【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.33 《Futile killing shalt quit》

 衛宮士郎は既に満身創痍だった。度重なる無茶のツケだ。肉体そのものは治癒宝具の力でほぼ回復しているが、左半身の魔術回路に異常をきたしている。強引に魔力を流し込まれた事で破損と再生を繰り返した結果、魔術回路が肥大化した状態で安定し、士郎の意思によるオンオフの切り替えが出来なくなっている。

 魔術回路を起動する事は常に体内を魔力という異物が駆け巡るという事。その不快感と痛みは普通の人間が普通に暮らす上で決して味わう事のないもの。魔術回路をオフに出来ないという事はその痛みが常に術者を苛み続けるという事だ。

 もっとも、その魔力自体も枯渇しかけている。魔力とはすなわち生命力だ。ある程度ならば自然に回復する。だが、一定のラインを超えれば命そのものを削る事になる。

 士郎は既にラインを大幅に超えてしまっている。大英雄を倒すという事はそういう事。残せる余力などなかった。

 

「――――いくぞ、英雄王」

 

 それでも、士郎は刀を構える。

 あの刀には無数の英雄の魂が宿っている。アレこそが完成形。刀剣に宿る英雄達の研ぎ澄まされた殺意のみを濃縮した意思。

 貪欲に士郎の命を吸い上げ、限界を超え続ける事を強要する。

 その在り方はまさしく《妖刀》。

 

「その前にこれを飲みなさい」

 

 ギルガメッシュは蔵から一本の瓶を取り出す。

 あまりにも隙だらけだ。

 士郎は音を超える疾さで近寄り、刀を振るった。

 

「――――飲みなさい」

 

 気付いた時、ギルガメッシュは背後に立っていた。

 

「固有時制御!?」

 

 刀が囁きかけてくるギルガメッシュの瞬間移動の正体。

 それは限定空間における時間操作。5つの魔法に匹敵する大魔術の一つ。

 

「なるほど、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)に宿る魔女の知恵ですね。ですが、少し違う」

 

 ギルガメッシュはクスクスと笑う。

 

「この宝具は《聖なる刻告げるモノ(ヒエロファニー)》。通常の時間流から切り離された限定空間を造り出す。聖なる刻の円環を知覚出来るモノは神の血を引く者に限定される」

 

――――選択。宝剣《陽光剣(ジュワユーズ)》により《聖なる刻告げるモノ(ヒエロファニー)》に対抗。

 

「正解です。ジュワユーズの柄に埋め込まれた聖槍の破片。それは担い手に加護と最低ランクの神性を与える」

 

 ギルガメッシュは悦んだ。あの刀に宿る殺意は衝動的でありながら、実に理性的だ。

 

「でも、このままだと午前零時を待たずにアナタは死ぬ。その結末はあまりにもつまらない」

 

 肉体的には万全でも中身が無ければ生きられない。限界まで命を擦り減らし、既に意識も朦朧とし始めている。

 視界はぼやけ、思考も鈍い。

 

「黙れ……」

 

 それでも、士郎は殺意を燃やす。

 残された時間は少ない。弱音を吐いている暇など無い。

 

「アストルフォを……、桜を……、イリヤを……、俺は!!」

「だから、これを飲みなさい」

 

 影から伸びる腕、虚空から現れる鎖、風を束ねた紐が彼の動きを止め、ギルガメッシュは士郎の口に瓶の中身を流し込んだ。

 途端、異常な程の高熱に全身が焼かれた。まるで、内側でダイナマイトが断続的に爆発しているようだ。

 眼球が溶け落ち、神経が削られ、骨が砕ける。そして……、

 

「……あ、あれ?」

 

 熱さと痛みが去った後、士郎の体はスッキリとしていた。

 十時間以上も眠った後、冷たい水で顔を洗ったような清々しい気分。

 澄み渡る五感。研ぎ澄まされた思考。充実した魔力。

 

「どうです? エリクサーの味は」

「……エリクサーだと?」

 

 それは錬金術の分野における至高の創造物。賢者の石を溶かし込んだ万能薬。

 飲んだ者を不老不死にするとか、あらゆる病を癒やすとか……。

 

「お、お前!」

「ああ、安心して下さい。まだまだストックはありますから」

 

 そう言って、ギルガメッシュは新しい瓶を取り出した。

 削り取られた命さえ癒やすエリクサー。

 それは神の毒さえ無力化する。

 

「《黄金秘薬(エリクサー)》は《神人合一(アルス・マグナ)》の理念を掲げる錬金術における到達点。口にした者の魂を浄化し、その肉体を神のモノに近づける」

「それを使えば……」

「ええ、コレを飲めば彼女は助かります。なにしろ、効果が絶大だ。健常な者が飲めば病や毒では死ねなくなり、半永久的に生きる事が可能になる」

「死ねなく……」

 

