第二章(1):入学試験へ向けて
Side 簪
『試合終了!
勝者、影内一夏!』
審判役の箒があげた勝ち名乗りを、半ば信じられないような気持ちで聞いていました。
「嘘……」
「おお~……本当に楯無お嬢様に勝っちゃうなんてね~」
隣の本音も口調こそいつもとあまり変わりませんが、その声音には驚きが多分に含まれているように感じました。
「「「…………」」」
周りで見ていた
ですけど、それも無理のない事だと思いました。お姉ちゃんはIS関係の勝負ではほとんど負けたことが無く、その強さの証明として一国家の代表の肩書も持っていたくらいです。
そのお姉ちゃんの、敗北。
誰の目から見てもお姉ちゃんが手を抜いていたわけではない事は明らかだからこそ、その衝撃は大きいものです。これでお姉ちゃんの立場が弱くなるなんてことは無いでしょうけど。
(なんで……あんなに、強いんだろう)
今まで何でも出来ると思っていたお姉ちゃんを倒した人に、私は強い興味を抱いていました。
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Side 楯無
「いや~、負けた負けた。
最後は本当に手が出なかったわね」
あそこまで見事に負けると、いっそ清々しい気分だった。
「……一応お聞きしますが、手を抜いたわけでは」
「したように見える?」
「そう、ですか……」
これでもけっこう悔しいんだけどね、という言葉は飲み込んでおく。
だけど、これで確かめておきたかった事は全て確かめられた。
すでに対バケモノにおいて彼が極めて重要な戦力であることは間違いない。だけど、これから私が提案しようとしている事については彼が持つ対人戦技能を確かめることが必要だと感じていた。
もちろん、この前彼らに言ったこの試合の理由も嘘ではない。だけど、それ自体はその気になれば最悪多少強引にでも纏めることはできたし、そうでなくてもこっちの方で解決することは可能だった。なのになぜわざわざこの試合を組んだかと言えば、影内君の対人戦における能力がどれほどの物かを知りたかったから。別に対人戦になると弱いとか考えていたわけではないけど、やはりバケモノと人を相手した時では勝手が違うだろうと思ったのもある。
結果から言えば、並みのIS搭乗者を寄せ付けないほどには強かったわけだけど。
「それにしても……本当にこれを提案するつもりですか?」
「まあね。
彼の腕前だったら授業は多少サボったところで問題なさそうだし」
「それを仮にも生徒会長であるお嬢様が言いますか……」
そう言っている割に、虚ちゃんの手は「IS学園入学届」と書かれている書類をしっかりと持っている。
さすがは虚ちゃん、頼りになるわ。
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Side 一夏
あの親善試合の翌日。
更識楯無の計らいにより宿を手配してもらった俺たちは、話があるという事で再度呼び出されていた。
呼び出されたといっても送迎付きだったため、特にこれと言って自分たちで移動したわけでもない。強いて言えば、初めて見た車という未知の乗り物にアイリさんとシャリスさんが落ち着きなく座っていたくらいで。
一時間と少々の間、更識家お抱えだという運転手の車に乗って着いたのは見事な門の前だった。運転手の案内に従って門を潜れば、古風とも言えるほど見事な屋敷が建てられていた。庭も整備されており、日本庭園という言葉が似合う場所となっている。
「ようこそ、更識家へ」
そして玄関先で俺たちを出迎えたのは、当主こと更識楯無本人だった。
彼女の案内に従い屋敷の中に入り、屋敷の中を案内に従って進むと、それなりに広い部屋に通された。調度品類も落ち着いたもので揃えられており、初めて来る場所にしては、それなりにくつろげるような雰囲気に感じられた。
ただ、アイリさんとシャリスさんは相変わらず初めて見る物の多さに興味と若干の戸惑いを覚えているようだったが。
「大したおもてなしはできないけど、くつろいでちょうだい」
その言葉の後に、彼女の従者を務めている女性――布仏虚さん、だったと思う――が緑茶を運んできてくれた。
それに口を付けつつ(と言っても万が一を考えて俺一人で口を付けた後に暫く経ってからアイリさんとシャリスさんが口を付けることになったが)、更識楯無の話を待つことにした。
「さて、本題に入るわね」
前置きもそこそこに、更識楯無は本題を切り出した。
「影内君……あなた、IS学園に行く気ない?」
なかなか冗談としか思えない内容ではあったが。
「……一応聞くが、IS学園は女子高だったと思うのだが」
本来なら俺が聞く立場では無いのだが、当事者である以上切実な問題なので流石に聞く事にした。
