Side アイリ
用意された部屋に通された私達は、進められるままに席に着きました。
私の向かいの席に更識さんが座り、その横に女性が一人控えています。察するに、秘書のような役割の人でしょうか。
さらに、その後ろには2人の女性。立ったままというところを見ると、交渉担当というよりは護衛担当に見えます。
更識さんの方にはご本人を含めて計四人。秘書のように見える人は身のこなしから見てこの状況での戦いはできるようには見えませんでしたが、確か更識さん本人も戦えるはず。つまり、向こうは三人ほどは戦えるとみていいでしょう。
(……過剰に恐れる必要はありませんね)
対してこちらは二人だけど、一夏もシャリスさんも剣術はできるはずですし、仮に向こうが仕掛けてきても十分に対応はできます。
「さて……まず何から決めましょうか?」
「そうですね……。
まず、お互いの事を確認したいのですが。よろしいでしょうか?」
ひとまず、お互いの事を知らないのであれば話し合いが始められません。
その内容が今回の交渉に深くかかわるものであれば、なおさらです。
「それもそうね。
それじゃあ、私達から始めていいかしら?」
「ええ。どうぞ」
一呼吸置いた後、彼女は語り始めました。
「もう知っていると思うけど、私の名前は更識楯無。
この国の暗部、その一翼を担う家の当主よ」
「……」
その手の家の所属とは聞いていましたが、当主とは。
名家や特殊な事情により若くして何らかの経験に秀でている、という人は私も何人か知っています。兄さん然り、今同席している一夏やシャリスさんもそうであると言っていいでしょう。
ですが、少なくとも見た目から推察できる年齢では私たちと大きく離れてはいない印象を受けるこの人がその立場にいるという事は、それだけの能力が認められているか特別な事情があるかの二択。
今はまだどちらなのかを判断することはできませんが、気を抜かないことに変わりはありません。
「一応、ロシアの国家代表も務めているわ。
改めて、よろしくね♪」
さらに追加で出てきた彼女の立場は、私達の常識ではある意味考えにくいものでした。
彼女は今いるこの国の暗部の長を務めながら、同時にこの世界では単体では最高戦力であるISの
二足の草鞋とかそういう以前の問題として、両国の事情が一体どうなっているのかと疑問になります。
日本側にしてみれば、一国の代表を努められるほど優秀な、しかも個人に依存する以上替えの効きにくい搭乗者を実質他国に流したことになります。半面、ロシア側にしてみれば技術的な意味で日本側に情報が流出しかねず、さらに暗部という立場である以上それ以外の情報も漏れる可能性は大いにあります。そう考えられる以上、それらに対する身辺捜査はしなかったのかとも取れます。
正直何があったのかがわかりません。
「で、私の横にいる人が……」
「お初にお目にかかります。
お嬢様の従者を務めさせてもらっています、
「よろしくお願いします、布仏さん」
従者、と言われると友人のノクトを思い出します。
もっとも、彼女と本来の主であるシャリスさんの関係は、公の場ではとにかく私的な場所では幼馴染のそれですが。
「で、私たちの後ろに居るのが……」
「い、妹の更識簪です……」
「簪の友人の、剣崎箒だ。
一応護衛の名目で来てはいるが、あまり気にしないでもらえると助かる」
後ろの二人が軽く自己紹介してくれましたが、そこについては特に驚くことはありませんでした。むしろ、予想通りですらあったくらいです。
「では、今度はこちらの方を」
私の発言に、更識さんが頷いたのを確認してから、改めて始めました。
「まず、私から。
さっきも言いましたが、名前はアイリ・アーカディア。一応、今回の交渉を担当させて頂くことになっています」
次いで、シャリスさんに目配せして促します。
「シャリス・バルトシフト。
私は道中の護衛役だから、話すことは特に無いかな」
シャリスさんが簡単な自己紹介をし、次いで、一夏の番になりました。
「……影内一夏。あなたたちが白い機体と呼んでいる機体の搭乗者で、今は護衛として同行しています。
どうかお気になさらず」
一夏の自己紹介に、黒髪を結った女性――剣崎箒さん、でしたか――が少しだけ反応しましたが、すぐにその表情を今までのと同じに戻してしまいました。
「さて。
お互いの紹介も終わったし、改めて何から話しましょうか?」
いったん話が区切れたところで再度、更識さんが話しかけてきます。
ですが、この時にまずやることは決まっています。
「まずは、あなたが言ってた『情報』と『衣食住』の内容について。
確認させてもらってもいいですか?」
「ええ。
でも、そうね……。私達が欲しいものに関しても、確認させてもらっていいかしら?」
「お応えできる範囲ならば、構いませんよ」
そう、お互いの交渉材料の確認。