 人間の死因とは大きく分けて《二つ》しかない。

 肉体の損壊(けが)細胞の変質(びょうき)

 寿命とは細胞分裂の限界。それはある種の病であり、エリクサーはあらゆる病を退ける。

 

 エリクサーを飲んだ者は怪我以外では死ねなくなる――――。

 

――――それは人間ではなくなるという事。

 

「ああ、安心して下さい。彼女は既に猛毒を口にしている。エリクサーと効果を打ち消し合う程の強力な毒です。だから、彼女は人間のままですよ」

 

 天使のように微笑みながら、ギルガメッシュは言った。

 

「これを使えば間桐桜は助かる。シンプルな答えでしょう?」

「……ああ、そうだな」

 

 ギルガメッシュはエリクサーの瓶を懐に仕舞い込む。

 

「――――これが欲しければ、奪うがいい」

「後悔するなよ。俺にエリクサーを飲ませた事」

「させて下さい」

 

 残された時間は三時間弱。

 最後の戦いが始まる――――……。

 

 ◇

 

 時計の針は容赦無く頂点に近づいていく。士郎とアストルフォがアインツベルンの森に向かって既に四時間が経過してしまった。

 後三十分しかない。午前零時を過ぎれば、桜は死ぬ。

 凛は体の震えを止められずにいた。折角、また昔のように話が出来るようになったのに、また手の届かない場所に行ってしまう。

 今度は二度と帰って来れない。

 

『……ヤツが飲ませた毒は極めて強力だ。完璧に解析出来たわけではないが、アレを現代の医学や魔術で解毒する事は出来ない。魔力で編まれたものでもないから、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で破戒する事も出来ない……』

 

 悔しげに語るアーチャーの姿が脳裏にこびりついている。

 それが怪我なら、例え心臓を貫かれていても癒やす術がある。結局、最後まで使わず仕舞いだった切り札を使えば……。

 だけど、あの毒を無効化する事は出来ない。青酸カリだとか、トリカブトだとかなら可能だが、《解析魔術》というカテゴリーにおいて凛よりも高い能力を持つアーチャーが解析し切れなかった毒を解析し、除去する事は不可能。

 アーチャーの固有結界に記録されている治癒宝具も大部分が刀剣である為、大半は傷を癒やすものばかり。病を与える事はあっても病を癒やすものは無いようだ。

 

「……なんでよ」

 

 魔術師として破格の才能をもって生まれて来た。研鑽を重ねて、一流を名乗れる程度の実力も身につけた。

 それなのに、妹一人救えない。

 

「なんで……」

 

 目の前の現実から逃げ出すように凛は自室に籠り、震え続ける。

 後悔する事になる。もしかしたら、この僅か三十分が彼女と過ごせる最後の時間かもしれない。

 分かっているのに、動けない。

 認めたくない。彼女がこの世から居なくなってしまうなんて……。

 

「……いつもこうだ」

 

 いつも一番大事な事ばっかりしくじる。二番や三番とか、そういう事はさらっと出来る癖に、一番大事なものだけは手こずる。

 葛木に負けて、セイバーを奪われた時もそう。ここ一番で致命的な失敗をする。

 セイバーがいれば、士郎と共に戦えた。治癒の魔術を学んでおけば桜の毒を解毒出来たかもしれない。

 何もかも手遅れだ。IFの話を幾ら頭で考えても現実は無常だ。

 

『姉さん』

 

 彼女がそう呼んでくれた事がどれほど嬉しかった事か……。

 

「桜……」

 

 もしも、桜が生きている事で世界が滅びるかもしれないと言うのなら魔術師として遠坂凛は覚悟を決める事が出来る。

 だけど、あの娘が死ななければいけない理由なんてない。 

 

「セイバー……」

 

 別れの言葉すら交わせなかった相棒。

 今の自分の姿を彼女が見たら何と言うだろう……。

 

『どうしたのですか? らしくありませんね。膝を抱えて悩む暇があるなら最善の行動を取る。それがアナタでしょう』

 

 一緒に過ごした時間は短かったのに、やけに鮮明なイメージが浮かんだ。

 慰めの言葉など一切無い。容赦の無い鼓舞。

 少しだけ、体の震えが収まった。

 

「……後、十五分」

 

 凛はそっと立ち上がる。ふらふらとした足取りで桜達の下へ向かう。

 彼女は望んだ。

 

『最後はみんなの笑顔に見送られたいんです』

 

 それが彼女にしてあげられる唯一の事なら……。


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