ガンダム ビルドファイターズS(シャドウ)   作:高機動型棒人間

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7話です。
無印ビルドファイターズで言うと、世界大会編へのカウントダウンをはじめたぐらいですね。
本作「シャドウ」も、思ったより続くなあと感慨深いです。



Parts.07「彼の実力」

Side ユウジ

 

俺はアレックスの世話役、オザワさんの運転する乗用車の中にいた。

占い師の小屋の前で彼女と遭遇してから、有無を言わせず乗せられたのである。

ヒカワの説教を回避するために連絡は入れてあるが、後で根掘り葉掘り聞かれることは避けられまい。

 

「……」

 

車はとっくに高速道路へ侵入し、変化のない隔壁ばかりが視界の端へすっ飛ぶ光景が続いていた。

オザワさんは黙してハンドルを握り、背を向けたままである。

俺が重苦しい空気を紛らわせるため、座席の前にあるケースを開くと、妙なものがあった。

工具ケースだ。

俺と揃いの、緑色の握りがついたニッパーもある。

おぼろげな記憶が正しければ、アレックスはファイター専門のはずだが、誰のものだろう。

 

「……それは、忘れ物が多かったユウジ様のために、アレックス様が用意していた予備の工具です」

「あいつが?」

「お忘れですか」

 

揃いもなにも、どうやらかつての俺が日常的に使用していたものの名残らしい。

頭がかすかにしびれる。はっきりとしたことは思い出せなかった。

そんな俺の様子を、彼女はバックミラーで静かに観察していることがわかった。

まるで黒曜石のような瞳だ。この人の前で嘘はつきづらいと感じさせる。

 

「……情報は入手しています。精神的なショックによる、部分的な記憶障害だと」

「どうしてそれを」

「『ムラサメ』の情報網は広いです。関係解消後のあなたの動向を、念入りに調べるようにと命じられました」

 

『ムラサメ』。

たしか、アレックスの実家がそんな組織か企業かを管理していたような気がする。

組織の力を借りるほど、俺の空白の一年間はアレックスにとって重要なものだと見える。

突然オザワさんがハンドルを右に切ったので、俺は大きく体勢を崩した。

シートベルトが肩口に食い込んで鈍い痛みが走るが彼女が意に介した様子はなかった。

 

「……調査の結果、あなたがかつての『ツガミ・ユウジ』様とはまるで別人のようであると結論づけられました」

「余計なお世話だ」

「あなたに前回接触した際は、そのような受け答えをする方ではなかった」

「人は変わるさ。それがあいつにとって望ましくないのなら、縁の切れ目じゃないのか」

 

ぶっきらぼうに返すとオザワさんはしばし言葉を詰まらせる。

似たようなことは、三流ファイターに転向してからしばらくして、叔父にも言われた。

その時の彼は、いかついひげ面をくしゃりと歪めて悲しそうにしていたが、彼女も同じような感情にとらわれているのだろうか。

 

「変わったのはあの方も同じです。今ではとても頑固に、意固地になってしまわれました」

 

先ほどまで平坦で事務的だった声に熱がこもっていた。

車は高速道路から一般道路へ下り、市街地の中を車は進む。

窓の外に立ち並ぶ建物の配置を見て、俺の胸に懐かしさが去来した。

俺はこの道を通ったことがある。

それも一度や二度ではなく、何度もだ。

この先は歩道橋を二つ越えて、閑静な住宅街に入るはずだ。

 

「見えました」

 

果たして歩道橋を二つ越えた先の一画で、オザワさんは車のスピードを落とした。

住宅街のど真ん中、近くにスーパーはおろかコンビニすらない、ただ家を並べただけの住宅街である。

その藍色の屋根を視界にとらえた瞬間に俺の心臓が跳ねた。

一つだけ、やけに巨大な建造物がある。

隣家に比べて明らかに大きく、もはや屋敷と形容するがふさわしい。

車輪の回転にあわせて、屋根の下から白塗りの漆喰の壁がのぞかせ、こちらへ迫ってくる。

それが身震いするほど恐ろしかった。

やがて、錆びた両開きの門の前で、オザワさんは車を停めた。

この時点で頭痛は過去最悪のレベルまで悪化しており、門の後ろは輪郭がぼけている。

腰のホルスターを開けると、アデルと一緒にしまってある常備薬を取り出す。

 

「オザワさん、水、持っていますか」

「ええ」

 

彼女はわざわざ運転席を出ると、俺の乗っている側へ回り込んで、扉を開けた。

目の前にキャップを開けたペットボトルが差し出される。

暗に俺も降車することを求めているようだ。

俺は薬を二錠口に放り込み、水で喉奥に流し込んだ。

 

「……どうも」

「礼には及びません。それよりも、思い出されたようですね。ここがどこか」

「ああ……アレックスの家だ」

 

かつて俺とアレックスが組んでいた時代、アレックスが日本での居住地としていたのがこのバカでかい屋敷だ。

実家にはバトルシステムなんて贅沢なものはなく、まだ叔父に引き取られる前だった俺は、あいつと練習をするためにここへ通っていた。

その送迎を行っていたのは、傍らに立つオザワさんだった。

 

「なぜ、こんな場所に」

「もちろんアレクサンダー様……アレックス様からのご命令です」

 

彼女はスーツの外ポケットから二つの物体を取り出した。

一つは細かい傷や塗料はげにまみれたGPベース、もう一つはキーホルダーのついた鍵だった。

 

「これは一年前まで、あなたが使用していた『本来の』GPベースです。あなたとアレックス様の戦闘データがすべて記録されていますが、解析は不可能でした」

「不可能だった?」

「なにせPPSEの最高級テクノロジーの結晶です。いくら我々でも、最も重要な部分のプロテクトを破ることはできません」

「だから今さら返すというわけか」

「そうです。この屋敷の鍵と共に、あなたにお渡しします」

 

俺の掌にベースと鍵を握らせる彼女の手は、氷のごとく冷たかった。

GPベースは気持ち悪いほどに手になじんでいて、普段アデルに使用しているものが他人のものだと感じるほどだ。

 

「アレックス様からあなたへ向けた言伝は一つだけ。『ここで待つ』と」

「…………」

「自宅までお送りいたします。」

 

オザワさんが再び車のドアを開け、俺に乗るように促す。

俺は屋敷をもう一度見上げた。

遠目に見ても壁や窓に至るまで清掃が行き渡っていて、時間の経過を感じさせない。

ここだけ時間が止まっているように感じる。

ひょっとした、アレックスはあそこにいて、どこかの窓からこちらを見ているかもしれない。

そう考えると、否が応でも鳥肌が立った。

あいつの言葉が意味することなど、深く考えるまでもない。

思い出の場所で決着をつけよう。

そう誘っているのだ。

 

Side アレックス

 

オレと暁 雷光は新たな『神器』の回収任務についていた。

ガンプラマフィア『ドラド』の息がかかったファイターの寄り合いが開かれるという情報を聞きつけ、強引に介入したのである。

 

「『紫電のアレックス』が、なんだっていうんだ!」

「邪魔だ」

 

威勢よく、オレンジ色のグフイグナイテッドが飛び掛かってきたので、ガトリングでハチの巣にする。

銃口から上がる煙が掻き消えるよりも早く、頭上から次の機体であるアリオスガンダムが降下してくる。

これで30機目だ。

 

「ゲームの残機のように、連続出撃を繰り返す『神器』か」

 

同時出撃ではなく、単独のガンプラを矢継ぎ早に繰り出すという、通常のバトルでは意味をなさないもの。

つまり、裏の界隈でなければ誕生しえない『神器』であった。

アリオスは暁 雷光の弾幕を変形することで回避したが、背後からのビームに貫かれて地に堕ちていった。

下手人であるソヴァールザクウォーリアが、オレの傍らに立ってモノアイの眼光をこちらに向けてくる。

 

「兄さん。いくら暁 雷光でも、ここまでの長期戦では不利かと」

「やや景気よく撃ちすぎたのは認めよう。だが、相手の方が先にバテたようだ」

 

