【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

31 / 45
Act.28 《Golden Days》

 夢を見ていた。遠い昔の夢だ。まだ、私に妹がいた頃の記憶。

 公園でお母様に見守られながら走り回った。時には取っ組み合いをした。宝石のような日々だった。

 ある日、妹は赤の他人になった。お父様の決定だ。魔術師の家に後継者は二人も要らない。先に生まれたからという理由で私は残され、妹は捨てられた。

 私はただ見ているだけだった……。

 

「……ここ、どこ?」

 

 遠坂凛は見知らぬ場所で目を覚ました。

 頭がボーっとする。体がダルい。

 

「えーっと……」

 

 なんとか前後の記憶を取り戻そうと眉間に皺を寄せる。

 寝起きは頭が働かない。もどかしく感じながら、唸り声を上げる。

 

「……あっ、そうだ! セイバー!」

 

 五分掛けて漸く頭が冴えてきた。記憶はセイバーと共に円蔵山へ向かった所で途切れている。

 山門で固まる三騎のサーヴァントに宝具を使った事までは覚えている。その後から現在に至るまでの記憶がない。

 

「……なるほど、負けたわけね」

 

 瞼を閉じる。魔術回路を起動し、全身の状態を確認する。回路、刻印、共に問題なし。

 

「逆に怖いわね……」

 

 周りを見回す。和風の部屋だ。

 

「柳洞寺……?」

 

 ゆっくりと立ち上がる。すると立ち眩みを覚えた。足に上手く力が入らない。

 

「肉体に異常は無い筈……。どのくらい寝ていたのかしら……」

 

 気合を入れなおして部屋を出る。すると、ここが柳洞寺ではない事が分かった。

 明らかに住宅街の一画だ。

 

「ここは……」

 

 何度か来たことがある。こっそりと中の様子を伺う為に……。

 

「桜が通っている……」

 

 一つ下の後輩が足繁く通う男の家だ。

 

「どうして……」

 

 分からない。どうして自分がここにいるのか、見当もつかない。

 

「……起きたか」

 

 突然、目の前に赤い外套を纏う男が現れた。

 

「サーヴァント!?」

 

 咄嗟に身構える。そして、漸く自分の身に起きた異変に気がついた。

 目を見開き、腕にある筈の刻印を探した。

 

「セイバー……?」

「彼女は死んだ」

 

 アッサリと男は言った。

 セイバー。十年待った彼女の聖杯戦争のパートナー。

 彼女が抱いていた理想を体現したような少女だった。最優のサーヴァントと呼ばれるに相応しい最高のサーヴァント。

 

「死んだ……? セイバーが……」

「私も詳しい事は知らない。故に推測が混じる事を許してくれ。君達は山門を宝具で消し飛ばした後にキャスターを討つべく柳洞寺に乗り込んだ。そこでキャスターと彼女のマスターである葛木宗一郎に反撃を受け、敗北した。あの男の拳法は少々特殊で、初見ではまず見切る事が出来ない。恐らくセイバーは彼に足止めを喰らい、その間にキャスターが君を拘束したのだろう。その後、奴の宝具によって君達の契約は断たれた。アレの宝具は《破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)》と言って、あらゆる魔術契約を解除してしまう。その後、君を人質に取られたセイバーはキャスターによって精神を汚染された」

 

 淡々とした口調で埋められていく空白の時間。

 嘘だ。そう叫びたかった。

 だけど、彼の話は筋が通ってしまっている。

 

「……セイバーを殺したのはアンタ?」

「違う。彼女は自らの手で命を絶った。敵対し、戦った事は事実だがね……」

 

 悔しい。セイバーが自害した。そんな結末を迎えさせてしまった事が腹立たしい。

 国の為に戦い続けた少女。例え自分の存在が歴史から消え去る事になっても、故国の繁栄を聖杯に願おうとした王。

 間違っていると思った。彼女は十分によくやった。なら、もう休んでいい筈だ。

 絶対考え方を改めさせてやる。そう思っていた。

 

「……冗談じゃないわ」

 

 サーヴァントの癖に食べる事が何より大好きな子だった。

 凛が作る料理に毎回瞳を輝かせ、お代わりを何回もして、その時ばかりは仏頂面が崩れる。

 その顔を見る事が何より楽しかった。

 

