ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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前回から間が空いてしまいましたが、二話目です。
もう一人の主人公、いうなればシャアのようなポジションのキャラクターが登場します。


Parts.02 「紫電のアレックス」

Parts.02「紫電のアレックス」

 

side ???

入国手続きを済ませて、息を大きく吸う。

故国のまでとはいかないが、悪くない空気だ。

スーツケースを磨かれた空港の床に置いて周囲に目をやると、自分たちとは明らかに異なる国籍の人間たちが、せわしなく歩き回っていた。

 

「たった一年で随分と変わった。そうは思わんか?アレクシア」

「え?」

 

オレの妹が名を呼ばれてこちらを向く。その背中まで伸ばした茶髪が揺れた。

整った顔に収まった細い眉尻と潤んだ灰色の瞳は、戸惑いの表情を作っている。

彼女はオレに同行してこの極東の島国までやってきていた。未熟だが、オレの知る限りではもっとも信頼のおける人間ではある。

 

「私は日本に来るのは初めてですよ?兄さん」

「ふむ、そうだったな。かつてここに来ていたのはオレだけだった。時差ぼけが抜けていないとみえる」

「もう、しっかりしてください」

 

アレクシアがほほ笑むとこの無機質なエントランスの空気も幾分か華やぐ。

この顔を、老いさらばえる前に剥製にして飾っておきたいとも思うが、そうはいかないのが残念だ。

加えてオレと彼女は顔がよく似た双子なのだから、鏡を誉めているようなものである。

 

「今の時間は」

「午後二時です」

 

ほぼ予定通りだが、それ故に歯がゆい点もある。

『仕事道具』がまだないのだ。

 

「機体とパーツ一式が届くのは明日になろうが、それまで何もしないというのも実に退屈だ」

「既にいくつか、この付近でバトルができそうな所に目星をつけておきました」

「ほう。それなら空白期間も簡単に埋められる。よくやった」

 

そう妹を褒めておくと、オレは空港の固定電話へ向かった。

背中越しに、静かにアレクシアがつき従っているのがわかる。

記憶していた番号にかければ数コールで相手が出た。

 

「アレックス・メルフォールだ。ナリタに到着した。肩慣らしに行くので五分で迎えを寄越せ」

 

簡潔に要件だけを伝えて、受話器を叩きつける。

返答は聞いてやる義理がない。相手は受話器越しでもわかるほどに慌てていたが、それを気に留める必要がどこにある。

どうせオレが残された時間を無為に消費する気だと慌てているに過ぎんのだ。異邦人を真っ先に疑ってかかるのは日本人の短所の一つである。

 

「まったく、オレを誰と心得る」

「兄さん?」

「いや、些末なことだ。気にするな」

 

何やらこちらの顔色をうかがっているアレクシアに、ひらひらと手を振った。

彼女がこんな態度になるのはオレが露骨に不機嫌な時だけである。

八つ当たりをするような人間ではないとわかっているのに、妹は苛烈に燃え上る炎に触れるように、おどおどとする。

余計な目ざとさだ。

 

「向こうに話はつけた。お前が目星をつけた場所に向かうとしよう」

「はい」

 

荷物を手に空港出口へと歩く。

目的の設定と、至るまでの道のりは既に決めてある。重要なのはそれを時間内に踏破できるかどうかだ。

我々『ムラサメ』に与えられた刻限はあと一か月。第十回世界大会までとなる。

それまでにオレの、「アレックス・メルフォール」の名を日本に知らしめてみせる。

決意を新たにしてみれば、心の臓の高鳴りを確かに感じた。

 

side コウイチ

 

仮想の大地で、RX-78-2の「ダメージレベルテスト仕様」は逃げ回っていた。

クリーム色のボディカラーは相変わらずであるが、今回は粒子消耗量計測用のクリアパーツを増設された。それを追うのはツヤのない黒で塗装された『ジム・クウェル』だ。

ビームの応酬が交わされるが、テスト機のライフルは高硬度に設定されたジムの装甲にはじかれ、ジムがかえす一撃は確実に退路を塞いでいた。

 

「操縦技術、戦術選択に関しては本人より上手だな」

 

僕はその戦闘に関する所感を、手書きでメモしている。

現在の恰好としては、スーツの上に白衣を羽織っていた。

特に意味はないが、ラボにいた時の癖だ。こうしないと集中力が切れる。

ガンダムに追いすがるジム・クウェルは、アシハラ・ユウジのガンプラのデータを基に、ヤジマ製のフルスキャン3Dプリンターで出力した検証用機体である。性能は原典たるアデルより劣るが、機動データ自体は踏襲されているので、かなり本物に近い動きを再現できていた。

このジムは換装などを考慮していない設計であるため、純粋な戦闘データだけを取りやすいという利点もある。

とうとうRX-78に間合いを詰めたジム・クウェルは、背面に回り込んだかと思うと、右脚で蹴りをかました。

テスト機のメインブースターを載せた「ランドセル」が火を噴いて停止する。

 

「ガンダム、攻撃パターンをセンサー系集中へ変更」

 

音声入力を認識したガンダムは、ジム・クウェルのセンサーアイへバルカン砲を浴びせる。

それすらものともせず、ジム・クウェルは相手の頭部を鷲掴みにしてしまった。腕部がうなりをあげてガンダムを荒野に叩きつけ、引きずり回していく。

ガリガリという音が耳に痛い。その勢いのままに、ジムが相手を岩壁に押し付けると、とうとうガンダムの右腕がちぎれとんだ。想定外の損傷に、しまった、と慌てる。

 

「テスト終了。システムを停止」

 

瞬く間に粒子は筐体へ収束していき、後にはものいわぬガンプラたちが残る。

崩れ落ちた黄色いRX-78-2を、ジム・クウェルは冷淡に見下ろしていた。

 

『BATTLE ENDED』

 

無機質なシステム音声が、僕以外に人のいないテスト・ルームに響く。

僕が支部に来て初めてのダメージレベル実験は、こうして好調に終わった。

フィールドに倒れ伏すテスト用RX-78ガンダムは、腕のポリキャップが断裂するに留まっている。

これはプログラムの改良が、理想的な状態にまで近づいていることを示していた。

本来ならば喜ぶべき時だが、僕の気分は晴れない。

 

「はあ……。再検証するにしても、あれを見るのは気が進まないな……」

 

テストには彼のGPベースを一時的に借り受けて行っている。ビルドファイターの全戦闘記録を封じたこの小型端末は、僕が本人の立会いの下解析したのだが、あまりに内容がひどすぎた。

いわく、同じ模型部員の機体を完膚なきまで壊しつくした。

いわく、ゲームセンターの野良試合で起こった乱闘に無関係ながら介入、すべて壊すことで終わらせた。

その他にも枚挙にいとまがない程の、アシハラとアデルによる暴挙が列挙されていた。

 

「お前は他人のガンプラをなんだと思っているんだ!」

「前にも言っただろ。ガンプラはガンプラだ。機動兵器の形をとったプラモデル。それ以上でも、以下でもない」

 

