IS学園の言霊少女(本編終了・外伝スタート)   作:ひきがやもとまち

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一昨日より更新していましたが、話数の並びシステムに気付かず設定変更が遅れてしまいました。本当にごめんなさい。

一話前より更新を再開しておりますので、開いた直後の方は前話に戻ってからお読みになられることをお勧めいたします。


53話「日本の夜更け」

 ーー2000某年、3月27日。

 終わりは唐突に訪れた。

 

 アメリカ軍艦隊、日本の領海内へと侵入。一路、横浜港を目指して進軍中。その目的は首都東京を武力占領して、日本国に城下の盟を誓わせることにあると思われる。

 

 先ほどまでお茶の間にバラエティー番組を放送していた各テレビ局が一斉に日本の危機を知らせる緊急速報を流し始めたせいで、却って報道に対する信頼感と説得力を失わせる結果を招いてしまっていた。

 

「なにこれ? スゴくね? スゴくね? まじウケるしwww」

「うっわ、これこの前テレビに出てた奴じゃん! アメリカのなんてーの? EOSだっけか? 超カッコいいー! まじイカすー! あー、俺も乗ってみてーっ!」

 

「やだ、なに。なんで通話が途中で切れちゃってるわけ? あーし達これから遊びに行く予定だったんですけど~?」

「あっははは! 池波さん慌てすぎ! 超ウケる! 普段は落ち着いて見えてたって実際はこんなもんなんだよねー、大人って」

「つか、アメリカが日本を占領とか映画の見すぎ。ちょっとは現実知れってかんじ。いい歳コいて何やっちゃってんだかねー、日本の政治家のみなさんは」

 

 

 ーー彼らの批判は半分的外れなものではあったが、半分だけは正鵠を射てもいた。

 

 なぜなら日本政府はこのことをある程度を事前に察知できる要素を十二分に持っていながらも、「どうせ今回のも威嚇による示威行動だろう」と高をくくって新首相官邸では今年度の予算編成について未だ答えのでない閣議への対応を詰めている最中だったのだ。

 

 急報を受けた総理はテレビ電話で米軍派遣艦隊司令官マイントイフェル准将に、会談の要請と即時撤兵を要求した。

 

 が、しかしーー。

 

 

 

『宣戦布告は昨夜の内に済ませたはずだ。それを本気として受け取らず報道も記者会見もしてこなかった君自身の判断ミスが招いた失態だよ。もう少し責任を自覚したらどうかね?』

「しかし! これでは余りにも筋が通りません! そもそもあなた方アメリカ側が言ってきている宣戦布告の内容は事実無根のことばかり! これでどうして我が国にあなた方の要求を容れろと言われるつもりなのですか!?」

『当然だな。むしろ容れられでもしたら、こちらが困る。

 なにしろ、君たちに無理難題をふっかけて、戦争の場へと引き吊り出すことが目的の内容ばかりを盛り込ませていただいたのでね』

「なっ!?」

 

 公式に観艦式を挙行してからアメリカ合衆国大統領の命令を遂行するため派遣されてきた米軍派遣艦隊司令官の口から発せられた言葉の内容に、日本国総理は完全に言うべき言葉を見失う。

 今まで自分が『常識』だと信じてきた原則が、ガラガラと音を立てて崩れゆく錯覚を幻聴と共に幻視する。

 

「あ、あなた方は『IS条約』締結の折り、カナダで私たちと一緒に「これからは一国の利益だけを追求する時代ではない。アメリカン・ファーストは男尊女卑とともに滅ぼしていくと」そう誓ったはず・・・」

『元よりアメリカの正義とは、アメリカの利益に叶う形で成される物で在らねばならない。それは我が国だけでなく、一国を預かる国家元首としての義務であり責任だ。友情も信頼も母国の民を一方的に犠牲に捧げることで守るに値するものでなければ取り繕う価値すらない』

 

 冷然とした口調でうそぶくと、マイントイフェルは低く嗤い、

 

『それにだ。我が国は政権交代がなされ女尊男卑思想を掲げていた女性大統領は失脚し、今の元首ヨブ・トリューニヒト大統領閣下は男尊女卑思想の持ち主ではなくとも男性だよ。既に滅んだ政党と君たちが、どのような約定を交わしていたとしても遵守する義務は我らにない』