次にやってきたΖプラスは目に見えて完成度が異なっていた。

おそらくとっておきの一体。これまでとは段違いの性能でかかってくるだろう。

それでも高揚感はない。

あの女、ナガイ・トウコを、彼女が本気でなかったとはいえ撃破してしまったことが、妙な空白を胸中に作り出してしまったようである。

 

「よそ見をするな!」

 

Ζプラスのライフルから放たれた光条は暁 雷光の装甲表面で弾かれる。

こちらのバックパックの右側からせり出したバズーカ砲で、その行動範囲を狭めつつ、アレクシアの突破口を形成する。

 

「……何かが足りない」

「くそっ!こんなバトルで!」

 

アレクシアに自機の左腕を切断されたΖプラスが体制を崩す。

相手は何か戦闘のはこびに不満があるようだが、オレの思考は既に、自分自身へ向けられている。

人間の心理というものは不思議で、計画があまりにうまく運びすぎていると、そこに何らかの見落とし、作為を感じずにはいられない。

このままツガミ・ユウジと決着をつけていいものか、と足を止めてしまったのだ。

今のオレは、一年前のアレックス・メルフォールが持っていたものを全て揃えていると断言できるのだろうか。

 

「そうでなければ、意味がない」

 

面倒だが、帰還したのちに、これまでの計画を一から確認せねばならない。

意外なところで躓いたものだと呆れている。

オレはため息とともに、ビームキャノンの引き金を引き、勝敗に決着をつけた。

……そのはずだった。

 

「兄さん!」

「なに」

 

アレクシアの切迫した声でさすがに我に返る。

不可解なことに、Ζプラスは倒れていなかった。

モニター越しに見上げれば、ビームキャノンの一門が火花を上げ、ほぼゼロにまで出力が落ちている。

しかもその不調は今現在もモニターに表示されていない。

連続出撃などという反則を許容しているバトルシステムなのだから、エラーを吐き出しやすいのだろう。

 

「不運だったな!いや、俺がラッキーだったのかな?」

 

Ζプラスは損傷したスラスターで不格好に地面スレスレを飛ぶ。

おそらくファイター自身にもわかっていないランダムな軌道のズレに、アレクシアの迎撃が外れる。

ここに来て、あの『神器』所有者に運が回ったとでもいうのだろうか。

 

「食らえ!」

 

Ζプラスの前腕部が開き、グレネードランチャーの弾頭が顔を出す。

相手はこれまでとは異なり、原型機にはない切り札を切ってみせたのだ。

 

「……残弾なし。残りはサーベルのみ」

 

そして、計算が狂った故に暁 雷光はほとんど対抗手段を失っていた。

弾頭がゆっくりと暁 雷光の胸元へ迫る。

万事休す、と人は言うだろう。

勝負の天運が、長いバトルの末に相手方へ傾いたのだと。

かつてメイジンも第七回世界大会で敗北寸前にまで追い詰められた際、『筋書きなきドラマ』の存在を認めている。

 

「なめるなよ」

 

それこそがオレの逆鱗に触れるものであるとは、知る由もなかろうが。

 

「勝利の女神とやらが実在するならば、力あるものに微笑まずしてなんとする!」

 

オレは幸運に快哉を上げる相手を、何よりも天運ふぜいに勝敗を一瞬でも許そうとした己自身に喝を入れた。

瞬間、昂った感情に呼応するように、暁 雷光の表面で、紫色のスパークが走る。

 

「なんだ?」

 

設計にない現象である。

まさしく『紫電』と形容するに相応しい輝きが、わずかに空間を歪めた。

見事にグレネードランチャーの弾道はそれ、暁 雷光をかすめて後方で炸裂した。

 

「バカ、な」

 

Ζプラスは愕然として動きをとめる。

そこへソヴァールザクウォーリアが、トマホークで渾身の一撃を入れて、今度こそバトルは終わった。

一連の現象を目にしたとき、オレの中でパズルのピースがピタリとはまるような感覚があった。

 

「そうか。オレとしたことが、その発想はなかった」

 

収束していく粒子を見送りながら、オレはほくそ笑む。

確かに、肝心な最後の一押しは『運』なのだ。

オレが得た結論はそれだった。

今まで偶然による計画の障害は何度かあった。キノ・シュンに先を越されたことなどが最たる例だろう。

だが、それが現在にまで引きずられる傷跡として刻まれただろうか。

答えは否である。

 

「どうやらオレには、偶然による不運を幸運へ転がす才能があるようだ」

 

おそらく一年前のアレックス・メルフォールは自然と持ち合わせていたもの。

ツガミ・ユウジと共にあったからこそ、逆に気づかずにいたものである。

その点へ納得がいったために、オレの中で条件は揃った。

暁 雷光の引き起こした現象こそが、オレが悟った才能を有効活用する術だ。

ツガミ・ユウジの代わりとなるものだ。

部下にファイターの身柄を確保させたアレクシアが、不思議そうな顔でオレの下へ歩み寄ってくる。

 

「兄さん。さっきのエフェクトは一体……?」

「知らん」

「え?」

「それよりアレクシア。先行組の老人どもに連絡を取れ」

「何をなさるつもりですか?」

「計画を次の段階に移行しよう。オレ自身の『神器』が必要だ」

 

Side コウイチ

 

占い師874さんの事件解決後、アシハラがふらりといなくなった。

携帯には一言『急用ができたので直帰する』とだけあり、僕とシュンは大いに心配させられる羽目になった。

結局あいつは翌日に支部にやってきたが、その顔色がやけに悪い。

事件で破損したアデルのウェアを修復した後、さっさと荷物をまとめはじめていた。

僕が近づくと、咎められるとでも思ったのか、先にアシハラが口を開いた。

 

「今日はもう帰る」

「ああ。現状、依頼はないし構わないよ。でも体調は大丈夫か?ここ最近、激務が続いているから……」

「しばらく休むことになるかもしれん」

「わかった。僕が代わりに、数日分の休暇をまとめて申請しておこう」

「頼む」

 

いつもの棘はどこへやらか、アシハラは素直に僕の提案を受け入れた。

スカウトが世界大会による動員で、人出が減るギリギリの時期であったため、『特務ファイター』の必要な任務はすべてアシハラによって行われる。

可能なかぎりバックアップはしてきたが、人間はガンプラのように修理して完全回復とはいかない。

年長者として、彼の休息を確保してやる義務があった。

アシハラが部屋を出ていったあと、僕はシュンに声をかけた。

シュンは手帳片手にソファーで寝そべっていた。

 

「シュン、考えたことがあるんだけど」

「874を『特務』にするってアイデアなら反対だぜ。ユウジが休むなら穴はオレちゃんが埋める」

「参ったな。お前にもお見通しか」

「当たり前だろ。ガキの頃からの付き合いじゃねえか」

 

あの任務の時、874さんは自らを特務ファイターにするように打診してきていた。

それを言うだけの実力があることはバトルで確認済みで、本人もその意思があるとくれば悪くないと考えていた。

しかし、彼女は目が見えず、ハロを通したアムロ声でなければ言葉による意思疎通もできない。

シュンが反対するのも道理だった。

 

「いずれにせよ、ドラドへの攻撃作戦前に、サポート強化が必要だ」

「そのことだが、オレちゃん一つひっかかることがあるんだよねえ」

 

シュンは上半身を起こすと、僕と頬が触れるほど近くまで顔を寄せてきた。

僕から彼が持つ手帳の中身が見えて、無数の殴り書きとそれを打ち消す線でいっぱいだった。

その中でひときわ目を引くのが『特務は誰のもの?』という大きな文字だった。

 

「コウイチはこの『特務』に来るとき、この部署についてどう説明を受けた?」

「え?そりゃあ、一般のファイターからデータを集め、さまざまなシステムの改良・開発に役立てるって」

「それならなおさら、特務ファイターがユウジしかいない、サポートもお前しかいない現状はおかしいよな?」

「たしかに母数が少ないのは困るけど、世界大会前のてんやわんやで時間も足りなかったから」

「仕方ないじゃすまないぜ。高校生にオーバーワークを強いるなんて、マスコミにばれたら騒ぎになる」

「何が言いたいんだよ?」

 