アシハラはそんなことを平気で言う男。

僕の嫌いなタイプであった。

ガンプラはそのビルダーの時間と労力、技術の結晶。仕様上しかたないとはいえ、その壊れる姿を見て悲しむものが大多数だろう。

しかしながら、あいつは自分の機体に対してこだわりがあるようには思えなかった。

ふらりと支部を出てはあの黒いアデルをボロボロにして帰って来る。

眉ひとつ動かさず、淡々と修理しては腰のホルスターにしまいこんでそれっきりだ。

僕らが組んでから一週間が経過したが、たいてい言い争いをしているか、それ以外はまともに口もきかない状態である。

 

「どうかね。進捗は」

「ハカドさん」

 

上司であるハカドさんが、ペットボトルを両手に持って部屋にやって来た。

 

「関節部の破断まで抑えることには成功しましたが、まだまだです。今回のテストの理想は無傷か、再組立てできるレベルの脱落ですから」

「そうか……。まあ、一息つきなさい。そこまで眼鏡の汚れを放置するなぞ、几帳面な君らしくない」

「はあ。ありがとうございます」

 

ペットボトルのキャップを開け、冷たいお茶を流し込む。ハカドさんはミネラルウォーターをちびちびと飲んでいた。

 

「ユウジくんの機体の……データのみを写し取ったのか。ヤジマの3Dプリンターは機体そのものを複製できると聞いたが、アデルをそのままコピーしないのかね?」

「それは見た目だけですよ。もう少し年数が経てば改良もできるでしょうが、現状は内部構造を100%解析し、再現することは難しいです」

「分解してもダメかね」

「万が一に、それをしたとしても不可能だと思います。あいつの製作技術は職人とかそういう類のものです。人間の指先に籠った年月と知識に共感できる程、機械は進歩してはいません」

 

そう説明しながらあいつのGPベースをユニットから外し、あらためて全体を観察する。

まさしくこのベースは、その『人間の年月と知識』の結晶だった。アシハラのものは、バトルの回数にしては、やけに綺麗である。

バトルユニットに直接接続する精密機械だから、さすがに丁寧に扱っているのだろうか。

識別用にビーズ型のアクセサリーをはめ込むことができる中央上のくぼみには、やはり何もはめこまれていなかった。

ベースにも案外表れる個性がそぎ落とされていたのである。

 

「年月、とはいっても彼はまだビルダーとしてデビューしてから三年しか経っていないと聞いたが」

「え?そうなんですか?」

 

その言葉に僕は思わず耳を疑った。ハカドさんも、眦を上げて意外そうな表情をあらわにする。

 

「意外と短いだろう?」

「いえ、そういうことではなく。その、このベースには一年分の戦闘と改修の記録しか残っていないんです」

 

妙だ、とは思っていた。

情報格納技術の進歩で、毎日バトルにあけくれても十年分は保存可能な端末だ。

ビルダーが本職という言葉を信じるにせよ、アデルに投入されている技術は完全にバトル用のそれで、一年間で世界クラスまで研鑽することなど不可能だ。

消去されたデータが存在するとでもいうのだろうか。

それなりのプログラミング知識があれば確かに可能だが、過去の戦闘記録により行われる、機体の制動補正に多少なりとも影響が出るはず。

いかにアシハラとはいえ、自らの修練の証をそう軽々しく消せるものではあるまい。

 

「まさか、前科?」

「おいおい何を言い出すんだ。それはスカウトした私の首が飛ぶぞ」

「すみません。さすがに邪推でした」

 

知らずしらず口に出ていたらしく、慌てて僕はその推測を打ち消す。

ハカドさんは過去を代償に言うことを聞かせる、といった司法取引に応じる人ではない。

実のところ最近、ちょっと自信がなくなってきたのだが。

 

「おおかたベースを買い替えた、といった所だろう」

「交通事故にでも巻き込まれたならともかく、データが全損したと?」

「それ以上は余計な詮索だよ、ヒカワくん。気になるなら、ユウジくん本人に尋ねればいいじゃないか」

「……いえ、それは……」

 

ハカドさんが空にしたペットボトルを丁寧につぶし、ごみ箱に放り込んだ。

弧を描いたボトルは入口をはずれ、ハカドさんは大柄な体躯を縮ませてそれを拾おうとする。

 

「なあ、ヒカワくん」

「はい」

 

彼は巌のような顔を下にしたままだ。表情が伺えない分、威圧感のある低い声だけが喉元まで迫る。

 

「君も含め、私の部下にはお人よしが多いからね。皆が気を使ってばかりでは、これから先の業務に響く」

「承知しています」

「それならいいんだがねえ」

 

所在なさげに僕は自分の眼鏡を外し、レンズを布でぬぐった。

バディを組む、というのは責任という重しを二人で一緒に担ぐということだ。

いがみ合えばいずれ揃って潰れることは目に見えている。

ハカドさんが案じるのも当然だろう。

 

「君は大人だ。大人の特権とは、子供に対して譲歩する余裕を持つことだ」

「それが自分の信念を曲げるとしても、ですか?」

「間違った選択なら、彼を選んだ私も、諸共にしっぺ返しを食うだろう。しかし、私は石橋を叩いてから渡る主義でもある。『アシハラ・ユウジ』は簡単には砕けんよ。君も身を預けてみてはどうかね?」

 

最後はおどけた調子に戻って、ハカドさんは語りかける。

僕は手持無沙汰に他人のGPベースを弄びながら考える。

あいつと僕はわかりあえない。

それでも、あいつの技術を利用する。しなければならない

自分の理想をかなえるため特務ファイターを必要として、アシハラを巻き込んだのは紛れもなく僕であるからだ。

ならば僕のするべきことは、意地を張ることではあるまい。

 

「……いや、しかし」

 

ハイモックの屍山の頂上で立ち尽くすアデルの光景が浮かぶ。

あの獣じみた戦い方は、僕には絶対に許容できないラインだ。あれを許せば、ヒカワ・コウイチの根本が揺らぐことになる。

譲歩か、決裂か。優柔不断な思索の泥沼にはまる寸前で、ぱん、と掌を打ち合わせる音で正気に返った。

 

「さて、話は変わるが手伝いを頼みたい」

「え?なんです?」

「世界大会前のアクセス集中で広報のサーバーがダウンしてしまってね。暇な特務から、技術者を貸し出してほしいとさ」

「アシハラとの話は?」

「サーバーと違って、そっちに期限はないよ」

「……わかりました、向かいます」

 

仕事用のカバンにベースをしまって、僕はそれを肩に担いだ。

広報にも専門のメンテナンス業者がいるはずだ。しかし当然作業代がかかる訳だから、僕に払われている給料の枠内に押し込んでしまおうというわけだ。

一分一秒が惜しい部署とはいえあんまりな話だ。落ち込む僕をよそに、ハカドさんはうきうきとベースに近づいている。

 

「バトルするならきちんと申請出してからにしないと、怒られますよ」

「君の名義じゃダメかね?」

「当たり前ですよ。僕の貸し出し時間、ちょうどさっき終わりましたから」

 

