IS学園の言霊少女(本編終了・外伝スタート)   作:ひきがやもとまち

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バケモノの最新話を書いてる途中で急遽思いつき、優先して仕上げた回です。
思い付きで書いた物な為いろいろと矛盾や無理が生じていると思われますが、後で修正いたしますので今すぐはご容赦ください。

なお、今話の楯無さんはかなり重い話をします。彼女のファンの方は絶対にお読みにならないで下さい。割と本気で気分を害します。
それと今話は今作品の中でもトップクラスの胸糞回です。初見の原作ファンの方はご遠慮願います。本気で気持ち悪くなりますから。

注:今話内に「流浪人剣心」について否定的な発言があります。剣心ファンの方は読まないで頂けると助かります。


22話「そして血祭り(フェスティバル)の幕が上がる」

 いよいよやってきた学園祭当日。

 一般公開はしていないため開始を告げる盛大な花火などは上がらないが、生徒たちの弾けっぷりはそれを補ってあまりある。

 

 そんな中、テンション高くそれぞれのクラスの出し物を最終点検するために駆けずり回っている彼女たちを縫うように、一人の女生徒が静かに穏やかにゆっくりと歩を進めながら周囲を睥睨していく。

 

 眼鏡とタレ目、そして最近ではナチス親衛隊が着用していた黒衣の軍服と軍帽をかぶった、祭りだからとコスプレしているだけにしては余りにもハマりすぎてて怖い完成度を誇るIS学園一年四組所属の国家代表候補生、更識簪。

 彼女は忙しなく動き回る他の生徒たちとは一線を画す存在であり、常に泰然とした余裕の態度を崩さないことで全学園生徒に知られている有名人だ。その知名度の高さは姉であり生徒会長でもある更識楯無に匹敵すると言われている。

 

 そんな彼女が所属する一年四組が彼女以外をクラス委員に任命するはずもなく、本来であるならば各国軍事関係者及びIS関連企業など多くの来賓が招かれる学園祭で彼女らが手を抜くことなど絶対にあり得ない。

 なぜなら彼女たちも将来的にはIS関連の仕事に就きたいと切望している、未来のIS関連企業エリートコース志望者だからだ。

 このご時世、一般生徒から代表候補になるのは狭き門。さらにその上の代表ともなれば言わずもがなだ。第一、専用機自体、代表候補全てに与えられているわけではない。

 与えられた時点で代表候補筆頭と国家に認定されているわけで、それ以外は“予備”である。候補でさえない一般生徒たちに未来のモンド・グロッソ優勝を目指せと言うのは、些か以上に無茶ぶりと言うものであろう。

 

 なので彼女たちは、今のうちからアピールに余念がない。IS関連企業の重役ともなれば尚更だ。なんとしても良いところを見せて、あわよくば玉の輿。

 そう考えるのが一般的なIS学園生であり、毎日をお気楽に生きて、出席日数がヤバいことになってるのに全然気にせず、学園祭を満喫する気満々な一年一組の方が異常すぎるのだ。

 

 敢えて、誰のせいとは言わないが。

 多分、言ったら泣くだけだし。

 

 話を戻すと、一般生徒たちとしてはクラスのアピールポイントに使える物はなんでも使いたい。そして、姉が学園最強で自身も日本代表候補の簪は是非とも客寄せに使いたい秘密兵器のはずなのだ。

 ・・・そのはずだ、“本来ならば”。

 

「いい天気だ。こんないい天気の日には大砲が撃ちたい。列車砲でもいいが、欲を言えばアハトアハトがいい。

 そして今度こそ、あの忌々しいロンドンの灯を火の海に・・・」

 

 ーーこんな言葉を平然と穏やかな口調で、微笑みを浮かべたまま呟ける代表候補など絶対に人前に出してはいけない。最悪、事案になりかねない。

 なので学園祭当日は役職を与えられることなく放置だ。

 好きなところで好きなことをやっていい。ただしクラスに迷惑だけは掛けないようにと言う意思表示。

 なかなか気が利いているじゃないか、嫌いじゃない。

 

