ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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外伝漫画「ビルドファイターズA-R」によると、ガンプラバトル公式審判員は通称「ガンプラ警察」とも呼ばれているそうです。
違法操縦なんて言葉もありましたし、ガンプラバトル関連法案、なんてものが国会を通過したんですかね?

208年10月 追記
あまりにも長いので前後編に分割しました。


Parts.04 -a「ガンプラアイドルグループ コスモス」 (前編)

side コウイチ

 

支部から電車で30分。そこから更に徒歩で15分。

僕たちは担当区域ギリギリに位置する、静かな通りへとたどり着いた。

そこに居並ぶのは、マニアックな地域の料理店や古書店、時代の趨勢に取り残されたロートルな店舗たちである。

その中でも一棟のビルがとりわけ異彩を放っていた。

壁は緑青に変色し、地上階にあるはずのテナントは正午になっても電気が点く気配すらない。ほとんど廃墟と形容しても差し支えない建物だ。

それでも、僕たちはそこに足を運ぶ理由があった。

 

「……おい」

「なにさ」

 

こちらを威嚇するような低い声。

振り返れば、僕の仕事上の同僚がそこにいた。

輪郭や肌色の白さ、黒髪の艶にだけ注目すれば中性的と評価できるだろうか。

しかしその印象は、乱れた髪型と全身から漂っているどんよりとした雰囲気で完全に殺されている。

眼光にいたっては人間として最低限の精気すら感じられない。

 

「まだ着かないのか。それともここがどこかもわからないのか?」

「もうすぐだってば」

 

そして何よりも、あえてこちらの神経を逆なでしているかのような、この態度がひどい。

アシハラ・ユウジは今日も平常運転であると、僕は実感した。

 

「あと五分くらいだ」

「その時間感覚もあてになるのやら」

 

アシハラの減らず口に対してあえて口をつぐむ。

以前ならばすぐに怒り、喧嘩になるような状況であっても僕はこのように我慢していた。

きっかけはもちろん先日二人で手伝ったガンプラ製作教室である。

カザミさんのおかげで、僕のアシハラへの印象は変わりつつあった。。

少なくとも悪意によってガンプラを傷つけるような人間ではないと理解した。

問題は、この僕の心境の変化が微塵も相手には伝わっていないということだ。

あいつにとってのヒカワ・コウイチは相変わらず無能な審判員であり、仕事上で組まされている相手にすぎない。

カザミさんと僕の間のやり取りを知らないのだから当然だ。

その結果僕は心的距離を測りかねて、こうした忍耐を強いられているのである。

 

「それにしても胡散臭い場所だ。『特務』が必要だとは思えない」

 

アシハラの淀んだ目は、ビルの地下入口に掲げられた小さな看板に留められていた。

『コスモス☆ライブステージ 開場12時30分 公演13時~』

そんな題字がポップな書体で記されている。

僕らはこれから『アイドルのライブ』に向かうのである。

一見『ガンプラ警察』とも呼ばれる僕らには関係のない話のようだ。アシハラが怪訝に思うのも無理はないだろう。

しかし、実際にアシハラは任務として、腰のホルスターにアデルを収めてきていた。

 

「ともかく付いてきて」

「仕方ない」

 

僕らは階段を下る。

ノブをひねり、手狭な空間に身体をねじこんで、やっとのことで中に入る。

扉の向こう側には異様な緊張感があった。

何十人もの人々がひしめきあい、そのほとんどは男性だった。

時間ギリギリにやってきた僕らを、どこからかじっとりとした視線が一瞬だけなめていく。

 

「こんにちは。お二人ですか?」

「ええ」

 

スタッフは燕尾服に身を包んでいた。

チケットはあらかじめ購入しておいたので、それを提示してから人ごみの端へと流されていく。

アシハラの方はというと窮屈そうに顔をしかめていたが、ふと、彼らが手に持っているものに気が付いたようだった。

 

「おい。なんでどいつもこいつもガンプラを握りしめているんだ」

「やっと気が付いたか?」

「顔を知っている奴も何人かいる。ここにいる奴ら、ほとんどがガンプラビルダーか」

 

その推察は正しい。

この場に集うビルドファイターたちは目的があって、狭苦しい中にガンプラを持ち寄っている。

四方八方を敵に囲まれた気分なのか、アシハラは剣呑な顔つきだった。

 

「そう硬くなるな。ここは楽しむところだよ」

「……随分慣れた様子だな」

「お前をスカウトする前から何度か来ているし、個人的に行ってもいる。最近忙しくて、自分の時間が取れなかったんだよねえ」

「へえ」

 

心外なことに、あいつの右の眉が小馬鹿にするように吊り上がる。

僕にだって趣味はある。

ガンダム作品の設定画を眺めることと、アイドルの追っかけだ。

このグループのライブはまだ三、四回という新参者だが、アシハラよりは場慣れしている自負があった。

 

「悪いか?」

「いいや。他人の好みに文句は言わんさ」

「じゃあもう少し愛想よくしてくれ……」

「善処する」

 

そんな会話をしている間に、アシハラの全体を闇が覆いかぶさったかと思うと、輪郭を残して殆ど見えなくなった。

天井の灯りが消されたのだ。

会場を観客のざわめきだけが支配する。

僕は蛍光塗料の塗られた針のある腕時計を確認した。

時計の長針は11と12の間にうすぼんやりとさしかかって刻限を示している。

そこで僕は肝心なことを聞きそびれていると気づいた。

 

「そういえばアシハラ、お前って大きな音は…」

 

時すでに遅し。

会場をおだやかに流れていた音楽の音量が、突如として耳をつんざくくらいにまで上昇した。

客が手にサイリウムの代わりにガンプラを掲げて歓声をあげる。

極彩色に照らされて、耳を塞いでいるアシハラの姿が浮かび上がる。

間髪入れずに、足元から見慣れた空色の粒子が噴出し、会場全体に広がっていった。

 

「おい、これはプラフスキー粒子か」

「もちろん」

 

距離が近いので、あいつの問いはかろうじて届く。

僕は得意げになって首を縦に振った。

この装置はフィンランドの有名ビルドファイター、カルロス・カイザーの設計を基にしたものだ。

ヤジマ・エンジニアリングによって、小型化や新粒子への対応加工、および既存の自社製品との互換性の向上などの改修が行われて、試験運用までこぎつけられた。

そして何を隠そう、僕はこのシステムの開発チームに名を連ねていたことがあるのだった。

完全に粒子がホールに充満する頃、複数人の歌声も響きわたる。

きらびやかな衣装で彩られた少女たちと、それに連れ添うようにガンプラが飛び出してきた。

操縦系のガジェットはない。

機体コンディション管理用のパネルもなく、まさしくガンプラが、自ら歌って踊っているのだ。

 

「紹介しよう!彼女たちがガンプラアイドルグループ『コスモス』さ!」

 

僕は歌声に負けないくらい、精一杯の大声をアシハラにむかって張り上げた。

 

side アレックス

 

