ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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短編更新です。
元々はツテでコミケ寄稿用に書き下ろしたものですが、紆余曲折を経てここに投稿することになりました。
初見の人にも読みやすいように、色々と異なる点もありますが、楽しんでくだされば幸いです。


Lost-2.5「ガンプラ☆ワールド」

 

明日野中学は文化祭の真っ最中であった。華美な装飾で彩られた校門をくぐれば、そこより先は別次元の喧噪に包まれている。

校庭で開かれた模擬店からは、威勢のいい呼び込みが上がり、胃袋を刺激する香りが漂う。普段は殺風景な教室も、クラスや部活が念入りに準備した企画が展開され、老若男女でごった返している。

ただ一つ、最西端にぽつんと離れ小島のように位置する、ひとつの企画を除いては。

「いやあ、今日もここは……なんだっけ。アレが鳴いているな」

「閑古鳥ですか?」

「それだ。世間のガンプラブームというのが嘘みたいだぜ」

永い沈黙に耐えきれずに、上級生が同じ言葉を繰り返す様子を、カグラ・ケントはくたびれた顔で聞いていた。こうやって言い回しを忘れたふりをして、無理やり応対を引き出されては黙り込む繰り返しである。教室を飛び出したい衝動を、シフト交代までの我慢と言い聞かせ、抑え込んで一時間経つ。彼の精神は、天井のしみの数を記憶するほどにすり減っていた。

彼等は模型部である。教室の机をコの字に並べ寄せて、ガンダムのプラモデル『ガンプラ』を雑多に置いているだけの企画を催していた。ここ十数年で加熱するブームに甘んじたような、努力も独創性も欠けた地味な展示会である。当然人が来るはずもなく、文化祭開始から四時間で来客2名という、凄惨極まる有様であった。

「所詮はミーハーばかりということかね。ガンプラを真に愛する人間が減ったのは嘆かわしいよ」

「どうでしょうね」

喉まで出かかった皮肉をカグラはぐっと呑み込んだ。

「先輩がた、模擬店で色々買ってきました」

両手首がかしぐほどのビニール袋を抱えて、カグラの後輩であるセンジュが教室に戻ってきた。彼はシフト外のはずだが、先輩に気を利かせたのだ。話の通じる人間の顔を見て、カグラの表情にもいくらか人間味が戻ってきた。

「聞いてくださいよ。応対してくれた店員さんがすごく可愛くて」

「どこの店だ?ワッフルのところの女子生徒は愛想が悪くてオレは苦手だった」

「いえ、チョコバナナ屋さんです。青いハロのついたヘアピンつけた子で」

「ああ……」

「日程消化したら一緒に教室回れないか誘おうと思うんですけど、いけますかね」

「……」

センジュの話す相手が誰のことか、カグラにはなんとなく合点がいった。朝早くにここへやって来た、ただ2人の来客のうち、しきりにはしゃいでいた男子生徒も、センジュが語る形状のヘアピンをつけていたのである。彼はただの素組みのガンプラを逐一観察して、その機体に与えられた設定について、傍らの友人らしき茶髪の生徒に語って聞かせていた。

その純粋さが微笑ましくて鮮明にカグラの記憶に残っている。

「それよりもお前、この後のホールでのイベントに参加するんだろ?デートに誘っている場合か?」

「あ……そういえばそうでした。僕としたことが」

後輩が悲痛な末路をたどる前に、カグラは巧妙に話題を反らす。

彼が指すイベントというのは、体育館に隣接した多目的ホールで行われるガンプラバトル大会のことである。個人で参加するも、チームで参加するもよし。公共のルールに反しない限りは何でもありのバトルロワイアルである。

今から11年前に、プラスチックのみに反応する『プラフスキー粒子』が見出されてからというもの、ガンプラを稼働させるガンプラバトルは隆盛を極めた。1年前の世界大会ではカグラより年下の中学生コンビ、イオリ・セイとレイジ組による優勝が世間を騒がせた。カグラもビルダーのはしくれだ。彼らの後に続こうと志を燃やしたこともある。

「先輩も行くでしょう」

「ああ……一応な」

しかし、現在の彼の情熱は風前の灯、ほとんど燃え尽きた灰のような状態であった。こうして後輩と話題が盛り上がっても、そのテンションに火が点くことは殆どない。

理由は簡単に言えば、疲労してしまったのである。彼の理想とする模型部と、上級生の陰気な愚痴を聞くだけの相談所ではあまりに乖離があった。人間の精神は環境に引っ張られるもので、入部した直後はセンジュやあのヘアピンの少年のように輝いていたカグラの瞳も、すっかりサビついてしまった。

