【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.19 《Sunny days》

 前のように明確な目的があるわけじゃない。純粋なデート。バスで新都に向かいながら、士郎は激しく緊張していた。

 隣を見ると、前に士郎が選んだ洋服に身を包み、窓の外を眺めて楽しそうに笑うアストルフォがいる。

 

「シロウ! ねえ、シロウ! ここからの景色はやっぱり最高だね!」

 

 バスは冬木大橋の上を通り、新都に入ろうとしている。

 深山町と新都に挟まれた未遠川。その光景は冬木市でも三指に入る美しさだ。

 だけど、士郎の視線はより美しいものに縫い止められている。

 アストルフォの笑顔。眩しい程に輝く天真爛漫な彼女の表情は嘗て彼女と共に見た星の海すら凌駕する。

 

「シロウ? おーい! 反応が薄いぞー!」

「……キレイだ」

「でしょでしょ!」

「ああ、とっても……」

 

 バスに揺られること十分弱。駅前に到着すると、士郎は勇気を出してアストルフォの手を握った。

 

「シロウ?」

「デ、デ、デートの時は手をつなぐもんだ」

「そうなの? そうなのかー。うん! つなごう!」

 

 そう言って、腕に抱きついてくるアストルフォに士郎はただでさえ赤かった顔を熱でも出ているのかと心配になるほど真っ赤に染め上げる。

 必死に頭を働かせて、来る直前に頑張って考えたデートコースを思い出す。

 

「まずは水族館に行こう! て、定番だしな!」

 

 デートの達人である慎二のおすすめスポットだ。

 

「よーし、レッツゴー!」

「お、おー!」

 

 新都を歩く。そんな事、衛宮士郎にとっては日常茶飯事だ。

 バイトや買い物、それ以外の用事でもしょっちゅう来ている。

 なのに、そこにアストルフォがいるというだけで異世界のように感じてしまう。

 日常が非日常に成り代わる。

 

 もうとっくの昔に後戻り出来なくなっている。

 初めて彼女を見た時、既に恋をしていた。それから彼女と話す度、一緒にいる度にますます深みに嵌っていった。

 

 道行く人々は一人残らずアストルフォを見る。そして、士郎を見る。

 釣り合っていない。彼等の心の声が聞こえてくる。

 わかっている。それでも一緒にいたい。

 

「シロウ!」

「なんだ?」

「シ・ロ・ウ!」

「な、なんだよ」

「えへへー、呼んでみただけー」

 

 周りから凄い勢いで舌打ちの音が聞こえる。

 士郎は腕に抱きつくアストルフォの手を握りしめた。

 

「い、行くぞ!」

「オー!」

 

 水族館に対するアストルフォの反応は中々だった。

 水の中を優雅に泳ぐマンタやサメに歓声を上げ、ガラスにへばりつくタコを見て笑い、ふわふわと漂うクラゲを見て和んでいる。

 クラゲのアイスクリームなるものを売っていて、二人で食べた。コリコリとした食感が美味しい。

 士郎はバニラ。アストルフォはストロベリー。互いにアイスを分け合う二人に近くの老人が微笑んだ。

 

「次はどこに行くの?」

 

 水族館を後にすると、今度はゲームセンターに行く事にした。

 最新の設備が揃っている。格闘ゲームは操作の方法がよく分からず、シューティングやレースゲームを愉しんだ。

 

「ねえねえ! アレはなに!?」

 

 アストルフォが指差した先にあるのはプリクラだった。

 士郎が説明すると、アストルフォは瞳を輝かせる。

 知り合いの女生徒が目を丸くして見ている事に必死で気付かぬ振りをしながら士郎はアストルフォとプリクラを撮った。

 

「えへへー、星がいっぱいだね!」

 

 出来上がったシールを見つめながらニコニコと笑顔を浮かべるアストルフォ。

 士郎は知り合いに絡まれないようにそそくさとアストルフォを連れてゲームセンターから離脱する。

 それから近くのアクセサリーショップに入った。

 

「こ、これ、どうかな?」

 

 そこに桃色の石が入ったロケットがあり、士郎は奮発した。

 

「わー! わー! とっても嬉しいよ! ありがとう、シロウ!」

 

 士郎が慣れない手つきでロケットをアストルフォの首に掛けると、そこにさっき撮ったプリクラを入れた。

 

「わーい!」

 

 心底嬉しそうにロケットを見つめるアストルフォ。

 なんて幸せな時間だろう。このまま、永遠に時が止まってしまえばいいのに……。

 そう思わずにはいられない程の時間を過ごした。

 

「シロウ」

「な、なんだ?」

「笑顔がひきつってるぞー!」

 

 そう言って、士郎の頬をグリグリするアストルフォ。

 気付けば、士郎は泣きそうな顔をしていた。

 

 幸福を感じる程、死にたくなる。

 多くの命を見捨てたお前(おれ)が幸せを噛みしめるなんて許されない。

 自分で自分の首を絞め殺してやりたくなる。

 それなのに、アストルフォと一緒に歩いていると、やっぱり幸せだ。

 どんなに自分を憎んでも、彼女と一緒にいたいという気持ちは変わらない。

 その後も士郎はアストルフォを連れて色々な場所を歩いた。

 趣味の骨董品屋、ぬいぐるみを売っているファンシーショップ。

 

