Side 一夏
「もう泣いて土下座して謝ったって許しませんわ!
精々私の《ブルー・ティアーズ》に無様に撃ち抜かれなさい!!」
ブザーが鳴ると同時にオルコットが予め狙いをつけていたライフルを撃ってくる。
だが、試合開始前から狙いをつけていたその射撃はかえって射線の予想がしやすく、開幕のブザーがなったと同時に半身を下げればそれほど苦も無く避けられる。
「よ、避けた……ですって……」
オルコットはよほど射撃に自信があったのか、一射目を避けられた事に驚愕したらしく一瞬動きを止めていた。
だが、それは隙にしかならない。
「何処を見ている」
右手に持った
さすがにオルコットも正気に戻ったのか、咄嗟に回避行動をとっていた。が、回避しきれず数発被弾。
(回避はそう得意ではなさそうだな)
反応が遅れたといっても、牽制目的で撃った機竜息銃がそれなりに当たっている。となれば、回避は不得手だと考えるべきだろう。
そうなれば、遠慮する必要も無い。左手に
オルコットはその状況を見てさらに苛立ちながらライフルの狙いを再度つけ、撃ってくる。だが、冷静さを欠いたその射撃は正確でこそあったが避けやすいタイミングだった。
この状況であれば、剣の間合いに入るのにもそう苦労はしない。
ザギンッ!!
肉薄した直後に左手の剣で切り裂き、SEをいくらか奪う。さらに、右手の武装も機竜牙剣に切り替え間髪入れずに追撃。
ついでとばかりに回し蹴りも叩き込み、一旦距離を離す。
ガンッ! ゴッ!
地面に叩き付けられたオルコットを中心に砂煙が挙がる。
そのまま追撃を仕掛けようとしたとき、その砂煙から
「何……?」
「お行きなさい、《ブルー・ティアーズ》!」
オルコットの叫びと共に四機の何かが俺の周囲へと移動し、その先を向けた。
(なるほど……ブルー・ティアーズの第三世代兵装か!)
気づいた瞬間、その四機とオルコット本人による五方向からの射撃が放たれた。
―――――――――
Side アイリ
「なるほど……アレが、イギリスの第三世代兵装ですか」
見たところ、遠隔操作の射撃装備といったところでしょうか。
(何か……既視感を感じますね)
あのISの本来の運用法は、おそらくはあの四機の子機で牽制をしつつ手に持つライフルでダメージを与えていくというものでしょう。
感じた既視感の正体はすぐに分かりました。『朱の戦姫』とも呼ばれた
本体の主砲と遠隔操作の子機。色や細かい部分では大きく違いますが、似ている部分も少なくありません。
「あの……アイリさん?」
「なんですか?」
隣で見ていた簪さんが私へと声をかけてきました。心なしか、その表情は訝しむような顔になっています。
「えっと……その。
随分、落ち着いてみているなって思って」
「まあ、理由はいくつかありますよ。
まず一つ目は、一夏はある程度の数の差がある状況には慣れている、という事ですね」
そう。一夏は複数の敵を一人で相手取ったような経験が少なくありません。その相手も、機竜であったり
五対一など、それこそ一夏にとっては慣れた数でしょう。
「それって……」
「思い当たる節はありますか」
此方の世界に来ての初陣も、確か九体のハイートだったはずですし、その時の事は簪さんも見ていたという話だったので簪さんも心当たりがあるのでしょう。
「二つ目は、使用時の隙ですね。
あの子機を使用し始めてから一切動いていませんし、多分使用負荷の関係で動けないのではないでしょうかね。それを見逃す一夏ではありませんし、そのうち捕らえることでしょう」
「あ……確かに、動いてない……」
ただでさえ一対他の状況の経験がある一夏が、あれだけの致命的な隙を見逃すはずがありません。周囲の子機に気を配りつつ、既に相手への接近のタイミングを図っているようにも見えますし。
「そして最後ですが、実のところ一夏は似たような構成のもっと強い機体と模擬戦をした経験が結構あるんですよ」
「……えっ?」
「その人を相手にした時の勝率は五割を切っていますけど、その機体とあの機体では子機の数に差がありますしね。さらに言えば、勝率の悪い要因ははっきり言って子機ではなく別なところにありますし」
そう、リーシャ様と一夏が模擬戦をした時に一夏の勝率が悪い最大の要因は《ティアマト》の神装《
私が言った事に簪さんが驚いたような表情をしていましたが、事実なので特に何も言いません。
「……えっと、それじゃ今回の相手って」
「一見優位そうに見えますけど、その実一夏の得意な部類の相手ですね」
―――――――――
Side セシリア
(なんで……なんで、こんなに苦戦していますの!?)