「冗談じゃないわよ!! なんで……、セイバー……」

「……ここは安全だし、その部屋は君の為に用意されたものだ。落ち着くまで休んでいるといい。必要なら食事を運ぶ」

 

 その言葉に凛は困惑した。

 

「安全……? ねえ、私はどうしてここにいるの?」

「桜が君を助けると決めた。そして、助けた。それだけの事だ」

「……桜が?」

 

 目を見開く凛にアーチャーが頷いた。

 

「桜が……、私を」

 

 立っていられなくなった。

 だって、それは理屈に合わない。

 

「あの子が……」

 

 間桐の家に引き取られていく背中を私は見ているだけだった。

 彼女と同じ学校に通うことになっても、私は彼女を見ているだけだった。

 

「どうして……?」

 

 赤の他人として接してきた。姉として、彼女の為に何かしてあげた事など一度もない。

 

「……知りたいのなら彼女自身に聞くことだ。今は朝食を作っている最中だから、その後ならここに呼ぶ事も出来る」

「桜が……、ご飯を?」

「食べるか?」

 

 凛はゆっくりと立ち上がった。

 

 ◇

 

 桜はいつも通り起きて、いつも通り朝食の準備に励んでいた。

 

「うん! 会心の出来!」

 

 スープの味見をしてガッツポーズを決める彼女の顔に悲壮の色は欠片も見えない。

 一週間後に死ぬ。そう告げられた筈なのに……。

 

「桜……」

「アーチャー。姉さんはどう……、姉さん」

 

 振り向くと、そこに姉がいた。不安そうな顔で桜を見つめている。

 桜はニッコリと微笑んだ。

 

「おはようございます、姉さん」

「桜……。お、おはよう」

 

 凛は泣きそうな顔で挨拶を返した。

 姉さん。再びそう呼んでもらえる日を何度も夢に見た。

 

「座って待ってて下さい。もうすぐ支度が出来るので」

「う、うん。分かったわ」

 

 素直に食卓の前で正座をする凛。何度も台所に視線を向けている。

 

「……手伝うよ」

「はい、お願いします」

 

 アーチャーは彼女が手渡す食器を机に並べていく。今日は洋食のようだ。

 

「アーチャー……」

「ん?」

「ありがとうございます。姉さんの事……」

「君の決めた事だ。サーヴァントとして、マスターの選択を尊重したまでだよ」

「……そこは『君のために頑張ったよ』くらい言って欲しいです」

「さ、桜!?」

 

 目を丸くするアーチャーに桜はクスクス笑った。

 

「抱きしめてくれましたね」

「……お、おう」

 

 スープを手渡しながら、桜は言った。

 

「私の勘違いじゃないですよね?」

「……う、うん」

「じゃあ、恋人同士って事ですよね」

 

 笑顔でとんでもない事を言い出す桜にアーチャーは咳き込んだ。

 

「違うんですか?」

「ち、ち、違わないぞ!」

 

 哀しそうな顔をされて、アーチャーは咄嗟に否定してしまった。

 

「良かった」

 

 途端に笑顔を浮かべる桜。

 

「……ず、ずるいぞ」

「だって、こうでもしないと誤魔化したり、無かった事にするでしょ?」

「そ、そんな事は……」

「だって、先輩だし」

 

 唇を尖らせる桜にアーチャーは負けた。

 こんなに可愛い顔をされたら、もう何も言えない。黙って従う以外の選択肢などない。

 

「……君のために頑張ってお姉さんを助けに行ったよ。これでいいか?」

「うーん。特別に合格点にしてあげます。でも、自分から言い出せなかったから赤点ギリギリですよ?」

「しょ、精進する」

 

 スープを乗せた盆を持って凛の待つ食卓に向かうと彼女はジトーっとした目でアーチャーを睨んだ。

 

「今の会話は何かしら?」

「……き、聞こえていたのか?」

「なんで聞こえてないと思うのよ……」

 

 凛は溜息を零した。

 

「……アナタ、サーヴァントよね?」

「そうだが?」

 