腕時計を確認してから、肩を落とす上司を置き去りにして部屋を出る。

扉を背にして閉めると、自然とため息が出た。最後のくだらないやり取りはともかく、無意識に先送りしていた問題に半ば強引に向き合わされた。

それは僕とアシハラの間に口をあける大きな断層であり、もたもたしていてはハカドさんに背中を押される。

解決策はきっと、どうあっても不本意だが、飛び込んだ方がましには違いない。

 

「とりあえず、お菓子でも買って与えてみればいいのかねえ」

 

そんな賄賂を本気で一考してから、あまりのくだらなさに乾いた笑いが出た。

 

side アレックス

 

紅白二色に塗装されたウイングガンダムが宇宙を駆ける。鳥を模したバード形態で、星の隙間を一直線に抜けていく。

直立不動の体制で迎撃するのは紅のガンプラ。ザクアメイジングと呼ばれ、三代目メイジンの愛用するガンプラの一つである。

 

『燃え上がれ……』

 

ビルドファイターには聞きなれたメイジンの声。

ザクの長距離砲から放たれる、正確無比な射撃がバード形態を襲う。しかしウイングは、そのまま機体を左右に空転させビームを回避した。

 

『燃え上がれ……!』

 

ザクアメイジングはミサイルランチャー、バズーカと次々と武装を切り替え、弾幕を張る。

軌道を先読みし、的確に弾道を合わせた、一発一発が必殺のものだ。

ところが、紅白のウイングガンダムはそれをすべて変形せずにかわしてみせた。

直線突破をやめないままに、この反応速度。

操縦しているのは相当の実力者と見受けられる。

幾重もの攻撃の網をかいくぐり、もはや射撃が間に合わぬ間合いまでウイングが詰めた。

しかし、メイジンとて隙を生んだわけではない。

 

『燃え上がれ!』

 

突然、ウイングの主要射撃兵装であるバスターライフルが無残に両断される。

相手の腰部に収納された、ヒートナタの仕業であった。

普通ならばここで勝負の大勢は決まる。

あれだけの機動の最中に、機体中央に位置した構造物を真二つに切り裂かれれば、バランスが崩れるのは自然の摂理だ。

ところが紅白のウイングは一歩も引かない。目にもとまらぬ速さでモビルスーツ形態に変形すると、左腕のシールドを構える。

それが真ん中から折れると、抜き放たれた緑色のビームサーベルがナタと交錯した。

 

『燃え上がれ!ガンプラァァァァァァァ!!!』

メイジンの熱の入った絶叫と共にその映像は止まった。巨大な「GBWC 10th」の文字が画面に出現する。

 

『第10回ガンプラバトル世界選手権!君は、生き残ることができるか?』

 

その文句と共に、映像は暗転した。

オレが見ていたのは、恒例の世界大会の告知動画だ。あの紅白のウイングガンダムは世界大会の定番としてよく出演しているが、今年のものは随分気合が入っていた。メイジンのガンプラとのバトルを流すなど、前代未聞である。

 

「いつもとファイターが違いましたね」

「メイジンは本気であった。まあまあの手練れと見える」

 

映像を再生していた携帯端末を閉じて前方にあるトレイに放ると、あわててアレクシアが端末に傷がないか改めた。

それは妹の私物だった。

オレたちは今、日本の部下が寄越したリムジンに乗っている。移動手段として文句はないが、この国では人目につくので、オレは気に入ってはいない。

 

「それで、なんだったか。『特務ファイター』とかいったな?」

「はい。日本の公式審判員本部が提唱したシステムで、初心者への指導やバトルプログラムのアドバイザーとして、審判員資格のないファイターを採用するもののようです」

「くだらぬ。要は仕事の丸投げか」

 

かつての公式審判員は,ガンプラバトルの普及活動、ルールの監視、システム開発への協力等を一手に引き受けていた。現在でも、一般人の認識はそのままだろう。

組織内で分担して十分に機能していたにも関わらず、それを素人に任せるとは怠慢極まったものである。

 

「いや、それとは別の目的の隠れ蓑か……」

「別の目的、ですか?」

「アレクシア。この制度の発案者は誰だ」

「えっと……」

 

妹から告げられた名を聞いて、オレは合点がいくと同時に、大きな笑い声をあげた。

妹と運転手が、ぎょっとした顔でこちらを見る。

さっきまで顔を曇らせていた男が、壊れたように笑いだせば当然か。

 

「ははは、そういうことか。アレも、存外あきらめが悪いではないか!」

「兄さん?」

「お前もこいつ、制度の発案者のことは知っているだろう?」

「それは、まあ」

 

妹はオレの言わんとすることを図りかねているようだが、それはオレと彼女の理解能力の差というものだ。

オレには、特務という言葉の裏に隠された、とある個人の野卑な私情が手に取るようにわかる。業務の軽減というメリットをお偉方にちらつかせて、自分の本来の目的を達成したのだ。

そういう狡猾で知恵の回る人間が、この特務ファイターとやらの生みの親である。

つまり、オレと同類ともいえよう。

 

「案外、捜し物は近くにあるかもしれぬな」

「アレクシア様、アレクサンダー様、到着いたしました」

 

リムジンが停車したのは、とあるゲームセンターの入口だった。

けばけばしい色の電飾が、昼間にも拘わらず激しい主張を繰り返している。入口には同年代くらいの少年少女がたむろし、道路にはみだしかけているアーケードーゲームを遊んでいる。

この建物の、商業主義の象徴のようなデザインは万国共通らしい。

 

「帰りはまた連絡します。ありがとう」

「いえ。お気をつけて、お嬢様」

 

アレクシアがねぎらいの言葉をかけると、運転手はやけに嬉しそうな顔をしたまま走り去っていった。

道行く連中はオレたちに怪訝な顔をちらりと向けるが、この灰色の瞳と視線がかち合うとそそくさと視界から消えていく。

妹は先刻オレが放り投げた端末で情報をさらっていた。

 

「ここは数日前、パーツハンターによる活動が確認されましたが、審判員と特務ファイターの手によって収束しています」

「うむ」

「まだ日本支部内部の情報には手が付けられていません。よって職員名などの詳細は不明ですが、穏便に処理されたのは確かなようです」

「程度が知れるな。権限の上下関係からして、腰抜けは審判員か」

 

自動扉の前へ足を踏み入れると、故郷とよく似た喧噪と騒音の嵐が吹き荒れた。

オレの初陣はここからはじまるのだ。

 

Side ユウジ

 

「いらっしゃい。おう、ユウジか。模型部はどうした」

「早引けだ。それよりGPベースを貸してくれ。一秒でも早く、アデルの改造とテストがしたい」

「今ならどっちのブースも空いているから、じゃんじゃん使っていいぞ」

 

俺の叔父、アシハラ・リョウタロウは模型店『ビシディアン』の店主である。

筋骨隆々の肉体に作業用のエプロンを着け、頭に海賊のようにバンダナを巻いた風変わりないで立ちで、無精ひげはいつも生やしっぱなしだ。

俺のガンプラはこの『ビシディアン』で調達され、改造され、試運転される。

まさしくビルドファイターとしての活動拠点といえた。

制服の上着を脱ぎ、カバンからガンプラと工具を取り出すと、叔父がカウンターから上半身を乗り出してきた。

 

