ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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長らく間が開きましたが六話目です。
次こそは……大丈夫だといいなあ


Parts.06「戦いと因縁(きずな)」

Side ユウジ

 

広々とした剣道場。

日光が左右の窓から、磨かれたヒノキの床と、中央にたたずむ黒いアデルに差し込んでいる。

ここはプラフスキー粒子による仮想空間であった。

モニターの中には三体のハイモックがいる。

その寸詰まりな首とずんぐりむっくりとした胴体を見るのも、ずいぶん久しぶりだった。

アデルは腰部からサーベルの柄を抜き取ると、正眼に構える。

 

『BATTLE START!』

 

無感情な電子音声と同時に、アデル、ハイモックが踏み出した。

ヒート・ホークの刃が肩口に迫るその瞬間、アデルの胸部が大きく膨れ上がった。

胸のプラフスキー粒子結晶体が急ピッチで粒子を供給し、それが腕から掌まで伝わり、そして、破裂する。

 

「乾ききっていなかったか」

 

だらりと右腕が垂れ下がり、ハイモックの攻撃が肩口に突き刺さった。

アデルが膝をついたところへ三機が一斉に群がる。

バディであるヒカワ・コウイチの慌てふためく顔がモニターに映しだされた。

 

『バトルを中止する!』

「いいや、ヒカワ。このままだ」

 

アデルは肩口に刃を受けたまま即座に立ち上がり、左手で斧を鷲掴みにした。

パワーゲインの差に任せて強引にそれを奪うと、左から迫るハイモックの頭部に叩き込む。

すかさず右へ蹴りを入れ、足裏のスパイクを隆起させて二機目の胴体を貫く。

正面のハイモックが拳を振りかぶるより先に、もう一方のサーベルへ手が届き、相手を上下に両断できた。

中途半端な抜刀術でも案外無理がきくものである。

 

『BATTLE ENDED』

「この程度なら、中止するまでもない」

 

粒子が筐体に回収されて、試験が終了する。

人工の冷たい壁にとり囲まれた、殺風景な練習室に明かりがともる。

後には俺と、困り顔のヒカワが残されているのみであった。

あいつは眉をひそめ、手にもったタブレットで今の戦闘記録を整理していた。

 

「だからダメなんだって。お前のRGシステム自体のデータが全然回収できていないじゃないか。腕の合わせ目消しが中途半端だった時点で、止めるものなの!」

「そうか」

 

俺はいつものようにヒカワの抗議を受け流した。

今回のテストは急きょ入れられたものであった、

俺のアデルには、かつて第七回世界大会で使用された『RGシステム』と、同様の現象を引き起こす機構が内蔵されている。

それを聞いたヒカワがぜひともデータを取りたいと申し出てきたのだ。

結果としては、右腕の修復が甘かったばかりに失敗したが、こちらとしては練習になったので気にしていなかった。

 

「……」

「なんだよ。僕の顔になんか付いているのか?」

「いや?」

 

俺とヒカワがこうして会話をする機会も随分増えたものだ、としみじみ思う。

特務班が警備部と広報部の共同管轄になると決まってからの数日間は特にそうだった。

これまで互いに交流をしなかったツケで、持っている情報に大きな齟齬が発生していたのである。

俺はヒカワに、自分がアレックス・メルフォールと友人関係であったことを打ち明け、同時に、まだ過去に何があったかまでは詮索しないでほしいと伝えた。

ヒカワはそれを快諾し、アレックスが『ムラサメ』という組織に所属し、『神器』という技術体系を盗み取る泥棒まがいの行為を行っていると教えてくれた。

その情報を呑み込むにはまだ時間がかかるし、互いの性格の相性が完璧に改善された訳でもない。

俺の主観で、進展を感じただけであった。

 

「しかし、工作精度が高いおかげとはいえ、合わせ目消しなんて単純な工作でこんなことができるとは……」

「システム制御に必要なプログラムも別途に必要だ。そちらはGPベースに入っていたのを使った」

「入っていた?そんなまるで他人事みたいな……」

「ワシが昔教えたやり方の丸パクリじゃからな。なあ?ユウジ」

 

ヒカワの言葉を遮るように、記憶の底で聞きなれた声がした。

そこには、杖をつきながら、こちらに歩み寄ってくる着物姿の老婦人がいる。

ナガイ・トウコ。

俺の師匠にあたるはずの女性である。

ヒカワはその姿を見ると、丁寧にお辞儀をした。

 

「警備部長。お疲れ様です。お昼頃には静岡の本部に戻られるとうかがいました」

「うむ。その前にいくつか野暮用を片付けようと思っての。弟子との語らいも、まあその一つじゃ」

「ああ……!じゃあ、僕はデータの解析に行きます」

「そうしてくれ」

 

ヒカワはなにか得心がいったかのように目を輝かせると、俺に微笑んでから練習室を立ち去った。

こういう時だけいやに気が利く男だ。

 

「ごまかすのが下手ですね」

「空気を読んだと言え。ヒカワ・コウイチに、記憶障害のことを伝えておらんのじゃろ」

「おっしゃる通りで」

「まったく。肝心なことを殆ど伝えていないではないか」

「……俺は人間不信なんですよ。ご存知でしょう?」

 

そしていらない気遣いをするのは、師匠のいやらしい点の一つであったと、今思い出した。

練習室には俺と師匠だけが残されている。

バトル用の筐体もスリープモードに入ったので、部屋は完全な静寂に包まれた。

まったくの無言。気まずい空気だ。

やがてどちらかが示し合わすことなく、部屋のすみにあるベンチへ座る。

ぎし、ぎしり、とベンチがきしむ。

俺は手荷物にしまっていた弁当を二つとりだすと、片方を師匠へ突き出した。

 

「む?」

「……覚えている限りの、あなたの好物を詰めておきました。帰りの新幹線ででも食べればいいでしょう」

「…………どこまで思い出した」

「一年前に、アレックスと何かがあったこと。あいつと会って、戦わなければならないこと。それぐらいは」

「つまり、料理上手は『ツガミ』から『アシハラ』になっても変わらなかっただけ、か」

 

師匠は安堵と落胆の入り混じったような声でつぶやくと、早くも弁当の包みと蓋を開けた。

中には生姜焼きと野菜の煮物、かつおぶしをふりかけた白米が入っている。

彼女はふっと顔をほころばせた。

 

「お前もアレックスも、そしてワシも、豚肉が好物だった」

「俺はそれほどでも」

「その妙に素直でないところも変わらんな」

 

そういわれても、当の俺にその感覚はない。

師匠は弁当をしまうと、杖を自らの正面に引き寄せ、再び顔つきを険しくした。

険しいを通り越して、苦虫をかみつぶしたような、と言ってもいい、

 

「さきほどお前の動きを見た。正直、かつてのお前よりひどい」

「……」

「居合切りをはじめとした剣術はたしかに、『心剣流』の戦法のひとつじゃ。しかし、我らの本懐はガンプラ造形術。その想像力を働かせ、思うままに機体を組み上げることにこそ重きに置く。」

 

そういうと彼女は着物のたもとからガンプラを取り出す。

俺のアデルだ。

右手の損傷からしてコピーではなく、本物である。

おそらく、さっき弁当を渡すときにすり取られたのだろう。

つづけてカッター、プラ板、接着剤、パテと、プラモデルの修復に必要な工具が次々と出てきた。

 

「このような『伝説の模倣程度』では、いつまでたってもアレックスには勝てん」

 

そのしわくちゃな手が真っ二つにされた亀裂にプラ板をあてがい、接着剤の筆先で輪郭を溶かしながらなじませていく。

ガンプラバトルの長い歴史で培われた『戦うための応急処置』だった。

しばしの時間ののち、そこに置かれたアデルは、明らかに左右の腕の完成度が違っていた。

右腕はそれ自体が完成品、一つながりのパーツであったかのようにくみ上げられている。

これならば内側からみなぎる粒子の奔流にも耐えきるだろう。

 

「小手先の技に頼らず、そして基本をおろそかにするな。お前は本来、ビルダーなのだから」

 

俺がアデルを手に取ったその時、練習室の扉が開いた。

そこから見える廊下に、逆立てた金髪にサングラスとアロハシャツという奇天烈な恰好の男がいる。

ヒカワの従兄弟であるキノ・シュンだ。

こいつとの関係はヒカワ以上に手探りだ。記憶にある限り、こういうタイプの人間とは接したことがなかった。

それでも前例の反省から、自分の心境にやや正直になったことも手伝って、険悪な雰囲気にはならずに済んでいる。

 

「ユウジちゃん、そろそろ作戦会議だぜ」

「了解」

「ユウジ」

 

立ち上がる俺の背中に師匠の声がかかる。

振り返って彼女の表情に一瞬ぎょっとした。

年端のいかぬ子どもがすがりつくような、泣きそうな顔だった。

だがそれも霞と消えて、いつもの厳格さをまとう老婦人に戻る。

 

「ヒカワ・コウイチに記憶のことを話しておらんのなら、これからも口を噤んでおけ。あの男は、優しすぎる」

「元よりそのつもりです」

「そして何よりも、無理にアレックスとの記憶を掘り返そうとするな。お前の脳髄は、それを思い出すことを拒否して、そうなったのだから」

「……善処します」

 

あえて曖昧な返事にとどめ、俺はキノの下へ向かう。

口ではああ言っても俺には他に道はない。

アレックスと戦わなければならないという強迫観念でここまできた以上、もはやそれを捨て去った人生など考えられなかった。

今の返事できっと俺の心中は察してくれただろう。

なにせ、俺の師匠であるのだから。

 

Side コウイチ

 

警備部が使用している会議室に僕たち特務班は集まっていた。

巨大な円卓を中心におよそ二十の椅子があるが、着席しているのはたった三人である。

一人は僕。

二人目はバディである『特務ファイター』アシハラ・ユウジ。

そして三人目は加入したばかりの僕の従兄弟、キノ・シュンである。

 

「さて、ハカド班長から下された今回の任務について、オレちゃんが説明するぜ」

 

どういうわけか場を仕切っているのはシュンだった。

彼は椅子から立ち上がると、会議室正面のホワイトボードを掌でバン、と音を立てて叩く。

そこには数枚の顔写真と、彼の殴り書きによる補足が記されていた。

 

「技術スパイの事件以降、ガンプラマフィア『ドラド』の活動が活発化している」

「あの劇場の支配人が言っていたマフィアというのは、そいつらか」

「たぶんな。世界大会前に後顧の憂いを絶つべく、警備部は『ドラド』に対する一斉検挙作戦を行うことを決定した」

「それに特務も手を貸せと」

「そういうこった。いやあ、ユウジちゃんは理解が早くて助かるね」

 

シュンは人懐っこい笑みを浮かべるが、アシハラは眉をひそめていた。

彼のような誰にでも馴れ馴れしい人間はどうしても印象がよくないのだろう。

とはいえ、アシハラと相性がいい者がいるのだろうか、という点は疑問でもある。

僕が二人のやりとりに苦笑いを浮かべていると、シュンはホワイトボードに書かれた『情報源』という文字を大きく〇で囲った。

 

「オレちゃんたちがやるべきことは、『ドラド』の動きをリアルタイムで把握できる情報源を確保することだ。候補は二つ。」

 

〇の中には二つの単語が並んであった。

一方には『874』、もう片方には『G4』とあり、何かの形式番号あるいはコードネームを思わせる。

前者は00外伝のキャラクター名だし、やはり警備部で共有されている隠語だろうか。

 

