ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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4話の後編です。


Parts.04-b 「ガンプラアイドルグループ コスモス」(後編)

side コウイチ

 

アシハラは数分前の出来事などおくびにも出さず、淡々とハイバラさんを手伝っている。

僕はというと制服の胸ポケットに手を当てたまま、一歩もその場から動けなかった。

こんな溌剌とした少女が、人の作り上げた技術の結晶を盗むことに手を貸しているなど信じられない。

仕組まれた何かがあるはずだ。

もちろんそれは100%僕の第一印象と肩入れであった。

だが、僕は技術スパイに憤るエンジニアという以前に、彼女のファンであり、なによりも公式審判員である。

すべての人がガンプラを楽しめるようにするのが務めで、その為には、彼女が冤罪という証拠を提示しなければ。

 

「どこかにあるはずなんだ」

「そうは言っても、他に心当たりがないのよ」

 

聞きとがめられたかと慌てて彼女の方を見たが、ハイバラさんは箱の中身についての話題と勘違いしたようだ。

 

「さっきから何を探しているんだ」

「プラモ用のニッパー。いつもはこの工具入れに入れてあるのに」

「ニッパーくらい、ガンプラのホルスターに一緒に携帯しておけ」

「だってライブ衣装には付けられないじゃない。あなたみたいに肌身離さずとはいかないわ」

 

アシハラは僕の独り言からおよそを読心したのか、話の流れをそちらに振っていた。

さっきの会話といい、やろうと思えば他人の機嫌を取れるのだ。

ハイバラさんが工具入れと称したのは30センチほどの幅のケースで、がしゃがしゃと漁っているが見つかる気配はない。

そんな彼女をアシハラはしばし見守っていたが、やがておもむろにジャケットの内側から一本のニッパーを取り出した。

緑色のグリップで、刃は照明を受けてこちら側が写るほど研がれている。ほとんど新品に近いそれをあいつは躊躇なく差し出した。

 

「これをやる」

「え、でも、これあなたのニッパーでしょう?」

「俺の得物は別にある」

 

流石に遠慮するハイバラさんに対し、アシハラはもう一本のニッパーを取り出して見せた。

グリップが塗料などの汚れで薄汚れている以外はほとんど同じものだ。むしろ刃に至ってはこちらの方が澄んでいるのではないだろうか。

それを見て、彼女は納得した様子で綺麗な方のニッパーを受け取った。

 

「ありがとう」

 

眩しい笑みだ。ファンでなくてもどきり、とするに違いない。

しかし、あいつは相変わらずの無表情で古びたニッパーを弄んでいた。

 

「『常にニッパーは二つ持ち歩け。一つは自分の為に、もう一つは、誰かにガンプラの楽しさを伝える為に』。審判員の心得と一緒に叩き込まれた、俺の師匠の教えだ」

「師匠ってひょっとして、ガンプラ造形術の?」

「そうだ」

 

ハイバラさんの問いをアシハラが肯定する。初耳だった。

ガンプラ造形術とは華道や茶道のように師弟関係を結び、ガンプラの製作、バトルの技量を磨く者たちの術である。達人に教えを乞うのだから凡百のビルダーよりも技量の平均値は高まる。

アシハラがそんな経歴の持ち主ともなれば、化け物じみた製作技術や観察眼にも一定の説明がつく。

 

「なあ、お前が所属しているのって、関西の心形流か?」

「いいや。関東のドマイナーな流派だ。おそらく門弟は俺ともう一人くらいしか残っていないだろうよ」

「そうか……」

 

心形流は世界大会ファイナリスト、ヤサカ・マオを輩出した最も有名な造形術の一門である。

僕はそこに多少の縁があったので、興味本位で尋ねてみたのだがはずれらしい。

不意に、アシハラが僕の何気ない質問に答えてくれたのは珍しい現象なのでは、と思う。

ところがハイバラさんの小さな顔が僕らの間にひょいっと割り込んでくると、ついそちらに気を取られてしまった。

 

「ねえ、ユウジの師匠ってどんな人だったのよ」

「そうだな……俺たち弟子に厳しくて、だらしなくて、平気でルールを破るろくでなしだった」

「何よそれ。とんでもないじゃない」

「だが、いい人だったよ。昔のことは色々忘れちまったが、それは覚えている」

「そっかあ」

 

彼女はビギナ・ギナの組み立てを進めながら相槌を打っていたが、その何気ない受け答えが、わずかに震えを帯びて届いた。

 

「ちょっとだけ、うらやましいね」

 

快活な少女の顔へ、一瞬だけアシハラと同じ色の影がさしこんで引いていく。

僕はどうしてもその影を見逃せなかった。

 

「それは、一緒にガンプラを作ってくれるような友人がいないからですか?」

「まあ、そうなるかな。正直、ガンプラアイドルなら大好きな趣味を共有できる仲間とアイドルもやっていけるって、はしゃいでいたから。現実は厳しいわ」

 

彼女はガンプラの顔面に、慎重にマーカーで色を塗っている。ちょうどそれはカメラアイの輪郭にそって滲んだ。

アシハラはそんな様子の少女の隣へ、パイプ椅子で無遠慮に腰を下ろした。

いつの間に入れたのか、換気扇の轟音が響く。

 

「嫌なのか。他のアイドルが」

「ケンカ売っているの?」

「だが、お前とあいつらは根本的な所で相容れない。ガンプラにもっとも関わるべき立場にいながら、その点で価値観のすれ違いを抱えている」

 

アシハラはハイバラさんを見ようともしない。あいつが相対しているのは、エアブラシの表面に歪んで写り込む、自分の顔だけだ。

ハイバラさんはさっきまでの調子が嘘のように、はきはきと言葉を紡いだ。

 

「ガンプラやガンダムに興味がなくても、みんなアイドルになりたくてここに来た。致命的な歯車が嚙み合わなくても他の要素がそれを埋め合わせてくれるの」

 

分割されたガンプラの各部位が組み上げられていく。ほぼ素組みにしても、おそるべき速さでビギナ・ギナは完成した。

全長は13cmほどでプラモデルにしても小型である。いくつもの工程を経て、たったこれだけの小物が残されるのだ。

こうして完成したガンプラをどう楽しむかは無数の選択肢が与えられる。

ハイバラさんやアシハラのように戦う人、鑑賞する人。すべてが許されている。

そしてアイドルの小道具という用途も、ガンプラに与えられた新しい可能性のはずだ。

メンバーのほとんどがビルダーでないからって、ショックを受ける必要はない。

僕は彼女の言葉で、そんな当たり前のことを思い出した。

ハイバラさんはその作品を誇らしげに作業台に立たせて、頬杖をついている。

 

