ってから、さらに続けざまの射撃。

 個人的にも射撃戦は苦手である以上、このままではいずれ削り取られるだろう。となれば、どうするか。

 

(一撃入れられれば、それだけでも十分なんだが……)

 

 今の弾幕をそのままで突っ切るのはさすがに無謀だし、避けながらだとそもそも中々近づけない。

 今はまだ瞬時加速と瞬時旋回(イグニッション・ターン)の併用で回避できているが、長くは続かないだろう。オルコットの射撃が、徐々に精度を増している。捕らえられるその瞬間が、現実味を帯びてきた。

 

(まったく……多少SEに差はあるが、うかうかしていられないな!)

 

 すぐに「叢」を左手に再度マウントし、両手それぞれに短刀型のブレード「風神」を構える。直後、瞬時加速を使用。ただし、進路はオルコットへではなくオルコットの操るビットの一機に向けてである。

 当然ビットからの射撃が目の前から襲ってきたが、それは左手の装甲とマウントした刀を盾代わりにする事で防いだ。非常に邪道染みているが、取れる選択肢が多くない以上は贅沢を言っていられない。

 

「ハッ!」

 

 そのままビットを一機切り裂き、次いで瞬時旋回ですぐさま向きを調整し二機目へと向かう。

 再度瞬時加速で接近。二機目も切り裂く。

 

 だが、ここでオルコットの反撃が私に刺さった。

 

「……そこですわ!」

 

 私の手の部分を狙っての集中砲火を仕掛けてきたのだ。

 結果、ブレードを握っていた手の先が耐え切れずに破壊された。

 

(狙ったか、オルコット!)

 

 私の戦い方は基本的に刀を用いた接近戦であり、当然刀とは手で握る武器である。その握るための手を破壊されては使えない。

 どころか、私のISである《陽炎(カゲロウ)》の装備はそのほぼ全てが手で持つ装備だ。つまり、ほとんどの装備を封じられたといっても良いだろう。

 普通に考えれば、詰み、と言ってもいい。

 

(だがな……奥の手があるのは、私もなんだよ!)

 

 普通の機体なら詰みだが、変態じみた思考を持つ如月網太主任が設計したこのISがこの程度の状況で終わるはずが無い。

 格納領域に予備として搭載されていたもう一本の「叢」を取り出し、右手の小型追加装甲へと接続しマウント。これで、両手に「叢」をマウントした事になる。

 そしてこのマウントした形態。特に鞘などには収めずにあくまで固定しているだけであるため、実際には二の腕から肘の外に向かうようにして剥き出しの刀身が伸びているような感じになる。

 

「ッアアアァァァ!!」

 

 後はやることなど簡単だ。左を前に構えて盾代わりにしつつ、瞬時加速を使ってオルコットの懐にまで潜り込む。

 この間勿論迎撃を食らったが、やられない限りは大した問題じゃない。

 

 次の一撃で、決着を付ける。だから、やられない限りは問題にならない。

 

「――間に合わ」

 

 オルコットの懐に潜り込み、最初の一撃と同じように瞬時加速の勢いを殺さないまま瞬時旋回の加速を重ね、右肘から外に伸びた「叢」の剣先を叩き付けるようにして切り付ける。今度は大質量の「叢」二刀分に加え、体当たりに近い姿勢での切り付けは機体そのものの重量も加えられる。

 さらに、それだけに終わらせない。切り付けている途中に身を寄せ、そのまま瞬時加速を起動。最終的に肘鉄のような姿勢で押し出し、そのままアリーナの壁面へと叩き付ける。

 

  サガンッ! ゴッ!

 

 派手な衝突音が鳴り渡る。

 

  ブー!

 

『試合終了!

 勝者、剣崎箒!』

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り、私の勝利を告げるアナウンスが響いた。

 

 

―――――――――

 

 

Side セシリア

 

(また……負けてしまいましたのね)

 

 試合終了のブザーと箒さんの勝利を告げるアナウンスが響いたことで、私の二敗が確定しました。

 

(この結果では……代表候補生の地位も……)

 

 恐らくは危うい物でしょう。あれだけ啖呵を切っておきながら、その結果は無残にも二敗。

 イギリス政府の判断に委ねることになりますが、この結果では最悪解任もありえるでしょう。

 

(そうなれば……オルコット家は……)

 

