IS学園の言霊少女(本編終了・外伝スタート)   作:ひきがやもとまち

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昨日の続き回です。本来なら今話の内容が続く予定でした。長くなりすぎると確信して別けた次第です。
その分だけ、地の文が少なめになっておりますのであしからず。


注:明らかに時事ネタに抵触しまくると思って自粛していた回のため、読む人を選びまくります。あくまで作者の妄想であり極論でしかないと割り切れない方は閲覧を控えた方が良いかもしれません。


57話「反戦争狂セレニアの精神分析」

「よろしかったのですか? あそこまで仰ってしまわれて・・・」

「問題ない。彼らが自分よりも力のある者に楯突く蛮勇を振るえるのは『相手より自分が上にある』と、自分以外のナニカによって保証されている場合においてのみだ。力の差を見せつけられた以上、次に彼らが私に楯突く為には必要となるナニカが要る。

 それが手に入るか、あるいは与えてもらえるかせぬ内は、彼らに無謀を勇気と誤解する勇気を持つことなど断じて出来んだろうからな」

 

 懸念の表情を浮かべている副官を前に、マイントイフェルは平然としている。もしくは昂然としていた。

 彼には昂然とできるだけの理由と根拠がある。それらを信じれるだけの自信と確信がある。それ故に彼は断言できるのだ。「貴様たちは自分よりも格下の豚でしかない」ーーと。

 

「あくまで私の価値観に沿った解釈をした上での話だがーー」

 

 コーヒーをソーサーに音を立てて戻しながら、マイントイフェルは指先を額に当てながら思慮ありげに語り出した。・・・目の前で幾つかの友軍艦隊が不審な動きをし始めたのを愉しげな表情を浮かべて見物しながら・・・。

 

「民主主義とは互いの相互信頼の上でのみ成立する、きわめて特殊な政体を指して使う言葉なのではないのかと・・・最近とみに思うことがあってね」

「信頼・・・ですか? それは国家と国民との間でという意味合いでしょうか?」

「それだけではないよ、副官。味方だけではなく、敵との信頼関係も含まれての言葉が信頼なのだ。

 元来、信じたいと自分自身が欲して願うのは個人の中で行われる願望に過ぎんのだからな。信じた相手からも一定の信頼が得られてないのに信じようとするのは片思いと同じこと。関係など結べる相手が存在していない一人芝居なのだよ」

 

 黙って上官の話に耳を傾ける副官に、彼は改めて目の前で命令違反を犯しつつある艦隊を指し示し「それは今の彼らにだって言えることでもある」と、彼等の蛮行を『相手国への信頼』と評して言った。『相手方だだ黙って殴られるままでいてくれるという信頼である』と。

 

「軍隊という暴力機関は秩序を守るために国家が作り出した物だ。それ故に軍隊が守る秩序という言葉の解釈件は、どうしても国の側に比重が置かれてしまう。

 異論はあろうし反対意見も多く出るだろうが、それら『敵対勢力を武力で排除する決定』が戦争を仕掛けること、即ち開戦を意味している以上は彼等に正当性を説くだけでは無意味だろうな。

 なぜなら彼等は正当性という言葉の解釈を『勝者のみが決められる権利』と書き換えてから攻め寄せてきているのだからな」

 

「相手を信じることが出来ない、信じてもらえる自信がない。

 ならば信じられるようにしてやろう、力ずくで逆らえないようにしてやろう。

 信頼を裏切る権利を奪えば、相手を信じることに勇気も努力も自分に対する自信さえも必要ない。

 軍隊という圧倒的多数の他人が自己の正しさを保証してくれているのだからな。

 自分を信じられないが故に人のことも信じる勇気が持てなくて、裏切られるリスクばかりを懸念し続け、猜疑心を膨れ上がらせた末に行われる蛮行が、今から彼等が初めようとしている侵略戦争なのだよ。やってることに大した違いはないにも関わらず、征服戦争と違って見えるのは理由が違っているからだ。理由が違えば実行の仕方でも大きな違いが出てくるのは必然だからな。

 始まりは同じであっても、終わる場所は大きく異なる。『桃源の誓い』は彼等が成してきたことの結実であって、始まりではない」

 

「信頼に対して応えてくれると信じる互い同士が持つ自信。それを担保として保証する利益共有。彼等にはそれが無い。ISという他者に造られた意志無き物に守られ、保証されてきた自分自身の価値と正しさ、理念と自由。

 他者の自己判断によってのみ力の行使が許されているISと言う名の絶対的な力。そんな自分の手元にない物によって平和と豊かさを維持してきたのが現代までのIS社会だった。その事実を今、彼等は完全に失念してしまっているからこそ相手を信じたいと希っているのだよ。

 『自分の都合で動いてくれると信じたい』が為に、『自分の豊かさを保証してきたナニカが偽物でしかなかったと言う事実』に気づかされてしまった為に、眼で見える形で示させて信じさせてもらいたいのだ自分自身を、自分以外の他者の行動によって。自身が築き上げた死体と瓦礫の山の頂から下を見下ろして得られるであろう優越感で」