メタリックパープルの愛機、『暁 雷光』はバックパックを外して水中にいた。

本来の仕様ならば両腕にも武装が追加されるはずだが今回はフリーハンドだ。

原型機たるアカツキの機体特性上、ただでさえ推進力が不足した状態でこんな不自由な空間にいるのは自殺行為にあたる。更に兵装もバルカン砲とビーム・サーベルくらいで、水中で減衰するビーム兵器はあてにならない。

つまりはほぼ丸腰。そんな条件下でも、余裕をもってあたるのがアレックス・メルフォールである。

 

『アレクサンダー様、敵機の反応が捉えられません。目視による観測を』

「指示などいらぬ。もう相対した」

 

オザワの通信をこちらから切断し、オレは指抜きグローブを嵌めた両手を再度強く握る。革がギチギチと音を立て戦意をみなぎらせていく。

オレの真下をすくいあげるように、仄暗い海の底から甲殻類を模したその巨大な体躯が姿を現した。

ひし形に張り出した装甲とあらゆる障害を破砕する爪。ジオンの系譜を示す単眼。

全長77.8mとされる水中巡行形態のMA、シャンブロだった。

 

『『紫電のアレックス』とやら、その首、貰い受けるぞ!』

「よく言った。かかってこい」

 

アレクシアによると、相手はデビューからしばらく大会で他のビルドファイターと鎬を削っていた。しかしスランプに陥ったのをきっかけに初心者狩りに走ったらしい。

不幸だったのはその被害者が、オレたちムラサメの噂を聞きつけてしまったことだろう。

ゲームセンターの一件を解決してから、組織は噂の流布、インターネットでの情報操作を行っていた。素組みのドムでクアンタを瞬殺した『紫電のアレックス』の名を餌にしたのである。結果、複数の匿名の依頼により、オレが直接こいつの行きつけの模型店に出向くこととなった。

 

「自ら退化の道を選ぶとは情けない奴だ。より高みへ進化するのは自然の摂理。ミジンコ以下だよ!貴様は!」

『言ってくれるじゃないか!こいつで潰れろ!』

 

シャンブロのアイアン・ネイルがあぶくを立てて展開されて、暁 雷光に迫る。その部位だけで通常の規格のガンプラの全高を上回った。メッサーラなどの大型機体ですら、質量の差による一撃で圧壊は免れないだろう。

ところがこの機体は違う。ムラサメの技術の粋を集めた、記念すべき1機目のMSだ。

 

『バカな!』

「粒子残量がもったいない。原始的な根競べといこう」

 

暁 雷光はアイアン・ネイルを片腕で阻む。もう一つのネイルも反対側の腕で防ぐ。

殺意に満ちた爪が紙一重の場所で拮抗していた。

 

『MAとMSではパワーの次元が違うはずだ。こんなことができるはずは!』

「できるとも。これはガンプラバトルだからな!」

 

馬力のみではない。強靭なフレームによる耐久性と、球状の操縦桿が両方ともあらぬ方向へ持っていかれそうになるのを、オレ自身の筋力で抑えていることを併せて成立する現象だ。

しかも操縦桿は暁 雷光とオレの余裕に反して大げさに暴れようとする。

操縦系統が過敏なのも考え物であった。

 

「最強のガンプラに必要なのは、強者の振るう威光に追従するポテンシャルだ。貴様の図体ばかりの機体では、この『暁 雷光』の胴に傷をつけることすらできん」

『ふざけた真似を!』

 

シャンブロの口にあたる部分が開いた。その奥には原作でビルを薙ぎ払うほどの威力を秘めたメガ粒子砲が咆哮の時を待っている。元よりビーム耐性においてガンダム作品で五指に入るモビルスーツに対して、水中で発射とは愚行極まりない。

ここで早々に決着をつけるとしよう。

 

「ぬん!」

『お、おおおおおおおお!?』

 

相手が悲鳴を上げる。それもそのはず、暁 雷光がネイルの先端を腹に抱き込んで円を描くように振り回し始めたのだから。

相手はなすすべもなく遠心力で姿勢を崩し、無防備な下腹部をさらけ出した。

 

「さあ、これを耐えれば貴様の勝ちだ!」

『ひいっ』

 

貫手でその装甲にマニュピレーターを突っ込む。

動物のハラワタを腑分けするように、プラスチックの一部を引きずり出した。水圧かダメージか、たまらずシャンブロはその巨躯を沈めていった。

しばしの静寂。

爆発の轟音と無数の泡が海底から吹き上がり、暁 雷光を一時的に包み込む。

一見美しい自然現象でも、それは粒子による幻にすぎない。オレはその光景を何の感慨もなく眺めていた。

 

『BATTLE ENDED』

「くそっ……どうしてこんな奴に……」

 

こいつもアタリではない。

筐体に手をついて項垂れる対戦相手の様子にオレは落胆を隠せなかった。

自警団ムラサメが討滅するべきファイターの共通点はすべて、己の弱さを自覚しないところにある。弱者へ転落したことに気づかず、いつまでも強者のつもりでいる滑稽な人間が、背後から本物の強者に首を刈られるのだ。

あの道化男もその典型だった。

それは同時に、オレの求めるファイターではないことも意味する。

オレの進む道のりにはありふれた弱者は不要なのだ。

 

「お疲れ様でした」

 

オザワがタオルをもって控えているので、グローブを着けて受け取ってやる。

アレクシアは『ムラサメ』に来る依頼の窓口となる必要があるから、根拠地となっているホテルで待機を命じていた。

今頃は先日の遅れを取り戻すべく、自らのガンプラ『ソヴァールザクウォーリア』を動かしているに違いない。

 

「それにしても腹が減った。早朝に戦わなくとも、昼間に乱入して殲滅すればよかろう」

「いえ、依頼として送付された匿名のメールで時間帯は昼を避けてほしい、とありましたので」

「見下げ果てた根性だな。自ら立ち向かっても敗北は必至。ならば関連を匂わせない時間帯にこっそり始末をつけようというわけだ」

 

今回は暁 雷光の徒手空拳のデータを収集できたのでよしとするが、次回からはある程度、選別しなければなるまい。ムラサメは体のいい復讐代行業者ではあってはならぬ。

今度からすべての依頼は口頭ではなく資料などでまとめて渡すように徹底させよう。

 

「は、放せ!何するんだよ!返せよ!」

「おとなしくするんだ」

 

後方では部下が敗北したファイターともみあいになっている。

おそらく力づくによってGPベースを取り上げているのだろう。

相手が公式審判員なら温情が与えられただろうが、自警団にそれはない。

ここで男が呪うべきなのは己の行為の浅はかさと顔のない依頼人たちだ。立ち直れないならば自業自得である。

オレは部下に始末を任せて、自らの足で模型店を出た。オザワがぴったりとそれに付き従う。

ちなみにホテルからは徒歩で向かえる距離だったので、自動車を使うまでもない。

だいいちそんな成金じみた行為では肉体がなまる。

帰途でオレはオザワに問いを投げた。

 