もしこれに関する認識が一致しないまま話を進めてしまった場合、思わぬ損失を被る可能性も否定できません。もっと言えば、こちらが一方的に利益を受け取れるような認識の相違があったとしても、それはそれで恐ろしい事態を招きかねません。ゆえに、一番最初にこの認識を一致させておく必要があります。
「まず、どっちの何から説明すればいいかしら?」
更識さんが聞いてきましたが、これは予め優先順位を決めています。
「『情報』の『範囲と精度、速度』について、お聞きしても?」
「分かったわ」
そう、まずは何よりも情報について。
今の私たちはこの世界で活動するにあたり、どう頑張っても情報網はそう簡単には手に入れられません。その中で、彼女たちが提供する情報には大きな意味があります。
だからこそ、できるだけ細かく正確に把握しなければなりません。
「まず大前提として言っておくけど、これから私達が話す事は全て関係各所にも確認をとったうえでの事よ。
これ以上を望むのであれば……」
「相応のリスクが伴う、という事ですか?」
「話が早くて助かるわ♪」
関係各所に確認をとったという事は、つまり低いリスクで確実な情報を手に入れられる範囲という事。
つまり、これ以上の物を望むのであれば確度か、入手段階でそれなりのリスクがあり、ひいては簡単に提供することはできない、という事になります。
「まず、高い確度の情報が入る範囲は、ここ日本国内の物よ。
この範囲は、精度はほぼ確実、速度も大抵の物なら一日中に手に入るわ」
予想通りと言えば予想通りの答えです。そもそも、この国の暗部である以上自国の情報網が一番拡充しているのは想像に難くありません。
「次に手に入れやすいのが、ロシアかしら。
ちょっとした権利やツテを使うことになるから、高い精度の情報が欲しいならそれなりの時間を貰うことになるわ」
「分かりました。
その他の諸外国については?」
この問いに対し、更識さんは隣にいた布仏さんに目配せしました。
「これをどうぞ」
そう言って布仏さんは私に何枚かの書類を渡してきました。
そこに書いてあったのは、この世界の地図が区間ごとにいくつか色分けされたものと、そこに対していくつかの情報が書き込まれているものでした。
「まず、お渡しした資料の1ページ目をご覧ください。
これは……」
―――――――――
資料を渡されてからおよそ30分。その間に説明された内容は、この世界の情勢に疎い私たちにとっては高い価値を持つものでした。
同時に説明された彼女たちの情報網についての情報も、確度や精度についておおむね十分なもの。
これらを踏まえた上でこの情報提供についての価値を判断するなら、十分受ける価値があると考えられます。
「情報について、確認したいことはおおむね確認できました。
次に、『衣食住』について確認しても?」
「ええ」
一言返事して頷くと、そのまま説明の続きに入りました。
「まあ、衣食住についてはそのままの意味ね。必用に応じて確実に安全なそれらを提供できるってことよ。
さらに、必用ならばそれらを調達する際にあなたたちの名義を全く使わずに調達できるわ。それも、痕跡を残さない形でね」
内容の説明は簡素でしたが、中々に魅力的な提案でした。
先にも言った通り、この世界での活動基盤が圧倒的に弱い私達では諸々の行動に対し限界があります。その部分を彼女たちが肩代わりしてくれるのであれば、活動の自由度と確実性も向上することは間違いありません。
(後は……)
彼女たちの欲しいと言っていた、『戦力』。
それらについて話し合った時の反応を見て、
―――――――――
Side 楯無
(さて、どういった反応が返ってくるのかしらね……)
一応、私たちの提示するものについては理解してもらえたみたいだった。そして、ここからは向こうの交渉担当者、アーカディアさんが話す番。
一見すると私達とそこまで年は違わないように見える彼女だけど、さっきまでの言動の節々からすでに能力的にも十分なものは感じ取れた。
だからこそ、次の一言が何になるのかは気になった。
「あなた達の提供してくれるものについてはよく分かりました。
では次に、あなたたちが欲しいものについて確認しても?」
当たり前と言われれば当たり前の対応。
私は迷う事無く頷いた。
「前にも言ったと思うけど、私達が欲しいの物は『戦力』。
具体的には、あのバケモノ相手に戦える機体とその搭乗者よ」
私の言葉に、アーカディアさんは少し思案して、次いで――
「あのバケモノ相手に戦える機体とその搭乗者、と言いますが。
そのためにどれだけの戦力が欲しいんですか?」
――簡潔に、問いかけてきた。
一瞬、その意味が分からなかった。
「それは、どういう……?」
虚ちゃんの呟きに、アーカディアさんは少し意外そうな顔をした後、一瞬だけ呆れたような表情をしてからすぐにそれまで通りの表情に戻りました。
「当たり前の話ですが。