「ユウジ。人と仲良くなる方法は、ガンプラがすべてじゃないでしょう?」

 

アシハラの、エアブラシをティッシュに押し付けていた手が止まる。

鬱屈とした視線がビギナ・ギナからハイバラさん、なぜか僕を通って手元へと一巡した。

 

「……俺と同じくらいの歳の癖に、よほど道理がわかっている」

「でしょ?アイドルっていうのは、そんじょそこらの人よりメンタルが年上なのよ」

 

ほがらかな太陽の笑みが輝く。

それは隠し事で後ろめたい僕の気分でさえも幾分か照らしてくれた。やはりアイドルの最強の武器は『笑顔』につきる。

アシハラは眩しそうに顔を背けると、急に立ち上がって僕と向かい合った。

握りこぶしから親指を立てると粗雑に出口を指す。

 

「話がある。表に出ろ」

 

自信へと投げかけられた言葉で、何を思ったのかは定かではない。唯一たしかなことには、そこには有無をいわせない迫力があった。

 

Side アレックス

 

調査が完了した二日後。審判員が装置の試験稼働を行うという情報を受けて、オレたちは劇場に舞い戻っていた。

 

「あとはこのスピーカーですね。急に配線が変更になるとは、技術者の方が頭を抱えそうです」

「オレたちの目的を忘れてないか?」

「いいえ、全然」

「……」

 

オレたち兄妹は劇場の裏手にある物品の搬入ゲートにいた。

部下が数名、作業着に身を包んで、段ボールを上げ下ろししている。

今度は大型機材の取り扱い業者をかたって潜入した。さすがに最新型バトルシステムの周辺機材は内内に運んでメンテナンスがなされているようだが、劇場の放送機材はその限りではない。

観客の立ち見区域の一部を工事継続中として封鎖してから、オレたちの仮拠点を設営した。現在、仮拠点には名義を偽られたオレたちの物資が次々と搬入されている。

むろん書類は改ざん済みである。現地のスタッフが戸惑う程度であろう。

アレクシアはこの業務もきちんとこなさなければ気が済まないようで、入念な準備と打ち合わせを繰り返し、すっかり業者の元締めになりきっていた。

 

「依頼人であるサトウも怪しい。黒幕は別にいると言ったのはお前だ」

「ええ。もちろん覚えています。それを突き止めるために、あえてスパイを泳がせる判断をしたのは兄さんであることも」

「そうだ。今日ここで技術スパイを確保し、『神器』を回収する」

「……ハイバラ・キミコさんの冤罪についてはどうするのです?」

「どうでもいい。最初から『ムラサメ』の偉いはアイドルに接触した技術スパイであり、それ以外は些事にすぎない」

 

ハイバラ・キミコはたしかに冤罪だ。

あの『決定的証拠』が皮肉にもそれを証明している。

だがそんなことは黒幕の存在を肯定するための道の途中で、多少の考慮に入れるべきであった要素にすぎない。神器回収という必須通過点とは異なる。

他人の有罪無罪にかかずらっていられるほど、ムラサメも暇ではないのだ。

 

「まさか、お前は顔も合わせたこともないアイドルの無実を証明するために、黒幕を知りたいのか」

「そうです」

「愚考だな。スパイを捕まえて吐かせても状況証拠の積み重ねであることには変わりない」

「私たちは『自警団』のはずです」

「公式審判員の定めた規則の範疇で裁けない相手を裁く、身勝手なだけの正義だ」

「だったら!」

「故にこそ、訂正のきかない完璧な結果を提示しなければならん。図に乗るな、アレクシア」

 

公式審判員が同じように、黒幕を捉えて公衆の面前へ晒しだせば、ハイバラ・キミコへの疑惑はあっさり晴れるはずだ。

けれども、それは連中が仮にも法にのっとり正義を執行する、公権力の使者だからにすぎない。しょせん海を越えた国からやってきた『外人』が、立ち上げたばかりの自警団とは説得力が違う。

オレはともかくムラサメは最強には程遠いのだ。

アレクシアは叱責を受けてなお、拳に力がこもっていた。

 

「それでも、許されるはずがありません。他人の人生を身勝手な風評で汚すなんて、万死に値します」

「……ふん。そんなに地雷を踏んでいたか」

「アレクサンダー様。アレクシア様。準備完了です」

 

世話役の聞きなれた冷ややかな調子の声に、アレクシアは頭を冷やされたらしい。

まもなく普段の穏やかな顔つきに立ち戻った。

オザワは両手にGPベースを持っていた。カラーリングはそのままに、先端の球状のくぼみへ、識別用の紫色の結晶が象嵌されている。

これは、バラバラの条件で集積していた試運転データを集積、専用のプログラミング調整を施したものであった。

ガンプラが、ファイターにとって凶暴な愛馬となりうる手綱とも言える。

 

「では、行くとしよう」

 

部下たちに運び込ませたのは粒子発生装置。市井に流通しているバトルユニットそのものだ。ムラサメの潤沢な予算にものをいわせて数台購入した。

これを使って劇場のシステムにエントリーし、スパイが奔放に回る遊び場をオレたちの狩場に変じさせる。

 

『Gum-pl■ Battle ■■■bat mode start ■p』

 

非正規のシステム侵入に音声機能もバグを吐き出すが、想定内の挙動だ。

もっと根幹部分にあるガンプラの操作系統システムまでは侵されていないはずだ。

その対策も兼ねての改造GPベースである。

 

『Please Set your Gun-pla』

「待たせたな」

 

暁 雷光をセットする。

こいつは初回の起動実験以来のフル装備で、背面には『サンダーボルト』に登場するサブアームと重火器を満載したウェポンユニットを久方ぶりに背負っている。

その双眼が、プラフスキーの息吹を受けて黄金に発光した。

隣ではパールホワイトに塗り替えられたザクが、ピンクのモノアイをひときわ強く輝かせる。

アレクシアのガンプラだった。

 

「ここはかなり広大だ。監視体制は万全とは言い難いだろう。ライブで観客が熱狂している間にケリをつけるぞ」

「了解」

 

天下のヤジマ商事といえども、たかが一アイドルの、施設のカメラまで世話はしてやれない。見学する関係者も総人数は普段の四分の一ほどだ。

つまり普段は想定しえない死角が今日だけ増える。オレの働きやすい環境である。

 

「アレックス・メルフォール。『暁 雷光』。出陣する!」

「アレクシア・。メルフォール。『ソヴァールザクウォーリア』、行きます!」

 