「ふむ、祭りの予定までにはまだ時間があるな・・・。少し見て回ってくるか。

 此処が地獄に変える価値があるのかどうか、確かめておく必要があるでしょうしねぇ・・・」

 

 くっくっく・・・と、どこかしら暗く陰惨に、それでいて妄執と愛憎に満ちた声でつぶやき、彼女は足を少しだけ早める。

 

 時間は有限だが、自分にとっては無限に等しい。

 その中で人がどう生き、どう死んでいくのか。

 確かめなくてはならないだろうし、見定めなくてもならないだろう。

 あるいは、新たな弟子に出会える可能性も無くはない・・・。

 

「どうしてなかなか、この時代も面白い」

 

 死神の笑みを浮かべる少女は学園を、世界を見定めるため歩き続ける。

 果たして、この世界の人間たちに生き残る価値があるのかどうか。

 生け贄にしか使えない無価値なウジ虫どもが跋扈してはいないだろうかと、鷹のように目を眇ながら一歩一歩しっかりと。

 

 

 

 ーー余談だが、入場者の中には妻子をつれた来賓もおり、簪の顔を見て怖いと叫び泣き出した子供たちだけで一個中隊を編成するに足る数が生じ、その対応に警備責任者である織斑千冬が慌てふためくことになるのだが、それはまた別のお話ーー。

 

 

 

 

 

「来たよ、お姉ちゃん!

 さぁ、かわいい妹の愛の籠もった訪問に、熱烈で感動的なベーゼでもって報いなさーーどわぁっ!?」

「ふははははっ! よくぞここまで辿り着いたな、お客様よ! 誉めてやろう!

 さぁ、ご注文を告げるがいい。我が直々にテーブルまで持って行ってやろーーうおわぁっ!?」

 

 ーー開店直後、初めてのお客様に示した初めての接客対応が悲鳴て。

 いったい、どんな店なんでしょうね、この店舗・・・。

 

 もっとも、お客はお客で入って早々悲鳴上げてる時点でどっちもどっちな気がしなくもないんですけどね・・・。

 

「・・・で、なんで貴女が来てるんですかミレニアさん。

 いえ、来てくれるのは別に構わないのですがね、招待チケットあげたの私ですし。

 ――なのでそれはともかく、なにゆえ全裸? なにも学校でまで裸族を貫く必要性はないでしょうに・・・」

「私としては、お姉ちゃんの置かれてる状況の方が気になるかな!

 今って学園祭の最中なんだよね? だったらなんでお姉ちゃん、縛られて天井から吊されてるの!?」

 

 姉の学校で行われている学園祭に全裸できた妹が最初に放つ疑問がそれですか。まったく、お門が知れますね。少し考えれば分かるでしょうに。

 仕方がありません。私が姉として久しぶりに会う妹に講義してあげますから、良く聞いておきなさい。

 

「魔王だからです」

「・・・はい?」

 

 明瞭な答えを教えてあげたにも関わらず、「こいつ、なに言っちゃってんの?」とでも言いたげな胡乱そうな顔を返してくる血の巡りの悪い妹。

 そんな彼女に根気強く説明を繰り返すことで私は現実から目を逸らし、現実から逃避し続けます。

 

 時には逃げることも大事です。決して勝てない相手に戦いを挑むのは愚かなこと。

 それと同じく、認めたくないけど認めさせられてる現実から逃れるのは精神衛生上どうしても必要なことなのです・・・。

 

「魔王だから高見から下界を見下ろし、下々の者たちへ指示を下しているのです。

 ちなみに店の名前は『魔王喫茶クリスタルパレス』なので、私が今居る場所は魔王の居城『次元城』。みなさんが働いている空間はラストダンジョン『パンデモニウム』、私を守るように配置された下に陣取っている方々は、四人の最強魔族『四天王』です」

「えぇー・・・」

 

 なんですか、その目は? なにか文句でもお有りなのですか?

 ちなみに私は有りますよ、文句。そりゃもう売るほど有りまくってます。

 

 

 ーーな・ん・で! 店長が縛られて天井からぶら下がってんだよ! おかしいだろ絶対に!