一人が戦えるのは、一か所だけです。当然、二か所以上の場所に一度に出現した場合は最低でも二人以上は必要ですし、そうでなくても一か所に大量の敵や極めて強力な一体が出現すれば当たり前のように複数人必要な場合もあります。
そうなれば必然的に、複数の人と機体が必要になります。
そういう意味で、私はどれだけの戦力が欲しいのかを聞いたんです。私達だって、そう無闇に何人も連れてくる事は出来ないんですから」
この一言には、さすがに乾いた笑いが出そうになった。
その言葉の意味を、考えるのであれば。それはつまり。
「そういう事態が、あり得るって事?」
「断定はできませんが。
ありえないとは言えませんね」
至極当然といったように、アーカディアさんは淡々と答えた。
言われればその通りなのだけど、現実的な問題を考えると頭が痛くなってくる。
だけど、泣き言ばかりも言っていられない。なにより、そういう事態への対処のためにこの話し合いを設けたのだから。
「……最低でも、それなりに腕の立つ常駐が一人は居て欲しい。っていうのはいいかしら?」
私の問いに、アーカディアさんは後ろにいる影内一夏さんのほうを少し見て、頷いたのを確認してから答えた。
「常駐については、ここにいる一夏を充てる予定ですが。
よろしいでしょうか?」
「ええ。むしろ、願ったり叶ったりね」
元々、あの機体の性能と腕前をなんとかして味方にしたかったからこの交渉を計画していたのだから、それ自体は不満なんてあるはずは無い。
だけど、さっきの話を聞いた以上は一人では不安にもなるというもので。
「でも、そうね……。
もしも、影内さんだけで対処できなくなった時は」
「その時は、さすがに私達の方でも増援を出してもらえるように掛け合いますよ。
私たちとしても、一夏を失いたくはないですから」
その言葉に、少し安堵を覚えた私がいた。
さすがに、ここで出さないといわれた場合どう言えばいいのかはすぐには思い浮かばない。
「ですが……その場合、増援に来た人たちの分の宿などについて。
お願いできますか?」
「極端な大人数でもない限り問題ないわ。
でも、事前に人数は教えてちょうだい」
「はい、ではそのようにお願いします」
アーカディアさんが追加の要求を示したけど、この程度なら問題ない。むしろ、メリットの方が大きいくらい。
「それと、もう一つ。
ある調査をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「内容は何かしら?」
このタイミングでの追加注文。
調査、という言葉に否が応でも反応してしまうものがあった。
「私達が使っている機体と、似ている機体が確認され次第私達にも教えてほしい。
内容はこれだけです」
「……出来れば、理由を教えてもらっても?」
この要求の意図が今一つ掴めず、彼女に確認しようとした。
「あまり詳しくは言えませんが、簡単に言うと機体の情報が流出している可能性が高いからです。
私達としては、それは容認し難い事態なので」
次いで告げられた内容は、また頭の痛くなる内容だった。
もしこれほどの性能を持つ機体がテロ組織にでも流出すればどうなるか……考えたくない。そして、やりそうなテロ組織にも心当たりがあるのがまた嫌な現実だった。
「分かったわ。
見つかり次第伝えるとして、物があった場合はどうしましょうか?」
「……できれば、こちらで引き取らせていただきたいのですが」
「ええ。それじゃあ、その方向で話は進めておくわ」
「ありがとうございます」
正直、オーバースペックとさえ言える機体をこっちで引き取って内輪揉めが発生するくらいなら、いっそ彼女達に機体を引き取ってもらうほうがいい。
ここで一旦会話が途切れ、少しの間沈黙が支配した。
「では、今回の話し合いは以上の内容について合意したと考えてよろしいでしょうか?」
「ええ。よろしくお願い」
頃合いを見計らい、アーカディアさんが終わりの提案をしてくれた。
逆らう理由も無いし、決めておきたかったことも決められたので私達もそれに素直に従うとしましょう。
「さて。
虚ちゃん、
「お任せください」
ここまで私と虚ちゃんが会話したときだった。
「……失礼。少しよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
アーカディアさんが割り込んできた。その表情は、心なしか少し引きつっているように見える。
「彼女、というのは……一夏の事でしょうか?」
「? ええ、そうだけど」
私の言葉に、アーカディアさんは少し驚いたような表情を浮かべた後、天を仰いで。バルトシフトさんは一瞬不思議そうな表情をした後、どこか納得した顔になって。そして、影内さんは頭を抱えた。
少しして気を取り直したアーカディアさんは――
「一夏は、
――ISに乗れるのは女性だけという、今までの私達の常識を粉々に砕く台詞を言い放った。