 

「結局のところ戦争を肯定する思想のすべては、自らの行為を正当化するための大義名分・・・方便の域を出ないのだよ。だからこそ彼等のように恥知らずな行いを平然とやりたがる者たちに限って理屈をこねたがる。くだらんな・・・他者を見下して笑いたいだけならば後日いつでも出来るというのに・・・」

 

 長い話を終えた頃、通信士官から報告があがってきた。

 アズラエル分艦隊が攻撃許可を求めてきていると。

 

 それに対してマイントイフェルの返答は先よりもさらにシンプルで簡明な物に成り下がってしまっていた。只一言「阿呆」とだけ伝えさせたのだから・・・。

 

 どうでもいい無能からの阿呆らしい電文には相応しい無礼で応じてから、マイントイフェルは改めて『戦争と平和と「民主主義」』についての講義を再開する。

 どうやら自分は思っていたよりずっと、人に話を聞いてもらうことを楽しむ性分の持ち主だったのだなと内心で苦笑しながら。

 

 

「結局のところ戦争とは二つに大別できるのだ。『相手を信じた上で行われる戦争』と、『相手を信じられないからこそ行われる戦争』とにな。

 前者であるなら落とし所を見つけられればそれで終わる。後に続く様々な諸問題は戦後の課題として残るだろうが、基本的には別案件と見るべきだろうな。問題の種類が異なる以上、こなすべき役柄と求められる資質も違ってくるだろうから。

 逆に、後者の場合は手に負えん。恐怖心と猜疑心、自身損失。すべてが行わせている誰かたちの精神世界で完結してしまっている。戦争の実行者と実行させている計画者との間に繋がりがないのでは、信頼も何もあったものではないではないかね。そう言う連中が人の命を左右できうる地位にあるから前アメリカ政権は滅びたのだ。殊更、議長たちや男尊女卑勢力が滅ぼしたわけではない」

 

 この点に関して彼は罪悪感を抱いていない。苦しいときに他者へと縋りつく人間心理は理解できるが、絶対強者へ媚びへつらう世の中を武力で否定した経験と実績を誇る国の府が武力の前に膝を屈したのだ。滅びるのが理の当然である

 IS操縦者たちは国家に属するものだから負けていないなどと、負け犬の遠吠えを聞く耳は持っていない。

 彼女たちが国に従うことを選んでくれていたからこその従属関係であって、国家と政府がIS操縦者を従わせるに足る力と意志を示した訳でもないからだ。

 仮にそうであるなら亡国機業などと言う跳ねっ返りが生まれたこと自体、道理が通らなくなるではないかと。

 

「人を、国民たちを、他者を信じられないからこそ力ずくで信じられる状況を作り出してしまうのが戦争であり、そのために国家が必要とするのが軍隊だ。

 国家が国家として人々の頭上に君臨し続ける為には必要不可欠と思われてきたのが支配弾圧のための軍隊組織であったが、それを否定する思想が近年には誕生している。言うまでもなく、日本の民主主義と平和主義だよ。

 国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争を放棄し、国際紛争の解決に威嚇による武力行使を行わず、国の交戦権は認めない・・・。

 中々に尊くて気高い理想だとは思わないかね? 副官」

「『憲法キュージョー』ですか・・・お言葉ではありますが、無骨者の軍人である私には臆病者の戯言としか聞こえませんが・・・?」

 

 副官の言葉にマイントイフェルは静かに嗤い、穏やかな態度で否定して見せた。「おそらくだが、そうではあるまい」と言った後に獰猛な笑みを瞳に宿してIS学園のある方角を睨みつけながら、

 

「あれは世界でもっとも過激な思想だ。無論、人に寄るだろうがな」

 

 と付け加えることで当惑気味な副官の戸惑いを見て楽しむ。

 それが終わると真面目な表情を作って(彼なりにではあるが)民主主義への賞賛の言葉と、欧州帝国三軍参謀の視点から見た日本の民主主義への解釈を言葉にし始める。

 

「あれは『果てなく続く憎しみの連鎖を否定する』と言う、彼等の覚悟を示したものだ。『人類は戦争をやめられない生き物だ』とする考え方すべてに対する宣戦布告だよ。

 他の誰よりも敵を憎むべき敗戦国の民たちが焦土と化した街中で生きることに汲汲しながら、遙か未来まで続く平和世界の明確なヴィジョンを打ち出してみせたのだ。人類は戦争をやめられない生き物だとする考え方に真っ向から喧嘩を挑んできたのだよ。

『殴られても殴り返すための武力は持たない。戦争を仕掛けられても戦争ではやり返さない。たとえ自国が巻き込まれる紛争であろうとも他国への武力による平和理念を押しつけることだけは絶対しない』と言う夢物語としか思えない理想を国の顔たる政府自身が憲法に記載した・・・」

 

