IS ~無限の成層圏に舞う機竜~   作:ロボ太君G。

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第二章(5):開幕、クラス代表決定戦

Side 一夏

 

「……」

 

 クラス代表決定戦の当日。試合順は俺とオルコットが最初、次にオルコットと剣崎、最後に俺と剣崎となった。

 経緯が経緯なだけに不本意な部分が多分にあるが、やる事になってしまった以上は手を抜く気はない。

 

 そんなことを考えながら《ユナイテッド・ワイバーン》の調律をし、山田教諭の時の経験を反映させていく。クラス代表決定戦が決まって以来行っていた作業だが、今はその最終調整だった。

 

「一夏、調子はどうですか?」

 

 その調律をしていたところに、意外な人が来た。

 

「アイリさん?

 今日はどうして……」

「一夏の上司という事で更識さんに話を通したら来ることができました」

 

 いつも通りの涼しい顔で言い切るアイリさんがそこにいた。

 常と変わらぬその様子に安心感を覚えつつ、次の言葉を持った。

 

「クラス代表の決定戦、でしたか?」

「はい。

 不本意ではあるんですけどね」

 

 少しの諦めを含んだ声でいうと、アイリさんも若干の呆れを含んだ声でそれに返してくれた。

 

「その経緯もすでに聞き及んでいますよ。

 ですが、負ける気なんてないんでしょう?」

「ええ、もちろん」

 

 俺の即答に、アイリさんはため息をつきながら少しジト目気味になって念を押すように話した。

 心なしか、からかっているような部分も見え隠れしている気がする。

 

「だと思いましたが……本来の目的は忘れていませんよね?」

「もちろんです」

 

 むしろ、それを忘れてしまったらここに居る意味が無い。それはありえない。

 

「ならば、いいです。私は観客席の方で観戦していますね」

「はい。わかりました」

 

 そのままアイリさんが去ろうとしたところ、アイリさんが出ていくその直前に人が来てそのまま鉢合わせた。

 それも、非常に面倒そうな人と。

 

「影内、お前の……貴様は誰だ? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが」

 

(初対面の人に向かって貴様はないだろう……)

 

 傲岸不遜な物言いでいきなりアイリさんに食って掛かったのは織斑教諭だった。

 その物言いに不快感を覚えた俺とは違い、アイリさんはいつも通りの涼しい顔で答えてた。あるいは、慣れている部分もあるのかもしれないが。

 

「一応、私は一夏の上司ですよ。

 むしろ、貴女もなぜここにいるんですか? 教師である貴女が試合直前の今になって一夏に何の用があるのでしょうか?」

「専用機の事についてだ」

 

 その一言に、本当に辟易した。すでに一度断っているはずなのだが。

 

「政府から支給されたISが今になって……」

「前にも言いましたよね?

 俺はそのISは使いませんよ」

 

 やむを得ない理由があるならとにかく、特に問題も無いのに試合直前になって機体を変えるなどと言う愚行をするつもりもない。

 その事を知ってか知らずか、織斑教諭は意に介していないかのように言葉を続けた。

 

「何度も言うが、お前に拒否権は無い。

 それに、貴様が今調整しているISは多量の不具合があるのだろう? それも、試合に関わるようなものもあったはずだ。だったら……」

 

 相も変わらず押し付けてくるその言葉を、どうにかして追い返せないものかと考えたところだった。

 

「一応言っておきますが、私達の会社の方としてはその要請は受理しかねますので。

 それに、確かこの学園の特記事項でしたか。その第21項に『学生の同意がない限りは原則として政府等の介入を受けない』という旨の物があったはずです。

 それに則るのであれば、政府からの指示も一夏が同意しない限り適用されるものではないでしょう」

 

 アイリさんが助け舟を出してくれた。

 

「一企業の人間が、政府に逆らうと……」

「あら、別に私たちは一夏を今すぐに退学させた上でデータを全て秘匿してもいいんですよ?」

「……何?」

 

 一瞬、織斑教諭が泡を食ったような表情になった。その隙を見逃さず、アイリさんは言葉を続ける。

 

「分かりませんか?

 はっきり言わせてもらいますが、私たちが一夏をこの学園に通わせているのはこの学園に通わせるにあたり、デメリットよりメリットが大きいと考えているためです。

 ですが、もしその前提が崩れるようであれば私達は一夏を退学させることに躊躇いを持ちませんし、一夏のISのデータは我が社の機密の詰まった機体のデータでもありますから、企業機密を守るという意味で公表しないという選択肢もあるんですよ。

 そもそも、一教師に過ぎないあなたが拒否権を剥奪するというのも不可思議な話ですしね」

 

 アイリさんの言葉に、織斑教諭が不愉快そうな表情をした。が、俺の気にすることではないので《ユナイテッド・ワイバーン》の調律に戻る。もし手を出そうとしたらその限りではないが。

 

 そう時間を置かない内に、不愉快そうな表情のまま織斑教諭は戻っていった。

 その様子を見て、俺とアイリさんは小さく息を吐いていた。

 

