これからも、よろしくお願いします。
それでは、続きになります。
Side 一夏
それは、異形だった。
見るからに硬質そうな体に、一対の羽を生やした異形。手には爪を備えており、同時に血に濡れていた。まるでどこかの神話から飛び出してきた悪魔か何かのような、そんな造形。
だけど、そんな造形よりもより鮮明に明白に、そこには恐怖を掻き立てるものがあった。
「なんで……」
主犯格の女性が絶望に染まった声で叫んだ。
でも、声が出ただけいいだろう。少なくとも俺は出なかった。
「なんで、絶対防御が効いてないのよ!!」
そう。
「た、助け……」
さらに、逃げていた女性があの化け物の爪を背後からくらい、そのまま動かなくなった。出血も多いけど、恐らくは気絶だろう。
そうこうしている内に、バケモノがこっちを向いた。あるいは、さっきの叫び声に反応したのかもしれない。
「こ、この!!」
それに気付いたらしい主犯格の女性がとっさに武器を手にした。
ガガガガガガガガ!!
直後に銃声が鳴り響き、二挺のマシンガンによる弾幕がそのままバケモノへと殺到する。
仕止めたと思ったのか、会心の笑みを浮かべつつもさらに銃撃を続ける主犯格の女性。しかし、その笑みも一瞬で凍り付くことになる。
「ギィェェェアアッ!!」
咆哮とともに、化け物が翔けた。
二挺のマシンガンが吐き出す弾幕の中を、硬質な体表で弾きながらまるで意に介してないかのように進んでいく。さすがにバケモノも無傷とはいっておらす、マシンガンの弾丸が当たった場所には傷が付いている。だが、その歩みが止まる事は無い。
弾かれた弾丸が跳弾して、其処ら辺の物に穴を開けまくっている。なのに、バケモノには穴が開かない。『ISは最強』だと信じている人たちにとっては絶望でしかない光景。
そしてついに……主犯格の女性の間近にまで、あのバケモノが迫っていた。
「―――――!!!」
半狂乱になった主犯格の女性が声になっていない叫びをあげながら、マシンガンを放り投げ、何か別な武器を取り出した。
大の大人の身長ほどもある、長い筒状の装備。映画やアニメなんかに出てくるのと同じなら、あれはバズーカかなにかだろう。
だけどバズーカが撃たれることはなかった。バケモノの腕が、その武器を叩き落としたから。
「い……」
その叫びが最後まで紡がれることはなかった。バケモが再び腕を振るい、主犯格の女性を一撃で倒したから。倒された主犯格の女性はひどい出血もあり、このまま放置すれば出血多量で死ぬのは想像に難くない。
だがそんなことを考えられたのも少しの間の話だった。
バケモノの目が、確かに俺のほうをとらえたから。
「…………ッ!!」
瞬間、俺は声には出なかったものの悲鳴を確かに上げていた。
だがこの時の俺が抱いていたのは、死への恐怖というのとは少し違う。未知の脅威への、少なくとも今この場では理解できないものへの恐怖。
一瞬だけ、空白の時間が流れた。
直後、未知のバケモノが俺のほうに歩みを進めてきた。
―――――――――――――――――――――
Side 千冬
「一夏ー!