 あと、そこの武装高校生! あなた方も少しはおかしいと感じなさいよ!

 なんですか四天王って! いつの時代のRPGですか!

 それと、その厨二武装はなに!? どこの世界に呪われてそうな鎧と妖刀っぽい刀持って接客する男子高校生がいる!?

 挙げ句が、四天王なのに三人しかいないんですけど! 一人足りないんですけど!

 どうしたの!? なにがあったの!? リストラされたの!?

 魔王軍までもが就職氷河期なんて世知辛いなぁ、おい!

 

「・・・それで? ミレニアさんの格好についてのご説明は?」

「大丈夫! 安心して! ちゃんと近くのトイレで脱いできたから! 学校には普通に服着てきたよ!」

「いや、それ全然エバれる事じゃないですから。着てるが当然ですから、一般常識ですから、着てない方が異常ですから、完全に猥褻物陳列罪ですから。

 ーーむしろ、トイレで脱いでからこのクラスにくるまでのあいだ誰かに見られてないかメッチャ不安なんですけど・・・」

 

 と言うより、なんで脱いだん? 学校まで着てきたんでしょ? わざわざ校内に入ってからトイレ探して脱ぐ必要ってあるの? 相変わらず変態の思考はサッパリ分からん。

 

「まぁいいです。誰であろうと最初のお客様である事に変わりはありません。お客様には日本人らしく「お客様は神様です」の精神で接客いたしましょう。

 と言うわけでーーお客様、お席の方へどうぞ。今、メニューをお持ちしますので席に座ってお待ち下さい」

「・・・あ、はい、わかりました。どぞ、ごゆっくり・・・」

 

 なぜだか目を逸らしつつ、マニュアル通りな私の接客に応じてくれるミレニアさん。

 こう言うところは良い子なんですけどねぇ、変態なところはいったい誰に似たんでしょう? 将来子供が産まれたときに遺伝していないか、人事ながら心配になりますよ本当に・・・。

 

「セレりんの家族って、やっぱり“アレ”なんだねぇ・・・」

 

 本音さんがなにやら感慨深げにつぶやきます。・・・アレってなんですか?

 

 

 

 

 

 そのまましばらくの間平和に時が進み、途中で幾人かのお客様が天井から吊されてる私を見てギョッとするハプニングこそありましたが、概ね平和裏のうちに学園祭イベントは消化されていきました。

 タイムスケジュール的には、IS戦闘が可能な第四アリーナいっぱいに作られた特設ステージにおいて生徒会主催による観客参加型演劇の公演が催される時間が迫っている時間です。

 

「仕掛けてくるのであれば、そろそろのはずなんですが・・・」

 

 天井からぶら下げられ下を無理矢理見下ろされている私ですが、一応の利点はあります。

 それは、店内を一望できること。

 これならば織斑さんが今どこにいるのか、誰と話しているのか、誰が彼を見ているのかが一目瞭然すぎるから楽でいい。ある意味では役得です。

 

 ・・・そう言うことにします。

 だって、そうでも思わないと辛いんだモン・・・。くすん・・・。

 

「ーーはい、織斑さんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかなと思いまして」

 

 ん? 少し意識が飛んでる間に彼と接触を図ってきた人物がいたようですね。

 あれは・・・女性、でしょうか? ふんわりとしたロングヘアーがよく似合う、なかなかの美人さんです。

 スーツを着こなして名刺を渡したようですが、何時もの「ぜひとも我が社の開発した装備を白式に」を装っているつもりなのでしょうか? だとしたら、お笑い草なんですけどね。

 

 夏休み中からこの手の話は無数に舞い込んできていたとは言え、アポイントメントも取らずに乗り込み、いきなり初対面で売り込みを開始するセールスマン・・・いえ、セールスレディがいるかボケ。

 まして相手は世界で唯一の男性IS操縦者。引く手あまただしライバルも多い。そんな相手に正式な手順を踏まずに接触図る企業がまともな企業である訳がない。

 普通に考えて、企業は企業でも“亡国機業”さんでしょうね。お疲れさまでした。

 