 凛はしばらくアーチャーを見つめた後、再び溜息を零した。

 

「なんでもない。今の言葉は忘れてちょうだい」

「ん? あ、ああ」

 

 凛はアーチャーが並べたスープを見つめながら思った。

 何を言うつもりだったの? そんな資格があるとでも思っているのかしら……。

 

「おはよー!」

 

 ドタドタと足音を立てて大河が現れた。

 

「やっほー、遠坂さん!」

「ふ、藤村先生!?」

 

 凛は目を丸くしながらアーチャーを見た。

 

「彼女は一般人だが事情を知っている」

「せ、先生が……」

「おはようございます、先生」

 

 驚く凛を尻目に台所から出て来た桜が大河に挨拶をする。

 すると、士郎とアストルフォが縁側の方の障子を開いて入って来た。

 

「おはよー!」

「おはよう、みんな。遠坂! 本当に無事だったんだな」

 

 揃って食卓に座る衛宮家の面々。凛は不思議な光景を見るような表情を浮かべた。

 

「どうした?」

 

 士郎が尋ねる。

 

「えーっと、なんでもない」

 

 まるで家族の団欒に紛れ込んでしまったような気分だ。

 桜の料理に釣られて来てしまった事を少し後悔した。

 

「それじゃあ、いっただきまーす!」

 

 大河の掛け声と共に食事が始まる。サーヴァントとマスターが当たり前の顔をして食事を取り、談笑している。

 戸惑いながら、凛は桜の料理を口に運び、セイバーと過ごした日々を思い出した。

 

「美味しい……」

 

 桜の料理は今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。

 

「……姉さん。ありがとうございます」

 

 思わず漏れてしまった声を聞かれ、凛は顔を真っ赤に染め上げた。

 そして、桜の笑顔に曖昧な笑顔を返す。

 

「料理……、上手なのね」

「えへへ、先輩に教えてもらったんです」

 

 ドヤ顔を浮かべる桜に凛は目を丸くした。

 学校ではこんな表情を浮かべる彼女を見た事が無かった。

 

「うーん。でも、完全に追い越されたな……。洋食に関しては完敗だ……」

 

 へこむ士郎をアストルフォが「よしよし」と慰めている。

 

「世界中の料理を食べ歩いたものだが、桜の料理はまさしく絶品だ」

 

 真剣な表情を浮かべ、まるで戦いに挑むように料理を食べるアーチャー。

 その妙な迫力に凛は少し引いた。

 

「うんうん。サクラの料理は世界一!」

「桜ちゃんの料理が食べられるだけで私の世界は満天の青空よ!」

「照れちゃいます……。えへへ」

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべる桜。

 

「そうだ! 藤村先生。その……、少しお願いがあるんですけど」

「なになに? なんでも言ってごらん! 桜ちゃんの為なら不詳藤村大河! なんでもする所存だぞー!」

 

 ドーンと胸を張る大河に桜は少し照れたような仕草をしながら言った。

 

「わ、私も……その、藤ねえって呼んでもいいですか?」

「……へ?」

 

 目を点にする大河。士郎達も固まっている。

 

「駄目ですか……?」

 

 哀しそうな表情を浮かべる桜。

 まさに一撃必殺。誰も逆らえない。

 

「だ、駄目じゃないですよ! も、もちろんオーケーよ! 他ならぬ桜ちゃんだもん! た、試しに呼んでごらん」

「は、はい! じゃあ、藤ねえ!」

 

 その瞬間、大河はよく分からない感情に襲われた。

 感動とか、感激とか、そういう言葉が脳裏を過ぎる。

 今まで彼女からは《先生》か《藤村先生》とばかり呼ばれていたから一気に距離が近づいたように感じた。

 

「も、もう一回」

「藤ねえ!」

「もう一声!」

「藤ねえ!」

「バイプッシュだ!」

「藤ねえ!」

「余は満足じゃー」

 

 至福の笑みを浮かべながら寝転ぶ大河。

 普段ならだらしないと叱る士郎も今回ばかりは目を瞑った。

 

「今日は元気だな、桜」

「……はい! 元気です、先輩」

 

 その笑顔に士郎も釣られて笑った。




恐らく、後十二話前後です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。