「これからバイトだろう?仕事仲間とはうまくいっているのか?」

「俺がそんな人間かよ。最後に会話をしたのはおとといだったか」

 

そう答えると、あの人は太いゲジゲジ眉を八の字にして、ぐう、と喉から独特の唸りを発する。困った時の叔父の癖だ。

 

「ユウジ。お前は、手先こそ器用だが心の在り方が不器用だ。自分の思ったことを常に奥へ奥へと封じ込めようとする」

「なんだ、それ。今度は心理学でもかじったのか?」

「そんな大層なものじゃないさ。育ての親としての心配だよ」

 

アデルはキャノン砲を二門追加、右腕にビーム砲と左腕にガントレットを装備した簡易改修仕様となっている。火力こそ増大しているが、総合バランスはガタガタだ。

我ながらどうしてこうなったのかまるで説明できない。ここまで自分に合わない調整を施したので、新手のハンディキャップにすら思われる。

自機から顔を上げるといつの間にか、正面に叔父が立っていた。その右手は彼のお気に入りのガンプラを握っている。

本人にならってバンダナを頭部に巻き付けたジェスタだった。

 

「バトルするのか」

「先に言っておく。今のユウジは、俺には勝てない」

「やけに自信満々だな」

 

空色の粒子が周囲に満ちる。

『Field 1 Space』

「覚悟、信念、何よりコミュ力の足りない甥っ子にこの私は倒せんのだ!」

「そうかい」

 

今日の叔父の言い回しはやけに頭にくる。球体操縦桿をきつく握りしめ、アデルの駆動を体感し、深呼吸をした。

依然、異物がつかえるような違和感は消えてくれない。

 

『BATTLE START!』

「『アデル・シャドウ』、アシハラ・ユウジ。Sally Forth……!」

「アシハラ・リョウタロウ。『ジェスタ』、獲物をかっさらう!」

 

二機のガンプラが、戦場に飛び出した。小細工なし、真っ向からの砲撃戦が幕を開けた。

 

Side アレックス

 

このゲームセンターのガンプラバトルコーナーはいわゆる民度が低かった。

言い方を変えれば、一定のルールやコミュニティを犯すものがヒステリックに排除されるようにできていた。

妹の選択が故意なのか否かは問題ですらなかったが、オレたちは入って十数分で妙な日本人に絡まれたのである。

そいつは一見すると普通の若者ではあるものの、敗北すると髪をかきむしって喚き散らす男だった。

 

「操作の感度が悪い!」

「ビームしかないのにIフィールドなんて卑怯だ!」

「太陽炉採用なんてチートだろ!」

 

自分が敗北すれば、その責をすべて他人に押し付けている。当然、バトルをした相手はしらけて台から外れ、ごくまれに哀れなニュービーが餌食になっていた。

もちろん勝てば鬼の首を取ったように男は大騒ぎをする。やがて男の周囲には一歩ひいた空気が出来上がり、空気の読めない次なる犠牲者が引っかかるのを、彼らは憐憫をこめた目で見送るのであった。

そこにオレたちは土足で上がり込む。わざとこの日本人のほど近くで観戦し、その人物評価を直に届けてやる。こんなに幼稚な存在へ遠慮する必要がどこにあるのだ。

我が祖国フランスの小学生ファイターでもこんな負け惜しみは言わないし、取り乱さない。

いっそ笑いを取ろうとしている道化だと考えた方が、理屈は通るではないか。

 

「は」

「誰だ、今笑ったのは!?」

 

オレが失笑をこぼしたのを聞きとがめたのか、日本人の狂気はこちらに向けられた。

葬列のごとき群衆は、くだんの哀れみをオレたちにも投げかけようとしたが、見慣れぬ外国人にわずかに反応を変えた。好奇が入り混じっている。

 

「おい、お前。ボクをバカにしたな?あ?……なんだ。知らない顔だな、初見の癖に偉そうに!」

「ショケン、とは初めて見ると書く用語のことか」

 

ずいぶん独り言の多い道化をよそに、オレは妹に尋ねる。日本語に不自由はないが、こういった俗な表現は理解しづらい。

だが意思疎通が困難なら、妹に通訳させればいいのだ。彼女はオレのサポートとして、この日本に来ている。オレに稀に生まれる隙を自覚し、的確に彼女に埋めさせれば、それはオレが完璧であることに代わりあるまい。

彼女は日本人に一瞥もくれないまま、ノータイムで肯定する。

 

「はい。この場合、ゲームセンターにはじめて来た人のことでしょう」

「こいつはそんなことを気にしているのか」

「いいか?ここにはここのルールがある。それをわきまえた強豪ファイターしか入れないんだよ!」

 

次にこの日本人が発した言葉の意味は無難に読み取れた。要は時代遅れの選民思想だ。

無論この男がそう思い込んでいるだけだろう。

そも、強豪ならば敗北自体がありえない。真の強者にとって、勝利とは必要最低限の絶対条件である。

 

「……アレクシア。ここの風紀は最悪だが、日本での『紫電』の復活劇にはちょうどいいな」

「そのつもりで選ばせていただきましたから」

「話を聞いているのか?日本語通じないなら出て行ってくれる?」

 

無視されていてもまだ喋り続けていたらしい。

そろそろ金切り声も聞き飽きたな、とぼんやり思っていると、アレクシアが一瞬だけ、オレと揃いの灰色の瞳をヤツに向けた。

すると日本人は口をあんぐりとあけたまま肉体が硬直し、やがてすごすごと後すさる。

たいしたことはしていない。

ただ、睨んだだけだ。

シンプルなそのアクションは動物に太古から備わる威嚇行為であり、上下関係をはっきりと叩き込んでしまうものだ。

いかに虚勢を張る弱者でも、本能的に危機を刻み付けられて尻尾を巻くだろう。

だが、その反応は、妹には最短の回避手段でも、オレの興が冷めるというもの。

せっかく売られた喧嘩を高値で買い取ってやるというのだ。

アレックス・メルフォールは遁走ではなく闘争を望む。

 

「日本人、貴様にバトルを申し込む」

「え?」

「国内強豪ファイターなのだろう?オレも母国では名が売れた身だ。万が一オレに勝ったら、貴様の名前を持って帰ってやる」

「い、言うじゃないか。外人」

「ただし負けたら貴様は地に這いつくばって、この場の全員に許しを請え。そして金輪際、バトル界隈に顔を出さんことを命じる」

「なんだと!」

 

日本人は落ち着きかかっていた鼻息を再び荒くしてくれた。その眼はぎょろぎょろと、集まっていた野次馬に向かう。

しかしこの場に居合わせたものは、最早矮小な狂気を恐れていない。

オレの態度が説得力をもって彼らから不安を噴き晴らしたからである。

胸を張り、目を見開き、はっきりといきわたる声で堂々と挑発する。

肉体に一片の震えなく、こいつならやりかねない、というのを雰囲気で押し通すのが虚勢との違いだ。

オレの得意とする所である。

 

