Side 一夏
「入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です。
皆さん、これから1年間一緒に頑張りましょうね!」
IS学園登校初日。
実技試験の時に試験官を勤めてもらった山田教諭が教師としては眩しいばかりの笑顔で挨拶したが、クラスの反応はあまり良く無いものだった。
「「「……」」」
クラスのほぼ全員からの無視である。山田教諭に限らず、このような対応をされれば誰だって辛い物があるだろう。
「あのぉ……」
だが、それでも半泣きになるとは思わなかった。この前の実技試験の時に相対した山田教諭とあまりにも雰囲気が違いすぎて若干の戸惑いさえ覚えるほどだった。
ただ、生徒たちの反応も考え様によっては無理ならぬ事だろう。つい昨日まで、この学園はその目的と学ぶ物の性質により事実上の女子高だったのだ。
その中に、一人だけ男子が入学すればどうなるか。答えは今この瞬間にあり、被害は主に無視された山田教諭に向かっている。
(とは言え、俺も視線を集めたいわけじゃないんだけどな……)
珍獣よろしく不本意にも視線を集めることになった俺は、色々と思う事はあったがひとまずこの状況をどうにかすることにした。
「よろしくお願いします」
流石にこのままでは何を進めるのにも支障が出るだろうし、俺個人としても実力、人格の揃った人物であろう山田教諭を蔑ろにするような反応は快くは思わない。
だが、だからと言ってここで啖呵を切るのも好ましくは無い事なので軽い対応に済ませておく。
「「「……よ、よろしくお願いします!」」」
連られて我に返った他のクラスメイトが挨拶を返し、ようやく
その状況を逃さず、山田教諭がこの学園で生活するにあたり必要な注意事項などの説明を始める。
さっきまでとは打って変わり、この説明を聞いていない者はいない。それもそのはずで、この学校はその性質上の問題として普通の学校よりも色々な面で規則が厳しく、同時に例外無い全寮制でもある。つまりここでの規則は生活に直結するのである。
「それでは皆さん、出席番号順に自己紹介をお願いします」
そう時間をかけずに説明は終わり、次いで山田教諭の指示のもと自己紹介が始まる。
順に立ち上がって簡単な自己紹介をしては座っていく状態が続いた。その中、ついに順番が回ってくる。
「影内一夏。所属している会社で不慮の事故によりISを動かしてしまったためこちらに来ることになった。
剣術と体術を少々嗜んでいる。趣味は読書。
思うところはあるかもしれないが、気楽に接してくれると助かる」
自己紹介自体は簡単に済ませ、そのまま席に戻ろうとする。正直なところを言えば、仕事の都合もあってあまり深くは関わり合いたくはない。だが、全寮制の学園で生活することを考えれば人付き合いも重要なものになってくることは知っている。
寮制の女学校というと
(なんだってこんな立地にしたんだ……)
そして立地。東京湾に浮かぶ孤島と化しているこの学園は、一応通常の橋とモノレールの二つの手段で行き来できるが、それ以外で生徒や一般職員が行き来する手段はほとんどない。なぜこんな所に建てたんだ。
そうこうと思考していたが、次の瞬間にそれが全て遮られる事になる。と言うのも――
「「「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」」」
――爆音と間違えるレベルの声が女生徒たちから発せられたからだ。
それも、一人や二人ではなくクラスの女生徒の実に八割方。機竜での戦闘で爆音には慣れているが、なぜこんな場所でその例えを出さなければいけないほどの音を聞く羽目になっているんだ。
咄嗟に耳を塞ぎ被害は抑えたが、叫び声が聞こえなくなってくると今度は各々が勝手に騒ぎ出していた。
「イケメン! イケメンよ!」
「やった! 入学がこの年でよかった!」
「生まれてきてよかった! お父さんお母さん有り難う!」
「Ураааааааа!!」
「私達の満足はこれからよ!」
一向に収まる気配が無い騒ぎに色々と面倒になってきたので、そのまま無視して席に戻ろうとした。
だが、そこで――
ヒュッ
――横合いから何かが振り下ろされた。
もちろん、受ける気などさらさら無いので避けたが。
ひとまず避けれた事を確認し、いきなり殴りかかってきた相手を確認しておく。結論から言えば、見知った顔が出席簿を振り下ろしたようだった。
「……ッ!」
一方、殴ってきた相手はと言えばその顔に若干の驚きを見せていた。が、俺の顔を確認した瞬間に一層驚きの色を濃くした。