カタパルトが火花を伴って暁 雷光とザクを射出した。

いくらシステムがアップデートされても、散布しているものは同じプラフスキー粒子だ。目論見通り、用意したユニットを玄関口にして、二機のガンプラは劇場の全体を飛行可能になっていた。むしろこちらにはカスタムGPベースのバックアップがある分、アイドルの機体より戦闘能力は割増される。

 

『舞台では『コスモス』所属のガンプラが既に何機か飛行していますね』

「事前情報によると自動操縦だ。バトルをしようにもプログラミング通りにしか働けんよ」

 

オレの暁 雷光を導くようにソヴァールザクウォーリアは飛行している。

こいつはセイバーガンダムのバックパックにウィザードとして換装してあり、暁 雷光の射程をカバーするように設計されている。

ワークスチームではなくアレクシアの手製だった。

ほぼすべてがビーム兵装なのは、ビームに対して強い耐性を持つ暁 雷光に牙をむかぬような制約があったらしい。

誰が妹に助言したかは知らぬが、余計な気遣いだ。

 

『兄さん。前方にアンノウン反応です。粒子挙動探知にひっかかる程度のステルス機と思われます』

 

あのシャンブロとのバトルを基に新たに搭載された新型レーダーが警鐘を鳴らした。

これはガンプラそのものではなく、その周囲で流体的に変化する粒子そのものを観測しているから、通常の規格では索敵不能であっても補足できる。

カメラをズームし機体の種類を識別する。

古いブラウン管テレビのような頭部と、筋肉質なボディビルダーを思わせる、黒いマッシブな胴体。

絶対防御機構『プラネイト・ディフェンサー』が特徴のモビルスーツ『ビルゴ』だ。

それが三機、床に着陸して何か怪しい挙動を取っている。

まかり間違っても歌や踊りではない。

 

「仕留める。先行して牽制しろ」

「はい!」

 

アレクシアのザクが急加速をかける。ビルゴはそれにテレビ頭をもたげて反応すると、手持ちのビームキャノンを斉射した。はずであった。

というのも、オレの視界には空気を裂くはずの光の条線は、粒子のひとかけらさえ顕れていない。ただヤタノカガミがビームを感知し、無条件で反射しているという警報だけがポップアップしているのである。

敵の弾幕は不可視であった。

 

「違法改造のガンプラとは、いきなりアタリを引いたな」

 

ファンネルをクリアパーツで作成し、回避を困難にすることは世界大会でも行われたが、いくらなんでもビームに塗料をふきつけるとはいかない。直撃判定のみが迫る技なんてプラフスキー粒子の判明している物理法則を凌駕している。

こいつは確実にイリーガルな代物だった。

さて、アレクシアのザクはそんな虚無の攻撃と射撃戦をするという難題を課せられていた。ザクが空中で糸が切れた人形のように脱力して急停止したかと思うと、あらぬ方向へ機体を転回させる。それで機体が破損しないならば、回避には成功しているのだ。

 

『頭かくして尻かくさず、です。私には、すべて捉えられています』

 

妹はビルゴのキャノンの銃口を観察していた。

いかにビームが透明であろうと、銃口は反動をわずかに再現して後退する。

ガンプラが実際に動く以上、それはいかに腕部の構造を頑強にしようと避けられない現象だった。

前触れなく、ザクの肩にあるシールドの表面が、一直線に焼け焦げた。

その盾を腕部に対して垂直に傾けさせて、内部から飛び出した黒い柄を掴む。

ビーム・トマホークの桃色の刃が中空に向けて振るわれて、しきりにエッジを明滅させる。

粒子同士の干渉はオレの暁 雷光からも観測できた。

見えないビームを切り払ったのちに、ザクは腰部左右のセイバーウィザードからアムフォルタス・プラズマビーム砲を展開させ、大出力の奔流を放った。

白い閃光の中心を、赤い衝撃が駆け抜ける独特すぎるエフェクトが、静かだった戦闘空域を一気に塗りつぶす。ビルゴはプラネイト・ディフェンサーでしのぐが、余波でわずかに動きが止まった。

 

『今です。兄さん!』

 

オレは両掌を覆うグローブを外していた。

彼女の行動は牽制にすぎない。

あくまで、主役はオレだ。

 

「全火力。解放」

 

暁 雷光のウェポンスロットを、並列起動する。縦横無尽に、数センチ幅のモニターが一斉に目覚めた。

その総数二十。

通常の表示に収まりきらず、オレの正面すべてを覆うように出現している。

カスタムGPベースの調整のおかげだ。

こちらはルール違反ではなく、制御できるならばグレーゾーンであった。

そして、オレはこれが制御できる。

 

「一番から二十番、弾丸装填、連続斉射準備」

 

コマンド入力を受け、腕組みをした暁 雷光の背面が、複雑怪奇な変形を遂げはじめた。

総弾数600発ずつのガトリング砲二門が前方に折れ曲がって、レールキャノンと肩を並べた。サブアームが伸長してバズーカを構えた。

迫撃砲が上空へ口をあけた。

ミサイルコンテナのロックが外れ、ビームキャノン四門は上方にそろって威嚇する。

その他にも無数の武装群が、オレの号令を待っていた。

ビルゴの無表情なモニターが、たしかに戦慄したのがわかった。

 

「これこそが、我が暁 雷光の真骨頂だ!防げるものなら、やってみせろ!Feu(撃て)!」

 

すべての銃器が咆哮した。

 

side ユウジ

 

俺はイベント設営の手伝いをするため、劇場裏手で準備をしていた。

やや古びた洗面所を借り受け、顔を洗いながら、おとといの顛末を思い返す。

結局俺がハイバラ・キミコにしてやったことといえば、個人的に気に入っているニッパーを譲渡しただけであった。

廊下で手短にヒカワと会話をしたあと、部屋に戻った俺たちを待っていたのは、誰もいない作業台であった。

机には支配人に呼び出されたので、会話を邪魔しないように裏口から劇場に戻るという旨が記されていた。

それから特務ファイターは非番のまま二日間が経過し、ハイバラとは遭遇していない。

置き手紙の文末には俺への感謝も述べられていたが、釈然としない気分である。

 

「……ひどいツラ構えだ」

 

鏡の中にいる、タオルを頬にあてがった人相の悪い男に俺は文句を言った。

こいつと対照的に、あの時の彼女の顔は晴れ晴れとしていたことを想う。

いや、俺以外の人間はたいてい、ああいう風にネガティブな感情を跳ね返す強さを、どこかに持っているのかもしれぬ。

腰のホルスターに整備完了したアデルを収納、公式審判員『特務ファイター』のジャケットの袖に腕を通す。

 

