ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

6 / 16
ようやく5話目です。
前回の事件の後日談のような話で、コスモス事件の後始末と、ムラサメの目的の断片が明かされます。実質後編かな?
基本的にはバラバラに読んでも楽しめるように書いているつもりなのですが、この話は4話と一緒に読んでいただけるといいかな、と思う次第です。


Parts.05 「最興ファイター」

side コウイチ

 

時刻は深夜。部屋の南西側に取り付けられた窓から、月が真円を描いているのがわかる。柔らかな光のカーテンが、僕の作業机全体に癒しを投げかけていた。

 

「また別の形式の暗号配列か。解除キーから確定させなきゃ」

 

アイドルグループ『コスモス』の件における沙汰を待つ間、僕は一枚のSDカードの分析を続けていた。それは『コスモス』の工作ルームでガンプラの足の裏から発見された代物であり、その事件の鍵を握った写真が封印されていたものであった。

しかし、実の所、こいつが腹の内に抱える秘密はそれだけではないらしい。

 

「これで、どうだ?」

 

しびれてきた人差し指で、ENTERキーを叩くと、パソコンの画面を覆っていた情報のヴェールが、また一枚引き剥がされる。

数瞬だけ、その真実が垣間見えたかと思いきや、新たな幕の内に消えていく。

 

「今日もダメか。そろそろ、寝ようかな……」

 

僕は全身にひどい疲労を感じて、机に突っ伏した。睡魔でかすむ視界の中で、パソコン画面のデジタル時計が、ちょうど二時に切り替わった。

するとどうだろう。これまでの苦労が嘘のように、数字列が書き換えられていく。

 

「なんだ!?」

 

技術スパイ、という言葉が頭をよぎり、僕は画面にかじりつく。幸か不幸か、それは外部からのクラッキングではなく、正式なプログラムに従った挙動であった。

 

「時限式で開示されるように、タイマーが設定されていたのか」

 

しかし、これはそれ以前に誰かに見つけてもらわなければ水泡と化す。このカードの作成者は、いつ、どこで誰に読みとられることを想定したというだろう。

アシハラですら、このカードに極秘写真を封入した下手人に関してはわからない、と白状していた。僕はにわかに、自分がとんでもない爆弾のスイッチを握らされているような、寒気を感じた。

 

『極秘 第八回ガンプラバトル選手権ジュニアカップにおける『神器』の運用記録』

 

開封されたのは、そう名付けられた映像のようであった。

最初にカメラが捉えるのは、昼間の高層ビル街である。人間も鳥もいない無人の街。その異様さから、僕はこれがプラフスキー粒子による疑似空間であるとわかった。

そんな摩天楼へ、突如一条の光が貫通する。最も高いビルが中央から破断され、溶け落ちていった。動画は無音で、ただ崩落する建造物と、煌々と燃えさかる炎だけが淡々と映写される。

その直下、焔へくべられる瓦礫のさなかから、銀色のシルエットが、ぬらり、と姿を現した。

曲面を主体とする有機的なデザインの装甲で全身を覆い、身の丈ほどに張り出した肩は、ナイチンゲールやキュベレイといった、ネオ・ジオンの系譜のものに近い。

背中には巨大な増槽と、それを包み込むように、七色に輝く放熱版らしきパーツが孔雀の羽じみて下がっている。睡蓮の華を思わせるヘッドギアの奥に収まるのは、スリットのないZガンダムと同様のフェイスパーツだ。

 

「ガンダム……」

 

僕はその呼称に伴われる伝説の迫力を、威容の重みをはじめて実感していた。

まるで博物館に収蔵される神仏像の如き美しさである。現代の人間がこれを市販のプラモデルから生み出したとは到底思えない。

それでも、胸部に刻まれたアルファベットのAの意匠から、辛うじて『ガンダムAGE-1』がベースとわかった。

カメラが勢いよく右へ振られると、そこには恐竜、あるいは怪獣を模した機体、ダナジンがあった。こちらは三つ首になって全身がスモークグレーに変更されている。

ダナジンが三条のビームをそれぞれの頭部から吐き出す。それを回避も防御もせずに、ガンダムは装甲の表面だけではじいて見せた。

Iフィールドのような防御機構ではなく、間違いなくアーマーの表面で粒子が霧散している。

次なる一撃も、その次も。灰色の竜の吐息はすべて徒労と化した。

ガンダムは両腕を組み、なおその場から動こうとしない。あまりの性能差、実力差を悟ったのか、ダナジンは上空へ飛ぶ。

ガンダムはゆるやかに頭部を巡らせると、右腕を天へ掲げた。

背中のユニットが切り離されると、同心円状に展開、さながら曼荼羅の様相を呈して一際強く輝いた。

放熱板と思しきパーツは、実際にはオールレンジ攻撃兵装『ファンネル』だったのだ。

ファンネルでひし形のゲートを形成したガンダムは、その狭間へ向けて跳躍、飛翔する。

その外見に見合わず、おそろしく速い。

まるで蒼天を引き裂いて走る雷だ。

 

「すごい」

 

並走する流星は激しく接触を繰り返し、とうとうダナジンが墜落してくる。

頭から落下したせいで、首根っこから火花が散っていた。

遅れて着地したガンダムは左の掌を鋭く伸ばし、竜の腹を指した。

右手は腰に添えられて、脚は前後に揃えられている。

最後の抵抗とばかりに駆け寄るダナジンめがけて、再びゲートが展開される。

そして円形に逆立つ七色の翼。

次の瞬間にはダナジンは上下に両断され、ガンダムの残心と揺らめく光刃だけがあった。

僕の目には、ガンダムの装甲の隙間から、淡い粒子の輝きが漏れ出すのが映っている。

 

『BATTLE ENDED』

 

プラフスキーの幻想に、機械的に表示される勝敗決着の合図が示された。

背景がかき消えて、銀色のガンダムを操縦していたファイターの姿が露出される。

驚くべきことに、それはまだ中学生くらいであろう少年だった。

茶髪に灰色の瞳。いっぺんの曇りもない自信に満ちて輝く顔には覚えがある。

ガンプラバトル自警団に所属するファイター、アレックス・メルフォールだ。映像の中の彼は幼いながらも、既にその風格は備わっていたらしい。

そこへもう一人が駆け寄ると、首もとに勢いよく飛びついた。

肩までの黒髪に、プラフスキー粒子と同じセルリアンブルーのヘアピンを通した子供だった。

満面の笑みで、アレックスの頬に自分の頬をすり付けている。

その日だまりのような笑顔の可憐さと、華奢な体型から少女と思われたが、アレックスの口元はこう動いていた。

 

「ユ」「―」「ジ」

 

その顔にあるのは明確な親愛だった。あのアレックスからは想像もできなかった、柔和な顔つきである。映像はそこでぶつり、と途切れた。

僕は画面から距離を取り、眉間を抑えて一息つく。どこから検証すればいいのか検討もつかない。とんでもないものを、観てしまった確信がある。

 

「彼が、ツガミ・ユウジか」

 

ムラサメ所属の少女、アレクシアさんは、彼女の兄であるアレックス・メルフォールがツガミ・ユウジという人物と親友同士だったと語った。

穏やかな性格により、アレックスの暴走を抑えていた、とも。

彼がその人物ならば、なるほど、あの尊大な青年が慈しみをこめて接するのも頷ける。

そして恐ろしいことに、僕は初めて見たはずの、ツガミ・ユウジの顔立ちに覚えがあった。

全身にみなぎる活力の有無や、態度に違いをのぞけば、彼はアシハラ・ユウジによく似ている。

 

「まさか、本当に同一人物なのか?」

 

アシハラの家族構成に兄弟の記載はない。他人の空似にしてはシルエットが近すぎる。

そして先入観の交った状態で記憶を顧みれば、あいつもフランスという国への繋がりをにおわせていたのであった。

たとえばカザミさんとの製作教室で作り上げたウェア『モワノー』である。

原典の『スパロー』をフランス語に変換したネーミングだが『ガンダムAGE』にフランス語による命名系統はない。

当時の僕だって、なんとはなしに『ムラサメ』を連想して、あいつに尋ねようと試みていたはずだ。それは不運にも現場の混乱で結局聞きそびれていたのである。

 

「そもそも、神器って一体なんだ……どうしてこの映像が、ハイバラさんの写真をリークしたメモリーチップに封印されているんだ……」

 

前者の問いはまだ、論理的な推測の余地がある。

『神器の運用記録』とは、あのガンプラの戦闘ビデオそのものを指すのだろう。

神々しい偉容を誇っていた。祭事具と形容されるのはわからないでもない。

後者は本当に意味不明である。

技術協力の任務に駆り出されるまで、アシハラはアイドルにまったく興味がなかった。

ここまでコスモスの事務所にやってくる機会のない男のメモリーを、ライブ会場でもないプライべートな空間に封印する理由がわからない。

そんな芸当は、アシハラが特務ファイターとしてあの日あの場所にいることを知っている、僕たちの身内でなければ不可能である。

 

「ありえない。どうしてこんな回りくどいことを」

 

一度見ただけではすべてが明瞭にならない。

映像のコマ単位の詳細な解析と、そして何より、アシハラにこれを見せて確認をとる必要性がある。

そう考えた矢先、僕は私用のスマートフォンにメールが入っていることに気づいた。

封筒のアイコンの右上に、着信を報せる印が点滅している。

どうやら動画に夢中で応対しそこねたらしい。

 

「げっ」

 

送信主を確認すると、僕は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

それは、この忙しい時に一番遭遇したくない相手であった。

 

side アレックス

 

我々の知る「ツガミ・ユウジ」より、あの男は見違えるような変化を遂げていた。時間稼ぎで手を抜いていたとはいえ、アレクシアのザクと渡り合い、暁 雷光の弾幕を耐えきってみせたのだ。

 

「しかし、目的のものを逃してしまっては特務の名折れよなあ?」

 

アイドルグループ『コスモス』における技術スパイの男は、ホテルの一室を使用した尋問室でアレクシアと向かい合ってソファーに座っている。目つきは鋭く、頬に傷跡までつけている、いかにも小悪党といった人相だ。

名前をハンダというらしいが、それも本名かは怪しい。

依頼さえあれば全国を飛び回って情報を入手、売りつけるフリーランスであり、『コスモス』の一件では、事務所内の誰かに頼まれているはずだ。それを吐かせるのみならず、オレの予想では、多くのガンプラマフィアの情報を得意先として保持しているだろう。

アレクシアが、技術スパイ相手に、子供をあやすように言葉を紡ぐ。

 

「さて」

「……」

「ハンダさん、震えていては何も始まりませんよ」

 

肘掛けの部分に座り、横目で推移を眺めているが、いつまでもこんな調子である。

ハンダは捕まえられた当初こそ、こちらをにらみつけるだけの気力があったが、今ではかけられた手錠をしきりにいじり、歯の根が合わずにガチガチと音を立てている。

アレクシアによほど怯えているらしい。

 

