本当は一回に纏めるつもりだったんですが、できませんでした……。
Side 一夏
「本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。お手柔らかにね」
今、目の前にいるのは専用IS《
対して、俺は自身の神装機竜《アスディーグ》を既に召還し、
場所は彼女達が用意した倉持技研所有のテスト用アリーナ。なんでも、ちょっとした裏工作をして使えるようにしたらしい。
そして周りには更識家関連の面々が囲っている。中には、先代の党首もいるとか。
なぜこんな事になったのかと言えば。事の発端は数日前、あの交渉の最後の時からだった。
―――――――――
「男性……!?」
アイリさんの放った一言に、更識楯無達は一瞬で騒然となった。表現は少々大げさかもしれないが、雰囲気を表した言葉としてはあながち間違ってもいないだろう。
「ど……どういう事ですか!?
ISに乗れるのは女性だけのはずです!」
「た、確かに男性っぽいとは思ってたけど……」
それよりも、いい加減落ち着いて欲しい。
このままでは予め用意していた言い訳が言えない。
「こんな……事って……」
「……」
そして、妹だと名乗った女性――更識簪という名前だったはず――は静かに驚愕し、黒髪を結った女性――
「……とりあえず、落ち着いていただけますか?」
アイリさんが静かに、だけどよく通る声で言った。
「……え、ええ。ごめんなさい。取り乱してしまって。
ほら、虚ちゃんも……」
「……ハッ! も、申し訳ありません!」
ひとまず彼女たちは正気には戻ったみたいだった。
「とりあえず確認のためにお聞きしますが……あなたたちは今まで一夏の性別を勘違いしていた、という事でいいんですね?」
「そう……なるわね」
更識楯無は少々言い辛そうに返答していた。
此方が少し黙っていると、今度は更識楯無が真剣な顔になり――
「ねえ、少し聞いてもいいかしら?」
――切り出してきた。
「答えられる範囲ならば、どうぞ」
だが、此方としても元々聞かれるだろうと思っていた事だったので特に問題は無い。
「なんで……今まで男性IS操縦者の事を秘匿していたのかしら?」
そもそも使っているのがISではなく機竜なので男性も女性もないんだが……そこは勘違いしていてもらう。そっちのほうが、おそらくは話が円滑に進む。
それに、そっちの方が此方側の安全確保にも役立つ。
「一夏自身の身の安全と保障のためです」
「……そういう事ね」
この簡潔な答えから、おおよその内容を推察したらしい。そこはさすがに暗部に関わる人間というべきか。
「はい。
もうすでにご想像がついているかと思いますが……一夏がこの世界で唯一の男性操縦者となれば、その価値は計り知れないものとなるでしょう。
当然、種々の目的で一夏自身の身の安全が脅かされないとも限りません。研究目的か、女性優位の世の中を崩したくない人間か……。いずれにせよ、どのような手段で来るかが分からない以上、彼の身の安全に最大限の配慮をしたとしても限界があります。
だからこそ、彼自身に十分な腕前を付けてもらうことで、その安全を少しでも保障出来ないかと考えたんです。
さっきも言った通り、私達としては一夏を失いたくないですから」
そう、この話題について聞かれた時のために予めルクスさん達と相談して用意していた話がこれだった。
機竜の世界では別に男性の
けれど、ISがあるこの世界ではそうじゃない。そもそもとしてIS自体が女性しか使えない以上、男性がそれを使っていることが確認されれば大混乱は必須。そうなったら幻神獣や機竜の事以上に自分の防衛を考えなければならず、任務どころではなくなってしまう。
かと言って、使っている機体の正体がISでは無く神装機竜であるとバラすのは早計に思われる。何より、ISとは根底から違い男女両方乗れて、しかも戦力として優秀。彼女達が秘密裏にしてくれるならいいのだが、一国の暗部である以上そうなるとは限らない。
更に言えば、彼女達に限った話ではないが、『
そのために今まで機竜や幻神獣という言葉は一切使わず、彼女達にはISであるという誤解をしていてもらうことにした。だがそれは、同時に男性がISを使っているという形になることを意味している。
だからこそ、最初から説明を求められたときのためにある程度信憑性がある話を用意しておくことにしていた。その結果がさっきのアイリさんの話である。
「な、なるほど……」
「だけど、それだったら何でわざわざ人前に彼を晒すような事を?