「機体を部室で整備しておきます。時間になったら来てくださいね」

センジュは立ち上がって、窓際に放り出されていた工具箱を拾ってから教室を出ていった。またカグラを静寂が囲み苛む。

「……ガンプラなんてすっかり嫌いになったな」

つい、そんな禁句をつぶやいてしまうほど、彼は疲れていた。

 

 

 ハルノ・ケンタロウは中学校の廊下に手持ち無沙汰で佇んでいた。彼の息子がこの学校の文化祭でイベント進行を勤めていると聞かされて、妻と一緒にやってきた。

しかし来てみるや、妻は廊下で鉢合わせたママ友と会話に花が咲いて、ハルノはいづらくなってしまった。息子はどこで何をしているのか、照れて教えてくれていない。つまり、彼はこの人込みの中で独りぼっちになったのである。

「……おや」

息子の名前か写真でも載っていないかと、廊下の張り紙を物色していると、その中の一枚がハルノの関心をひいた。

『ガンプラバトル大会 多目的ホールにて13時から開催』

実のところ、彼はガンプラが趣味である。幼いころからアニメの『機動戦士ガンダム』に熱狂し、最新作までチェックしている。よって、ガンプラの製作が、会社員になってからも休日の安らぎとなるのは必然だった。現在、家族から物理的にも心情的にも孤立したハルノにとって、その文字はオーロラに彩られてさえ見えた。

「ガンプラ、借りられるかな」

腕時計を見れば、12時45分。ハルノは50代の肉体をせかせかと動かした。

 

 

多目的ホールの一階には、ガンプラバトルのかつての経営母体であるPPSE社製の筐体が設置されていた。休み時間にはガンプラを愛好する生徒たちで大いに盛り上がったが、ちょっとした事故での断絶期間を半年ほど経て、母体をヤジマ商事へと移行してからはなぜか動かなくなってしまった。もしもマシントラブルとなれば修理する予算は学校にはないので、教師陣は生徒会と長いこと維持についてもめたが、その論議もヤジマのエンジニアによる無償アップデートで徒労に終わった。そして、万事大団円と落ち着いたからには、そのもったいない期間を取り返し、フラストレーションを解消しなければならない。それがこのガンプラバトル大会であった。

「先輩、持ってきました」

「どうだった。ジムの調子は」

「前に副部長がBB弾で壊した一機は、胸部をジム・コマンドのジャンクパーツで修理しました。バランスが気になるので僕が使います。先輩のジム・カスタムは触っていません」

カグラはセンジュから自身の愛機を手渡された。『ジム・カスタム』。

特長がないのが特徴といわれるほど、性能は量産機として安定しており、突出を嫌うカグラとは相性がよかった。彼はこの機体のプラモデルの関節を強化し、装甲の裏側にプラ板を貼り、ライフルの銃口を金属パーツで補修して堅実な強化を施した。徹底的に、かつ消極的に生き残るためのガンプラであった。

「さて、行くか」

「待ちな」

「ん?」

カグラが振り向くと、妙な風体の青年がいた。上着もズボンもヨレヨレで、髪もボサボサだ。ずいぶんうだつの上がらない二十代ほどの男である。

「ジムが二機じゃ絵面が悪い。一人加えて小隊にしないか」

彼はポケットから一機のジムを取り出して、ジュースの缶でも扱うようにシャカシャカと振ってみせた。センジュがカグラに耳打ちする。

「どうします?先輩」

「まあ、素組のジムならいいだろう。変にアレンジされるよりマシだ」

カグラはリスクを深く考えることさえ面倒で、青年の要求をうのみにした。ちょうど退路を塞ぐように、彼等の背後で筐体が起動した。セルリアンブルーの光が柱状に立ち上る。

『Beginning Plavsky Particle Dispersal』

『Field EX The Room』

展開された空間は風変わりであった。本来ならば宇宙空間、砂漠や湖水地方が広がるはずの筐体の上は、モデラーの作業机が広がっていた。しかも机に置かれているニッパーや接着剤がガンプラよりも大きく、まるで巨人の遊び場である。

「ヤジマのエンジニアがアップデートのときに、サービスしていったらしいです」

「余計な事を」

「まあまあ。面白そうじゃねえか」

毒を吐きながら、3人はガンプラをセットした。ジム・カスタムにジム2機の小隊最初単位である。

「センジュ・カズキ、『ジム現地補修型』」

「タカヤマ・ヒロヤ、『ジム』」

「カグラ・ケント、『ジム・カスタム』出るぞ!」

カタパルトは火花を散らしながら、3人のファイターを未知の戦場へと放り出していった。

 