「先にこの『874』について説明する。これは警備部の別件ともちょっと関係があるからな」

 

シュンは二枚の写真をマグネットから取り外すと、机の上に放った。

正方形の写真が斜めにかしいで机の上をすべる。

一枚は頭に紫色のベールをかぶった占い師のような人物の顔写真である。

その人相は判別できないが、全体からミステリアスな雰囲気の漂う人であることはなんとなくわかった。

もう一枚はおそらく、ガンプラバトル中の場面をキャプチャーしたものだ。

おそらく、と表現したのは、こちらの写真は焦点すら合っていないので、全体的に不鮮明だからである。

アシハラはその正体を見極めたいのか、ピンボケした写真を縦に横にと回転させて、検分していた。

 

「こいつの名前が『874』。ハナヨ、と読むらしい。口コミで評判の占い師だ」

「え?占い師が情報源?」

「これが案外バカにできないんだ。盗聴も監視もされない、信頼もできる他人の前で口を滑らせる奴は多い」

「……こいつ、光学迷彩で姿を隠しているんだな?」

「そうそう。874が使うガンプラの数少ない手がかりといえる」

 

シュンが解説する横から、アシハラがガンプラの話題を差し挟んでくる。

彼はそちらにしか興味がないらしい。

このままではマニアックな話題に傾きかねないと判断した僕は、シュンに声をかけた。

 

「別件というのは?」

「警備部というよりは、こっちからの要請だ」

 

そういうとシュンは右手で敬礼のポーズを作る。

その所作が意味するところは、つまり警察だ。

ガンプラの違法操縦取り締まりなどを扱う警備部は、警察と協力関係にあった。

今回特務もその領域に片足を突っ込むということであろう。

 

「874はドラドの支配地域内で辻占をしているんだが、道路使用許可が出ていないそうな」

「普段なら黙認しようと思っても、今回の件で警備部が出るなら」

「一緒に処理してほしいってことさ。そこいらの詳しいことは、現地で担当の警察官が教えてくれるとさ」

 

元々広報所属で、素人やエンジニアといったメンバーばかりだった特務班は法律には疎い。

シュン以外に刑事案件に詳しい人間がいることにほっとした。

 

「それで、もう片方が『G4』だっけ。こっちも占い師とかの名前かい?」

「あー、これはだな」

 

なぜかシュンは言いよどむ。

アシハラもその態度が気になったか、ちらりとシュンに目線を投げた。

顎に手をやったかと思えば、その場をぐるぐると歩き回る。落ち着かない。

僕はしびれを切らした。

 

「なんだよ。どうしたんだ」

「実はこっち、オレちゃんが現在進行形で調べているやつで、確証とかまるでねえんだわ」

「だったら書くなよ……まぎらわしいぞ」

「まあアレだ。自分で頭の片隅に置いておいてくれ」

 

笑顔でごまかして、シュンはホワイトボードの『G4』の文字を消す。

短い時間に限定して見せられたからか、僕はその単語に引っかかりを覚えたままになった。

 

Side アレックス

 

オレたちが拠点としているホテルにはプールがある。

縦の長さ50メートルの長方形型を中心に、円形の小さなものやウォータースライダーが点在する。

どういう気配りかは知らないが、ガンプラバトルのユニットまで存在していた。

そして、その清掃が行き届いたプールサイドに、水着に着替えたムラサメのメンバーが集まっていた。

無論、オレやアレクシアもその例外ではない。

ラッシュガードを羽織って、肌の露出を最小限に抑えてはいるが、一応水着を着用していた。

 

「先の『神器』回収任務はご苦労だった。今日は一日羽を伸ばせ。オレが許す」

「はい。ありがとうございます!」

 

部下たちはオレに礼を言うと、思い思いの場所に散っていく。

大の大人がはしゃいでいる様子に、オレは苦笑をこぼした。

来日する以前から様々な活動を行っていた部下への慰労を込めて、今日はその広々とした空間を貸し切っている。

金にはこういう使い道もあるのだ。

 

「兄さん。私も泳いできていいでしょうか」

「好きにしろ」

 

隣でアレクシアがそわそわとしていたことに、オレは最初から気づいていた。

彼女もここ数日情報収集に奔走していたはずである。疲れがたまっているだろう。

右手を前後にひらひらと振って許可を出してやると、妹は足取り軽くプールへ歩いて行った。

彼女がラッシュガードを脱ぐと、白い肌と水色のビキニが露わになって、プールサイドの白に溶け込むようだ。

十六歳ともなると、女性としてはおよそ完成系に近い色気があった。

オレは彼女の肢体を眺めながら近くの椅子に腰かけると、腕を組んで目を閉じる。

自分は休みなく、これからこのプールで待ち伏せである。

待つことおよそ一時間。

案の定、背後に誰かが立ったのがわかった。

杖を突く音からして老人だろう。そうなれば一人しか心あたりはない。

 

「こうして隙を見せなければならんとは、よほど信用されていないのだな?オレは」

「たわけ。自分が何をしたのか、知っておろうに」

 

しわがれた声が頭上から降る。

オレはその主を見上げて、にやりと不敵な笑みを浮かべてやった。

桜色の和服を着た老婆、ナガイ・トウコだった。

彼女はオレに嫌悪感と殺意をぶつけていたが、オレにとっては今日の日光の方がよほど苛烈である。

 

「ユージに泣きつかれたと聞いた」

「ふん。貴様が余計な手出しをしたせいじゃろう」

「権力を使って、強引に特務の管轄を変えたそうだな。今回のユージの失敗は、特務を警備部の膝元に置きたいお前にはさぞ好都合だったろうなあ?」

「……」

「ユージもかわいそうだ。頼りにした師匠が、この一年間で耄碌していたとは」

 

素人に仮初めのライセンスを与えれば、どこかで破綻するのは自明だ。

弟子可愛さに見て見ぬ振りをして、子どもじみたワガママを振り回したのが、崇敬の対象とされた老婆の本性である。

もっとも、それを知るのはごく限られた人間だが。

 

「お主、罪悪感がないのか」

「オレにはどうでもいい話だからな。そのスタンスは昔から変えていないだろう?」

 

そう言い返してやると、彼女の唇のはしが、ぴくり、と引きつった。

よほどオレの態度が腹に据えかねるようである。

常に公正であり、冷静であることを要求される人間が、こうしてオレへ憤怒の感情をむき出しにしてくるのが愉快だった。

 

「ユージは事件を独力で解決した。オレは神器を回収した。どちらも得をして、損は帳消しにされた。ここに何の不都合があろうか」

「言わせておけば」

「ああ、言い訳は不要だ。ユージが手段を選ばずに解決手段を探したせいで、お前が尻拭いをする羽目になったという側面も理解はできる」

 

直感、フィーリングでバトルもビルドも突き進み、立ちはだかる難関を力業でどうにかしてしまうのがツガミ・ユウジの困ったところだ。

それで何度も選択を誤ったのに、周りの心優しい人間がすくい上げてしまう。

友情だとか絆を紡げば紡ぐほど、自分の足元の綻びに気づかない。

そのしっぺ返しを受ける日にオレはどんな顔をしているのか。

オレは椅子から立ち上がると、この小さな老女を見下ろした。

 

「引き返させるなら今のうちだぞ」

『まだ進んですらおらん」

「よほど可愛がっているんだな」

「貴様が憎たらしいんじゃ」

「おおいに結構。憎まれることには慣れている」

 

その時オレは、ついでにちょっとした嫌がらせを思いついていた。

どうせこの女が、この場でムラサメをどうこうできる訳ではない。

可能な限りの妨害と心理的プレッシャーを与えるというのが、今後のためでもあるだろう。

論戦だけでは足りない。

そう考えていると、空気を読めぬ第三者が割って入った。

アレクシアだ。

妹はいつの間にか運動から食い気に走っていた。

 

「兄さん。そこで豚肉を串焼きにしていたので取ってきちゃいました。兄さん好きですよね?」

「そうでもない」

「そ、そうですか」

「それよりもアレクシア、ガンプラバトルに乗り気なメンバーを集めろ」

「え?」

 

 

オレはうきうきと串焼きを両手にやってきた彼女を、さっそく使い走りにする。

アレクシアは首をかしげていたが、そこでオレの陰に立っていた小さな老女に気づいたようだ。

顔色を変えてプールサイドを引き返していった。

背後でナガイが、オレの意図を図りかねているのがわかる。

 

「なんのつもりだ」

「その歳でも稽古くらいできるだろう?オレを倒せれば気分もよくなる。一石二鳥だ」

「……自分勝手な男め」

 

ナガイはそう言うと着物のたもとからGPベースを取り出す。

オレはそれを見てほくそ笑んだ。

駆け引きに勝ったことを確信したからである。

そもそも、遊びにすぎないガンプラバトルで犯罪者を確保する事例は皆無に等しく、だからこそナガイは刑事事件として、徹底的に冷徹な処理をしてきた。

そんな女が勝負を受けるとは、この場における最適解としてそれを選択し、さらに絶対的な勝利の自信を抱いていることを意味する。

オレが、その自信をこれからへし折ってやる。

まだ串焼きを持ったまま、アレクシアが戻ってきた。

 

「兄さん。12人名乗り出ました」

「よし。やるぞ」

「はい」

「それと、さっさとその串焼きをよこせ。いつまで持っているつもりだ」

 

アレクシアは呆けた顔で串焼きに視線を留め、しばし些細な大小に悩んでから、大きい方を手渡してきた。

オレはそれを受け取ると、勢いよくかぶりつく。

勝負の前の栄養補給というのは、大事なものである。

 

Side コウイチ

 

支部の最寄り駅から電車で一時間ほど揺られると、車両の長さにホームが足りないほどの小さな駅がある。

改札を出ると、僕らは合流する予定の相手を探した。

一通り見渡すがどうも見当たらない。

アシハラがうんざりとした表情で、頬をつたう汗をぬぐう。

 

「遅刻だろう」

「おいおい。相手は警察官だぜ?連絡もなしにそれはねえだろう」

「とにかく、ハカドさんから教えてもらった連絡先に電話を……」

「あの、公式審判員の方ですか?」

 

喉がイガイガしそうな掠れた声が、ちょうど僕の真後ろから上がった。

僕ら三人はその発信源から一斉に距離をとる。

そこには制服姿の警察官が立っていた。

頬はやせこけて肌が青白い。炎天下に立ち上る陽炎のように消え入りそうな印象の男性だった。

 

「いつの間に」

「いえ、あの、みなさんが到着する前からここに……なんだかすみません」

 

悪いことをした訳でもないのに、彼は眉を八の字にして薄く笑った。

そして、その骨ばった手を僕に差し出してくる。

 

「けやきが丘警察署のイチジョウです。今日はよろしく」

「公式審判員のヒカワです。こちらこそよろしくお願いします」

 

僕はイチジョウさんと握手を交わした。

なんだか気まずいファーストコンタクトである。

そこへ空気を読まずにやってくるのが僕のハイテンションな従兄弟だ。

 

「オレちゃんは警備部所属のキノ・シュン。こっちのしかめっ面の奴が、アシハラ・ユウジちゃんね」

「……よろしく頼む」

 

