Side 一夏
オルコットとの一戦目を終え、歩いてピットに帰ってきた時だった。
「一夏、勝ちましたね」
「影内君、今の試合凄かったよ!」
二人分の声が聞こえた。アイリさんと、簪の声。
「とりあえず、初戦は勝ちました。
とは言え、内容は多少不満が残るものになってしまいましたがね」
「い、一撃も貰わずに勝ったのに!?」
「だと思いましたが……」
俺の言った事に簪は驚き、アイリさんは苦笑を返していた。
「大方、最初は相手の方が本気じゃなかったからでしょう」
「その通りです」
「影内君……やっぱり強いんだね」
アイリさんが呆れた口調で、簪が妙に感心したような口調でそれぞれに言ってきた。もっとも、簪の台詞には少々同意しかねる部分があるが。
「俺が強い、か……。
あまりそうは思えないんだが」
「え?」
呟いたこの一言に、簪が面食らっていた。
「強いって思えないって……なんで!?」
「落ち着いてください、簪さん。
一夏、それはあなたが師と呼んだ人たちと比較しての事ですか?」
「はい」
俺の返答に、アイリさんは呆れた顔で溜息をついていた。その隣で、簪は疑問符でも浮かべそうな表情をしている。
「それはもう比べる相手がおかしいんですよ。
一夏はもう少し自己評価を高く持って下さい」
そうは言われるが、強い使い手、と言われて真っ先に思い浮かぶ人達があの人達なのだから仕方がない。
「影内君は凄く強いと思うけど……」
簪はストレートな言葉で賞賛してくれたが、目指す場所が遥か高みにあるためか今一つ自信が持てないというのが本音だった。
「さて、簪さん。一夏も整備したいでしょうし、もうそろそろ行きましょうか。
一夏、次の試合も期待していますね」
「あ、はい。
影内君、またね」
「次の試合も最善を尽くします。
簪も、またな」
二人を見送り、機体の確認と調整に入る。
次の試合までには整備の時間を込みで三十分。さらにそこから一試合を挟み、三十分の時間を挟んで最後の試合になる。
つまり、次の俺の試合まで調整などを考えても十分な時間的余裕がある。
ゆっくり確実に、調律を始めた。
―――――――――
Side 簪
一夏と一回別れ、歩き始めた時でした。
「あの、少し箒のところにも行っていいですか?」
「ええ、私は構いませんよ」
友人の様子を見に行きたかった私の提案に、アイリさんは応じてくれました。
ですが、そのすぐ後に言葉を続けていました。
「そういえば簪さん。私は箒さんの機体や戦い方についてあまり知らないんですが、どういった戦術を採る人なんですか?
見たところ、近接戦を重視しているような構成に見えますが……」
「近づいて一刀両断、ですね」
アイリさんの問いに対する私の答えは簡潔でした。と言うより、本当にそれ以外の言葉が見つからないような戦い方をするのが彼女であり、それでなお実力者と呼んで何も間違いじゃないのもまた彼女の偽らざる事実なので、他に言いようがありません。
「そう……ですか。
何と言うか、あの刀を見た後ではその通りだとは思いますが」
「詳しい事は、実際に見てもらった方が早いと思いますよ」
私の言葉に、アイリさんは微笑みながら「その通りですね」と返事を返してくれました。
―――――――――
Side 箒
「……うん、これで大丈夫だな。
本音、助力感謝する」
試合前に本音に手伝ってもらい、機体の最終調整をしていた。
軽く右手を動かし、調子を確かめる。本音の腕は確かで、私が知り得る限りでは、機体整備においては如月さんに次いで確かな腕を持っている。今回もそれを遺憾無く発揮してくれていた。
「これくらいの整備はお手の物~。
ほーちゃんも~、これでしっかり試合できる~?」
「ああ、問題ない」
相も変わらぬ独特のゆっくりとした口調だったが、今はそれが頼もしく感じる。
「さて、もうそろそろ出てくる。
本音、お前も簪のところに行かなくていいのか?」
「う~ん、じゃあ、かんちゃんの所に行ってるね~」
「もう来てるよ」
噂をすれば影。簪のことを話したらちょうど本人が来た。
「もう調整は終わったの?」
「ああ。
ほとんど本音の世話になってしまったがな」
「そっか。調子はどう?」
「十全だ。思う存分、振るえる」
自信をもって答えた。本音の整備は素晴らしく、私には過ぎたほどの出来だったのだから、それも当然だろう。
「そっか。本音、もうそろそろ行こう。
箒。今日の試合、応援してるね」
「ほーちゃん、頑張ってね~」
簪と本音の言葉に、思わず笑みが浮かんだ。如月さんや更識会長もそうだが、簪や本音にも随分と世話になっているのに、さらに良くしてもらっている。
私の過去を、知っているのにだ。
「最善を尽くすさ。それしか出来ないからな」
だからか、応えたくなってしまう。
だが、元より才能になど恵まれなかった身だ。その私が、おそらくは才能に満ち溢れているだろう
ゆえに、全力を尽くすことは大前提とも言える。後は、その上でいかにして勝つかを足らない頭で模索するだけだ。
「剣崎箒、出撃する」
「頑張ってきてね、箒!」
「ほーちゃん行ってらっしゃ~い」
簪と本音に見送られて、私は試合へと赴いた。
―――――――――
「すまないな。少し遅れたか」
「長くは待っていませんわ。私も機体の修復に手間取りましたしね」
私が出た時にはすでに対戦相手のオルコットが待機していた。
心なしか、口調が幾許か柔らかくなり、見下したような部分が抜けているような気がする。
「……どうしたんですの?