「さて・・・それじゃあ私も、そろそろ動き出すとしましょうか」

 

 いろいろとやるべき事が多いですしね。

 とりあえず、まず最初にやるべき事は・・・。

 

「お願い、誰か私をここから降ろして・・・」

 

 戒めを解かれ、行動の自由を得ること。囚われの身から解放されること。

 言ってることは格好良いけど、ようするに「誰か、助けて下さい!」と世界の中心でもない場所で叫んでいるだけ。しかも、恥ずかしいから小声で。

 

 ・・・締まらねぇなぁ本当に・・・。

 

 

 

 

 

「はぁ。これでとりあえず、確認作業は一段落。

 次の準備は現段階ではできませんし、大人しく待つとしますか。

 ーー久しぶりに学園祭を見て回り、普通に楽しむというのも悪くないですしね」

 

 私は各所の最終確認を終えて学園内へと戻り、大きく伸びをしてから一息つきます。

 思えば、こうして学園祭を素直に楽しもうと思ったのは前世でも数えるほどしか有りませんでしたね。せっかくなので満喫させていただきましょう。

 

 幸い、本番は生徒会の劇が見せ場に入りフィナーレへと向かい、観客の視線が舞台上に集中してアリーナと学内で人の分布に二極化構造が生じてから。

 物事はわかりやすい方が良く、状況はシンプルな方が予測をたてやすい。状況がシンプルでないのなら、状況を形作る前提条件そのものをシンプルにしてしまえばいいだけのこと。

 舞台を用意できる会長がこちらにいて、敵である亡国機業は学園から入手した情報を上から与えられるだけ。持っている手札のカードが違いすぎる。

 とは言え手持ちのカードで勝負しなければならないのが人生であり、戦争です。無いものは無いで工夫していただきましょう。なに、できなければ死ぬだけですよ。

 

「本当に禄でもない考え方ですよね、私の価値観。地獄に一度落とされただけで更生できるものなんでしょうか?」

 

 いえ、そもそも私は地獄なんてものは信じていませんけどね?

 神も悪魔も天国も地獄も宗教も全て、人の発明した道具です。

 道具は使えればそれで良く、求められた機能を果たせればそれだけで充分以上に価値がある。

 

 道具は役に立たねば捨てるだけ。

 神も悪魔も宗教も・・・そして当然、“私”も“IS”も、その例外ではありえない・・・。

 

「はぁい、セレちゃん♪ おげんこ~♪

 なんだか嫌そうな顔してるけど、どうかしたのぉ~?」

「・・・会長ですか」

 

 IS学園生徒会長にして学園最強の唯我独尊美少女、更識楯無さんのご登場です。

 彼女にしては大変珍しいことに、今日はちゃんと服を着ています。・・・服を着てるのが珍しい女生徒が生徒会長務めてる学校ってなんなんでしょうね・・・。

 

 あまりに明るすぎて頭のネジが緩んでいるかのように誤解されがちな楯無さんの明るさは、今の私にとって少しだけ憂鬱です。

 

 否が応でも自分の醜さを自覚させられる。

 自分がどれほどゲスな生き物であるかを思い知らされる。

 二度と戻れない場所で生きている彼女たちと自分との間に広がる溝の存在を意識させられる。

 この世界において自分はどこまで行っても異分子でしかなく、完成された機能を壊すコンピューターウィルスでしかないのだと実感させられる。

 

 ーーだからでしょうかね。

 私は彼女が・・・更識楯無が《インフィニット・ストラトス》の原作キャラの中で一番苦手な存在だと感じてしまうのは・・・。

 

「ホントにどしたの? ものすっごく、顔色悪いわよ?