「どうだ、欲しいだろう?ハリボテではなく、本物の名声が」

「ああ、ああ、わかったよ!受けてたとう!」

「そう来なくては」

 

妹は指示を静かに待っていた。オレは振り返らずに問う。

 

「アレクシア。このゲームセンターで貸し出されている機体の数は」

「全十三機です」

「オレの機体とお前自身の機体を見繕って持って来い。三分だ」

 

アレクシアは無言でこくりと頷くと、胸元に名札をつけた店員を発見して声をかけた。

そいつもことの推移を見守っていたらしく、妹をどこかへ案内していく。

オレは自らの両手に目を落とす。

革製の指ぬきグローブを外すと、生まれつき色素の薄い、病的な白さの掌があらわになった。

三代目メイジンが前髪をかき上げてオールバックにするように、バトルの際に必ず行うローテーション。

オレはこのグローブの付け外しによって、蹂躙の準備を行うのであった。

 

「試合形式はタッグマッチ。ボクは相方、外人のあんたはツレと組むんだ」

「よかろう」

「兄さん、持ってきました」

「ドムか。紫の機体を選んだことは褒めてやる」

 

オレは重MSの「ドム」。アレクシアは換装型の機体「ストライクガンダム」の「ランチャー」という遠距離砲撃装備を選択していた。

 

『Please Set Your Gun-Pla』

 

同時に貸し出されたGPベースをセットし、水色の粒子が柱状に噴出する。

この虚構の小世界では、いかなる暴挙も暴力も許容される。

 

「しかし、こんなゲームセンターが日本での初陣で、本当によろしいのですか?兄さんには地方大会などもっと相応しい舞台が……」

「まだ甘いな。衆愚に勝利を見せつけるのは前提にすぎん。あの道化のことだ、己の敗北を認めず駄々をこねるだろう」

 

その場合、仲裁で駆り出されるのは誰か。

ガンプラバトルが原因で起こった争いを穏便に解決する、なおかつ『たかがゲームセンターのいさかい』に出動できる、暇な部署はどこか?

 

「……まさか、いえ、そううまくいくでしょうか?」

「いくとも。ここは一度、その恩恵を受けた店だ。次も必ず頼る。『公式審判員』をな」

 

『BATTLE START』

 

「時間だ。アレックス・メルフォール、『ドム』出陣する!」

「アレクシア・メルフォール、『ストライク』行きます!」

 

オレたちのガンプラは、完全に同タイミングで出撃した。

戦場は荒野。

ドムは地上専用なので砂漠をホバー移動し、ストライクは脚によるダッシュで追従する。

オレは即座にあの日本人の機体をズームし、その機種を確認した。

左肩に巨大な盾を懸架した特徴的なシルエットに青と白のカラーリングですぐに判別がつく。

 

「GNT-0000 ダブルオークアンタ。相方は、赤の機体色に大型対艦刀を二振り、インパルスか」

『ソードシルエットですから、私と逆の近接型ですね』

「アレクシア。インパルスはお前が処理しろ。オレはクアンタを落とす」

『了解』

 

手早く指示を出すと、オレたちの二機は手早く散開した。

空いた空間に、クアンタのGNソードビットが飛来してきたのだ。この遠隔武器はクリアパーツの効果で、素組みですらかなりの切れ味を発揮する。

 

「だが、六つしかないものを半分にわけたのは失策だな」

 

あえてそう呟くと、オレはアームレイカー式操縦桿を操作した。

ホバー移動をコンマ数秒単位で方向転換、直線的な動きの組み合わせを、疑似的な円運動に至るまで組み上げる。

誤差を修正。さながら絨毯の文様を描き出すように、極限までに磨き上げていく。

人類の技量にオートのビット風情が追い付けるはずがない。それが三基まで減らされているならば尚更だ。

あらぬ地点に刃が吶喊して、ドムは間隙をすり抜けられた。

あっという間にクアンタを破壊可能なレンジに突入。バズを向けて威嚇する。

 

「そら。抗わなければ負けるぞ?」

『トランザム!』

 

相手のボディ全体が赤く発光すると、視界から消えた。機体出力を三倍にまで引き上げる「トランザムシステム」だ。

 

『お前はマジで潰す!』

「マジ?ああ、この場合は、全力という意味か。……それがどうした?まさか、本気でかかればオレに勝てるとでも?」

『くっ!』

 

激昂したクアンタが、紅の尾を引きながら吶喊してくる。AIによる乱数座標変更を織り交ぜ、本体自体はカメラで追いきれないレベルまで加速する。

ただし、その軌跡が残像で表現されてしまうことを失念している。この程度のファイターならば、オレの戦術予測の範疇でしかない。

 

「そこか」

 

すかさずオレはドムの胸部に搭載されたメガ粒子砲を放出した。眩いビームの光芒が、クアンタのカメラアイへ向けて突き刺さる。

設定の話になるがこの武装は、目くらましにしかならない極めて低出力な代物だった。

センサーに傷をつけることならば可能性はあるが、素組みではそれも期待できない。

だが、オレにはそれで充分だ。

手段が一つしかないならば、最高のタイミングで使いこなすのがアレックス・メルフォールである。

 

『目が!』

 

クアンタの動きが止まった。

いくら機体の移動速度が桁違いだろうと、操縦する人間が動きを止めれば自慢のスペックは意味をなさなくなる。

あまりに大きな隙。オレのドムは再度バズを構え、狙いを定め。

そして。

 

「……ふん」

『な、なんだ!?』

 

あの日本人の驚愕する声が聞こえる。ドムが武器を降ろし、攻撃をしてこない意図が理解できないのだろう。

 

『なんのつもりだ!』

 

オレは何も言わずに仮想距離にして二十キロの中空を指さした。そこに一つ大きな円形の爆発が発生する。そして、共有された機体シグナルから、インパルスガンダムのものが消失した。道化に付き合わされたことと、アレクシアの射程範囲に入ったことが運の尽きだったということだろう。

 

「こちらが一機撃墜。このままでも、機体数の差によってこちらの勝利だ」

『くそ、くそっ!あいつ、ボクより先に落ちやがって!』

「そこで、貴様はどうする」

『はぁ?』

 

武装をすべて捨て、背を向けるとドムに腕を組ませる。低高度で滞空するクアンタは、仁王立ちのドムを背後から見下ろす形になるだろう。

素人から見れば八百長、あるいは自殺行為でしかない。だが、オレはあえてその行動をとった。

 

「まもなく妹がここに来る。いや、あいつめは空気を読まんから、ここ一帯薙ぎ払うかもしれぬ。それでは勝負にならん」

『……何が言いたい?』

「オレに一撃を試みることを許す。なに、我が一族の名誉にかけて真実だとも」

 

ドムが真横に伸ばした右指先を、くいと曲げる。いかな単細胞にも理解可能な最小限の侮蔑だ。そして、当然ヤツは激昂した。その感情に呼応するように、胸部のGNドライヴが唸りを上げる。

 

『がああ、どこまで、どこまでボクをバカにするんだああ!!』

 