「国家元首が、各国首脳の集まる場で交わされた約束を破られるとおっしゃられるのですか!?」

『無論、口約束であるならば。公的文書に署名したわけでもない私的な会話で交わされた約定は密約と変わらない。

 それとも貴国においては公の場で国民と交わした終戦の約束よりも、国家元首同士がマスコミの目を意識しながら票を獲得するためだけに交わしてみせた綺麗事が優先されるものなのですかな?』

「・・・!!!」

『もし次があるのでしたら、約定は正式な書面に残して双方ともに誠意を見せて守っていくよう努力しながら遵守するよう求めていただきたい物です』

「それは・・・!!」

 

 あの時にはお互い様だったではありませんか! そう大声で叫んで非難したかったが、現在の状況と立場を鑑みて自重する。どの様に綺麗事を並べ立てて相手の非を咎めようとも、得られる物はなにひとつない。

 むしろ下手に出ることで相手にこちらを見下させ、利害損得から攻めるべき矛を別のどこかに逸らせるべきだと考えた彼女は、こういう場合に放つ常套句を口にする。

 

「・・・このような暴挙を国際社会が見逃すはずはございません。嵩に掛かって米国を非難し、責任の有無を問うとくるはず。それよりも我がくーー」

『アメリカを非難してくる国際社会とは一体、如何なる国を想定しておいでなのかな? 総理』

「・・・へ?」

 

 一瞬前々毅然とした表情を保っていた総理の顔が崩れ、間抜け面をさらした。

 ご婦人への礼儀として見なかったことにしてやりながら、マイントイフェルが口にするのは別のことだ。

 

 

 

『国際社会が許すはずがない・・・貴女は今そう言いましたが、現に我が艦隊は日本国領内まで進攻できております。さてはて、我が国の暴挙を許すはずがない国際社会の国々は何処で何をしておられるのでしょうか? ハワイでバカンスでも楽しんでおいでかな? それともスイスですか? オランダですか?

 ちなみに今現在まで我が艦隊司令部に連絡を入れてきたのは貴女だけです。北朝鮮どころか、中国もロシアも黙りを決め込んだままだ。まるで、台風が通り過ぎるのを待ちわびているだけの臆病な羊の群のように』

「・・・・・・・・・」

『国際社会による平和維持とは、各国が協力しあって共同で当たることで初めて実行力を有する類の平和です。

 大国に頼り切った平和維持は大国の思惑に左右され、彼らの都合次第で容易に打ち崩されてしまう。なにも「国際社会」等という国や絶対者がいる訳ではない。

 理由の如何によらず、参加国全てで形成されているのが国際社会と呼ばれる「枠組み」です。形無き入れ物である枠そのものに価値はない。中身が入っていてこその器ですよ』

「・・・・・・・・・」

『あなた方は国際社会に守られ、守らせようと努力はしても、守ってあろうと思えるだけの価値ある国であり続けようとはしてこなかった。その結果がこれです。

 自らの怠惰が招いた滅びであるなら、それは運命でも天命でもなく人の意志で成されてきたことの帰結です。翻したいとお思いであるならば、他人に縋るための詭弁ではなくて、自国民への協力要請であるべきだった。実績さえ積み続けていっていれば見捨てられることも無かったでしょうに・・・』

「・・・・・・・・・待っーー」

『ーーでは、小官はこれにて失礼いたします。これから東京都砲撃のための着弾予測を砲撃士官から情報を聞かねばなないのです。

 後ほど戦場で見えたときに悔いのない戦いが出来るよう、貴殿らの武運と健闘を祈ります』

 

 

 

 

 このままではいけない、なにか反論をと総理が考え込んでいる内にマイントイフェルは一方的に通話を切ってしまった。ーーそれも最悪の一言だけを言い残して。

 

「連絡室! 早く米艦隊司令部との連絡を再開させなさい! 今すぐに!」

『だ、ダメです。降伏の申し込み以外は一切の通信を受け付けてもらえません』

「ちくしょうめが!」

 

 ダンッ! と、総理は見目麗しい相貌を崩し鬼の形相となって憎しみの籠もった視線でテレビに映る米軍艦隊を睨みつける。

 

「そ、総理・・・。どうなさいます?」

 

 うわずった声で問いかけてくる閣僚の口調が、総理に癇にさわった。

 そもそも米国軍襲来の危機を振れ回ろうとした筆木官房副長官を記者会見の場で拘束するよう進言してきたのは彼女たちではなかったか。そのために警察の機動隊までもを動員し、一部情報を遮断してまでやったのだ。それが最悪の事態を招いたときの対策を立てる責任も当然彼女たちにはあるはずだった。「どうなさいます」とは何事よ!