「人と仲良くするには、ガンプラだけがすべてではない」

 

表でスタッフ同士が怒鳴りあいながら右往左往する中、ハイバラの言葉を反芻する。

ヒカワ・コウイチとアシハラ・ユウジの相性は、『ガンプラという分野に関わると』最悪であった。

あいつはビルダーではない癖に、ガンプラが壊れることを忌避する。

俺はビルダーで、ガンプラが壊れることを厭わない。

どこもかしこも正反対で、だからこそ相性最悪だと結論付けたはずだ。

ヒカワはイヤホンで曲の音程を比較しながら修正作業にいそしんでいた。

 

「サトウさん!スピーカーの音程、戻りましたか?」

「ヒノキダによると、まだだそうです!」

「どうして機材に干渉しちゃったんだ……」

 

悠長に待っているつもりはない。

オレはぐるり、と舞台を反対側まで迂回し、裏方の制御ルームでイヤホンを耳に突っ込んでいる男を呼んだ。今日はノートパソコンが相手らしく、それから伸びたコードは、奥の制御装置に接続されていた。

 

「おい、おい、ヒカワ」

「え?なに?今忙しいんだけど!」

 

肩を加減無しに叩くとようやくヒカワがイヤホンを外して怒鳴る。

やはりというか、一昨日の話をすっかり忘れていた。

 

「それは結構。装置が治れば、表に出るアイドルが一人くらい減っても気にしないという訳か」

「……あっ」

 

一拍おいてヒカワは青ざめる。ファンを自称しておきながらとんだ面の皮の厚さだ。

正確には、わかっていても結論を先送りにしていたというのが奴の心境だろう。

ハイバラの疑惑を晴らすために、特務が事件を解決する。

その決断をくだすまでに踏ん切りがつかないのである。

 

「しかし……」

「気持ちはわかる。俺とお前の立場なら、俺は喜んでお前を切り捨てる」

「いや、そうではなくて」

 

公式審判員の仕組みにはわずかに知識がある。ヒカワの言い訳の裏にひそむ事情も察せられた。

実のところ、こういうケースでは広報部所属の特務ではなく、警備部が出動するべきである。

特務が動けばヒカワどころハカドさんの首も飛ぶ。

しかし例の画像のみでは状況証拠にさえもならない。世界各国のスパイの顔を把握している訳でもなし、疑惑の存在さえも立証不可能なのだ。

では他の証拠を探し出し、きちんと並び立てるまで待つべきかと問われればこれも否だ。

なぜならば今日こそが、技術スパイの動き出す絶好の機会だからである。

木を隠すならば森の中。わずかな異変が、メンテナンス時に起こる不測の故障へ埋もれていく。狙わない手立てはない。

今だってこのスピーカーの故障は技術スパイによる事前準備の影響かもしれない。

あの入口付近の封鎖された区画で、誰かがほくそ笑んでいるとも限らない。

被害妄想で済むならそれで結構。

ともかく正式な役所仕事を踏むには、俺たちが気づくのが遅すぎたのだ。

よって、俺一人で戦うと決めた。

『コスモス』のライブに乗じて、スパイらしき人物を探し出し、あわよくば拘束する。

みてくれは三流ファイターの独断専行。ヒカワは監督不行き届きによる始末書程度で済むだろう。

 

「この二日間、悪あがきの調査をあきらめて、お前の判断を待ったんだ。そろそろ事態が切迫していると覚悟しろ。そんなに自分の進退が気になるか」

「違うんだ!僕は保身とか管轄なんてどうでもいい!」

「なに」

 

ここにきて、ヒカワは俺の観察による心理推測を裏切った。

奴が渋る理由など、管轄部署や自分のライセンスといったしがらみしかないと思った。

その退路を塞ぐために俺一人で行動するというプランを立てたが、なにか腹立たしいものとして映ったらしい。

ノートパソコンをすっかり蚊帳の外に置きざりにして、ヒカワは俺との距離を詰めた。

体格ではこちらの方が上のはずが、妙に大きく感じ取られる。昔、ガンプラの師匠とバトルで相対したときに知った、気圧されるという感覚だった。

 

「たしかに昨日くらいまではくよくよ悩んでいたさ。でも、今のお前の言葉でもう我慢の限界だ。いいか。僕は、お前のその自己犠牲が気に食わないんだよ!」

「…………意味がわからない。俺が自己犠牲をしていると?」

 

脳が混乱する。

俺の行動のどこに自己犠牲があったのか。何か勘違いをしていないか。

俺はこいつの観察過程の根本的な部分で見落としをしていたのではあるまいか。

 

「普段は自分以外どうでもいい、みたいな態度のくせに!僕が嫌いなんだろう!?巻き込んで、全部押し付ければいいじゃないか!」

 

言われてみれば、という感想であった。

自己中心的で誰に対してもドライに接する。

アシハラ・ユウジを自己分析したならば俺もヒカワと同じ結果をはじき出す。しかし、それとこのプランはあまりにも合致しない。

どうしてわざわざ、一度会っただけの少女のために動こうとするのか。

自らの独断専行という形式にすることで、ヒカワに責任の所在がむかないようにしたのか。

間違っているのは『ヒカワ・コウイチ』の性格ではなく、『自分自身』へ向けている評価ではないのか?

俺は一度、大きく深呼吸をした。

 

「前も言ったが、俺とお前は本当に反りが合わないな」

「な、なんだよ。急に。そんなこと言われなくてもわかって」

「だが」

「だが?」

 

一呼吸空ける。ここから話す内容は、絶対に『俺』らしくない言葉だ。

己の現在、正直に考えている深層意識と向き合い、露呈していく。

 

「ハイバラが犯罪者だと、俺もお前も微塵とも信じていない。それはハイバラの言った、『ガンプラ以外の共通点』ではないのか」

「!」

「この際正直に吐こう。俺は公式審判員の掲げる正義に共鳴した訳じゃないが、お前なら話がわからんでもない、と思ったんだ」

 

むずかゆくなる胸元を、空いている左拳で強く抑えた。

ガンプラを壊さずにガンプラを動かして楽しむ。その理想を現実にする難しさは、門外漢でもわかった。

そうだ。俺はヒカワ・コウイチを少しだけ見直した。尊敬したのだ。

そんな男が、こんな所でもやもやしているのに腹が立つ。こいつはもっと無茶ができるはずだ、という期待がある。

 

「だから俺を失望させるな。ヒカワ・コウイチ。ハイバラ・キミコの潔白を明らかにするには、お前のエンジニアとしてのテクニックが必要だ」

 

