【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.31.5 《Gather ye rosebud while you may》

 瓦礫に腰掛ける少女。彼女の前には鎖に繋がれた大男がいる。

 偉大なる英雄を繋ぎ止めているモノ。それは太古の王が持つ対神宝具。少女の手に負えるものではなく、彼を解放する事は出来ない。

 

「――――おや、自由に過ごして良いと言った筈ですが?」

 

 声を掛けてきた少年を少女は睨む。

 

「酔狂なものですね」

 

 少年は嗤う。

 

「時が有限である事をキミは誰よりも理解している筈だ。それなのに、物言わぬ傀儡を前に無駄な時を過ごしている」

「黙りなさい」

 

 少女は嫌悪感に満ちた眼差しを少年に向けた。

 

「……嫌われたものだ。異なる世界では異なる道を歩んだ君と手を取り合う事もあるというのに……」

 

 少年は虚空を見つめ、クスクスと微笑む。

 

「何を言って……」

「ああ、キミやボクとは関係のない物語だよ。だから、キミの態度はとても正しい。嫌悪するといい。恐怖するといい。憎悪するといい。憤怒するといい。敵に向ける感情とは、そうあるべきだ(・・・・・・・)

 

 少年は少女に近寄っていく。

 

「憤怒を与えた。使命を与えた。だが、足りない」

 

 少年は言った。

 

「憎悪を抱かせるには至らなかった。もう少し、彼女が生に執着してくれれば理想的な状態に持って行けたのですが……」

 

 やれやれと肩を竦める。

 

「思った以上に芯が強い。おかげで保険を使う事になった」

「保険……?」

「キミに役割を与える」

 

 そう言って、少年は少女を虚空から喚び出した十字架に呑み込ませた。

 

「熱量が足りないのなら燃料を補充してあげればいい」

 

 少年は瓦礫の山を見回す。

 

「さて――――、少し模様替えでもしておくか」

 

 ◆

 

 夜天を駆ける幻馬。ものの数秒で目標地点の上空に到達した。

 

「……シロウ」

 

 アストルフォは小さな声で愛すべき主の名を呟いた。

 

「どうした?」

 

 士郎は彼の様子がいつもと違う事に気がついた。

 その瞳が揺れている。

 

「……大丈夫か?」

 

 アストルフォは怯えている。

 月が完全に姿を隠した事で彼の理性が蘇り、彼は恐怖の感情を思い出してしまった。

 地上で待ち受けている者は人類最古の英雄王。士郎を介して視た、アーチャーの記憶に彼の姿があった。

 

「シロウ……」

 

 あの男は全てが規格外だ。アストルフォが持つ多彩な宝具さえ、彼の所有する財宝の数々には敵わない。

 死ぬかもしれない。為す術無く嬲り殺しにされるかもしれない。

 それだけでも十分に怖い。だけど……、

 

「ねえ、シロウ……」

 

 それ以上に恐ろしい事がある。

 もし、士郎が目の前で殺されたら……。

 想像しただけで涙が溢れてくる。

 

「ボクはキミを失いたくない」

「ああ、俺もアストルフォを失うなんて考えたくもない」

 

 士郎は後ろからアストルフォの体を抱き締めた。

 

「あっ……ぅゎ」

 

 理性は厄介だ。普段なら気にもならないスキンシップがすごく恥ずかしい。

 頬を赤く染める彼に士郎は言った。

 

「アストルフォ。俺はお前が好きだ。心から愛してる」

「ちょっ、だ、だ、大胆過ぎるよ、シロウ……」

 

 あまりにもストレートな告白に心臓が高鳴る。

 

「……なんか、今日のアストルフォはいつも以上に可愛いな」

「シ、シロウ……。ボク、今ちょっと新月の関係で理性が戻って来ちゃってて……」

「そうなのか……。なら、聞かせて欲しい」

「な、なにをかな?」

 

 耳元で囁かれる彼の声に脳髄が蕩けてしまいそうだ。あまりの心地よさに目眩がする。

 

「お前の気持ちを聞きたい。理性が戻った今でも、アストルフォは俺の事を好きでいてくれるか?」

 

 理性よ、Go back!!

 ああ、なんて事だろう。自分の性別が脳裏を過ぎる。彼の近過ぎる吐息と背中越しに響く鼓動が気になってしまう。

 

「教えてくれ」

 

 心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

 

「……わ、分かってる癖に」

「それでも、教えてほしい。アストルフォの口から聞かせてほしい」

 

 なんて我儘なマスターなんだろう。そして、なんて鬼畜なマスターなんだろう。

 正義の味方を名乗るなんておこがましいにも程がある。悪魔だ! サディストだ! バカタレだ!

 

「す、好きに決まってるじゃん! もう! もう、もう! 世界で一番愛してるよ!」

「嬉しいよ」

 

 更に強く抱き締めてくる情熱的なマスターにアストルフォは怒った。

 

「もう!」

 

 彼の腕を無理矢理解くと、体を器用に反転させる。

 真正面から見た彼の顔に赤面しながら、その唇に自分の唇を重ねた。

 恥ずかしい思いをさせられた分のお返しだ。舌を絡めとり、歯茎の形まで確かめ、彼の涎を飲み下す。

 

「プハー」

 

 たっぷり一分掛けて堪能させてもらった。士郎の顔も茹でダコみたいになっている。

 

「死んだりしたら許さないからね!」

「こっちのセリフだ」

 

 士郎とアストルフォは笑い合う。

 

「行くぞ」

「うん!」

 

 アストルフォがヒポグリフに指示を出す。

 やっと終わったのか……。背中で何を始める気かとヒヤヒヤしていた彼はホッとしながら地上を見下ろす。

 そこには濃密な死の気配が漂っている。

 

「行け! ヒポグリフ!」

 

 関係ない。この身は英雄アストルフォの騎馬。如何なる死地も恐れはしない。

 漂う怨霊達を蹴散らし、地上へ舞い降りる。異次元を通り、指定された城の内部へ侵入した。


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