シュンは早口でアシハラの分まで紹介を済ませてしまう。

イチジョウさんはその勢いに気圧されつつも、また弱弱しい笑みを浮かべて、会釈を返した。

挨拶が済んだところで本題を切り出すことにする。

 

「今回は辻占の道路使用許可申請についてとのことですが」

「ええ。人通りの少ない場所ですから、正直騒ぎ立てる必要性は低いのですが、公式審判員さんが出っ張るところでダンマリという訳にもいきませんから。ご案内します」

 

イチジョウさんに先導され、僕らは駅前の通りを歩きだした。

背後ではシュンがアシハラに何事かささやいているようだったが、内容までは聞き取れなかった。

歩みを進めるにつれて人気はみるみる少なくなっていき、イチジョウさんが足を止める頃には、僕ら四人以外の姿はなくなっていた。

そこは左右を生い茂った草木と古い建築物に挟まれた裏通りで、この炎天下にもかかわらずほとんど日が当たっていない。

逆に言えば、一目をしのんでやってくるには最適な状態だった。

シュンがその道を覗き込んで、首をかしげる。

 

「まだ駅前って言える距離の土地で、道が狭いって訳でもねえ。飲食店も普通にある。だというのに、どうして人がこないんだ?」

「ここの利用者はたいてい脛に傷を持ったような人間です。普通の人は近寄りたがりませんよ」

「なるほど。ドラドの構成員もうろついているだろうな。昼に来た方が気は楽だ」

「では行きましょう」

 

通りを奥へ奥へと進む。

日光が当たらないので気温が下がり、涼しくなった。

シュンのように腕をむき出しにしていれば肌寒いほどだろう。

やがて、僕らは古ぼけたトタン板で構成された小屋のようなものの前にたどりついた。

その屋根には大きく『占』の文字が掲げられている。

僕にはそれが、童話に出てくる魔女の住処のように思えた。

 

「どうやらこれは組み立て式のテントに近いものらしく、各地を転々としながら……あ、ちょっと」

 

イチジョウさんが説明を加えている最中に、アシハラとシュンが小屋の扉を開けてしまう。

瞬間、中から身震いするほどの冷気が噴き出してきた。

大きさでは小屋の内部がうかがえそうなものだが、あるのは漆黒の闇ばかりである。

 

「どう思う。ユウジちゃん」

「塗料やプラスチックのにおいがしない。ビルダーをやっているという訳ではなさそうだ」

「本当にガンプラで占っているのか?」

「ああ、占っているよ」

 

小屋から落ち着いた青年の声が答えた。

僕らは顔を見合わせ、黙り込む。

向こうに存在を知られた以上、こちらから打って出てしまうのが吉だろうか。

 

「どうしました?中へどうぞ」

「行くか」

「お、おい。アシハラ!」

 

真っ先に小屋に入ったのはアシハラだ。

思わず引き留めるが、それも意味がないと悟って後に続く。

最後尾のイチジョウさんが中に入ると、勝手に扉は閉じた。

視界がすべて闇に覆われ、ほこりっぽい空気が辺りに漂っている。

小屋の内部は足元がおぼつかなくなるほど暗く、天井から釣り下がる豆電球のおかげで、かろうじて中央に机があるのがわかる程度だ。

机には客が座るための椅子が備え付けられていて、アシハラは臆面もなくそこへ腰かけていた。

そして、彼の向かいにも誰かがいる。

暗さに目が慣れるとその人物のシルエットが、ぼんやりと浮かび上がってきた。

ずいぶん小柄な人影であるがこの人が『874』だろう。

 

「あなたが、874さんですか?」

「……」

「僕たちは国際ガンプラバトル公式審判員に所属するものです」

「……」

「おい。コウイチが質問しているんだから、なんか言ってやったらどうなんだ」

 

シュンが詰め寄ろうとすると、それをアシハラが左腕で制した。

 

「どうした」

「この女、口がきけんらしい」

「なに?女の子だと?」

 

シュンが仰天するとアシハラがポケットからスマートフォンを取り出し、ライトをつけて正面を照らした。

そこには紫のベールをかぶった少女がいた。その向こうに透けている、ウェーブのかかった金髪と人形のように白い肌からして外国人だ。

僕が知る外国人の少女といえばアレクシアさんだが、彼女とは異なる、まるで人工物のような美しさを感じた。

少女は突然の明かりにも動じずに目を閉じている。

アシハラはライトをつけたまま、机に置いた。

 

「おそらくだが、目も見えていない」

「ユウジちゃん。それはどういうこった」

「やれやれ。何をしているのかは知らないが、手荒な真似はよしてもらいましょう」

 

そこへ、先ほどの青年の声が響く。

僕らの前までゴロゴロと球状の物体が転がってくると、机の上で停止した。

それは若葉色をした、子どもが書いたような点と線でできた『顔』を持つロボットだった。

僕らはそのロボットの名前をよく知っていた。

「ハロだ……!」

「マジかよ!本物じゃねえか」

「あの、ハロとは?」

「『ガンダム』シリーズに登場するマスコットロボットだ。初代主人公のアムロ・レイや『ガンダムAGE』のアスノ家など、さまざまなキャラクターの手に渡っている」

 

唯一それを知らないイチジョウさんに、アシハラが解説する。

彼の言う通り、ハロは本来アニメのキャラクターだ。

だが初代メイジンの時代から、現実世界でも生産と販売が行われていた。

 

「僕はとある事情で話すことができない。代わりにこのハロで代弁するよ」

 

ハロは球状のボディの一部から、双葉のような耳を起こすと、さっきの青年の声で話す。

どうやら874さんの意思を、このハロを通してこちら側に伝えているらしい。

僕の知る『アニメを再現した玩具』としてのハロとはかけ離れていた。

 

「なんか、アムロ・レイみたいな声だな」

「せめてリボンズ・アルマークと言ってくれないかい?キノ・シュンくん」

「オレちゃんの名前を知っているのか」

 

たしかにハロの声は、ガンダムを少しでも知る者なら聞き覚えのあるキャラクターのものに、どことなく似通っていた。

本人には微妙なこだわりがあるようだがそれはともかく、シュンの名前が知られているのは僕らにも意外である。

 

「数日前、僕の雇い主がキミに煮え湯を飲まされたとご立腹でね。景気づけに運勢を占ってほしいといらっしゃったのさ」

「ああ……そういえばドラドのメンバーを一斉検挙したの、オレちゃんだったわ。アレックスとのバトルですっかり忘れていた」

 

シュンが支部に来る前、ナガイさんの命を受けてドラドの実験施設に乗り込んだことは僕も聞いていた。

ユウジとハイバラさんが撃破した技術スパイが、盗んだ設計図を持ち込むはずだった場所だ。

シュンはそこで同僚とともに検挙・押収を行った上で、アレックスを待ち伏せ、コテンパンにやられたという。

どうやら『ドラド』側でも、その一件を根に持っているらしい。

するとアシハラが身を乗り出して、ハロを両手で抱えると、自分の眼前にまで近づけて語りかけた。

 

「『ドラド』と明確に関係持っているなら話は早い。あいつらに関する情報を、公式審判員にも流してもらう」

「おいおいユウジちゃん。もうちょっとこう、からめ手ってものをだな……」

「いいですよ」

 

なんとハロはアシハラの無茶な要求を快諾してみせる。

あまりにもあっさりとした応答に僕らは困惑した。

ハロの変化しない顔のデザインと、まるで人間のような声音のギャップが、僕には今になって怖くなってきた。

 

「ただし、交換条件が一つ」

「なんだ」

「ガンプラを見せてもらいましょう」

「俺の機体をか」

「その通り。さきほどから、キミのガンプラから他の機体とは違う何かを、僕は感じ取っている。興味がわいてきて仕方ないんだ」

「待ってください。僕が言うのもおかしいですが、それだけで、公式審判員に『ドラド』の情報を渡すというのですか」

「ああ」

 

彼女は、ガンプラマフィアとたった一人のビルドファイターを天秤にかけて、その上で後者を選ぶかもしれないという。

アシハラの手がそっとホルスターに伸びた。

あいつはまだアデルを取り出してはいない。

それにも拘わらず、まるでハロや874さんには、そのホルスターの中身がすけて見えているようだった。

 

「僕が見た結果いかんでは、マフィアの情報なんていくらでもあげよう。もともと、得意先であって部下になった覚えはないんだ」

「しかし」

「怪しむのは勝手さ。でも、寝返りの対価としては破格に安いと思うけどね?」

 

ハロはそう嘯くが、仮にもガンプラマフィアに与する人間に、ガンプラをやすやすと見せていいものだろうか。

しかも、ここにきて益々得体が知れなくなったときている。

やめておくべきだ。

僕がそう提案するより先に、アシハラはアデルを躊躇なく出していた。

机の上に寝かせられたそれを、874さんは骨董品でも扱うかのように両手で包んだ。

 

「アデルか。いい機体だ」

 

ハロが褒めてみせるが、制作者であるアシハラは眉一つ動かさない。

874さん自身は相変わらず口をつぐんだまま、ただ指先を滑らせる。

ツヤけしブラックで塗装された装甲の上をなぞり、クリアパーツのバイザーを撫で、やがて胸部コクピットのあたりで動きを止めた。

 

「やっぱり。このガンプラも、そうなんだね」

「なに?」

 

ハロの呟きに、アシハラが聞き返す。

その口ぶりがまるでアデルを知っているかのようであったからだろう。

874さんの細い人差し指が、アデルの中央をとんとん、と軽く叩いた。

 

「心臓がある。こいつはキミの思いの受信機だ。他のガンプラより、キミが何を考え、感じたかがダイレクトに伝わってくる」

「アシハラ、ひょっとしてアデルに搭載された結晶のことじゃないか」

 

僕が口を挟むと874さんが静かにうなずいた。

ハロがぴょんぴょんと弾む。

 

「面白い。本当に興味深い機体だ。これだけ眩いものを胸に抱いているのに、機体の表面は氷のように冷たい。触れるほどに鳥肌が立つ。」

 

ハロの分析は、僕のアデルに対する所感とおおむね変わらない。

やはり彼の機体は、主と共にいる時間にともなって、修羅へと突き進んでいるのだろう。

おもむろに874さんは席を立つと、部屋の奥から巨大なトランクケースを引きずってきた。

アシハラの見立てでは、彼女は目が見えていないようだが、さすがに自分の領域ではまるで歩みに迷いがない。

彼女がそのトランクケースを開けたとき、僕は目をむいた。

そこに収まっているのはおよそ二十ものガンダムタイプであった。

 

「サダルスード、アブルホール……それに、アストレアも……」

「こいつら全部タロットカードをモチーフにしたガンプラかよ」

「このガンプラたちは僕のものではない。仕事用に『ドラド』から供与された。組織が接収した、未知の技術も使用されている。ビルダーによる、唯一無二の特許技術ばかりらしい」

 

おそらく、ムラサメが規定する『神器』と同一だ。

あれを狙うものからすれば、このケースは宝石箱に思えるだろう。

874さんは手探りで一体のガンプラを手に取ると、アシハラの前に置いた。

機体名をガンダムデスサイズヘルという。死神をモチーフにした『ガンダムW』のガンダムである。

ハロが耳を羽ばたかせて、アシハラの前で斜めにかしいだ。

 

「キミ、タロットはわかるかい?」

「知らん。だが、不吉な結果であることはわかる」

「そうだ。13番目のカードである『死神』は、正位置では不吉な結果が多くつきまとう」

 