審判員として認めたつもりはない。ただ、どちらも目前の悪に憤りを抱いた。

ヒカワは技術スパイと、罪なき少女を貶める存在に。

俺はきっと、罪をかぶせてのうのうとしている顔の見えない畜生に。

 

「……………………」

 

明らかにヒカワは息を呑んだ。

それはそうだろう。

カザミの指摘したメイジンの影、のせいなのか。俺はこれまで、こうやって感情を吐露することにさえ強い抵抗を覚えていた。

たとえそれが、まごうことなき俺の本心であっても。

 

「……ごめん、アシハラ。お前に正義感があるのを、ちょっと疑っていた」

「好きに疑え。とにかく俺は気に食わなかった」

「それでいいんだよ。僕もそう思った。頭に来たんだ」

「それならば」

 

ヒカワ・コウイチが力強く頷く。

 

「僕もお前と一緒に組織の縄張りを踏み荒らしてやる。公式審判員の心得、その四。『審判員は一人ではない』そうだろう?」

今までが異常なほど溝があったのが、ようやくまともに戻っただけなのに、大げさな奴だ。

 

「やろう、アシハラ。僕が捜査して」

「俺が戦う。組んだ時からそういう分担だろうに」

「ははは。そういえばそうだ」

「話を戻すぞ。そもそもあの写真がおかしいことについてだ」

 

俺は早速、自分の推測を切り出した。

ビギナ・ロナのクツ裏から発見されたメモリーカードにある写真は明らかに不自然な構図で撮影されていた。二人きりでこっそり会うならば、わざわざ一段高い舞台に立つのはおかしい。密談はもっと隅でしなければ、こんな一枚も撮られる危険がある。

技術スパイは、そんな愚を犯すまい。

 

「とりあえず、技術スパイらしき人物の持っている図面を拡大解析、僕が持っている粒子の装置設計図と照会した。その結果はFailed。一件も合致しなかった」

 

ヒカワも自分の調査結果を語る。口では渋りながら、とっくに行動は起こしていたらしい。

 

「設計図を入手しているなら、既に技術は拡散しているはずだ。他の資料は」

「もちろん調べたさ。そうしたらこの舞台と、地下の配管までの一帯をミルフィール状に図解した断面図だった。元々AIをあそこに搭載するプランが存在したけれど、小型化が進んで破棄されたらしい」

 

自動操縦用の様々な試みの内、不要と切り捨てられたものが犯罪者の手に流れてしまったわけだ。ゴミ箱に放り込んだものというのは、セキュリティが甘くなるものである。

おおかたあの写真で行われた会話は、はじめて来た業者が、わかりづらい構造をハイバラに尋ねるといった体裁だったのではないか。

 

「警備がてら劇場も一回りしてみたが、舞台袖に不自然な経路があった。あの吹き抜けてくる冷たい空気は地下空間だろう。工事のどさくさに紛れて、偽装を繰り返しながら巧妙に拡張したとみえる」

「この真下に?金庫の地下にまでショベルで穴を掘るような所業だな、それ」

「まさしくそうだ。金の代わりにテクノロジーを盗む泥棒だが」

 

そしてそんな計画を進めるには、独力では不可能だ。協力者がいる。

それも劇場の地下での工事計画の進行に携わり、スパイに有利であるように幇助するような人間だ。

状況証拠にすぎないが、冤罪を晴らす地盤固めはこれで完了である。

 

「後は物的証拠か。スパイを逮捕して吐かせるのが最上だが」

「僕もお前も、ここは離れられない。困ったな」

 

俺たちが行き詰りかけたその時、劇場の端で、何かが光るのが俺の視界の隅に捉えられた。

そちらを振り向き、目をこらす。

火線だ。実弾とビームが入り混じった濃密な弾幕が、この会場のほんの隅で、苛烈に降り注いでいた。

 

「何の光だ」

「僕には見えないよ?」

「眼鏡を買いなおせ。誰かが戦闘をしている」

 

そう考えると、突然胸騒ぎがした。嫌な予感がする。

そこへ、ひどく慌てた様子で駆け込んでくるやせぎすの男がいた。『コスモス』の事務所に属する社員の一人だ。たしか、名前はサトウといったか。

 

「ヒカワさん。大変です!」

「サトウさん?どうかしましたか」

「ウチのハイバラ・キミコが、舞台の奥に見慣れないガンプラがあると言って、自分のガンプラを差し向けてしまったのです。もうテストを兼ねたライブは始まっていますし、引き返させるべきなのですが!」

 

俺たちがステージと裏方を隔てる幕をのけて、表を覗くとハイバラは一見何事もないようにステップを踏んでいるし、桃色のデナン・ゾンも飛行していた。

しかし、彼女が着ているモビルトレースを模したスーツは様子がおかしい。

 

「まさか、デナン・ゾンともう一機、同時に動かしているのか!?片方は決まった動きしかないとはいえ無茶だ!」

 

ヒカワはたしかこのスーツはコンソールよりも恣意的な操作はできないと言っていたはずだ。ハイバラへかかっている負担は尋常ではないだろう。

 

「俺がアデルで出る」

「任せた」

 

俺は最も付近にある緊急用エントリーシステムにアデルをセットする。

これはライブでガンプラが暴走した際に、取り押さえる為の設備で、まさにじゃじゃ馬を捕まえに向かう訳だ。

今日はアデルの装備が変更されている。あの製作教室で製作を進めていた、高速近接装備『スパロー』をベースにした『モワノー』ウェアだ。

両腕にはガンダムEz-8の胸部を基にしたガントレットを追加。両脚部にエールストライカーのブースターを片方ずつ履いている。

もちろん全体のカラーはツヤを消したブラックで統一した。

武装はガンダムMk-2のハイパーバズーカと、原典と同じく、クリアグリーンの刃を持つ短刀シグルブレイドを腰部後ろに帯びる。

そして、こいつの操縦場所はヒカワの左に陣取った。経験はないが、事を荒立てずに出撃するには、ここから遠隔操作するしかない。

 

「エントリー準備完了。発進どうぞ!」

「ふざけている場合か」

「これって必要なコールじゃないのか?」

「ガンプラバトルでは不要だ。まったく……『アデル・シャドウ』、アシハラ・ユウジ。Sally Forth……!」

 

アデルが射出されたが、その広大さにめまいを覚えそうだった。普段とは異なり、正面にはモニターしかない。広大すぎる戦場が、空間知覚を否が応でも狂わせてくる。

 