 

 しかし、怒りに身を任せていられる場合ではないし、彼女はその立場にもいなかった。

 侵略目的で敵が迫ってきているのだ。国家と国民の命を守るべく責務を負った国家主権者がやるべきことは多々ある。こんなところで悠長に喚いていられるほど優雅な身分ではない。・・・そう、普通であれば考えるのだろうが、彼女の感性は一般人のそれと比べて些か異常にズレがあったようだ。

 彼女は怒りを無理矢理体内に押さえ込むと、盛大に音を立てながら椅子に深く沈み込み日本国総理としての命令を発する。

 

「・・・上崎防衛大臣、あなたが防衛の指揮を執りなさい」

「は? わたしが・・・ですか?」

 

 唖然とした表情でオウム替えしに問い直す上崎夫人に、総理はむしろ「こいつは何を驚いているんだ?」と訝しがる表情で、当然であるかのように首肯しながら答えを返す。

 

「防衛大臣と言うのは、日本国防衛を担う責任者の呼称なのでしょう? でしたら、その職にある貴女が日本の危機に際して防衛の指揮に当たるのは当然の義務のはず。なんら不思議はないはずよ」

「し、しかし・・・」

 

 論点が違う、質問の意図がズレている。彼女が問いたかったのは「自分に防衛指揮の義務があるか否か」ではなくて、本来その役割を全うするよう命令を下すのは総理の役職であり義務ではないかと思ったからだった。

 防衛は指揮する。撃てと言われれば撃たせる。防衛大臣の地位についたときから、震えながらとはいえ最低限の覚悟ぐらいはしてきたつもりの上崎夫人としては否やは無くもないが、今この時期に言う気はない。

 

 だが、それも全て総理自身の口から「撃て、撃たせろ」と命令があったときに限れ場の話である。たとえ国民が誤った選択の末に選んでしまった総理であろうとも、選ばれた以上は最低限『国民の命』に関わる決定だけはしてもらわなくてはならない。

 それが女尊男卑で台頭してきただけの成り上がりであることを自覚している上崎夫人が、最後まで捨てきれなかった民主主義政治家としての信念であり義務感だった。

 

「・・・当初の時点で想定されていた防衛ラインは突破されています。今からでは、どのように対応しようとも国民への被害を皆無とする術は存在しません。

 いざという時には自衛隊員の生命に対する責任も含め、守るべき物のため発砲を許可せざるを得ませんが、宜しいですね総理?」

 

 暗に「お前には『撃て』と言う義務があるぞ」と告げてやった上崎夫人だったが、総理には彼女と価値観を共有してやる義務感など持ち合わせてやる義理は感じていなかった。

 

「貴女が防衛大臣として与えられている権限の元、自己の職責でもって責任ある対応をしなさいな。自己判断でね。防衛責任のない総理であるわたくしには、関わり合いのないことです」

 

 この答えには上崎夫人だけでなく、他の閣僚まで唖然とさせた。

 あろう事か一国の元首が亡国の危機に奮い立たず、むしろ逆に迫り来る現実から目を逸らし、自分一人の楽園へと逃避してしまったのだ!

 

「総理! それでは筋が通せません! 貴女は日本国の総理大臣という地位をなんだと思って就ているのですか!?」

「どのみち日本国自体がアメリカの傀儡国家なのでしょう? そのアメリカが『日本はもう要らない』と言ってきたのですから素直に滅びるのが道理ではなくて?」

 

 その言葉に閣僚達は声を失う。

 今ハッキリと解った。この女は日本国総理がどうのではなく、政治家という職業自体を単なる『上から命令だけ下せる気楽な立場』としか見ていなかったのだと。

 

 特権階級に成りたかったから総理を目指した。だからこそ、成ったからには手に入れた権力と地位を手放したくないから、他人の手に奪われたくないから、失いたくない特権を守るために尽力してきただけなのだと。

 

 だからこそ、自らの手中にある権力と地位が失われることが確定した今になって他者と自分を欺き、取り繕ってまで自分の醜い本性を隠し続ける必要性を感じなくなったのだと。

 

 最期の時を前にして、ようやく気づけた遅すぎる真相暴露に迷探偵達が揃って絶望の表情を浮かべる中、総理は瞳に狂気を宿しながら彼女たちを更なる絶望へと叩き込む言葉を続けた。