「回収したものは本国に送信できているか?」

「はい。壱番から参番まで、フランスより受理の連絡がありました。引き続き任務を続行せよ、とのことです」

「ちっ。あれを何に使っているかは調べがついているのだ。机上の獣より前線の雷光を押し上げるべきであろう」

「おっしゃる通りで」

 

思わず本国からの伝達に舌打ちをしていた。

こうまであからさまにリターンがないのはオレの計画に響きかねない。

こちらの勢力を抑え込みたい目論見が伺えるが、そんなことをすれば敵愾心を煽ると気付いていないのか。

あえて言えば、その正気を疑うレベルの失策に困惑していた。これは彼我の関係をはっきりさせる機会なのだろうか。

思考を巡らせていると聞きなれた声が耳に入ってきた。春の陽光を思わせる穏やかな声音だ。

 

「おかえりなさい。兄さん」

「お嬢様?」

「む」

 

オレたちは拠点の正面玄関にたどり着いていた。そこにどういう訳か妹が待ち伏せている。オザワが日本式の礼をするが、オレは眉をひそめた。

こういうことをやる時のアレクシアからはろくな話題が出てこない。

部下の傷病によるシフト転換、敵勢力のサイバー攻撃、エトセトラエトセトラ。

フランスにいた頃からそうだ。

そしてその処理に追われるのは常にオレだった。

 

「わざわざ出迎えとは、オレの機嫌を取らねばならぬ依頼でも舞い込んだのか?」

 

そう言ってやると彼女は困ったように微笑むと、小さく頷いた。

オレはオザワにガンプラのケースを持たせると、並んで歩きながら、顎をしゃくって続きを促した。

 

「電話による匿名の依頼でした。一方的に内容を伝えた後、通話を切断。こちらの呼び出しには応じていません」

「そいつは何とぬかしたのだ」

「とあるガンプラアイドルグループのメンバーの活動に、不透明な箇所があるので、自警団として捜査してほしいと」

「ほう」

「本国の口座に、前金としてかなりの金額を振り込んできました。否が応にもやらせたいという現れでしょう」

 

ムラサメが口座を開設している情報は、母国にある本部のことまで調べなければわからない。

報酬として金を受け取るのは法人相手などに限られ、そういった行為はまだ日本では行っていないからである。

自分たちは相手の情報を調査しているから、付け入る隙はないという意思表明。

狡猾さと仔細さを併せ持つ相手だ。

一つミスがあるとすれば、オレの機嫌に対してリサーチが不足していたことだろう。

オレはアレクシアに言い捨てた。

 

「金は全て突き返せ。こちらからの連絡に応じないというのも気に食わん」

「でも兄さん」

「なんだ。まだあるのか」

「その、不透明な箇所というのが『技術スパイ』に関連しているとのことですが」

「なに?」

 

三人でエレベーターに乗り込み、オザワがボタンを押した。

わずかな重力の圧迫感の後に金属の箱は上昇していく。

妹が言う『技術スパイ』。

他人の血と汗の結晶を、横から掠めるハイエナのような輩のことだ。

『自警団』として討滅すべき対象であるのも確かだが、それ以上に、別の理由でオレの気を惹く存在である。

奴ら相手ならば、数百万の札束よりも価値のある報酬が期待できる。

 

「たわけ。なぜそれを先に言わぬ」

「す、すみません。兄さんなら察することができるかと」

「はっ、オレは万能だが全能ではない。会話の度にお前の心なぞいちいち読んでいられるか。脳神経と観察眼の無駄遣いだ」

 

ホテルのエレベーターはあっという間に定めた階へ到着する。

オレは萎縮するアレクシアを置いて先に降りた。

 

「待ってください。それではお受けになるのですね?」

「ああ」

 

妹はわざわざ早足で追ってきていた。

このやりとりはオレに対する最終確認である。

組織として数十人の人員を一気に動かす長として、必要な儀式だ。

 

「その依頼には『ムラサメ』として動く。作戦はいつも通り、オレが立案する」

「了解しました」

「それと、依頼人の身元を特定して礼儀を教えてやれ」

「既に部屋に来ていただいています。得意先からの打ち合わせメールに偽造して、こちらにいらっしゃるように仕向けました」

「早いじゃないか」

 

こういった雑務の管轄は妹とオザワが仕切っているが、未だ失敗しているところは見たことがなかった。

オレが扉を押し開けると、部下たちが一斉に居住まいをただした。

部屋の中央で、やせぎすの男が神経質そうに汗を拭いている。

焦点は一つに定まらず、自らの左右に控えている『ムラサメ』構成員に怯えていた。

妹が耳打ちするには、芸能事務所に所属する社員の一人らしい。

アイドルグループの妙な動きというのも、社内で察知したにちがいない。

いかに謎の人物を気取って上位にいようと試みても、直接コンタクトをとって顔を覚えてしまえばこの通りだ。

オレは依頼人の正面に位置する座椅子に、悠然と座った。

 

「さて、あらためて依頼を聞こうか」

「あ!……もしかして、ムラサメの幹部の方ですか」

「意外そうだな。ウチについて調べはついていたんじゃないのか?それとも、会長の孫なぞ親の七光りにすぎないと侮ったか?」

「ひっ……」

 

依頼人の呼吸が詰まる。

高圧的な態度で連絡をよこしてきた割には、まるで小動物のような態度だ。

 

「知らないなら教えてやる。オレはアレックス・メルフォール。そこに座っているのは妹のアレクシアだ」

 

アレクシアはオレの左隣で脚を揃えて座り、丁寧にお辞儀した。

膝には愛用のタブレットも載せている。

 

「アイドルグループと言ったな。貴様自身の口から簡潔に、詳細に話せ」

「……」

「グループ名は『コスモス』でしたね?」

「は、はい」

 

アレクシアのいらぬ助け船に、依頼人が同調する。

オレが睨みつけると妹は口を噤んだ。

痩せた男は自らをサトウと名乗り、ことのあらましをぼそぼそと語り始めた。

 

「『コスモス』は、私が勤める事務所で、一年前に結成したグループです。ヤジマ商事との本格的な業務提携により、ガンプラバトルを組み込んだ演出を売りにしています」

「アレクシア、資料を」

「そのセンター常連であるハイバラ・キミコが、最近不審な人物と接触しているという噂がありました」

 

オレが差し出した手に、アレクシアが紙束を乗せてくる。該当人物の経歴だった。

ハイバラ・キミコ。

ガンプラアイドルグループ『コスモス』で、最も頻繁にセンターポジションに立つ女。その容姿や歌唱力もさることながら、ガンプラバトルも全国大会に出場経歴があるらしい。

自分のもてる能力すべてをもってのし上がったとすれば、好ましい人間だ。

少なくともムラサメが、オレが正面から対決するだけのものは持っている。

傍らの妹に尋ねる。

 