「あなたがおっしゃった場所なのですが、すべてダミーの施設、企業でした。そろそろ、まともな情報をくださいますか?」

「本当にそこで取引していたんだ!」

「では『コスモス』の所属する事務所は本当に、あなたの活動に便乗しただけか。それだけでもはっきりさせましょう」

「知らない!サトウという男が協力をすると言ってきたんだ。それより上に誰かがいることも匂わせたような話し口だったが、それを詮索しないのは俺のポリシーなんだよ!」

「そうですか」

「もうこれで全部だ!こいつを外せ!」

「口の利き方に気をつけてください。私が女である以上、あなたとの単純な力比べなら屈服させられるかもしれませんが、今は立場が逆です」

 

部下の一人が、アレクシアの肘おきに置かれたトレイから、一本の注射器を手に取り、彼に近づく。その先端から透明な液体が玉を作り出すのを目にして、ハンダは半ば錯乱しはじめた。

その中身が自分の肉体に危害を及ぼすと、裏の世界の経験から悟ったのか。

 

「なんだ、それは!俺に何をする気だ!」

「大丈夫ですよ。そこまで危険な代物はムラサメにはありませんから。ちょっと口が軽くなるとか、そういう類です」

 

アレクシアがにこり、と聖母の微笑みをみせるが、あちらはたまったものではないらしい。にわかに暴れ出すのを、男三人がかりでようやく押さえ込む。そこに注射器を持った部下がむりやり腕をはだけさせて針を静脈へ入れた。

シリンダー内の液体がすべてハンダの体内に吸い込まれると、奴は脱力してソファーにもたれかかった。

ショックで失神したようである。尋問室に静寂が戻り、妹がため息をつく。

オレと揃いの茶髪がふわり、と揺れる。

 

「本当にこういうことは気が進まないんですが……」

「よく言う。今の注射はオレたち以外に打ち込んでもただの水だ」

「それは、そうですが」

 

つくづく妹は誰にでも甘い、と思う。たとえ犯罪者相手に演じる虚構の拷問劇だろうと、彼女は非人道的な行為に心を痛めるし、手を差し伸べてしまう。

どちらかというと審判員むきの精神性なのだ。

だが、オレもあいつもメルフォール家の人間だ。ムラサメ創設者であるオレたちの祖父の、血の呪縛からは逃れられない。

 

「アレクサンダー様。彼の拠点でこんなメールが復元できました」

「うむ」

 

ハンダが根拠地としていた場所を捜査していたオザワが、オレにプリントアウトした文面を手渡してきた。主が帰還しないまま数日、コンピューターがデータを自動消去しようとしていた所を、すんでの所でひきあげたものである。

実際デリートは半ば開始されていたようで、一部に歯抜けがあるが、そこは推測であることを明記しながら補足がなされている。

 

「奴から没収した、クラッキング用ガンプラ『ガンダムアクエリアス』が役に立ったな」

「まさか自分のガンプラにウィルスを流し込まれるとは想定していなかったらしく、あっさりプロテクトをかいくぐりました」

 

猛禽類を思わせるシルエットと、ほとんど差し色のないブルーの機体色を特色とする、ガンダムアクエリアス。

その出自は『ガンダムW』世界と設定されながら、ゲーム出典という特殊な出自のガンダムである。

ハンダが仕事道具として所持していたガンプラで、原典性能よりさらに、ネットワーク中にウィルスを流し込むことに性能を特化させてあった。

そのコアユニットにため込まれたウィルスはプラフスキー粒子なしでも、ハードに直結してしまえば効果がある程強力なもので、ハンダ自身もかなり自信を持っていたらしい。

 

「日付は二週間前。依頼主であるガンプラマフィアからのものです」

「組織名は?」

「事前調査チームによると、粒子復活以降に勢力を拡大させている『ドラド』という組織である、と」

「あれか。以前、本国で名を耳にした」

 

オレは添付された資料に目を通す。

ガンプラマフィアの中では新参であるこの組織は、違法操縦や賭博バトル、不正技術を主に仕切り、その特色として『ニュージェネレーション』の積極的な利用が挙げられていた。

『ニュージェネレーション』とは、第七回世界大会以降に頭角を現した新世代ビルドファイターたちのことである。

すなわち、プラフスキー粒子によるガンプラバトルに幼少期からなじみ、粒子の特性を肌で理解したビルドファイターの新型(ニュータイプ)。

まだ子供の多い彼らの技術を、早期に利用しはじめたマフィアの一つが、この『ドラド』だった。

今回のハンダとの取引もその一環だろう。

粒子発生装置とファイターの衣服を密接にリンクさせる技術は、『ドラド』の狙う、粒子をなじませた世代にぴったりだ。

 

「……オレの読みも甘かったな」

「と申しますと?」

「どこぞの名も知れぬ雑誌が出した、この記事の話だ」

 

オレは部下がスクラップした誌面をひらひらと振った。

内容は快進撃を続けるアイドルが、技術スパイという犯罪者に情報を横流ししている疑惑があった、とセンセーショナルに書き立てている。

内容は薄く、ほとんどが憶測と誰とも知らぬ『関係者の証言』で組み立てられた紙くず同然の記事だ。それでも日本には一億人以上の人間がいて、その中にはこうした噂を鵜呑みにし、歪んだ風評を広める人間がどこかには現れる。

あのアイドルグループの評価を失墜させるという何者かの計画は、ひとまずの成功を迎えてしまったのである。

アレクシアが膝をそろえて、身体ごとこちらへ向き直った。

 

「この記事を書かせたのは、ハンダさんではないですよね?」

「メディアとの接触記録はなかったのだろう?そもそも自分の活動をあえて悟らせるなぞ愚考だ。写真を見た時点で、スパイも巻き添えをくっている側とは簡単に推測できた」

 

黒幕として残される線はマフィア『ドラド』か第三勢力である。

スパイが音信不通になり『ドラド』は不審に思っているはずだ。このタイミングで自分たちにたどり着かれかねない糸を放るとも考えづらい。つまり第三勢力が犯人と考えるのが自然だった。

ハイバラ・キミコ、あるいは『コスモス』の信頼を失墜させることに執念を燃やし、その目的のためにあらゆる勢力を巻き込んだ複雑な事件を引き起こすとは、なかなか面白い相手だ。

 

「単なるアンチにしては手が込んでいるし、消去法で考えれば身内による犯行か」

「つまり私が予測した黒幕は『コスモス』の内部にまだ潜んでいると?」

「今頃は祝杯でもあげているか。もしくはマフィアと縁を切って高飛びの準備をしているかもなあ?」

「ひどい……」

 

アレクシアがまた薄暗い炎を瞳にともらせる。

この一件は妹の神経にひどく障るようで、強い執着をたびたび表していた。

残念ながら、今の『ムラサメ』が取るべき行動の前には邪魔な感傷である。

 

「今回の事件は公には決着がついている。仮に黒幕がドジを踏むとしたら、それはオレたちの前ではない」

「公式審判員、ですか」

「そうだ。今のオレたちはそれよりも、優先すべき事項がある」

 

オレは読み終えた紙束を妹に投げてよこした。

回収されたメールによると、彼らは設計図をテストする場所を決定したというやり取りを交わしていた。

今回の場合、粒子発生装置という大掛かりなものを複製してテストする特質上、測定や設置に必要な各種機器の運び込みなど、多数の人的資源を要するだろう。

そこが本来のドラドの活動拠点でないにしろ、収穫は大きくなる。

我らムラサメが自警団の任務の陰で求めるもの、『神器』の手がかりもあるに違いない。

文中で指示された拠点は、区画整理で取り残されたビル街の隅で、細々と老朽化していくビルだった。

 

「所有者名はダミー会社と同じか、確率は50・50だな」

「これを建築した個人運営の会社が業績不良で倒産。土地と建物を借地として手放したようです」

「そこで、五階だけを輸入業者の名前をかたって使用している、か。人間の痕跡は?」

「五分前に派遣した構成員から連絡があり、ビルで動く人影を複数名確認したと。荷物をまとめているようにも見受けられる、との補足です」

「こちらの動きが既に知られているなら時間は少ない。オザワ、車を出せ。アレクシア!出かけるぞ!」

「は、はい!」

 

オレは妹を呼びつけると暁 雷光の入ったケースを掴む。妹も部下が差し出したザクのケースを手にとってソファーから立ち上がった。

相手はガンプラマフィアだが、その場で動いてしまえば辿ることができる。

ムラサメの刃からは逃れられない。

 

side コウイチ

 

僕は顔面蒼白のまま、廊下を歩いていた。

すれ違う同僚たちがぎょっとした顔で道を空けてくれるが、それに礼を言う余裕もない。

メールを見てからも映像の検証を続けていて、ろくに眠れていないのだ。

加えて今現在、ハカドさんから呼び出しを受けている。

いよいよ処分が決まったらしい。

減給か、ヤジマに送り返されるか、それとも首が飛ぶか。

雑誌の記事を見た日には覚悟こそ決まっていたが、いざとなると恐ろしいものだ。

手の震えが止まらない。

 

「ハカドさん。ヒカワ・コウイチです」

「入ってくれ」

 

ノックすると、いつもの声で許可の返事がある。

 

「失礼します」

 

おそるおそるノブを回し、執務室へ侵入する。

まっさきに目に入ったのは、執務室の机上で両手を三角形に組み、口元を隠したハカドさんだった。普段ならば他の幹部を射すくめるほどの鷹の目が、今日は濁ったまま一点を漂っている。

その先を辿ると、来客用のソファーにちんまりと誰かが収まっている。

桜色の和装に身を包むおばあさんだ。

その人物が何者か思い当たった途端、僕の呼吸が一拍停止した。

 

「な、ナガイ本部警備部長……!」

「ほほ。おぬしか。ユウジと無茶をやらかしたエンジニアというのは」

 

この方は、ナガイ・トウコ女史という。

人なつこそうなしわくちゃの笑みに、頭頂部で団子に結った白髪。

いかにも駄菓子屋などにいそうな風貌であるが、れっきとしたガンプラバトル誕生の立役者の一人だ。

現在は静岡にある国際ガンプラバトル公式審判員本部の、警備部長というポジションにいられた。

階級の隔たりはハカドさんやカザミさんどころではない、『ガンプラ警察』としての審判員の、事実上のトップだ。

僕はハカドさんに問い詰める。

 

「ひょっとして、今回の騒動、そんなにまずかったのですか」

「……うーん」

「『特務』の生みの親でしょう!世界大会まであと二週間を切っているのに、こんなところまでいらっしゃるなんて」

「ふふふ」

 

ナガイさんは杖に顎を乗せて微笑んでいる。

当事者であるにも関わらず、僕はひどく場違いな雰囲気に放り込まれた感覚に陥った。

 

「まあヒカワくん。座りたまえ」

 

ハカドさんがおだやかに、彼女の隣を手で示す。

よりにもよってなぜそこなのか。

僕はごくりとツバを飲み込み、膝から砕けそうになるのを必死に抑えつつ腰を下ろした。

一挙手一投足が、彼女の三日月に細められた視線の奥から、品定めされている気分になって落ち着かない。

 

「今日はどうしてこちらに?」

「何を言っちょる。お主らが呼んだのじゃろう。なあ?ハカド」

「ええ」

「……あの、さっぱり覚えがないのですが」

 

ナガイさんは心外そうに口をすぼめてみせる。

そんな顔をされても僕は困る。

執務室デスクに座る上司を見やると、彼もナガイさんの奥ゆかしさに辟易した様子で、自分の額をトントンと人差し指で叩いた。

 