洗練されたデザインと真逆に、クアンタは獰猛に飛び掛かって来る。

オレはそれに対してただ一度だけ、アームレイカーを捻った。

素組みのドムの裏拳が、最も速く、最も強力な角度で飛ぶ。そして正確無比にクアンタの胸部に命中した。こつん、と軽くプラスチックをノックした音がこちらにも伝わった。

必要最小限の衝撃は粒子を通して波紋のように広がり、静かに機体中枢を沈黙せしめた。

 

『…………あれ?』

「あくまで試みるだけだ。この『紫電のアレックス』に勝ちたいなら、万倍の技量を積んで来い」

 

クアンタが膝から崩れ落ち、ドムにしだれかかる。無慈悲な機械音声が、戦闘終了を告げた。

オレの勝ちだ。

 

『BATTLE ENDED』

 

沈黙して事の推移を見守っていたギャラリーが、一斉にざわめきはじめた。

あいつらには半信半疑だったオレの実力が、記憶として刻まれるだろう。この反応が最も起こり得る場所を、妹は選んだのだ。適切な采配だったといえる。

 

「あのドム、クアンタに拳をぶつけただけで倒した!」

「三分も経たずにか!?」

 

そのどよめき、すべての賞賛と驚嘆を込めた歓声が耳に心地よい。

そう、オレが求めるものは、この光景の中に見出されるのだ。

名誉も賞賛もいらぬというファイターがいるが、あれは嘘だ。強者にとっての最大の報酬とは、地に伏す弱者の泣き顔ではない。

オレに期待する者、懐疑を抱く者が一斉に、オレを認める瞬間だ。

 

「お疲れさまです。兄さん」

「ああ」

 

アレクシアが歩み寄って来る。汗一つかかず、ストライクも無傷。まあ当然といえる。

オレの妹の技量とて、そこらの無名ファイターなぞ、指一本触れられることすら許されぬ位のセンスを持っているのだ。

今回はあまりそれが発揮されなかったのは、兄としてやや残念ではあるが、そのうち嫌という程発揮してもらうことになるだろう。

 

「すげえな、あんた、二つ名まで持っているのか」

 

野次馬の一人が、羨望のまなざしをたたえて尋ねてくる。

 

「『紫電のアレックス』だ。掌に三度書いて飲んでおけ。お前たちの国での風習だろう?」

「ああああああ!!!!!!」

 

そして敗者側から上がった奇声に、その場にいた全員が注目した。

中でもオレとアレクシアが向けた視線は、極めて冷え切っている。

ここまで予測通りの反応、現在は三文小説の登場人物でもやらないのではないか。

 

「お前!お前!なんで先に負けた!二人がかりなら勝てたかもしれないのに!」

 

あの道化の日本人が、妹に敗北した己の相方に詰め寄っている。相手の襟元をきつく締めあげて、前後に揺さぶるのは滑稽だ。

相方の方は酸素がいっていないのか声を詰まらせながら、弱弱しく首を横に振っていた。

 

「し、仕方がないだろう。女の子の方も、滅茶苦茶に強かった。実力が違いすぎる。あいつら二人とも世界ランカー級だって」

「そんなの、お前の憶測だ!ボクは負けなしだ!どいつもこいつも足を引っ張ったり、卑怯な手を使ったりして!」

 

さて、ここまでは予測の範疇だ。後は問題の種火を大きくし、目的の連中を呼びつけるだけでいい。オレはアレクシアに対して、人差し指と中指を二。三度曲げ伸ばしをして合図すると、バトルユニットの反対側へ回り込んだ。

道化はオレが歩み寄ってきたことに気づき、振り向いてから、オレの表情を見て青ざめた。

オレが何を考えているか、被捕食者の勘で察知したらしい。

その泣きはらした顔を、今度は本物の拳で横合いに薙いだ。

 

side コウイチ

 

「外国人ファイターと、日本人ファイターが喧嘩している」

 

サーバー修復を手伝っていた所で、この一報。

パーツハンターの事件があったゲームセンターからの通報を受け、僕は現場に急行した。

実のところ、こういう事件自体は審判員がいちいち対処するものではない。

問題は相手が外国人ファイターであることと、どうも暴力沙汰に発展しているらしい、ということだ。

向こうの国の審判員に訴え出られてでもしたら、この支部の責任問題になりかねないのである。

世界大会を前にして、それは避けたい。

ふとアシハラも同行させてやろうという考えが頭をよぎったが、あいにく、あいつの所属する宮里学院高校は距離が遠すぎた。

 

「後で文句つけられても、僕は知らないからな」

 

想像の中でのあいつが、ふん、と鼻を鳴らした気がした。

 

「ガンプラバトル公式審判員です。道を開けてください」

 

到着すると店長に事情を話し、ライセンスをかざしながら人込みを進む。

バトルスペースのあるフロアは野次馬たちでごった返していた。決して大きくはない建物の構造上、その場所にたどり着くまで僕は大いに苦労することとなった。

 

「こんなのおかしい!ボクはなにも悪いことはしていない!」

 

入り口を開けてから耳に届いていた罵声が、発声主まではっきりとわかる距離になってきている。ややダボダボのシャツを着た青年が、レースゲーム用の座席に縛り付けられていた。

誰がやったかが知らないが、ずいぶんひどい対応をしたものだ。

 

「この人と、口論をしていたファイターというのはどなたですか?」

 

僕が呼びかけると、周囲の何人かが、バトルベース近くで話し込んでいる男女を指さした。

どちらも目が覚めるような鮮やかな茶髪で、何となく外国人と判別できる。

 

『公式審判員です。少しお話しよろしいですか?』

 

とりあえず英語で話しかけてみると、先に少女の方が振り向いた。

アシハラの時と同様にざっと外見を観察するが、あいつ以上に整った容姿であった。

日光の恩恵を受けた健康的な白さの肌の上で、宝玉のようにくりっとした灰色の瞳、

面相筆で描いたような細い眉、筋の通った高い鼻と艶やかな唇が収まっている。

アシハラを影とすれば、彼女は陽のイメージを強く受けた。

 

「大丈夫ですか?」

「あっ、はい」

 

いけない、見とれていた。

 

「私たちに話しかけられたのですよね?」

「あれ、日本語がわかるんですか?」

 

その小さな口から飛び出した流暢な日本語に、僕は少なからず驚かされた。

まるで訛りや片言のところがない一言だ。日本の滞在期間が長いのだろうか。

 

「はい。私はアレクシア・メルフォールといいます。こちらは兄の」

「アレクサンダーだ。長い故、アレックスでよい」

 

もう一人の青年も、やはり日本語に堪能だった。

双子の兄妹なのだろう。髪の長さと性差による体型差を除けば、まるで合わせ鏡のようによく似ている。

加えてこの青年の方は、外見年齢に不相応の威圧感がにじみ出ていた。

どこかの国の王族に謁見を許されたような緊張が、無意識に背筋を伸ばさせる。

 

「アレックス……さんと、アレクシアさん」

「そうだ」

「縛られている彼と、口論になっていたということですが」

「ヤツは他の連中に欠片も益のない人間だ。だがモラル違反はパーツハンターと同じく、公式ルールでは処罰できなかろう?」

 