自分が責められているような気がして、つい苛立った調子になってしまう。

するとシュンは取り繕うように両腕を広げ、肩をすくめた。

 

「コウイチを責めているわけじゃねえ。オレちゃんが言いたいのは、この『特務』という組織について、いろいろ隠し事が裏にありそうだなって話さ」

 

そう言うと、シュンは手帳の頁をめくる。

先ほどとは打って変わって彼の疑問点が、一行ごとに整理されて箇条書きにされていた。

そして最後の行が、現在の未解決な問題らしい。

シュンはわざわざそれを読み上げる。

 

「『特務』はユウジが提案するまで広報の所属だった。しかし、それを設立したのは、管轄外であるはずの警備部の長。どう思うよ?」

 

指摘されると妙な話だ。

特務設立には様々ないざこざがあったことは、噂で耳にしたことがある。

最終的にはナガイ・トウコ警備部長のコネと権力を利用して設立され、本部からは白い目で見られたままであるとも。

強権を行使してまで彼女が『特務』という部署にこだわった理由が、僕にも説明できそうになかった。

 

「そして唯一の『特務ファイター』が彼女の弟子。これは本当に偶然なのか、って話だ」

「……つまり、最初からあいつ一人だけをスカウトするつもりだった?」

「オレちゃんはそう見ている。コウイチはおろか、ユウジ本人にも報せずにな」

「どうして」

「わからん。それを確かめるために、オレちゃんが勝手に調べている。機密に触れるし、バレたら首が飛ぶな」

 

僕は思わず部屋全体に視線を走らせる。

監視されていやしないか、と俄かに気になってしまったのだ。

自分の従兄弟が己の領分をこえた場所にまで踏み込んでいることは明白であり、僕も今この瞬間、話を聞いている。

無関係であるとシラをきることは不可能だった。

シュンは頁の右下、『G4』の文字を指す。

874さんの一件でブリーフィングを行ったときにも、ホワイトボードに書き入れられていた名称だ。

 

「目下のところはこの『G4』が鍵だ」

「874さん以外にドラドの情報源になるかもしれない人だっけ?」

「よく覚えているなあ」

「なんだか、ずっと引っかかっていたんだ」

「どこかで見たとか?」

「さあ……」

 

その引っかかりの正体は既視感ではないか、とシュンは指摘する。

僕は端末を取り出すと直近の任務の記録をあさった。

パーツハンターの事件。

カザミさんとの制作教室。

ハイバラさんと、彼女のグループをめぐる技術スパイとの戦い。

こうしてみると、僕とアシハラで担当した任務はまだまだ少ないことに気づく。

随分長い間、一緒にいるような錯覚に陥っていた。

そんな僕の様子を見たシュンはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。

思わず横目で睨みつけてしまった。

 

「なんだよ」

「いやなに。自分がどうなるか分かった上で、面倒ごとに首を突っ込むなんて昔のコウイチじゃ考えられないから」

「そうか?」

「たぶんユウジちゃんの影響だろうよ。あいつと組んでいるときのコウイチ、結構楽しそうだぜ?」

「……かもな」

 

たった一か月ほどの仲で、ずいぶん影響を受けたものだと思う。

シュンへかける言葉づかいも、子供のころからの付き合いとはいえ、ややぶっきらぼうになった気がする。

悪影響の方が大きいのは勘弁願いたい、と苦笑いした。

僕はアシハラのストッパーであるためにも、真面目な人間のままでいたいのだ。

そんなことを考えているうちに、端末がコスモス事件の資料に突き当たった。

指先が止まったのは、事件の発端となった写真の添付されたメモリーカードについての報告書である。

 

「見つけた。このメモリーカードにはハイバラさんの写真ともう一つ、秘匿データとしてアシハラの過去の映像が入っていたんだが……」

 

写真には一行だけ文章が添えられていた。

当時は写真や映像へと目が行ってしまっていて、検証さえまともに行っていない文面だ。

 

「当該人物に技術スパイの疑いあり。調査されたし。G4」

 

素直に受け取ればこれは差出人の名前だろう。

技術スパイについての情報を、僕とアシハラに提供したのも、シュンがマークしている『G4』と同一人物とみる。

僕は端末をシュンに渡して確認を求めた。

メールの文面、そしてこれを発見した前後の状況を読んだ彼は、普段の陽気さを表情から消し、すぐさま自身の携帯を手に取った。

 

「なあ。この写真を解読したコードのパターンって、まだ残っているか?」

「タブレットに残っているから、自由に見てくれ」

「サンキュー。これで色々わかるかもしれねえ」

 

シュンはそろえた指先を自分の側頭部ではじいて謝意を示して、電話越しに外国語で会話をはじめる。

英語ではないので僕にその内容はわからない。

どうやら彼の協力者が、海を越えた向こうにいるようだった。

 

「それにしてもG4ってどういう意味だ?」

 

874さんと同様にガンダムの用語からきたコードネームだろうか。

たしかG4計画なんてマニアックな設定があったはずだ。

その詳細を僕は覚えていないが、アシハラなら知っていそうな気がする。

ついでに聞いてみようと携帯を手に取って、ばかばかしさに乾いた笑いが出る。

あいつは今しがた休息をとるといったばかりだ。

重要なのはコードネームの由来なんかより人物そのものの情報ではないか。

シュンは『特務』にアシハラがスカウトされた経緯についての鍵というが、いったい何があるというのだろう。

僕はない頭を絞りつつ、とある番号へと電話をかけた。

乗りかかった舟だ。

どうせなら出来る範囲の情報を、シュンに提供してあげよう。

 

Side アレックス

 

今度の暁 雷光の相手は、改修を加えられた三機のガンプラだった。

一つは、青色に塗装変更されたガンダムシュピーゲル。

もう一機は、カウボーイハットを被ったガンダムマックスター。

そして三機目は、射撃兵装を中距離用に換装したライジングガンダム。

いずれも『モビルファイター』と呼ばれる、競技のために特色を強調されたガンダムたちである。

残念ながらシュピーゲルとマックスターは物いわぬジャンクとして転がっていた。

 

「せめてシミュレーションぐらいは務めろ」

 

その言葉が届いたか否か、ライジングガンダムがライフルを投げ捨て、ナギナタで刺突を試みた。

暁 雷光のバックパックでカバーできないクロスレンジに潜り込む発想は悪くない。

だが、案の定というべきか、こいつもアレクシアの存在に対応できていなかった。

上空からのフォルテスビーム砲で牽制を受け、自ら後退を選んでしまう。

そこからは暁 雷光の支配下だ。

誘導弾とガトリングによる弾幕で圧迫し、あえてオレの死角へと追い込んで行く。

好機とみたか、ライジングが再接近の兆しをみせる。

 

「アレクシア」

「は、はい!」

 

ザクウォーリアがアムフォルタス・プラズマビーム砲をオレに向け、発射した。

紅白のウイングガンダムさえ一撃で屠り去ったそれを、暁 雷光が左脚のヤタノカガミで蹴り飛ばす。

ナガイに対して行った戦法の応用。

自分の意思で死角にまで入り込めたと勘違いさせ、そこへ本物の不意打ちを叩き込むのだ。

あまりにもあっさりと目論みは成功し、ライジングガンダムは胴体を円形に抉り取られ、四散した。

 

『BATTLE ENDED』

「古株だからと、多少は期待していたというに」

「面目次第もありません」

 

仮想の戦場は消え、オレたちがいる場所の全景が明らかになる。

まずは十数基のユニットから成る大規模なバトルシステムがあった。

とある屋敷の大広間を一区画埋めており、大広間から直上は吹き抜けになっている。

したがって、建物の二階の通路は大広間をぐるりと取り囲む形であった。

ここはかつて『ムラサメ』の拠点となっていたメルフォール家旧邸宅だ。

大広間のど真ん中にユニットを移したという以外に、ほとんど内装に変更はないと聞いている。

 

「お二人の連携、アレクサンダー様の実力は我々の想定を超えておりまして」

「ほう?ならば随分安く見られたものだ。まさか一年前ならば勝てていたとでも言うのか?」

 