「ナガイさんは本部の警備部長以外に、もう一つ肩書きを持っていられる。関東のガンプラ造形術のひとつ、『ガンプラ心剣流』という流派の創始者であらせられるのだ」

「ガンプラ、心剣流?」

 

そのときになって、アシハラがハイバラさんと交わしていた思い出話がよみがえる。

たしか彼は関東のマイナーな造形術に師事していたと語った。

そして同時に『剣』という言葉から、あいつのアデルが繰り出した居合斬りが連想される。

僕の顔色を見て、ナガイさんが穏やかに微笑む。

まるでアシハラがそうするように、卓越した観察眼で僕の考えている内容を読み取っているかのようだった。

 

「ようやっと気づいたかの」

「アシハラが言っていた『師匠』ってもしかして」

「そうじゃ。お主が組んでいる特務ファイターのアシハラ・ユウジは、わしの愛弟子よ」

 

ナガイ女史は、着物の懐から一つのニッパーを取り出す。

それはアシハラが愛用しているものと同じ、緑色の握りのニッパーであった。

しいて違う点を挙げるとすれば、アシハラのニッパーはグリップだけがひどく汚れていたのに対し、ナガイさんのものにはシミひとつない代わりに色が褪せていた。

酷使による損耗というより、グリップの材質の経年劣化によるようだ。

 

「久しぶりに電話をしてくれたかと思えば、特務をどうにか存続できないかと聞いてきてな」

「あのアシハラが?」

「あやつは結構義理堅いぞ」

 

自分で問を返しておいて妙な話だが、アシハラがそんな行動をとったことに、不思議と違和感はなかった。

今回の一件や、それ以前のパーツハンター事件なども顧みれば、その理由はすぐに出た。

アシハラの本質はかなりのお人よしなのだ。

僕が長いこと彼の印象を決めつけて接していたせいで認識がまだ追い付いていないだけで、少なくとも協力して戦うことができる相手ではあるということを、すっかり失念していた。

 

「このニッパーにしても長野の山奥で鍛えたものでな……」

「警備部長。あまりはぐらかさないでいただきたい。彼から頼まれた内容は、そうではないでしょう?」

 

彼女は喜々として話を脱線させるので、ハカドさんが諫める。

するとナガイさんの顔から笑みが消えた。

ビデオを早回しにしたような、ほんの一瞬の出来事。瞬きの合間に、温和なおばあさんから公式審判員の長の顔になった。

僕は自分がこの部屋に呼び出された経緯をすぐに思い出させられた。背中に氷を放り込まれた心地に陥った。

 

「そうだな。時間もない。まずはこの若造の知識のほどを確認せねば」

「知識、ですか」

「単刀直入に聞こう。おぬしは『ムラサメ』についてどの程度把握している?」

 

その名前を思い出すのに、少し時間が必要だった。

アレックスとアレクシアさんの兄妹が所属する、フランス発祥のガンプラバトルの自警団だ。まだ活動をはじめたばかりで、少なくとも現在まで、表立って公式審判員と衝突する事例は聞いたことがなかった。

その旨を正直に話すと、ナガイさんは心底残念そうにかぶりを振った。

 

「甘すぎる。アレックス本人と顔を合わせておきながらこれほど認識に齟齬があるとは。ユウジはどれだけ口を噤んできたのじゃ」

「あの、どういう意味ですか」

「おぬしは『ムラサメ』をこの地域の片隅でうごめく、カルト宗教の親戚のように思っておらんか?」

「違うんですか?」

「まったく違う!」

 

ナガイさんの小さな上半身がずいと乗り出し、僕に迫る。

 

「あの組織の実情は、世界の各国に支部を置き、まるでカビの根のように我らの領域を犯す大規模勢力じゃ」

「つい先日まで警備部長直々に北米まで出動し、ムラサメの取り締まりを進めておられたそうだ」

「警備部長、直々に」

「そうじゃ」

 

アレックス・メルフォールの尊大な態度を想起する。

昨晩の映像にも映った、茶髪に灰色の瞳の少年。子供の頃から王者の風格を備えていた。

確かにあれは単なる小規模自治組織のメンバーにしては、自信過剰にすぎた。

アシハラと同年代の青年がああも増長するには、それだけの環境があったというにほかならない。フードコートでアレクシアさんに手玉にとられた時も同様だ。

あの兄妹の得体の知れなさは、誰よりも僕自身が感じ取っていたはずだ。

それでも本部に報告を怠っていたのは、ここ数日の忙しさだけでは言い訳がつかなかった。

ひとえに僕の油断が生んだ行為である。

どうしてアシハラのライセンス製作のときに、報告を渋ったのだろう。

頭を抱えた。

 

「ムラサメの自警団としての機能は、人種問題も絡むかの国では一定の支持を集めていた。北米支部だけでは最早手に負えなかった」

「米国のムラサメはどうなったんですか」

「わしが帰ってきた、というのはそういうことよ。マフィアとの闘争にかこつけて蹴散らしてやったわ」

 

彼女は簡単に言ってのけるが、生半可な対策では成し遂げられない。

国家の後押しがあり、集団が形成する数の圧力を盾にして、はじめて権力が発生するのが警察機関である。そんな、一個人が状況の趨勢を左右し得るなど、今時フィクションの中でも時代遅れなネタだ。

 

「現地の審判員も大いに手助けをしてくれた。まあ、わしのような老いぼれが特効薬になる癌細胞もあるという訳じゃ」

「では警備部長が出動なされば日本のムラサメも」

「そう簡単にはいかぬのが人の世よ」

 

淡い期待は即座に一刀両断された。

彼女は節くれ立った木製の杖を、骨の浮いた小さな掌の間でくるくると弄びながら答えている。その手つきには震え一つなく、肉体の衰えなど程遠くみえた。

 

「なにしろアレックスがいる」

「アレックス・メルフォール、ですね」

「然り。奴はムラサメの創始者、メルフォール一族の後継者じゃ。受けた教育、天授の才能を併せ、その能力を思うままに振るっておる」

「そりゃあ、あんなに偉そうだよなあ……」

 

そびえる壁の高さに嘆息をもらす。

警備部長は杖を停め、床を一度こつんと叩いた。その音で僕の全神経が彼女の言葉へと収束する。

 

「しかし『ムラサメ』が行うガンプラバトルにおける自警団活動は、手段にすぎない。奴らが各国で行っている真の目的は、『神器』と呼ばれるアイテムの収集じゃ」

 

『神器』。

その単語に僕は身震いを覚える。

昨晩、洪水と押し寄せた謎のひとつが、さっそく解き明かされようとしていた。

 

side アレックス

 

例によってリムジンは目立つので、オレたちは通常の乗用車で目標まで移動していた。

運転しているオザワに代わり、アレクシアが現地の部下からインカムで報告を受けている。まだ中に人間はいるらしい。

オレは後部座席で突入方法を考えていた。

 

「ビルの外からの撮影では限界があるか」

「建物の中に入らせますか?」

「銃器を所持していると面倒だ。不要な犠牲を払う。こちらの存在には、オレたちの突入まで気取られるな」

「では、引き続き出入りしている人間だけを観察するように伝えます」

「そうしろ」

「アレクサンダー様、アレクシア様。到着しました」

 

目標の付近にある路地の一つにオザワは車を停車させた。

両側を高層ビルに挟まれ、日光の恩恵がほとんどない、薄暗い場所だ。

その路地を抜け、通りを二つ超えれば目当てのビルの裏側に出る。

妹は情報収集に使う端末もガンプラと共に引っ提げていた。

本来こういう時の分析を行うはずのオザワは、不測の事態に備えて車内待機を命じてある。

 

「さて、偵察している連中にドローンで内部を観測させろ」

「ついさっき命令を出したところで、その、気づかれますよ?」

「さっきはさっきだ。今はオレがいる」

 

頷いたアレクシアはインカムで部下にその内容を伝えた。

表通りを挟んだ向こう側で、部下がドローンを飛ばしたのがわかった。

プロペラを四枚備えたドローンの下部には高精度のカメラと、ガスボンベやロボットアームなど、荷重搭載量ギリギリまで器具が搭載されている。

技術の進歩はガンプラバトルだけではない。

 

「内部の映像が来ます」

「見せろ」

 

妹の端末に、ドローンが窓からのぞき見た映像が送信される。

地上からは人影程度しか確認できなかったのが、これならすべて見通せる。

部屋の作り自体は簡素だ。

バトルユニットに配線が直結され、部屋の壁に接して配置された大型演算装置にそれが伸びている。

事前調査と何も差異はない、はずだった。

 

「なんだ、この男は」

 

部屋の中央に一人の若い男が立っている。

逆立てて脱色した金髪に、黒いサングラス、紅白のアロハシャツに半ズボンという出で立ちだ。この温帯気候の島国に、南国むけの恰好とは体温調節中枢が壊れているに違いない。

そんな男が、こちらに向かって白い歯を見せて笑い、しきりにブイサインを送っている。

 

「どなたでしょう。事前調査ではこんなマフィアの方はいなかったと思うのですが」

「…………オレとしたことが、しくじった」

「兄さん?」

 

推測通りなら、あの男がこの場にいるのは喜ばしくない。

オレは状況の飲み込めない妹を置いて、ビルの内部に入り込んだ。

骨組みすら露出した一階をすり抜け、エレベーターホールにたどり着く。

エレベーターの機能は生きているが、そのコンテナは最上階で停止していた。

 

「ええい、時間の浪費だ」

 

オレはらせん状の階段を滞りなく五階まで上り詰めた。

左右には見向きもせず窓際の実験室まで踏み込むと、金属製のドアを片足で蹴り開けた。

場違いな雰囲気の男はまだドローンに向かって手を振り、飛び跳ねていたが、オレの侵入に気づいて振り返った。

大きく左右に腕を広げ、まるで歓迎するような素振りである。

その口から流暢なフランス語がこぼれ出た。

 

「おうおう、落ち着けよアレックス。こっちの調査じゃ、お前は冷静沈着との評判じゃねえか」

「サングラスでロクに見えていないのか?オレは冷静だ」

 

この程度で息は乱さない。だとすれば、顔に苛立ちが浮かんでいるのだろう。

そして相手はフランス語のアクセントからして生粋の日本人だ。

ついでに英語圏での生活もそれなりにあるかもしれぬ。eの発音だけiと混じっている。

 

「やはり部下からの口頭のみの報告は信用できん。撤収と押収の区別もつかんとは」

「日本語うまいねェ。じゃあ、オレちゃんも母国語で話すとして」

 

わざとらしく咳払いをして、その男は日本語で語り始めた。

 

「オレちゃんの仲間は別室で待機してくれている。てめえらムラサメに勘づかれないようにな」

「その割には挑発的な言動だ。貴様自身は指揮官向きの人間ではない。誰の差し金だ」

「てめえの裏をかける人間なんて限られるさね。オレちゃんじゃムリムリ」

「兄さん」

 

ようやくアレクシアが追いついてきた。

それを見た軽薄な男は、ひゅう、と口笛を吹く。明らかに外見で気に入った様子である。

妹の方は、こういうタイプの人間は苦手で、申し訳程度に上げた口角がやや引きつっていた

 

「双子とは聞いていたが、まあ美人だこった。勢力が同じなら声かけてたぜ」

「兄さん、この人は」

「公式審判員だ。米国から派遣されたのだろう」

「え!?」

「ふふふ……その通り!」

 