横にいるアイリさんが過去の事を思い出して天を仰いでいたというのも理由の一つなのだが。
「認識の相違ね。
あそこはISの操縦を学ぶところ、つまりはIS搭乗者なら問題はないのよ。
それが今までは女性しか乗れないという事になってたから事実上の女子高扱いされていただけで、別に入学するにあたって性別についての明確な制限はないわ」
(なんて暴論だ)
真剣にこの提案を受けて大丈夫なのだろうかと思ったが、そんな俺の考えなど全く気にせずに更識楯無は言葉を続けた。
「それに、結構メリットもあると思うのだけど」
「……一応、聞いておきます。
どんなメリットがあるんですか?」
再起動したアイリさんが真剣な表情で聞いた。
「まず一点目。
元々国立校で寮も完備されているものだから生活設備が充実してるのよ。だから、生活に一切困らない事」
「これが寮の資料になります」
元々提供を約束していた衣食住に関する内容だったが、寮の資料、というよりは普通にIS学園のパンフレットを見た限りでは確かに設備の面では充実しているように思われる。ただ一点、周りが女性ばかりという環境だけが気がかりだが。
(
流石に不安が残ったが、なおも更識楯無の話は続いた。
「二点目。
IS関連においてのセキュリティがどこよりも充実しているのよ。下手な研究機関よりもよほどね。加えて言えばその中の扱いにもかなり制限がついているわ。技術的に流出する心配もほとんど無いわよ」
その点は確かに安心する部分だった。そもそもとしてISではなく機竜なのだが、いずれにしても情報の流出、ましてや機体そのものの流出など厳に防止されてしかるべきなのだから。
「三点目。
万が一影内君が、あのバケモノを倒せるほどの人だって知られても、すぐには干渉されにくいってこと。一応言っておくと、IS学園には特記事項って言うのがあって、その中の一つに『本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』ていうのがあるの」
「このページに書いてある第21項がそれです」
再び虚さんから渡された生徒手帳らしき物に書かれていた一文を読み、確かに確認した。アイリさんとシャリスさんも同様にして確認している。
「四点目。
仮に影内君を隠し続けた後に男性であることが何処からか漏れたとした時、表向きの事はとにかくとして、一部の人たちが手段を問わずに影内君の身柄を狙ってくる可能性があるわ。
でも、最初から男性であることを公表してついでにそのデータも何かしら理由を付けておけば、文句も言われないしさっきの特記事項を使えば干渉される事も無い」
ISではなく機竜であることを隠したままで行動することを考えれば、たしかに男性であることがバレた時のカバー方法を考えておいた方がいい。その意味では、確かにメリットとも取れる。
だが、だからと言ってデメリットが全くないわけでもない。
「貴女達の言っている事にも一定のメリットがあることは理解しました。
しかし、いくつかの疑問も残っています」
「何かしら?」
この疑問を、まず真っ先にアイリさんが切り出してくれた。
「まず一つ目として、私達は諸般の事情によりあまり名前を出したくはないのですが……」
「ああ、それについては問題ないわ。
入学手続きや必用書類の作成に関してはこっちでやっておくから。最終的に貴方達にも確認はしてもらう事になるけど。
お望みとあれば貴方達の名前を使う事無く作成できるしね」
どうやら一つ目の疑問は問題無いようだった。
「二つ目として、行動の自由度に関してです。
貴女達がバケモノと呼ぶあの生物を相手する場合や、私達の目的の一つでもある機体が確認された場合、学園通いでは少々やりづらくはなりませんか?」
「それも大丈夫よ。
単に私たちの方で届けておけばいいだけだし、ついでに言っておくとあの学園の理事長とはちょっとしたツテで知り合いだから、緊急でも何とかなるわ」
二つ目の疑問も問題無し。内容が内容だっただけに重要な事だったが、何とかなるようだ。
「では、三つ目として貴女達との連絡手段をどうするかというのが気になるのですが」
「どうするも何も、私と虚ちゃんは現在在学中だし、簪ちゃんと箒ちゃんも来年度には入学するから、特に問題ないと思うけど」
最後の疑問も問題ではなかったようだった。
「……聞きたい事は全て聞けました。
ですが、返答は後日でよろしいでしょうか?」
「ええ、問題無いわ」
何やら雲行きが怪しくなってきたが、ひとまず今日は帰った。
その後のアイリさんたちとの話し合いの結果、ルクスさん達の元にこの話を持ち帰って話し合う方向で纏まった。
三日後、入学が決定してしまった。
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Side ???