バトルユニットの周囲には、先ほどまでバトルをしていた『ムラサメ』のメンバーがいる。

年齢層はだいたい中年か壮年であり、組織構成員の中でもベテランと呼ばれる者ばかりだ。

先行して日本にやってくるとオレたちの支援を務めていたが、少なくとも世辞は下手である。

とうとう彼等は口をつぐみ、しきりにオレの機嫌をうかがうだけの置物になっていた。

 

「まあいい。連絡しておいた『神器』の製造はどうなっている」

「はい。バトルユニットがもともとあった空間でやっております。屋敷は広いですが、こちらにはツガミ・ユウジが使用していた工作ルームが残存していましたので」

 

この先行したメンバーのリーダーを務める、白いあごひげの太った老人が進み出て、二階の一室を手で示す。

オレとアレクシアは老人について二階の通路へ通じる階段を昇って行った。

 

「フランスから『神器』の製造・テストは禁止されていると伺いました」

「数回はおとなしく従っていたが、最近の情勢を鑑みると時間が足りなくなってきた」

「既に何種類かは兄さんの機体に搭載しています。今さら本国を気にしても、無駄だと思いますよ?」

 

机上の虚像で効果を考えるより、一度使ってしまった方が、数倍効率はいい。

本国がそれを行わない理由は単純だ。

オレたちの祖父、メルフォールが『神器』を直接に目にしたいと駄々をこねているからである。

階段の下でオザワがこちらを見上げている。

彼女に声が届かない高さまでやってきていることを確認し、老人に耳打ちした。

 

「……実のところ、ジジイは長くない」

「なんですと。メルフォール会長が、ですか?」

「本部は体調をひた隠しにしているさ。しかし孫のオレたち兄妹が気づいていないはずがなかろう」

 

祖父が死ねば指揮はオレたち兄妹に移る。

そうすれば『神器』の回収のみならず、管理までやらねばならないだろう。

いつまでも末期のわがままについていられない、というのも理由にあった。

二階の部屋の内、もっとも大きい部屋に通される。

換気がなされているにも関わらず、塗料のにおいが鼻についた。

部屋の内部では何人かのビルダーが工作ブースに向かって黙々と作業している。

オレたちが入室しても視線さえ向けなかったが、その方が態度としては望ましい。

アレクシアが興味をもったのか、ビルダーたちの背後を通って、その手元をのぞきに行く。

その隙に老人がオレの手に何かを握らせた。

見れば、ガンプラの右腕である。

分厚い装甲が具足のように腕全体を覆い、原型機が何であったかの判別をつけ難くしていた。

 

「こちらが注文されていた『神器』です」

「ご苦労」

「しかし一つわかりません。なぜ、アレクシア様には『開発中』であるように装うのです」

 

声をひそめる老人の顔には不審が浮かんでいる。

その言葉通り、早くも『神器』が完成にまで至っていることはアレクシアには話さずにいた。

把握しているのは依頼を受けた老人と制作した人間、そしてオレのみである。

オレたち兄妹はいかなる情報も共有する。片方が知らないはずのこともいつの間にか読まれている。

それがムラサメに属する者の共通認識だ。

だからこそ、組織に長く所属する老人には気になる事態であろう。

あえて、オレは軽くあしらうにとどめた。

 

「アレクシアは優しすぎる。これの使い道を知れば死に物狂いで止めにかかるに違いない」

「そんなことは、今までにもありましたでしょう?」

「今回ばかりは訳が違う。なにせ、『紫電』が関わる」

「?アレックス様の、二つ名が、ですか?」

「『紫電』の完全復活はあいつには都合が悪かろうからな」

 

呟きの意味は、老人にさえ理解できないものである。

こそこそと話をしていることに気づいたのか、アレクシアがオレたち二人を見て、きょとんと首をかしげた。

オレは何でもないように、久方ぶりにほほ笑んでみせた。

これから最愛の妹を裏切るのだ、これくらいはやってみせねばなるまい。

 

「アレクサンダー様。屋外のカメラに、不審な人物が」

 

部下から耳打ちをされた老人が、オレにそんなことを報告してくる。

手渡された端末を見れば、門を解錠し、庭を突っ切る人影があった。

体格はオレと同程度か、やや痩せている。

なにより目立つのは、精気を失った亡者のような瞳だ。

よほどの絶望を抱えてここまでたどり着いたに相違ない。

その変わり果てた姿を見ても、オレは不審者の正体にすぐに合点がいった。

 

「来たか、ユージ」

 

時間はいくらでもあったというのに、昨日の今日に来るとはご苦労なことだ。

 

「アレクシア、時間だ。下へ戻るぞ」

 

呑気に制作担当の部下と談笑していた妹を呼び戻す。

事態をすぐさま把握した彼女は、俄かに拳を握りしめ、緊迫した様子を示した。

 

「手が震えているぞ。そんなに嫌か?奴に会うのが」

「いえ、これは、武者震いです」

「ぬかせ」

 

下手な誤魔化しだ。

アレクシアとツガミ・ユウジでさえ、実力の差は歴然としている。

こちらの勝利は必定であった。

階段から見下ろせば、屋敷の扉にオザワによって開かれる。

いよいよ、贄が足を踏み入れる。

 

Side ユウジ

 

公式審判員で休暇を取った次の日、俺は地下鉄に揺られていた。

腰のホルスターにアデルを収納し、ワンショルダーバッグに飲料とサイフを入れただけの軽装だ。

家でうじうじと頭を悩ませるより、さっさと行動に移すべきだと決意していた。

携帯を取り出し、ヒカワにメールを送る。

地下鉄の車内は電波状況が悪いので、送信までやけに時間がかかる。

そんな些細なことにさえイライラさせられた。

 

『……お出口は右側です。開くドアに、ご注意ください』

 

車内放送で駅名を聞かずとも、体が降りるべきタイミングを覚えている。

地上に出れば、オザワさんと共に車で通りすがった景色が広がっていた。

歩きの場合はもっと狭い路地を通れば、近道ができるはずである。

急ぐ必要はない。

のんびりと、気持ちの整理を兼ねて、懐かしい道程を辿った。

 

「…………あ」

 

ふと、俺はとある場所で足を止めた。

土手だ。

ゆるやかな勾配が眼下の川までのびて、雑草がぼうぼうと伸びている。

草原の上でシートを敷いて、ピクニックに興じる家族連れもいる。

何の変哲もない、どこでも見かけるような土手であった。

にも関わらず、俺は、アレックスの屋敷を見たときよりも強く胸をつかれた。

身体の中で錆びついて、動きを止めていた歯車が、ギシギシと音を立てて回り出すような気分であった。

 

「そうだ。ここでいつも、バトルの反省会をして、それから……」

 

弁当のおかずをほおばる子供が、俺を怪訝な表情で見上げていることに気づいた。

よほどおかしな顔をしていたに違いない。

気恥ずかしさから目を背けて、俺はその場を立ち去った。

 

「……さて」

 

やがて、屋敷の両開きの門の前へ立つ。

預けられた鍵を差し込むと、当然ながらぴたりとはまった。右へひねると、ガチャン、と重い留め金が外れた感触が手のひらへ伝わってきた。

慎重に門を押す。

大きな音が屋敷の庭に響くが、警報が鳴るどころか、人の動きがある気配もなかった。

本当に進入していいらしい。

整然と剪定された庭の木々の間を突っ切り、建物の扉に手をかける。こちらにも鍵穴があったが、門の鍵とは形状が違うらしい。

針金でも使えばいいのか、としばし扉の前で頭を悩ませていると、それは内側から開いた。

顔を出したのはオザワさんだった。

 

「……お待ちしていました。どうぞこちらへ」

 

彼女は体半分だけ下がり、慣れた手つきで俺をエスコートする。

まるで召使いだ。

導かれるままに大広間へやってくると、来客を歓迎するはずの場所を、大型のバトルシステムが塞いでいた。

こんな場所にあっただろうか、と過去の自分の記憶が首を傾げている。

 

「都合のいい夢からは醒めたか?」

 