彼、アレックスの言葉に思わずうなずく。

例えばパーツハンターは他人のものを、なおかつ無断でミキシングした証拠が揃わなければ処罰できない。

アシハラと遭遇した一件の証拠は揃い得ただろうが、例外中の例外だ。子供だったからこそ、穏便に済んだともいえる。

同様にバトルでの罵詈雑言も、人道的な言動でもなければやはり立件するのは難しい。

悪役キャラの真似をしただけ、という言い訳が通じるのはガンプラバトルだからこそだ。

あくまで遊びの審判である僕たちの欠陥の一つだった。

 

「厳重注意、せめて店舗への出入り禁止を言い渡すのがせいぜいでしょう。ファイター資格たるGPベースの没収までは不可能です」

「だろうな」

「それと、あなた方には支部の事務所で詳しく話をうかがいたい」

「ほう。何故だ」

「何故って。直接的な方法で、彼の身体を拘束してしまっている。これは、その、暴力行為に該当し、ます」

 

口にしながら、僕はその行為をおおいに後悔した。

アレックスの背後から発せられる雰囲気が、怒気を孕んだものに変わったのを明確に察知できたのである。舌が口内に貼りついて、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。

さっきまで平然と視線を合わせられていたのが、それすらかなわない。

まるでヘビに睨まれたカエルだ。歳はこちらが上でも、パワーバランスの差が明確にすぎる。

 

「顔色が悪いぞ」

「え、あの」

 

にやり、とアレクサンダーが口角を吊り上げたが、僕はそれに気の利いた答えを返せなかった。

こんな日常離れした感覚をつい最近も味わった気がする。

それを思い返そうとしたところで、僕とアレックスの間を遮るように、アレクシアさんが進み出た。

 

「ここは私が」

「任せる」

 

握りつぶされそうな怒気が蜃気楼のごとく消滅した。

助かった、と気取られないように息をつく。だが、アレクシアさんも穏やかな表情とは言い難かった。

 

「審判員さん。申し訳ありませんが任意同行は拒否させていただきます」

「えっ」

 

いつの間にかアレクシアさんの右手には革表紙の手帳が収まり、彼女はその内容に目を走らせているようであった。

 

「公式審判員による検挙、判例によると、我々を聴取によって拘束することは妥当ではない、とされています。私たちは彼が、傷害事件を起こす前に取り押さえただけです。負傷させた訳ではありません」

 

彼女の小さな唇から、立て板に水を流すように見解が語られる。

その手帳に何が記されているのかは知らないが、その理屈は正しかった。こういうケースで、やや乱暴にとはいえ事件解決に貢献した人物を一方的に聴取した前例は皆無だ。どう考えても過程と結果が倒錯している。

兄妹に僕は論理的に反論できず、口を噤むしかない。

そこで、ようやく思い当たった。

この状況、自分の情けなさに反吐が出そうな感覚は、つい先日アシハラにパーツハンター事件を解決された時の心象にそっくりだ。アレックスの発するオーラも、あいつの目を見たときの戦慄とよく似ているではないか。

アシハラとの付き合い方を課題とされたその日に、アシハラと雰囲気の似た人間に出会う偶然。

僕は何か作為めいたものすら感じていた。

 

「……」

「どうしようもなかろう。だからオレたちは日本に来た。いい機会だ。貴様の上司に宣伝しておけ」

 

立ち尽くす僕の前にアレックスが両腕を組んだまま再び立ちふさがると、袖口から手中に何かを収めた。

手品じみた鮮やかな手つきで掲げられたのは、薄い情報格納媒体だ。審判員のライセンスに形状は酷似しているが、なんだろうか。

表面のディスプレイに目をやると、紫色のLEDでアルファベットの文字列と、審判員の十字を縦に裂く日本刀を模したマークが浮かび上がって来た。

その文字を、僕は声に出して読む。

 

「『ムラサメ』……?」

「オレたちの故国、フランスで設立された『ガンプラバトル私設自警団』である。公式審判員が見落とし、あるいは目こぼししていた問題を、ファイターたちが自浄するための組織だ」

 

僕は度肝を抜かれた。彼は何と言ったのだ。自警団だと?

ただの一ビルダーでもなく、一応は審判員に属する僕に向かってそのルールを凌駕する存在であると、彼は言ったのだ。

まさか今回のこの喧嘩騒ぎも、その『自警団』の活動の一環だというのか。

正気の沙汰とは思えない。青ざめる僕をよそに、アレックスは貴族然とした物言いを続ける。

 

「オレたちは来る世界大会までに『ムラサメ』の自浄活動を、日本にも普及させるつもりでいる」

「こんな騒動をこれからも起こすつもりなのか!?」

「こんな騒動?笑わせるな。今回はこの程度で済んでいるだけありがたいと思え!」

 

彼から発せられる圧力が一層強くなり、僕は怯む。

隣でアレクシアさんは顔を曇らせてはいるが、また口を出してくる様子はなかった。

しかし、今の言葉が事実なら、僕はまだ言葉を紡ぐだけの勇気を振り絞れる。

さっきよりマシだ。

資格を持たぬ人間による自治行為はルール違反以外のなにでもない。

 

「それなら……それならますます許容できません!しかるべき捜査を行った後、強制帰国措置も」

「できるとでも?まだ、『喧嘩に巻き込まれたフランス人の兄妹』にすぎないオレたちを国に返すなどできるものか。仮にこれからしでかすとして、貴様らに真相を感知できないほど周到に行ってみせるとも!」

 

そう彼は豪語する。そこに妄信や妄想の気配がないのが何よりも恐ろしい。

彼は本当にこれから、本気で、正気で、公式審判員を敵に回すと宣言しているのだ。

 

「三年前に、貴様らの信用は地まで堕ちた。今度はオレたちが、貴様らに成り代わる番である。その為に、いくつか回収すべきものは存在するが……、それは別の話か」

「何を言って……」

「止められるものなら止めてみよ。オレたち『ムラサメ』は受けて立つ」

 

それだけ言い残すと、アレックスとアレクシアさんは、僕の横をするり、とすりぬけて、人込みへ歩いて行ってしまう。彼らが歩くところだけが綺麗に分かたれていくのは、さながら聖書の奇跡だった。

 

「あ、待て……!」

 

慌てて後を追おうとするが、もう彼らは喧噪の中に完全に姿を消していた。

去り際までアシハラに相似しているのは、やはり根が似通っていると感じる故の錯覚だろう。

しばらくやり場のない手を空中にさまよわせたが、諦めて下ろす。

なんということか。目の前で犯行予告と宣戦布告を突き付けられて、迂闊にも立ち去られてしまった。

ハカドさんに報告されたらお叱りを受けそうだ。

 

「おい!あんた審判員なんだろ!早く助けてくれよ!」

 

まだ被害者はずいぶん元気だった。

この日本人青年に対しても、いくつか聞くべきことはありそうだ。

彼を縛っているビニールひものようなものを解きながら、僕にはあの兄妹の姿が目に焼き付いて離れない。

できることなら二度と会いたくないが、彼らは実行するつもりに違いない、という確信があった。新たなホームとなった組織への大きな脅威に、僕はなすすべもないというのか。

 