どこだ、どこにいる!?」
私は今、誘拐された弟の一夏を探していた。
情報を提供してくれたドイツ軍によると、今捜索している古びた工場跡のどこかにいるみたいだが、一向に見つからない。
そうして、時間だけが過ぎていく。
『Ms.ブリュンヒルデ。こちらにはいません。
そちらは?』
「こっちにもいない。
真耶!」
『すいません。見つかっていません!』
ともに捜索してくれているドイツ軍IS特殊部隊の部隊員達と、事情を断片的ながら把握し自ら協力を申し出てくれた日本副代表の後輩、山田真耶と連絡を取り合って捜索範囲を広げているが、芳しい結果は出ていなかった。
「クソッ……クソッ!!」
何よりも最悪だったのは、日本政府のバカが誘拐されたことさえ私に伝えず、さらにあろうことか誘拐犯たちと交渉さえ持たなかったということだ。
要約すれば、見捨てた、ということである。
私を、モンド・グロッソで優勝させる。そのためだけに。
何もかもが最悪だった。
時間だけが過ぎていき、一夏が見つからない。
それが余計に私を焦らせる。
ハイパーセンサーをフル稼働させ周囲をくまなく探るが、一夏が見つかるどころかそもそも人の生命反応そのものが見つからない。
そのままいくつかの倉庫を捜索し終えてしまった。相変わらず何の反応もないことに余計に焦りが出てくる。
「先輩、見つかりましたか!?」
「真耶! そっちはどうした!?」
「こっちはすでに一通り捜索し終えました。
その……結果は、伴いませんでしたが……」
「いや、いい……。
とにかく、残っている場所を探すぞ」
「はい!」
さらに聞いた話では、真耶は一通り担当場所を捜索し終えたため私に合流して捜索を続行するようにドイツ軍から言われたらしい。同時に、ドイツ軍のほうでも捜索を終えた隊員たちは極端に消耗していない限り、他の隊員たちと合流して捜索を続行しているとの事だった。
確かにドイツ警察とドイツ軍の警備の中を突破して一夏を誘拐している以上、誘拐犯が単独犯である可能性は低く、同時に何らかの後ろ楯があると見た方が自然だろう。加えて、それ用にカスタマイズしたISを装備している可能性を現状では否定できない。そんな現状である以上、完全に一人で行動するより複数名で行動したほうが見つけた際の行動の幅がより広がるだろう。
だが、次の倉庫の探索中にそんな考えは吹き飛ぶことになる。そこは妙に破壊されており、所々自然に崩壊したとは思えない施設だった。
その中には、より事態を厄介にしかねないものがあった。
「ん……? なっ!!」
「こ、これって……こんな事って……!?」
そこにあったのは、複数の死体。しかも、おおよそ私たちの常識では考えられないものが転がっていた。
「あ、ISを展開したままの……死体!?」
「……まだシールドエネルギーが残っている、だと……? なら、なぜ……?」
私としても信じがたい光景であったが、何よりも横にいる摩耶が酷かった。顔が青ざめている。
だが、責められるものではない。少なくとも直接人の死体を見たことはないだろうし、真耶の性格からしてその手の物に耐性がないのは想像に難くない。
さらに付け加えれば、ISを纏っており、なおかつ十分にエネルギーが残っている状態でのそれだ。ISが解除されている状態ならともかく、不可解に過ぎることが多い。それがかえって恐怖を煽り立てる。
かくいう私も、あまり平気とは言えないのだが。
「せ、先輩……?
あれ、なんですか……?」
そんな私の思考も、後輩からの問いかけに中断された。
真耶が示した方向を見ると、そこには異様な『何か』がいた。
「な……なんだ、あれは……?」
そこにいたのは、硬質そうな体に、一対の羽を生やし、手に爪を備えていたバケモノ。しかも、近くにISを纏ったまま致命的な傷を負っている女が横たわっており、同時にバケモノの爪は血に濡れていた。
そこにいるバケモノがISを纏った誘拐犯の一員と思われる女たちを倒したという結論に思い至った。
その結論が自分でも信じられない、というのが本音だったが。
「せ、先輩!」
真耶が声を上げた。
言われなくてもわかっている。バケモノの目が確かにこちらを捉えている。
「真耶、後ろに下がれ。
私が前に出る」
「はい!」
侮ることはできない。相手はISを倒せる可能性の高いバケモノだ。
だが、私が前に出つつ真耶に後ろから援護射撃をしてもらうというのは、決して間違った選択ではないはずだ。
『ちーちゃん、聞こえる!?』
「……束!?
今は取り込んでいる、後にしろ!!」
バケモノ相手に警戒を強める中、古い付き合いになるISの開発者『篠ノ之束』からの通信が入ってきた。
要件が何にせよ、今は目は前の敵に集中すべきなのだが……。
『いっくんが誘拐されたんでしょ!
監禁場所、そこの倉庫だよ!』
「なん、だと……」
私の頭に、最悪の可能性が思い浮かんだ。
一緒に捜索していた真耶にも聞こえていたらしい。顔がさらに青ざめている。
『私も今そっちに向かってる。
とにかくその訳の分かんないのを何とかして!!』
言われるまでもない。
「……真耶、付き合ってくれるか」
「はい!」
私達は急接近してきたバケモノに対し、各々の得物を構えて迎撃態勢をとった。