頭上から降り注ぐ声に、脊椎を痛めそうな速度で顔を上げた。

広間からのびる幅広な階段の頂点に、ふたつの人影があった。

地平線に燃える暁のような茶髪と、ロシア系の先祖から受け継いだと話していた灰色の瞳。

そして、他人を品定めするような眼差しと、ワガママな性格が見て取れる顔つきがある。

 

「アレックス……!」

「技術スパイの時、軽く手合わせした時以来だな。ユージ」

 

口角をつりあげているアレックスの隣で、同じ髪と瞳の少女がいることに、俺は気づいた。こちらはアレックスとは真逆に、唇を堅く引き結び、ヘの字に曲げている。

体つきからわかる性別の違いと髪型を除けば、うり二つの容姿だった。

いつか、アレックスにきょうだいがいると聞いたことはある気がする。

その「きょうだい」が彼女なのだろう。

しかし、その少女から放たれる強烈な違和感の正体は解せなかった。

恐れと緊張の入り交じった最中に、なにか隠し通せないドス黒いものが渦巻いている。

わからないのはそれだけが、俺には向けられていないように思えたからだった。

 

「ここまで三年間かかった。お前さえ倒せれば、もはや憂慮すべき事態すべてに片がつく」

「悪いが、お前が何を言っているのか、まるでわからん」

「ずいぶん枯れたように見えたが、肝心な弱点はそのままか。嘆かわしい。そうして理解を拒み続けたツケが回ってくることを、今気づかせてやる」

 

アレックスが一歩踏み出すのを待っていたかのように、バトルシステムに火が点いた。

装置が唸りをあげて、粒子を噴き上げる。

西部劇の早撃ち勝負のように、俺たちはまったく同時にGPベースを取り出した。

俺の反対側の手には、ほんの少し改良を加えたティタスが握られている。

こちらとて一年間、何もせずにいた訳ではない。

一矢むくいてやることはできるはずだ。

 

「いいや、そうじゃない」

 

戦う前で実力差を想定したことなど、今まで一度もなかったはずだ。

俺の深層意識で、アレックスの存在がどれだけトラウマになっていようが関係ない。

アシハラ・ユウジはここでアレックス・メルフォールに勝利してみせる。

 

Side コウイチ

 

「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」

 

シュンが奇声を発してオフィスに駆け込んできた。

僕が椅子を引いてやると、彼はそこへ飛び込むように着席した。

その手にはいつかの手帳がクシャクシャになるまで強く握られ、無残な紙くずになっている。

 

「あ、あの、G4ってあったろ」

「ああ。僕もあれから調べてみたけどほとんど何もわからなかったよ」

 

僕は『特務』設立前後の支部の様子を尋ねるべく、カザミさんに電話をかけていた。

彼は当時のことを色々と話してくれたが、衝撃的な新事実、というものはほとんどないように思われた。

強いて挙げるとするならば、新たな部門設立をたかが一地方の支部で実験的に行うという内容ゆえに、後ろ暗い事情を勘ぐる者がいるにはいた、という程度だ。

しかし、これも最近の旺盛な活動によって少しずつ解消されているらしい。

そう言うとシュンは何故かガックリと肩を落としてしまう。

 

「お前なあ……そりゃ聞き方が下手くそすぎるよ。何か知っていたとしても、あの胡散臭い広報の兄ちゃんならかわしちまうぜ?」

「そういうものかなあ。やっぱり専門外のことはやるもんじゃないな」

「それはともかく、聞いてくれ。G4の正体が掴めたかもしれねえんだ」

「どうだったのさ」

 

シュンは手帳のシワだらけな一ページを、指で広げながら差し出した。

そこにはハカドさんやナガイさんといった見覚えのある人や、僕の知らない人物の名前が大きく丸で囲まれていて、『全員知っている』とある。

それだけではてんで理解が及ばず、僕はすがるように従兄弟を見つめた。

 

「ごめん。もう少しわかりやすく」

「オレちゃんがここに書いたのは、『特務』の設立や運営に関わった人間だ。この人らの周辺を洗った結果、ユウジが制作教室をやった直後ぐらいから、綿密に連絡を取り始めていることがわかった」

「どうして」

「突然、ムラサメから公式審判員に情報を売り渡す、って接触をはじめた奴がいたんだよ。それがG4と名乗った、謎の人物だ」

 

僕は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

つまり、ムラサメの内部にスパイがいて、僕の上司を含めた『特務』設立メンバーは、知りながら僕らに黙っているというのだ。

 

「しかも窓口はお前だ。コウイチ」

「僕が?」

「オレちゃんが入手した記録によると、ある日、『G4が要求した連絡手段を承諾する』というやりとりが上層部でされた。お前がメモリーカードをナガイ警備部長とハカドさんの下に持ち込んでくる直前のことだ」

「あれが『連絡手段』だったのか」

「コウイチの推察通り、あれは『審判員に所属するプログラマーやエンジニア』でしか開けられないメモリーカード。しかも受け取る本人は、その本質を知らないときた」

「じゃあアシハラがガンプラの足の裏からメモリーカードを見つけたのは、そう仕向けられたってことか?」

「わざと目立つガンプラを飾っておいて、注意を引いたのさ。ユウジはああ見えて重篤なガンプラバカだ。手に取らないはずがない」

 

万が一、メモリーカードが一般人の手に渡ったとしても、きわめて複雑なセキュリティによって守られている。

内容が漏れる確率は低い。

ガンプラを見つけるビルドファイターと、開けるエンジニア。

G4が要求する連絡手段を解読できる、その組み合わせが成立するのは、唯一特務班のみであった。

 

「でも結局、アシハラ一人をスカウトしようとした理由とは関係ないんじゃないか?」

「そうなんだよなあ。あくまで、とっかかりができたにすぎねえ。G4がわざわざ『特務』を選んで近づいてきたなら、何か絡んでいるはずなんだが」

 

シュンが腕を組み、喉の奥から唸り声をあげた時、僕の端末にメール着信を告げる通知音がなった。

大事な話の最中であるし、後で見ようと無視すると、シュンがサングラスの奥から目配せをしてくる。

含みがある様子に僕はつい首を傾げて、端末を開いた。

 

『話は済んだか? G4』

「なっ!?」

 

僕の表情筋が凍る。

噂をすれば影、G4と名乗る何者かが、タイミングを見計らって連絡をよこしてきたのである。

 

「公式審判員と通じている以上、窓口になったコウイチを監視できる体制はあると思ったぜ」

「こ、これ返信すべきかな?それとも発信源を特定して、警備部に通報を……」

「落ち着け。ナガイ警備部長が関わってるなら、通報しても無意味だ」

 

どうやら僕は、明らかに怪しいこの相手に渡り合わなければならないらしい。

胃がしくしくと痛むのをこらえて、慎重に言葉を選びつつ、キーを打つ。

会話の交わされる速度は非常に迅速だった。

 

『あなたがG4ですか?』

『そうだ』

『僕たちに直接連絡する意図はなんですか』

『状況の急変により、あなたに直接コンタクトを取るべきだと判断した』

 

その文面とともに、一本の動画ファイルが添付されている。

題名は撮影日時を数字に並べたものであり、つい五分前のものだ。

端末のOSに搭載されている、送信主に応じてファイルを分別する機能が、あのメモリーカードと同じ場所に動画ファイルを移動させていた。

つまりこれは少なくとも、前回G4と名乗る人物が送ってきたものと、同一のアカウント・データによって作成された動画である。

 

「オレちゃんにも見せろ」

 

シュンも見守る中、開かれた動画の内容は、ガンプラバトルの様子を撮影したものだった。カメラの視点からは、黒いジャケットを羽織った背中だけが見える。

この暑い日にそんなものを着ているのは、特務ファイターぐらいのものだ。

仕事を休んでいるアシハラが、誰かとバトルをしている。

それに怒るつもりは毛頭ないが、そんなものをG4が見せつけてくる意味がわからなかった。

 

「おいコウイチ。このフィールド内で戦っている機体、アレックス・メルフォールのガンプラだぞ!」

「なんだって!?よくわかったな」

「メタリックパープルだから目立つんだよ」

 

