IS学園の言霊少女(本編終了・外伝スタート) 作:ひきがやもとまち
本当は9条についてセレニアの見解をメインに書く予定だったのですが、時事ネタ的に躊躇ってしまいまして急遽違う形のを考えてせいで遅くなってしまったのです。ごめんなさい。
改めて書き直した今話は『タクティクス・オウガ』がメインテーマとなっております。
『テレビの前の皆さん! ご覧ください、この蛮行を! 米艦隊は攻撃開始時間を明確に指定しておきながら刻限よりも十分以上も前に攻撃を開始しはじめたのです!
雨のように降り注いでくる砲弾によって、我が日本国の大地が!民が!人々が!すべて何もかもを蹂躙され破壊し尽くされようとしております!
無力な私にはテレビの前の皆様方に出来る限りの情報をお伝えすることしかできませんが、それでも私は! 私たちは諦めません! 日本は必ず守り抜けると! 必ずや救いの主は現れると! 私たちが諦めない限り、救われる可能性が0になることは決してないと! ですからーー』
「・・・さっきの話の続きになるのだけど」
絶賛、熱狂中継中のアナウンサーさんが映し出されているテレビの上にお尻を乗せて足を組み、コーヒーを飲みながら私に語りかけてきました。内容は先ほど織斑先生が出て行った後に少しだけ話していたISについての関連付けで『白騎士事件』についてです。
いえ、より正確には白騎士事件を発端として出来上がっていった現在のIS社会(この世界線においてはの話です)が誰の意図により、どの様にして形作られていったのかという事。
私が最初に出した答えは非常にシンプルで、議長と国防委員長による情報戦略でしたが、ナターシャさんは不満顔だったので補足説明をする必要に迫られていたのです。
テレビの中では降り注ぐ砲弾によって街が、人が、日本国が薙払われまくっていますけど、現時点では手出ししようもないのでガン無視です。
一応、戦闘に参加させる予定のない先生方の乗る量産機を各所に配してはありますが、あくまでこれらは交通網と最低限度のインフラ施設を守り抜くための物。
道路はともかく、橋やら発電施設やらに直撃を受けたら一溜まりもありませんからね。助けられない人々を無理に助け出そうとするよりかは戦い終わった後に必須となる施設と避難経路を瓦礫とかで塞がれないようにしておいた方が少しはマシでしょう。
「白騎士事件は確かにデモンストレーションとしてならインパクトが大きかったとは思います。
最新鋭戦闘機やミサイルが子供向けアニメに出てきそうな人型ロボットに切り落とされまくる訳ですからね。軍事の専門家たちにとっては目を覆わんばかりに現実味のない悪夢だったはずです。しかし・・・」
手元にある黒い液体(コーラです)を一口含んで舌が一瞬シビレましたが、それでも微妙に痛いのを我慢しながらナターシャさんへの説明は続けます。・・・若干涙目になってる可能性がありましたが、目を背けます。目の前にいる女性からではなくて、辛くて厳しい現実から。
「世間一般の目には、どう写っていたんでしょうかね? 見たこともないようでいて、実際には日頃から見ているロボットアニメのお約束パワードスーツに過ぎないんですよ? スゲー、かっこいー、写メ撮ろうよ写メ・・・この程度の反応しか当時の人々は示さなかったのではないですか?」
「・・・・・・見てきたわけでもないでしょうに、よくそこまで予想できるわよね」
ちょっとだけ苦々しそうな表情をしながらナターシャさんは福音の待機形態をそっと撫でつけ、懐かしむように慈しむように申し訳ない気持ちで一杯になっているような瞳で淡々と過去におきた出来事を自分の目で見た実体験として語られ始めました。
「・・・IS条約が締結して委員会が設置され、日本にIS学園の建設が決まったと報道された頃の世間は湧きに沸いていたわ。そう、まるで外国の大物ミュージシャンかトップグラビアアイドルを間近まで近づいて生で見られる機会を得たティーンエイジャーみたいなノリでね。連日連夜に引き続く大騒ぎ。
白騎士事件で自分の国の最新鋭戦闘機をアッサリ切り落としてみせたファーストIS白騎士なんかはプラモデルになって、地元の子供たちには大人気。誰も彼もがお祭り気分ではしゃぎ回って、世界中の軍隊がIS相手に敗れ去った事なんて覚えている民間人は一人たりともいなかったわ」