「彼等の言う『平和国家』は伊達ではない。自分たち自身が流し続けた膨大な量の血と汗と涙と知恵をインクとして、戦争をしないさせないやらせない為に戦争以外のあらゆる手段を用いて努力する。

 あの800年間せまい島国の中で寝ても覚めても互いに殺し合うことしかしなかった連中の末裔が、人類史に仕掛けてきた武器なき戦争。それが日本人が後生大事に守り続けてきた憲法第9条の正体だ」

「・・・何ですか、その反戦争狂集団・・・近寄りたくなくなるほど怖いんですけど・・・」

 

 顔色を真っ青にして副官が怯えている。

 上司は朗らかに笑い声を上げながら「あくまで私個人の解釈だよ。日本人が全員キチガイだ、などと言っているわけではない」と安心させようとしてくれたが到底安心できる要素が見あたらなくて困る。

 

 なにしろ友軍暴走艦隊が向かっていった先に居るかもしれないのだから。

 自分たちの上官と同じような考え方ができるかもしれない、常日頃から「似たもの同士」と評されている狂気に満ちた日本人が。トチ狂った民主主義者が。民主主義に狂った反戦争狂の女の子が。

 

「私は単に『戦争は二度とこりごりだ』程度の気持ちで守っているものだとばかり思ってたんですけども・・・」

「そう言う日本人の方が圧倒的多数であることは間違いないだろうが、中には彼等と異なる解釈をして実行に移す日本人もいるのだろうね。個人の主張と思想の自由を尊重するとは、そう言うことも含まれているのだろう?

 ーー自衛隊を軍隊として認識するか否かなどどうでもいい、海外派兵がどうのと言う些事など本気で語り合う価値すらない。

 信じて貫くのであれば、実現するための手段についてのみ考え討議すべきであると。改正したくないと言うなら、なぜ改正する必要に迫られてるかを分析して問題点を洗い出し平和的手段によって解消せよ。戦争を否定するために戦争を学び、戦争を打倒する手段を見つけ出し殲滅せよ。

 文言の内容など実現不可能なものでよい、目指すべき頂を設定するに当たって現実に妥協してどうするのか。夢物語だからこそ参加者たち全員が、一生をかけて目指す価値があるのではないか。

 第9条が守りたいのではない、第9条が守ることを宣言した内容だけを守り抜きたい。それさえ守りきれるのならば、条文など、条約など、国体の護持などどうでもいい。変えざるを得なくなったら無効化して、別の制度に移し替えるだけだ。

 守るべき理念さえ変えられなければ表層なんて物に価値など微塵もないのだから・・・と」

「怖いっ!!」

 

 対には本気で悲鳴を上げる副官。

 心なしか他のブリッジ要員たちも顔色が悪くなっていた。見れば胃のあたりをさすっている者までいる。たとえゲルマン軍人魂を得ようとも、彼等はIS世界の住人であり健常者たちなのだ。

 方向性が真逆なだけのラスト・バタリオンもどきを前に恐怖しないで済む異常性など持ち合わせていない。そういうのは化け物に生まれ変わらせてもらってから求めてください、いやマジで。

 

 はっはっはと、彼等を見回しながら楽しそうに笑い声を上げ、マイントイフェルはコーヒーの最後の一滴を飲み干す。

 

 そして一言。

 

 

 

「ーー始まったぞ、敗北が来る」

 

 彼がつぶやきを終えると同時に巨大な水柱が立ち上がり、IS学園へと迫りつつあった分艦隊中央部に巨大な楔が打ち込まれてしまった。

 

 身動きがとれなくなった分艦隊は、本体からの救援がない限り合流は不可能となってしまったのだ。ーーたった一発の機雷による大爆発によって。

 

 

「哀れなことだ。侵略戦争さえ仕掛けなければ、機雷に飛び込む自殺などしなくて済んだものを」

『・・・・・・・・・』

 

 もはや誰からも返事が返ってこない。

 完全にマトモな精神を持った人間たちを置いてけぼりにしたキチガイたちによる戦争が始まったことを悟ってしまったからだ。

 

 もはや自分たち健常者たちに出来ることなど何もない。大人しく終わるのを待っていようと、心に誓ったブリッジ要員たち。

 

 それでも律儀に己が役目を果たすため、通信士官は上官殿に報告をあげてくる。

 

「・・・アズラエル提督から救援要請が届いておりますが、いかが致しましょう?」

 

 それに対して我らが尊敬し敬服する偉大なる狂人総司令官閣下は無邪気な笑顔を讃えられて、子供がいたずらを行うときと同じ様な声音でこうお命じになられたのだった。

 

 

「見事じゃないか、玉砕して敵司令官にアメリカ軍人魂を見せつけようだなんて。親の七光りで准将の地位にあるだけの人物ではないな。援護が必要だと言われているわけでもないし、下手に手出しをしてプライドの高い彼らに後で叱られるのは私だって嫌だ。

 この距離なら埃が溜まって接触不良を起こしてさえ居なければ、無線だって音声は入るだろうしな」

 

 ・・・・・・もう、この方については何も言うまい。

 

つづく


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