「……」
IS学園教員室に届けられた書類を、私は無言で読んでいました。
といっても、この書類を読むのは三回目です。なんでこんなに読んでいるかって、ただ単に内容が信じられないんです。
「
別に入学試験自体は私を含め数名の教員で行われるものですし、その中で私が選ばれたというだけの話なので試験自体には特に思うところはありません。
ただ、その試験を受けに来る人が色々と大問題なだけなんです。
「男性って……聞いてませんよぉ……」
女性しか動かせないと言われていたISを動かせる男性。
過去形になったのはこの書類を呼んだ時の事で、何度も目がおかしくなったのかと思いました。
「名前は……影内一夏君、で……」
一応守秘義務はついていますが、その範囲は一般公開のみで、IS学園の教員などの一部の人には話してもいいみたいでしたけど、それは今の私にとっては些細な問題なんです。
「しかも……」
書類を読み進めてみれば、専用機まで持っているみたいです。小さな新興企業で製作されたISみたいですが、それもかなり特殊みたいで、待機形態が二本の剣だったり、
ここまで来ると癖が強いとかそういうレベルの問題ではなく、だからこそ根本的に試験方法まで考え直さないといけないかもしれません。特に、実技試験でこの問題は深刻です。
何度目かのため息をつきながら試験項目や方法について考え直そうとしていた時でした。
~~~遥かにそっと揺らめく 葛藤の記憶に
「ああ、今出ますよ~」
携帯の着メロが鳴ったので書類を読むのを中断し、一旦電話に出ます。
「はい、もしもし山田ですが」
『ああ、真耶か』
「千冬さん?」
電話の相手はIS搭乗者としては先輩でありIS学園の教師としては同僚である織斑千冬さんでした。
今日は休みだったはずの彼女が、なにか、妙に疲れているような声音なのがちょっと気になります。
「この時間に一体どうしたんですか?
何か疲れてるような声ですけど……」
『ああ……今面倒な奴が来ててな』
『ええ~、それは酷いよち~ちゃぁ~ん』
「……大体わかりました」
電話先から聞こえてきたもう一人の声と口調と千冬さんの呼び方から、誰が来ているのかはすぐにわかりました。
二年前の一件以来の付き合いですが、あの人はもうなんか色々と常人とは違うのはよく分かっていました。
「それで、今夜もですか?」
『ああ。いつものバーで頼む』
『ちーちゃぁ~ん、束さんも一緒にぃ~~』
『駄目に決まっているだろう。いいから貴様は早く
『アイタイイタイアイアンクローは止めて~~!』
やはり飲みの誘いでした。
ですが、今日に限っては私も特に断る気にはなりませんでした。現在進行形で頭を悩ませている今の私は、期日に多少の余裕があった事も手伝って誘いに乗ることを即決していました。
のみならず――
「今日は千冬さんの奢りでいいですか~?」
――普段なら絶対に言わない事を口走っていました。
『む……構わんが。
お前から言い出すなんて、珍しいな』
「今ちょっと大変な事になっていまして……」
『そうか……。
まあ、今晩は精々吐き出すと良い』
「そうしま~す……」
そして、私は自分のデスクに書類を仕舞うと、千冬さん行きつけのバーに行くために帰りの準備を始めました。
――この入学試験が、二年前の事件の続きになるとも知らずに。