「おまけにね、私たちが国から専用機を与えられた代表候補生だと知ると近寄ってきて握手を求められるのよ。反政府ゲリラをIS使って皆殺しにしてきたばかりの私の手を取り、こうお願いしてくるの。
『この子はミス・ファイルスに憧れていて、大きくなったら「ナターシャさんみたいに強くて格好よくて美人のIS操縦者になるんだ」って言い続けて聞かないんですよ。どうかミス・ファイルス。そのお手をこの子に与えてあげては貰えませんでしょうか? この子にとっての英雄と握手できた経験は、きっとこの子の作る未来に役立つと思いますから』ってね」
「あの時ほど怖いと思ったことはなかったわ。ISから見れば竹槍と同水準でしかない武装で突撃してくるゲリラたちを一斉射で薙ぎ倒すときよりも手が震えて笑顔がひきつり、逃げ出したいのを必死にこらえながら無理矢理に作り笑顔を浮かべて小さな女の子の手を取り握手を交わした。
その瞬間、女のはとつぜん満面の笑顔になって私に言ってくれたのよ。『ありがとうお姉ちゃん! 私、きっとお姉ちゃんみたいな女の人になってみせるから見ていてね!』って」
「・・・これがIS社会設立当時の世界人類が持ってた、一般的なISに対する認識。
大規模な戦争が起きなくなった分だけ世界中の各所で小さな火の手が上がり続けてはいたけれど、ボヤ以上の火事になったことは一度としてない。
世界中の99パーセントの陸地は平和そのものであり、人類の99パーセント以上の人たちが幸せを享受できていた。
残った0、1パーセント以下の人々だけが誤差として切り捨てられてボヤの中へと置き去りにされはしたけれど、そのうち静かになって消化されていったわ。物理的手段の火消したちの手によってだけどね」
「なるほど・・・」
想定以上の地雷が埋まっていたことで急激に悲鳴を上げ始める私の胃ですが、先ほどの織斑先生の方がダメージ大きかったからまだイケます。大丈夫。
ーーとにもかくにも今の話を聞いて、確信が深まりましたよ。
やはりIS社会が生まれた下地には『あの思想』が関係してるんだろうなと、今の私は思ってますし信じ始めてもいます。
「私は昔ーー前世の話なのですが、はまっていたテレビゲームがありましてね。それが切っ掛けになって戦争や歴史関連の書籍に手を出し始めたのですが・・・」
「なるほど。この世界における、悪の元凶そのものがテレビゲームだったのね」
「茶化さない! ・・・こほん。ーー中でも一番印象深く記憶に刻まれてるシーンがあって、その最中に交わされてた会話の中でこんな一文がありました。
『リスクを背負って自分の足で歩くよりも、被害者でいる方が楽だ。弱者だから不平を言うのではなくて、不満をこぼしたいから弱者の立場に身を置きたがるのが民衆だ。
人は、自ら望んで弱者の地位につくのだよ』」
ナターシャさんからの返答はありません。沈黙したままカップに注がれているコーヒーの一点だけを見つめ続けてます。あるいはコーヒーに写る自分の過去でも見ているのかもしれませんけどね。
「この世界は私がいた世界と時代的にも文化的にも近似値で、比較的同じ思想や概念が適用されてます。だからこそ私のやり方が通用してきたのでしょうけども・・・」
そう、通用していた。元の世界の日本に於いて適用可能な概念や言葉はこの世界にも・・・いえ、やや戯画化されて単純明快になっているこの世界だからこそ『返ることに使える』言葉や思想を私は多く知っています。知っていたのに言おうとしなかった。
所詮はフィクションだからと見下してたのか? たかがゲームキャラクターの言葉に踊らされる自分がアホにしか見えていなかったのか? それとも自分にとって至高の作品『銀河英雄伝説』以外の戦争ものには学ぶに足る情報など存在するわけがないなどと驕り高ぶり怠惰に浸りきっていたとでも言うのでしょうか?
ーーそう、おそらくその通りの現象が私の中に深く根付いて芽生えに至っていたのでしょう。
学ぶ対象は選ばないと、何度も誓ったはずなのに。
「これこそ至高!これ以外から学ぶ必要なんてない」なんて思想にだけは絶対ならないと、歩む道を間違える度に痛感し続けてきたはずだったのに!