 

ハルノは球体コンソールを握りしめ、機体の調子を確かめていた。彼が操縦しているガンプラはシルヴァ・バレトというものだった。

技術源流の先祖をジオンにもちながら、紆余曲折を経て連邦軍に属するモビルスーツとなった異端児である。そして、彼の手元にこうして至るまでも、少々複雑な経緯を辿った。

彼は多目的ホールにやって来たはいいが、借りるガンプラの余地がなくて困り果てていた。その時、泣きじゃくる小学生に遭遇したのである。

「どうしたんだい?」

昨今の世知辛い世の中では、声をかけただけで不審者扱いである。ハルノは慎重に声をかけ、幸運にも少年の信頼を勝ち取った。

曰く、彼は彼の父親とともにこのコーナーへやってきたそうだ。

少年にバトルの心得はなく、ただ父親の雄姿を目当てにしていた。

ところが父親は息子にガンプラを預けたきり姿を消してしまい、彼はすっかり孤独になってしまった。ちょうど今のハルノのようにだ。

「じゃあ、お父さんが帰ってくるまで、おじさんが代わりに戦っていいかい?」

端から見れば奇妙な申し出を、幼い少年は快諾してくれた。

つまり、いくつもの偶然と好意によって、ハルノはこのフィールドに立っているのであった。

「彼の父親が帰ってくるまで、謳歌するとしようか」

気合を入れなおしたのも束の間、ハルノの正面に接近警報が鳴り響く。見れば、両肩に大型スラスターを担いだガタイのいい重モビルスーツが、サーベルを抜いて駆けてくるのがわかった。ハルノのガンダム知識が、それを『ガンダム試作2号機 サイサリス』であると、瞬時に判別した。

「さあ。こい!」

そう叫ぶハルノの声は、いくぶん若々しい活気が感じられた。

シルヴァ・バレトが背負った二門のビーム・キャノンを挨拶代わりに撃ち放つ。サイサリスはその特徴の一つである、全身を覆うほどの大型シールドで凌ぐ。すかさずハルノは次の攻撃手段をコンソールで選択する。シルヴァ・バレトとサイサリスの決定的な差といえば、その武装数だ。サイサリスは元々が核攻撃を想定した機体設計故に、こうした白兵戦にはサーベルと頭部バルカンしか選択肢がない。だがシルヴァ・バレトは違う。

シールドからミサイルを発射し、それも防がれたならば、有線による全方位攻撃端末であるインコムを射出する。いくら全身を覆う盾とはいえ、所詮は前面のみを守るものだ。インコムによる背後からの攻撃にサイサリスはおおいに狼狽した。

「ここだ!」

ブースターを噴かして、一気呵成に間合いを詰める。懐に飛び込んだシルヴァ・バレトはビーム・サーベルを抜き放ち、相手の腰関節めがけて刃を叩きつけた。激しい閃光と金属が溶解する音と共に、サイサリスはクの字に曲がって沈黙した。ハルノは1機撃破したのである。

「おじちゃん、すごい!」

通信モニターに、彼のバトルを許してくれた少年が映る。底抜けに明るい称賛に、ハルノも頬をゆるめた。

その時、注意を怠ったのもまずかったのだろう。

彼は、その存在の到着の感知が遅れた。

「なんだ?」

おそらくは上空からのダイナミックエントリーで、そのガンプラはやって来た。演出として、地面は木製という設定にもかかわらず土煙が巻き起こり、中からゆっくりと立ち上がるシルエットがある。

ゆらり、と陽炎のように緑色の残光がなびく。やがて煙が晴れ、それがこちらを睨みつけるツインアイとわかった途端、ハルノの口からひとつの名詞がこぼれた。

「ガンダム……」

その名前は、今しがた撃破しているサイサリスだって持っている。シルヴァ・バレトだって、その血脈を引いた機体だ。さらに言えば、ハルノの知識はアレを正確には『ガンダムAGE-1』と識別していた。

両脚を『グランサ』という装備の追加装甲で覆い、両肩には高機動型の『スパロー』両腕は『レイザー』、顔と腰は後継機である『AGE-3』を使用したキメラであるとまで看破してみせていた。だが、それでもなお、あのガンプラはあえて抽象的なカテゴリで呼称せざるを得ないほどの気迫に満ちていた。