「お前はこいつを知っているか」

「日本に来てから情報収集の際に、ネットニュースやラジオで何度か見かけました。ただし、地方局やマイナーなチャンネルです」

「知名度は無きにしもあらず、か。そのハイバラが技術スパイ、あるいはそれらしき人物にインテリジェンスを流していると?」

「そうです。現在は事務所内のごくわずかな人間に、風説としてある程度ですが、いつ広まってもおかしくない瀬戸際なのです」

 

サトウはまた汗をぬぐう。

アレクシアが次にオレに渡したのは、いくつかのバトルユニットの写真だった。

出典はかなり古いもので、現在は既にアップデートされているという注意書きもつけられていた。

流石に最新版は情報プロトコルが強固だったのであろう。そもそもオレたちでたやすく手に入れられるなら、技術スパイが潜入する苦労はない。

 

「私は専門外ですが、ライブに使用される粒子関連備品は、常に最新鋭のものが搬入されているそうです。バトル以外の用途を模索しているヤジマには、貴重なデータ源だそうで」

「兄さん。近日行う発生装置のメンテナンスは、管轄の公式審判員が行うと」

「またしても奴らか」

 

アレクシアの補足にオレは嘆息した。

わざわざ審判員側の技術者を投入する理由を飲み込みかねるが、それは現場にいけばわかるだろう。

ひとまずは装置の配置、グループでの運用状況を仔細にまで分析しなければならない。

 

「サトウといったな。現場調査のための身分証明が欲しい。二時間以内に取り寄せろ」

「そんな。書類の申請や許諾だけで半日はかかりますよ!」

「私も手伝います」

 

アレクシアはサトウを別室へ誘導する。

オレは立ち上がって、部屋にいる部下たちを見回す。

いずれも神妙な顔つきである。

これから何をはじめるのか覚悟はできているようだった。

 

「今回の一件、日本における『ムラサメ』の初の本格的な活動だ。相手が技術スパイとくれば、『神器』の手がかりが得られることは、まず間違いないだろう。機を引き締めてかかれ!」

「イエッサー!」

「貴様らはイベント会場の見取り図の作成。そこにいる三人は現地捜査メンバーのリストアップ。残りのメンバーは、この地域で活動をしている技術スパイ、ならびに関連したガンプラ・マフィア等の勢力を洗い出せ」

「イエッサー!」

 

長期間の試運転期間で鬱憤がたまっていたのか、威勢のいい返事がかえってくる。

蜘蛛の子を散らすように動きはじめる部下たちを横目に、オレはオザワを呼び寄せた。

肩を触れあわせ、声をひそめてその話題を口にする。

 

「先日のアレクシアが言っていた情報の確認はついたか」

「……はい。お嬢様のリーク通り、公式審判員にはアシハラ・ユウジという人物が所属していました」

「アシハラ。たしか母親の旧姓か」

「そうです。アクセスできた経歴も既知の情報と一致しました。同一人物で間違いないでしょう」

「……」

「アレックス様?」

「なあ。お前が知るユージなら、この事件を知ったときにどう思うだろうな」

「……赤の他人であろうとできる限りのことをするでしょう。彼は、そういう人でした」

「だろうな」

 

あの男が今はどんな心境であるのかは興味がないが、性格に関しては把握しているつもりである。

お人よしでおせっかい。

自分の手の届く場所でこんな事件があると知れば、十中八九首を突っ込んでくるだろう。

いずれ『ムラサメ』の前に立ちはだかることは、想像にかたくない。

 

「となると、残る問題はタイミングだ」

 

さて、オレの『友』はいつ、部外者をやめるのか。

 

side ユウジ

 

初めて見る光景だった。

歌うアイドルの周囲を、いかなる原理かガンプラが飛び回っている。

彼女たちが連れてきたものだけではない。ファンが持ち込んだガンプラも、それに合わせるように中空へ躍り出ていた。

そこには本来あるべき操縦系統が一切存在しない。

 

「どうなっている」

「あれはバックステージの記録装置で、観客のガンプラの機動データを読みとって、AIを介して自動操縦しているんだ」

「要するに超巨大なGPベースか」

 

彼女たちの周囲を飛行し、ステージを彩っているのは桃色に塗装された『デナン・ゾン』と呼ばれるモビルスーツたちだ。甲冑を纏ったようなシルエットとサングラスのようなカメラアイ、なによりモビルスーツとしては非常に小柄であることが特徴である。

ヒカワは中央にいる、肩の上で艶のある黒髪を切りそろえた女を指し示した。

 

「センターで一人だけ白いデナン・ゾンを操作しているのが、『コスモス』」人気トップのハイバラ・キミコさんだ」

「自動操縦とは動きが違う」

「さすが、目がいいね。彼女の衣装を見て」

 

大音量の歌唱をなるたけ無視し、派手なスポットライトの下に目をこらす。動きに併せて揺れ跳ねる衣装の各部に、光る端末があった。円盤状の基礎から延びる突起と、さらに小さな球状の先端という構成だった。

その形状に、俺はガンダム作品にて見覚えがある。

 

「『Gガンダム』のモビルトレースで、ダンスをやらせているのか」

「コンソールより連動性は十分の一。それでも自動操縦よりは恣意的な操作が可能なんだ。僕がプロジェクトに参加させてもらっていた時は、まだ試作段階だったけど、どうやら実地試験には至ったらしいね」

「こいつを、お前が」

 

粒子復活以降、こうしたハードウェア方面の開発は目を見張る速度で進行している。ヤジマが各方面の会社と技術提携を行うことをよしとしたのが原因だろうが、それにしても早い。

そして審判員のカザミに助言を受けたあの日以降、俺はヒカワ・コウイチという人間へ自分が向ける感情が変わっていると知覚した。

うまい表現が見つからないが、こいつをつぶさに観察できる分の気力が生まれた、とでも言うべきか。

誰のとも知れぬ機体が傷つくのを悼み、バトルダメージシステムというものに手を出した男。そいつがガンプラを動かすという粒子の目的を損なわず、それでいて機体を傷つけないイベントの誕生に一助したという。

頬がむずかゆくなる。

ひょっとして、この喉から漏れ出すのは感嘆のため息か。

 

「おい、大丈夫か?」

「……ああ。視界が点滅して軽く酔っただけだ。もう直った」

「それならよかった」

 

ヒカワの余計な心配を振り払う。

身体が無意識に反応するという現象自体は、記憶障害の発作にも似ていて苦手だ。

しかし今沸き起こる感情に、吐き気を催すような気分の悪さはなかった。

 

「そういえば、お前のガンプラは動いていないな?」

「飛び出されてたまるか」

「しまったままなのか?出してみろよ」

 

どうせロクな動きをしないに決まっているのだが、ヒカワは何故か楽しそうである。

躊躇しつつも腰のホルスターからアデルを取り出すと、それはふわりと浮かび上がった。

当然、バトル時に必要な手続きは一切踏んでいない。

 

「おお、動いた」

 