が、俺には関係の無い事だったので妙な事にならない内に早々に席に座ることにした。
一方、殴ってきた相手もいい加減に表情を元に戻し、まず山田教諭に挨拶していた。
「山田先生、遅くなって申し訳ない」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
最初半泣きになっていましたよね、という無粋なことは山田教諭の名誉のためもちろん言わない。
軽い挨拶を終えてそのまま自己紹介を始めていた。
「さて、諸君。私が織斑千冬だ。
私の仕事は諸君らをこの一年でIS操縦者として使い物になるまで鍛え上げることだ。私の言う事はよく聞き、良く理解しろ。分からない事は分かるまで教えてやる。出来なければ出来るまで指導してやる。逆らってもいいが私の指示には『はい』か『YES』で答えろ。いいな?」
正しく暴君の発言。だが、入学前に例年のIS学園の一年について更識楯無から聞いた話を合わせて考えれば先の発言の理由も推察出来ない訳でも無い。
今の今まで戦闘とは無縁のところにいた人間が、実銃を持つ。それも、モンド・グロッソ等の大会で使われるイメージが強いためか、さながらスポーツ用品のような感覚で。
人を十分以上に殺せる機体を、その自覚なく使う。それがどれだけ危うい事なのかなど、言うまでもない事だろう。
その中で言う事を聞かせようとするのであれば、多少は言い方もキツくなるのかも知れない。
もっとも、肝心要の女生徒達には伝わっておらず、さらに騒ぎが大きくなっただけだったが。
「ほ……本物よ! 本物の千冬様よ!!」
「来た甲斐があったわ!」
「勝った! 第三部完!」
「もう満足するしかないわ!」
(……ここまで来ると尊敬と言うより崇拝だな)
かつての姉が自分の手で得た栄誉によって今の事態を引き起こしているのだから、それについてはどうと思う事もない。
この女生徒達の言動にはある種の恐ろしさを覚えたが。
「……まったく、毎年こうも馬鹿者ばかりよくも集めるものだな。それともアレか? 私のクラスにばかり馬鹿者を集めているのか?」
態度からして本心から言っているのだろうが、所謂有名税と言う奴だろう。それでかつての姉がどうなろうが今更知った事ではない。
相対して思ったことなど精々、仕事の邪魔にならなければいいか、という程度だった。
「ええい、静かにしろ!
早く自己紹介の続きをしないか!!」
いい加減に織斑千冬が声を張り上げ、自己紹介の続きを促した。
その声を合図にようやく自己紹介が再開される。その後は、多少急ぎ足な印象はあったが、なんとか全員分の自己紹介が終わり、ちょうどタイミングを計ったかのようにSHRの終了を告げる鐘がなった。
「SHRは終わりだ。諸君にはISの基礎知識を半月で、その後の半月の実習で基本動作を覚えてもらう。いいな?」
それだけ考えたところで、自分の席に影が差したことに気が付いた。
「影内、少しいいか?」
話しかけてきたのは剣崎箒。思う所のある人だが、今は聞く事ではないと思ってそのまま話を続けることにする。
「ああ、どうかしたか?」
「いや、大した用じゃない。全く知らない仲でもない事だし、同じクラスになった者同士挨拶くらいはしておこうかと思ってな」
「そうか。一年よろしくな、剣崎」
「ああ、よろしく頼む」
お互いに簡単な挨拶を済ませ、そのまま席に戻ろうとする。
が、そんな中で早速食いついてきたクラスメイトがいた。
「え? 影内君って剣崎さんの知り合いなの!?」
「何か凄い繋がりを見た気がするんだけど!」
「お二人はどんな関係なんですか!?」
食いつきっぷりが半端無い。それに、話しぶりを聞くにどうも剣崎も目的らしいが。
「……剣崎、これは一体?」
「あぁ……多分、あの時の記事が原因だな。
大袈裟な記事にするものだから」
「何があったんだ?」
「え!? 影内君知らないの!?」
どうやら随分と有名人らしい。
こんな反応が出てくるくらいだし、よっぽどなのだろう。
「暫く前から自分の事で忙しくてな。
良ければ教えてもらってもいいか?」
食いついてきたクラスメイトの一人が「いいよー」と言いながら一冊の雑誌を取り出した。
「インフィニット・ストライプス」と銘打たれたその雑誌は、真紅の装甲を纏いあの長大な刀を今にも振りぬこうとしている剣崎が表紙を飾っていた。
「剣崎さんはIS適性Cでありながら日本のIS開発の総本山でもある倉持技研の企業代表に上り詰め、さらに代表候補生撃破の実績も持つ実力者!