「レーダーに反応が二機。これがハイバラさんと、戦闘している相手か?」

「いや。他にもいる」

 

追加されたストライカーの脚部スラスターで、反動を相殺しながらバズーカの引き金を引く。拡散弾で闇討ちを受け、スパークの断末魔と共に機能停止したのは、ビルゴだった。

 

「なんだ、こいつ!レーダーには写っていないぞ!」

「ステルス塗料だ。かなり高価だが、最近は市場に出回っている」

 

つまりは肉眼しか頼りにならないという、骨が折れる作業だ。

次なるビルゴがこちらを探知するより先に、その恰幅のいい図体を、頭上でアーチを描くように跳躍。がら空きの背中にバズーカの砲身をスウィングして叩き込む。圧壊するビルゴ。

残るはおそらく一機。アニメでも奴らは三機で一組だった。

 

「とりあえず持ってきたはいいが、軽量化した『モワノー』にバズーカは相性が悪いか」

 

この状況ではデッドウェイトになるバズーカを放り投げ、アデルにシグルブレイドへ手をかけさせた。

 

「アシハラ!後ろだ!」

 

ヒカワの悲鳴。

すぐさま180度回頭し、右脚のスラスターを掲げると、見えない何かが貫通して爆ぜた。すぐさま脚部を根本からパージして、余計なダメージを避ける。

カザミが素組みのガンプラで行っていた技術を、パーツ分割として設計に組み込んだ、俺流の学習というやつだった。

相手が攻撃の矛先を補正するよりも速くブレイドを抜刀する。

間に合う。

いつぞやのメッサーラ戦で思い出した感覚でもって、俺はビームキャノンを切断せしめた。

 

「よく片脚で踏み込めたな……」

「知らんのか。あんなものは飾りだ」

 

アデルはビルゴの首元に刃をねじ入れて完全に沈黙させると、全方位を索敵する。

どうやら、今の一機でビルゴは打ち止めらしい。

ただし、ビルゴに限った話だが。

 

「なるほど。そういうセレクトもありか」

 

俺は機影を正面に発見した。これもレーダーにはないということは、装甲表面に同じステルス塗膜が張られているらしい。

猛禽類のように鋭利なシルエットに、青い機体色。それに対照的に、赤熱化する鞭であるヒートロッドを所持していた。まるでサーカスで猛獣を従えるように、ロッドをしならせている。

その機体をヒカワは知らなかったらしく、曖昧な表情を浮かべている。

俺はあえて、その機体名を口にした。

 

「ガンダムアクエリアス」

「そんなガンダム、いたか?」

「ゲーム出典だからな。俺もこんな機体を使ってバトルをする物好きはあったことがない」

 

それでも、ビルゴとは相性は最高だろう。元々、あれらはモビルドールと呼ばれた自立稼働機体だ。

その中枢へウィルスを流し込むことで、モビルドールに電子戦を挑むのがガンダムアクエリアスであり、応用すればバトルシステムにも侵入するという『性能再現』も、理屈上では可能ということか。

まさしく技術スパイ向けといえる。

 

「アデルの脚を持って行った攻撃も、システムをクラッキングしてこちらのセンサー系統を犯しているのか」

「そんな機体、どうやって倒すんだよ」

「いくらシステムに好き勝手できたとしても、殴れば壊せる。アーキタイプのバトルシステムじゃあるまいし、このガンダムは確実に存在しているんだ」

 

一応、こちらからずかずかと徒歩で乗り込んで、劇場のどこかで浮遊しているはずのアクエリアスを踏み壊すという最終手段もある。

ただし、実際のガンプラは15cmくらいのサイズで自在に飛び回るから、ゴキブリ退治のようにはいかないだろう。

やはり同じ土俵で叩くが一番であった。

アクエリアスの武装はロッドのみだろうが、こちらはそれよりリーチが短いブレイドだ。

バズーカを拾っても無意味だろう。初代ガンダムよろしく、絡み取られて破壊されるがオチだ。

さらに悪いことには、両脚部のバランスが不安定になっている。あくまでさっきのパージは緊急措置であり、このまま戦闘を続けると、状況は不利になる一方だった。

 

「一瞬でいい。換装する時間があれば」

「じゃあ、私が作るわよ!」

 

突然、超高速で接近する機影。白百合の姫騎士のようなガンプラが、こちら目がけて突撃をかましていた。

 

「ハイバラさん!?今までどこに?というか、ライブ中にどうやって通信を!?」

「まだ公演が続いているのはこっちでも聞こえているぞ」

「問題ナッシング!」

 

先んじてショットランサーの穂先と、その先端に貫かれたままのビルゴがアクエリアスに、質量兵器として襲いかかった。

アクエリアスはヒートロッドでそれをいなして後退した。

ハイバラのカスタムガンプラが、アデルに並び立ってブイサインを寄越す。

ビギナ・ギナの腰部に、ステージ衣装をイメージしてか『Gのレコンギスタ』に登場するGアルケインのフルドレスを追加してあった。頭部にネイルシールを流用した、コスモスの花が意匠として転写されている。

登録名は『コスモ・ギナ』とある。

 

「シェリーたちに無理言って、フリートークで時間稼いでもらっているの!あと五分はもたせるって!」

 

ガンダムアクエリアスの鞭が、二機をまとめて縛ろうと長く伸びる。

テグスや針金を仕込んで自在に操る、古くからの改造テクニックだった。

するとコスモ・ギナがくるりとその場でターン。フルドレスから放たれたレーザーがロッドを弾き飛ばした。

このチャンスは無駄にできない。アデルを全速後退させる。

俺は普段使用している『ノルマル』ウェアの脚部を、劇場めがけて渾身の力で放り投げた。

アデルは『モワノー』の残った片脚をも分離、自然落下するパーツが、床に激突して砕け散る寸前で合流する。

あらかじめ内部に入れておいたネオジム磁石の手助けもあって、両脚のみを通常のウェアに換装する。

その間、コスモ・ギナは果敢にアクエリアスめがけてビームの華を斉射していた。しかしとうとうライフルにロッドが絡みつき、誘爆が起こった。

 

「くっ!」

「よく持ちこたえた。感謝する」

 

万全の状態に回復したアデルが、順手持ちをしたシグルブレイドで飛び掛かる。

伸びきった鞭を切断。さらにアクエリアスの空いた胴体をクリアグリーンの刃で刺突した。

なすすべもなくくずおれるガンダム。

今の一撃は致命であった。

仮に撃墜判定をクラッキングで無視して、強引に動かせば胴体は上下泣き別れになるだろう。ライフル破壊への対応が遅れたのか、右手指を数本喪失したコスモ・ギナが着地した。