両手に握られているのは、全長に匹敵するブーメランと、あきらかにモビルスーツ相手には過剰な火力を誇るであろうビーム・ランチャーだ。武装数ならまだシルヴァ・バレトの方が勝るというのに、

その得物の威容をハルノは恐れた。

こういった場を言い表す言葉を、彼は唐突に思い浮かべる。

「蛇ににらまれたカエル、だったっけ……」

ハルノの『銀(シル)の(ヴァ・)弾丸(バレト)』を、『白い(ガン)悪魔(ダム)』が襲った。

 

 

カグラ・ケントはおおいに焦っていた。状況が、彼の予想をはるかに上回る速度で悪化したのである。

15分ほど前、彼らは3機で行軍し、索敵を行っていた。

3機のデータをリンクさせ、センジュがマッピングを行っていた。

「ここからなら、孤立しているシルヴァ・バレトを叩くのがいいと思います」

「賛成だ。ジムは基本性能そのものが心もとない。数で押すのが得策だろう」

「へ、いいね。みんなでタコ殴りといこうか……っ!」

大学生のジムが肩をすくめておどけた瞬間、その頭部を爆裂させた。

当たり所が悪かったのか、ジムは精気を失ったかのように倒れ、そのまま動かなくなった。センジュのジムと、カグラのジム・カスタムはすぐさま頭部をめぐらせて、攻撃の下手人を確認する。

「おい、あれって」

「まずいですね……」

カグラは苦々しく顔をしかめた。そこにいたのは、単眼のカメラアイを特徴とする3機『ギュネイ専用ヤクト・ドーガ』『ギラ・ドーガ』『ザク改』である。カグラたち模型部はこの3機に、地方のバトル大会で散々に敗北した苦い記憶があった。しかも1機を不意打ちされ、数の均衡も崩された。

「逃げるぞ。できる限り時間をかせいで、他の連中も巻き込むんだ」

「了解」

そして、現在に至る。ジム・カスタムとジムはできるだけ敵の攻撃を避けることに徹し、戦場の中央へと移動し続けていた。ヤクト・ドーガが両肩から無線遠隔操作兵器『ファンネル』を射出する。インコム以上に自由度の高いこの兵器によって、カグラたちは退路を狭められていた。

「先輩、左です!」

センジュの声と同時に、ジム・カスタムは大きく突き飛ばされた。

背後で爆発が起こる。カグラのレーダー画面から、センジュの反応が消えた。カグラが振り返ると、ザク改が赤熱したヒート・ホークを振り下ろした姿勢のまま、こちらを睨んでいた。

チームメイトからの通信も切断されており、今、彼は沈黙の中にいた。バトルが終わるまで、自分以外の二人と言葉を交わすことは叶わないだろう。あの退屈な静けさから逃れたくて参加したのに、またしても静けさに悩まされているのである。

「…………クソが!」

悪態をつき、ジム・カスタムはザク改めがけて突進した。

いかにカグラ・ケントとはいえ、自分のネガティブな方針を撤回するときは存在する。100パーセントの勝機を見出したときと、自分の方針で他人の足を引っ張ったときである。この失敗は自分で償わなければならない。そんな使命感が、彼の胸中でふつふつと燃え上がった。

「さっきから、背中ばかり狙いやがって、卑怯者が!」

ジム・カスタムはザク改を中心に弧を描くように滑る。左手を支点に滑走して、ライフルで敵のバックパックめがけて引き金を引いた。

ザク改が前のめりに倒れ、爆発四散する。一瞬だけ無謀な荷重をかけた左腕はスパークをあげて機能を喪失した。

「慣れないことはするものじゃないな」

とっさに思いついた動きが功を奏したのと、仇になったのを同時に察知して、カグラの額を汗が伝う。今倒したザク改は、3機の中でも彼が倒せる可能性があった敵だった。ヤクト・ドーガとギラ・ドーガはどうしようもない。完全な詰みである。

「だが、まだやるしかないか」

カグラは自分に言い聞かせた。胸中で燃えていた己のふがいなさへの怒りは、いつの間にか高揚へと姿を変えていた。彼にとって久しく体験したことのない感覚であった。

ジム・カスタムが決意を固め、バックパックからビーム・サーベルを抜いたその時、新たな波乱が訪れた。

ギラ・ズールの頭上めがけて、2機のガンプラが墜落してきたのである。

鈍い音を立てて、ギラ・ズールはひしゃげた。事故でカグラを救ったのは、中破したシルヴァ・バレトと、未知のガンダムタイプであった。おそらくガンダムAGE-1を改造したものだろう。