『アシハラ・ユウジは簡単には砕けんよ。君も身を預けてみてはどうかね?』

「アシハラにどことなく似た雰囲気の、アレックス。ハカドさんは、このことを知っていたのか?」

 

確かに同じタイプが自分の側に立っているのなら、彼との距離を縮めるべきだ。

例えは悪いが、毒には毒を以て制す、という先人の知恵もある。どうみても僕よりアシハラの方がアレックスとの相性はいいだろう。

 

「僕はどうするべきなんだ。どうすれば……」

 

よろける被害者の青年を立たせて、同行させながら、僕はごちる。漠然とした不安が沼のように足元まで迫っている気配がある。ニュータイプでもあるまいが、そのイメージを否定できない自分がいた。

 

side ユウジ

 

膝をつく黒いアデルと、それを見下ろす濃紺のジェスタ。ジェスタは左肩を抉られていたが、それ以外はかすり傷でダメージに繋がるものはなかった。

俺は叔父のガンプラに完敗した訳である。昔ならともかく、今の俺がここまで大敗を喫することはありえざる顛末だった。

 

「ユウジ、何故負けたか、わかるか」

「負けに理由なんてあるかよ。俺の腕が落ちたのだ」

 

粒子が回収され、ユニットが稼働停止する。

 

「違う、違う。お前は感情がすぐガンプラの動きに出る。射撃が苦手なお前が砲撃仕様なんて自殺行為だし、それを抜きにしても動きに精細を欠いていた。今のお前は何かにストレスや焦りを感じているのさ」

「……かもな。特務ファイターになってからこっち、いらつくことばかりだ」

「そんなにひどい人なのか?その同僚。なんだったら、俺が一言文句を……」

「いや、いい。余計なお世話だ」

 

叔父いわく、俺は焦っているらしい。

昨日までは冷静でいられた自分が、突然ここまで憔悴するとは驚きである。

何故、と自問自答すれば思い当たる原因は一つだけだろう。

俺が特務ファイターに電話で再勧誘された時、ハカドさんが告げた『未確認の極秘事項』のことだ。

口元を反射的に抑え、くぐもった声を漏らす。

 

「アレックスが来るかもしれない」

「彼が?……待て、ユウジ。まだあの子にこだわっているのか?」

「当たり前だろ……ぐ、む」

「バカ。無理をするな。だいたいお前は……」

 

叔父の叱責は続いていたけれど、俺の耳には届いていない。

ハカドさんの言葉が頭で鐘の音のように反響しつづけているのだ。

 

『とあるビルドファイターが日本に来る。国籍はフランス。容姿は茶髪に灰色の瞳。この特徴は、君の記憶には一人しかおるまい?』

 

そんな人間は、アレックス・メルフォール以外に知らない。

傲岸不遜で傍若無人。王様気取りの大馬鹿野郎だ。

あいつのことを詳しく思い出そうとすると、また脳髄が悲鳴を上げ、吐き気とめまいが全身を襲う。

これまでの発作とは一線を画す強烈な反応だ。

俺の一年前の記憶を奪った原因が、アレックスにあることは間違いない。

過去の記憶と対峙させられる苦痛は、特務の任務やガンプラの改修によって逃避できた。

ところが俺はとっくに対人関係の構築に失敗している。

苦痛の軽減や解消は望むべくもない。何もかもが手遅れだった。

 

「だけど、それでもあいつに会わなければいけないんだ」

 

強迫観念が記憶障害をねじ伏せる。

その為の最短距離として、特務ファイターになってやったのだ。

ハカドさんがアレックスに関する情報を寄越すのと交換で、俺は自分の時間を特務に割く

それがパーツハンターをとっちめた日に、ハカドさんと交わした取引の内容であった。

まさかヒカワ・コウイチの目的に賛同したなど、天地がひっくり返ってもありえない。

 

「叔父さん、もう一回バトルをさせてくれ。ノルマルに差し戻せば、ジェスタには勝てる」

「……それは構わないが、あまり無理はするなよ?」

 

心配そうに語りかける叔父をよそに、俺は額を伝う汗を乱暴にぬぐった。

ヒカワと馴れ合っている暇があったら、一分一秒を惜しんで腕を上げて強くなる。

そしてあいつを探し出す。

日本は広い。

まさかアレックスとヒカワが顔見知り、などという事態は起こるまい。

 

「『アデル・シャドウ』。アシハラ・ユウジ。Sally Forth……!」

『よし来い!』

 

side アレックス

ゲームセンターから離れた路傍で、オレたち兄妹は迎えを待っていた。

 

「本当に、本当に大丈夫でしょうか?」

「さっきの威勢はどうしたのだ。審判員の心得、その三つ目を思い返してみよ」

「『審判員は、神ではない』」

「オレたちは連中に代わって神になるべき組織である。日本に来てから、随分慎重になったではないか」

「それは、そうですが」

 

妹が傍らでおどおどとしているが、オレはむしろ上機嫌だった。

日本の審判員の精神的練度は想定より低い。

スケジュールを繰り上げて動かし、それに伴って思い通りになる時間が増える。

 

「機体が予定通り到着すれば、世界大会前に第三までを回収して……」

「兄さん、さすがに皮算用がすぎます。日本には彼以外にも優秀な審判員が」

「ははは。そうか、さすがに無謀であった。お前の忠告に従うとしよう」

 

これから先、与えられた短い時間は、多くの目的へ的確に割り振らなければならない。

アレクシアに諫められ、オレは一度頭を冷やした。

『ムラサメ』全体から俯瞰すれば自警団の活動なぞ、その一部にすぎぬ。

それより重点を置くべきものは二つ。

回収と、再会である。

 

「アレクシア、まずは『神器』の回収を最優先にする。繋がりそうな案件はすべてオレの目に通せ。いいな」

「はい。先行して入国していたメンバーからの情報集積と、整理を急ぎます」

 

妹はそう言うと、自らのスマートフォンでどこかに電話をかける。おそらくは今必要な最低限の人員をかき集めるためのものであろう。

事務作業や調査に関しては、彼女はオレに並ぶ天才だ。

母国語で早口にまくしたてている妹を横目に見ていると、額に雨粒がぽつり、と落ちてきた。

空を見上げれば、いつの間にか重苦しい雲が彼方から押し寄せ、わずかに雷鳴も聞こえる。

故郷とは空気も、空模様も異なる日本の空だった。

胸に郷愁のような温い感情が湧くが、これは実感や記憶の想起が伴わないものらしい。

故にオレは、淡々と事実を述べる。

 

「……一年ぶりの再会、であったか。どんな面構えになったか期待しているぞ、ユージ」

 

オレの小さな独り言は、妹には聞こえなかったに違いない。

 




ライバル?ポジションのアレックス・メルフォール。
彼もまた、重要なポジションを占めていく予定です。そういうつもりはなかったけれど、どこぞのAUOみたいになってしまいました。

ところで視点人物が切り替わる度に名前を明示するのは、本家ビルドファイターズ小説版に準拠していたりします。

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