【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.32 《 Limited / Zero Over 》

 絢爛豪華なホールに降り立つ士郎とアストルフォ。彼等の前には鎖で繋がれた巨人と鎖を手繰る少年。

 

「ようこそ」

 

 士郎は酷薄な笑みを浮かべる少年を睨む。

 

「言われた通りに来た。桜に飲ませた毒を解毒しろ!」

「言った筈ですよ? それはお兄さんが試練を乗り越えられた時の話だと」

「貴様……」

 

 士郎は魔術回路を起動した。流れるような動作で刀を創造する。

 数日前まで強化の魔術でさえ中々上手くいかなかった事が嘘のように調子が良い。

 

「……素晴らしい」

 

 少年が感嘆の声を漏らす。

 衛宮士郎。彼の魔術は異端だ。元々、異界の創造は精霊種にのみ許された反則技。

 魔術理論・世界卵により、魂に刻まれた《世界図》をめくり返す大禁呪。

 人の手によって顕現する《心象世界(いせかい)》には当然の如く世界からの修正が働く。現在(いま)の世界を破壊している為、抑止力による排斥対象となる。

 故、その維持には莫大な魔力を要する。トップカテゴリーの魔術師でも数分が限度。何のバックアップも持たずに固有結界として彼が能力を発動したら一秒も保たない。

 士郎は一本の刀に心象風景を収斂させる事で世界からの修正を逃れている。

 

 それは磨き上げられた宝石のようだ。

 嘗て、アーチャーのサーヴァントは恋人にハンドガンの素晴らしさを語った。

 

『その武器形態において、必要最低限の機能だけに留めたものには時に……、魂が宿る』

『――――極限を求めた結果、そこには耐久性とは異なる別の価値が生まれる。それは鉄の滑らかさだけに留まらないんだ。単純化された内部構造の一分の隙もないアクション。僅か一ミリにかけた重心に対する想い。分かるかい? 多くの者を魅了するハンドガンのこのデザインは、その実、デザインから生まれたものではないんだよ』

『より安定した機能。より効果的な射撃を求めた結果、その姿となった。誰にも媚びず、あのカタチとして創造されたのだ。野生の生き物達と同じなんだよ。ただ、ある事が美しい……』

 

 その言葉はあの刀にも当て嵌まる。効率と能力を突き止めた結果、あの形態として収斂された。

 最小の魔力で最大の力を発揮する。一つの世界が結晶化した刀。その在り方は生物の進化の果てを見るようだ。

 ただ、ある事が美しい。

 

「その刀に名前はありますか?」

「名前……? そんなモノはない」

「ならば、つけてあげるべきだ。アナタにとって、その刀はまさしく象徴。英霊にとっての宝具に等しい。無銘のままでは格好がつきませんよ」

「余計なお世話だ」

 

 士郎が吐き捨てるように言うと、少年は濃密な殺意を向けた。

 一歩後退った後、士郎は自分が後退った事に気付いた。

 

「名付けなさい。今、ここで」

 

 分からない。何故、そこまで名付けに固執するのかが理解出来ない。

 

「シロウ……」

 

 アストルフォが心配そうに士郎を見つめる。

 彼は刀身に視線を落とす。

 日本刀の名前は製作者の名前だったり、切れ味に対する例えであったり、刃紋や形状から取る場合もある。

 

「……《衛宮》だ」

 

 それは製作者の名であり、彼に理想(みち)を教えた恩師の名であり、理想の果てまで歩んだ男の名。

 名付けた瞬間、刀が鼓動したように感じた。

 より大きな力を感じる。

 

「それでいい。名付けとは魂を吹き込む事。有象無象ではなく、個である事を認める行為。そのモノの実在性を高める儀式」

 

 それは創造主が創造物に果たすべき責務。

 これで、衛宮士郎の生み出した《宝具》はこの世界に定着された。

 