少々驚かれているように見えますが」
「いや……雰囲気が少し変わったか、と思ってな」
私の言葉に、オルコットは苦笑を返した。少しばかり自嘲の色が混じっているのは、多分見間違いじゃないだろう。
「先の試合で、色々と気付かされることがありまして。
……いえ、違いますわね。それまでの私が当たり前のことに気付いていなかっただけですわ」
「……そう、か」
清々しさすら感じさせる顔で言われた。
(しかし、さっきの台詞は……)
どことなく昔の自分を思い出してしまいそうになる台詞だった。意味合いは全然違うのだろうが。
「それと、この前の時は申し訳ありませんでした。
適性などの事で暴言を吐いてしまい……」
「ん、ああ。気にするな。
言われ慣れている」
事実、そこらへんの事については代表になる前くらいの時には言われない日の方が少なかったくらいだし、適性C自体は本当の事なので気にも留めていない。それこそ、オルコットのような
「だがまあ、そこまで言ってくれる以上は全力で相手してくれるんだろう?」
「ええ。
敬意を払い、全力を以って撃ち抜かせていただきますわ」
その答えは、どうしようもなく私を滾らせた。
「……先の試合、私は一夏さんに敗北しましたわ」
独白のようにオルコットが言葉を紡いだ。
「その強さと、試合に挑む姿勢は、私にとって多くを学べるものがありましたわ」
一瞬、言葉を切ったオルコットは、私に挑むような視線を向けてきた。
「貴女は、いかなる試合を見せていただけるのですか?」
分かり易い挑発だったが、むしろ余計に滾らせられる。
左手にマウントしていた私の刀、日本刀型大型ブレード「
「全霊を以って、切り裂く。
非才と未熟のこの身に出来る事など、それしかないからな」
私の宣言に、オルコットが非常に好戦的な表情になった。
そして、私が右手を下した時だった。
『それでは、剣崎箒、対、セシリア・オルコット。
山田先生が試合開始を告げてくれた。
直後、オルコットがその右手に握ったライフルを向けてきた。その銃口に、光を蓄えながら。
私も直撃を貰うつもりなど無い。左手の小型増設装甲で受け止める。本来の用途とは違うが、耐衝撃性と耐熱性に優れているため普通にシールドとしても使える。
防御した後、すぐに両手で刀を握り直し腰の可動式追加スラスターを後ろへ向け、全力で吹かす。
ここからが、私の戦いだ。
―――――――――
Side 簪
箒が両手で刀を握り、スラスターを吹かせ始めました。
結果、
「箒さん、中々高い判断能力ですね。
回避すべき攻撃と防御すべき攻撃をよく見極めているように見えます」
隣で見ているアイリさんも箒の事を評価しているようです。それも、中々いい方向に。
でも実際に、アイリさんの評価の通りだと、私も思います。
「でも、まだこれからでしょうね。
一夏はあの遠隔操作される特殊装備を個人的な経験で補っていましたが、箒さんはその手の経験は?」
「……強いて言えば、連装ミサイル相手の経験でしょうか。
それ以外だと、試作の分裂ミサイル、かな?」
自分で言っておいて言うのもなんですが、あまり適切とは言えないなと思いました。あの子機とはあまりにも性格と運用理論に違いのある装備です。
「それだと、箒さんは本当にあの子機相手には苦戦しかねないのでは?」
「そう、ですね……」
アイリさんの指摘に、私は頷くしかありませんでいた。
彼女とは何度も模擬戦をした経験がありますが、だからこそ彼女があの手の構成の機体を不得意としている事も知っているからです。
「でも、箒にも切り札と呼べるものはあるんですよ」
「切り札……箒さんの機体も、第三世代兵装が?」
アイリさんは箒の機体についてそう言いましたが、現実は違います。
むしろ、箒の機体は――
「いえ、違います。箒のISは第二世代に分類される機体で、第三世代兵装は持っていません。
むしろ、箒自身が「私には第三世代兵装など使えそうもない」って言っていたことがありますし……」
――第二世代機なんですよね。
それも箒自身の適性も考慮しての結果で、現在倉持技研の方で製作されている第三世代兵装とは相性が致命的に悪い事がすでに発覚しており、彼女自身もそれを自覚しているための事です。
「では、切り札とは――」
アイリさんがちょうどそのことを言おうとした時、オルコットさんがあの子機を出撃させました。すぐに接近中の箒を取り囲んだ子機は、そのまま射撃を行いました。
正確に中心を狙った射撃。ですが、箒は撃たれる直前に瞬時加速を使用し、その射線からギリギリのところで回避に成功しました。
ですが、オルコットさんもそれだけで終わらせていません。箒の軌道を予測し、再度の射撃を試みていました。
ですが、恐らく多くの人にとって予想外な軌道を箒は描きました。
一瞬だけ加速が緩み、直後に
「……今の軌道、何をやったんですか?」
アイリさんはすぐに気が付いたみたいです。
「
瞬時加速と同様の操作を、旋回軌道で行う……言うのは簡単なんですけど、私は彼女以外がこの軌道を描いたのを見たことがありません。
速度を維持したまま自由に鋭角な軌道を描ける、
私の説明に、アイリさんは何か納得を得たような顔になっていました。
「なるほど……この操縦技術そのものが、彼女の切り札ですか」
「はい、そうです」
私達が話している中でも、試合は進んでいます。
その中で、局面がさらに動いていました。
―――――――――
Side セシリア
(一夏さんに続き箒さんまで……なんでこう、今日の対戦相手の方たちは避けるのが上手なんですの!)