 元々、代表候補生になる際にオルコット家を守るために役に立つ条件を多々付けてもらっていました。それが無くなってしまえば、オルコット家を守る事は非常に困難になるでしょう。

 

「無事か、オルコット?」

 

 この先の事に思考が行っていた所、目の前の現実に引き戻すように箒さんが声をかけてくれました。

 

「ええ、問題ありませんわ」

 

 箒さんの質問に答えつつ、立ち上がろうとします。ですが、さすがに最後の衝撃は殺しきれなかったのでしょうか、少々足が震えてしまいました。

 そんな私を見て、ISを解除した箒さんは無言で手を差し伸べてくれました。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 その好意に甘えて、手を取らせて頂きました。箒さんはそのまま、やはり無言で私の手を引いて立たせてもらいました。

 その手は、辛うじて女性らしさが残っているものの、どれだけ訓練を積めばこうなるのか分からないほどしっかりとしていました。

 

「……私は、お前といい試合ができたと思っている。

 ありがとう、オルコット」

 

 箒さんは、微笑みながら今の試合をそう評してくれました。今の私にとって、その評価は心に染みる物があります。

 

「……私もです。

 ありがとうございます、箒さん」

 

 私の答えに、箒さんも満足したように笑顔を浮かべてくれました。

 そのまま、私たちは互いのピットへと向けて歩き始めました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 箒

 

「すまないな、本音。

 また、世話になる」

「も~まんたい~♪」

 

 自分用に割り振られたピットに戻ってきた後、待機していた本音がそのまま整備を始めたためお世話になっていた。

 今回の損傷は中々酷い。一部の装甲が剥げているのはまだしも、手の部分が全面的に壊れているためそこは予備と全取り換えにせざるをえないらしい。

 

「箒、試合お疲れさま。

 整備、手伝う?」

「頼む、簪」

 

 少し遅れて、簪も来てくれた。彼女もメカニックとしては優秀で、本音とともに私の機体を修復してくれていた。本当に、この二人には世話になりっぱなしである。

 次の試合までには三十分の猶予が与えられている。私一人では絶望的だが、心強い二人のおかげで間に合いそうだった。

 

「……次の試合、影内君とだね」

「そうなるな」

 

 ある意味、その一戦は私にとっては大きな意味を持つ一戦だった。

 

「楽しみ?」

「ああ」

 

 だがそれとは別に、本来の機体(アスディーグ)でないとはいえ、あれほどの実力者と一戦を交える事ができるというのはそれだけでも滾らせられる物がある。

 

「じゃ~、ほーちゃんが全力で試合できるように~、しっかり整備しないとね~。かんちゃん」

「その呼び方は止めてって言ってるでしょ……その通りだけど」

「……すまないな、二人とも」

 

 この二人には、本当に世話になる。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

「影内、オルコットとのあの試合は何だ?」

「普通に試合をしただけですが」

 

 ピットに来るなり不機嫌そうな声を隠そうともせず聞いてきたのは織斑教諭だった。

 

(いい加減にしてくれ……)

 

 不幸中の幸いだったことは、調律がすでに終わっているため古代文字など不信に思われそうな物を見られなくて済んだことだけだった。

 今回は来ないかと思ったら、どうやらそんな事は無かったらしい。すぐに来なかったのは単に二戦目の準備のためで、時間ができた今になって来たという事だった。目的は言わずもがな。

 

「どこが普通だ。

 まず特別ルールを使っている時点で普通じゃないだろう」

「言われるほどの事でもないと思いますけどね。

 一応、こちらが不利になるように設定していますし」

「抜かせ」

 

 至極不機嫌そうな顔で言ってくるが、関係は無い。この形式での試合許可は事前に山田教諭からとっていたし、文句を言われる筋合いはない。

 

「それに、何なんだあの機体は?