 

「あんた、お礼なんて言えるのね」

「助力に感謝するくらいの、人間の感情は残っている。俺を殺戮マシーンか何かと間違えるな」

「ごめんごめん。こっちこそ、ありがとう。こんな不審者がいたなんて、さっきまで、ちっとも知らなかったわ」

 

ハイバラは技術スパイの存在は知らされていなかったようだ。

これもライブの邪魔をしにきた、不逞の輩程度にしか扱っていないだろう。

それでいい。

人間、知らない方がよかったことなんて星の数ほどある。

 

「それにしても、よく他のメンバーが我儘を聞いてくれましたね」

「言ったでしょう。ガンプラビルダーじゃなくても、みんな仲間だもの。私はみんなを信頼しているし、みんなも私を信じてくれている。そういうものよ」

 

感激でもしたのか、ヒカワは目をわずかに潤ませていた。

俺たちの眼前、ガンプラの後方である舞台で、再び照明が七色のコントラストを明滅させはじめた。音楽も大音量で流れ、曲が再開されたらしい。コスモ・ギナはそちらへ向いた。

 

「それじゃ、私戻るわ。時間内に決着がついてよかった、よかった」

 

八基のスラスター・ノズルをなびかせて、コスモ・ギナは引き返していった。

確かに、想定より早く決着がついた。俺たちのこの戦闘はテストの一環とみなしてヒカワに報告させれば、スケジュールの前後はごまかせるだろう。

これで一件落着かという考えが頭をよぎったが、すぐさまそれを否定する。

最初に目視した謎の二つの反応を確認していない。あのアクエリアスの方がそれらより手前にいた以上、陽動にすぎないかもしれぬ。

 

「念のためだ。お前はテストのデータ管轄に戻れ」

「ああ、わかった。またイヤホンを繋ぐから音は聞こえないけど、どうせそばにいるんだから。何かまずいものがあったら、すぐに叩いてでも教えろよ」

 

ヒカワは遅れを取り戻すようにキーボードに指を走らせはじめた。俺はアデルを一度こちらに帰還させて、直接シールドとライフルを持たせてやると再出撃させる。

両腕は『モワノー』でも、『ノルマル』の武装は互換性を残しているのだ。

わざわざ往復するのは億劫だが、仕方がない。

 

「さて、ここか」

 

劇場の最奥。今日になって封鎖された工事区画のほど近くだった。

関係者はみな舞台前に寄り集まっているので、不気味なほど人が少ない。俺のアデルだけが、ひっそりと飛行していた。

突然に閉めきられた区画なので、なにか不具合でも発生したのか、とヒカワは不思議がっていたが、正式な手続きを通して認可された業者の話だから疑いの余地はないらしい。

 

「こいつは、まるで墓場だな。こっちがスパイを守る百人部隊だった、ということか」

 

床に敷かれたバトルユニット上に、無数のビルゴが積み重なっている。俺が倒した数よりはるかに多い。ざっと数えて数十機だ。

不気味なことに、そいつらはディフェンサーを展開した痕跡があるにもかかわらず、無残に風穴をあけて沈黙していた。なんらかの仕掛けでもって、防御機構を封殺されたと推測される。

その時、どこからか俺に通信が接続された。しかもサウンドオンリーだ。

訝しみながら名義を確認して、俺は怖気が走るのを感じた。

『ALEX』の文字が表示されていた。

 

『まさか、直掩と本命を先に仕留めるとは。運がいいではないか。ユージ』

「な、に」

 

その声を聴いたとき、鮮烈な光景が記憶の底から急速に浮上してきた。

眼に痛いほどのオレンジが、地平線の彼方をなめるように照らす。

茶髪に灰色の瞳の人物が手をかざしてその景色を眺めていたが、やがてこちらを向いて、にかりと歯を見せた。

約束をした相手。どうしても、会わなければ気が済まぬ人間の声だった。

 

「アレックス、なのか」

『そうだ。一年ぶりだな。ツガミ・ユウジ』

「ツガミ?俺は……いや、ボクは……ぐわっ!?」

 

コンソールに重い衝撃。茫然としている間に、不覚にも後ろに回り込まれていた。

アデルに蹴りを入れたのはパールホワイトのザクウォーリアだ。

その更に背後に、メタリックパープルのアカツキが両腕を組んで仁王立ちで構えている。

間違いない。どちらかをアレックスが使っている。

 

「ちっ」

 

アデルは振り向き、ザクめがけてドッズライフルを連射する。白いザクには、大道芸のような宙返りでライフルを回避された。

返しの一射は正確にコクピットに届くもので、かろうじてシールドでしのぐ。

正面モニターいっぱいにザクのモノアイが広がった。

盾で下から抉るようなアッパーを繰り出すが、上半身を反らして避けられた挙句、それを右脚で蹴飛ばされる。

二機のガンプラが正面からがっぷり四つに組みあった。高トルク同士のぶつかり合いに、マニュピレーターが悲鳴を上げる。

 

『どうしたユージ。随分余裕のない動きではないか』

「戯れるな。お前、俺の何を覚えていやがる!」

 

アデルは頭突きでザクを突き放した。

しかし、これも策だったと気付く。視界をふさいでいたザクが横にのいた瞬間、暁の背面に、無数の武装が曼荼羅のように待ち構えていた。

 

「やられる」

 

俺は反射的にアデルのシステムウィンドウを展開、そのひとつのパネルを拳で叩いていた。

封じられた記憶の扉に指がかかった気がした。

 

Side アレックス

 

語調は荒く、一人称も異なり、操るガンプラにもその面影はない。

しかし、オレは相対しているガンプラの操縦者は目当ての人間だとわかった。

こいつはツガミ・ユウジだ。

 

「Feu(撃て)」

 

暁 雷光の残弾は少ない。そのありったけを、この黒いアデルめがけて雨あられと降り注がせる。爆発と煙の小宇宙が、バトルユニットの一区画を覆いつくした。

ザクが後退し、ビームライフルのエネルギーパックを交換している。

むせ返りそうなほどの煙は晴れて、オレは歓喜の声をあげた。

 

「おお、これを耐えたか!」

 

装甲のほとんどを削られ、内部に造形されたフレームがむき出しなってもなお、腕をXの字に構えたアデルは健在だった。

オレとてさすがに驚く。万全のビルゴを単純火力で押しつぶした暁 雷光の砲撃。それを、特段の防御手段もないアデルで立っていられるとは、さすがの完成度である。

 

「いや、ただの完成度による頑強さではないな」

『…………これが、あの設計図の』

 