 保健室行く? それとも医療用カプセル入る? なんなら更識の名かIS学園生徒会会長権限でも使って職権乱用するけど?」

「いや、それはちょっと・・・いくらなんでも流石にやりすぎでしょう。

 仮にも国立学園の生徒会長が職権乱用しすぎは不味いですって。少しはご自分の保身も考えて下さいよ。

 分かってますか? 貴女、来年受験生なんですよ? その時に「会長権限乱用しまくって学園を好き放題にした」なんて履歴書に書かれたら洒落になりませんてマジで」

 

 やれやれと肩をすくめながら苦言を呈する私に、彼女はいつものように明るく朗らかに脳天気な反応を返して“くれませんでした”。

 

「あら、別にそれでも良いんじゃない? セレちゃんを失うより遙かにマシだし」

「マシって貴女、それはいくら何でも立場的に・・・」

「重要な場面で優先順序を間違えるつもりはないわよ私。全校生徒の命が助かっても、セレちゃん一人だけが死んじゃってたら意味ないもの。

 全てを守ろうとして絶対に守りたい一人を危険に晒すくらいなら、私は全てを見捨ててでも、たった一人の大切な人を守り抜く。

 だって私、感情の生き物たる人間だもの」

 

 思わず私は彼女の顔を見直しました。

 そこには何時もとまったく同じ笑顔があり、笑顔しかない。

 底が見えず、本心が分からず、感情が読みとれず、愛も怒りも夢も希望も絶望も全て、全てが有るのか無いのか分からない。

 そんな、空っぽの微笑み・・・。

 

「失望した? それとも意外だっただけかしら?

 私だって一応は暗部の頭領なんだし、このくらいの事は言うんだけどなぁ~」

「・・・本音さんは貴女の本心をご存じなんですか?」

「本音ちゃん? さぁ、どうかしら。分からないわね私にも。

 だって、あの子はあの子で本心を人に見せない子だし、姉の虚ちゃんも生まれた家がたまたま更識に仕えてる家系だったってだけで、本心ではどう思っているか知れたもんじゃない。

 人間なんて一皮剥けば中身にナニが詰まっているかまるで分からない生き物なんだから、相手の心が分かると思う方が不自然というものよ」

「・・・・・・」

 

 返答をせず、返答ができず、私はただ彼女の・・・日本の暗部“更識”の当主たる更識楯無さんの笑顔を見つめていました。

 そこからナニカを読みとろうとはせずに、彼女の言葉の裏をかこうともせず、それが更識家当主としての言葉なのか、それとも更識楯無という一人の女の子としての言葉なのかを考えようとすらせずに、ただただ無言で彼女の顔を見つめ、彼女の言葉に耳を傾け続ける。

 

「仮にIS学園全体が炎に包まれて、ISを展開できる私は救助作業ができるからと助けに入ったとしたら、私は真っ先に貴女の元に行くし、貴女以外には目もくれない。助けを求められても見捨てるし、足を捕まれたら振り払う。

 それで貴女に憎まれる事が分かっていても私はそうする。私にはそれ以外に選択肢はないし、仮に有ったとしても選ばない。

 私にとって、人の命を救うという事はそう言うことだと自覚しているから」

 

 自分の掌を見下ろしながら、彼女はごく普通の口調で語り続ける。

 その手は白魚のように真っ白なのに、彼女はまるで血みどろの肉塊でも触ったかのように汚らわしそうな仕草で振り払う。

 

「私、意外とたくさんの人たちを殺してきてるからね。いまさら人殺しが人道主義を気取っても血の臭いは消せないし、むしろ厚化粧で誤魔化すと化けの皮が剥がれたときにヒドいことになりかねないし。

 現実には大量殺人鬼が一介の流浪人になれる日なんて、決して来ないものなのよね~」

 

 それは余りにも残酷な一言。

 ISではなく、緋村剣心の生き方全てを否定する言葉。

 一度自分の意志で人を殺した人間が普通の人間になることなど決してできないという、斉藤一以上に辛辣で容赦がない人として最低最悪の思想。

 

 だからこそ・・・私は嫌々ながら全面的に肯定せざるを得ない思想でもありましたーー。

 