シルヴァ・バレトがビーム・ライフルを向ける。まだ使用されていなかったらしく、銃身にだけは傷ひとつなかった。すると、ガンダムAGE-1はそのツインアイを輝かせ、右腕に握っていた巨大ブーメランを振るった。ちょうど野球のアンダスローのような体勢で振るわれたそれは、仮想空間の大地、すなわち巨人サイズの木製作業台の天板へまっすぐに亀裂を発生させた。

「なっ!?」

カグラは目を見張った。これまで彼が目撃してきたバトルとはスケールが違う、文字通りフィールドを巻き込むほどの戦闘がそこに繰り広げられていた。度肝を抜かれたのはヤクト・ドーガも同じらしい。ジム・カスタムへの攻撃を忘れ、立ち尽くしていた。

 

 

「冗談じゃない!」

シルヴァ・バレトのファイターであるハルノはその異常な攻撃を紙一重で回避したが、つづく一撃でさらに仰天した。ガンダムは振り上げたブーメランを、今度は上体を回転させ、ブーメランそのものを投擲したのである。

「はは、そりゃあ、投げるよな。ブーメランだもんな」

己の敗北を悟ったとき、ハルノには乾いた笑いしかこぼれなかった。

シルヴァ・バレトの視界が一度激しく振動すると、斜めに傾き、地面へ叩きつけられる。おそらく、上下半身が両断されたのだろう。

言い訳のつかない撃破判定であった。

ハルノの周囲からコンソールが消滅していき、後には脱力した中年男が残された。

「おじちゃん」

見れば、少年がこちらを見上げている。その瞳はまるで、テレビの中のヒーローを見るかのように輝いていた。ハルノは膝の関節を鳴らしながらしゃがみこむと、少年の頭に手を置いた。

「ごめんな。おじちゃん、負けちゃったよ」

「ううん。すっごく強かった!ボクだったら、あの強いガンダムにすぐに壊されちゃうもの」

「そうか……」

あのガンダム相手にしばし持ちこたえたことは、確かに彼自身にとってもファインプレーだった。しかし、息子よりも幼い少年に励まされていることに、ハルノは嬉しいような情けないような妙な気分になった。

「ヒデキ!」

聞き覚えのない男の声がして、ハルノは顔を上げた。どことなく、目の前の少年と顔つきの似た男が、こちらへ向かって血相を変えて走ってきていた。

「パパ!」

やはりというべきか、少年の父親のようだ。ハルノは胸をなでおろした。少年が駆け寄り、親子は強く抱き合った。

「ごめんな。携帯を落としたことに気づいて、あちこち歩いていたらはぐれてしまった」

「大丈夫だよ。おじちゃんがそばにいてくれたから」

そう言うと父親はようやくハルノの存在に気づいた。怪訝な顔で、彼を見つめている。

「あなたは……」

「ああ、迷子になっていたこの子を保護した、つもりだったんですがね……」

「?」

言葉の意味を図りかねて、父親が首をかしげると、少年が上ずった声で語った。

「おじちゃんね、すごいんだよ!パパのガンプラで、すっごく強いAGE-1と戦ったんだ!かっこよかった!」

「申し訳ない。息子さんがシルヴァ・バレトの戦う姿を観たがっていたようなので、私が代わりに」

ハルノは平謝りした。壊れたガンプラを修理するのは、それなりに費用と労力がかかる。無断での破壊など言語道断であるのは、戦う前からわかっていたはずだった。培った処世術を駆使して、地面に額があたるほど深く頭を下げる。

「顔をあげてください。気にしていませんから」

「しかし……」

「いいんです」

顔色をうかがってみれば、少年の父親は我が子の頭をわしわしと撫でて微笑んだ。

「この子が楽しそうだったのであれば構いません」

「で、ではせめて修理を手伝い……」

「そのお気遣いも不要です。私が操縦しても、壊れることに間違いはなかったのですから」

父親は少年を抱き上げ、筐体で倒れるシルヴァ・バレトを拾い上げると、ハルノに一礼した。

「それでは私はこれで。息子に、楽しいバトルをありがとうございました」

「おじちゃん、またね」

「あ、ああ……また、ね」

父の肩越しに少年が手を振るのに、ハルノは小さく手を振り返して応える。そして親子が観客たちの間へ消えた後は、ぽつんと取り残されてしまった。

「試合、残りを観なくていいのかな?」

彼が振り返れば、まだガンダムは交戦中だった。黄色いヤクト・ドーガのファンネルを、危なげなくかわしている。子供のごっこ遊びに、プロの軍人が本気で潜り込んだが如き、完全に格の違うぶつかり合いだった。