学ぶ対象を選ぶのは怠惰だ。どんな物にでも学べる要素を見いだす努力をしないのは堕落だ。あらゆる物を定義して「これはこう言うものだ」と決めつけるだけで応用方法を考えないのは思考放棄だ。
この世界に存在している全ての物は、あらゆる物に応用可能です。
戦争思考を日常レベルに落とし込んで人々の生活を見るのに使えます。
日常の一コマから得た着想を、戦場の勝利へと繋げることも出来るでしょうね。
平和と戦争。どちらもを社会が陥っている『状態のひとつ』として捉えたら時代差や状況の違いなど、どうにでもなる些事に過ぎません。
平和を守るために、戦争の思想を持ち込んだっていいはずです。戦争をしないで済む手段を、戦争から学んだって問題はないはずなのですから。
要は、目的と手段と結果が矛盾なくゴールに続いてさえいればそれで良い。
世界を平和にする為と言いながら、やってることが大量虐殺では説得力がない。
大儀のための犠牲と言っておきながら無駄死にさせただけで終わったクズ野郎には、人殺しの一言だけで充分すぎる過大評価でしょう。
正しいだけでは意味がない。手段に拘りすぎて要らぬ犠牲を出しては無駄死にです。
正しさとは不特定多数の第三者たちが決めるもの。やってる実行者たちは自らの正しさを信じて進む以外に出来ることなどなにもない。
にも関わらず私は怠惰にも、自らの信じる道を歩みきれなかった! IS学園に入学するまでも、した後からも流動的で流されすぎてました! 自分から変えに行こうとしなかったのは私の愚かさです。ですから二度と間違いません。この戦争が終わるまではね。
「この世界は、きわめて穏やかにですけども『鋼の教え』が適用されてるんですよね・・・」
「鋼の教え?」
私は頷き、自分でも長いこと信じていなかった二つのゲームで否定されてた考え方を、苦くて口元が歪みそうになるのを必死に我慢しながら口に乗せました。
「力こそが全てであり、持つ者と持たざる者とに分かたれる人間たちは、生まれながらにして“平等ではない”“不公平なのが世の中だ”という考え方です」
「・・・続けてちょうだい」
「続けます。この世界は確かに民主主義が敷かれている近代社会であり、貴族階級は有れども特権階級と言うほど特別な地位身分ではりません。権力は世襲されずに次代の指導者へと手渡されるのが基本原則でもあります。しかしーー」
私は静かに頭を振ります。
「“IS”だけは違います。あれは生まれながらにして人を区別し、差別してしまうものでした。努力によらず偶然にでもいいから、ただ適正を持ってさえいれば世界最高戦力の操縦者に成り得る資格を有していてしまう。
その上ISは数の上できわめて希少です。世界中でも僅かな数しか存在しない、一国を相手に戦える武器を使える資格保持者。生まれながらにして選ばれた者である特別な存在。
即ち、英雄。もしくは救世主。今テレビの向こうでアナウンサーさんが訪れるのを待ち望んでいる救いの主も、おそらくはIS操縦者なのでしょうね」
「・・・・・・」
「先ほど上げた二つの作品の片方には、こういう文言も入ってましてね。
『本当の自由とは誰かに与えてもらうものではなくて、自分で勝ち取るもの。しかし民は自分以外にそれを求める。自分では何もしないくせに権利だけは主張する。救世主の登場を今か今かと待ちわびながらも、自分が救世主になろうとはしない』」
一度息を吐いてから、私は続けます。
「もちろん、現代日本人が作った日本のゲームの中に出てきただけの台詞です。私のいたせかいでは日本以外で通用するはずもないご当地限定思想に過ぎませんでした。
ですがーーこの世界にはISが存在することによって図らずも『持つ者と持たざる者』が生まれちゃってるんですよねぇ」
「・・・・・・」
「先の台詞には続きがありましてね。
『人は、より楽な生活を得るためなら人を殺すことだって厭わないが、そうした者でも罪悪感は感じられる。だから彼らは思う・・・これは自分のせいじゃない、世の中のせいだと』」
実はこの後にも続きがあるのですが、あまりにも私の思想とかけ離れすぎてますし、議長と国防委員長のとも違っています。せいぜいが一番近くて・・・ギレン・ザビ?