 武器の形をした待機形態に、四足、完全に独立稼働する腕部、機体に直接取り付けられた翼。あれではまるで……」

 

 何を言いたいかは大体察せたので、先回りしておく。生憎と、それに付き合うつもりは無い。

 

「試作じみた機体であることは否定しませんよ。ですが、今の俺にとってはこの機体が専用機ですから。

 それよりも、いい加減出て行ってくれませんか? 整備が出来ませんので」

「フン……そんな欠陥だらけの機体なんぞより、支給された機体を使ったらどうだ?」

「試合前に言われた事をもう忘れたんですか?」

 

 もう相手をするのも面倒に感じたが、さりとていい手段が思い浮かんでいるわけでもない。とりあえず適当に言い訳を言いつつ、手段を模索することにした。

 溜息を一つ吐いて少しの間をあけ、多少の苛立ちも交えて言葉を紡いだ。

 

「この機体、本当はまだ使うつもりも無かったんですよ。どこかの誰かが強制的に今回の試合に参加させたおかげで使う羽目になりましたが」

「欠陥機を支給した連中に言ったらどうだ?」

 

 若干の皮肉も交えたつもりだったが、どうやら全く効いていないようだった。

 そうして溜息を吐いて、次の言葉を考えていた時だった。

 

「第一、何なんだこの……」

 

 非常に無遠慮なことに、織斑教諭が《ユナイテッド・ワイバーン》の機攻殻剣(ソード・デバイス)のうち《ワイバーン》側のそれに手を伸ばしてきた。

 さすがに許容し難く、その手首を握り潰す勢いで掴んで止める。

 

「いい加減にしてくれませんか?

 俺はちゃんと学院側から許可をとってこれを携帯し使用しているんですから。一教師にすぎない貴女にそれをとやかく言われる筋合いは無いのですが」

 

 抑えきれず、声が低く押し殺したようなそれになる。

 織斑教諭もいい加減にしたのか、そのまま何も言わずに引くと非常に不機嫌そうな顔でピットから出て行った。

 

 

 だがこの時、俺は気付いていなかった。

 ()()()()がピットから出る瞬間、俺が掴んだ袖を見てほんの僅かに笑っていた事に。

 

 

―――――――――

 

 

「そんな事が、あったんですか……」

「はい」

 

 織斑教諭が出て行ってからほどなくして、アイリさんが立ち寄ってくれた。

 俺のピットから織斑教諭が出てくるところを見たらしく、それについて聞かれたため何があったのかを答えているところである。

 

「懲りない人ですね……私が言ってから一時間と経っていませんよ」

「さすがにこのままだと支障が出かねませんし、更識さんと学園長に協力を仰いで正式な書類を用意してもらえるように掛け合おうかと思っていますが」

 

 俺の考えに、アイリさんは頷くと同意してくれた。

 

「現状ではそれが確実でしょうかね……。

 まったく。何処かの副隊長じゃないんですから、暴論をさも当然のように振り翳さないで欲しいんですけどね……」

「心の底から同意します」

 

 その声音がどこか疲れたものだったのは、多分間違いじゃないだろう。

 

「さて、一夏。

 私ももうそろそろ観客席に戻っていますね」

「はい」

 

 その後、アイリさんは観客席へと戻っていった。

 

 

―――――――――

 

 

 ピットから歩いて出て来た時には、既に剣崎が待機していた。前にも見た、異様に大きな刀を備えた真紅のISを纏って。

 

「――降臨せよ。天を穿つ幻想の楔、繋がれし混沌の竜。〈ユナイテッド・ワイバーン〉」

 

 あまり長く待たせる気もなかったので、早々に詠唱譜(パスコード)を口にする。

 そして、背後には一試合目と同様《ユナイテッド・ワイバーン》が召喚される。

 

接続開始(コネクト・オン)

 

 これも一試合目と同様、《ユナイテッド・ワイバーン》の装甲が開き俺の体を覆った。準備は完了したので、飛翔し剣崎と同じ高さまで上がる。

 その時、面と面で向き合う形になって、ほんの少しの懐かしさを感じる自分がいた。

 

「いよいよ、だな」

「そうだな」

 

 剣崎の言葉に、短く返す。

 

「どうか、いい試合を頼む」

「勿論、全力で当たらせてもらうさ」

 

 俺の返答に、剣崎は満足そうな、それでいて好戦的な笑顔を浮かべた。

 

『特別ルールを発表します』

 

 その時、山田先生からのアナウンスが入った。内容は一試合目と同じ、特別ルールに関するもの。

 この放送を聞いても、特に剣崎に変化はなかった。その様子は、ただ静かに闘志を燃やしているようにしか見えない。

 

『それでは、影内一夏、対、剣崎箒。

 戦闘開始(バトルスタート)!』

 

 山田先生が高らかに試合開始を宣言すると同時、お互いに様子見など不要と言わんばかりに接近した。

 

 これが、クラス代表決定戦最後の試合の開幕だった。


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