874さんが指先でデスサイズヘルの腕に触れると、それが持っていた大鎌が振り下ろされて、アデルの首元で止まった。

ハロの解説が続く。

 

「『終末』『破滅』……そういったものが真っ先に思い浮かぶものだが、キミの場合は『決着』だ」

「『決着』?ユウジちゃんが誰と決着をつけるんだよ」

 

勝手にトランクの中を物色していたシュンの言葉に、ハロは蛇腹でできた腕を伸ばすと、肩をすくめるようなしぐさをして答えた。

 

「さあね?それは本人が一番わかっているだろう。僕の占いはそれに気づかせること。運命を示す仕事にすぎない。」

「……」

「アシハラ?どうした」

 

僕はそこで、アシハラが腕を組んだまま黙り込んでしまったことに気づいた。

ハロがごろり、と音を立てて彼の前に半回転する。

 

「さて、これで取引は成立した。僕は『ドラド』の情報を知る限り公式審判員に流すし、ついでにこの、タロットをモチーフにしたガンプラ二十数体を引き渡す用意もある」

「……」

「しかし、アデルを作ったキミは不満だろう?」

「最初からわかっていて占ったな。性格が悪い奴だ」

「だから言ったじゃないか。僕にとって大事なのは、キミのガンプラであって『ドラド』じゃない。そしてキミ個人が本当に欲しいのも、『ドラド』の情報ではない」

「……ちっ」

「大事なのはこれからだ。公式審判員と占い師874ではなく、キミと僕の取引をしようじゃないか。ツガミ・ユウジくん」

 

ハロがそう言って目を光らせるのと、アシハラが上半身を乗り出して、874さんの胸倉をつかもうとするのは同時だった。

暴力沙汰になる寸前で、シュンとイチジョウさんが彼を食い止めた。

椅子に押し込まれたアシハラの腕が机にあたり、大きな音を立てる。

 

「なぜその名前で俺を呼ぶ」

「自分でわかることは人に尋ねても無駄じゃないか。キミをその名前で呼ぶ人間は限られるだろう」

「……アレックス」

「そうだ。アレックス・メルフォールと言っていたね。前に来た、あの高慢なファイターのガンプラにもこれがあった。まるで『兄弟機』だったよ」

 

背筋に冷たいものが走る。

僕らより先に、アレックスが彼女に接触していたらしい。

それでは彼女が『ドラド』の情報をくれると約束したとしても、100パーセントの安心とはいかない。

僕らの情報をムラサメにでも流す約束を事前にしていたとしたら、とんでもないことになる。

アシハラの足がせわしなく貧乏ゆすりをはじめる。

明らかに焦れていた。

 

「アレックスはここに来て、何を聞いたんだ」

「それはまた、別の対価が必要だよ。キミのアデルはもう見終えたし、他の人のガンプラには現状興味がわかない」

「ならば」

「じゃあバトルだな!バトル!」

 

そこへ首を突っ込んだのはシュンである。

ハロの声音に不快の感情が混じった。

 

「キノ・シュン。キミに話はしていない」

「そうだ。これは俺とアレックスの問題だ」

「いいじゃねえか。ユウジちゃんと874で勝手に『公式審判員』の方針を決めちまったんだ。だったら、こっちが勝手に介入しておあいこだろう」

 

874さんは心底意味がわからない、と言いたげに顔をひきつらせる。

アシハラも似たような表情だった。

シュンの理論は僕でも辻褄があっていないと思う。

だが、それっぽい理屈で煙に巻き、自分の思う通りに運んでしまうのがこいつの困ったところである。

要するにシュンは、是が非でもバトルがしたくなってしまったのだ。

占い師が組織との協力関係とはかりにかけて、なお選ぶほどのガンプラを同僚が持っている。

その真価を自分の目で確かめたくなった。大方そんなところだろう。

 

「オレちゃんとユウジがお前とバトルをして、勝ったらアレックスに関する情報をもらう。負けたらそうだな……お前の要求をなんでも一つ呑んでやる」

「おい。さっきはからめ手とかどうとか言っていなかったか」

「そうだっけ?」

「いいでしょう」

「先に要求を聞いておいてやる。オレちゃんのガンプラもおまけにつけるか?立ち退き命令の撤回でもするか?」

 

874さんの、顔にかけられたベールの奥で、薄く唇が広がったのが見て取れた。

笑っている。

口をきけないという彼女は、その口元の機能を怪しく微笑むためだけに行使していた。

 

「では、ボクにも『特務ファイター』の地位をもらおう」

「なんだって!?」

 

仰天したのは僕である。

そんなことを承諾してしまえば、敵味方ともつかぬ人間を身内に組み込むことになってしまうではないか。

マフィアを裏切らせるのだから、彼女を保護下に置くくらいは当然やるつもりではいた。

だが、それを鑑みても、彼女の条件はあまりに破格な待遇である。

 

「ツガミ・ユウジのアデルは世界中を探しても珍しい代物だ。一通り触れただけでも、僕のこれまでを売り渡すほどの価値があった」

 

アデルの足元には、対価に譲り渡すと言われた二十数基のガンプラたちが眠っている。

彼女はよほどアシハラのアデルを気に入ったらしい。

 

「もし、それ以上を望むことが許されるなら、彼に近い場所で彼のアデルを観察し続けたい。だから僕の願望は『特務』になることだ」

「申し訳ないけど、『特務』参加となると僕らの一存では……」

「いいぜ。乗ってやらあ」

「シュン!」

「安心しろコウイチ。こっちは『特務ファイター』と警備部の公式審判員だぜ?勝てるさ」

 

そんなお気楽なことを言って、シュンはサングラスからいたずらっぽい目をのぞかせると、ウインクをした。

874さんが机の下に手を入れると、何かのスイッチを入れる。

聞き覚えのある起動音と同時に、机の天板が左右に割れると、その間から空色の粒子が噴き出してきた。

ハロが小刻みに跳躍すると、トランクケースに並べられたガンプラから一体を手に取って、874さんの膝へ乗った。

 

「あまり移動を繰り返したくはないからね。ここでやろう」

「上等だ。いくぜ、ユウジちゃん」

「……アレックスの情報ももらうぞ」

 

アシハラはそう言うと、ホルスターから新たに別のパーツを取り出した。

相変わらず艶消しブラックで塗られたそれは、一言で表すならば『パワードスーツ』である。

おそらく超重量級のウェア『タイタス』をベースにしていると思われた。

原型機より一回りほど大きく、特に両肩には『BB戦士 ネオジオング』の両肩をベースにしたらしきユニットが組み込まれていた。

アシハラは机上に寝かされたままのアデルを手に取ると、パワードスーツの中に収めて、胸部の追加装甲でフタをした。

カチャリ、と小気味のいい音をたててパーツがはまる。

これでアデルの本体は、改造されたタイタスウェアの中にすっぽり収まったことになる。

 

「これは、何が始まるんです?」

 

イチジョウさんが、僕の耳元でささやく。

 

「ガンプラバトルです」

「遊びではないですか」

 

驚きと、わずかに軽蔑がまじった言葉。

僕はそれを肯定せざるをえなかった。

ガンプラバトルはしょせん遊びだ。

マフィアすら関わる案件に、そんな児戯を持ち込むことは、ただの警察官であるイチジョウさんにはさぞかし滑稽だろう。

 

「でも、遊びで解決できるなら、それに越したことはないでしょう」

 

手錠や尋問より先に、ただの遊びで事件を解決できる可能性を秘める。

それが公式審判員の強みであり、既にアシハラはそれを技術スパイの事件で証明済みであった。

そこで、ふと、シュンはわざとこうなるように誘導したのではないか、という考えが頭をよぎる。

874さんは対価をきちんと渡せば、約束を守ることをあいつはさっきのやりとりで確信した。

それを確固なものとするために、この勝負を挑んだのではなかろうか。ちゃんと『からめ手』で距離を詰めたのでは。

いや、それはありえないだろう。

僕の従兄弟はそこまで複雑な心理戦はできない。そう結論づけることにした。

 

『Field-EX 『Trust you』』

『BATTLE START!』

「キノ・シュン。『Ξ式臥龍 孔明ガンダム』かっ飛ばすぜ!」

「アシハラ・ユウジ。『アデル・シャドウ<ティタス>』Sally Forth……!」

「874。『サダルスードF3』行く!」

 

三機のガンプラが、最小単位の狭さのバトルフィールドへ一斉に解き放たれた。

 

side アレックス

 

ガンプラバトルにおける「戦力」とは通常、機体の性能、ファイターの技量から成る。

なぜならばガンプラバトルは近代的な戦争ではなく、決闘のごとき一対一が基本であるからだ。

しかしこの場においては、バトルに「数」という要素が加えられていた。

ムラサメの構成員十二名と、オレ達兄妹の合計十四機。

これに相対するのがナガイ・トウコのたった一機である。

ガンダムの中でも言われている。「戦いは数」だと。

通常の戦闘ならば勝率は計算するまでもないはずだった。

 

「アレックス・メルフォール。『暁 雷光』出陣する!」

 

暁 雷光はフィールドである市街地上空に射出される。一斉出撃は不可能なので、部下二名を伴って先陣を切っていた。

ドダイに乗ったドムが一機、オレの真横につけて通信をよこす。

 

「アレックス様。敵は……」

「阿呆が、かわせ!」

 

オレの叱責と同時に、暁 雷光のサブアームがシールドを前面へ展開する。

次の瞬間、巨大な光芒が傍らの二機、そして後続の三機を消滅させた。

熱源の正体は上空を薙払う巨大なビーム攻撃だ。そのエフェクトから判断するに、ウイングガンダムの主兵装のバスターライフルであろう。

 

「この距離から当てるとは。いや、こちらが遅いだけか」

「兄さん!ご無事ですか」

 

三番目にエントリーしたアレクシアたちは無事だったようだ。

水着姿のままの妹がモニターに写った。

 

「問題ない。さっさと降下しろ。撃ち落とされるぞ」

「では兄さんも……」

「いや。オレはここであいつに手傷を負わせる」

 

オレは暁 雷光に二十門の武装を一斉展開させた。

あの女相手に加減は必要ない。

今の狙撃を元に、およその座標を見定めると、その周辺めがけて弾丸の嵐を叩きつけた。

市街地上空の青空に、赤い火の華が咲き乱れる。

手応えはなかったが、カメラが爆炎の中を駆け抜けるスラスターの帯を捉えていた。

 

「いつぞやのふざけた審判員よりはまだ遅いな」

 

それが耳に届いたか、ナガイの機体はこちらへ向けて急速接近を開始した。

互いの距離がせばまっていくにつれて、ようやく機体の詳細が判別可能になる。

紅白のツートンで塗装されたウイングガンダムだ。鳥を模したバード形態で吶喊をかけるそのガンプラを、オレは一度目にしていた。

 

「やはり今年の世界大会の宣伝で、メイジンとやりあっていたのは貴様か」

 

本来あのガンプラは、公式審判員本部の広報が所有するもののはずである。

それをナガイが、例のコマーシャル映像で一時的に借り受けたままだったのだ。

暁 雷光は身を翻して、凶鳥の嘴をかわす。

オレの背後に回り込んだウイングガンダムは人型に変形すると、バスターライフルの銃口を真下に向けた。

オレの眼前で、アレクシアたちを狙おうという魂胆である。

 

「いい度胸だ」

 