画面に小さく、豆粒大で移動するガンプラが確かに伺える。

シュンは一度アレックスと戦っているので、彼が使用していたものだと即座にわかったらしい。

しかし、それではムラサメにアシハラが単身挑んでいることも意味する。

ただのガンプラバトルならいざ知らず、相手は警備部長が直々に潰しにかかる組織だ。勝敗が決まっても、何をされるかわからない。

 

「助けに行かなきゃ」

「オレちゃんが行く。コウイチはここで、G4から場所を聞き出してくれ」

「そんなこと、支部に引きこもってなくてもできるだろう。僕はシュンについて行くからな」

 

そう言ってやると、シュンはいつもの歯列をのぞかせる笑顔を浮かべて、僕の背中を勢いよく叩いた。

 

side ユウジ

 

『Field 1 Space』

 

星空の海が、超巨大バトルシステムユニット一面に展開される。

バトルロイヤルさえ行える広大なフィールドが、俺たちの決戦のためだけに用意された。

 

『Please set your Gum-pla』

 

ティタスを手に取り、カタパルトにセットする。はるか前方で、アレックスがメタリックパープルのアカツキを、あいつによく似た少女が白のザクウォーリアをセットしたのが見えた。

アデルのバイザー奥で鈍くツインアイが発光し、粒子の充填完了を告げる。

 

『Battle Start!』

「アシハラ・ユウジ、『アデル〈ティタス〉』Sally Forth……!」

「アレックス・メルフォール、『暁 雷光』出陣する!」

「アレクシア・メルフォール、『ソヴァールザクウォーリア』行きます!」

 

カタパルトがスパークを放ち、三機のガンプラをまったく同時に戦場へ放り出す。

口火を切ったのは、相手側のザクウォーリアだった。

白地を赤が貫く『SEED』のプラズマビーム独特のエフェクトが、ティタスの質量装甲に激しく叩きつけられる。

しかしティタスは耐えてみせた。パーツの裏側にプラ板を貼り込んで、更に堅牢にした甲斐はあったらしい。

すぐさま体制を立て直し、両肩の拡散メガ粒子砲の砲門を開く。

 

「生憎射撃戦は苦手でな。付き合うつもりはない」

 

四方八方にビームの条線を撒き散らしながら、ティタスは距離を詰める。

意地でもあのアカツキの懐に潜り込み、一撃を叩き込まねば勝機はない。

前回の戦闘と同様に、その前に立ちふさがるのはザクウォーリアだ。おそらく、中近距離の遊撃はすべて担当しているのだろう。

先ほどの一撃から、質量装甲で防がれるのをおそれてか、シールドから取り出したビーム・トマホークを振り下ろしてくる。

こちらはそれに、原型であるタイタスから継承した、巨大な拳で応戦した。

胆力ならティタスの方がはるかに上だ。

しかし、まるで突進をさばく闘牛士のように、こちらの突進力は軽く受け流されてしまった。

 

「やる……!」

 

あせりで操縦桿を握る掌に汗がにじむが、敵はそれを拭う暇を与えてくれない。

続いてやってくる一撃は、質量装甲のない胴体部分を狙っていた。

とっさに膝蹴りで刃の先を受け止める。ビームが装甲に干渉し、ビリビリとした衝撃が俺自身にまで伝わってきた。

背面のミサイルランチャーで砲撃を試みた矢先に、ザクが後退する。

その動きを見て、直感が警鐘を鳴らした。ライブのステージ裏でぶつかったときと同じ、あのアカツキの一斉砲撃が来るのだ。

遠方で銃口が火を噴いた。

それはまるで、宇宙の果てで、突然星の数が増大したかのようだ。

 

「腕部ビーム・ジェネレーター、全開……!」

 

火花を上げて、腕部の装甲からビームの発振口が顔を出す。

そこから円形のビームが、幾重にも折り重なって噴き出した。

ティタスのジェネレーターは波紋のようにビームを撃ちだすように設定されている。

よって断続的に放射し続けることで、一時的に全身をカバーできるほどのビーム・バリアを張ることも可能なのだ。

次々と押し寄せる弾丸とビームの雨が、前方に展開されたビームの傘にあたって弾ける。

アカツキの火力はその防御さえ貫通するが、質量装甲で押しとどめる。

 

「ぐ……!」

 

操縦桿が暴れる。あまりの苛烈さえ故か全身にまでヒリヒリと痛みが走るようだ。

やがて弾丸とビームのスコールは止んだ。ほんの一瞬だけ、バトルフィールドを完全な静寂が包む。

ティタスはかろうじて健在だ。

戦闘不能になることは避けられたが、身動きは取れない。

その隙をついて白いザクウォーリアが迫ってくる。せっかくアカツキの暴風雨的攻撃をしのいだとしても、これではすぐに致命傷を負うだろう。

だが、それに対策を取っていない訳ではない。

俺はアームレイカーをひねり、武装スロットへ新たに設定した『SPウェポン』の項目を選択した。

 

「まだ行ける」

『!』

 

ザクのファイターが息を呑んだのがわかった。

ティタスの装甲が音を立ててはじけ飛び、中から別の装備を纏ったアデルが飛び出してきたのである。

両脚に装備していたエールストライカーは取り去られて、全体の形状は原型である『スパロー』に回帰している。

ただし、一部のパーツが審判員の支援で取り寄せた『レイザー』に交換された。

『モワノー』に、ティタスを上からかぶせることを想定した、この場限りのアップグレードバージョンである。

 

『反応に、機体が追い付かなくて……!』

「捕まえたぞ」

 

たとえファイターの技量に天と地ほどの差があろうと、その差はガンプラで埋めればいい。

このモワノーの瞬発力に対応できるなぞ、世界大会レベルの人間でも難しい。

ザクの胴体部分に両腕を回し、抱きつくような体制に持ち込むと、その顔面めがけて膝のニードルガンを叩き込む。

すんでのところでザクが首をかしげたせいで、メインカメラを吹き飛ばすには至らなかったが、それでも頭部のパイプを断裂させることができた。

プラズマビーム砲が動く気配を感じたので、こちらから距離を取る。

宇宙空間に漂うティタスの右腕部へ、モワノーの右腕を突っ込むと、先に引き金を引く。

さっきは防御用に使用されたビーム・リングが今度は攻撃としてザクに牙をむいた。

頭部への一撃で怯んでいるのだ。掠ってくれることぐらいは期待した。

 

「……冗談だろ?」

 

相手は無傷だった。

右手に握っていたトマホークを咄嗟に投擲し、ビームを拡散せしめたのだ。

アレックスのような真似ができる人間が、戦場に二人いることの絶望感が、今更胸をしめつけてくる。

 

『さて、次のこれはどうだ?ユージ』

「しまった」

 

ザクが横にのいたことと、アレックスの喜悦がこもった声が、最悪の未来をはじき出させた。

アカツキの第二波が来る。

そして俺の技量で、すべて回避することはかなわない。それは自分が一番わきまえていることだった。

アレックスに指一本触れられず、まるでローテーションのような攻撃に敗れ去る。

アシハラ・ユウジの限界はここまでらしい。

 

「いいや。そんなことは、認められないんだ……!」

 

RGシステムの起動コマンドなしに、アデルの胸部装甲が鈍く光を放つ

その時、俺は確かに自分の心臓が、アデルの『心臓』と同時に跳ねるのを感じた。

 

Side アレックス

 

「アレクシア、下がれ。もっと遠くへ」

 

オレの警告が妹の耳に入るよりも早く、それは覚醒した。

暁 雷光の一斉発射は既にツガミ・ユウジのいる場所へ放たれていたが、手ごたえは一切ない。

とうとう、火が点いたようだ。

アレクシアのザクウォーリアがこちらへ振り向き、何かを伝えようとした瞬間、彼女の周囲を蒼い残光が奔る。

その正体が、シグルブレイドが閃いたものだとわかったときには、ソヴァールザクウォーリアの右腕が根本から切断されていた。

 

『これは!』

「たわけ。それぐらい避けろ」

 

