【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.2 《The die is cast》

 空気が冷え切っている。いつも穏やかな笑顔を絶やさない桜が無表情になっている。いつも騒がしい藤村大河が一言も喋らない。

 士郎はまさに蛇に睨まれたカエル状態だ。別に悪い事をしたわけじゃない。なのに、言い訳をしなければいけない気がする。正義の味方を目指す者にあるまじき思考だ。

 

「あの……、藤ねえ」

「その子は誰なの?」

 

 アストルフォは何も言わない。ピリピリとした空気を感じ取り士郎の背中に隠れている。その光景が二人の女性を更に苛立たせる。

 昨日の晩も三人で過ごした。美味しい食事を食べ、お笑い番組を見て、学校での出来事を話し合った。実に温かくも楽しい団欒。その中にアストルフォはいなかった。

 隠れていたのか、それとも昨晩の内に現れたのか、どちらにしても気分が悪い。

 

「その子が着ている服。それって、士郎のよね?」

 

 大河と士郎は十年に渡る付き合いだ。だが、彼女のこれ程までに冷たい声を士郎は聞いた事がない。

 

「ねえ、士郎。正直に答えてちょうだい。その子を泊めたの?」

 

 大河が疑っている事。それは士郎の不純異性交遊。

 実は彼女は彼が通う高校の教師……それも、担任なのだ。保護者として以前に教師として、士郎の行動を黙認する事は出来なかった。

 

「いや、泊めたというか……、その」

 

 その歯切れの悪い言い方が大河にはショックだった。

 士郎は心優しく誠実な少年だ。何か問題を起こしたとしても、そこには必ず理由があった。

 彼女は彼の夢を知っている。彼女は彼の心根の良さを知っている。だからこそ、悲しくなった。

 

「言い訳なんてしないで」

 

 その声は震えていた。その瞳は士郎の影で呑気に笑っているアストルフォを睨んでいる。

 

「ねえ、シロウ」

 

 緊迫した空気を打ち破るようにアストルフォが口を開いた。

 

「どうして誤魔化そうとしてるの?」

 

 不思議そうに彼女は言った。

 

「誤魔化す……?」

 

 大河の眉間に皺が寄る。

 

「い、いや、別に誤魔化そうとしてるわけじゃなくてその……」

 

 冷や汗がダラダラと流れる。士郎が真実を口に出来ない理由。それは彼が魔術師である事に起因する。

 魔術とは隠匿すべきもの。一般人に神秘が漏洩すれば漏らした者も漏らされた者も罰を受ける事になる。

 士郎は我が身可愛さに黙っているわけじゃない。目の前に座る二人の家族を守る為に口を閉ざしているのだ。

 だが、そうした理由さえ、今の状況では口に出来ない。それはつまり、アストルフォの口を閉ざす事も出来ないという事。

 

「ボクはシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ! シロウに召喚されたサーヴァントだよ」

 

 彼女は実にあっさりと爆弾を投げ込んだ。士郎だけではない。桜も悲鳴を上げそうになった。

 このサーヴァントは神秘を秘匿する気が一切無い。

 

「しょ、召喚って……。それにシャルルマーニュ十二勇士は知ってるけど、それは昔話の登場人物でしょ?」

「チッチッチ! 疑うのならば御覧あれ!」

「お、おい! 何をする気だ!?」

 

 士郎はついに悲鳴を上げた。だが、アストルフォは止まらない。

 

「これぞ! ボクがロジェスティラから譲り受けた知恵の書! 名を《魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)》!」

 

 アストルフォが自らの正体を示す証拠として掲げたもの。それは彼女が生前に魔女ロジェスティラから譲り受けた魔道具の内の一つ。

 彼女自身はその魔道具の真名を忘れている。故に真の力が発揮される事はない。だが、その力の一端でさえ現代の魔術師が紡ぐ魔術程度ならばアッサリと無効化する事が出来る究極の対魔術礼装。

 アストルフォがその宝具を証拠として選択したのは単なる偶然。だが、その偶然が一人の魔術師に致命的な一撃を与えた。

 突如、室内に響き渡る苦悶の叫び。誰もが目を見開く。下手人たるアストルフォさえ目を丸くしている。

 

「な、なになに!? なにをしたの!?」

「ええ!? ボ、ボクじゃないよ!! これはあらゆる魔術を消し去るだけのもので……」

「い、いや、お前が何かしたからじゃないのか!?」

 

 みんな混乱している。だが、その混乱も長くは続かない。悲鳴が聞こえなくなると同時に桜が倒れたのだ。

 これは桜自身も知らなかった事。彼女の心臓部には彼女の祖父である間桐臓硯の本体たる刻印蟲が潜んでいた。

 魔術によって自らの魂を蟲に定着させていたのだ。だが、アストルフォの礼装はその術式を一瞬の内に解いてしまった。意識を他の蟲に移す暇さえ無かった。

 

「さ、桜ちゃん!!」

「桜!!」

「ど、ど、どうなってるの!?」

 

 桜の呼吸を慌てて確かめる大河。

 

「き、気絶してるだけみたいね……」

 

 桜が気絶した理由は臓硯の死と共に彼女の体内の刻印蟲が一瞬暴れた為だ。

 その激痛から逃避する為に脳が意識を強制的に切断しただけの事。

 

 それから十分。布団に寝かせられた桜が目を覚ました。間桐の家に連絡をしたり、病院に連れて行く為にタクシーを手配したりとてんてこ舞いの士郎達を彼女は呼び止めた。

 彼女は悟ったのだ。自らを縛るものが消えた事を。

 まさか、自らの体内に潜んでいるとは思わなかった。だが、十数年に渡り、彼女の人生を縛っていた存在が消えた事を実感した。

 

「……先輩。それに藤村先生。二人にお話したい事があります」

 

 アストルフォの様子を見て、桜は考えたのだ。恐らく、士郎は彼女を召喚してしまった意味を理解していない。そして、大河も魔術の事を遠からず知ってしまうだろう。

 恐ろしい未来を予感した。

 この家での素敵な時間が終わりを迎える。何もかも壊れてしまう。

 幸いというべきか、まだ時間が残されている。それなら、いっそ……。

 

「初めに……、言わなきゃいけない事があります」

 

 言いたくなかった。知られたくなかった。

 だけど、士郎は既に巻き込まれてしまっている。助けてあげられるのは自分だけ……。

 縛る者が消えた事、放置するにはあまりにも危うい目の前のサーヴァントの事、好意を抱く少年の事。

 巡らせた思考の果てに彼女は少しだけ勇気を出した。そこにはちょっとした下心もあったが、彼女にとっては大きな決意の要る選択だった。

 

「私は魔術師です」

 

 いつも夢を見ていた。この小さな幸せの中で生きる自分。

 きれいであたたかな優しい毎日がいつまでも続く事を……。

  

「……先輩」

 

 夢は終わるもの。

 だけど、今この瞬間、足を一歩踏み出せば可能性が広がる。

 夢が夢でなくなっても、夢のような現実を歩めるかもしれない。

 

「……聖杯戦争が始まります」


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