今まで自分の優位を約束し続けた装備が、今日は全くとは言わないまでもそれほど高い優位をとれずにいる事に焦りを感じましたわ。
(話には聞いていましたが、実際に目の当たりにするとやはり違うものですわね。
アレが、瞬時旋回……)
噂には聞いていました。彼女が倉持技研代表になれた原動力とさえ言われる操縦技術。
先の試合同様に、いまだ有効打とならないビットとライフルの射撃が私の焦りをさらに加速させてきます。
(ですが、それに身を任せては無様な結果を晒すだけ……)
先の試合で嫌と言うほど学ばされた教訓を生かし、出来る限り冷静に狙うように努めます。
(今度こそ、勝たせてもらいますわ!)
―――――――――
Side 箒
(厄介だな、あの遠隔装備!)
オルコットのISの第三世代兵装なのだろうその装備は、私にとって厄介極まりなかった。
一応、瞬時加速と瞬時旋回を用いて被害を最小限に抑えることには成功しているが、彼女の軌道予測は高いレベルだと思った。このまま普通に戦っていても、やがてその銃口が私を捕らえるだろう。
(このままだと、ジリ貧か……さて、どうするか)
何とかして攻略法を見出そうとしたが、中々見つからない。
(……やめだな。やはり、頭が足らない)
結果、いつも通りにしかできない自分がいた。
幸いなことに、オルコットはあの装備を使い始めてから動いていない。あるいは、動けないのかもしれない。
(攻めさせてもらうぞ、オルコット!)
ライフルの射撃を回避した直後、進路をオルコットの方へと真っ直ぐ向ける。そして瞬時加速を発動。
「ッ! この!」
オルコットも当然迎撃してきており、私のSEが削れていく。だが、
「オォ!」
剣の間合いに入った直後に瞬時加速を切り、腰のスラスターを左右で逆向きにする。そのまま、瞬時旋回を一瞬だけ起動。その加速のほぼ全てを専用の日本刀型ブレード「
ガギャン!
金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、オルコットが吹っ飛んだ。
オルコットは咄嗟に左肩の
追撃を仕掛けようとしたが、それはオルコットの子機に阻まれた。
「単純ですが……それゆえに、恐ろしいですわね」
そう、この攻撃方法の理屈は単純だ。
私の「叢」は並みのISを超えるほどの大型ブレードだ。当然、大きさに比例して重量もある。その質量を、瞬時加速と瞬時旋回で得た加速を乗せてぶつける。刀としても十分以上に優れているが、それと同時にその大質量もまた「叢」の武器だ。破壊力も相応の物になる。加えて、この刀は通常のブレードが比較にならないほど頑強にできており、このような滅茶苦茶な振り方をしたところで刃毀れ一つない。
単純どころか原始的ですらある。だが、だからこそ多少のSEの差など簡単に引っ繰り返せる一撃になりうるのだ。
「まさか……《ブルー・ティアーズ》のSEが、一撃で四割持っていかれるなんて……」
現に、私のSEが今の時点で二割強ほど減っているのに対し、オルコットは四割。しっかりと形勢は逆転出来た。後は、また当てるだけ。
「ですが、二度も許す私ではなくてよ!」
オルコットが無事だったライフルとビットで総攻撃を仕掛けてくる。その弾幕と多角性は、一対一の経験しか持たない者にとっては依然脅威だった。
再度移動し、回避に専念する。先程より密度の増した弾幕は、中々に突撃を躊躇わせる代物になっていた。
(だが、このまま手を拱いていてもな……)
取りあえず左手に改造型アサルトライフル「
オルコットは多少被弾しても気にせずに弾幕を維持していた。このまま攻撃してもダメージ効率で負けるだろうし、何とかして突撃を試みる。
だが、近づこうとしていた私の目に映ったのは、オルコットが腰付近のアーマーを私の方に向けてきている姿だった。
「お行きなさい!」
派手な発射音とともに、ミサイルが私に向かって飛んできた。
中途半端になってしまいすいません。(震え声)
次回決着です。