 

「安心なさいな。首相官邸の地下には日本でも最高の硬度を誇る地下シェルターが存在しているわ。たとえ核を撃たれて日本全土が焦土と化しても、ここに籠もってさえいれば私たちは死なずにすむ。

 もとより、見ず知らずの赤の他人と心中する気なんて、皆様方にもないのでしょう?」

 

 総理のキチガイじみた笑顔で放たれた言葉に、幾人かの閣僚が顔を背ける。

 総理はそれらを見ながらクククと嗤い、

 

「所詮、人のために尽くしたがるバカも、他人のために死ねる阿呆も現実にはいやしないのよ。ああいうのはフィクションだからこそ面白くて魅力的なのよ。現実に生きて、現実を知っている私たちはバカどもとは違う。一緒に賢明な生き延びるための選択を選びましょう?」

『・・・・・・・・・』

「ああ、そうだわ。公安が確保している筆木さんを連れてきておいて頂戴。彼はきっと米国との間にパイプを持ってるわ。そうでもなければ女尊男卑の時代になって現役の男性閣僚が生き残っていられるはずがないもの。人質なり交渉カードなりで使い道が出てくるはず・・・。

 彼だって日本が滅びた後なら、亡くなった母国に対して忠義面するほどバカじゃあないはず。自分自身が生き延びるため、きっと私たちに協力してくれるはず。

 伊能を取り逃し、未だに行方不明中なのだけは気がかりだけど・・・今となってはどうでもいい事よね。

 さ、早く行きなさい。時間は残り少なくてよ。一刻も早く日本が滅びるより前に持っていける物は持っていけるだけ持ってシェルター内に逃げ込むの。

 宝石や金塊は全部持ってくるのよ? お金があって困る事態なんて未来永劫こないのだから。え? 有価証券? バカね、日本が滅びた後には紙切れ以下になってるゴミなんだから捨て置きなさい。それよりもーー」

 

 

 ーー上崎夫人は今の総理の発言を「公安が」までしか聞いていなかった。「筆木さんを」の辺りまできた時点で廊下を駆け足で走り抜け、対外連絡室へと息せきって到着したばかりの頃に「日本が滅びた後なら」どうたらの件に達したばかりだった。

 

「IS学園に直通会話を繋ぎなさい! 今すぐに!」

「・・・は? え? 上崎防衛大臣、今はまだ会議中では・・・?」

「そんなことはどうでもいい! 手続きなんかも後回しだわ! 今はそれより対応策と対抗戦力が必要不可欠なの!」

 

 普段は知的さを装っていて、警備員からも「女性に生まれただけで閣僚になれた、運が良いだけの成り上がり」と陰口を叩かれ続けていた彼女からは想像もつかないほどに怒り狂った形相で睨まれた警備責任者の男性は震え上がって従順な犬と化し、即座にIS学園学長室とのホットラインを回復させる。

 

「どのみち今からじゃ自衛隊は間に合わないし、戦力差が圧倒的すぎるわ。なによりアメリカに見捨てられた日本は勝っても負けても滅ぶしかない。

 ここは日本国そのものを交渉道具に使ってもらって、IS学園の戦力で一定の譲歩を勝ち取る以外に道はない・・・」

 

 部下どもに聞かれないよう小声でつぶやきながら、彼女の頭にあるのは遙か昔に銀髪の少女が聞かせてくれた言葉。

 

「民主国家における過ちは、為政者を選んだ国民自身に帰するべきもの・・・確かにその通りだけど、人には感情って物があるのよ異住セレニア。誰もがアンタみたいに理屈で納得して役職を全うできる訳じゃない。我が儘だって言うし、エゴだって求めもするわ。

 ーーだからお願い、助けてよ。この状況で頼れるのは、国も総理も役職も全部ひっくるめて役割の名の下だけで全うできるアンタみたいなキチガイだけなんだから・・・!

 どうかお願い! 日本を・・・日本を使って日本人を守ってあげて!

 私たち間違いを犯した日本人全員には、間違いを自覚し責任を取るまで生き延びなければならない義務と責任があるのだから!」

 

つづく




注:マイントイフェルが准将であるにもかかわらず司令官になっているのは今次作戦における布石です。
本来はそこまで書く予定でした。時間と体調から途中で切ることをお許しください。

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