 やがて楽しい時間も終わりを告げる。

 宮本と約束した時間が近づいてきていた。

 バスで揺られながら新都を後にする。

 

「シロウ」

 

 乗客は二人だけ。傾きかけた日差しが窓から差し込み、彼女をより輝いてみせる。

 

「楽しかったよ! ありがとう!」

「……アストルフォ」

 

 息苦しい程、刃を心臓に突き立てたい程、士郎は幸せだった。

 嬉しそうに、哀しそうに、苦しそうに涙を流し、笑う士郎。

 アストルフォはニッコリと微笑んだ。そして、そっと士郎の唇に自らの唇を押し当てた。

 

「な!? な、なな、何を!?」

「へっへー! 今日、楽しませてくれたご褒美だよ」

「ご、ご、ご褒美って……」

 

 顔を真っ赤にして動転する士郎。そこにさっきまでの昏い感情は鳴りを潜めている。

 コロコロと笑うアストルフォを軽く睨みながら、士郎は言った。

 

「……アストルフォ」

「なーに?」

「俺……、お前の事が好きだ」

 

 ムードもへったくれもないぶっきらぼうな告白。

 士郎は咄嗟に顔をそむけた。

 身の程知らずにも程がある。彼女は英雄。世界の誰よりも美しい人。

 とても釣り合わない。

 

「ボクも好きだよ、シロウ」

 

 勘違いするな。そう、自分に言い聞かせる。

 彼女の好きは己の好きとは違う。ラブじゃなくて、ライクだ。

 必死に心を宥めすかしながら、笑顔を浮かべる準備をした。

 そして、頭を上げると、呼吸が止まった。

 

「シロウ。ボクはキミが好きだよ」

「なんで……」

 

 抱き締められた。

 

「キミの過去をみた」

 

 アストルフォは士郎を抱き締めたまま言う。

 

「キミの未来をみた」

 

 アストルフォは声を震わせた。

 

「キミと今を過ごした」

 

 明確な理由を言葉にする事は難しい。

 全てを失った少年。崩れてしまった積み木(じぶん)を必死に組み直している彼が真っ直ぐに好意を寄せてくれる。

 幸福を感じる度に苦痛を感じる彼がそれでも自分と一緒にいたいと思ってくれる。

 泣きそうな顔で、震えた声で、必死になって手を伸ばしてくれる。

 

「ボクはキミを愛しく思うよ」

 

 同情したわけじゃない。哀れんだわけじゃない。

 嬉しくおもった。

 だって、この世でこんなにも純粋な愛があるだろうか、こんなにも深い思いがあるだろうか――――。

 

「アストルフォ……。俺は……」

「ボクはずっとキミの傍にいる。キミを一人になんてさせてあげないよ」

 

 士郎は……、恋に落ちた。

 何度も何度も好きになって、彼はアストルフォを愛した。

 ガチャリと音を立てて歯車が動き出す。

 

 ◇

 

 宮本の鍛冶場に到着すると、そこには先客がいた。

 

「イリヤ?」

「あ、シロウ! 遅いじゃない!」

「え?」

 

 戸惑う士郎に宮本が笑う。

 

「はっはっは! お嬢ちゃんはずっとお前さんを待っていたんだぞ。ほれ、最後の仕上げを始めようじゃないか」

 

 士郎は厚手のエプロンを身につける。

 イリヤとアストルフォは揃って彼の作業を見つめた。

 本来敵同士である筈の彼女達。だが、今ここで争う気持ちにはなれなかった。

 だって、今この瞬間、衛宮士郎は変わろうとしている。

 贋作が本物に生まれ変わろうとしている。

 

「刀身に傷や割れ目がないかを入念にチェックするんだ。どうだ?」

「……うん。大丈夫みたいです」

「そうか! ならば、中心を鑢で仕立てるんだ」

「はい!」

 

 刀身は既に完成している。鑢を掛け終えると、目釘孔を入れた。

 

「よーし! いよいよ最後の工程だ! ここにお前さんの名前を入れるぞ」

「え!? でも、これは――――」

「お前さんのだ」

 

 宮本は言った。

 

「ここには作者の銘を入れるんだ。お前さんの名前を」

「……俺の名前」

 

 士郎は気を引き締め、丁寧に文字を彫っていく。

 衛宮士郎。その名が刻まれた刀身が月の光を受けて滑らかに輝く。

 白金、切羽、鍔、柄を付けていく。

 荒削りで、素人目で見ても酷い出来だ。それでも、初めて造り上げた真作。

 士郎は涙を流した。

 

「その様子だと楽しんでもらえたみたいだな」

 

 宮本は嬉しそうに笑った。

 

「一応、そいつを持って帰るには手続きが必要なんだ。それに、鞘も用意しないとならない。一旦預かるぞ」

「は、はい!」

 

 名残惜しそうに刀を宮本に渡す士郎。そこにイリヤとアストルフォが駆け寄ってきた。

 

「これがシロウの造った刀……」

「凄いわ、シロウ」

 

 二人共、感動したように士郎の刀を見つめる。

 

「あ、ありがとう」

 

 士郎は照れたように頬を掻いた。


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