通信越しに、ぜえぜえと息を荒げるユージの声がある。

アデルのフレームから、手負いの獣の表皮を流れる血液のように、プラフスキー粒子がふつふつと溢れている。

きっとこれを浸透させ、一時的に機体性能を限界以上まで引き上げたのだ。

 

「『伝説のシステム』。見事な再現だ。ユージ」

『兄さん。例の技術スパイの身柄を抑えました。バトルに敗北後、ガンプラを回収しようと地下から頭を出したのをオザワさんたちが取り押さえたようです』

 

ザクウォーリアが暁 雷光に接触回線でささやく。

名残惜しいが、今回の再会はここまでのようだ。

 

「帰るぞ。アレクシア」

『はい』

「さらばだ。ユージ。あの女によろしくな」

 

アデルを見下ろしていた二機、暁 雷光とザクが踵を返すと、弱弱しくなっていたアデルの反応は、ゆっくりと途切れた。

限界を超えて、力尽きたのだろう。当然の結果だ。

ツガミ・ユウジはアレックス・メルフォールには勝てない。じゃんけんでグーはパーに勝てないような、世界の摂理である。

帰還した暁 雷光を自らの手で回収し、速やかに現場を離脱した。アレクシアもザクをケースにしまって、オレの前を歩いている。

すると、後から誰かが必死に走る靴音が耳に入った。

 

「アレックス!」

 

オレの背中に、ユージの声が投げかけられた。アレクシアがびくり、と身を跳ねさせるほどの気迫だ。オレは強引に妹の背を押して、よろめくのも構わずに歩かせる。

まだ、あいつと直接顔を合わせるわけにはいかない。

ムラサメの求めるすべてのものを、『神器』を集めるその日までは、ガンプラ越しの会話で我慢してもらおう。

 

Side コウイチ

 

「くそっ」

 

突然操縦席からアシハラが飛び出すと、舞台横の花道を突っ切って、入口近くの工事区画まで飛び出した。

僕は装置が思わぬバグを吐き出したのを修正するのに夢中だったので、その行動に仰天する。あそこまでアシハラが動揺しているのははじめて見た。

尋常ならざる事態が起こったに違いない。

間もなく、ひどく憔悴した様子であいつは帰ってきた。

 

「なにがあった。顔が真っ青だよ」

「……ガンダムアクエリアスが持ち去られていた。お前、見かけたか」

「なんだって。それじゃあ、スパイの存在を証明できない」

 

まさか動けなくなっていたガンプラを、遅れてきた関係者が気づかず踏みつけてしまったのだろうか。

このライブの喧噪の中、繰り広げられているバトルも、高校生のアシハラが背後を駆け抜けた光景にもほとんどの観客が気づいていない。

プラスチックのかたまりを靴の裏で踏み抜いてしまっても、意識の外側であるとはありうる。

 

「ちくしょう。あの野郎……」

 

装置のないヒノキの床に、アシハラがへたりこむ。冷房はそれなりに効いているはずなのに、この数分でひどい汗をかいていた。右手には、帰路で拾ってきたのであろう、黒いアデルが握られている。

それは全身各所が裂断し、撃墜判定に届いていただろう損害範囲だった。

僕がほんの少し目を離している間に、新たに壮絶な戦いがあったことが物語られている。

 

「アシハラ……」

 

僕とアシハラの間に流れる重い空気とは裏腹に、舞台できらびやかな音楽は流れ続けていた。

 

Side ユウジ

 

スパイの確保に失敗した翌日、最悪の事態が発生した。

とあるゴシップ雑誌が、独占スクープと題してハイバラの疑惑を取り上げたのだ。

その記事には、俺たちが入手したあの写真が堂々と貼り付けられていた。

今現在コスモスの事務所には問い合わせが殺到して回線がパンク。各メンバーもメディアの前から姿を消しており、審判員による連絡さえまともにとれない状態だという。

 

「困ったなあ……警備部長はカンカンだったよ……」

「申し訳ありません。僕の失態です」

 

特務班長執務室の扉ごしに、ハカドさんとヒカワの会話がくぐもって届く。

よせばいいのにヒカワは責任を負うつもりで話を進めていた。

俺自身はというと、ハカドさんの命令で部屋の外に締め出されて、扉に背をあずけている。

こんな仕打ちをするということは、あの人は誰のせいでこんな事態になったのかを薄々察しているのである。

俺がスパイを捕らえそこねたために、ハイバラの写真が相手の目論見通り漏洩したのだと。

俺がアレックスに敗北していなければ。

過去の記憶の干渉に気分を乱されていなければ。

さまざまな「もしも」が脳裏に浮かんでは消える。

 

「事件の報告を怠り、発生を未然に防げなかった。警備部長は特務の解体を本部に進言している」

「そんな!」

「無論。そんな申請は簡単には通らない。犯罪の解決はできても、発生を防ぐことがきわめて難しいのは警備部だって身をもって知っているはずだ」

「僕の辞表だけでは済みませんか?」

「私が受理しないからねえ。とにかく、特務がなんとかして汚名……返上できるような方法を他に探すしかないよ」

 

俺は上着のポケットから携帯電話を取り出した。

ディスプレイには『師匠』の文字がある。文字通り、俺のガンプラ造形術の師の電話番号だ。

あの人は公式審判員だった。それもかなりの上位の役職の。呼び出しボタンを押せば、数日以内に事態は好転するだろう。

 

「……」

 

ボタンの上にのせた親指がとまる。

この行為は勘による独断専行どころではない。権力の威を借りて自分の失態をぬぐおうとするなど、その警備部長様とやらも卒倒しそうな外道中の外道だ。

仮にも公式審判員からライセンスを持たされている人間が取っていい手段なのかと迷いはある。

それでも、ハイバラはヒカワ・コウイチと共闘するための踏ん切りをつけさせてくれた相手だ。同じビルドファイターの少女を救うためには四の五の言っている場合ではない。

 

「よし」

 

深呼吸や決心をつけるよりも先に手が動く。通話中を示すために画面が暗転し、俺は電話を耳元に当てた。心臓が早鐘を打ち、トラウマを想起したときの発作が出かかる。喉をこみあげる吐き気とめまいだ。

それをこらえて俺は廊下に立ち尽くした。

数回コール音が鳴った後、相手が出た。声もなく、ただ沈黙だけがスピーカーの向こう側に広がっている。

俺は、一年ぶりに挨拶をした。

 

「お久しぶりです。俺のこと、覚えていらっしゃいますか。師匠」




修正、追記を繰り返していたらいつもの倍の量になってしまいました。

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