「・・・和月伸宏先生が怒り出しそうですね、「オレの代表作を汚すなぁー!」って」

「あら、もしかして知らないの? あの作品、OVAでその後の話をやったんだけど、結局剣心と薫は幸せになることなく死んじゃうのよ。それも剣心は外国で記憶を失って戻ってきて、薫は剣心との思いを形にしたいからと結ばれたことで病気が移り、二人とも同じ病気が原因で、同じ場所、同じ日に死亡。二人の子供は父親とろくに会話もしたことがないまま青年へと成長し、人切り抜刀済の伝説は本当の終焉を迎えるーー。

 伝説の終わりなんて、毎回同じパターンなのよね~。人殺しが幸せな家庭を築いて幸福な老後を過ごした作品ってあんま無いし~」

「・・・・・・」

 

 心当たりが多すぎる私はなにも言えません。

 あるいは、言いたくないのかも知れませんし、言う必要がないほどに心から賛成しているのかも知れません。

 私自身が自分の心を掴みかねていました。

 

 何時もの事と気にせずにいたら、今日はやけに引っかかりを覚える。

 喉に小骨が刺さるように心にナニカがわだかまる。

 正体不明のイヤな感情が呪いのように心の機能を阻害して、いつも通りの思考ができない。

 不快な思いが不快さを呼び、さらなる不快の連鎖へと繋がっていく。

 まるで、“この世すべての悪感情”でも味あわされているみたいで、これはこれでイヤな気持ちにさせられる。

 

「薫がどんなに祈っても、左之助や弥彦がどんなに賞賛しても、世間や政府が彼の犯した罪を免罪しても、彼に殺された者たちの遺族全てが許してくれたとしても。

 死者は、死者たちだけは彼を決して許さない。自分たちが彼の理想に殺されたことを、未来永劫忘れない」

「・・・・・・」

「“生き残った者には幸せに生きる権利がある”なんて、勝者の屁理屈。

 死んだ人間から生きる権利を力づくで奪った側の自己正当化にすぎない、一種の方便。

 生き残るために人を殺す必要があるのなら、今を生きる自分の人生は無数の屍で舗装されたものであることを決して忘れてはならない。ーーこれが暗部に生きる、私なりの理念であり信念」

「・・・・・・」

「どう? あんまりにも最低すぎて軽蔑した? それならそれで構わないわよ?

 私は好きで貴女を守るために戦うって決めたのだから貴女の都合なんてどうだって良いし、貴女の気持ちなんて考えない。私は私のために貴女を守って戦うの。

 もちろん、命だって捨てられるわよ?」

「それは・・・いえ、でもそんな生き方は・・・」

「“そんな生き方は人ではない”? 別に良いわよ、人でなくたって。

 見ず知らずの誰かのために好きな人の命を天秤に掛けられるようなクズを人とは呼びたくないし、そう言う自分が人として正しく生きている自信なんて抱いたことも無い。

 私は人でなしとして生きてきて、これからも人でなしとして生きていくの。

 いえ、私自身が人でなしとして生きていきたいのよ」

「・・・・・・」

 

 彼女が貫くと決めているその生き方を、私は否定することができませんでした。非難することさえできませんでした。

 自分にその資格が云々と言うことではなく、その生き方と信念を否定できるほどの確信を、私は持ち合わせていなかったからです。

 

 人の信念とは、その人の人生そのものです。

 その人が生きていく課程で味わったこと、屈折した迷い、挫折からの飛翔に栄光からの転落。それら全てで感じ、味わった思いや覚悟、感想がその人の価値観を、思想を、信念を形作る。考え方とは、それら全てをわかりやすく他人に見せるための入れ物にすぎない。

 

 それらを一つでも否定することは、その人の全人格、全人生、全人間関係に全部の思い、その人が今まで生きてきた中で味わった全てを否定し尽くし、ただ“間違い”でしかないとの烙印を押しつけ無価値にしてしまうこと。

 人間による人間性の完全否定。主観の押しつけの最右翼。相手の全てを自分の価値観のみで否定し尽くす、人類史上最悪の侵略戦争。

 

 ーーだからこそ、私はなにも言えなくなる。なにも言ってはいけなくなる。

 

 だって、私には何もないから。

 