アレクシアが目を見開くと、男は含み笑いをしてから大声を張り上げて人差し指をこちらに突きつけた。妹だけが、その勢いにひるんでいる。

 

「オレちゃんこそは国際ガンプラバトル公式審判員北米第5支部所属、キノ・シュン!てめえらムラサメを追っかけて、はるばる海を渡ってきたのサ!」

 

当然、拍手も喝采もない。

キノと名乗ったそいつはしばらくポーズを決めていたが、やがて白けたのか指を下ろした。

そこへアレクシアがおずおずと声をかける。

あまりに意気消沈するので憐憫でもわいたのだろう。

 

「あの、つまり、ここにいたマフィアは?」

「全員検挙済みィ!お前らが躍起になって探している『神器』のデータも回収の後に、ここからは抹消済みさ!」

 

にわかにキノは活気を取り戻す。

それだけパフォーマンスに付き合う相手を欲しているのだ。

オレはというと、奴の言葉の内容に舌打ちをせざるをえなかった。

最初に部下が『ドラド』の拠点を把握し、監視を開始した時点で、公式審判員はここでのんびりと捜索を行っていたのだ。私服の審判員とマフィアでは、部下に違いはわかるまい。

行動のスピードにおいて完全に競り負けている。まさしく、してやられたという訳だ。

 

「私たちは、囲まれているのですか?」

「そうなるが、仲間を呼んで身柄を抑える素振りもない。こいつ一人がオレたち兄妹に用がある」

「ご明察。さすがムラサメの創設者の孫は、頭の出来が違うね」

 

キノはアロハシャツのポケットから、一枚のメモリーチップを取り出した。サイズは指の間に収まる程度で、何のラベリングもなされていない。それを筐体の側面に違法にこじ開けられたスロットへ差し込む。オレは奴の行動の意味を推察したが、自分でそれを否定した。

まさか、そんなバカがこの世に存在するはずがない。

 

「オレちゃんを日本に呼びつけた人からの依頼だ。『ムラサメ』の最高傑作の戦闘データと、GPベースの認証コードを確保する代わりに、この場を見逃して構わんってな」

「……つまり?」

 

アレクシアが先を促すと、キノはメモリーを仕舞い、代わりにGPベースを取り出した。

ライセンスではなくGPベースを出す理由など、オレたちファイターの間ではたった一つしか意味を持たない。

 

「ガンプラバトルだ。勝っても負けても、オレには任務の範疇にすぎねえ。全部終わったら、どこにでも行っていいぜ」

「どうしますか。兄さん。罠の可能性もあります」

「いや。受けよう。断れば面倒な捕り物劇を演じることになりそうだ」

 

オレは持っていた暁 雷光のケースのロックを外した。

フタだけが下にむけて垂れ下がり、メタリックパープルの威容が姿を現す。

アレクシアもオレの形相から本気であることを察知したらしい。あわただしくケースを開き、パールホワイトのソヴァールザクウォーリアを取り出した。

呆れと、それ以上の憤怒に脳が焼き切れそうだった。

こんな男にオレが裏をかかれたという事実。なにより『神器』が渡っているという現状が、まったくもって度し難い。

 

「キノ・シュン。貴様はオレの想像を超えるバカだ!」

「誉め言葉として受け取るぜ。アレックス・メルフォール!」

 

キノがバトルシステムの筐体を起動させる。

セルリアンブルーの粒子がオレたち三人の間を分断するように立ち上った。

 

『Please set your Gun-pla』

 

暁 雷光の、ザクの目にそれぞれ仮初の火が灯る。

設定されたフィールドは第九番目の『Canyon』、つまり峡谷だ。

そそり立った岩肌は、本来ならば人類の侵入を許さない断崖絶壁だろう。地に足をつけた戦闘は、非常に行いづらいと考えていい。

時間帯は深夜らしく、空には煌々と満月が輝いている。

 

「アレックス・メルフォール。『暁 雷光』出陣する!」

「アレクシア・メルフォール。『ソヴァールザクウォーリア』行きます!」

 

二機が射出された直後、AIによって計算された重力が双方にかけられる。

オレは操縦桿を数回ひねって、違和感に気づいた。

機体重量バランスが後方に偏りすぎている暁 雷光のフル装備は、重力下では操作性が大幅に悪化する。

もとよりオレ以外には使いこなせぬじゃじゃ馬だが、まだ実戦を重ねていないのでは、手綱を離れる可能性も考慮しておく必要があった。

先行しているパールホワイトのザクの背中に、指先から放ったワイヤーで通信を繋ぐ。

これは正式なバトルではない。

通常の回線では審判員の権限で傍受されるかもしれなかった。

 

「アレクシア。オレは索敵と援護射撃を行う。敵機の特性を把握してこい」

『了解です。兄さん』

『先手必勝!』

「む」

 

想定より数倍早く、ビームの条線が伸びてきた。

アレクシアのザクは身を反らすだけで回避し、ビームは暁 雷光の装甲の表面に衝突すると、後方へ跳ね返って岩壁を抉りとった。

するとオレの見ているモニターに複数の情報が羅列される。

それは今のビームの発射された方向と暁 雷光のシルエット、そして、オレの思考操作によってあらぬ方向へ飛んで行ったビームの行く末についてだった。

プラフスキー粒子には、ガンプラを動かす以外にも人間の思考を読み取る性質がある。

それを利用したサイコミュの真似事は、まだ実験段階の代物だった

 

「ヤタノカガミのビーム反射に恣意的に反射方向を決定させる、か。組織のワークスチームの連中は面倒な仕様ばかり追加するな」

『兄さん、敵が来ます』

 

敵機は、前方からミサイルに匹敵するスピードで接近していた。

否、センサーの追跡が追い付いていないだけで、既にオレたちの直上にいる。

真円を描く月を背景に、そいつは両手を広げて大の字で落下してきていた。

およそ二頭身という極端にディフォルメされた体型と、さながら本物の衣装のようにはためく、中華風の装飾が施された装甲。

SDガンダムという規格だ。

これに特有の、極めて人間に近い瞳は存在しておらず、人の意思で操られることを明確に示すようなデザインだった。

 

『『Ξ式臥龍 孔明ガンダム』!ただいま参上!』

 

『三国伝』の世界観に準じたらしい小さき機影が、名乗りと共に武装を抜き放つ。

月明りに、かぎ爪を思わせる形状の双剣が照り映える。

 

「SD風情が、この暁 雷光の懐に飛び込むつもりか!」

 

暁 雷光のバックパックに搭載されたビーム・キャノン二門が、角度を上げて火を噴いた。

するとΞ式臥龍とやらの周囲の空間が一瞬、陽炎のように揺らめく。

次の瞬間にはビームから離れた位置に、その小さな機体を移動させていた。

速い。

あのステルス機との戦闘から更に改良を加えたカメラが、まるで補足できないスピードだ。

決して空元気や虚勢ではなく、相手のポテンシャルが高いことがうかがえた。

 

『ちぇいやああああああああ!!!!』

「ふん」

 

暁 雷光が身を翻すことで、相手の振り下ろされた一斬は空振りに終わり、代わってザクが横合いからトマホークで攻撃を加える。

またもΞ式臥龍の機影が揺らめき、音を置き去りにする速度で間合いを離していった。

その中華風の鎧の両肩から円筒状のメガ・ビームキャノンがせりだしている。

間違いなく大技だ。

すかさず暁 雷光のサブアームがシールドを選択し、放たれたビームは完全にシャットアウトされた。

 

『腕を組んだまま武装を使うとは、余裕かますじゃねえか!』

『あの』

『ん?なんだ、姉ちゃん』

『その機体名のことなんですが』

『お?なんでも聞いてくれ』

『孔明ならリ・ガズィかνガンダムで、そもそも三国伝でΞなら演者は司馬昭なのでは?』

 

アレクシアの指摘にΞ式臥龍の動きが止まった。

しばし黙り込むと、律儀に人差し指を突きつけて答える。

その指先がひときわキラリ、と輝いたのはバトルシステムの余計なサービス精神だろう。

 

『そ、そんなことは百も承知!こっちの方がかっこいい名前がつけやすか』

『兄さん今です』

『うぉう!?』

 

奴が回避したのは、暁 雷光がバックパックの一部から隆起させ、発射したビーム・キャノンである。

オレの思考を読み取ったままなのか、暁 雷光の組んだ腕が苛立たしそうに揺れている。

こちらは重要な情報をめぐって戦っている相手だというのに、いらぬこだわりを語っている場合だろうか。

オレに茶番と思われても仕方あるまい。

 

「貴様のような男に『神器』が奪い取られるとは、にわかには信じられん」

『そのことなんだけどよう。ほっ、と』

 

Ξ式臥龍は、ザクのフォルテスビーム砲による追撃すらかわしてみせる。

中華風の追加装甲から多数の弾頭が顔を出すと、てんでバラバラな軌道でこちらに襲い掛かってきた。

おそらく原型機に搭載されていた、恣意操作可能なミサイル『ファンネルミサイル』だろう。

ザクウォーリアはライフルで逐一迎撃を試み、オレの暁 雷光は背面に追加されたCIWSで薙ぎ払う。

 

『オレちゃんにはムラサメが『神器』を集める理由がわからねえ。あんなもの、てめえらが躍起になる必要はねえだろう』

「やはり、『神器』が指す定義については理解しているらしいな。答え合わせをしてやる。貴様の考えを吐くがいい」

 

Ξ式臥龍の反応が暁 雷光の背後に回る。

オレはそれにはあえて反応せず、アレクシアが再び割って入った。

Ξ式臥龍は握っていた双剣の片方を弾き飛ばされ、それによって生まれた隙を圧倒的なスピードで強引に打ち消した。

操縦しているキノという審判員は、その戦況をまるで気にしない口ぶりでオレの問に答える。

 

『ムラサメが集める『神器』とは、プラフスキー粒子を運用する、ガンダムの世界観に囚われない技術、その総称だ』

「ほう、概ね正解だ」

 

褒美としてオレはウェポンスロットの半数を展開する。

ほとんどが誘導弾、あるいは角度を微調整可能な砲台だ。

前回ツガミ・ユウジのアデルを大破させた弾幕が、Ξ式臥龍に牙をむいた。

小さな機影はジグザグに軌道変更を繰り返し、夜空を縦横無尽に駆ける。

そして誘導弾を自らの後方へ集約させたとみるや、四肢に力を籠めて加速。

そのすべてを振り切ってみせた。

 

「やるじゃないか」

 

はじめてオレは、この男の技量に感嘆した。

 

Side コウイチ

 

「『粒子変容塗料』『紅の彗星』『RGシステム』『炎システム』……これらの共通点がわかるか?」

「ガンプラが、プラフスキー粒子と組み合わされてはじめて生まれたもの、ということですか」

「その通り。ガンダムシリーズの登場人物ではない。我ら現実世界を生きる人間の、知恵と想像力が生み出した宝物を『神器』と呼ぶ。ムラサメの連中が名付けた、いわばコードじゃ」

「例えば、劇場の粒子発生装置の設計図にも」

「無論、狙いを定めておるじゃろう。ユウジから聞かなかったか?アレックスと現場で遭遇したと」

 