ヒカワが快哉を上げる。黒いアデルはしばらくステージの方向を向いたまま直立の浮遊状態を保っていたが、それ以上は動かなかった。

周囲のガンプラが数機接近してアデルにちょっかいを出すが、アデルはサーベルの柄に手を当てて威嚇をしてまで追い払ってしまう。

 

「ははは、まさしくガンプラは持ち主に似るな」

「似ていない。調子に乗るな、ヒカワ」

「あ、ああ。ごめん」

 

俺は即座に否定する。いかにオレでもバトルでもないところにいちいち他人に噛みつくものか。

アイドル『コスモス』のライブは続いていた。かなり高い音程の、聞き慣れないオリジナル曲のみならず、歴代ガンダムシリーズの曲も歌っているようだ。

アイドルというのは外見とキャラクターで売り出すものと認識していたが、彼女らは案外歌もうまい。

キーが高いくせに鼓膜が悲鳴を上げない、ちょうどいい音程であった。

ふと一瞬、中央にいるハイバラとかいう女がこちらを向いた気がした。

数十人の内から一人に意識を向けるとは思えない。ただの自意識過剰だろう。

 

「で、いつまでここにいる気だ」

「何を言い出すのさ。このまま最後までいるよ」

「なに」

「仕事はこれからだよ。ライブが終わったら、楽屋で支配人さんと話さなきゃいけないんだ。まさか、遊びにきたと思ったのかい?」

 

まるで子どもを諭すような、慈しみすらこめた口調だ。

その俺の苛立ちをアデルは感じ取った。

15cmの体躯がしなると、その充実した可動範囲でもって、ヒカワの顔面めがけ渾身の蹴りをみまう。

その足先は眼鏡のフレームの中央、鼻あての部分に直撃した。

 

「いった!?」

「自業自得だ、バカ」

 

ヒカワは鼻頭をおさえ悶絶する。

その様子に呆れている間に、奴に抱いた感触はすっかり忘却の彼方へと去っていた。

 

side アレックス

 

アレクシアと部下を連れて、オレは『コスモス』の小劇場に来ていた。

床には金色のテープが散らばり、空気には未だ観客の熱が残留している。

祭りの跡にムラサメ以外の人影はなかった。

オザワを含めた数名が外注の清掃業者を装い、体よく人払いをしているからだ。

依頼人であるサトウは舞台の端をさして供述する。

 

「このあたりで、ハイバラと見慣れない人物が親しげに会話をしているのを、他のメンバーが頻繁に目撃するそうです」

「写真はないだろうな。本人に後ろめたさがあるならば、人目をはばかるはずだ」

「いえ、一枚だけですが見つかりました。この劇場の監視カメラに不自然なデータの空白があり、唯一サルベージに成功したものです」

 

アレクシアが普段から携行している端末をオレの前に差し出した。

そこにはハイバラ・キミコと、作業着に身を包んだ男が談笑する姿が写っていた。

作業着の人物の手元を妹が拡大表示すると、長いスクロール紙が掌からはみ出している。

そして微かにだが、紙面の端に手書きで図が描き込まれていることも判別できた。

 

「画像加工の形跡はありません。男性の持っているメモの内容は、さすがにこのままでは判読不能ですが……」

「わ、私にも見せてください」

 

突如としてサトウは端末をひったくった。

写真の存在がよほど意外だったのか、瞳孔をぎょろつかせ、なにかブツブツと呟いている。その気もそぞろとなっている間に、オレは妹をアイコンタクトで呼びつけた。

肩を抱いて身をかがめると、己と鏡写しの顔が、呼吸を感じ取れる距離にまで近づく。

 

「あの写真、お前は鵜呑みにするか?」

「ありえません」

「理由は」

「破損、あるいは消去したデータの残滓にしては鮮明すぎます。まるで、これだけを私たちが拾いあげるように誘導された気分です」

 

妹の表情が曇る。

同じ表情筋の持ち主でも、オレには絶対にありえない表情だ。

だが、彼女にしかない懐疑心と不安が、結果的にいい方向へと導いてくれる場合もある。

オレは眼差しで続きを促した。

 

「サトウさんの態度も気にかかります」

「そうだな。ムラサメに高圧的な接触を図った人間にしては、小心者だ」

「……ここへ来る直前、オザワさんからも報告がありました。フランス本国へと彼が入金する数日前に、彼自身へ大金が転がり込んでいたそうです。残念ながら大本は見失っています」

 

サトウの独り言がやんだ。

妹と自分の頭の間、視界の端で様子をみる。

顔は血の気が引いたままであるが、その目は大きく見開かれてオレたちの背中一点へと留まっていた。

聞き耳を立てられているようだが、アレクシアは構わず会話を継続している。

フランス語ならば聞き取れないと高を括ってはいるのかもしれない。

 

「兄さん。本当の依頼人は別にいて、私たちは思うように転がされているのでは?」

「まあ落ち着け。結論を出すには性急だ」

 

オレは振り返って、サトウへ歩み寄る。

取り繕う隙も与えられなかったため相手はマネキンのように硬直した。

オレはその両手から端末を取り上げると、でたらめな箇所を指で拡大する。

何の変哲もない幕の裏側だ。

しかし、さも重要な場面を見出したかのような表情を装い、アレクシアへ突き出してみせるとどうだろう。

サトウの青ざめた肌に幾分か赤みがさして、安堵の呼気を肺から吐き出している。

わかりやすい反応。やはり迂闊だ。

その態度だけで、オレは妹の油断が幾分もマイナスに影響していないことを悟った。

そしてアレクシアに対して、表面上の態度とまったくかみ合わない内容を告げる。

 

「この写真が『単なる打ち合わせ』か『売れっ子アイドルと技術スパイの密会』か。問題はそこに尽きる」

「では彼の身辺調査は」

「当然後回しだ。相手が尻尾を出すのを待て」

 

周りに部下を数名集める。

こいつらは事前にマフィアの顔写真などの情報をできる限り集めているはずだ。

スパイの容疑者は目鼻立ちまでくっきりと写り込んでいるので、照合は容易である。

 

「どうだ。こういう人相の人間はいるか」

「この地域でマークされている者には、該当なしです。特定勢力に所属しないフリーランスのスパイが、他の場所から流れてきたという可能性はあります」

「では検索範囲を広げろ。それとUSBケーブルとメモリ、外付けのリーダーをよこせ」

 

オレは端末を操作して、写真を一枚のメモリーチップに保存する。

旧式のマイクロチップだ。技術革新に置き去りにされたため、これを解読できるデバイスは現在では非常に限られている。

そして転送を確認したのちに、本体側のデータを完全に消去した。

チップを妹にめがけて放る。彼女はそれを器用にキャッチして両手で包み込んだ。

 

「その記録媒体はオザワに預けろ」

「ムラサメのデータベースには保管しないんですか?」

「オレが最終的な判断をくだすまで、厳重に隠さねばならん。オザワはそこいらの電子機器や金庫より余程信用がおける」

「わかりました」

 