 信じているのは現代日本の民主主義。

 

 自分で生み出したわけでもない、自ら苦悩と絶望の中、試行錯誤の末に辿り着いた真理でもない、ただの“思想”。

 

 どこかの誰かが、いつかどこかで生み出した発明品。

 人間が出来るだけ他人に迷惑をかけずに生きていけるようにするための、比較的マシな政治を行うためのツール。

 ベストではなく、パーフェクトでもない。ただのベター。

 よりマシなだけで、それより上を今は目指さない。どこかしら投げやりで進化をあきらめたかのような、そんな思想。

 

 それらを分かった上で信奉している私だからこそ、彼女を否定することは決してできない。それだけは絶対、やってはいけない。

 

 人としてではない、私自身が絶対にやってはいけないと決めたのだ。

 自分で選んだ選択を、自分で選んだ過ちを、自らの意志で掴み取った間違いを。

 

 私は決して裏切ることができませんーー。

 

 そんな私の心情を察しているのかいないのか、やはりどこまでも感情を読ませない表情で楯無さんは私に宣言するかのように、“告白”します。

 

「でもね、セレちゃん? 私たち人でなしには人でなしなりの矜持があるの。

 それが守るに値すると思えたのなら、たとえ家族だろうが自分自身の命であろうが関係なくベットしなきゃいけない。自分の欲望のために他人を殺しておいて、自分だけ安全圏にいるようなクズは人でなしなんかじゃない。ただのチキンな卑怯者よ。

 私は自分が人でなしであり続けるためにも貴女を守り、人を殺すわ。

 それに、積み上げられた死体の数が貴女への想いの重さを表してるって、なんだかロマンチックな乙女心だと思わない?」

「・・・人類史上最高レベルのヤンデレとしか思えませんよ・・・」

「あっははは! そうかもね。うん、その通りだわ。私って今、完全無欠のヤンデレだったわ。

 いや~、怖いわよね~ヤンデレ。思いあまって思い人を殺しちゃうなんて、私には絶対できないわ~。むしろ私と相手以外、人類全てを殺し尽くす方を選ぶと思うし」

「もっとヒドくなりましたよ!」

 

 私の心からのツッコミに「あははは」と明るく笑って返すと、彼女はきびすを返してアリーナへと向かいます。生徒会主催の観客参加型演劇の上演時間が迫っていましたから。

 

「今からだとリハーサルもできませんが、大丈夫なんですか?」

「そのための「観客参加型」よん。主役は観客、私たちは端役。勝手に盛り上がって、勝手に盛り下がって、はじめから最後まで観客任せ。

 私たちはバカ騒ぎできる舞台を用意して、バカ騒ぎを助長するだけ。

 人を調子に乗せるだけの簡単なお仕事っていう奴ね」

「あざとい・・・」

「それが社会の上部で生き残るためのコツよ♪

 将来的に私と結婚した後にはセレちゃんにも必要になるんだから、今のうちに覚えておきなさい?」

「必要もなにも、そもそもなる気なんかありませんよ私には」

「それは、私の奥さんに? それとも社会の上部に?」

「・・・・・・」

「あははは!

 まっ、明日の朝食について語るためにも、まずは今日を生き延びなきゃねぇ。

 ーーそっちの方の準備はできてる?」

 

 まとっていた雰囲気が変わり、どことなく剣呑な空気を漂わせだした楯無さんが私に最終確認のために質問を放ちます。

 

 これに答えた瞬間、本当にIS戦争が開始される。

 私たちにとっての戦争が始まってしまう。

 だから、私はーー

 

「万全に、とは中々いかないものですよ。予定通りに事が運ぶなことなんて滅多にありませんしね。

 まぁ、準備段階で70パーセントこなせていれば、敵が60パーセントしか準備していない場合、勝てる計算になる。できることを全てやった後で知らない敵の情報について考えたところで何の意味もありません。後は状況の変化にあわせて臨機応変に対処、ですかね。

