【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.25 《All for one. One for all.》

 士郎が鍛え上げた太刀。その本質を真っ先に理解したのは士郎でも、彼と睨み合っているセイバーでも、彼の未来であるアーチャーでもなかった。

 キャスターのサーヴァントこそがアストルフォの足止めをしながら真実に気がついた。

 

「……嘘でしょ」

 

 あり得ない事が起きた。

 それは固有結界の亜種。術者の心象風景を《刀》として結晶化したもの。

 

「それって、つまり……」

 

 魔女は戦慄する。

 心象風景とはその者の心の奥底にある《無意識》を形に表したもの。

 家族や友人と過ごした時間。苦痛や苦悩を感じた記憶。心に刻まれた理想や信念。五感を通じて感じ取った世界。

 現在に至るまで、彼が歩んできた人生。その経験が反映されたもの。 

 その者が歩んできた歴史と言い換えてもいい。

 それが形を得たモノ。

 それを魔術(この)世界では――――、

 

 《宝具》と呼ぶ。

 

「――――創ったというの? この時代の魔術師が!?」

 

 元々、士郎とアーチャーは宝具を造り出す事が出来た。

 だが、《造る(コピー)》と《創る(クリエイト)》では意味が全く違う。

 それはまさに人を超えた業。

 

「何者なのよ……、あの坊や」

 

 ◇

 

 リミテッド・ゼロ・オーバー。衛宮士郎が己の限界を超えて手に入れた新しい力。

 刀から伝わる真髄を汲み取り、士郎は目の前の魔神を睨みつける。

 

「行くぞ、騎士王」

「……来い」

 

 この刀は心象風景を結晶化したもの。その本質は《無限の剣製(いぜん)》のまま。

 

――――選択する。

 

 目の前の敵に対して有効な武器。

 彼女は竜の因子を持つ。それ故に呼吸をするだけで莫大な魔力を精製する事が出来る。

 それ故に決定的な弱点を持っている。

 エミヤシロウ(アーチャー)の記憶に保存されていた武器の記録から必要なものを選び出す。

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 魔剣・グラム。

 力屠る祝福の剣(アスカロン)

 刺突剣(ネイリング)

 天羽々斬剣(アメノハバキリ)

 無毀なる湖光(アロンダイト)

 

 竜殺し(ドラゴンキラー)と呼ばれる魔剣や聖剣を一刀の内に束ねる。

 竜の因子を持つ以上、影響が無い筈がない。

 

「……以前と同じ。二度は通じぬと言った筈だぞ、メイガス」

 

 だが、目の前の魔神はその道理を容易く捩じ伏せる。

 与えられる恐怖(プレッシャー)を踏み越え、更なる殺意をもって魔剣を振る。

 

「同じじゃない」

 

 太刀はまるで来る事が分かっていたかのように魔剣を阻んだ。

 セイバーの目が見開かれる。

 彼女はキャスターから莫大な魔力を供給されている。更にその魔力が彼女の内に秘められた竜の炉心を通り増幅されている。

 極大の魔力が魔力放出のスキルによって付与された一撃だ。

 その威力は並のサーヴァントならば守りごと両断する。

 

 その一撃が防がれた。

 

 驚愕が刹那の空白を生み出す。

 士郎は増幅(・・)された脚力で一気に踏み込む。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

 アルトリア・ペンドラゴン。世に名高き騎士の王。百鬼眷属(ワイルドハント)を束ねる頭領。

 シャルルマーニュ、イスカンダル、ヘクトール、カエサル、ヨシュア、ダビデ、マカバイ、ブイヨンと共に九偉人に数えられる大英雄。

 本来、士郎が相手にしていい相手ではない。その一振りは鉄を両断し、その踏み込みは音を置き去りにする。

 剣士としての格など、語ることすらおこがましい。

 

――――間違えるな。

 

 元よりこの身は剣士にあらず。剣技を競うなど、見当違いも甚だしい。

 衛宮士郎は魔術師だ。故に魔術をもって、目の前の敵を打ち砕く。

 本来、人の手は二つのみ。故に握る事が出来る剣も最高で二つ。だが、この刀はその条理を覆す。

 

 力屠る祝福の剣(アスカロン)

 無毀なる湖光(アロンダイト)

 絶世の名剣(デュランダル)

 燦然と輝く王剣(クラレント)

 

 一でありながら無限。無限でありながら一。

 その矛盾こそ、この刀の《真髄》。

 それぞれが担い手のステータスを向上させる能力を持つ至高の宝具達。その能力を束ねる。

 

――――(おまえ)が一騎当千を謳うなら、此方(おれ)は千騎を束ね、一と為す。

  