サブアームでその銃身をつかみ、上へそらす。

遅れて発射されたビームの奔流は、明後日の方向へ流れていった。

接触回線で、老いぼれのしわがれた声が響く。

 

『ワシを相手どっておいて、まだアカツキ自体の腕を使おうとしないのだな』

「本気を出せない貴様など、これで十分だ」

『抜かせ』

 

ウイングガンダムはあっさりバスターライフルを放棄し、胸部のマシンキャノンを発射した。

牽制といえども直撃すればそれなりのダメージを受ける。

シールドでそれを受けると、視界がふさがれた隙をついて、ウイングガンダムは市街地へ向かっていた。

 

「この程度はくれてやるということか」

 

サブアームが畳まれて、バスターライフルを背後へ回収する。

オレは暁 雷光の武装一覧が更新されたことを確認すると、後を追って市街地へ降りた。

暁 雷光の武装管理に割いているリソースを広範囲への通信に回す。

 

「アレクシア。聞こえているか」

『はい』

「現在のウイングガンダムの武装はサーベルと二種の機関砲だ。しかし、オレの期待より友軍が弱い」

『つまり、どうなさるのです』

「気が変わった。お前以外の友軍はすべて囮にする」

 

妹の表情が凍る。

オレの身勝手で呼び出しておいてゴミのように使い捨てる戦法が、優しい彼女には容認しがたいのだ。

だがこれがナガイ・トウコに対する勝ち筋なのだ。

 

『兄さん。流石にそれは』

「これはガンプラバトルだ。命が取られるわけではない。それに、下手に動かれるより、オレたちの指示で効率的に撃破された方が役に立つ」

『……了解しました』

「それでいい。残存する機体を集めて、そこから仮想距離三キロメートルのポイントへ向かえ」

 

ザクが移動を開始する。

その中途で部下のウインダム、ノブッシという二機が合流した。

今の通信の間に二機が撃墜されたことを感知したので、残りは三機。

その位置をレーダーで探ると、長距離通信を投げる。

 

「オレだ。状況は」

『アレックス様!こちらはジェムズガンの中破が一機、リックディアスがバックパックをやられました。私は右腕を……』

「敵の場所はわかるか」

『いえ、その……ビルの合間を辻斬りのように襲われるので、カメラでとらえるのがやっとです』

 

おどおどとした部下の返事にますます腹が立つ。

この短時間でこの体たらくとは、オレはムラサメのメンバーを買いかぶっていたらしい。

 

「中破したジェムズガンはその位置で固定砲台をさせろ。お前はリックディアスを連れて、アレクシアの方向へ一直線に飛べ」

『はっ。……しかし、途中で幅が広い中央通りに姿をさらすことになります』

「そうか。つまりオレの命令が聞けんのだな」

『し、失礼しました!速やかに向かいます!』

 

暁 雷光は部下が口にした中央通りで仁王立ちをしていた。

余計な口答えで予測とはわずかにラグがあるが、修正の範囲内である。

まもなく、置き去りにされたジェムズガンの反応がレーダーから消失する。

そしてリックディアスと手をつなぐ形で、灰色のガンダムMk-Ⅲが飛び出してきた。

その奥に、紅白のウイングガンダムが見える。

緑色のサーベルの光刃を突き出し、オレごと奴らを串刺しにせんとしていた。

 

『アレックス様!』

「よく来た。そこを動くな」

『えっ?』

 

先ほど命令を聞こうとしなかった手前、素直に棒立ちになってしまうMk-Ⅲ。

それをウイングガンダムのサーベルが背後から無慈悲に貫いた。

部下の機体が身体をのけぞらせたのをとらえ、再び暁 雷光のバックパックが咆哮する。

そこには今しがた奪ったバスターライフルも含まれていた。

相手に武器を突き刺しているこの瞬間は、さすがに反応が遅れるだろう。

かろうじて生き残っていたリックディアスも、圧倒的火力の前に沈んでいく。

中央通りの一帯を炎と熱波が覆いつくした。

そして、その場にアレクシアたちの部隊も居合わせたらしい。

 

『なんてことを……』

『ひどい』

 

そんな呟きを、範囲を向上させていた通信がキャッチする。

しかしその程度の独り言にオレの良心は微塵も揺るがなかった。

軽率に人間を信頼し、おっかなびっくりで関係を構築するユージとは違う。

問題になるのは、今の砲撃で多少なりともウイングガンダムに損傷を与えられたどうかである。

残留する煙の頂点が大きく盛り上がると、紅白の装甲がのぞいた。

ウイングガンダムは傷一つなかった。

誘導弾をバルカンとマシンキャノンで相殺し、その手のサーベルでビームを切り払ったに違いない。

言うだけならば簡単だが、こちらの攻撃量は通常とは訳が違うのだ。

さすがに、ほんのわずかにオレの胸中にも焦りが生まれる。

 

「やはり厄介だな」

 

Side ユウジ

 

「厄介だな」

『ああ。こんなステージやったことねえ。いや、知ってはいるんだが』

 

新たに制作したウェア『ティタス』の初陣は、実に特殊な場所だった。

地球をのぞむ宇宙空間でありながら、俺たちが立つ場所は月やその他の惑星とは思えない。

足元に水面が薄く広がり、その下にはあらゆる種類の花が百花繚乱の体をなしている。

なによりも、俺たちの真正面に存在する、半壊したダブルオーガンダムがそのステージが何かを示していた。

機動戦士ガンダム00のセカンドシーズンのエンディングである『Trust You』、その一場面を再現したステージなのだ。

 

「ヒカワ。さっき『EX』というナンバリングが聞こえたが、知っているか」

『いや。ないな』

 

最小サイズのモニターの奥で、ヒカワは首を左右に振る。

ガンプラバトルのステージは1番に宇宙空間、2番に砂漠、といった具合で番号が割り当てられている。

そして同じナンバーが割り振られていても、その地形や設置オブジェクトは異なるものになる、というのがビルドファイターには常識だ。

しかし、『EX』というのは初耳だった。

ヒカワの知識にも該当なしとなると、不正に作成されたオリジナルのフィールドとみえる。

 

『マフィアの非正規ステージなら、そもそもナンバリングは呼称されないよ。これは、テスト段階にある新ステージのデータを不正に先行入手したのだろうね』

『フライングゲットってやつか』

 

キノ・シュンが会話に割って入ると同時に、アデルの傍らに『Ξ式臥龍』が小さな体躯を着地させた。

ヒカワは眼鏡の位置を直しながらうなずく。

 

『とはいえヤジマのサポートを受けていないことには変わらない。予期せぬバグにも注意してくれ』

『はいよ』

「あちらの方に地の利はある。それだけわかればいい」

 

さて、その呟きに相手は答えたつもりだろうか。

操作空間いっぱいに、けたたましい熱源接近警報が鳴り響いた。

モニターに注意を向けてしまったせいで、攻撃そのものは確認できていない。

オレは反射的にティタスを『Ξ式臥龍』の前に出し、防御姿勢を取らせた。

分厚い両腕をクロスしたところへ、強い衝撃が伝播する。

ティタスの装甲はわずかにへこみができた程度で、深刻な損傷はなかった。

 

『ユウジちゃん!無事か!』

「問題ない」

 

ティタスのコンセプトの一つは、タイタスの質量装甲を発展させた、鉄壁に近い防御力である。

あの紫色のアカツキに弾丸の雨あられを降らせられた対策として設計したものだ。

 

『野郎!今のは狙撃か!』

「身を隠せそうな遮蔽物は皆無に近いな」

 

ティタスの剛腕は飛び出していこうとするΞ式臥龍の肩口を掴んで、ぐいっ、と自らの背後へと下がらせた。

 

「お前はティタスを盾にして、チャンスをうかがえ」

『オレちゃんにそれまで何もするなってか!?戦わせろよ!』

 

キノは不満を隠そうともしない。

まるで子供みたいなわがままを口にする。

そう会話をしている間にも、新たな一撃が飛来しているのがわかった。

今度は巨大なミサイルだ。正面から見た直径だけでも、Ξ式臥龍を押しつぶすだけの大きさがある。

 

「そうだ。まだ何もするな」

 

ティタスの巨大な握りこぶしで、正面からミサイルを殴り飛ばす。

ミサイルが先端からひしゃげ、モニター一面を真っ赤な炎が包んだ。

瞬間、これは目くらましである、という直感が去来したかと思うと、その隙をついた狙撃がティタスの胸部に直撃する。

損傷から目をそらしながら、俺はキノを説得しつづける。

 

「お前の機体はスピード型。闇雲に飛べば予測射撃で堕とされるのがオチだ」

『だがなあ!』

「だから、敵のふところに飛び込めるのはお前だけだ」

『……!』

「戦術の要、とっておき。本日の主役だぞ。それまでおとなしく守られていろ」

『しょうがねえなあ!じゃあ、お前もそれまでやられるなよ!』

 

奴のテンションは露骨に上がった。

精神年齢が低い分、物分かりのよさはヒカワよりいい。

うぬぼれかもしれないが、俺が他人との接し方を変えた影響かもしれない。

とにかくキノ・シュンに関しては褒めて、信頼することが肝心だ。ビルダー同士なら造作もないはずである。

キノの扱い方を説明書のように記憶しつつ、オレはダメージ状況を横目で確認する。

サブモニターによって、ティタスの胸部に弾丸がめり込んでいるのがわかった。

拡大して観察すると、先の細ったメタリックゴールドの弾頭にヒビが入り、白化したプラスチックの破片がかすかに散らばっている。

これは、一発一発を、模型としてきちんと作りこんでいる『実弾』だとわかった。

1/144スケールとすればそのサイズは指先程度にもならない。

874本人かはわからないが、弾丸を制作した人間の技量は相当なものだろう。

 

「キノ。今の二発で敵の場所はわかるか」

『……いいや。計算してたどってみたが、まるで違う場所から飛んできている。高速で移動しながら撃っているな』

「そうか」

 

次なる一発をアラームが報せる。

今度はティタスの側面方向から来ていた。弾道分析をしていたΞ式臥龍を狙っているに違いない。

それを、左腕を振りかぶって防ぐ。

いちいち腕に衝撃が伝わるのがわずらわしいが、仕方がなかった。

カメラの最大望遠でも、未だに874の機体は判別できていない始末であるのだ。

ここで俺は、バトルが始まってからの最大の疑問点を口にした。

 

「あの占い師は目が見えないはずだ。どんな理屈で、スナイピングなぞこなしている?」

『お前の勘違いじゃねえのか?』

「それはありえない。トランクケースまでの足取りがややおぼつかなかった。狙撃機を使うなら、盲目のふりをする理由がない」

『じゃあどうやって……?』

 

直上から無数のマイクロミサイルが範囲爆撃を仕掛けてくる。

ティタスの両肩から、ネオジオング由来の拡散メガ粒子砲が発射される。

その細い光条が、ミサイル群の中央を射抜く。

激しい爆発音がバトルシステムのスピーカーを振動させた。

 

「これも陽動か」

 

俺の予想は的中した。

巻き起こった煙と炎の渦をかきわけて、バスターライフル級のビームの波が押し寄せる。

ウェアの持前の剛性でしのいでみせるが、今度はミシミシと不吉な音が、装甲の内側から鳴っていた。

俺の頬を一筋の汗が伝う。

さっきよりも目くらましに次ぐ攻撃のタイミングと手段が、正確に、巧妙になっていると感じたのだ。

相手はあらゆる手段を以て、このティタスの弱点を探そうとしている。

 