聞いていない。

アシハラはあの一件以降、手段を問わずがむしゃらに調査を進めている。

何度か情報交換を試みたが、ナガイ女史への連絡をふくめて、そういった事情は一切明かしてくれなかった。

僕のエンジニアとしての力を必要としてくれたのは、一時利用されたに過ぎないのかもしれない。

 

「根拠のない憶測は疑念を生む。関係の改善と、心を開くというのを同一視しないようにするんじゃ」

 

彼女はまたしても僕の心を見通した。

 

「話を戻そう。ビルダーの無限の想像力の数だけ『神器』は存在する。ムラサメは自警団の活動を隠れ蓑として、それを片端から収集している」

「そんなことが、許されるのですか」

「断じてありえぬ。人の生涯の結実とすらいえるものをかすめ取るのは、卑しい夜盗の所業よ」

 

ムラサメという組織に、はっきりと憤りを感じた。

彼女が言う『神器』はいずれも、偉大なビルドファイターたちの汗と涙の結晶だ。

彼らの栄光と挫折を彩る宝物であり、だれかが菟集して陳列するためのものではない。

ガンプラマフィアや技術スパイよりも性質が悪い。

そして同時に、胸中にナガイ女史への疑念が沸き上がってきた。僕にこんな知識を授ける真意がさっぱりわからないので、戸惑うばかりなのである。

いったい何のつもりだろう。

 

「あ」

 

思い当たる節があった。

昨晩、偶然発見し、覗き見てしまった第八回ジュニアカップでの『神器』の運用記録。

これの存在を彼女が知っていて、遠まわしに何かを示唆しているに違いない。

脳を冷静にし、ふたたび思考の海に埋没する。

……『神器』と目されるAGE-1を製作したのはおそらくツガミ・ユウジ。

それを操縦していたのが、ムラサメにいるアレックス・メルフォール。

そして、ツガミ・ユウジとアシハラ・ユウジが同一人物である可能性と、アシハラの師匠であるというナガイ女史。

これだけ揃えば、推理力のない僕でも仮説がひとつ立てられた。

 

「警備部長。ひょっとして『ムラサメ』とアレックスの話をする理由はこれと関係があるのですか?」

 

僕は端末をカバンから出すと、あのメモリーチップに封印された映像を再生する。

銀色のAGE-1の丁々発止の活躍と、二人の少年の記録だ。

ナガイさんにとっては、また意味の異なるものに写るだろう。

よく見える位置に端末の向きを変えて、上司たちの前に差し出した。

彼らは興味深そうにそれを覗き込んだが、やがて、先にハカドさんの顔が、みるみる青ざめていく。

あの、活力がみなぎる老成した声が、やや裏返っていた。

 

「これを、どこで?」

「僕とアシハラが捜査した『コスモス』の事務所です。元は技術スパイとハイバラ・キミコさんの接触を示す証拠が入れられたメモリーでしたが、時限式で開示されました」

「……もうよい。停止しとくれ」

 

先ほどまで威勢のよかったナガイさんが、めまいをこらえるように、きつく瞼を閉じていた。

僕は急いで端末を閉じた。

にわかに空気が冷えきったのがわかる。

ナガイさんは唇をかたく引きむすび、杖の上に重ねた掌が小刻みに震えている。

ハカドさんも執務デスクに両肘を載せて、何か思い悩む様子だ。

拾ってしまった爆弾は、想像以上の威力を秘めていたらしい。

おそるおそる、僕の仮説を検証させてもらう。

 

「アシハラだけでなく、アレックス・メルフォールも、かつてのあなたの弟子。そうですね?」

「……ふむ。我ながらどうして隠しきれると思ったのか」

 

はりつめた空気が、ナガイさんが大きくついた呼気によって、つかの間ゆるむ。

彼女は逡巡するように、皺だらけの手を開いては握るという行為を繰り返していたが、やがて、ゆっくりと唇を開いた。

 

「左様。わしの弟子はアシハラ、いや。ツガミ・ユウジとアレックス・メルフォールの二人だった」

「彼らは本当に友人同士だったんですか?」

 

そう問いかけると、彼女は苦虫を噛み潰したような、それでいて泣き笑いのような混沌とした感情を表した。

 

「彼らはビルダーとファイターという異なる得意分野を持ち、師匠のわしからは一心同体と見えた。だが、その関係が当人たちにとってどう捉えられていたかはわからぬ。特にあやつ……アレックスからは」

「あなたほどの方が、そんなに自信なく言うほどなんて、何があったんです」

「む。そこは口を滑らせぬぞ。ユウジ本人が秘密にしているのに、わしが言ってはかたなしじゃろう」

「そ、それは」

「これは家族の問題じゃ」

 

ナガイさんが強い語調で断じた。

その答えに不満がないわけではなかったが、家族といわれるとぐうの音も出ない。

血がつながっていなくても、ナガイさんにとって、かつてのアレックスやアシハラは我が子も同然だったのだろう。

その聖域に土足で踏み込む訳にはいかなかった。

押し黙る僕に、彼女は極めて事務的なトーンで言葉を続ける。

 

「……しかし、その映像の存在はわしもたった今はじめて知った。今回、おぬしに『ムラサメ』とアレックスについて逐一語り聞かせているのには、別の理由がある」

「それはなんです?」

「当事者が全員揃わぬことには、まだ明かせぬ。ユウジはどこに行っておるんじゃ?」

「あいつなら出かけていますよ」

「例の事件調査か?」

「はい。そして例によって独断専行です。反省しているのか、いないのか」

 

しかも今回は一人ではない。

同行させられている当人は、きっと笑って許してくれるだろう。けれど、雲をつかむような彼だからこそ、アシハラと組ませるのは心配だった。

状況の混迷ぶりを想って僕はうつむいた。

 

Side ユウジ

 

アイドルグループ『コスモス』の劇場は、捜査および再メンテナンスの名目で封鎖されている。

ところが今現在、その内部を二機のガンプラが飛行していた。

『モワノーウェア』を装備したアデルともう一機。

巨大な副腕ユニットを主武装とするガンプラ『ジャイオーン』だ。

頭部はガンダムタイプに酷似しながらも、液晶ディスプレイで「表情」が変わるという特徴があり、劇場の広大な空間を我が物顔で飛び回っている。

 

「ははは。すごいですねえ。ヒカワさんも開発に参加したというこのシステムは。この場で買って組んだだけなのに、まるで私が動かしたようなマニューバだ」

「アデルが殺気立った性格設定にされていることは気に食わんが」

「ガンプラは持ち主に似ると言いますから。君のそれは懐刀とかそういう凶器の類ですし?」

 

オレがそうごちると、その男は胡散臭い笑顔をたたえながら首を傾げた。

名前はカザミ・シロウ。

ヒカワ、そして一応ながら俺が属する支部において、広報部長の肩書を拝する男である。

世界大会前の多忙な時期で、本来なら連絡が取れるような状況にはいない。

だがその障害も俺は強硬手段で排除した。

公式審判員本部の警備部長である俺の師匠、ナガイ・トウコの名義でカザミを呼び出したのだ。

案の定、カザミは慌てふためいて確認にやってきた。そして俺から事情を聴くと調査協力を快諾してくれたのである。

しかも頼んでいないのに、俺と現地視察をしようとまで持ち掛けた。

正式な『公式審判員』としての捜査は警備部が進めている。

現場を封鎖している警備部の捜査官がカザミと俺を通したのは、部署間でのいざこざを極力減らしたいという、上へのささやかな気遣いだった。

 

「私の権限でも『コスモス』からいい情報は得られませんでした。渦中にいるハイバラさんは証言をする気満々のようですが、逆にこっちが止めましたよ」

「このてんやわんやに飛び込むのは、さすがに自殺行為だ」

「ええ。ただ、おとなしくしていただく代わりに、あなたへ言伝をと」

「俺に?」

 

カザミは薄笑いで審判員の専用端末を取り出すと、俺の前へ差し出した。

その画面にはハイバラがいた。私室とおぼしき整頓された部屋の中、これまでとは異なり、私服姿でモニターに収まっていた。

その表情は明るいが、さすがに連日の事件報道に参ったようで、疲労の色があった。

それでも文字媒体で事足りるところを、ビデオメッセージで頼むあたり、我がままアイドルの気質は健在といった様子である。

彼女は大きくこちらへ手を振って、せきをきったように話しはじめた。

 

『やっほー、ユウジ!あたしたちが戦った相手、ずいぶん厄介な犯罪者だったみたいね。ゲームの中ボスみたいな、薄気味悪いお兄さんから聞いたわ』

 

カザミが肩を落とした仕草は見ないふりをして、俺は映像に目をこらす。

 

『あたしのことなら大丈夫。あんたが何の責任を感じているか知らないけど、そもそも悪いのはそのスパイ?とかマフィア?とにかくそういう奴らなんだから!またそいつらに会ったら気にせず暴れなさいな』

「……」

『全部終わったら、またライブに来て。待ってるから』

 

そうしてビデオメッセージは終わった。

カザミはうきうきと端末を制服のポケットにしまう。

 

「若者の友情は美しいですなあ」

「ただの知り合いだ」

「またまた」

 

おそらくは本気で喜んでいるのに、この男の言葉はどことなく嘘くさい。

その真実の感情を見抜けないということは、俺の観察眼もまだまだ甘いのだと再確認させられる。

不意にカザミがまとう雰囲気が真剣なものに変わった

 

「これだけ期待を寄せられているのですから、全力をつくしましょう」

「ああ」

「聞けば、今回の捜査はナガイ・トウコ本部長のお墨付きだとか。お知り合いなんですか?」

 

俺は曖昧にうなずく。

バトルを通して、カザミの言葉の説得力と効果は知っているつもりだ。

ヒカワを相手にするときのように、いちいち皮肉を返すような話題でもあるまい。

 

「教えを受けていた。ガンプラの作り方だとか、心得を」

「おお……となると、あなたの見せた居合斬りも彼女から?」

「そのはずだが、いつの間にか身につけていたというのが正直なところだよ。あの人からバトルは教わっていないはずなんだ」

 

俺は久方ぶりに師匠へと電話をして、特務の行く末について尋ねたときのことを思い返した。彼女は紋切り型の挨拶をした後、ことの経緯を静かに聞いたあと、こう返した。

 

―――わかった。わしがなんとかしてみよう。ただし、特務にもそれなりの挽回が必要であることは忘れるな。

 

それだけ。

過去の俺は師匠にとってどんな弟子だったのか。サビだらけの脳細胞は答えてくれなかった。

実は形ばかりの、ふがいない弟子だったのかもしれない。

そしてより優秀な、彼女の技をきちんと伝授されている弟子がいるとすれば、俺ではなくアレックスの方だろう。

またも脳裏にあの自信に満ちた横顔と、それから、鮮烈なオレンジ色のイメージがフラッシュバックする。

何故あいつはこの事件への介入をやめたのだろう。

ハイバラと同じように俺が、事件を収束させるとかってくれているのか。それとも師匠の存在を警戒しているのか。

 

「おーい。アシハラくん」

「あ?」

「大丈夫ですか?上の空ですよ」

 

カザミのうさんくさい笑顔が間近にまで近づいて、ようやく我に返った。

自分が事件現場の真っただ中に立たされていることを思い出して、想像の数々を前回のバトルの記憶で振り払う。アレックスの善性にすがるなど、あんなに散々痛めつけられておいて信じがたい発想だった。