この世界に一番来てほしくない人の思想なんか要らんわボケナス。一昨日きやがれですよ、本当に全くもう。
「まぁ、時代的に見ても彼らがこの思想を知っていたとは思えませんが、結果的にこの世界に住む人間たちは『持つ者と持たざる者とに別れた鋼の教え』を世界の理として生きて行かざるを得なくなったのだと思います。
それが女尊男卑という自らの敗けを認める思想を、弱さを肯定する思想を、支配されると言う特権を、上のやることに文句だけ言っていればいい弱者でいる事を正当化するための口実として受け入れやすくする下地になっていたのではないか・・・と、私は推測してるんですよ。尤も、確信はありますが、確証はどこにも有りませんけどね。
所詮は私一人が信じているだけで証拠も何もない、子供の妄想に過ぎません。流しといてください」
「・・・ここまで人のトラウマを掘り返され続けて流すも何もないのだけれど・・・・・・」
額に掌を当てて「ふぅ~・・・」と、色っぽく溜息をつくナターシャさん。
ーーあれ? 私今、一瞬だけですけど彼女の大人っぽさに嫉妬してませんでしたか?
・・・イヤだなぁー・・・。この期に及んで心までも女の子になった挙げ句、どなたかとラブコメディ繰り広げる展開に突入するのは・・・。
出撃前のハンガーで、整備兵も見ているというのに堂々とパイロットスーツ姿でキスしあうなんて夢も花もない展開だけは全力でゴメン被ります。迷惑ですからね、整備兵の皆様方に。
「・・・そう言えば、ああいう時って女性の側はどういった状態にあるんでしょうかね?
心理的な問題ではなくて、主に生理現象の問題的に」
「せっかく女の子らしい思考を持つようになったと安心してたらコレなんだから・・・全くもう、ホントの本当にこの子って子はつくづくーー」
ずぅぅぅぅっん・・・・・・どぉぉぉぉっん・・・・・・・・・
・・・・・・遠くの方から着弾音と、地面が揺れる音が響いてきました。
「どうやら敵は、IS学園のある学園島に狙いを定めて突撃してきたようですね」
「そうみたいね。これで敵の指揮官マイントイフェル准将の意図は、完全に味方には誤認されてることがハッキリしたと言うわけね」
やれやれと肩をすくめながらナターシャさんが返してくれて、私もテレビに目をやりましたが現時点では日本は独立自治権を放棄してはいないみたいです。
ふぅ~・・・危なかったー。生きた心地がしませんでしたわ、本当に。
「ですね。わざわざ待っていた甲斐があると言うものです。・・・どのみち出撃させられないんで待ってたことに変わりはないんですけども・・・」
「いいじゃないの、別に。こうして優雅におしゃべりしながら時間をつぶし、焦る気持ちを落ち着かせるための口実にはなってくれていたんだし。結果良ければ全てよしの精神で挑みなさい」
「・・・まだ今の時点だと、出ていませんけどね。結果・・・」
「だから『挑みなさい』って言ったのよ?」
「なるほど・・・」
ようするに、結果的には良かったと言って貰えるような結果を出せるよう、頑張りなさいと言うわけですね。ゲシュタルト崩壊気味ですけれども。
はぁー・・・・・・気が滅入るぅ~・・・・・・。
なーんで私なんかが開戦命令出さなきゃいけないんでしょうかねぇー?
「ほ~ら。最後なんだから、シャキッとしなさいシャキッと。あなた一応、元の世界では男の娘だったんでしょう? だったら元男の娘で現女の漢のあなたらしく、最後まで頑張ってきなさいな」
「なんか今、漢字おかしくなかったですか? ものすっごぉーく・・・」
「さぁ? どうなのかしらね。私ってこれでも一応アメリカ人だから、日本の漢字は難しすぎて間違えてる場合もあるのではないかしら?」
「・・・・・・・・・」
大人ってズルい・・・。
「ああもう! ほら早く指示を下す! 敵と三十代までの時間は待ってくれないモノなんだから急いで急いで、早く早く! あんまり遅いと織斑先生に代わってお尻ペンペンのお仕置きしちゃうわよ!」
「年齢がバレそ・・・嘘ですご免なさい、今すぐ指示出しますからお尻叩かないでください痛い痛い痛いですぅ・・・」
締まりのない始まり方で、次回! 日米艦隊戦が開幕する!