『おい。どうやって、874は戦場を観ているんだ』

「それがわかったら、苦労はしない」

『だよなあ。くそっ』

「悪態をついている場合か。休んでいる分、お前が知恵を絞れ」

『おいおい。お前に言われて引っ込んでいるんじゃねえかよ』

「台詞を選んでいる暇があったら、代わりに対策を考えている」

『ああもう!わかった!言葉のアヤってやつにしといてやるよ!』

 

キノがそう言うと、Ξ式臥龍が、腕組をしてうつむいた。

どういう理屈かはわからないが、キノの言動はその愛機にいちいち反映されている。

わざわざ操縦桿で動かしている訳でもあるまいし、思考制御の一種か、ハイバラのようなモビルトレースの応用と思っておくことにした。

 

「ヒントとしては、俺のアデルの特殊性が、占う前から見抜かれていた。それが手がかりになるはずだ」

『あれはびっくりしたなあ。コウイチが言っていた、プラフスキー粒子の結晶体がどうとか、ってやつか?』

「おそらく」

『まさかハロの声通り、イノベイターだったりして』

 

キノが笑えない冗談を言っている間にも、ミサイルは絶え間なく降り注いでいる。

このパターンも三度目となると、874はティタスの強度を把握しつつあるはずだ。

ティタスがこの攻撃も簡単に防御できるほど硬いというのは、理解しているはずだ。

その上で、同じパターンを続けているというのは、彼女にとって『正解』となる攻撃がつかめそうになっているということだ。

すべての攻撃を必殺の領域にまで高め、こちらの耐久を確実に、堅実に掘削していく段階である。

俺はキノに参謀役を任せたことを、少し後悔した。

 

『聞こえているかい?ツガミ・ユウジ』

 

周囲の地面が細かく抉られていく最中、敵からの遠距離通信が入る。

噂をすれば、あのリボンズ・アルマークによく似たハロの声だ。

 

『そちらのSDガンダムはどうでもいいが、キミのアデルをあまり傷つけたくない。さっさと負けを認めてくれるとやりやすいんだけど』

「随分上から目線だな」

『僕はこういうとき、常に挑戦を受ける側だからね。勝てば褒章を与えるけれど、負けても何かを奪われる訳じゃない』

 

その言葉は的を射ていた。

このバトルはこちらがさらなる要求をしたのがそもそもの発端だ。

874にとっては負けてもデメリットはないに等しい。

その余裕の表れが、この降伏勧告である。

 

『おいおい。勝負はまだ始まったばかりだぜ?』

「僕はツガミ・ユウジと話をしているんだ。黙っていてくれないか」

 

茶々を入れるキノに対して、874は苛立った様子をみせた。

対価が必要な取引だとか、占いを行うだとか、そういう『読み』を好む人間に、キノのような性格は相性が悪いだろう。

それをおそらく自覚していて、キノは口先で言葉をもてあそぶ。

 

『まあまあ。オレちゃんだって無視されたら寂しいのさ。構ってくれよ』

「そうかい。なら、キミのSDだけ正確に撃ち貫けるように努力するよ」

 

ブツン、と大きなノイズをひとつ立てて、通信は切断された。

 

「怒らせたな」

『怒らせたねえ』

「俺が話を引き延ばしている間に、作戦を考えてもらいたかったのだが」

『相手の頭に血を上らせて、精細を欠くように仕向ける。立派な作戦だろう?』

 

キノの言葉通り、一点集中で降り注いでいたミサイルが、わずかにばらけるようになった。

おそらく、ファイターがマニュアルで調整しているミサイルの座標コントロールをおろそかにしているのだ。

俺はそれを好機とみて、ティタスの両腕部のジェネレーターを開く。

質量装甲が凹みはじめても内部機構に不調はなかった。

 

「『ビーム・プロテクト』」

 

ジェネレーターからリング状のビームが発生すると、波紋のように何重にも広がりながら射出される。

ミサイルの後を追ってくる、874の本命の砲撃は、リングに阻まれて霧散する。

拡散メガ粒子砲とあわせて、相手の攻撃を完璧に相殺することを目標にした武装構成。

『防御特化』の支柱となる第二のコンセプト『砲撃特化』だった。

 

「さあ、次はどうくる。ミサイルにビーム攪乱幕でも仕込むか?」

『おい、ユウジちゃん。次の手まで考える必要は、もうないぜ』

 

ティタスの陰から、Ξ式臥龍が顔を出す。

BB戦士のΞガンダムをベースにしたこのガンプラは、SDガンダムに多く見受けられる瞳がない。そのカメラアイが、外部の光を反射してキラリと輝いた。

 

「なにかわかったか」

『そのために一つだけ確認だ。お前のガンプラの存在に874は気づいたとき、それがアデルとまでわかっていたか?』

 

オレは記憶を探る。

874は俺のガンプラに指で触れて、はじめて機体の種類を判定していた。

最初からすべてを見抜いていた訳でもない。

そう伝えると、Ξ式臥龍と、モニターに顔を出したキノは、一緒にサムズアップをしてみせた。

 

『だったら、もう正体は見えたぜ』

 

Side アレックス

 

後退を選んだ暁 雷光と入れ替わりに、残存した部下のガンプラが前に出る。

ウイングガンダムが最初に牙をむいたのはノブッシという水色の単眼モビルスーツだ。

相手がライフルを構えるより先に頭部へサーベルを突き立て、そのまま胴体を左右へ割る。

そのまま横なぎに振るわれた刃によって、ウインダムはあっけなく上下に両断された。

弱い。弱すぎる。

オレは暁 雷光の全武装がリロードを終えたことを確認し、モニター越しにアレクシアと目配せをした。

 

「行くぞ」

『はい!』

 

まずはソヴァールザクウォーリアが前衛。暁 雷光が後衛。

いつものフォーメションを組む。

まずは暁 雷光のガトリング砲でウイングガンダムの行動範囲を制限する。

ナガイは正面に陣取るザクウォーリアを相手どるしかない。

ビームサーベルとビームトマホークの刃が交錯し、まばゆい閃光が上がった。

改造を施した分、出力にまさるザクが圧をかけた。

鍔迫り合いに持ち込もうという魂胆である。

しかし、ウイングガンダムが左手をサーベルの柄から手を放し、ザクの頭部を鷲掴みにして、背面のブースターを数秒だけ噴かすと、パールホワイトの機体を道路に投げ倒した。

 

「剣道ではないのだぞ!」

「それは、こちらのセリフです!」

 

アレクシアのザクが倒れたことで、ウイングガンダムがオレの前にその身をさらす。

ミサイルを目くらましに発射し、頭部バルカン砲で迎撃するように仕向けた。

爆発が二人の女のガンプラを呑み込んだがその程度ではどちらにも損傷はなかろう。

本命は次だ。

アームレイカー操縦桿を前方へ押し出す。

オレが取った行動は、ナガイの目には奇妙に映っただろう。

なにせ後衛の砲撃機であるはずのオレの暁 雷光が突撃をかけたのだから。

ウイングガンダムの間合いに入る寸前で、暁 雷光のバズーカを、地面に向けて発射する。

その爆風で重い機体はさらに上昇し、ウイングガンダムの頭上を越えていく。

 

「獲ったぞ」

『甘い!』

 

ウイングのマニュピレーターが180度向きを変え、まるで日本刀を鞘に納める動きのように、自らの脇を抜けて暁 雷光へ突き立てられる。

シールドは間一髪で間に合ったが、バスターライフルを防いで疲労していた部材は、無残にも貫かれた。

もとよりこの女に無傷の勝利を望むほど増長したつもりはない。

暁 雷光は一部の武器を捨てて、空いたサブアームでウイングガンダムの胴体をつかむ。

これで、奴も身動きは取れなかろう。

 

『なんのつもりだ、貴様』

「甘いのはお前の方だ。ナガイ。なぜオレの機体が『アカツキ』なのかが、まだ思い当たらないか」

『なに?』

「上を見てみるがいい」

 

オレたちの機体は同時に空を見上げる。

こちらを見下ろす高層ビルの向こうには、仮想空間の天井に貼り付けられた偽りの青空がある。

そこに浮かぶパールホワイトの機影を認めて、ナガイははじめて、己の迂闊に歯噛みしただろう。

 

『ワシとしたことが、ぬかったか』

 

そこには、アレクシアのソヴァールザクウォーリアがいた。

オレがミサイルの爆炎と、暁 雷光の跳躍という派手なアクションで注意を引いた隙に、ウイングガンダムの懐から脱出したのだ。

妹のガンプラは、オレのような派手な改造もなく、特別なシステムの搭載もない。

故にナガイは見誤った。

有象無象にすぎぬと思っていた相手は、実際はオレと同等のファイターであるということに。

ザクはバックパックに搭載されたアムフォルタス・プラズマビーム砲を腰に回すと、改修で砲身に追加されたグリップを握っている。

友軍によるロックオンに、システムが繰り返し警鐘を鳴らすが、オレは意に介さない。

 

『アレックス!貴様!』

 

ナガイの怒号より先に、ザクウォーリアの銃口が、きらりと光ったのがわかった。

放たれた白色のビームはウイングガンダムを貫通し、暁 雷光の装甲『ヤタノカガミ』の表面で反射され、周囲のビルを倒壊せしめた。

この威力に装甲のみで耐えられるのは、おそらくアカツキのみである。

オレはアレクシアにお前以外の友軍を囮にする、と言った。

それにオレが含まれない訳があるまい。

 

『BATTLE ENDED』

 

粒子が消えゆくと、真正面にナガイの渋い顔があった。

手には修復されたウイングガンダムが握られており、その復旧の早さにだけはオレも恐れ入る。

 

「……あのザクの武装はすべてビーム兵器。いかなる攻撃でも、アカツキの装甲ならば安全に反射可能ということか」

「ふん。妹なりのオレへの忠誠の尽くし方らしい」

 

暁 雷光に対抗不能という装備を以て絶対服従を表す。

はじめてソヴァールザクウォーリアのコンセプトを知ったナガイは、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

道連れならばいざ知らず、オレは撃墜されてもいないというのは、なかなか頭に来るだろう。

 

「まさか、『己の手で勝利する』というファイターに当然の欲望すら切り捨てているとは」

「勝利のために有効な最適解を選び取り続ける。オレの流儀であり、あんたの教えだ」

「ぬかせ。貴様は何もわかっておらん。半端な思想が、二代目のような闇を生むのだ」

「そんなものは敗者の負け惜しみだ。そうして二代目に『影』を押し付けるのが、貴様の限界だ」

 

ナガイの言葉をオレはせせら笑う。

確実な勝利を得るためならばいかなる手段でも取る。

それが味方を生贄に放りだし、オレ自身の手で勝利を取らない『卑怯な』手だとしてもだ。

なるほど、確かに三代目メイジンの提唱する「楽しいガンプラバトル」とやらは正反対のものだろう。

しかし、オレたちのものは『神器』の回収という遊びからかけ離れた任務の中で、培われた発想と戦術だ。

たとえ気まぐれと戯れからはじまった試合であろうと、この老婆が期待するガンプラバトルと異なる様相を呈することは、明白のはずであった。

ナガイ・トウコのガンプラを破壊してシステムが勝利の判断をくだすという結末。

それだけを希求し、オレはこうして勝ちをさらってみせた。

 