「……行きましたか。

 一夏、今の人があなたの」

「一応、嘗ての家族ですね。

 今となっては特に思う事もない……いえ、邪魔にならなければいいですけど」

 

 俺の言葉にアイリさんが何とも言えないような表情を浮かべたが、直後に溜息を一つ吐くといつもの涼しげな表情に戻っていた。

 

「兄さんの前では絶対に言いませんけど。

 私は、兄さんが兄さんでよかったですね」

「心から同意します」

 

 アイリさんの呟きに冗談抜きで心から同意しつつ、調整を続ける。

 そんな俺の方を少し見た後、アイリさんは立ち上がって――

 

「さて、私はもうそろそろ観客席の方に行っています。

 ……今日の試合、期待していますね」

 

――最後、それまでの涼しげな表情ではなく微笑を伴って言っていた。

 その後は振り返ること無く、観客席の方に歩き去った。

 

(さて……)

 

 《ユナイテッド・ワイバーン》の調整に戻る。さっきよりも、より入念に。

 

(負けられなくなったな)

 

 

―――――――――

 

 

Side 簪

 

「あ……アーカディアさん」

「更識さん、今日はお世話になります」

 

 影内君の上司ということで許可をもらってきたアーカディアさんと合流し、本音が確保していた観客席のほうに案内しました。

 

「今日は確か全部で三戦でしたっけ?」

「あ、はい。

 予定だと、影内君は最初と最後みたいですが」

「そうですか」

 

 アーカディアさんが今日の試合について確認し、私もそれに答えました。

 ですが、それ以上何を話したらいいかが分かりませんでした。

 

「そういえば、今日の対戦相手は……代表候補生、なんでしたっけ?」

「あ、はい。

 確か、イギリスの代表候補生でしたね」

 

 アーカディアさんが再度話しかけてくれたことで、私も話せましたがやはりこれ以上は言葉が出てきませんでした。

 アーカディアさんは私のそんな様子を見て、少し笑っていました。

 なんかすごく恥ずかしいです。

 

「そんなに緊張しないでください。

 私も、そういう所はそんなに気にしませんから」

「そう、ですか?」

 

 私が繰り返した問いに、アーカディアさんは柔らかい笑顔で「はい」と答えてくれました。

 今までは涼しい表情しか見てこなかったので、素直にその笑顔を素敵だなと思いました。

 

「ああ、それと呼ぶ時も名前の方でいいですよ。

 実のところ、名字はあまり好きではないので」

 

 少し困ったような笑顔で、アーカディアさん、いえ、アイリさんは私に言ってくれました。

 戸惑いを覚え無かった訳ではありませんが、今のままでも緊張

 

「えっと、それじゃ……アイリさん、でいいですか?」

「ええ。

 改めてよろしくお願いしますね、()()()

「……は、はい!」

 

 アイリさんにとっては何気ないであろうその一言に、私は堪らない嬉しさを感じていました。

 

 

―――――――――

 

 

Side 一夏

 

 アリーナに現れた俺を見て、早速オルコットが嘲るような表情を浮かべて話しかけてきた。

 

「あら、お逃げにならなかったのですわね」

「強制参加だったのでな」

 

 実際、強制参加だったので逃げるわけにも行かない。逃げたら逃げたで面倒な事になりそうでもあるし。

 

「でしたら、今すぐに棄権したらいかがですこと?

 それでしたら、すぐに決着が着きますわよ」

 

 相も変わらぬ見下した言動だが、試合前の挑発にしては安い文句だと思った。機竜の世界でもっと酷いものを見てきた身としては、特に。

 

「それに、ISを展開しないまま来たという事はつまりそういう事ではなくて?」

「早合点だな。

 まあ、少し待て」

 

 俺にとっては何時もの通り、機攻殻剣(ソード・デバイス)を引き抜く。と言っても、《アスディーグ》の機攻殻剣ではなく《ユナイテッド・ワイバーン》の機攻殻剣の二刀ではあるが。

 その光景が、オルコットには奇妙に映ったらしい。訝しむような目を向けてきたが、関係ないのでそのまま詠唱譜(パスコード)を口にする。

 

「――降臨せよ。天を穿つ幻想の楔、繋がれし混沌の竜。〈ユナイテッド・ワイバーン〉」

 

 背後に機体が召喚される。

 

接続開始(コネクト・オン)

 

 召喚された《ユナイテッド・ワイバーン》の装甲が開き、俺の体を覆う。

 オルコットが何か驚いた顔をしているが、気にせずに背中の翼に内蔵された推進器を吹かし、飛翔。

 

「待たせたな。

 これで問題ないだろう、オルコット?」

「……」

 

 妙に驚いているらしいオルコットは、呆けたように固まっていた。

 だが、それも一瞬の事ですぐに調子を取り戻したオルコットは再度嘲るような口調で話しかけてきた。

 