「――――さて、試練を始めましょう」

 

 少年が指を鳴らす。すると、彼等の頭上に黒い十字架が現れた。

 

「イ、イリヤ!?」

 

 士郎が叫ぶ。十字架は薄っすらと中が透けて見える。そこにイリヤがいた。

 

「ギルガメッシュ! イリヤに何をした!?」

 

 その言葉と共にアストルフォが悲鳴をあげる。

 

「アストルフォ!?」

「な、なにこれ!?」

 

 影の中から突然黒い物体が現れた。

 それはイリヤを捉えている十字架と同じものだった。

 一息の間に彼を呑み込むと、士郎が駆け寄る前に浮かび上がりイリヤの十字架と背中合わせになる。

 

「アストルフォ!!」

 

 手を伸ばす士郎に少年が告げる。

 

「あの十字架(おり)は聖なる呪詛。聖なる加護に包まれた大いなる災い」

 

 士郎は少年に斬りかかる。だが、少年はまるで靄のように実体がない。

 

「お前……、また!」

 

 少年はクスクスと嗤う。

 

「アナタはまだ資格を得ていない」

「資格だと!?」

「王に拝謁したければ、試練を乗り越えなさい」

 

 少年が再び指を鳴らす。すると、巨人を縛っていた鎖が解かれていく。

 巨人は怒りを篭めた一撃を少年に振り下ろすが、少年の余裕は崩れない。

 

「エミヤシロウ。そして、大英雄ヘラクレス。殺し合いなさい。勝った方にボクと戦う権利を与えよう」

 

 そう告げると少年の姿が消えた。浮遊していた十字架も消える。

 残された士郎とヘラクレスは互いを見つめた。

 

「……俺はアンタに恨みなんてない」

 

 士郎は言った。

 

「だけど、時間がない」

 

 残り時間は四時間余り。今から行方を眩ませたギルガメッシュを探している時間などない。

 そもそも時間があったところでアーチャーが一週間掛けて見つけられなかった相手を士郎に見つけられる筈がない。

 故に道は一つ。

 

「だから――――」

「■■■■■――――!!」

 

 ヘラクレスが猛る。問答など不要。勝った方が彼女達を救う。それだけだ。

 斧剣を振り翳し、狂戦士が士郎に襲いかかる。

 

「ああ、そうだな。いくぞ、大英雄!!」

 

 迫る凶刃を避け、士郎は神速でバーサーカーの懐に飛び込む。

 

――――選択。肉体の保護、並びに強化を優先。

 

 数多の宝具を束ねる。あの英雄の肉体はランクB以下のあらゆる攻撃を無効化させる。

 だから、付与する剣は全てAランク以上。

 その心臓をつらぬ――――、

 

「■■■■■――――!!」

 

 本当に狂っているのか!?

 バーサーカーは膝を曲げ、その歯で士郎の刀に噛み付いた。

 一瞬の硬直。その隙にバーサーカーは立ち上がる。

 如何に筋力や敏捷を高めた所で素の体重は変化しない。刃ごとバーサーカーは士郎を持ち上げた。

 

――――失敗。

 

 戦いを選択した事自体が失敗。

 増長していた。セイバーと打ち合い、アーチャーの剣を引き裂いた事で自分が強くなったと勘違いしていた。

 基礎能力を底上げする事は出来る。相手に弱点があるならそこを突く事も出来る。だが、それだけだ。

 圧倒的な技量。桁外れの経験値。それらに裏打ちされた真の強さを前に衛宮士郎は無力。

 

「■■■■■――――!!」

 

 浮き上がる肉体。あの化け物は体重58Kgの士郎を鉄の塊である刀ごと顎の力だけで放り投げた。

 そこに容赦のない一撃が迫る。空中で回避する術など持っていない。この一撃に耐え切る方法が思いつかない。

 

「■■■■■――――!!」

 