ともかく技術スパイが行方をくらませている以上『特務ファイターが』今度こそ結果を出さなければ、特務班は進退きわまる。

他の誰がどういう思惑だろうと、俺は黒幕を引きずり出すしかない。

 

「すべての状況は保存されている。なにかあるはずだ」

 

警備部だって居眠りをしている訳ではない。

それにもかかわらず、事件の進展をハカドさんやヒカワから聞かないならば、警備部の役人にはわからず、ビルダーの俺にしかわからない何かが残っている。

重ねた拳の上でせわしなく指を打ち合わせ、思考を巡らせる。

ふと、自動操縦のアデルが、こちらの気を惹くように右往左往していると気づいた。思わず視線で追う。

アデルは、ハイバラたちと出会った売店の方角を向いて浮遊している。

たかが自動操縦に仲間意識があるかは不明だが、あそこに並べられていた商品は、アデルには同胞のようなものだろう。

 

「待てよ。売店か」

「どうかしましたか?」

 

俺はそこで、自分の思い浮かべた『売店』という単語に引っかかりを覚えた。

自分の記憶の光景にある違和感に気づいたのだ。

さっきまでジャイオーンにはしゃいでいたカザミも、近づいて声をかけてくる。

 

「カザミ。あんた広報部長として、ここの棚に自由にガンプラを置けると言われたらどうする?」

 

ぶしつけな質問にも奴は満面の笑顔で答えた。

 

「そうですねえ。初心者のみなさんが初めての一機を選べるようにバリエーションを豊かにします。中級以上のビルダーの方々が集まる会場にしても、種類は多いに越したことはないでしょう」

「なるほど。……そう考えると、ここの在庫はおかしい」

「ほう?」

 

あの売店におけるラインナップは極端に偏っていた。

まずはビギナ・ギナをはじめとしたクロスボーン・バンガードの系列機体がある。

そして、あの時俺が手に取ったGセルフに、ハイバラが改造のパーツとして使用したGアルケイン、そしてカザミがこの場で組んだジャイオーンだ。

こちらはすべて『Gのレコンギスタ』に登場する『G系』と呼ばれる機体のみである。

たった二作品しかない。カザミが考えるものには及びもつかないだろう。

そう推理を話してやると、あいつはこう疑問を呈してきた。

 

「しかし、クロスボーン・バンガードのガンプラはライブで使用されています。一種のファングッズなのでは?」

「それでは『G系列』の説明がつかない。それに俺とヒカワが来たとき、『コスモス』の機体はすべてデナン・ゾンだった」

「それはちょっとニッチすぎますね」

 

さすがにカザミも納得せざるを得なかったようだ。

そもそも『Gのレコンギスタ』は深夜番組であり、もう一方の、デナン系が登場する『ガンダムF91』は物語の序章のみを映像化したとされる劇場作品だ。

いずれもガンダム史に燦然と輝く傑作には違いない。だがガンプラとして、初心者に勧める機体という程の知名度でもなかろう。

まず限定品ですらないのだ。ここに来るような生粋のビルダーなら、より安価な店で買う。

 

「『コスモス』の経営には邪魔でしかない」

「では、なぜ市販のガンプラを?」

「要するに、ここにあるガンプラは客に向けたものではないのかもしれん。例えば今回の襲撃に合わせて、事前に用意しておいたとか」

「そんなまさか。穿ちすぎですよ」

「いや、その通りだよ。特務ファイターくん」

 

突然、誰かのねばつくような拍手が、閑散とした劇場に響いた。

俺たちがそちらを見やると、燕尾服に身を包んだ初老の男がいる。そいつは心から嬉しそうに、骨ばった手をパチパチと打ち合わせていた。

 

「彼は?」

「この劇場の支配人だ」

 

ハイバラと出会った日、ヒカワの背後でまごまごとしていた男だ。

カザミはそう聞くと、それとなく俺を背後に押しやって支配人の前に立ちふさがった。カザミの浮かべている笑みの毛色が、明らかに変わっていた。敵意を覆い隠すための『業務用』の笑顔だ。

 

「支配人さん。ここは封鎖されているはずですが?」

「私が何年通い詰めていると思っている?」

「答えになっていません」

「ここにスパイが空けた穴は一つじゃない。もっと巧妙に隠蔽したものが予備としていくつもあるのだよ」

「なるほど。『コスモス』内部の協力者はあなたですか」

「内部、ねえ。面白い冗談だ」

 

くつくつ、と声をたてて支配人は笑うと唐突に鬼の形相へと変わった。

 

「あんな子供の悪ふざけと一緒にするな!」

 

あまりの怒声にカザミが少し気圧された。

ここまで感情の浮き沈みが激しいと、ヒカワの鈍さでもなにか勘付いていそうなものだ。

支配人は、着ていた燕尾服の襟元を乱暴にゆるめて、つばをまき散らす。

 

「ここはかつて、私が経営するガンプラバトルバーの本店だったんだ!独自のルールを考案した試合で、多くの観客でにぎわっていた」

「アシハラくん、御存知ですか」

「いいや」

「私は満足していた。順風満帆な生活だった。だが」

 

支配人の拳から、皮膚と筋肉の締め上げられるギリリ、という音が鳴った。食いしばった歯は砕け散る寸前とばかりに震えている。

 

「PPSEが汚い手を使って、私の会社を倒産まで追い込んだのだ!ちょうど今のように、あらぬ噂を流して、客足を遠ざけて!」

 

慟哭が、俺たちしかいない劇場に響いた。

外は音響の都合で防音加工がなされているので、警備部の職員には聞こえていないだろう。

PPSE社と聞いて俺は自分の知識を掘り出していた。

かつてガンプラバトルを運営していたこの企業は、技術独占のためならばあくどい手を躊躇なく使うという評判があった。

支配人の店は、本店、という言葉から察するにチェーン展開でもしていたのだろう。

それを意図的に倒産させて、保有していたノウハウを丸ごとかっさらったという経緯のようだ。

あくどいPPSEのイメージは、ヤジマ商事が自社のイメージをアップさせるために流した風評程度に考えていたが、あながち嘘でもないらしい。

 

「私はこの場所を残すため、あんなバカ騒ぎを我慢してやっていた。それも限界を迎えそうになっていた時、ガンプラマフィアが手を差し伸べてくれた」

「解決策としては最悪だと思いますね」

「最悪?まさか、これこそ最善だよ」

 

カザミの皮肉も支配人はどこ吹く風といった様子だった。

 

「私は事務所のサトウという男を買収し、事務所全体に濡れ衣を着せる方法を実行に移した。ハイバラ・キミコは屈指の人気メンバーだ。彼女一人を犠牲にできれば、他の有象無象などあっという間につぶせる」

「そのために技術スパイは劇場に侵入し、その存在が誤った形で公にされてしまった、と」

「寸前でハイバラ本人が気づいてしまったのはミスだ。しかし、フランスの自警団がひっかきまわしてくれたおかげで無事にゴシップは流せた。夜も眠れないほど恐れていた世間の目が、雑誌の紙面になって彼女を批判するさまは心が躍ったよ」

 

フランスの自警団とはおそらくアレックスが所属している勢力のことだ。

ハイバラたちへの逆恨みがこもった自白、そしてアレックスを知っているという事実を鑑みるに、この男が一連の黒幕に極めて近いとみえる。

カザミと話しながら、支配人はこの空間をぐるぐると歩き回っていたが、やがて劇場後方に据え付けられている巨大AIの前にやってくると、それをいとおし気に撫でた。

すっかり陶酔した様子に、俺は狂気と危険を感知した。

 

「これで、この場所は二度と汚されない」

「カザミ、あの男から離れろ」

 

支配人を拘束しようと歩きだしていたカザミが足を止め、一歩引きさがる。

それを合図にするかのごとく、停止しているはずのAIが再起動した。

 

「なんと!」

 

カザミが驚嘆の声を上げる。

AIを搭載しているはずのサーバーが震えると、大きな音を立てて崩壊した。

蛹が羽化するように、およそ15cmの極彩色が姿を現す。

両肩から包み込むように垂れ下がるバランサーと、ガンダムとは似て非なるフェイス部分が特徴的だ。

全身の装甲が鮮やかな七色に変じているが、俺たちはその機体を知っていた。

 

「カバカーリー。G系の機体が在庫にあったのは、このガンプラのためですか」

「これも私の技術さ。プラフスキー粒子の散布下では、ガンプラは一時的に原作の性能を発揮できる。会場すべてに粒子がまきちらされるこの会場でのみ、カバカーリーは本物のフォトンバッテリー駆動を『再演』して演算装置となるのだ!」

「こんなものとすり替えられていたら、ヒカワが稼働試験で突然出たエラーに慌てる訳だ」

 

カザミがジャイオーンを見上げるが、それはすっかり精気を吸われたように、だらりと四肢を脱力させて浮遊している。

あのガンプラは今、カバカーリーへと姿を変えたAIの制御下にあるのだ。

支配人はそれがわかっていて、ここまで手の内を明かし、自白までやらかしていたのだ

 

「さて、では私は帰宅させてもらおう。このデータを渡して、会社を再興する資金を受け取る予定でね」

「ここから警備部に通報しても、包囲する暇すら与えてくれなさそうだ」

 

カザミは笑みを崩さないまま悔しそうにすると器用な芸当をしていた

支配人の計画はなかなかどうして周到だった。

カバカーリーがコアユニットとして駆動している間に、ヒカワが粒子発生システムの最新データを入力してしまっている。それが15cmまでダウンサイジングされて持ち去られたらせっかくの物的証拠は今度こそ消え去るのだ。

仮にガンプラだけを捕縛、破壊してもバックアップはGPベースに残るだろう。

戦場全域がカバカーリーの思うままという状態で、支配人ごと制圧するほかない。

 

「そうだ。だからここで叩く」

「なに?」

 

俺は頭上を仰ぐ。

モワノーウェアを装備したアデルがシグルブレイドを構えると、カバカーリーに突進した。

 

Side アレックス

 

ビームの雨が複数に分裂し、暁 雷光に降り注ぐ。

シールドを傘にしてそれをしのぐと、誘導弾のコンテナをパージ。別のサブアームにハイパーバズーカを掴ませる。

まっすぐに進んだバズーカの弾頭は、曲刀によって真っ二つに切り裂かれて、後方で大きな火の玉となった。

 

「む?アレクシアは何をしている……?」

『よそ見している場合かい!?』

 

ザクに意識を向けるより早く、これまでの中で最も巨大な粒子の波が押し寄せた。

シールドはその出力に耐えきっても、細いアームが半ばから折れた。

先ほどからΞ式臥龍が連射しているメガ・ビームキャノンは、たった二門しかないにもかかわらず、暁 雷光のどの現行武装の追随をも許さぬ威力である。

こんな火力任せの力押しの戦闘スタイルは世界を探してもそういない。

先ほど立てたオレの推理は間違っていないはずであった。

 

『こいつで、トドメだ!』

 