「ず、随分と大きくて鈍重そうなISですわね。

 私の《ブルー・ティアーズ》のいい(マト)になりそうですわ」

「《ブルー・ティアーズ》……青い雫、か。

 綺麗な名前の機体のわりに、その搭乗者は随分と他者を見下すのが好きなようだな」

「……なんですって?」

 

 わざとらしく呟くと、その声が聞こえたのかオルコットが食いついてきた。狙い通りに行ったことに内心安堵しつつ、そのまま言葉を続ける。

 

「ああ、すまないな。

 言うつもりは無かったんだが、つい本音が漏れた」

「あ、貴方ねぇ!」

 

 オルコットが顔を怒りで真っ赤にしながら怒鳴り声を上げてきた。

 

(……射撃を主力にしているんだろうが、だったら冷静になることを覚えたらどうだ)

 

 すでにオルコットは右手に長大な銃を下げている。おそらくはライフルのようなものであり、オルコットのIS(ブルー・ティアーズ)の主力なのだろう。

 だが、その装備を冷静さを欠いた状態で十分に扱えるかどうかは疑問が残る。例えば、今のオルコットのように。

 

「そ、それに、なぜSEの残量表示がないのですか!?

 これでは試合が始められないでしょう! それとも、負けた時に不具合を言い訳にでもする気……」

『それでは、今回の特別ルールを説明します』

 

 オルコットが言葉を続けようとした時、ちょうどよく放送が入った。

 放送元は今回審判役を引き受けてくれている山田先生。

 

『今回、影内君のISは仕様上の問題によりSEの残量が表示されないため、試合時間終了時のSE残量の比較ができません。

 ですので、試合時間終了時に双方のSEが共に0にならなかった場合、オルコットさんの勝利とします』

「……という事だ。

 安心しろ、言い訳をする気は無い」

 

 山田先生の放送を聞いたオルコットは一瞬呆けたような表情を見せ、次いで怒りに顔を歪めていた。

 

「もう泣いて土下座して謝ったって許しませんわ!

 精々私の《ブルー・ティアーズ》に無様に撃ち抜かれなさい!!」

 

 荒れ狂っているだろう感情を御しようとも隠そうともせず、その手に持つライフルを向けてくる。

 

  ブー!!

 

 試合開始を告げるブザーが高らかに鳴り渡った。

 

 

―――――――――

 

 

Side アイリ

 

「一国の代表を担うかもしれない人材と聞いていましたが……これは」

 

 さすがに苦笑いが出てきました。

 見るからに射撃寄りの機体を扱っているにも関わらず、試合前の一夏とのやり取りで大分冷静さを欠いています。

 この状態で正確な射撃を行えるかは甚だ疑問です。

 

 そもそもあのようなライフルを使う精密射撃は、狙った位置に撃つ正確さと、相手の動きを読む先読みの技術は不可欠と言ってもいいでしょう。

 私の知る限りその二点において優れている人と言えば、今現在ではユミル教国で『七竜騎聖』補佐官を務めているクルルシファー・エインフォルクさんでしょう。『財禍の叡智(ワイズ・ブラッド)』による先読みと、予測した位置に正確に当てる射撃技術はわざわざ言うに及ばないほどなのですから。

 

 ですが、今目の前で一夏と戦おうとしている彼女はクルルシファーさんと違い『財禍の叡智』など持ってはいないでしょうし、冷静さを欠いた射撃が正確なものになるとは、個人的には思えませんでした。

 

 さらに言えば、そもそも自分の圧倒的な勝利を疑っていないその姿勢は、曲がりなりにも決闘に挑む姿勢としては褒められた物ではないでしょう。

 とはいっても、私たちの世界にはある意味もっと酷い人も居たのでそう気にすることではないのかもしれませんが。

 

 不安要素があるとすれば、『第三世代兵装』というものでしょうか。各国が威信をかけて開発しているという話ですし、この前一夏が戦った更識さんも『水を操る』という特殊な装備を持っていました。

 果たして彼女の操るISが持つ第三世代兵装とはいかなる装備か。

 

「簪さん。確か、今回の相手は第三世代兵装を積んでいるのですよね」

「あ、はい。

 確か、欧州の次世代機選定計画(イグニッション・プラン)で開発されたイギリスの第三世代兵装ですね」

「積んでいる装備はさすがに非公開ですか」

「さすがに、それは……」

 

 国家規模の計画でもあるし、自国の戦力を公開したがらないのは当然と言えば当然の話なのでそこはあまり気になりませんでした。

 

 そうこうと簪さんと話していましたが、そう間を置かない内に試合開始を告げるブザーが鳴りました。

 

「あ、アイリさん。始まるみたいですよ」

「そうみたいですね」

 

 簪さんの言葉に返事を返し、アリーナで対峙する二人へ再度視線を向けます。

 

(まあ、一夏が勝つのは揺らぎませんね)

 

 内心で一夏の勝利を確信しながらも、私は一回思考を切り改めて試合を見始めました。




つ、次こそは戦闘シーン入れます(震え声)

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