 このままでは死ぬ。何も出来ないまま、無惨な肉塊に成り果てる。

 桜を救えないまま――――、

 イリヤを助けられないまま――――、

 アストルフォを取り戻せないまま――――、

 

――――足りないなら補え。

 

 これほどの窮地さえ、英雄と謳われた者達は事も無げに乗り越える。

 

――――お前に出来ない事は他の誰かを頼ればいい。

 

 そうだ。一人で全てを為そうなど、おこがましいにも程がある。

 この身はちっぽけの人間に過ぎない。

 

――――思い出せ。

 

 彼の言葉が蘇る。

 

『シロウの足りない部分はボクが補うんだ! そして、ボクに足りない部分はシロウに補ってもらう! 一人で出来ない事は二人でやればいい。ボクでも解る簡単な話だよ』

 

 そうだ。簡単な話だ。

 それを理解出来ない愚か者(おのれ)の末路を視た筈だ。

 

――――選択。

 

 忘れるな。衛宮士郎は剣士ではない。あくまでも魔術師に過ぎない。

 

――――危険。これは体に毒を取り入れる事と同義。

 

 分かっている。だが、それがどうした。

 例え、それが銃口を口の中に入れ、引き金を引くような行為であっても迷う暇などない。

 覚悟は出来ていた筈だ。正義の味方という人の身では成し得ない奇跡を成し遂げようと思うなら、相応の代償を払う事になる。

 アーチャーは死後の魂を代価にした。なら、俺は――――、

 

――――完了。

 

「憑依経験、共感完了――――!」

 

 呑み込まれた。刀に付与した聖剣魔剣に宿る膨大な経験則を取り込み、逆に取り込まれた。

 知らない風景が視える。知らない敵が映る。知らない勝利に酔う。知らない敗北に涙する。

 窮地は脱した。とある侍の剣捌き。迫る刃を受け流し、軽やかに舞う。

 代わりに自我が薄まる。手足の感覚が無くなり、耳が聴こえなくなる。

 眼球が機能を停止した時、その向こうに無数の英雄が立っていた。

 そこには見知った顔もある。

 赤い外套の男。白銀の鎧を纏う少女。ローブを纏った魔女。

 

 愛しくて堪らない相棒――――。

 

「ああ――――」

 

 何を安心しているんだ。まだ、何も成し遂げていない。

 失いたくないモノがあるなら立ち止まるな。無様に呑み込まれている場合ではない。

 

『切れる為と曲がらない為には鋼は硬くしなければならん。だが、逆に折れない為には鋼を柔らかくしなければいけない』

 

 無限の剣に内包された膨大な知識と経験に身を委ねろ。余計なものは削ぎ落とせ。だが、大切な部分(しんねん)は硬い鋼に仕舞い込め。

 眼球が燃える。全身が発火したように熱くなる。太刀を握る手はそれこそ紅蓮。

 

 迫る巨人の腕を引き裂く。意識は顔も知らぬ英雄の本能に譲る。無意識はただ只管勝利を渇望する。

 間違えるな。目の前の敵などどうでもいい。

 

――――衛宮士郎の戦いは精神の戦い。己との戦いでしかない。

 

 刀が動く。士郎はその邪魔をしない事だけに集中する。

 嵐のような猛攻を柳のように受け流し、ここぞという瞬間に必殺の一撃を放つ。

 

――――足りない。

 

 刀が要求してくる。まだまだ足りない。

 

――――もっともっと速く!!

 

 刀に付与する強化能力持ちの刀剣を増やす。

 体内の二十七の魔術回路が悲鳴をあげる。如何に燃費の良い能力とはいえ、これ以上は無茶だ。

 

――――もっともっと鋭く!!

 

 刀に情け容赦を期待する方が間違っている。

 相手は無機物だ。目的の為に必要なものを要求しているだけだ。

 要求に応えられなければ死ぬ。シンプル過ぎる解答。

 

――――もっともっと!!