「オレの取る道に間違いはない」

 

上機嫌で老婆に近寄ると、こうささやいた。

 

「次はお前自身のガンプラを持ってこい。そうでなければ話にならん」

「!」

 

繰り返すようだが、今回の勝負は戯れにすぎない。

オレが本気を出さなかったように、ナガイも本気を出さなかった。

正確には彼女専用のガンプラでないばかりに、その戦闘技術の神髄をほとんど見せていなかった。

次はその本気とぶつかり、打ち勝って見せるという宣言だった。

一瞬、背後のアレクシアですら立ちすくむほどの殺気がナガイから感じ取れたが、すぐに収まった。

プールサイドに背を向けて、腰の曲がった老女は去ってゆく。

傍らにアレクシアがやってきて、オレと共にその後ろ姿を見送っていた。

 

「さて、結局はこうなった訳だ」

『すみません、兄さん。私がこう言うとその、他のみなさんに申し訳ないでしょうけど……みなさん、想像以上に弱いですね……』

「お前ですらそう思うだろう。バトルをさせられる任務を、オレたち兄妹に任せっきりにしているからだ」

『ひょっとして、それを意識させるために、バトルに誘ったのですか?』

「いいや。さっきも言ったが、あいつらの実力がオレの予想をはるかに下回っていただけの話だ」

「そう、ですか」

「人は試練を越えたとき、はじめて強くなるチャンスを得る。それがオレの気まぐれから起こった偶然であろうとな」

「はあ……」

「それと」

 

オレはそばにあったベンチから自分用のタオルを取ると、アレクシアの頭に載せた。

妹はそれを手に、ぽかんとした顔でこちらを見る。

 

「身体はきちんと拭いておけ。いずれ乾くとはいえ、体調を崩せば今後の任務に障る」

「あ……はい」

 

オレが振り返ると、何人かの部下が露骨に視線を外したのがわかった。

今回のバトルで、オレへ反感を覚えた人間が何人か増えただろう。

それでも構わない。

どうせオレに与えられた時間は少なく、奴らとはそれまでの間柄でしかないのである。

そしてなによりも、奴らは弱すぎる。

来るべきツガミ・ユウジとの決着に臨むのは、オレとアレクシアだけで十分だ。

 

Side コウイチ

 

「コウイチ!聞こえるか!」

「ああ。どうしたんだ?」

 

あくまで第三者として、イチジョウさんと傍観の立場にいた僕は、シュンから突然話しかけられてまごついた。

この間もアシハラのアデルとシュンのΞ式臥龍は苛烈な波状攻撃にさらされており、そのすべてはアデルによってしのがれていた。

 

「第七回世界大会の直後にあった捜査記録で、今すぐ呼び出してほしいアーカイブがある!」

「第七回?」

「できるか?」

「技術面のデータだけならば、僕の権限である程度は……」

「それはよかった!じゃあ『エンボディシステム』について頼む」

「『エンボディ』?どうして今そんなものを」

「いいから早く!」

 

切羽詰まった従兄弟にせかされて、僕は愛用の端末を取り出した。

特務班に派遣されたヤジマの技術スタッフという立場上、テクノロジーに関する記録ならば申請をせずともその場でアクセスできる。

要求されたものはすぐに見つかった。

いわく、エンボディシステムは、第七回世界大会の後に発覚した、フィンランド代表の不正行為を調べる過程で発見されたものである。

フィンランド代表のファイター、アイラ・ユルキアイネンは『プラフスキー粒子の流れを可視化する』能力の持ち主だった。

その能力を増幅するものがエンボディであり、スーツの形をとってアイラ選手に装着、使用されたという。

能力なき人間にはコスプレでしかないという仕様もあり、発覚は大会終了後にまで遅くなってしまっていた。

 

「肝心のアイラ選手も大会後には行方不明になってしまっていて、システムの解明は遅々として進んでいない……と。これがどうかしたか」

「それだ。肝心なのはその、見える能力ってやつだよ」

「僕は信じられないけどな。そんなものが実在したら、アイラ選手は準決勝で敗退するはずがない」

 

この『能力』というのが眉唾ものである理由は、あまりにも強すぎるからだ。

プラフスキー粒子で流動的に操作するという性質上、この能力が実在すれば、相手の行動すべてを把握しているに等しい。

そんな相手に勝利することなどどう考えても不可能だ。

いかなる奇策を弄したとしても事前に読まれてしまう。単に先読みに優れているという話とは異なるのだから。

 

「コウイチの考える真偽は、今はどうでもいい。重要なのは874が、アシハラのアデルの、結晶体だけを先に知覚していたことだ」

「俺のガンプラの『心臓』が見えても、機体の種類は手で触れなければわからなかった。粒子のみが、あいつに見えているという証拠だ。」

「つまり、874さんも同じ能力の持ち主だから、アデルの結晶体を認識できたと?」

「そういうことだ!」

 

Ξ式臥龍がわざわざブイサインをこちらによこす。

そこへ拡散して降り注ぐ実弾の雨を、アデルの剛腕が防ぐ。

とうとう厚い質量装甲に穴が開いた。

いかにタイタスが防御力の高いウェアであるとはいえ、無茶がすぎる。

戦況がみるみる悪化しているにもかかわらず、アシハラは冷静だった。

 

「874の攻撃は、俺のアデルの対応策に合わせて、次々戦法が変化している。それもティタスの攻撃・防御方法を、粒子を通して観察しているんだろう」

「そんなのどうやって倒すんだよ!」

「ヒカワ、お前が慌ててどうする。その能力を持っていたアイラ・ユルキアイネンは、正々堂々とガンプラバトルで撃破された。倒す方法はあるはずだ」

 

アデルの巨体が動いた。

空を見上げ、まるで力士のように大きく四股を踏む。

その振動は大地を震わせた。

 

「キノ」

「おう、なんだ」

「俺の推測と戦法が正しければ、あの女の場所の特定、目くらましまではできる」

「マジで?」

「ただし、俺の役割はそれまでだ。あとはお前が倒せ」

「よおし!わかった!」

「まずは場所を探知する」

 

じっとしていたΞ式臥龍がにわかに元気を取り戻す。

アデルは背中の装甲をスライドさせ、数発のミサイルを発射した。

それは空中で炸裂し、耳が痛くなりそうな高音を発する。

それは彼等の足元にある水面にまで伝わり、無数の波紋を作り上げた。

 

「たとえレーダーが届かなくても、これで地上と空中、両方を観測すれば隙はない。……見えた。ここだ」

 

アシハラのアデルが特定した位置を、Ξ式臥龍も確認したらしい。

それは二機から見ておよそ北西の方向。

そこにわずかな空間の揺らぎが生まれたかと思うと、青いガンプラが姿を現す。

全身にカメラを装備し、両肩の大型シールドで身を守っているガンダムタイプ。

『ガンダムサダルスード』だ。

現象から察するに、GN系機体に特有の光学迷彩で、肉眼ではほとんど不可視の状態にまで姿を消していたとみえる。

しかし874さんにとっては不運にも、アシハラはステルス機に遭遇済みである。

あいつはコスモス事件を踏まえて対策を立てていたのであった。

 

「サダルスードなら、これの恐ろしさがよく見えるだろう」

 

アデルが両の拳を勢いよく打ち合わせる。

すると、パワードスーツのように巨大なティタスの装甲が、さらに膨れ上がった。

規模は違うけれど、アシハラのRGシステムと同じ現象だった。

ただ相違点があるとすれば、その装甲のふくらみが腕を伝わり、肩のメガ粒子砲を搭載した部位にまで移動していることだ。

 

「この距離、ただのナックルでは届くまい。ならば、『その衝撃のみ』を発射するだけだ」

 

ティタスが両腕を広げ、上体をそらす。

肩の砲門が圧力に耐えきれなかったようで、ベコン、とプラスチックらしからぬ音を立ててひしゃげた。

 

「『RGビルドインパクトキャノン』」

 

瞬間、アデルの足元の水面が、激しく波打った。

そして不可視の衝撃がしぶきをあげながら一直線にサダルスードへ向かい、その機体を紙くずのように吹き飛ばす。

シュンがそれを見て快哉を上げた。

 

「当たった!」

「かつてアイラ・ユルキアイネンに予測されなかった攻撃は、伝説の機体のビルドナックルだけだ。だったら同じものを発射してしまえば、原理はともかく当たるだろうさ」

「なるほど」

 

僕が調べた過去の記録に、そんなことまでは書かれていなかった。

この作戦は、アシハラがアイラ選手のことを知ってから、己の記憶を頼りに考案したものなのだ。

 

「それにしてもあいつ、最初の狙撃した位置から移動していないように思えるが……?」

「そこらに武器をばらまいて、遠隔操作でもしたんじゃないか」

「ともかく突撃だ。一撃で仕留める!」

 

Ξ式臥龍の周囲の空間が歪み、加速を開始する。

サダルスードは両手にハンドガンを構え、身を起こそうとしているが、どうしようもない。

先ほどのダメージの損傷が大きいのはわかるし、Ξ式臥龍の速度は全世界のガンプラの中でも屈指の速度なのだから。

勝利を確信したその時、これまで蚊帳の外に置かれていたイチジョウさんが話しかけてきた。

 

「あの、ヒカワさん」

「は、はい。どうかしましたか。イチジョウさん」

 

驚いた僕がぎこちないリアクションをすると、彼はひどく申し訳なさそうに腰を低くしてつぶやいた。

 

「私はガンダムに詳しくないですから、間違いかもしれません……けれど、あのガンダムは、スポッターではないでしょうか?」

「スポッター?」

「観測主です。狙撃目標や着弾点を観測するために狙撃手とは別に配置されていますが、見たところ体中にカメラがついているようですし」

「ええ。確かにサダルスードは全身カメラアイで、偵察を任務としていた機体です。でもあのガンプラは一人で観測し、一人で狙撃する自己完結型だと思いますよ……あれ?」

 

僕はそこで自分の言葉を反芻してからフィールドに目を戻した。

そこは今まさにΞ式臥龍が、刃を突き立てようとしている。

どうしてあの距離から狙撃をして、移動前のΞ式臥龍を狙おうとしないのだろう。

空間転移に近いΞ式臥龍のスピードだが、まっすぐに突撃したのだから、撃てば当たったはずだ。

ひょっとして、イチジョウさんの言葉が正しいのではないか。

改めてサダルスードのマウントラッチに注目すれば、なんと狙撃銃を装備していないではないか。

機体のセンサーと連動させた方が命中しやすいのだから、わざわざライフルまでも遠隔操作する必要もない。

結論として、メイン武装を確実に命中させられる『狙撃手』を、どこかに隠し持ったままということになる。

罠だ。

僕はようやく思い立った。

 

「まずい!シュン!」

 

僕の叫びと同時に、重々しい銃声が鳴り響いた。

Ξ式臥龍が、サダルスードを切り裂く動きをやめぬままに振り返る。

なんとアシハラの真後ろに実弾が迫っていた。

最初に彼が防御した、おそらく手作りの『プラスチックの実弾』である。

アデルが反転しようとするが、機体が大型化しているためやや鈍重になっていた。

完璧な不意打ちだ。

さすがにΞ式臥龍の移動も間に合わない。弾丸はまっすぐに、脆弱な推進系へ炸裂した。

そのはずだった。

 

