I am the bone of my sword.
気が付くと、焼け野原に立っていた。火事が起きたらしく、どこか見慣れた風景が一面廃墟に変わっていた。まるで、戦争映画の空爆された街並みのようだ。
ポツポツと雨が降り始める。不思議と冷たさを感じない。周りの火が徐々に鎮火されていく。あれほど高く燃え上がっていた炎の壁も低くなり、漸く目を焼く赤色は落ち着いた廃墟の色へと変わっていった。
奇妙な気分だった。
これだけの惨状の中で自分だけが原型を留めてこうして立っている事が。
不安に駆られながら歩いていると、ようやく生きている人がいた。幼い少年が横たわっている。でも、そう長くは保たないだろう。少年の命の灯はさっきまで赤々と燃えていた炎の如く、まるで同様に雨に鎮火されたとでも言いたいかのように小さく、弱々しくなっていっている。
このままでは死んでしまう。必死に叫んだ。
誰か、この子を助けて!!
そして、その祈りは届いた。
一人の男が歩いて来た。酷く虚ろな表情で廃墟の中をふらふらと歩き、まるで浮浪者のようだ。
男はふと少年を見つけ、慌てた様に駆け出した。少年の息を確かめ、酷く嬉しそうな笑みを浮かべると、自分の胸に手を当て、光を取り出した。光をそのまま少年の胸に注ぎ入れると、少年を抱き抱えて歩き出した。
Steel is my body, and fire is my blood.
風景が切り替わる。少年は先程までの廃墟とは打って変わって清潔感に満ちた、まるで病院の一室のような部屋に居た。
『どこだろう、ここ……』
少年はキョトンとした顔で頭を左右に振る。そこに居たのは少年だけでは無かった。何人かの子供達がベッドに横になっている。きっと、あの火事の中で助けられた子供達だろう。
どれほどの犠牲者が出たのかは想像も出来ない。だけど、こうして生きている子供達が居てくれた事に何だかホッとした。
突然、目の前の光景が目まぐるしく移り変わった。まるで、ビデオを早回しで見ている気分だ。不意に時間の流れがゆっくりになると、少年の下をあの男が尋ねて来た。
しわくちゃの背広にボサボサの髪はそのままだった。
『率直に聞くんだけど、君はこのまま孤児院に預けられるのと』
初めて会ったおじさんに引き取られるの、どっちがいいかな? そんな、とんでもない事を言い出した。
常識で言ったらありえない。見ず知らずの男の下に行くなんて、女じゃなくても身の危険を感じてしまうだろう。だけど、少年は無垢な表情であっけらかんと頷いた。
頷いた少年に対して酷く嬉しそうな表情で男は少年に身支度をするよう言った。自分も手伝おうとするけれどお世辞にもその手際は良いとは言えず、かえって少年の邪魔をしてしまっていた。
その様子があまりにもおかしく、少年と一緒になって笑ってしまった。
荷物が纏め終わり、部屋を出て、しばらく二人は無言で歩いていた。
そして、誰も居ない待合室みたいな所で男は突然とんでもない事を少年に打ち明けた。
『ああ、大切な事を言い忘れていたよ。家に来る前に一つだけ、どうしても教えておかないといけない事があるんだ』
首を傾げる少年に、男は言った。
『僕はね、魔法使いなんだ』
そんな、魔術師の不文律を鼻で笑うかのような事を平気で口にしたのだ。
出会って間もない少年に魔術師であると名乗るなんて正気の沙汰じゃない。
だけど、
『へえ、爺さんは凄いんだな』
少年は少年でそんなとんでも告白をあっさり受け入れてしまった。
I have created over a thousand blades.
どのくらい時間が経ったのだろう。
少年は男から魔術の手解きを受けていた。お世辞にも良いとは言い難い指導だったけれど、少年の必死な姿を見ていると、ついつい応援したくなった。
そんな折り、男は突然海外に行くと言い出した。まだ幼い少年をほっぽりだして『世界中を冒険してくるよ!』なんて、子供みたいに瞳を輝かせる男にポカンとしてしまった。
それから時間は加速する。けれど、早回しの間は殆ど同じ光景ばかりだった。
少年がたった一人で留守番している。一人で食事を作って、一人で食べる。時々、騒々しい女性が顔を見せるけど、なんだか凄く寂しい光景が続いた。住んでいる家があまりにも広い武家屋敷だから、余計にそう思うのかもしれない。
Unknown to Death.
月の綺麗な夜に時間の流れがゆるやかとなった。男と少年は並びながら縁側に座っている。
二人して着物を着て、なんだかとっても親子をしている。
血は繋がっていない筈なのに、二人は不思議な程親子だった。
『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』
そう、男は寂しそうに言った。
それが気に入らなかったのか、少年はムッとしている。
『なんだよ、それ。憧れてたって、諦めたのかよ』
少年が言うと、男はすまなさそうに笑いながら月を見上げた。
『うん。残念だけど、正義の味方っていうのは期間限定でね。大人になると名乗るのが難しくなるものなんだ。そんな事、もっと早くに気付けば良かった』
それは違う。どうしてか、そう叫びたくなった。
それなのに、少年はあっけらかんとした表情を浮かべている。
『そっか。それじゃしょうがないよな』
そう、冷たく突き放すように言った。
『そうだね。本当にしょうがない』
相槌を打つ男は酷く寂しそうな顔をしている。
『しょうがないから、俺が代わりになってやるよ。爺さんは大人だからもう無理だろうけどさ、俺なら大丈夫だろ? 任せとけって、爺さんの夢は――――』
少年の言葉が終わる前に男は微笑んだ。
少年が何を言いたいのか分かったからだろう。
『ああ、安心した――――』
そう言って、静かに瞼を閉じた。それがあまりにも自然だったから分からなかった。
朝になれば起きるんじゃないかと思う程穏かで、それが彼の最後なのだと気付く事が出来なかった。
ただ、少年が取り乱しもせず、広い武家屋敷にポツンと住んでいる姿が酷く悲しかった。
Nor known to Life.