さっきの説明と噛み合わないような部分があるように私には思えるんだけど」
布仏虚はある程度納得したが、更識楯無はそうでもなかったらしい。さすがに用心深かった。
「ああ。
あれは半ば事故のようなものでしてね」
「事故?」
アイリさんの言葉に、更識楯無は疑問を抱いたように聞き返してきた。
「ええ。私達としても、今この時点で一夏の存在を公にするつもりもありませんでした。
ですが、先日あなた達も二度に渡って確認したあのバケモノを相手に被害を増やさないためには、ああするしかなかったというのが我々の見解です」
「被害を広めない……まるであのバケモノたちとの交戦経験があるかのような口ぶりね」
「そこは詳しく言えませんね」
答えはするが、さすがに自分達の素性に感付かれそうな部分は隠しておく。
「じゃあ、もう一ついいかしら?」
「何でしょうか?」
更識楯無が再度、真剣そのものの表情で問うてきた。
「どうして男性である影内君がISを使えるのかしら?」
「分かったら苦労はしません」
この答えも、あらかじめ用意していたものだった。
元々分からない事の方が多いと言われていたのがIS。変に独自技術などと言って疑いを持たれるよりは、最初から答えを持っていないとしていた方がまだいい。
「……良ければ説明してもらえる?」
「最初、所用で一夏が開発中だったISに触れた所、そのISが偶然反応したんです。それ以後、何度か解析を試みましたが結局今まで何も分かっていない始末です。
更に言えば、今現在使っているIS以外ではもう一つしか反応したことがありません。つまり、たまたまこの二組のみ反応したんです。ですので、これら以外のISで試そうとしても無駄ですよ」
アイリさんの説明に、更識楯無が何事か考え込んだ。
が、それも一瞬のことですぐにそれまで通りの表情に戻ると、再度質問してきた。
「一応聞くけど、その機体の情報を公開する予定は?」
「機密の塊をそう簡単に教えると思います?」
「ま、そりゃそうよね」
最初から分かっていたように更識楯無は嘆息していた。
そのすぐ後、少し言い辛そうに再び話を始めた。
「それで、身内の問題で情けない話なんだけど……。
ちょっとだけ仕上げに協力してもらえないかしら?」
「どういうことです?」
そこで少しばかり困っているような表情になって。
「懐疑的な人達って、どうしてもいるのよ。
―――――――――
こういった経緯によってあの交渉の翌々日にあたる今日、更識家関連の面々が見守る中での親善試合(という名の実力証明)が行われる事になった。
と言っても、アスディーグの神装《
さらに、あくまで操縦技術の証明という事で、ある程度の性能比較も試合前に行い基礎性能も同水準に合わせた。
これらは事前に更識楯無にも伝え、了承を得ている。神装の能力を
『それでは、更識楯無対影内一夏。
試合開始!』
審判役を請け負ってくれた剣崎箒が試合開始を告げた。
―――――――――
Side 楯無
(さて……初手はどう出てくるのかしら)
試合が始まると同時、影内君の表情が変わった。酷く無表情で、その目は冷徹なまでの光を放っている。
(格闘戦主体なら槍のリーチを生かすか、最悪アレで動きを止めればいいんだけど……)
私も、ミステリアス・レイディの
突撃槍にガトリングを内蔵したこの装備は、その特性上、どうしても攻撃時に前を向ける必要がある。
(それだけで勝たせてくれるような相手にも思えないのよねぇ……)
相手は格闘戦に秀でていることはすでに知っている。となれば、突撃槍の難点に気付いてもおかしくない。その中で確実にダメージを与えられるとすれば内蔵ガトリングでの不意打ちだけど、それも通じて一度きり。
(なんでこんなに主武装に自信が持てないのかしらねぇ……)
勿論、ミステリアス・レイディは格闘戦だけではないけど、どこまで通じるかは不透明。何より、影内君の対人戦における能力が不明すぎる。
そうこう考えている少しの間、動きはなかった。お互いにタイミングを図りかねている感じがする。
それが動いたのは、誰かの喉が鳴った時だった。
ゴッ!