スターライトMk-Ⅲの最初の一撃が外れた時、マグレだと、偶然だと思いましたわ。
ですが、その後一発も当てられないまま距離を詰められ、斬撃を貰い蹴りを食らった時点で、私自身の思い違いを悟りましたわ。
彼は決して弱くない。むしろ、強いと。
(……認めませんわ)
そう、認められない。
こんな所で、代表候補生たる自分が負けるなど、あってはならない。
「お行きなさい、《ブルー・ティアーズ》!」
イギリスがその威信をかけて開発した第三世代兵装《ブルー・ティアーズ》。遠隔操作される四機のビットは一対一の状況で圧倒的な優位を約束してくれる素晴らしい装備ですわ。
そして、私もBT適性においてイギリス国内で最高の数値を出したのです。私がこの武装を一番上手く使えるのです。
「これで、撃ち抜いて差し上げますわ!」
ビットたちは私の意図を正確に反映し、あの機体の周囲へとすぐさま移動しましたわ。
そのまま私自身の射撃も含めての五方向からの一斉射撃。実技試験の際にも教員相手に常に優位に立ち続け、ついにSE残量で上回って勝った実績もある戦術なのです。これで擊ち抜けない相手なんて精々国家代表くらいなもの。
あのISは、その大柄な機体が災いして避けられずに撃ち抜かれる。疑いようの無い結末に向け、引き金を引きましたわ。
ビシュシュシュシュシュン!
狙い通りに五発のレーザーがあのISへと向けて放たれましたわ。
このまま着弾し、そのまま追撃を仕掛けて近寄らせないまま撃ち抜いて終わらせる……私のその思惑は、次の瞬間に脆くも崩れ去りましたの。
「……なっ!」
五方向からの射撃と言う普通のIS搭乗者は経験しないはずの攻撃を、彼は特に焦った様子もなく包囲の穴を見つけると一切の躊躇無くそこへと滑り込んだのです。
(初見で、避けたですって……!?)
結果的には、五方向からの斉射はかすりもしませんでしたわ。
今までそんな事、一度もありませんでしたのに。
(そんな、そんな事……!)
認めたくない事でしたが、直接の撃墜は極めて難しい。
そう判断した私は、それぞれのビットを撃つタイミングを少しずつずらしてから、それぞれを最大の連射間隔でひたすら弾幕を張りましたわ。
今回の対戦のルールでは、最悪最後まで私のSEが尽きなければ勝てるのですから。
(もう……この際、プライドは抜きですわ!
あの男に勝てれば、それで十分なのです!!)
確かに予想外の力量を見せつけられてはいますが、最終的に勝てばそれでよいのです。それが、免罪符になるのですから。
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Side 一夏
(良くも悪くも、優等生の射撃だな)
オルコットの射撃は確かに中心を正確に狙ってきており、その意味では確かに高い射撃の腕前を持っている事が分かる。直線での移動予測も中々だった。
だが、それが返ってオルコットの射撃のタイミングと狙いを読みやすくしていた。中心を正確に狙っている分一箇所に集中しやすく、タイミングは発射間隔ギリギリで撃っているのかほぼ一定だった。
数を撃っての牽制目的なのかもしれないが、『
(……オルコットは相変わらず動いていない。
この状況で動かないとなると、動けない、ということか)
相手に圧力をかけているにも関わらず自分の優位な距離まで移動しない。わざわざ自分の優位を取らない理由は無い以上、出来ないと考えた方が自然だろう。
そして、本人が移動していない以上必然的にその動きにも制限が出る。
「フッ!」
その隙を見逃す理由は無い。
手に持つ武装を一旦
ザガッ!