妹はやけに嬉しそうな顔でうなずいた。

 

Side コウイチ

 

「清掃業者さんはもう済んだのかな」

「スケジュールにまだ余裕はあります。待ちましょう」

 

僕とこの劇場の支配人さんは、長机を挟んで向かい合って座っていた。

彼はスタッフと同じデザインの燕尾服に身を包んでいて、白髪交じりの髪色と髭がよく似合う紳士であった。

彼は紅茶のカップをゆったりと口にする。

支配人という単語を口にするにふさわしい。落ち着き払った人である。

 

「地下に強引な拡張工事をしたので、トラブルが発生したのかもしれませんな」

「それは……」

「いえ。ヤジマのせいではありませんよ。ここを工事することを許したのは私ですから」

 

静かに彼はそう呟く。

カチャン、と大きな音をたててカップが机に戻され、薄い橙の水面が跳ねた。

そこに一抹のトゲトゲしい感触を覚えて僕は身をすくませた。

今日の支配人さんはどうも機嫌がよろしくないようだ。何か事件でもあったのだろうか。

アシハラに毒を吐かれ続けてから、すっかり自分の感性に自信がなくなっていた。

張本人を参照しようとして左へ首をめぐらせると、もぬけの殻である。

 

「あれ?」

「お連れ様なら先ほど、設計図の打ち合わせをしている最中に黙って出ていかれましたな」

「あ、あいつ……」

 

仕事を放り出してどこへ消えてのか。

唇がわなわなと震える。

ソファーから勢いよく立ち上がると、今度は支配人さんが縮こまった。

 

Side ユウジ

 

公演が終了してから、さらにおよそ二時間後。俺は出口側の売店にいた。

各メンバーのブロマイドといったグッズのみならず、ガンプラまで販売されている。

 

「随分羽振りがいいこった」

 

ヒカワによるとガンプラを自在に飛ばすこのライブは、ヤジマとの密接な提携のおかげである。今日は早くにその公演を切り上げ、粒子発生装置と制御AIを点検、アップデートするらしい。

特務ファイターの仕事はその後の稼働テストの手伝いという訳だ。

戦闘は不要な代わりにエンターテイメント的な、アクロバティックな動きを要求される。

さらに改修したアデルを試すいい機会だ。

俺が何の気なしに『ガンダムGセルフ』の箱を手に取っていると、舞台のあった方向から話し声が耳に入ってきた。

 

「今日は短い時間でラッキーね。いつもよりガンプラの動きが元気だった気がしない?」

「そうね。とはいっても、テストやら忙しいのに変わりは……あら?」

 

やってきたのは女三人、先頭にいるのは俺と同世代くらいの女だった。

白のカットソーにベージュのスカートという出で立ちで、黒髪を肩のあたりでばっさりと切った気の強そうな顔つきだ。そいつは俺を見て、なんの前振りもなく尋ねてくる。

 

「あんた、あのアデルのビルダーでしょ」

「唐突だな。どのアデルだ」

「あのつまらなそうにしていたガンプラよ。他と違って、ホビーホビーの表紙飾っていそうな完成度だったから目立ったわ」

 

その女の横で、残り二人の女が小声でひそひそと言葉を交わしている。ウェーブのかかった茶髪にギャル風のメイクをしたのと、唇がアヒルのようなままであるのが特徴的な、スタイルばかりいい女だ。

 

「この人、結構イケメンね。体つきもいいし、タイプかも?」

「あいにく縁はほとんどない」

「ありゃ、聞こえてた」

 

女たちはおどけて顔を見合わせてから、ふふふ、と笑いあった。

あいにくこういう類の女に鼻の下を伸ばす趣味はなく、その所作は癇に障るだけである。

そこまで考えて、俺はこの三人が三人とも舞台上にいた人物たちであることに思い至った。

アイドルグループ『コスモス』のメンバーだ。

ガンプラの棚を物色している短髪の女は、中央で最も華やかであった人間である。

 

「お前、ハイバラ・キミコか」

「今更気づくなんて、やっぱりファンという訳じゃなかったのね」

 

ハイバラはやれやれというように両手を挙げた。

ライブの時の様子とは打って変わって、ドライな印象を受ける女だ。

ファンでない人間が貴重な席を取っていたことにも、特に感想はないらしい。

 

「お察しの通り、あたしはハイバラ・キミコ。こっちの茶髪の子がヒノキダ・エミで、アヒル口の子がシェリー・サカイね。あなたは?」

「アシハラ・ユウジ。ここには仕事で連れられてきただけだ」

「ほらキミコ!あのテストをするっているファイターさんじゃない?」

 

俺が簡潔に自己紹介すると、シェリーと呼ばれた妙な口元の女がハイバラの肩をしきりに叩いた。すると彼女は得心がいった様子で、ぽん、と掌を拳でたたく。

 

「ああ、公式審判員ね。どうりで目つき悪いと思ったわ」

「すごい、ガンプラ警察よね」

「本物はじめて会ったわぁ」

「俺はただの……」

 

やいのやいのと騒ぎ立てる女相手に、そう大層なお役人様ではないことを示そうとした時、劇場を揺さぶらんばかりの怒声が飛んだ。

女三人は顔を寄せ集めたまま、俺はライセンスに指を伸ばしたまま動きを止め、そちらへ注目する。

顔の筋肉を引きつらせたヒカワ・コウイチが、こちらに大股で近づいてきていた。あたふたとそれに随行するのは初老の男だ。

 

「アシハラ!お前、打ち合わせ中に抜け出すとはどういう了見だ!」

「あれは俺には専門外だ。作業の日程がわかれば、ほとんど下見だろう」

「民間人の特務ファイターでも、こういう時には顔を出せ!後ですれ違いが起こったらどうするんだ!」

「まあまあ。後で概略を説明しますし、相手はまだ学生でしょう。そこまで叱らなくても」

 

男がヒカワをなだめる。

確かこの劇場の支配人だったはずである。

ハイバラはそんな支配人とヒカワを白い目で見ていたが、急に何かを思いついたとみえる。

俺に早口で畳みかけてきた。

 

「ねえねえ。あんた公式審判員なら、ガンプラの作り方教えるの、得意よね?」

「そいつは何日か前に店じまいに」

「ちょっと私のガンプラ製作を手伝ってほしいのよ。付き合ってくれる人いなくてさ。お願い!ユウジ!」

 

両掌を合わせて拝み倒される。

初対面の男よりも、同性の友人と仲良くやればいいだろうにと考えたが、その想定は残りのメンバーの指先を検分したときに消えた。

なるほど。俺は今、業界の裏事情を覗き込んでいるようだ。

 

「いいだろう」

「ありがとう!」

「おい、まだ話は終わってないぞ……!?」

 

彼女が全身で歓喜を表す一方、ヒカワはまだ不満やるかたない様子である。

俺へ詰め寄ってこようとした途端、その肉付きの少ない腕にハイバラが飛びついた。

途端に奴の顔色が赤くなったり青ざめたりととりどりに変化する。

ハイバラから甘ったるい猫なで声がもれる。

 