ドッ!
空気の壁を突き破るような音が二ヶ所から響く。一ヶ所は私から、もう一ヶ所は彼から。
ギャギイィィィン!!
次いで金属同士の擦過音。私の蒼流旋と彼の機体の大剣の内片方が高速に乗ってぶつかり合った音。
間髪入れずに蒼流旋を引いて二撃目の突きを入れる。
ギィン!
今度はもう片方の大剣に弾かれる。
ギャギギギガギィギャン!
さらに連続での突き。
だけど、これも弾かれ、逸らされる。突きの動作自体はこちらの方が早いけど、影内君の大剣二刀流はそれを凌駕する手数を生み出していた。
ガギャギィィン!
最後に一度大きく突き、その直後に後ろに飛び退く。
(……強い)
ほんの小手調べの程度の応酬だったけど、彼の実力を肌で実感するには十分だった。
もちろんさっきの応報が全てだなんて間違っても思わないけど、だからこそ恐ろしいものも感じてしまう。
彼の動きを警戒し、蒼流旋を再度構えて備える。同時に、別な
半面、影内君の方は私が後ろに飛び退いてからあまり動いていない。いや、あくまでそう見えるだけなのかもしれない。
(次の一手はどう来るの……影内君?)
暗部、その中でも特殊な部類に当たる対暗部用暗部の党首であると同時に、私は一人の競技用IS搭乗者としてこの勝負に負けたくなかった。
―――――――――
Side 簪
「す、すごい……」
「おお~……。何があったのか分からないね~」
「ええ。
更識盾無さん……あなたのお姉さんでしたか。一国の代表を務められているだけのことはありますね」
私と本音の驚きの言葉に、隣で一緒に見ていたアーカディアさんがお姉ちゃんのことを賞賛しましたけど、むしろそれは国家代表と互角に渡り合える影内君に向けるべきものではないかと思いました。
「む、むしろ国家代表と渡り合える影内君って何者なんですか…!?」
「うんうん~。
楯無お嬢様と互角なんてね~。すっごいね~」
「それについては詳しく言えませんよ。
ですがまあ……普段は、私の護衛を勤めてもらっています」
「護衛……?」
確かに一流といって何も間違いが無くさらに強力な機体を使いこなす彼が護衛に付けば、この上なく心強い事だろう。
けれど、それはそれでどうなのだろうか。彼ほどの腕前ならば十分国家代表だって狙えるだろうし、モンド・グロッソでの入賞だって夢じゃないはず。そうなれば、アーカディアさん達の名前だって売れるはずだし、悪い事ではないはず。
本音も同じ事を思ったのか、不思議そうに首をかしげています。
「不思議ですか?」
そんな私達の考えを見透かしたように、アーカディアさんが聞いてきました。
「えと……はい」
誤魔化しても仕方ないと思ったので、ここは素直に答えることにします。
その私の答えに、アーカディアさんは当然とでも言うかのように頷きました。
「それは……私達の望みではないので」
「そう、なんですか……?」
「ええ」
短い答えだったけど、私にはその中には様々な感情が滲んでいるように感じました。
この話題には、きっと深くは答えてくれない。直感的にそう感じた私は、話題を変えることにしました。
「えっと……この試合、アーカディアさんは、お姉ちゃんと影内さんのどちらが勝つと思いますか?」
「あ~。私も気になるな~。
どっちが勝つと思いますか~?」
本音が大分失礼な聞き方をしてしまったことに慌てた私ですが、当のアーカディアさんは気にせずに私の質問に答えました。
その顔に微笑と自信を見せながら。
「――負けませんよ、