説教をしている間にもアレクシアは応戦をしているが、翻弄されていた。

ザクの左足が、アデルの右手に捕まると、スパローのスラスター出力によってポリキャップごと千切られる。

抵抗として振り上げられたパールホワイトの左腕は、ニードルガンで機能不全に陥らされた。

クリアパーツの刃がザクの鳩尾に向かう直前に、暁 雷光の砲撃が狂犬の背後を襲う。

 

「お前の敵はこっちだ」

『!』

「アレクシア、お前もこれに懲りたら、機体を自作なぞしないことだ」

 

奴のバイザーの奥、原型機であるガンダムAGE-1ゆずりのツインアイが光った。

攻撃は回避されたがアデルの注意はこちらに向いたようである。

確かに一連の攻撃は、ツガミ・ユウジのスペックをはるかに超えたものだったが、妹があそこまで陥るほどのものではない。

ガンプラを自分で作ることにこだわったために、緊急時、彼女自身の反射に機体が追従できないのだ。

そうこうしている間にも、オレの見る正面モニターいっぱいにアデルが迫っている。

冷静に、暁 雷光のサブアームでアデルの右腕を捕捉し、ねじり上げた。

最小限の動きでいとも容易くアデルはブレイドを取り落とし、崩れ落ちた。

 

「さてユージ、『アシムレイト』を知っているか」

 

相手は答えない。

オレを倒そうという一心で思考がすべて支配されているのだろう。

アデルが視界から消えると、左側のシールドがもぎ取られた。

ブレイドを失ったため、腕力でオレのガンプラを解体しようとしているようだ。

オープンチャンネルで、独り言のように、オレは話を続ける。

 

「最近発見された、ガンプラとファイターのシンクロ現象だ。初心者でも事故のように起こりうるらしいが、自身の限界を突破するまで深入りすることは極めて稀らしい」

『アレックス……!』

「オレとて、実際に遭遇するのははじめてだが、今の動きで確信しているよ」

『兄さん!危険です!』

 

中破したソヴァールザクウォーリアが接近し、オレの援護を試みている。

サブモニターに映る妹の表情は、今までにないほど憔悴していた。

そして、アデルはなおも腐肉にたかるハエのように周囲を飛び回る。

ガトリングをもぎ取り、ミサイルランチャーを蹴りつぶす。

暁 雷光の全火器のうち、八割が破壊された

このまま好き勝手にさせてもいいが、そろそろ鬱陶しい。

オレは自分から見て左側にある虚空へむけて、銃身がひしゃげたバズーカを振った。

高速移動を続けていたアデルは軌道を塞がれて、まるで人間がダメージを受けたように、大げさにのけぞった。

アシムレイトの副作用が如実にうかがえる反応だ。

 

『がっ』

「ユージ。そのアデルが、アシムレイトを引き起こした根源に他ならない」

『アレ……ックス……!』

 

アシムレイトとは直訳すれば『同化』だ。

ガンプラをまるで自分自身のように強く思い込み、そのプラシーボ効果で恩恵を得る。

よって、ガンプラが生身の肉体に近い反応速度、強度、内部構造をしていればいるほど、共感しやすくなるに違いない。

アデルには粒子結晶体という『心臓』があり、フレームという『骨格』があり、装甲の内側を流れる粒子という『血液』があり、そして合わせ目を完璧に消された『皮膚』がある。

そこらのガンプラより、はるかに人体に近い構造をしていた。

 

「お前が普段のように、観察を欠かさないビルダーとしてあれば、それでもアシムレイトは発生しなかっただろう」

 

だが、アレックス・メルフォールという存在を前にして、ツガミ・ユウジは冷静さを欠いた。

ファイターとしての勝利にこだわりすぎたのだ。

ビームキャノンがアデルの肩口を貫き、右半身を巻き込む小規模な爆発を発生させた。

追い付いたソヴァールザクウォーリアがトドメを刺そうと、プラズマビーム砲の銃口をアデルの背中に向ける。

だが、手負いの猛獣と化したアデルはなおも動いた。

ビーム・ダガーを抜刀し、ザクのビーム砲を半ばから切断すると、逆手に持ち替えてコクピットブロックめがけて突き立てようとする。

果たして、悪あがきの一撃は、差し出された暁 雷光の右腕によって食い止められていた。

原型機が判別できないほどに異様な改造を施した、『神器』。

完全装備になってからここまで、一度も解いたことのなかった、暁 雷光の腕組みをほどいたのである。

強化されたヤタノカガミによって、光刃はバチバチと閃光を放ちながら霧散する。

 

「茶番はここまでだ」

『兄さん!?』

『アレックス……!』

「ユージ、言ったはずだ。オレは、弱い奴は嫌いだと」

 

その言葉は、暴走する三流ファイターにも確かに届いたはずだ。

動きを止めたアデルに対して暁 雷光はその身に紫電を纏って威嚇する。

バックパックを外し、素体であるアカツキに限りなく近い形態となる。

その両腕は今、眼前の敵機を塵殺する凶器へと変貌した。

 

『兄さん、何を……!』

 

操縦桿をひねり、武装スロットを『SP』の欄で固定。

妹の問いさえ意に介さず、渾身の右ストレートでアデルの顔面を殴りぬく。

敵機はそれだけで、弾丸以上の速度で吹き飛んだ。

そこへ背面のブースト出力のみで先行し、踵落としを入れる。

アデルは筐体そのものに激しく機体を打ち付けられて、フィールド全体を鳴動させる。

アシムレイトは継続しているため、ユウジの感じている苦痛は尋常ではあるまい。

それでもよろよろと起き上がり、最後のビーム・サーベルを抜き放った姿には涙ぐましいものさえあった。

アデルめがけて降下する間も、暁 雷光の紫色のスパークは空間に干渉し続ける。

アデルは自分の頭上めがけてサーベルを繰り出す。

そして偶然、そのサーベルのビーム発振機関が沈黙した。

 

『バカ……な……』

 

まだ破損していないにも関わらず、武装が発生した不可解な現象にあいつは愕然としている。

それは不運だ。タネもしかけもない、正真正銘の運命のいたずらだ。

そこに作為があるとすれば、オレの『神器』の存在に他ならない。

暁 雷光の右手がアデルの頭部を再び捕らえ、あるはずのない宇宙の果てへ叩きつける。

人間でいうところの脊髄をやられたのだろう。アデルの四肢が、びくん、と大きく痙攣した。

 

「これが誰から奪った訳でもない、オレ自身の『神器』だ。ユージ」

『がっ……ア……』

「お前が努力と根性で、蜘蛛の糸ほどの奇跡をつかんだとて、オレはその可能性を断ち切ってみせよう」

 

もはやアデルの四肢は指先さえ動く気配はなく、ツガミ・ユウジがこれを聞いているかも定かではない。

アレクシアがこらえきれずに叫ぶのが聞こえた。

 

『やめて!』

「さらばだ。お前の想像力はもらっていく!」

 

暁 雷光の空いた左手をそのコクピットブロックへ突き込む。

胸部に収められていたプラフスキー粒子の結晶体は、あっさりと引き抜けた。

ファイターとのリンクを求め続けるアデルの心臓は、しばらくの間空色の輝きをやめようとしなかったが、徐々に変色し、淡い水色の球体に成り下がった。

 

『BATTLE ENDED』

 

粒子はいつも通りの手順を踏んで回収される。

暁 雷光ただ一機だけが、バトルユニットの上に仁王立ちしている。

オレの勝ちだった。

そして、向かいにいたはずのツガミ・ユウジの顔が見えなかった。

アシムレイトの反動をまともに受けたのだ。無事ではすまない。

 

「ふむ……」

 

相手の様子を確認するより先に、オレは妹に詰め寄られていた。

 

「どういうことですか!私の知らない『神器』なんて、どうして!?」

 

彼女の瞳孔はあまりの動揺に開き、オレの二の腕にすがっている細い手は、皮膚へ爪が食い込むほど強く握りしめられている。

 

「あれのことか。詳しい機構についてはいくらお前でも教えられないな」

「そういうことを聞きたいのではありません!あのアデルは……兄さんが止めるよりも先に戦意を喪失していました!」

「その確証がどこにあるというのだ。妄想も大概にしろ」

「でも!」

「いいか、アレクシア」

 