 幸い、それができるだけの余裕を持たせることには成功しましたし」

「待ちかまえる側が何もせず、敵が蹂躙しにくるのを黙って待ち続ける義理はないものね?」

「そう言うことです。

 勝てるだけの計算と準備はしたつもりですから、無理せず気楽にやってください。

 なによりも、どうせこれは前哨戦。初戦から無理する必要はありませんよ。普通に戦って普通に勝ちましょう。第一、その方が楽です」

「貴女は今回、“楽じゃない”みたいだけどね?」

 

 楯無会長の言葉から微妙に非難のニュアンスを感じ取り、私は曖昧な苦笑い(もどき)で応じると、それを答えとして納得していただきました。

 誰になんと言われようとも、今回だけは私の我が儘を貫かせていただきます。これは絶対です。

 

「・・・はぁ、わかったわよ。“今回だけは”貴女に任せます。

 好きになさい、まったくもう・・・」

「すみません、恩に着ます」

 

 ブツブツ言ってる楯無さんに頭を下げ、私は“相棒”に連絡するため小型通信機を取り出し、相手の少女をコールします。

 

「もしもし私です。今、大丈夫ですか? ーー良かった、予定通りですね。

 これから始まるみたいなので、急いで所定の場所へと向かってください」

 

 私の指示に答えるように通話口から聞こえてくるのは、普段の彼女を知るものには想像し辛い、自信なさげで弱々しい女の子の声。

 

 ですが、私は敢えて慰めたりはしません。彼女がこの場に立ったのは、彼女自身の意志だからです。

 誰でも自分の選択と決断に責任を負わなければならない時が必ず来ます。

 彼女の場合、今がその時だったというだけの話。別に珍しい話でも特別な案件と言うわけでもない。

 

「作戦開始は目標が織斑さんを誘拐し、余計な邪魔に入られないように部屋の全システムをロックして探知網から反応がロストした後。

 言うまでもありませんが私と貴女の役目は陽動です。無理だけは絶対にしないよう注意してください。相手と違い、こちらは一度でもミスして失敗したら確実に死にますから」

『・・・わかった。私も覚悟を決めよう。お前を信じ、お前の剣となりて、お前の敵を切ろう。

 これは試合じゃない、戦争だったな?』

「はい、その意気です篠ノ之さん。

 そのまま過去の敗北から脱却して、勝ちに行きましょう」

『・・・・・・よし、勝利の栄光をお前に!

 ジークハイル!(我らに勝利を!)』

 

 ブツン。

 

「・・・・・・」

 

 なんか、最後の最後で余計な一言が混じっていた気もしますが、別にいいです面倒くさい。どうせいつもの、あの人でしょう。

 今回メインとなる主力はあの人なんですから、この程度で目くじらたてていられません。もうこの際、勝てればそれでいいですよ。

 

「ですが最初に行われる除幕式に彼女の出番はありませんからねぇ。彼女にはトリを飾って頂かないと困りますし。

 まずは私たち二人がIS相手に生身で戦う前座です。これが成功すれば飛躍的に選択肢が広がることになりますから」

 

 条件的に見て勝ち目は充分、むしろ負ける要素を見つける方が難しいでしょう。

 とは言え、やはりこちらは撃たれたら死に、当たれば死に、切られても死ぬ、無力で平凡な生身の女子高生。

 当たらないよう工夫はしてありますが、アクシデントの可能性はいつどこででもあり得ますからね。

 

 まぁ、もし死んだとしてもーー

 

「死んだ後には気にならないでしょうし、どうすることもできませんので良しとしておきますか」

 

 こうして、私たちのIS戦争は開戦したのです。

 

 

つづく

 

 

 IS戦争第一試合「第二次織斑一夏誘拐未遂事件」

 対戦カード:亡国機業

       オータム。専用IS「アラクネⅡ」

 

       セレニアチーム

       異住・セレニア・ショート。

       篠ノ之箒。双方とも、ISなし。

 

       代打

       更識簪。専用IS「ラスト・バタリオン武装親衛隊仕様」




*途中、セレニアが道具について語るシーンにおいて書き忘れていた一文を見つけたので付け足しました。ご了承ください。

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