適性主義なんて言われるIS業界に現れた、立志伝中の人だよ!」
これを皮切りに随分と熱く語ってくれたところから察するに、よほど人気らしい。ただ、熱く語るクラスメイトとは反対に、剣崎は「やめてくれ……」と言いながら顔を赤くしていたが。
やがて騒ぎが収まり剣崎やほかのクラスメイトが各々の席に戻ったころ、また誰かが席に近づいてきた。
「少しよろしくて?」
現れたのは金髪をロールにし、青い瞳を携えた少女。どことなく貴族のような印象を持たせる雰囲気を纏っていた。
「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットか」
「あら、私の自己紹介をちゃんと覚えていたのですね?」
「まあ、な」
何処が気に障ったのか、オルコットは少し眉を吊り上げながら高圧的な態度をとってきた。
「まったく……そのやる気のない態度は何なんですの? せっかく代表候補生たる私が話しかけてあげたというのに」
(……面倒だな)
確かに一国の代表の候補に選ばれている時点でエリートである事には違いないが、言葉の節々に他者を見下しているような部分が見受けられる。
相手をしていて気持ちのいい相手ではないが、問題を起こすのも面倒になりそうなので、どうしたものかと考え、いい切り上げ方を思いついた。
「それより、いつまでもここにいていいのか?」
「まあ、まるで話す気がないかのような……」
「そうじゃなくて、次の授業までもう一分切ってるのだが……」
時計を見ればもう間もなく次の授業が始まることを暗に告げている。このままここで話せば、元々座っている俺はともかくオルコットは間違いなく間に合わないだろう。
「……ちゅ、忠告感謝しますわね! それではまた!」
現実を確認したオルコットはすぐさま席へと戻っていった。
(……次の休み時間は外にでも行くか)
面倒事の回避方法を考えながら、二限目から本格的に始まる授業の準備を始めた。
―――――――――
Side 箒
(……特に反応は無い、か)
私は自分の席に戻り、さっきの影内の反応を思い出していた。
特にこれと言って特筆することはない、ごく普通のありふれた対応。
だからこそ、私の想像が外れているだろう事を思わせた。
(もし、影内が織斑一夏なのだとしたら、織斑千冬に会った時点で何かしら感情の起伏があると思ったのだが……)
助けられなかったことを憎んでいるにしろ、未だに家族として愛情を持っているにしろ、何かしらの反応があるはずだと思った。
だが、今話した限りでは特にこれと言って何かを思っている様子はなかった。強いて言えば、無関心と言ったところだろうか。
(やはり、影内は影内か)
別に外れていたからと言っても、影内の事を好意的に思っていることには変わりは無い。在学中くらいは学友としていい関係を築ければいいと思っている。
(それに、仮に一夏なのだとしても、何も言わないのではな……)
もし仮に彼が一夏なのだとしても、名前を変えた事に対して、特に何も言わない。当然ながら私にも一夏のことが全てわかるというわけではないが、それでも並々ならない何かがあっただろう事は想像に難くない事だった。
それに私も一度「篠ノ之」姓を捨てた身だ。誰かと家族でいることを放棄したという意味では、私も偉そうなことを言えた義理ではない。
だから、無理に聞くような事はしない。
今の私にできることなど、それくらいしか無いのだから。
―――――――――
Side 一夏
自己紹介とその後の休み時間に一悶着あったものの、その後の二限目と休み時間はつつがなく進んだ。