「やっぱり強いんだなあ、ガンダムって」

ハルノはそう、感慨深くつぶやいた。

 

 

 カグラのジム・カスタムは、ヤクト・ドーガと奇妙な共同戦線を形成していた。ヤクト・ドーガがビーム・ガトリングで牽制をかける間ジムはサーベルを構えて少しずつ距離を詰めていた。

ガンダムはといえば、左手に握っていたシグマシスライフルを連射してくる。設定どおりでも、一発ごとに対要塞・攻城砲に匹敵する威力である。ここまでカグラは死に物狂いで回避を成功させていたが、余波だけでコンソールはビリビリと震えた。

「まるでボス戦だな」

RPGのそれと違うのは、たとえ勝ったとしても得られるアイテムも栄誉もないことだ。今ならAGE-1の脇をすり抜けて、ヤクト・ドーガを囮に逃走することも可能かもしれない。

しかし、カグラの心情がそれを許さなかった。

「ああチクショウ。……本当に腹が立つ話だが、楽しいなあ!」

カグラは叫び、その気勢を浴びたジム・カスタムが一歩踏み出す。

後方で絶えず張られていた弾幕が突然やむ。ヤクト・ドーガがエネルギーの奔流を浴びてしまったらしい。

この瞬間において、カグラとガンダムは完全に1対1であった。

サーベルの光刃を振り上げ、ガンダムの脳天めがけて振り下ろす。直撃すればいかに性能の高いガンプラでも視界を失うことに間違いはない。

かすかに見えた光明は次の瞬間、ガンダムがサーベルの柄を鷲掴みにしたことで霧散した。そのまま腕力の差で、サーベルはジム自身へ突き立てられる。

「おいおいおい」

ただの家庭ゲームをやっているならば、コントローラーを投げたくなるほどの反則技に思われた。

しかし、これはガンプラバトルである。いかなる不測の事態も想定しなければならず、ここで思考停止したカグラの失態であった。

深々とコクピットブロックに自分自身の武器を突き刺し、ジム・カスタムは膝から崩れ落ちた。

その様子はさながら、切腹する武者のようであった。

暗転するモニターでカグラが最後にみた光景は、飛び去って行くガンダムの背中だった。

「はー、負けたなあ」

カグラが我に返ると、序盤に撃破された大学生がセンジュと共に待っていた。その表情は満面の笑みで、さして悔しそうにも見えない。センジュも無言ではあったが、相手が悪かったとでもいうように苦笑いを浮かべていた。カグラは後輩へ歩み寄ると、その肩に手を置いた。

「相手の顔を拝んでくるよ」

「ええ。そうしてください。僕も気になります」

カグラはバトルシステム筐体の側面へ回り込む。セルリアンブルーの操作空間は、大会がはじまったときから三割ほどまで減少していた。この短時間にそれだけ脱落したということである。

「!」

そして彼は、あのガンダムAGE-1を操縦しているとおぼしき少年たちを発見した。そして、その外見的特徴に覚えがあった。

まず彼等はこの学校の制服を着ていた。一人は黒髪をハロのヘアピンで留めた少女のような顔立ちの少年で、もう一人は茶髪に灰色の瞳をたたえた、西洋人形のような整った顔の生徒だった。

あの向上心のない企画に足を運んでくれた下級生たちである。カグラを打ち負かした張本人は、模型部に所属していない同好の士であった。彼が息を呑んだのは、少年たちの表情を見たからだ。

楽しそうだった。

カグラのように歯を食いしばり、必死に生存を考えるのではなく、前のめりに逃走を楽しむために、その白い歯列をむき出しにしていた。

「そりゃあ、勝てないはずだ」

その瞬間にカグラは悟った。さっきまでの乾いた砂漠のような心象であった自分では、こんな楽しそうにバトルをする彼らに勝てるはずもなかったのだと確信した。

手に握ったジム・カスタムに視線を落とす。

今の彼の脳裏には、このガンプラの改造案が無限に広がっていた。

 




キノ・シュンの番外編以来の三人称視点ですが、今回は「主人公たちに打倒される側の、名もないファイターたち」の話を書いてみようとしました。
やってみるとめちゃくちゃ難しいですね

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