予想通り、Ξ式臥龍の周辺の空間が、蜃気楼のごとくねじ曲がっていく。

つまるとこと、あれはフィールドを構成する粒子を吸収・貯蓄しているのだ。

関西のガンプラ造形術『心形流』の奥義の一つである。

極端なまでの火力偏重主義と、粒子を巧みに操作する奥義の数々がその特徴であった。

果たしてΞ式臥龍の周囲の揺らぎはその像がねじれるまでに達する。

そしてスパークが爆ぜて墜落した。

 

『なっ、てめえ、何をしやがった!』

 

奴は事態の責をオレに求めているようだが、こちらはきっかけを作ったにすぎない。

決定打はΞ式臥龍のその機構自身だ。

暁 雷光のバックパックから放たれた誘導弾には、技術スパイが使用した『ガンダムアクエリアス』のウィルスが封入されている。

機能が解析されてもいないまま試作したもので、実際にプラスチックから作りこんでいるゆえに弾数も限られていたが、効果はあったらしい。

 

「粒子を吸収・蓄積して、ビーム・バリアと加速にまで運用するとは面白い。それならば常識外のスピードも出よう」

『野郎、そんなことをこのバトルの間に見破ったのか』

「当然だ。オレを誰だと思っている」

 

身動きもままならぬΞ式臥龍めがけて、火器が続々と展開する。

奴に逃げ場はなかった。

 

「これ以上貴様にやる戦闘データはない。終わりだ」

「くっ!」

 

決着をつけようとしたその時、射線上に立ちふさがったのはパールホワイトのガンプラだった。

アレクシアのソヴァールザクウォーリアだ。意図を図りかねて、オレは静かに問う。

 

「なんのつもりだ?アレクシア」

『兄さん。我々の目的はこの場からの速やかな撤退です。勝負はつきました』

「ここで破壊しなければ面倒だ」

「ガンプラは何度でも修復可能です。今すぐに撃破しても、将来の禍根になることには変わりありません。」

 

そこで、彼女がオープン回線のモニターに姿を現した。

その細い指の間には一枚のメモリーチップが挟まっていて、それを見たキノの様子も映し出される。

奴は慌ててポケットを探り、今にもモニターの枠からはみ出さんばかりににじり寄った。

 

『オイオイ、スリ取ったのかよ!』

『お二人とも、あまりにもガンプラバトルに夢中でしたので。こっそり操縦席から外れさせていただきました』

『オレは気づいていたぞ。ザクの援護が突然途切れたからな』

『この通り暁 雷光とソヴァールザクウォーリアの戦闘データは回収しています。ご容赦を』

「まあいい。許す。よくやった」

 

目標を入手したならば、この戦闘を続けている意味もない。

オレは暁 雷光に踵を返させると、GPベースを外してバトルを強制終了させた。

粒子は収束し、小さく音を立ててSDが筐体に落下する。

予想外の結末に茫然としていたキノだが、すぐに気を取り直してこちらへと足を進めた。

 

「待てよ。約束を破ったなら、オレちゃんにも考えがある!」

「外に待機させている、他の公式審判員のことか?」

 

オレは奴の背後を顎で示す。

奴が振り返った先には、最初にキノが挑発行為を繰り返していた窓があった。

もちろん既にドローンは飛んでいない。

このバトルを最後まで見守る必要がないし、今は別の場所にあるからだ。

では別の場所はどこか。

それを察知したキノの顔色が、青を通り越して赤になって、それから蒼白にまで陥った。

 

「て、てめえ」

「あのドローンには小型のボンベが搭載されていてなあ。確か中身は何だったか」

「催涙ガスでしたね。密閉空間に隠れていると、逃げ場はないかと」

 

キノは無言で、オレたちを突き飛ばすようにして部屋から出ていく。

ただ一度ドアの間際で立ち止まると、殺気に満ちた視線をサングラスの間から投げた。

 

「次はねえぞ」

 

大きな音を立ててドアが閉まり、全速力で廊下をかける足音が伝ってくる。

こうして、ビルに入る前後と立場は逆転したのであった。

 

「帰るか」

「はい」

 

オレとアレクシアは悠々と部屋を出ると、エレベーターを待つ。

『神器』の原点として挙げられる心形流の技を目撃できたのは、個人的には大成功だったと言っていい。

キノ・シュンという人物に対して、オレの相手としては及第点という評価を下そう。

惜しむらくはあの殺意よりも、奴の気丈とさえ言えるパフォーマンスの方が、よほど効き目があったことだろうか。

 

Side ユウジ

 

カバカーリーの手甲からビームセイバーが出力されると、こちらのシグルブレイドと拮抗し、鍔迫り合いになった。

本来は華やかな照明で彩られるはずの劇場に、みたび戦いの閃光がまたたいた。

 

「バカな!」

 

支配人が目を見開いた。

アデルが彼の思惑から外れて反抗している。あろうことか、俺の周囲にコンソールまで出現している始末だ。

想定外どころか原理もわかっていないのに違いない。

しかしアデルに操縦系統を明け渡したのはAI、つまりカバカーリー側からだった。

自動制御の管轄外のガンプラは、イコール通常の操縦でなければおかしい、という逆説的な理論を組み立てたのだろう。

あくまでアデルは『カバカーリーの制御の外側』に立っていただけである。

 

「ここではガンプラは主に似るらしい。身勝手で、油断しやすいところなんてあんたにそっくりじゃないか?」

「ふざけるな!なぜ、そのアデルはカバカーリーの支配を受けない!?劇場内を飛んでいたはずだ!」

「俺のアデルは他の機体とは違う。たぶんな」

 

この劇場にカザミと操作に来た時点で、自動制御のすべてがカバカーリーに操られているなら、アデルは俺に利するような行動はとらないはずだ。

そもそも最初から、アデルはただの自動操縦ガンプラとしては異質だった。

ライブ会場でのつまらなそうな素振りや、他者を威嚇するなどの行動はライブの円滑な運営には邪魔でしかない。その基幹が俺の戦闘データから生成されているとしてもだ。

装置を作ったのがヒカワたちならば、この程度は予想して対策を立てている。

俺にはそういう奇妙な確信があった。

 

「くそ、わからん!なぜ動く!」

「……支配人。あんたのそのドス黒い感情に、俺も共感しないわけじゃない」

「知ったような口を利くな!?」

 

支配人の戸惑いに応じてか、カバカーリーの押し込みは弱かった。

アデルは敵の光刃もろともその右腕部を切断する。

すれ違いざま、カバカーリーのもう片方の腕をもサーベルの投擲で封じ、相手を大きくよろめかせた。その隙に背後から、胴体をはがいじめにして膝蹴りを見舞う。

 

「ぐっ!」

「俺も大事なものを奪われたことがあるような、そんな過去があった気がするよ」

 

支配人の慟哭は、俺の曖昧模糊とした記憶の琴線に触れた。肌で、彼の悲哀に共鳴し、心の底から憐れみと同情を覚える。

だがそれきりだ。それ以上は付き合ってやれない。

俺はモニターの片隅にあるパネルを押した。

三流ファイターの意思に応えるべく、黒いアデルが発光する。

関節部から、そして胸部中央から光が漏れ出る。

 

「なんだ!?まだ何かあるのか!」

 

それはビルドファイターが誰もが知る空色の輝き。すべての想像力の源泉だ。

こいつがある限りガンプラには無限の可能性が認められる。

カザミは事態を見守っていて輝くアデルの絡繰りを見破ったらしい。

ついにその顔すべてを驚愕に変じた。

 

「結晶体。プラフスキー粒子の結晶体が、アデルの中に入っています!」

「バカな。そんなもの、どこで手に入れた!」

 

支配人が思わずそれを否定するが、それは揺るがしようのない事実だった。

プラフスキー粒子を凝縮した結晶は、まさしくアデルの心臓として息づいているのだ。

心臓の存在は、カバカーリーの操り人形となる魔の手を払いのけるだけではない。

キャパシティを超える量の粒子が、丹念に合わせ目消しを施した装甲の内側で暴れ狂い、内部骨格へ強引に浸透させられていく。

第七回世界大会を制した力が、表面的な現象だけでも模倣される。

 

「『RGシステム』完全解放」

「まさか、これがあの男が言っていた『神器』……!?」

「終わりだ。支配人」

 

アデルが上体をひねり、その右腕に粒子を集中させた。

逃げ場を失った膨大なエネルギーで、装甲が文字通り膨れ上がり、これ以上は抑えられないと悲鳴を上げる。

だが俺にとってはこれでいい。

アレックスとの戦闘では無様に使ってしまった。伝説に詫びを入れる時だ。

 

「『RG・ビルドナックル』」

 

乾坤一擲。

粒子浸透で桁違いに上昇した硬度で以て、アデルは敵機の装甲をぶち破る。

胸部に大穴を開けたカバカーリーは、その装甲から光を失い、本来の黒に戻っていった。

 

『BAT■LE ENDE■』

「そんな、バカな」

 

決着はついた。

例外事項を強引に処理しようと、とぎれとぎれのシステム音声が鳴る。

大事な記録を破壊され、膝をつく支配人にカザミが歩み寄った。

その長い膝を曲げて顔の高さを合わせると、黒幕の肩へ手を置く。

 

「支配人さん。あなたの後悔、怒りは私にも一定の理解はできます」

「……え?」

「しかし、それと無関係な『コスモス』のアイドルたちを巻き込んで、陥れてしまったことが誤りだった。それではあなたの言う、PPSEの悪辣な手口と同じではないですか?」

「……私はただ……」

 

うつむいた男は、それきり何も言わなくなった。

俺はほう、と安堵の息をつく。

これで一件落着だ。

ハイバラたちの行く末まで責任は持てないが、彼女たちなら後は乗り越えていけるだろう。

カザミが俺へ振り向いた時は、とうにいつもの胡散臭い笑顔があいつの顔面に貼りついていた。

 

「アシハラくん。警備部の人たちを呼んでください。この事件、真相はずいぶん複雑そうですから」

「ああ」

 

俺は大人二人に背を向けて、劇場を出る。

その中途で、カバカーリーに拳を貫通させたまま浮遊しているアデルを手に取った。

もはやアデルの粒子はすべて使い切られ、プラスチックでできた指先すら動かせないだろう。

空間に粒子は散布されたままだが、これは『必殺の一撃』である。

一時的とはいえ、力尽きるのは当然だ。

 

「あの男。さっき『神器』とか言っていたな……俺がこいつを入手した経緯も、それと関係があるのやら」

 

支配人の言葉を思い返して、俺は目を細めた。

実はアデルの胸に収まった結晶体こそ、俺のかすれた記憶の手がかりとなる遺物なのだ。

思い出せるもっとも古い記憶の時点で、既にこれはアデルに入っていた。

自室のスケッチブックに記されていた特殊な内部構造は、この『RGシステム』の猿真似のために作られていたのである。

『神器』という単語が、かすかに記憶の扉をひっかいていくが、それ以上は想起できなかった。

支配人へもっと深く問いただせばわかるのかもしれないが、そうやって過去への固執を続けていると、支配人のように悲惨な末路を辿るのかもしれない。

解決策はわからないが、俺は彼を反面教師として心にとどめておくことにした。

 

Side コウイチ

 

アシハラは劇場から戻ってくると、執務室にノックなしで入ってきた。

そこでナガイさんの顔を見て、しばし視線をさまよわせていたが、彼女の満面の笑みにほだされたらしい。

やがてどっかりとソファーに腰を下ろした。

部屋の主であるハカドさんから許可は下りていないが、厚かましくも彼女の正面である。

 