「ねえ、あなたも審判員なんでしょ?後であたしたちのサイン入りポスター、タダであげるから……」

「う、ぐ。まあ、ハイバラさんがそこまで言うなら……」

 

生真面目な審判員殿はあっさり陥落する。

そんな心理的脆さにため息を漏らすと同時に、内心でハイバラ・キミコという人物に感心していた。

相手が自分のどんな振舞に喜ぶかがわかっている。機嫌取りと雰囲気察知の達人。

ファイターとしてならば、おそらく援護射撃や指揮管制が抜群にうまいのではなかろうか。

できれば敵対したくない。俺は彼女と余計な波風を立てないように心がけることにした。

 

「キミコ。私たち、支配人さんと装置の解体現場見てくるわ!」

「まだ外装を外している程度でも、ちょっと気になるし」

「わかった」

 

そう言葉を交わすと、アイドル二人は、支配人と劇場の奥へ戻っていった。きんきんとしたはしゃぎ声が徐々に遠のいて、やがてかすかにしか聞こえなくなる。

後には俺とハイバラ、ヒカワだけが残された。

ヒカワの方は一時の熱が冷めてしまったのか、唇をヘの字に曲げている。

功名に丸め込まれたことに不安と不信が渦巻いている様子であった。

当のハイバラはというと、微妙な空気をものともせず上機嫌で陳列棚に向き直る。

多種多様なラインナップから一体のガンプラの箱を取り出した。

『ビギナ・ギナ』。

白百合を思わせる可憐な機体だ。ライブで使用されたデナン系とは近い系統樹にある。

 

「この上の階に工作室があるの。ユウジ、付いてきて。審判員さんも」

 

ハイバラが俺の手首を掴んで、ぐいぐいと引っ張っていく。

劇場の出口を抜けて、緑青色のビルの外側にある非常階段を上らされる。

さび付いた金属ノブが回されると、上の階は様々な企業の備品置き場となっていた。

飾りっ気のない廊下のそこかしこにガラクタが転がされている。合間に扉板が見え隠れしていなかったら、この通路もろともゴミ屋敷と見間違えていたかもしれない。

 

「道理で劇場以外に活気がないわけだ。もう何年も使われていないのかも」

 

ヒカワのそんな独り言が聞こえた。

『工作ルーム』という看板がある木製の扉の前で、ハイバラは俺の誘導をやめた。

俺の右手首がようやく解放されてじくじく痛む。

扉が開くとなじみ深い、シンナーや塗料の残留した臭いが鼻についた。

 

「ここよ」

「随分本格的だね。この前のイベントブースぐらいはあるんじゃないか?どうだろう、アシハラ」

「大げさだ」

 

とはいえ、その部屋は確かに広かった。三人は余裕で作業を同時進行可能であるほどのスペースと、しっかりとした換気設備がある。そうしたレイアウトの傍らには、十数体のガンプラがレイアウトされていた。

俺が所属する学校の模型部のものよりはるかに上等であった。

 

「ここではスタッフがガンプラの修理をしたり、メンバーの何人かが作ったりしているの」

「そういえばヒノキダさんとシェリーさんは参加しないのかい?」

「あ。それは……」

「他のメンバーはガンプラを作ったことがないんだろうよ」

「えっ……?」

 

俺が先んじて答えるとヒカワはガクン、と首を傾けた。まるで壊れかけのブリキ人形だ。

そのサビだらけの頭に答えがなじむまで、かなり時間がかかる。

ハイバラからは小さな拍手が送られた。

 

「そうそう。ユウジ、よくわかったわね」

「指先だ」

「へ?」

「ちょっと貸してみろ」

「は、え!?」

 

俺はハイバラの手を取って、ヒカワにもわかるように角度を変えた。彼女は身をのけぞらせるが手首の意趣返しの気分もあって無視する

きちんと切られた爪の先端、皮膚との間にごくわずかだが、白い物質がこびりついていた。

これはホワイトの油性塗料である。おそらく使用してから二、三日経過しているだろう。

 

「デナン・ゾンは全機体が油性マーカーによって塗装されていた。それも指紋が微量ながら残留していたし、ムラが大きかった」

「つまり初心者が塗っていた?」

「そういうことだ」

 

製作に慣れていないなら、なおさら手元は汚れるリスクが高い。

いつもゴム手袋をしている可能性も指紋の跡から鑑みれば考えづらいだろう。

あまりにもジタバタとするので俺はハイバラの手を離してやる。我儘アイドルは右手を庇うようにして、俺から距離をとった。羞恥と怒りから頬は薄桃色に染まっている。

表情のころころ変わる女だ。ヒカワへの説明に忙しいので、それに構ってやる暇はない。

 

「油性塗料は石鹸を使ってもかなり落とすのに難儀する。ガンプラの装甲や関節は摩耗していて、何度もリペイントした痕跡があるにも関わらず、あの二人の手には汚れ一つなかった」

「そういえば自動操縦には想定外の負荷がかかるから、バトルもしていないのにすぐに壊れるってデータがあったな」

 

するとハイバラがつい、と形の整った顎をそらした。

 

「あたしたち『コスモス』のメンバー十五人の内、ガンプラビルダーは三人。バトルもたしなむビルドファイターはあたし一人よ。文句ある?」

「でもガンプラアイドルって……」

「そんなの世間様が勝手に持っているイメージに決まっているでしょ?あの元祖ガンプラアイドル『キララ』だって、世界大会予選の時はファンに作ってもらったんだから!」

 

なかなかの剣幕にあてられてヒカワはすっかり硬直してしまった。

言い訳がましい事を口にした自覚が生まれたのか、ハイバラはばつの悪そうにスカートのすそを払い、腰に手をあてる。俺を下から見上げるように、彼女の表情がぐっと迫ってきた。

 

「とにかく、あたしは作れるんだから。手伝いはしてよね」

「……ああ」

「工具取ってくるわ。待ってて」

 

ハイバラは入り口の向かいの壁にもう一つある扉の向こうへ消えた。

戸が閉まる音を合図にしたかのごとく、ヒカワの硬直がとける。よろよろと俺の傍らにやってくると、すぐ近くの丸椅子に崩れ落ちた。

 

「……夢がひとつ、砕けた……」

 

顔を覆っている指の隙間から、そんな内容が漏れ聞こえる。このグループの実情はともかく、あの『キララ』がファンに製作を代行させていたというのは知れ渡ったエピソードだ。

第七回世界大会の日本予選で本人が公言している。

それも知らなかったとこをとみると、奴の青春はよほど純朴に過ごされたらしい。

茫然自失のバディは放っておいて、俺は完成させられたガンプラたちを見学することにした。ビギナ・ギナ、デナン・ゾン、ベルガ・ギロス……クロスボーン・バンガードの機体に偏っているが、どれも悪くない出来であった。