時間の流れは加速し、ゆるやかになったのはそれからずいぶんと経ってからの事だった。それまでの少年の人生を一言でまとめるなら、やんちゃ坊主だ。
少年は正義の味方になろうとしているのだろう。虐められている子がいれば虐めっ子をボコボコに殴り、溺れている子がいれば迷わず飛び込んで一緒に溺れそうになる。
そんな場面が途切れ途切れに視界に映りこんだ。どうしようも無く、馬鹿で、どうしようも無く愛おしかった。
そして、少年は大きくなり、一人の少女と出会った。その少女の姿に思わず呼吸が止まったかのような錯覚に陥った
『君は慎二の妹の……』
『はい……。間桐……、桜です』
まるで人形のようだ。
目を背けたくなる。けれど、目を離す事が出来ない。
自分の中に矛盾を孕みながら、移り変わる景色を眺め続ける。
人形は少年と少年の家に遊びに来る女性との交流の中で笑顔を見せ始める。それからの時間は加速しても常に少年の傍に
Have withstood pain to create many weapons.
やがて、再び時の流れが緩やかになり、少年は更に成長していた。
暗い土蔵の中で一人の騎士と対峙している。
ライダーのサーヴァントではなく、セイバーのサーヴァントが彼の召喚に応じた。
その姿はただ無情で、どこまでも凛々しくて、そして、あまりにも美しかった。
凍りついたように彼女を見つめている少年。その姿を見ていると、胸がチクリと傷んだ。
そして、戦いが始まった。
それがどういう戦いなのかはよく分かっている。聖杯戦争が始まったのだ。時々ゆっくりと時間が進むかと思えば、何が何やら分からない程に時間が加速したりもする。
突然、世界に亀裂が走る。風景が歪み、時間の流れがあべこべになっていく。
ペガサスに跨るサーヴァントに宝具を放つセイバーの姿が見える。
バーサーカーに挑むアーチャーの姿が見える。
そして、言峰綺礼と対峙する少年の姿が見える。
聖杯戦争は終わった。
それなのに、世界は壊れたままだ。ロンドンの街並みが映ったかと思えば、どこからの森を彷徨い、砂漠を駆け回り、やがて、故郷の景色に戻って来る。
遠坂凛の姿がある。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの姿がある。ロード・エルメロイ二世の姿がある。
世界が更に歪んでいく。ノイズが走る。
暗い光を少年は見上げていた。その前には少女が立っていた。
髪は真っ白になっていて、眼は黒く染まっていた。
Yet, those hands will never hold anything.
もはや、何が起きているのかほとんど分からない。
ただ、遠坂凛は七色に輝く宝石剣を握り、ロード・エルメロイ二世は少年達に指示を飛ばし、そして、少年は少女に肉薄していく。
『……ぁぁ、ぁぁああああああああああ!!!』
泣きながら走っていく。黒い影が腕を伸ばすけれど、その尽くを遠坂凛の宝石剣が消し飛ばしていく。
やがて、少年は少女の前に辿り着いた。
『さく、ら……」
血の涙を零しながら、少年はアゾット剣を握り締めていた。
少女は泣いていた。叫んでいた。
自分の為に泣いてくれている人に醜く八つ当たりをして、傷つける。
そして、少年は少女を刺した。心臓を貫かれて、そして――――、
So as I pray
時間は再び加速する。それまでの比じゃないくらいに時間は飛んだ。
その間、垣間見たのは延々と戦場ばかりだった。少年は髪の色も眼の色も変わっていた。その姿は紛れもなくアーチャーの姿だった。
アーチャーは小さな村を絶望から救う為に世界に死後の己を明け渡してしまった。
抑止の守護者として招かれる事を条件にアーチャーは村を絶体絶命の危機から救えるだけの力を得た。
最後は加速する時間の中で親しげに話をしていた男に裏切られて牢獄に入れられ、末世の階段を登っている。
一歩登るごとに恐怖が倍増する。行かないで、止めて、逃げて、そう叫ぶが、アーチャーには届かない。
これは記憶の夢だ。既に起きてしまった過去。
アーチャーは首に縄を掛けられる最中もあの余裕を伺わせる笑みを見せた。
『アイツ、気にしないといいな』
最後の言葉は裏切った親友に宛てただろう言葉だった。
Act.afterⅡ-②《 unlimited blade works. 》
「桜!」
頬をパシンと叩かれた。
「……あ、れ?」
知らない場所にいる。知らない人がいる。
「あれ? ここは……、わたしは……」
「ここはあんたの家! あんたの部屋! そして、あんたは間桐桜! わたしの妹よ!」
そうだ。ここはわたしの部屋だ。
どうして、分からなかったんだろう?
「……記憶の混乱。まったく、明日は大事な日だって言うのに……。いや、だからこそか……」
姉さんはわたしの手を掴んだ。
「行くわよ、桜」
「え? どこへ?」
「何を見たのか分からないけど、あんたの
手を引かれながら、アーチャーの背中が遠ざかっていく幻影を見た。
とても恐ろしく、とても悲しい。
イヤだ。イヤだ。イヤだ。
「大丈夫!」
姉さんは叫んだ。
「大丈夫よ、桜」
繋いだ手が痛む。その痛みが心の乱れを解していく。
「……姉さん」
聖杯戦争が終わってから、わたしは姉さんと暮らすようになった。
失っていた時間を取り戻すように、ずっと一緒にいた。
「ありがとう……、姉さん」