そして三限目。二限目と違い教壇には山田教諭ではなく織斑教諭が立っていた。内容は武装の特性についての説明で、よほど大事なのか山田教諭までメモを取る準備をしている。
「ああ、その前にクラス代表を決めねばならんな」
唐突に織斑教諭が言い放った。
「先生、クラス代表って何ですか?」
クラスメイトの一人の質問に、織斑教諭が説明を始めた。
「クラス代表とは生徒会の開く会議や委員会に出席などする、有り体に言えばクラス長のようなものだ。それと、クラス対抗戦にも参加する。
ついでだが、クラス対抗戦とは入学時点からの各クラスの実力推移を測るために一定期間ごとに行われる大会形式の模擬戦だ。
代表は一度決まれば一年間変更は無い。くれぐれも慎重に選べよ」
果てしなく面倒臭い上に仕事の方に支障が出かねない。
推薦されても早々に辞退しようかと考えて――
「自他推薦は問わん。ただし、推薦された者に拒否権は無い」
――とんでもない発言を投下した。
文句しかない状況だったが、その言葉を聞いてクラスメイト達が騒ぎ出したため文句を言うことができない。
「はい! 影内君を推薦します!」
「イケメンだしね!」
「剣術体術やってるって言ってたし!」
早速面倒事が転がり込んできた。どうやって断ろうかと考えていたが、どうにも推薦されたのは俺だけじゃないようで――
「私は剣崎さんを推薦します!」
「やっぱり強いし、実績もあるしね!」
――剣崎も推薦されているようだった。当の本人は微妙な顔をしていたが。
だが、これだけには終わらず。
「納得がいきませんわ!!
私は自薦します!」
今度はオルコットが手を挙げていた。ただし、俺や剣崎とは違い自薦だったが。
普通だったらこの時点で自薦したオルコットだったのだろうが、生憎とそう上手く事は運ばないようで。
「一応の実績がある剣崎さんだったらまだ分からない事もありませんが、男性が代表など恥晒しもいいところですわ! それもただ物珍しいからなどと……無能を喧伝しているような物でしょう!!
いいです事? クラス代表は、入試主席だった私がなってしかるべきなのです!
それをわざわざ適性Cや、何処の誰とも知れない男などにやらせるなど……」
最初の自薦の宣言だけで止まっておけばいいものを、余計なことを言い出した。しかも、節々に明らかな問題発言も含まれており、国の顔になるかもしれないエリートである代表候補生としては褒められたものではない。
この先も続きそうだが、声が大きいという事もあって、他のクラスへの迷惑になり、授業の進行にも支障が出かねない。止めに入って適当にクラス代表をやってもらおうか、と考えたが。
「そこまでにしておけ」
意外といえば意外な事に、織斑教諭が止めに入った。
「そんなに納得できないなら、文字通り実力で決着を付けたらどうだ?」
方法は恨みたくなったが。
「……俺はクラス代表なんて一切やるつもりは無いんだが」
「私も自薦した人が居れば譲るつもりでしたが」
俺と剣崎が揃って辞退する旨を述べたが、どうやら聞く気はないようで――
「推薦された者に拒否権は無い」
――この一点張りだった。話すという事を知らないのだろうか。
「……俺は面倒が嫌いなんだ」
思わず愚痴が漏れたが、誰にも聞こえていないようで無視された。
「フフ……いいでしょう。
私、セシリア・オルコットはあなた方お二人に決闘を申し込みますわ!」
唯一乗り気だったオルコットが宣言してしまったことにより、ついに決定してしまった。
「では一週間後に三連戦の形でクラス代表決定戦を執り行う。場所は決まり次第伝える。
影内、剣崎、オルコットの三人は各自準備しておくように」
こうして、早くもIS学園で面倒事に巻き込まれる羽目になった。