妹の肩口をつかみ、その耳をオレの口元にまで近づけて、こうささやく。

 

「ユージを倒したのはオレだ。お前ではない。この意味がわかるな?」

「……!」

 

妹が言葉を失う。

オレにすがっていた手も、行き場を失って離れていく。

茫然自失とする妹を冷然と見下ろし、口を開いた。

 

「見境なく優しさをふりまくな。あいつは、貴様には関係のない人間だ」

「……わかりました」

「わかったなら、部屋に戻れ。ソヴァールザクウォーリアはその内修理できる」

「はい」

「オザワ!アレクシアを介抱しろ」

 

オレは入口に立っていた世話係を呼ぶ。

オザワは自身の足元にちらり、と視線を向けた後、妹の肩を抱いて屋敷の二階へ連れていく。

そこで気分を落ち着けさせようというのだろう。

一人この場に残されたオレは、筐体の反対側に回り込んだ。

季節外れの黒いジャケットを羽織った男は、そこに倒れていた。

女だか男だか、一見では判別がつけづらい華奢な骨格だ。熱にうなされたように頬は紅潮し、大量の汗をかいている。

 

「遅かれ早かれ、こうなる運命だった。恨むなら、かつての自分を恨むんだな」

 

これで決着はついた。

もはやオレを止める可能性を持つ者はいなくなり、『神器』の回収は滞りなく進むだろう。

それらを以て成し遂げる、ムラサメの最終目標が達成される時は近い。

指ぬきグローブをはめた己の右手を見つめる。

アシムレイト状態のガンプラを破壊したからだろうか、その感触はまだ掌に残っていた。

まるで本物の人間を蹂躙したような、生臭い感覚だ。

これを成し遂げたとき、平然としていられるという確証があったが、存外それもアテにはならないらしい。

 

「……イヤなものだな」

 

Side コウイチ

 

874さんのハロを両腕に抱きかかえ、僕は病室へ向かう廊下を急いでいた。

数日前に入院したアシハラが、ようやく昏睡状態から目を覚ましたのだという。

先にシュンと、同居状態の彼女が病室にいるはずだ。

道中、ハロはアシハラの容態について説明してくれていた。

 

『あれは単なる熱中症じゃない。アシムレイトの後遺症だ』

「アシムレイトって、ガンプラと自分を同一化させるっていう……?」

『そうさ。一度アシムレイトを起こした人間は、通常より多量のプラフスキー粒子をその身に取り込むらしく、一種の『気脈』のようなものができる』

「はあ」

『その流れが僕の目に粒子として見えるから……ああ、長くなるからやめよう』

「ようするに、874さんはアシムレイトに詳しいんだろう」

『訳あってね。そのG4という人間の意図はわからないが、対応が遅れていたら命にもかかわっただろう』

「G4に借りができてしまった、ということだね」

 

あの日。G4の連絡によって住所を特定し、僕らは巨大な洋風の屋敷にたどり着いていた。

行く手を阻む鉄の門の前で立ち尽くしていると、シュンが、その傍らに座り込んでいるアシハラを発見した。

その体調が重篤な熱中症に近いものと見受けられたため、彼を付近の市民病院に担ぎ込み、現在に至る。

屋敷が誰の所有物なのか、といったことも調べなければならないが、それよりもアシハラが心配だった。

 

「あ……ヒカワさん?」

「あなたは、アレクシアさん?」

 

アシハラが入院している病室の前で、僕は見覚えのある茶髪を見かけた。

なんと、ムラサメにいるはずの少女、アレクシア・メルフォールである。

彼女の兄であるアレックスの姿はなかった。

 

「どうしてここに?」

「申し訳ありません!」

 

突然深々と頭を下げる彼女に、僕はたじろいだ。

いきなり知り合いの美少女に謝罪される事情がのみこめない。ハロも黙りこくってしまっている。

彼女が顔を上げると、その端正な顔が悲痛にゆがめられていた。かろうじて泣きだすのを、踏みとどまっている寸前といった感じだ。

見ているこちらまで、胸がちくりと痛む。

 

「実は、彼がああなったのは私と兄のせいなんです」

「なんですって?」

「アシムレイトが起こっているのを知りながら、アデルを破壊してしまったせいで……」

『僕の知る限りでも、数日単位で意識不明にまで陥った事例は聞いたことがない。よほど手ひどく痛めつけたんだね』

 

ハロが平坦な調子で尋ねると、またアレクシアさんはうつむいてしまった。

 

「……はい」

「なんてことを」

 

僕はアシムレイトに実際に遭遇したことはないが、この現象こそ自分の天敵だと直感した。

僕はガンプラが壊されることすら、個人的には許容できない人間である。

その破壊されるリスクがファイターにまで及ぶなんて言語道断だ。これまでのバトルの領分を越えている。

たとえその原典が戦争を題材にしたアニメーションだとしても、ガンプラバトルは、命をかけるゲームであってはならないのだ。

 

「とにかく、あなたの責任を問う前に、アシハラの様子を見に行きましょう」

『そのことだが、ヒカワ・コウイチ』

「は、はい?」

 

ハロ、もとい874さんが僕に神妙な口調で語りかける。

まるで余命宣告を聞かされるような緊張感で、僕は自分の心拍が早まっていくのがわかった。さっきの言葉を信じるならば、現在のアシハラの様子を可視化された粒子の流れで察知しているはずである。

目だった外傷はなかったと記憶しているが、まさか見落としがあったのか。

 

『こちらに入ってくる前に、心の準備をしておいた方がいい』

「そんなにひどいんですか?」

「ああ。はっきりいって最悪だよ。目も当てられない状態になっている」

 

その言葉を聞いたとき、僕の中に吐き気を催すようなビジョンがよぎった。

思わず病室の扉を力任せに開ける。

中にいた人物が一斉にこちらを振り向いた。

そこにはシュンがいた。

874さんがいた。

そして、清潔なベッドの上で、上半身を起こしたアシハラの姿があった。

彼の身体には傷一つなく、どこかを治療している痕跡もない。

僕は自分の予想が裏切られたことを知り、安堵のため息をもらそうとする。

 

「今日は随分お見舞いの方がいらっしゃるんですねえ」

「…………えっ?」

 

その、アシハラの口から出たらしき言葉を聞くまでは。

僕は眼前で、首をかしげる少年の顔をまじまじと見つめた。

中性的な顔の輪郭に、短く切りそろえられた黒髪。意外と薄い唇。そして、その瞳を覗き込んでしまった故に、僕は久しぶりに怖気が走った。

あの地獄へ引きずり込むような瞳ではない。当然のように活気にみちた人間の目がそこにあった。

これは誰だ。

僕の知っている、アシハラ・ユウジはこんな人間ではなかったはずだ。

愕然としてシュンの方を見やると、彼もひどく気まずそうに顔をそらしてしまった。

 

「あー、ユウジ。こいつもオレちゃんと同じ公式審判員でな。自己紹介してやってくれ」

「シュン。お前、冗談はよせ……!」

「わかりました。気にしないでください」

 

僕が知るあいつより、幾分高いトーンで少年は答える。

やめてくれ。

それを僕に教えないでくれ、と僕は耳をふさぎたい衝動に駆られた。

正直、もう彼に何が起こったのかは気づきつつあるのだ。

その答え合わせが、よりにもよって目の前で、しっかりとなされるのが嫌なのである。

 

「はじめまして」

 

僕の前に白い掌が、握手として差し出される。

はじめて出会ったときと同じ、プラモ用の塗料がこびりついたビルダーとしての手だ。

向き直れば、これまでの一か月で一度も見たこともない、陽だまりのような笑顔がそこにあった。

 

「ボクは、ツガミ・ユウジといいます」

 

その時僕は、自分のバディが死んだことを悟った。

 




という訳で、「シャドウ」のアシハラ・ユウジの物語は一区切りを迎えました。
次回からは彼のようで彼でないビルドファイターの話になります。
きちんと「シャドウ」のままで進めていくつもりなので、よろしくお願いします。

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