「……え?」
狙い通りに機竜爪刃はオルコットのライフルに突き刺さり、その引き金を切り裂いていた。
これでオルコットは一発分の火力を失ったことになる。総数五発の内一発なのだから、火力の低下は避けられないだろう。
予備の武装を持っていれば取り出すのが定石といえる状況だが、取り出さないところを見るに無いのだろうか。
もし無いのならば、正面が開く。正面を補おうとすれば包囲に穴が開く。
オルコットは一瞬何が起こったのか分からないとでも言いたげな表情を浮かべたが、それも一瞬の事だった。予備の武装を出すでもなく、子機のうち一機を自分の正面に持ってくるだけだったが。
(……予備の武装はなし、あの子機を使っている間は動けない)
これだけ条件が整っていれば、こちらの距離まで詰めることは容易い。
ゴッ!
オルコットの射撃を回避した直後、翼に出力を回して一気に加速。両手に二刀の機竜牙剣を握り、オルコットとの距離を詰める。
「ぐ……このっ!」
慌てて射撃を仕掛けてきたが、射線が分かりやすく簡単に避けられる。横からも何発か飛んできたが、加速しつつ前進しているこの状態なら緩急をつけて多少左右に振ればある程度避けられる。
間も無く、オルコットを剣の間合いに捕らえた。
「ッゼァ!」
二刀と蹴りによる連撃で一気にSEを削りにかかる。オルコットはやはり格闘戦は苦手なのか、反撃どころかろくに防御さえ出来ておらず見る間にSEが削れていく。強いて言えば、引き金が斬られたことによって射撃装備としての機能を失ったライフルを翳して楯代わりにしているくらいだが、当然そんな事は慰めにもならない。
このまま押し切るか。そう考えたとき、不意にオルコットの顔が見えた。
この状況にはあまり似つかわしくない、不敵な笑みを。
「お返し、ですわ!」
直後、オルコットの腰付近の装甲が前を向いた。
「ブルー・ティアーズは、六機ありましてよ!」
―――――――――
Side セシリア
会心の一撃でしたわ。至近距離、それも格闘戦の最中でこの不意打ちは避けられるはずがありませんもの。
「ハァッ!」
なのに、目の前で起こった事は軽く私の想像を超えてきましたわ。
発射までの一瞬の間に、叫び声を上げた彼は四足全てで地面を蹴りつけると同時にその翼を真横に向け思いっきり吹かしましたの。
その動作によって、一瞬でほとんど直角に移動した彼の横を、私の放ったミサイルは空しく素通りしましたわ。
(そんな……あの距離で外すなんて。ありえませんわ!)
SEへの多少のダメ-ジを覚悟した上での、超至近距離でのミサイル
さらに悪い事に、この反撃が外れた以上、至近距離に格闘戦を得意とする相手が反撃手段をほとんど持たない私の目の前にいるという最悪の状況を生み出してしまっていたのです。
ほとんど反射的な判断で、わたくしは四機の
ですが、着弾する頃にはすでに、彼は真上へと飛んでいましたわ。
そのまま再度私の方へと接近してきましたが、ビット全てを撃った直後では発射間隔の問題で迎撃が出来ません。
「い、インターセプター!」
「甘い……!」
咄嗟に手に握ったナイフ形の武装『インターセプター』も、彼の大剣の一振りの前に呆気なく手の中から弾かれましたわ。
さらにもう一振りの大剣による追撃が襲い掛かってきます。今の私にそれを迎撃する手段はありません。
一度放ったミサイルを呼び戻して当てようにも、ビットを操作して射撃しようにも、先ほどよりさらに密度を増した全身を使っての連撃は私の集中を妨げ、ろくに操作ができません。
しかも、今までの攻撃がことごとく避けられているという現実が私にさらなる精神的な追い打ちをかけていました。
その中で不意に連撃が途絶えたその一瞬。ミサイルの軌道を再度修正し、ビットの射線も合わせましたわ。ですが、それさえも彼の前には通じませんでした。
ビットを撃つ前に彼の回し蹴りが私を捕らえましたの。一見大ぶりの動作で、隙だらけのように見えますがそんなことはありませんでしたわ。横合いから放ったビットによる射撃を、その大剣を盾のように扱って防ぐという私の常識ではありえない動作をやってのけたのですから。
さらに、放たれたその回し蹴りは今までの物と違い、直截の打撃を狙ったものではありませんでした。その特徴的な四本足のうち二本を器用に操ると、さながら巨大な鋏のように扱い私の事を捕縛したのです。
ゴッ!!