「……なあ、占い師さんよ。傍目八目ってことわざ知っているか」

 

果たして、その攻撃を防いでいるのは、ありえない位置まで瞬間移動してみせたΞ式臥龍だった。

中華風の鎧から発せられるビーム・バリアはサダルスードの攻撃を完全に防御し、アデルへの損害をゼロにしたのである。

 

「……バカな。先ほどの移動スピードでは、間に合わない計算のはず」

 

874さんのハロが久しぶりに口を開く。

それほどまでに自信を持っていた攻撃を受け流されたのが意外だったらしい。

粒子の壁ごしに見えるシュンの横顔は、いつものように歯列を見せる笑みを浮かべていた。

あいつの気分が最高潮にまで高揚した場合に見せる、獰猛な獣の表情であった。

 

「傍目八目っていうのはよ。勝負を横から見ている人間の方が先を見通せる、冷静な判断を下せるって意味だ」

「キミは傍観者だったから、僕の不意打ちが読めたと?」

「オレちゃんのことを、邪魔だとか、話をしていない、とか邪険に扱ってくれたお礼さ」

 

Ξ式臥龍が、一歩前へ出る。

そのシルエットが、SDの小さな足を進めるたびに大きくぶれる。

そしてとうとう、二つに割れた。

分身したのだ。

サダルスードが、いや、味方であるアシハラのアデルでさえ、これには動揺する素振りをみせた。

 

「逆に言えば、勝負の当事者が冷静になっているなんておかしいよなあ?」

「屁理屈だ!」

「熱くなろうぜ。占い師。先なんて見えないくらいによぉ!」

 

次の瞬間、Ξ式臥龍のカメラアイに、炎をともすように瞳が現れた。

SDガンダムに時折見られるこの『瞳』は今、闘志をたたえて燃えていた。

ただならぬ気配を察知したか、各所に配置された武装が遠隔操作で一斉に発射される。

砲撃による蜘蛛の巣、包囲網だ。

その中心でΞ式臥龍が飛ぶ。

本体を追って分身も跳躍した。

 

「どういう現象だ!?」

 

ハロが狼狽する中、僕はシュンがとっておきとするこの技を、本人に自慢げに聞かされたことを思い出していた。

名づけて『臥龍転生』。

プラフスキー粒子の幻影で、独立駆動する分身を次々に生み出す必殺技らしい。

分身の数は貯蓄している粒子量に依存するものの、ここまでティタスに守られ、ほとんど動かずにいたΞ式臥龍は、全力でこの技を使用できる。

飛行する間もΞ式臥龍はその数を増やして、あっという間に限界の数である六機まで増加した。

てんでばらばらに散開し、戦場のあちこちへ手あたり次第に飛び掛かる。

あるΞ式臥龍はミサイルコンテナを両断した。

別のΞ式臥龍は、出撃したダミーバルーンを両肩のビームキャノンで一網打尽にする。

874さんが張り巡らせた知略、攻撃パターン、無数の武装を小細工なしに正面から狩り尽くしていく。

 

「オラァ!」

「迂闊……!」

 

そして、とある一機が、狙撃用のロングライフルを掲げて勢いよくへし折ったとき、バトル終了は告げられた。

 

『BATTLE ENDED』

 

粒子が回収され、後には茫然とする少女と、ハロが残される。

最後に破壊された狙撃銃が、かたり、と筐体に取り落とされた。

折れたライフルにはセンサーのあるべき場所に、ガンタンクのものと思しきコクピットパーツが使用されていた。

 

「『本体はライフルそのもの』……。さっきの一撃は逃げる必要さえない、最後の一発って訳か」

 

シュンはそのライフルを指先でつまんで、一通り検分すると、破壊されたサダルスードの横へ戻した。

撃墜判定をずらすような小手先の技には、さほど興味がわかないようだった。

一方のアシハラはというと、先ほど自分が油断したことが許せないらしい。

消沈した面持ちでティタスをアデルから外していた。

 

「俺としたことが。こんな罠にかかるとはな」

「お前は悪くねえよ。こすい真似をするこの占い師の問題さ」

 

シュンは大儀そうに腕を大きく回し、首の関節を鳴らした。

そして874さんへ近づくと、その華奢な肩を優しく叩く。

先ほどまでの落ち着いた態度が嘘のように、874さんはその身体を跳ねさせた。

 

「さて、占い師さんよ。約束通り、アレックスのことをユウジちゃんに喋ってもらおうか」

「……僕に勝ったのはキミだ」

「どっちにしても同じだ。勝ちの褒章として、オレちゃんの仲間に情報をよこせ」

「……仕方ない。約束は約束だ」

 

874さんには、注目していたアシハラではなく、路傍の石にすぎないようなシュンに負けたのがよほどショックだったようである。

観念してハロを手から離した。

ハロがアシハラの下へ転がると、ぱかり、とその口を開いた。

先ほどまでの語り方と違う、まるで腹話術人形のような様子にアシハラも妙な顔をする。

僕も部外者ながら、思わず息をとめて耳を傾けていた。

 

「……アレックス・メルフォールも、キミと同じ結果が出た。『死』のカード……同じ『決着』を意味する」

「……つまり、俺と決着をつけると」

「そうなるだろう。しかも奇妙なことに、僕にはその時『未来』も見えた」

「お前、そんなものも見えるのか」

 

シュンが目をサングラス越しに目を見開くと、ハロは全身を左右に振って、それを否定する。

 

「普段はまったくの専門外だ。おそらく、彼らのガンプラが両方とも、結晶体を宿しているから、僕の感覚に妙な影響を与えたのかもしれない……あの忌まわしい研究所で視力と声を失って以来、久しぶりに見るガンプラのヴィジョンだった」

「ヴィジョンとやらは、どんなものだった」

「……どうしても聞くかい?」

「ああ」

 

ハロはアシハラの顔色をうかがうように見上げた後、短い沈黙を挟んでそれを告げた。

874さんが見た、悲惨な予言の内容を。

 

「……炎の中、アカツキの前に黒いアデルが崩れ落ちる姿を見た。キミのアデルは、アレックス・メルフォールが使うアカツキに確実に敗北する」

 

その一字一句が、刃のように冷たい。

だからこそ、妙な信憑性をともなって立ち現れたように感じてしまった。

さすがにアシハラは凍り付き、僕とシュンは言葉を失う。

イチジョウさんだけが理解できず、居心地悪そうに身をすくめていた。

 

Side ユウジ

 

イチジョウという警察官によれば、874の道路不法使用は始末書にとどめてくれるらしい。

彼女が視覚と会話機能に障害を抱えていることは事実であり、現場の判断での情状酌量だった。

とはいえこれからは、今までのようには占いを営業することはできないだろう。

いや、まだ営業再開の余地があるだけ有情かもしれない。

874はあの警察官に借りができたことになる。

 

「私も、あのバトルを見て手に汗を握らせてもらいました。そのお礼だと思ってください」

 

イチジョウはそんなことを言って、薄笑いを浮かべていた。

あれでも精一杯の笑顔なのだろう。

ヒカワはそれを見て、なにやら満足げにうなずいていた。

 

「問題はこれからの保護場所だね。ぼんやりと保護するとは決めていたけど、支部に居住空間はないし……」

「オレちゃんの寮でいいじゃねえか」

 

874の保護に関しては、キノのそんな鶴の一声で決まった。

突拍子と脈絡のない提案に、その場の全員があっけにとられたが、一番驚いたのは874本人だろう。

大事そうに抱えていたハロをあやうく取り落とすところだった。

そのハロが震えた声でキノに尋ねる。

 

「キミ、正気か?僕は赤の他人、しかもガンプラマフィアの傘下にいた人間だぞ」

「今は違うだろ。マフィアに守れる人間が、オレに守れないはずがねえ」

「まあちょっと、倫理的に心配な感じがするけど……シュンもそこまでバカじゃないよね?」

 

ヒカワとしては思うところがあったようだが、結局は従兄弟を信用した。

正式に決定が下るまでの間は、彼女はキノが身柄を預かる運びとなった。

874はまだ現実を理解できていないようである。

 

「さっきの介入といい、キミはひょっとしておせっかいなのかい?」

「よく気づいたな。オレの700ある長所の一つだ。他には美少女なら命をかけて守り通す、などがある」

「やけに具体的だねえ」

「アムロボイスで言われてもなあ」

「だから、せめてリボンズと言ってくれ」

 

そんな調子のいいことを言う金髪アロハシャツの男に、紫のベールをかぶった少女がハロを抱いたまま微笑む。

俺は二人の間に妙な空気を感じ取った。

さっきのバトルでの、一触即発なものとは正反対の雰囲気だ。

うまく言語化できないが、その漫画のような光景を見ると、どうにも背中がかゆくなる。

ヒカワもしきりに後頭部をかいて、視線をさまよわせている。

こんなところで、俺はこいつと同じ心情になるのは嫌であった。

 

「……外の空気を吸ってくる。何かあるなら呼べ」

「おうよ。お疲れさま。ユウジちゃん」

 

とにかく、任務の当事者が円満に笑っていられるならば、もう俺の役目は済んだと思ってよさそうだ。

俺はキノに断って一人で874の占い小屋を出る。

扉を開けた先の裏路地は、相変わらず薄暗く、人通りはほとんどなかった。

もの思いにふけるには、ちょうどいい場所である。

俺は、先ほど874が、正確にはハロが口にした予言の内容を反芻した。

 

「アレックスに俺のアデルが敗北する光景を見た」

 

コスモスの事件で、戦う羽目になった、アカツキとザクウォーリアのことが頭に浮かぶ。

あの時は通信越しだったため確定できなかったが、あの紫色のアカツキが、アレックスの現在の使用機体ということだろう。

しかも、874の証言と統合すれば、アカツキにはアデルと同じ『プラフスキー粒子の結晶体』が埋め込まれていることになる。

あれはどういった経緯で俺とアレックスの手に渡ったのか。

その経緯はまるで思い出せそうになかった。

 

「……む」

 

突然、裏路地を強い日の光が差し込んだ。

上空を覆う雲の切れ間から、わずかに太陽が顔を出したらしい。

思わず右手を顔の前にかざしたとき、俺は二の腕にアザができていることに気づいた。

今朝にはこんなものはなかったはずだ。

もしかして小屋の暗がりでぶつけただろうか。

 

「ユウジさま」

 

アザの様子を診ていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。

警戒をむき出しにして振り向く。

 

「誰だ」

「……やはり、こちらにいらっしゃいましたか」

 

そこには黒髪を後ろできつくしばった、スーツ姿の女が立っていた。

どうやら任務を終えて俺が出てくるのを、ずっと待ち伏せていたようである。

濃い化粧を施したその女の顔は、俺の記憶に符号するものがあった。

ノイズが走った記憶の渦のさなかに、アレックスと俺に微笑んでいた顔だ。

俺の唇が、自然と動いていた。

 

「オザワ、さん……?」

「一年ぶりでございますね。ユウジさま」

 

古い記憶が、新たな一ページを繰り出す。

俺は思い出した。

そこにいたのは、一年前までアレックスが日本にいたときの世話役であった人、オザワさんだった。




プラフスキー粒子が見える能力というのはチートなもので、ビルドファイターズの他の外伝を見回してもそうそう現れませんね。
理由としてはキャラの扱いに困りそうなところと、『ビルドナックル』という特効薬があるからでしょうか

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