おおよその基本工作に加えて、塗装やウェザリングなども丁寧に施されている。

ライブでの機体を自作とすれば、ここに並ぶ機体のほとんどはハイバラの作品だろう。表面処理のクセなどが共通していた。

しかし一体だけ完成度が際立っているガンプラがある。ビルダーとして、少しの嫉妬と敬意をいだくようなものだ。俺はその機体、ビギナ・ロナの前に足を踏み出した。

ほぼフルスクラッチで構成されている一つの作品を慎重に持ち上げる。

それには、スミレ色を基調に黄金のエングレービングで縁取られた高貴さの極致があった。

これだけはどう観察しても別人による作品である。ホコリのつもり方からして、かなり最近に置かれたものらしい。

俺はクツ裏のディテールを確かめようとキットをひっくり返して、そこで妙なものを見つけた。

 

「おい、ヒカワ」

「……何さ」

「ビギナ・ロナのクツ裏に何かがテープで貼り付けられている」

「足の裏だ?追加パーツじゃないのか?」

 

覇気のない返事だ。

俺はテープを剥がすと、工作室の明かりの下に晒した。それは指先に収まる程度のメモリーチップだった。

 

「マイクロチップ?この御時世にずいぶんと古風だな」

「頭の古い人間だったか、そうでなければいけない理由があったんだろうよ。ヒカワ、こいつの中身を解読できるか」

「あまり人様のものをのぞき込むのは……」

「言っている場合か。こんな場所に隠してある記録媒体なんて、十中八九まともなものじゃない」

 

そう断じるとヒカワは渋々タブレットを取り出す。ガンプラバトル関連技術を以て開発された専用のデバイスだそうで、その情報処理能力は一般のタブレットやノートパソコンの数倍であるという。

ガンプラ塾出身の審判員、カザミとのバトルもこれで観戦していたらしい。

無数の文字列とタブが出現し、ヒカワはその意味ひとつひとつを拾い上げて、つぶさに解読しているようだった。

 

「中身は面倒なセキュリティが十重二十重だ」

「そんなもの破れ」

「乱暴だなあ。そもそもこれ、僕ら以外の人間で開けられるのか……?」

 

そんな独り言をつぶやきながら、ヒカワはメモリの内部に進入していく

指先に迷いはなく非常に迅速だ。

あのカザミによると、こいつはPPSEでメイジンの機体に使用された特殊関節『ハイポリキャップ』の研究チームに所属していたらしい。

3年前の事件でPPSEが崩壊したのちはソフト分野の勉強をヤジマ商事のラボで積んで、ダメージレベルシステム開発班に異動、現在に至るという。

つまりソフトとハード、どちらにも精通したスペシャリストという訳だ。

性格の好みはともかく、技量だけならとんでもない人間である。

ものの数十秒で一つのファイル名だけが残された。

 

「とりあえず、今見つかったのはこの画像データだ。他にあるかもしれないけど、それは支部に戻って分析した方が早いね」

 

展開されたのは一枚の写真だった。

ライトが最低限にまで絞られた劇場で、ハイバラが誰かと会話している。浮かべている笑顔に偽っている様子はない。

相手はスタッフだろうか。書類片手に口を開いている。

その画像の下にたった一行、文字列が打ち込まれている。

 

「当該人物に技術スパイの疑いあり。調査されたし。G4」

「……」

「……」

 

俺たちは押し黙ってその写真と文字列を見ていた。しばしの間をおいて、先にヒカワがぼそりと呟く。

 

「これ、合成加工か?」

「わざわざ公式審判員の保有するテクノロジーでないと開示できないファイルがフェイクだとでも」

「こんなことが……まさか、粒子発生装置の設計図を狙っているのか?ハイバラさんが?いいやありえない!絶対に!」

「ごめんごめん、何だか部屋がすごく散らかっていて!」

 

甲高い詫び言とともにドアが蹴り開けられる。

すんでのところでヒカワが素早く端末を後ろ手に隠し、オレはビギナ・ロナをきちんと立て直す。

ハイバラは細腕いっぱいに段ボール箱を抱え、意気揚々と帰ってきた。

 

「片づけにずいぶん手間取ったわ。前に使った奴がよほど気の利かない人間だったのね」

「そうかい」

「そ、それは大変だったね」

 

箱を持ってやって中を覗くと、作りかけのパーツやら塗料皿、洗浄液なぞが雑多に詰め込まれている。汚れが端々に残留していて、水洗い程度で済ませていることが丸わかりだ。このままではメーカーの想定より早く寿命を迎えるだろう。

両手があいた彼女は大儀そうに肩を回していた。

 

「部屋の清掃も結構だが物品の管理もきちんとすべきだ」

「う。それぐらいわかっているわよ!」

 

ちらりと目をやると、ヒカワは端末をこっそり制服の懐にしまい込んでいた。

メモリーカードは入ったままだがわかってやっているだろう。

正式な令状もなしにあんな代物を回収するという振舞はなんらかの規約に障るであろう。

素人の俺でもわかることだ。

しかしヒカワは面と向かって写真をつきつけずに、隠し通す判断を下した。

発見したことに責任こそとっても、それ以上は俺の管轄外である。

案の定、ハイバラは俺たちを怪しんだ。

 

「ねえあなた達、私に何か隠していない?」

「部屋のガンプラを眺めていただけだ。どれもいい出来をしている」

「え。そう?あそこにあるのは大体私が作ったんだけど」

「改造はしないのか」

「普段は家でしかやらないけど、今度は劇場のリニューアルだし、ちょっとハメを外すのも悪くないかなって」

「だから『審判員』に教わりたいと」

「そういうこと。とにかく世界観のクロスオーバーとか、オリジナリティが出したくて。でもここの劇場の売店はラインナップがけち臭くてさあ。支配人に文句を言っても……」

「ふうん」

 

責任の所在は殆どないとはいえ、これから告発したところで俺にもデメリットしかない。

体よく彼女の注意をそらす。ガンプラについての談義以上に、ビルドファイターが食いつく話題はこの世に存在しない。

せきをきったようにあふれ出すハイバラの愚痴、自慢、そしてもう一度愚痴。

それを話半分に聞きながら、作業台へ道具を並べていく。

エアブラシは明らかに汚れすぎであったので、彼女が作業中に洗浄しておかなければなるまい。

 

「おいヒカワ。お前はそろそろ仕事だろう。さっさと下見にでも行ってこい。邪魔だ」

「え?僕も見ていくよ。せっかくだし」

「……勝手にしろ。バカが」

 

せっかくメモリーチップを隠すタイミングを与えたのに、このざまである。

察しが悪い同僚のせいで頭がシクシクと痛んだ。

 




大々的に宣伝されても、結局はファンのイメージひとつでつぶれたりするのがアイドルの怖い所だよなあ、と個人的には思っています。
そう考えるとキララをガンダムファンのアイドルとして売り出そうとした所属事務所、綱渡りなことしましたね……

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