 今や向上された身体能力は人の域を脱し、遙か高みに君臨する王に刃が届く。

 

「――――舐めるな、メイガス!!」

 

 それがどうした。有象無象が集った所で、この身に傷一つつける事は叶わない。

 破格の(パワー)に研ぎ澄まされた技術(スキル)が重なる。

 侮る無かれ――――。

 彼の者は敵が千の兵を揃えようと、万の軍勢を率いろうと、退く事を知らぬ常勝無敗の王。

 勝利を約束された聖剣の主。

 

「ウォォォォォオオオ!!」

「ハァァァァァアアア!!」

 

 戦いは一進一退。士郎がやや押されている。

 それは当然の結果。むしろ、今尚その命を繋ぎ止めている事実こそが奇跡。

 だが、それも長くは保たない。この攻防の結末は直ぐそこまで迫っている。

 残り七合。それでセイバーの勝利が確定する。

 時間にして二秒。

 

「セイバー」

 

 それで十分。

 

「俺達の勝ちだ」

 

 この戦いはチーム戦だ。士郎が勝つ必要などない。

 拮抗した戦況をいち早く誰かが崩せば勝敗が決する。

 アストルフォは桜や士郎をキャスターの魔術から守る為に動けない。

 キャスターもアストルフォの動きを縫い止める為に高ランクの魔術を発動し続けなければいけない。

 故に戦いの行末を決めるのは二騎のサーヴァント。

 

 本来、人間とサーヴァントではその圧倒的な実力差によって戦闘にならない。

 その条理を覆す化け物二匹。

 セイバーとアーチャー。どちらが先に目先の化け物を始末出来るか、それが全て。

 

 士郎がセイバーを相手に持ち堪えている間にアーチャーが体勢を立て直し、葛木の腕を切り落とした。

 如何にキャスターの魔術の恩恵を受けようと、生身で宝具の一斬を受け切る事など出来ない。

 そのまま葛木の体を壁に向けて蹴り飛ばし、同時に干将をキャスターに向けて投げる。

 

「ライダー!!」

 

 叫ぶと同時にアーチャーはキャスターに接近した。

 魔女は魔術で盾を形成し、アーチャーの莫耶を防ぐ。

 だが、この男の持つ双剣は二つで一つの夫婦剣。その手に莫耶がある限り、干将は必ず担い手の下に帰ってくる。

 キャスターには死角(はいご)からの一撃を防ぐ事が出来なかった。

 背中を切り裂かれれば、魔術を維持する事も出来なくなる。アーチャーは容赦無く、その体を斜めに引き裂いた。

 

 ◇

 

「シロウ!!」

 

 アーチャーがキャスターを仕留めた事で自由を手に入れたライダーは一本の槍を握る。

 

「――――ッハ、その程度の技で」

 

 士郎の相手をしながら、セイバーは槍を避ける。

 まさに怪物だ。サーヴァントとサーヴァントに匹敵する化け物を同時に相手取り、尚も余裕の笑みを浮かべる。

 だが、二方向からの同時攻撃をいつまでも無傷で回避する事は出来ない。

 故に対竜宝具の力が宿る士郎の刀をより明確な脅威と判断し、セイバーはアストルフォの槍に対する優先度を下げてしまった。

 それが敗因。

 

 英雄アストルフォを英雄たらしめるもの。

 それは《魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)》ではなく、《恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)》でもなく、《この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)》ですらない。

 それは《触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)》。

 彼が偶然手に入れた魔法の槍。その力で彼は無数の賞賛(かんちがい)を手に入れた。

 

 それは人を殺すものではない。故に殺意もない。だからこそ、彼女はより明確に殺意を纏う士郎の刀を優先してしまった。

 傷をつけられたわけでもない。優先度を下げたとはいえ、その肌に一筋足りとも切り傷など作らせない。

 だからこそ、セイバーは驚愕した。

 まさか、鎧に少し触れるだけで下半身が強制的に霊体化させられるなど誰が想像出来る?

 そもそも、彼女は本来の意味での英霊ではない。その実、死亡する前に世界と契約を交わした事で生きたまま聖杯戦争にサーヴァントとして参加している。

 無論、彼女に実体が在るわけではない。その身を構築するものは他のサーヴァントと同じエーテル体だ。だが、本当の意味で死亡していない彼女には霊体化する事が出来ない筈なのだ。

 

「何故だ……ッ」

 

 その驚愕は士郎が聖剣を持つ彼女の腕ごと両断するには十分過ぎる隙を生み出した。

 

「答えは一つ! ボク達がキミより強かった。それだけの事さ!」

 

 会心のドヤ顔だった。


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