 

 士郎の肉体はもはや人の目で視認出来る段階を過ぎている。

 その一撃はバーサーカーに匹敵し、それでも尚、足りない。

 如何に怪物染みた力を持とうと、本当の怪物には届かない。

 

――――届かせる!!

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 負けたら愛する人が死ぬ。守るべき家族が死ぬ。救うべき人が死ぬ。

 それを容認するくらいなら、お前が死ね。

 

――――馬鹿を言うな! お前が死ねば先が無い。この怪物とて、前座に過ぎない事を忘れるな!

 

 死ぬ事さえ許されない。英雄達(カタナ)はひたすら極限を超えて強くなる事を要求してくる。

 壊れていく。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、記憶、骨、神経、内蔵、血管、なにもかもが壊れていく。

 

――――ならば、治せ!

 

 体内に眠る聖剣の鞘に魔力を流し込む。本来の使い手ではない士郎に鞘が力を貸す義理などないが、聖杯が起動状態にある事でマスターである士郎は英霊アルトリアと繋がっている。その微かな繋がりを餌に鞘を働かせる。

 同時に刀に治癒の能力を持つ刀剣を揃える。

 壊れた端から修復していく。

 血を吐き出し、肉体を剣に変え、限界を超える。神経と同化している魔術回路が肥大化した事で皮膚に浮き上がる。

 

 繰り返される死。幾度と無く崩壊する魔術回路。その度に《全て遠き理想郷(アヴァロン)》を含めた治癒宝具が壊れた部分を鍛え直す。

 極限状態の死闘。

 

――――もっともっと強く!!

 

「イクゼェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエ!!!!」

 

 刀の要求が止む。狂戦士の首が飛び、心臓が燃え、脳髄が溶け出し、その心臓に大穴が開く。

 大英雄ヘラクレス。彼は生前挑んだ十二の難行の分だけ生き返る。

 

――――その生命を悉く打ち砕く。 

 

「ハァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 知る限りの聖剣魔剣霊刀妖刀が集う。

 

――――その身は鋼で出来ている。

 

 破裂し続ける心臓。折れ続ける骨。壊れ続ける脳。

 

――――血潮を燃やし、脆く儚い心鉄を仕舞い込む。 

 

 痛みにはもう慣れた。

 

――――剣を鍛えるように、己を燃やすように、彼の者は鉄を打ち続ける。

 

 容赦の無い刀の要求にも慣れた。

 

――――束ねるは剣の息吹、輝ける魂の奔流。

 

 後は目の前の敵を倒すだけだ。

 

――――収斂こそ理想の証。

 

 要求は満たした。

 これこそが最強。これこそが究極。

 

「――――是、剣戟の極地也(Limited / Zero Over)

 

 無数の中の一振り。目の前の難敵の剣から経験則を汲み取る。

 壊れ続ける肉体に構わず、心はただ目の前の敵に対する勝利のみを望む。

 十一の死を超えて尚止まらぬ激流の如き殺意に向けて一歩踏み出す。

 狙うは八点の急所。

 

是、射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)――――!」

 

 巨体に見合わぬ音速を、神速を以って凌駕する。

 その生命を打ち砕く。

 全身を引き裂かれた狂戦士の胸に太刀を埋め込む。それで終わりだ。

 

「……よもや、我が剣技を模倣するとはな」

 

 その声はどこまでも穏やかだった。

 完全なる死を受け入れた巨人は己を討ち倒した少年を見据える。

 

「若さ故か、節操を知らぬ」

 

 巨人は笑みを浮かべた。

 

「イリヤスフィールを頼む」

「……ああ」

 

 漸く狂気の枷が外れたというのに、男は多くを語らなかった。

 

「言伝の一つくらい言えばいいのに……」

 

 語らぬ下僕。それこそが自らの在るべき姿と言うかのようにその存在を霞に変え、霧散した。


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