捕縛した直後、背面の翼から豪快な音を出し、彼はその場で回転し始めました。当然、私もそのまま振り回される形になります。しかも、直接体感したその推力は暴力的とでも言うべき代物で、高速飛行訓練以外では感じた事のない加速Gを体験させられましたわ。
そして、仕上げとばかりに私の拘束を回転中に解いて放り投げたその先には――
「し、しまっ」
――私の放ったミサイルが、ありましたわ。
体勢を立て直す事さえままならなかった私は、自分の放ったミサイルに直撃しました。
ブー!
『試合終了!
勝者、影内一夏!』
その一撃に私のSEが底を着くと同時、試合終了のブザーと彼の勝利を告げるアナウンスが響きましたわ。
―――――――――
Side 一夏
「終わった、か……」
途中途中に何度か危ない場面こそあったものの、無事に勝利することはできた。
だが、SEが底を着いたオルコットが、絶対防御の恩恵もあって傷付いてこそいないものの、空中に投げ出される事態になっていた。
「よ、っと」
このまま地面に打ち付けられるのを見るままにしておく気もないので、すぐに飛翔し生身の方の両手で受け取る。機竜の腕で受けとめて万が一の事態になることは避けたかったからだ。
「オルコット、大丈夫か?」
「影内、さん……?」
一応確認を取ったが、当のオルコットは少し呆けたような様子だった。
「……私を、嗤わないんですの?
あれだけ言っておきながら、負けた私を」
敗北によって思考が自虐的になっているのか、オルコットはそんな事を言ってきた。
正直なところ、そんな事をする気はない。強いて言えば、不満こそ残る内容であっただけだ。
「……そんなことをする気はない。しても無駄なだけだしな。
それに、今回は俺が勝たせてらったが、本音を言えば、褒められた勝ちじゃないと思っているくらいだしな」
「……褒められた勝利では、無い?」
オルコットが訝しむような顔になり、説明を求めるような雰囲気を出してきた。
断ることでもないので、そのまま説明する。
「お前は最初、本気じゃなかっただろ?
今回のような、命を懸ける必要も無く致命的な何かを失う訳でも無い純粋な力量の競い合いの場で、本気じゃない人に勝ったって言ったところでそれは褒められたものなのか?」
もっとも、俺自身も本来の機竜ではないのだがその部分は棚に上げた。言ってしまえば、《ユナイテッド・ワイバーン》で出せる限りの全力ではあったのだし。
「俺は、最初から全力で勝負に来るお前に勝ちたかったよ」
その一言に、オルコットは驚いたような顔になった後、何がおかしいのか小さく笑い出した。
「そう、でしたのね。だから……」
ただし、その笑顔の中には明確な闘志の炎を燃やす瞳があったが。
それを確認するとほとんど同時に、地面に着いていた。オルコットの体への負担を考えゆっくりと降りて行っていたが、それも終わりだった。
「ピットまで歩けるか?」
「問題ありませんわ。体の方にはほとんど傷はありませんしね」
「そうか」
それだけ言ってから《ユナイテッド・ワイバーン》を解除し、自分のピットへ向かおうとした。
「
だが、直前にオルコットに呼び止められ、振り返った。
「もし、再戦を許していただけるのなら、次こそは、私と《ブルー・ティアーズ》の全力でお相手して差し上げますわ」
浮かべていた非常に好戦的な笑みに、俺も思わず連られて笑っていた。
「ああ。叶うなら、俺も再戦したいな。
やるとしても勝たせては貰うけどな」
「今はその言葉が恐ろしいですわね……恐ろしいばかりで終わらせる気もありませんが。
次こそは、撃ち抜かせていただきますわよ」
「それくらいのほうがやりがいがある」
その言葉を皮切りに、どちらからともなく互いのピットへと向けて歩き出していた。
次の試合を、全力でこなすために。