「お久しぶりです。師匠」

「息災で何よりだ。ユウジ。しばらく見ない内に、随分物騒な面構えになったな」

「そうですか」

 

珍しく、アシハラが他人に敬語を用いている。

それほどまでに、二人の間に結ばれた絆と上下関係は硬いものなのだろう。

しばしの沈黙。

アシハラは口を引き結び、ナガイさんも何を話そうかとまごついている。

僕はというと、この師弟の間に挟まれていたたまれない気持ちになっていた。

癖でもない貧乏ゆすりをして、ハカドさんにアイコンタクトで助けを求めるが、ハカドさんも沈痛な面持ちで首を横に振る。

基本的に楽観的でムードメーカーな人でも、さすがに限度があった。

 

「そうだ、アシハラ。どうして劇場にアレックス・メルフォールがいると教えてくれなかったんだ」

「は?」

「ナガイ警備部長から伺った。何か変化があったらすぐに知らせてくれって言ったじゃないか」

「……あの時はこっちも混乱していて、正常な判断ができなかった。それ以降は、ハイバラの周辺を調べていて言いそびれただけだ」

「そ、そうだったのか」

「それにお前がアレックスの存在を知ったところで、顔も知らない相手を追いかけられるかよ」

「ん?いや、面識はあるぞ?茶髪に灰色の瞳の偉そうなフランス人だろ?」

「待て。それこそ初耳だ」

 

不意にアシハラの顔色が一変した。

 

「お前とアレックスが会っていただと!?いつ、どこでだ!?」

「え?え?」

 

すさまじい剣幕で僕に詰め寄ったかとおもうと、両肩を掴んで揺さぶってくる。

顔面は蒼白で、精気がないはずの目は血走っていた。彼のこんな表情ははじめてだ。

しかしよくよく思い返せば、この事件が起こるまでの互いのコミュニケーション不足は深刻だった。僕だけがアシハラとアレックスの関係を把握して久しいだけで、本人にその情報はまったく伝わっていなかったのである。

 

「これこれ」

 

ナガイさんが僕らの中間へ、その小さな体をねじ入れると、さすがにアシハラも身を引いた。

彼女は杖の先で、僕の額をコツン、と小突く。

 

「その話題に関してユウジは特に敏感なんじゃ。迂闊に触れるなと言ったろうに」

「す、すみません」

「ユウジも落ち着け。アレックスがこの地域で活動しているというのはお前も知っての通りで、ヒカワ・コウイチが公式審判員として最低限の知識を保有した、ということにすぎん。おぬしに収穫はないぞ」

「…………はい」

「それより、当事者が全員揃ったのじゃ。一番肝心な本題に入ろう」

 

着物のたもとから、一枚の紙切れが取り出される。

書類の形式からして、公式審判員の正式な辞令だ。すっかり頭から離れていたが、僕たちが呼び出されたのは、警備部への連絡なしに独断専行を行って技術スパイをとり逃したからだった。

ナガイさんは辞令を片手で、ハカドさんのデスクの中央へ滑らせた。

 

「公式審判員特務班は、警備部の監視下に入ってもらう」

「なんですって」

「これまでの管轄部署である広報部との共同管轄だ。特務ファイターには従来の任務に加え『ムラサメ』をはじめとした対立組織撲滅作戦の手伝いをすることに決定した」

「無謀です!僕にもアシハラにも、そんなノウハウは存在しません!」

 

僕は今日一番の驚愕に心臓が一拍停止したと錯覚した。この班には知識も、経験も、人脈も何もかもが欠乏している。警備部と連携したとて、足手まといになるのがオチだ。

ナガイ警備部長をはじめとした、上層部の意図が汲み取れなかった。

 

「だから念入りに『ムラサメ』と『神器』について語り聞かせてやったのじゃ。バックアップ策も講じてある。入ってこい」

 

ノックもなしに、ほとんど吹き飛ぶように扉が開くと、電光石火で誰かが飛び込んできた。

アロハシャツに逆立った金髪とサングラス。あまりに南国感あふれるその姿に、僕は見覚えがあった。

 

「シュン!?」

「そんなビビるこたねえだろう、コウイチ。昨日メールしたじゃねえか」

 

そこにいたのはキノ・シュン。

長いことアメリカで仕事をしていて、『神器』の映像を見つけた日の晩に、とうとう帰国するというメールを寄越していた相手でもある。

『ガンプラ心形流』の門下であり、何を隠そう僕の従兄弟にあたる男だ

ナガイ警備部長の来訪とは異なる懸案事項のように思っていたが、それどころか密接にかかわっていたようである。

 

「えっと、君は?ヒカワくんと知り合いのようだが」

「申し遅れました!オレちゃんは北米支部所属で、コウイチの従兄弟のキノ・シュンといいます!ナガイのバアちゃん……警備部長の命令により、本日づけで特務班に配属になりました!」

「なるほど。北米支部でムラサメとの戦いを支援していた現地の審判員というのは、キミのことか」

「そうっス!」

 

ハカドさんの質問に、シュンは鼻高々に答える。

こいつの特徴はこの高いテンションと、誰に対してもなれなれしい態度だ。

アシハラとは真逆のようであり、問題児という点だけが共通している。

 

「さっき、噂のアレックス・メルフォールとやりあったんだけども、いやはや強かった。ばあちゃんに頼まれた戦闘データの解析も阻止されて散々だったぜ」

「お前もアレックスに会ったのか」

「お、聞きたいか。オレちゃんの武勇伝。いや、まずは互いの自己紹介か?」

 

またアシハラの様子がおかしくなるが、シュンにとっては格好の自慢の材料でしかない。

初対面のアシハラ相手にその騒々しい口をぱかり、と開く。

 

「キノ審判員。そこまでだ。これ以上状況を混乱させないでくれ」

 

マシンガントークが始まろうとした直前で、あいつを制止したのはハカドさんだった。

僕たちの上司は机の裏側から、ゆっくりとこちらへ歩みを進める。両目はじっと、ナガイさんだけを見据えていた。

これから、重要な幹部同士の会談が繰り広げられるらしい。

そんな雰囲気を肌で感じ取る。隣で異議を唱えようとした従兄弟の口を両手で塞いだ。

あいつはしばらくモゴモゴと唸っていたが、酸素が足りなくなったのか、とうとうおとなしくなった。

そして二人のベテラン審判員が正面から対峙する。

 

「本部警備部長。一つ質問があります」

「聞こう」

「ユウジくんとアレックス・メルフォール。今回の処置は二人があなたの弟子であることを度外視した上での処置でしょうか?」

「どういう意味じゃ」

「私が見立てた通り、ユウジくんは卓越した観察眼とビルダーとしての技量、そしてファイターとしての一定のバイタリティーを持ち合わせています。しかし、今回のようにアレックスが関連すると、また平静を欠く可能性は否めない。警備部の補佐としてはまだまだ未熟であるように思いますが」

 

アシハラは抗議しない。

たった数分で、彼がアレックス・メルフォールへ強いこだわりを持つことは身にしみて理解した。口の端にのぼっただけであれだけ動揺するのだ。直接顔を合わせたら、どうなるかわかったものではない?

ナガイ女史はアシハラへと問う。

 

「ユウジ。例の技術スパイはどうした」

「ハイバラをはめようとした黒幕は捕まえた。カザミに頼んで警備部とやらに連行してもらっている」

「うむ」

 

満足げに彼女は頷くと、骨ばった指でとんとんと杖をたたく。

僕もこっそり胸をなでおろした。真犯人が捕まったなら証言によって、彼女と仲間たちを取り巻く醜聞はやがて消えていく。コスモスの活動再開も見込めるに違いない。

ナガイさんは杖の先端を指先でもてあそびながら、ハカドさんへと向き直る。

 

「特務ファイターの技量は、これで警備部にも証明されただろう。ユウジは途中に障害があろうと、最終的に任務をまっとうする」

「詭弁です」

「もしもこやつがアレックスとやりあうというのならば、任務の範囲外で好きにすればいい……それに」

 

不意に、温厚なしわくちゃの顔がかげり、背筋も凍るほどの殺気がナガイ部長から発せられた。それは話し相手のハカドさんのみならず、のんきに事件解決を喜んでいた僕たちまであおりを受けるほどの激しい気迫だった。

傍らでシュンがつばを飲み込んだのが聞こえる。

 

「忘れるな。我々は既に、一度ムラサメに完全敗北している。ユウジを責めていられるほどの余裕なぞない」

「!……はい」

「奴が組織を統括しているなら、旧友のユウジがいる方が警備部の連中も助かるじゃろう。ただの弟子びいきではないさ」

 

公式審判員の法を統べる長として、特務の行く末を真剣に考えた結果なのだと彼女は言う。

束の間の覇気は消え失せ、親しみやすそうなおばあさんが舞い戻っていた。

シュンは空気の抜けた風船のように、間抜けた息を吐き戻し、僕も自分の体が知らず知らずのうちにこわばっていたことに気が付いて、肩の力を抜いた。

横目で確認すると、アシハラは平然としていた。さすが弟子といったところか。

 

「話を警備部長にも通してくる。あやつは頑固だから、説得には骨が折れそうじゃ。ははは」

 

ナガイさんは棒立ちになる一同の隙間を、音もなくすりぬけて姿を消した。

ハカドさんは大きく息をつき、デスクに戻って頭を抱える。僕たちの所属は変化し、特務ファイターのデータ収集が主だったはずの活動内容に、殺伐とした事件捜査が加わった。

軽々しく一件落着とはいえない結末に、上司としては悩ましい限りなのだろう。

僕とシュン、アシハラは誰が言うともなしに額を寄せ合った。

 

「なんというか、アシハラのお師匠って底知れない人だね」

「オレちゃんをアメリカから呼んだときも、ほとんど説明なしだぜ?コウイチの班に異動って聞いたのも、ついさっきだ」

「言ったろう。強引でロクデナシな人だと。ああして物事を引きずって、むりやり終いにするのが得意なんだよ」

 

そう語るアシハラの腰の後ろの辺りで、ふと何かが揺れたのが目に入った。僕が目をこらすと、それは四角い15センチ四方の、透明な硬質プラ製の物体だった。

表面にファンシーな音符が飛び交って入るというあたりまで認識して、僕はおおいに驚いた。ファンであるからすぐにわかる。『コスモス』の最新のシングルのジャケットだ。

アシハラはいつもの仏頂面を崩さないまま、ジーンズへ無造作にものを突っ込んで、シュンと顔を見合わせているのである。

かつての僕ならば、その光景をハイバラさんへの義理立てと推測しただろう。

ところが今の僕にはほんの少しだけ、バディの心情を肯定的に捉える余裕があった。

アシハラも彼女たちの歌を気に入っていたのだ。だから買ってきた。それだけの話だ。

 

「あれ?ユウジちゃんそれって……ごあっ」

 

シュンが余計な水を差す前に、僕はその逆立った金髪をはたいた。

 




ガンプラ心形流、それはサンラ○ズパースと圧倒的火力、そしてわかりやすい必殺技という、ガンプラのロマンを追求した流派でしょう。
今回のキャラクターであるシュンもきっと、それに違わない活躍をしてくれたらいいなあ、と考えています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。